少女空母は海底で揺れる   作:ophidian

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変わらない運命

 

 

揺れている感覚がする。

(また私は寝ているのか)

この揺れはどこの海だろう。私の知らない揺れだ。

今度はどこへいくのか。

私はあの海までしか知らない。

その先の海では何が待っているのだろう。

 

 

 

目を開けると、狭い天井にたくさんのダクトが通っていた。

ここがどこかすぐに分かった。

布団から起き上がると、私の衣服が元通りになっていることに気がついた。

右手を見ると、指は元通りになっていた。

体のあちこちを触ったり、動かしても痛む部分はどこにもなかった。

(どういうこと?)

ベッドから降りて、カーテンを開けると、暗く狭い医務室には、やはり丸顔の医者がいた。

医者は私に気がついた。

「おお・・・目が覚めたか。久しぶりだな」

「久しぶり?」

「そうだな、二年と半年ぶりくらいか?運ばれてきたときは驚いたぞ。まあ、座りな」

あの時と同じように、私は勧められた椅子に座る。

「二年と半年?」

私はさっき甲板で眠ったばかりだ。そんなに時間が経つなんて普通ではありえない。

やはり私は変な夢を見ているのだろう。

「ああ、前に乗ってたのは、確かミッドウェーのときだっただろ?二年と半年前になるなあ・・・あの時はお前さんが働いてくれたし、色んなことを教えてくれたから日本は勝てたって、みんな言っとるよ」

確かに、私が教えていなければ、以前と同じく大敗していただろう。

「だからお前さんが見つかったとき、今回は日本に帰れるかもしれんと、喜んでる奴もいたな」

「日本に・・・帰れる?」

「そうか・・・大本営は勝ってるとしか言わんからなあ」

軍医は視線を落とした。

「今の海軍は連戦連敗じゃ。南太平洋で負け続けて、撤退の繰り返し。日本の領地はどんどん取り返されとる」

「うそ・・・」

この軍医の言うことが本当なら、結局、歴史は大筋では変わっていなかった。

心の何処かで思っていたことではあった。

仮にあの海戦で勝てたとしても、大勢に影響は無かったのではないか、と。

「今は・・・絶対国防圏の要と言われるマリアナから撤退してる所じゃ」

「マリアナ?」

(1944年のマリアナ沖海戦か)

「サイパンを取られて慌てて向かっていってな。で、昨日、アメリカの機動部隊に攻撃を仕掛けた」

「それで・・・?」

頭のどこかで、七面鳥、という単語が浮かぶ。

軍医はまた視線を少し落とす。よく見ると以前の丸顔より少し痩せているように見えた。

「攻撃隊の連中は、ほとんど戻ってこなかったそうだ。それに、空母二隻・・・翔鶴と大鳳がやられて沈没した」

「・・・」

「護衛で飛んでいった戦闘機も殆ど戻ってこなかった。戦闘機がなけりゃ、この船も守ることはできん。今攻撃されたらひとたまりもない。それで撤退してる所だ」

「戦闘機も?」

「ああ・・・最近じゃあアメリカの戦闘機もえらく強いらしくてな。零戦のパイロットもどんどん減ってる。補充されるのはろくに訓練もしていない予科練生ばかり。そいつらも、来てすぐに飛ぶ。そして・・・帰ってこなくなる」

「そんな・・・」

もちろん、終戦間際になれば悲惨な戦況というのは知っている。

それでも私さえいれば少しは戦えると、心の何処かで思っていた。

「私」と私の航空部隊なら、多少機体の性能差があってもなんとかしてくれると、どこかで思っていた。

 

ふと、壁のカレンダーが目に入った。

以前と同じく古臭いデザインのカレンダーは十二月が開いていた。

マリアナ沖海戦は六月だったはずだ。

(ミッドウェーで勝っても、半年ずれただけってこと?私がいても何も変わらないってこと?)

私は力の入らない足で医務室を出た。

 

 

 

廊下は以前よりさらに暗くなっているような気がした。

たまに乗組員を見かけるが、私を見ても騒がず、どこか暗い表情だった。

 

格納庫はガランとしていた。

広く、暗い格納庫に艦載機が五機程度、ぽつぽつと置かれている。

(あんなにギュウギュウに詰めて、格納庫に入りきらないくらいだったのに・・・)

 

辺りには整備用の道具などが散乱し、散らかっていた。

僅かに数人の整備員が椅子に座り、浮かない顔で話したり、下を向いている。

 

近くに、知らない戦闘機があることに気がつく。

緑色に塗られた機体だった。

写真でしか見たことはないが、五二型と呼ばれる零戦だろう。

(私が知らない、より高性能な零戦)

その翼はあまり手入れがされていないのか、汚れていた。

爆弾などを管理していた棚を見ると、数本しか爆弾と魚雷はなかった。汚れており、置き方も雑だった。

以前のピカピカに輝いていた翼や魚雷を思い出した。

 

体から力が抜けていく。

これは嘘だ、と言えるほど現実を知らないわけでもない。私が残ったとしても戦争が続いていれば確かにこうなるだろう、と頭のどこかで声がする。

だが、分かっていても、心が虚ろになっていくような気がした。

(私はなんなんだろう)

足が重かった。引きずるようにして格納庫を後にした。

 

 

 

いつの間にか甲板に出ていた。

周囲は見渡す限りの海だった。

昼くらいだろうか、晴れ渡った空だった。

護衛のための駆逐艦や戦艦が私を囲むようにして航行している。

遠くに一際大きな船が見える。

緑に塗装された空母だった。

(瑞鶴・・・この世界でも生きていた)

知っている艦を見て、少しだけ安心した。

そして、もう五航戦が存在していないことにも気がついた。

「一航戦の瑞鶴と加賀、か」

 

甲板には、すぐ発進できるように暗緑色の五二型の零戦が三機が置かれていた。

艦橋近くのテントは以前と変わりなく、そこにあった。

「戦闘機搭乗員待機室」と書かれた札も以前のままだった。

(もしかしたら・・・)

私の、あの生意気なパイロット達がいるかもしれない。

恐れを知らない、無敵の空の暴君がいるかもしれない。

 

テントの入り口から覗き込むと、中には三人の男が寝転がっていた。

二人は若い、私の知らないパイロットだった。若く痩せており、二十歳にもなっていないように見えた。

一人、知っている顔がいた。彼は私を見るとゆっくりと起き上がってくる。

「お、お前・・・あの時の」

あの髭面だった。

「あなた・・・生きてたのね」

私が驚くと、髭面は以前と同じようにニヤリと笑った。

「ああ、なんとかな」

だが、その笑顔はどこか弱々しく感じた。目に力があまり感じられない。疲れているように見えた。

「今、目が覚めたんだけど、マリアナから後退してる所ですって?」

髭面から笑顔が消え、ため息をついた。

「ああ・・・その通りだ。もう戦える艦載機は殆ど残ってねえ。一旦退却して、態勢を整えないとな・・・って言っても、あんだけ落とされたんじゃ、もう一度揃えるのに何年かかることやら」

「そんなに落とされたの?」

「ああ、俺は昨日の攻撃隊の護衛をしてたが、ひでえもんだった。こっちの何倍も多いグラマンが待ち構えてやがった。あんなにいたんじゃ、攻撃隊を守るのは無理だった」

「そう・・・あなたでも守りきれないのね」

髭面はきまり悪そうに、視線を動かす。以前の陽気な、勝ち誇っていた若者はいなかった。

「最近のグラマンは強えんだ。速えし、何発当てても落ちねえ。こっちは一回でも当たったらおしまいだ。それに数も多すぎる。零戦一機に二機も三機も向かってくるんだ。もう何人もベテランのパイロットが落ちていった」

「そう・・・」

この時期になると零戦では厳しいというのは資料では知っていた。それでも私のパイロットなら、なんとかしてくれると何処かで思っていた。

「ああ、おい・・・すまねえ!暗いこと言っちまったな!大丈夫だ!今度も守ってやるからよ!」

髭はわざとらしく大声を出して、私の肩を叩いた。

「こんな所で死ぬわけにいかねえよ!日本に帰ろうぜ、なあ!」

脇にいた若い隊員も叩いて、大声で笑った。

 

唐突にラッパが鳴った。対空用のものだった。

三人の顔がはっとした。

(敵機が来たんだ)

髭面は口を強く結んだ。

「また来たか、何度も懲りねえやつらだ。よし、行くぞ!」

「はっ!」

三人はテントから出ていった。

 

若い二人は用意されてあった零戦へ乗り込んでいく。

「残ってるものを全部上げろ!」

指揮所からの指示で、エレベータで零戦が上げれられてきた。

甲板にいたパイロットが零戦に乗り込んでいく。

 

髭面は零戦へ向かおうとした所で、立ち止まり、私の方へ戻ってきた。

「あー、そうだ」

髭面は何か言いづらそうだった。

「何?」

何度か口をモゴモゴとさせた後、懐から紙を取り出した。

「俺にもさ、内地には嫁と子供がいてな」

手紙だった。

零戦が次々と飛び立っていくのが髭面の後ろに見える。

「お前なら、きっと日本に戻れるだろ。そんな気がする」

私にその手紙を差し出した。

「私に、どうしろっていうのよ・・・?」

私の声は震えていた。

「いや、別にあんたに家まで届けてくれとは言わねえ。後で軍の郵便局に出してくれれば勝手に届く」

そんなことを言ってほしくなかった。

「戻ってきて・・・自分で、出せばいいでしょ」

「ふっ、はははっ、その通りだな・・・ずっと出すの忘れててさ・・・乗って間にぐしゃぐしゃになったら困るからな。ちょっとだけ持っててくれよ。なっ?」

私は受け取りたくなかったが、髭面は無理やり私の手を取って握らせた。

手が震えて力が入らず、断ることができなかった。

「ありがとうな・・・大丈夫だ!この船はちゃんと守ってやる!加賀が沈んだら戻ってくる場所がねえからな」

そう言って髭は甲板に一機残った零戦に走っていった。

髭面は零戦に乗り込むと早速エンジンをかけて、すぐに甲板を走っていく。

緑色の戦闘機は、ふわりと浮くと、軽やかに空に登っていった。

 

瑞鶴を見ると、あちらでも甲板から戦闘機が飛び立っている。

護衛艦は対空砲を激しく打ち出されていた。

上空を見て息を呑んだ。

「何よこれ・・・」

こちらに向かってくる黒い攻撃部隊。

数十という数ではなかった。

百以上は間違いない、二百以上はあるかもしれない。

黒い群れの中に、せいぜい二十機程度の緑の機体が突っ込んでいく。

 

零戦が向かっていくと、その前方に黒いずんぐりとした戦闘機が立ちはだかり空中戦を始めた。

F6F ヘルキャット、零戦を最も多く撃墜した機体。私は資料でしか見たことの無い戦闘機だった。

高空で旋回を繰り返しながら互いに追いかけるが、ヘルキャットは旋回性能でも殆ど零戦と遜色がなかった。

その上、数が違いすぎる。

遠くで艦載機を発着させている瑞鶴を見た。

(あの子達は私がいなくなった後で、こんな奴らと戦ってたんだ)

 

僅かな戦闘機では到底攻撃隊を止めることはできず、青黒い雷撃機が低空で艦に向かってくる。

雷撃機は私の近くを航行していた駆逐艦に魚雷を放ち離脱していく。

魚雷の軌跡が駆逐艦に一直線に向かっていく。

(当たる!)

魚雷の影が駆逐艦に隠れてから一瞬後、側面が爆発して炎と黒い煙を上げる。

あっという間に駆逐艦は速度を落とし、鉄がきしむ音を立てながら傾いていく。

雷撃機が飛び交い、護衛艦が攻撃されていた。

何度も私の頭上を飛び越えて、護衛の重巡や駆逐艦ばかりが狙われていた。

(ああ、そうか)

私は気がついた。

(もう艦載機がいないから・・・)

私は狙われないのだ。

 

 

 

空では緑の機体が炎を上げながら落ちていく。

僅かに黒い機体も落ちていくが、数えるほどだった。

私を守る零戦は、わずかに二、三機が上空で戦っているだけとなった。

僅かな緑色の機体達は懸命に飛び回り、黒い機体を撃墜していた。

それでも上空は黒い機体で埋め尽くされ、緑の機体が炎を上げながら一機、二機と落ちていく。

私は眺めているしかなかった。

やがて、私を守っていた最後の零戦が炎に包まれ、黒い煙を上げながら海へ落ちていった。

 

 

 

護衛艦も、戦闘機も全ていなくなり、私を守るものはもういなくなった。

とうとう雷撃機が私に向かってきて、魚雷を投下していく。

魚雷の筋が一直線に左舷に向かってくる。

護衛がいなくなり、十分に近くから撃たれた魚雷は避けようがなかった。

魚雷の軌跡が甲板の下に隠れて見えなくなった直後、甲板が飛び跳ねたような衝撃が走った。

とても立っていれず、膝をつく。

左舷から赤い炎と黒い煙が立ち昇る。

続けて別の雷撃機が魚雷を発射するのが見えた。

二度目の衝撃。

あっという間に甲板が傾いていく。

黒い煙は勢いを増し、エレベータの隙間から見える格納庫が炎に包まれているのが見えた。

(もう、これでおしまいね)

足からは力が抜け、傾いた甲板に座り込んだ。

ふと、さっき髭面から渡された手紙を握っていることに気がついた。

(私も日本に帰れそうにないかな)

海に落ちるかもしれず、手紙をこのまま無事に日本持ち帰ることはできないかもしれない。

ふと、せめて中身を覚えておけば、どこかで彼の家族に伝えれるときがあるかも、と思った。

中を開くと、髭面の風貌からは意外なほど、綺麗な字で書かれていた。

 

 

 

親愛なる妻へ

子供はもう三歳になる頃だろうか

今は何かと手がかかる時期だろう

家に帰っておらず、申し訳ない

可愛い子供を抱いてやりたい、さすってやりたい

別れるのが辛く、寂しかった

お前の写真と子供の写真はいつも私の胸のポケットからはなれません

日本から遠い戦場だとしても

私の心はいつもお前と子供を守っています

せめてもう一度、会いたい

この戦いが終われば、日本に帰れると思います

必ず帰ります

必ず

 

 

 

何度か手紙を読み直した。

胸に穴があいたように感じた。

(なんで・・・こんなことに気が付かなかったんだろう)

魚雷を投下した攻撃機が私のすぐ上を通り過ぎていく。

もうどうでもよかった。

衝撃と爆発。

私は甲板の上を転がった。

(パイロットだって、家族がいる普通の人間じゃない)

甲板がさらに激しく傾いていく。

どうでもよかった。

視界が歪み、手紙にぽたぽたと水滴が落ちた。

(私は・・・戦えれば、自分の力が示せればそれで満足だったの?パイロットも乗組員も、加賀を動かすための存在としか見ていなかったの?)

 

大きな衝撃が走り、甲板を突き破る巨大な火柱が上がった。

燃料庫まで到達して誘爆したのだろう。

甲板は吹き飛び、私は船の一部とともに飛ばされ、海に落ちた。

(結局、沈み方も一緒か・・・)

 

 

 

海のなかに沈んでいく。

明るい水面は次第に遠ざかっていった。

(またあそこに戻っていく)

青は濃さを増し、次第に暗くなっていく。

やがて完全に光りが遮られ、何も見えなくなる。

 

どれくらい落ちたのだろう。

私の好きだった、心地よい揺れは感じない。

もう海底だからだ。

ここは冷たく、暗く、揺れない。

意識が辺りに流れだし、生命が漏れていくのを感じる。

もうじき私は消えるだろう。

乗組員や軍医、髭面や若いパイロット達の顔が思い浮かんだ。

意識は散り散りとなり、思考は途切れた。

 

 

 

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