揺れない、固い感触。
いつもの感覚だった。
目を開けると、窓から暗い空が見えた。
壁にかけてあるカレンダーを見る。
それは皇紀ではなく、西暦で書かれた、見慣れたカレンダーだった。
時計を見ると、眠ってから二、三時間しか経っていなかった。
数日分も過ごした気がするが、僅かな時間だったようだ。
(夢だったの?)
夢にしては、あまりにもリアルだった。
乗組員とパイロット達、波の揺れる感覚。
そして、私は夢で知った絶望を抱えたままだった。
(私は、なんだったんだろう・・・なんで何も知ろうとしなかったんだろう)
叫び出したいような、泣き出したいような衝動に襲われた。
海を、波を見たかった。
無条件で私を包んでくれる、安心できる所に行きたかった。
下の方で音がして、目が覚めた。
廊下を走る音が遠ざかっていく。
「・・・加賀?」
少し身を乗り出して、ベッド一段目を覗き込む。
布団は大きく乱れており、加賀はいなかった。
窓の外はまだ暗い。時計を見ると早朝だった。
どこへいったか、なんとなく心当たりがあった。
私は体操着を引っ掛けて部屋を出た。
寮から出て海岸へ向かった。
少しその辺りを探すと、防波堤の上に影が見えた。
近づくと、加賀が膝を抱えて座っていた。
寝間着のままだった。
彼女はただ波を見ていた。
いつの間にか赤城が来ていた。
彼女は何も言わず隣に座った。
私も黙って波を見つめていた。
どれくらいそうしていたのだろう。
なんども波が防波堤にぶつかり、引いていく。
静かな波の音が繰り返し聞こえてくる。
こうしていると、少しは私の心も落ち着いてくるような気がした。
少しづつ、水平線の向こうが明るくなってきた。
「あの海は、越えれましたか?」
突然、赤城の声がした。
驚いて赤城を見たが、彼女は変わらず海の方を見ていた。
私はなんと答えればいいか分からないまま、波を見ていた。
太陽が少し顔を出し、海を照らし始めた時、ようやく答えれた。
「あの海を越えてから・・・何のために越えたのかわからなくなった」
「そう・・・」
「私は、ずっとあそこに沈んだままだった。今も・・・」
ミッドウェーに沈んだときのまま、あの時から何も変わっていなかった。
「私の力はただの暴力で、力を示すことしか考えてなかった・・・私は何も生み出さず、誰かを幸せにする存在じゃなかった」
闘う目的を知らず、考えず、ただ拳を振るうだけの子供だった。
波が一定のリズムで寄せて返していくのを歪む視界の中でじっと見ていた。
どれだけそうしていたのだろう。いつの間にか太陽が完全に顔を出していた。
「でも、それがわかったなら、そろそろあそこから出てきても良い頃でしょ」
赤城を見ると、朝日を浴びて少し眩しそうにしていた。
「私たちは誰かを幸せにする存在ではないけど、誰かの幸せを守る存在にはなれるんじゃない?」
「幸せを守る・・・」
それから、太陽が登っていくのを眺めていた。
気がつくと、寮から朝のざわめきが聞こえていた。
もうみんな起き出しているのだろう。
赤城は立ち上がった。
「昔のことは昔のこと。さ、そろそろ朝食ですよ。今日も演習だからしっかり食べないと!」
そう言われると空腹を感じた。
昨日は夕飯をかなり残したのを思い出した。
(きっと赤城はもうあの海の底から上がっているんだろう)
「そうね」
私もいつまでもあそこに沈んだままでいるわけにはいかない。
「今日は負けない」
私も立ち上がった。
「ふふ・・・そう言えば、提督が今日の演習を見て旗艦を決めるって言ってましたよ」
「そう、じゃあますます負けるわけにはいかない」
私と赤城は並んで歩き出した。