永遠に咲く一輪の初恋   作:ヨハネス

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 プロローグを投稿してからの沢山のお気に入り登録やご感想、評価等ありがとうございました。


 では、今回もよろしくお願いします。


The Beginning of everlasting love
今と昔、そして……


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲いた花は祈りとなり、願いをのせて時を超える。

 

 

 

 届いた願いはやがて芽生え、想いという名の花を咲かせる。

 

 

 

 

 その花は────永遠に咲き続けるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一話/今と昔、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 目覚まし時計のけたたましい音で目が覚める。自分で設定したものなのに、俺の至福の時間を妨げるこの機械に対し理不尽な怒りを覚えてしまった。

 

 眠気を覚ますため、布団の上で大きく伸びをする。

 

 今日は大学の入学式。地元を離れて一人で静岡県にやってきて周囲に知り合いがいない俺にとって、現在一番の不安材料となっている。

 

 いくらコミュニケーション能力に自信があると言っても、流石に一人で未知の領域に放り込まれて平然としていられる程、俺は図太くはない。

 

 それに、先日、確か四日前にあの並木道で女性と会った時のように、突然言葉が出なくなることも有り得る。

 

 結局、あの日以来あの並木道には行っていない。

 

 そして、あの夢もあれ以来見ていない。

 

 夢の方は分からないが、並木道に行っていない理由は簡単。ただ行く機会がないだけ。

 

 家から近いのだからいつでも行けることは行けるのだが、何故か足がそちらの方に向かない。

 

 あそこに行けばまたあの女性と会えるかもしれない。ただ、もし会えたとしても何を話せばいいのか分からない。

 

 彼女は俺にとって、言わば高嶺の花のような存在。いや、高嶺の花とは似て非なる存在。

 

 高嶺の花の元になっているのはシャクナゲの花。その花言葉は、"威厳"・"荘厳"・"危険"・"警戒"といった、近寄り難いというニュアンスを含むもの。

 

 彼女にそのような言葉は似合わない。むしろ彼女は比較的近寄り易いという印象だった。

 

 高嶺の花は、見えているのに手が届かないものだ。だが、彼女には手が届かないどころか、手を触れてはいけないようなそんな気さえしてくる。

 

 見えていて近寄ることができ、手が届くのに手を触れてはいけない存在。それが、今の俺の彼女に対する印象。

 

 

 何故か彼女のことを考えると、心が締め付けられるような、不思議な感じがする。

 

 俺は彼女の事が気になっているのか。どうしてだ。考えてみても分からない。触れてはいけないとさえ思っているのに。

 

 ただ、確実に分かることは、もし仮に触れても良いというのなら俺は間違いなくその花を摘みに行くだろうということだけ。

 

 何を考えているのか分からなくなってきたので、そろそろ身支度を始めることにしよう。

 

 顔を洗ってからいつも通りキッチンで朝食の用意をする。ご飯、焼き魚、ちょっとした漬物、ワカメと豆腐の味噌汁、そして昨晩のうちに作っておいた麦茶。

 

 冷蔵庫にあったもので簡単に作ったものだが、いかにも日本の朝食という感じがする。

 

 それらをテーブルに並べ、テレビをつけて朝の情報番組を見ながら食べる。

 

 テレビの中では、制作陣が頭を悩ませて作ったであろう様々な企画と共に、時折エンタメや政治関連の情報、そして天気予報が放映されていた。

 

 

 朝食を食べ終わったので、洗い物を済ませてから歯を磨く。鏡で自分の顔を見てみると、緊張しているのが分かる。

 

 たかが入学式なのにここまで緊張する必要はないだろ、と自分に言い聞かせてみても大した効果はない。

 

 もういいや。この際緊張したままで構わない。そうやって考えてた方がよっぽど気が楽だ。

 

 そうだ、入学式が終わった帰りにまたあの喫茶店に寄ろう。自分に対するご褒美があると思えば頑張れる。

 

 そろそろ家を出よう。少し早いけどまぁ大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「行ってきます」

 

 

 

 玄関で靴を履いて、誰もいない部屋に向けてそう言った。今までの数回の外出の際には言ったことがなかったのでそうでもなかったが、返事が返ってこないため一人暮らしということを再認識し、少しばかり孤独感を感じた。

 

 そんなことを感じるなんて普段の俺らしくないな。俺は基本的に一人でいるのが好きなのに。

 

 こんな気分になるのもやはりこれから控える入学式に対する不安があるからだろうか。

 

 

 

 暗い気持ちのままで大学に行く訳にもいかないので、それを払拭するために俺は勢いよく玄関のドアを開けた。それに驚いたドアの近くにいた雀たちが飛び去っていくのが見えた。

 

 ついでに、出勤するために家を出ようとしていたと思しき右隣に住んでいるOLの方も驚かせてしまったようだ。その証拠に、部屋の鍵を閉める態勢のままこちらの方を見て固まってしまっている。

 

 ここはとりあえず何か一言、挨拶でもしておかなければ。

 

 

 

「おはようございます」

 

「お、おはよう……。朝から元気ね」

 

「ええまぁ。今日は大学の入学式なので、少し力が入ってしまってて」

 

「ああ、そっか。入学式って今日なのね」

 

 

 

 適当に理由を言っただけだがどうやら誤魔化せたようだ。

 

 俺は大学まで徒歩二十分から二十五分なので歩いて通学するが、女性は最寄り駅まで徒歩で、そこから電車で通勤しているらしいので、途中まで一緒に歩くことになった。

 

 天気予報では今日は平年並みの暖かさと言っていたが、確かに春らしい麗かな陽気だ。

 

 道端に咲いているたんぽぽやハルジオンの花に目を向けたり、その近くを飛び回っている虫を見ていると、なんだか少しだけ、心が和んだような気がした。

 

 

 

「それにしても大変だねぇ。地元から一人でこっちに来てるんでしょ? 知り合いとかいないんじゃない?」

 

 

 

 女性が話しかけてきた。二人で歩いているのに会話がなかったからだろうか。俺としては会話があってもなくても問題はないんだけど。

 

 

 

「確かに知り合いはいないですね。正直不安しかないです。でも、自分で決めた道なので」

 

「そうなんだ。でも、どうしてわざわざこっちの大学に?」

 

「うーん……どうしてだろう……」

 

 

 

 思えば、俺が進学する大学を決める時、何故か迷わずにすんなりと進学先を選べた気がする。

 

 一応合格したのは文学部だが、地元の大学にも文学部はあったのに、何故俺はわざわざ地元を離れることを選んだのだろうか。

 

 少し考えてみたが、答えは出なかった。俺達の目の前をたんぽぽの綿毛が風に吹かれて過ぎ去っていった。

 

 

 

「自分でもよく分からないですね。もしかしたらなにかしら惹かれるものがあったのかもしれないです」

 

「確かに、そういうことってあるわよね。理解がある親御さんで良かったわね。ちゃんと感謝しなさいよ? 一人暮らしするのだってお金かかるんだから」

 

「ええ、もちろんです。こんな適当な理由なのに県外に行くことを許してくれたので」

 

「羨ましいなぁ。私は進学先は地元の大学以外許されなかったから」

 

「そうなんですか……」

 

 

 

 人にはそれぞれ家庭の事情があるからなぁ。女性の言う通り、あらためて自分が恵まれた境遇にあることに深く感謝しなければならないな。

 

 

 

「あ、私こっちだから。じゃあまたね。入学式頑張って!」

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 

 

 交差点に差し掛かったところで女性と別れた。思えば両隣の住人の名前さえまともに覚えてない。今後近所付き合いをしていく上でこれはさすがに駄目だろう。今日帰ったら表札を見て苗字くらいは覚えよう。

 

 ここまで二人で歩いてきたがここからはまた一人になる。信号が青になったところでまた歩き始めたが、緊張と孤独感に押し潰されそうだ。

 

 

 

 ゴミ捨て場の前を通りかかったところで、ゴミを漁っていたカラスが鳴きながら飛び去って行った。思わずその大きな鳴き声に驚いてしまう。

 

 カラスは一般的に不幸の象徴や前兆とされているが、神道においては、神が天皇を導くために遣わした神鳥だと言う。

 

 俺は決して天皇と言う訳では無いけど、そんな言い伝えがあるなら、俺としては今のカラスを神鳥だと捉えておきたい。

 

 ただでさえ何が待ち受けているのか分からず恐怖を覚えている中で、入学式初日から不幸に巻き込まれるようなことだけは避けたいからな。

 

 

 

 今の俺はまるで、砂漠の真ん中に一輪だけ咲いている寂しい花だ。"知り合い"という名のじょうろがあれば、"心"という名の土壌に水を注いで潤いを与えることができるのだろうか。

 

 いや、砂漠でそんなことをしたら水が茹だってすぐに花が枯れてしまうだろう。それじゃあ駄目だ。

 

 と、どうでもいい事を考えているうちにキャンパスが見えてきた。すぐに思考が脱線してどうでもいいことばかり考えてしまうのは俺の悪い癖だな。

 

 いつの間にか周囲にはちらほらと入学生らしき人影も見える。少し出発が早かったかと思ったが、問題は無かったらしい。

 

 校門を抜けキャンパス内に入る。道の左右は学び舎らしく桜の並木道となっており、薄い桃色の花弁が所狭しと美しく咲いていた。

 

 その木の下には在校生の列があり、それぞれサークルの勧誘のためにチラシ配りをしているようだ。左右に並んだ在校生によって、入学生が通る為の一本道が出来上がっている。

 

 正直こういうのは苦手なんだけどなぁ……。

 

 

 

 意を決してその列の中に足を踏み入れた。左右からとめどない勧誘攻撃が繰り出されてくる。

 

 俺だけじゃなく他の入学生も同じようにチラシを配られている。いや、押し付けられている。

 

 前言撤回。やっぱり早く来て失敗だった。もう少し遅い時間に来れば歩いている入学生の数も多かっただろうから少しは個人に対する勧誘攻撃が弱かったかもしれない。

 

 正直助けて欲しい。道の真ん中を少し過ぎたくらいなのに既にチラシが嵩張って大変なことになってる。

 

 入学初日にして心が折れそうだ。桜の木の枝と同じく俺の心も折っちゃいけないんだぞ。いや、何考えてるんだよ、俺。

 

 よりによって風も強くなってきた。やめてくれ。チラシが風に巻き上げられたらどうするんだ。紙吹雪と花吹雪の共演なんて望んじゃいない。

 

 

 

 どうにかこうにか列を切り抜け、これから入学式が行われる講堂にまでやってきた。押しつけられた国語辞典くらいの厚さになっていたチラシは、申し訳ないが講堂の近くにあったゴミ箱に全て捨てさせてもらった。

 

 まだ入学式が始まるまでは時間がある。高校時代にオープンキャンパスで一度だけ来たことがあるが、キャンパス内の地理はうろ覚えなので、少し歩いて構造をある程度覚えておこう。

 

 恐らく他の大学もそうだろうが、学部毎に講義棟が分かれていてそれぞれの特色に合った研究をしたり講義を受けたりすることができたはず。

 

 俺がこれから多用することになる文学部棟は講堂から少し離れたところにあるが、時間もまだあるし、文学部棟の中を探索してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「疲れた……」

 

 

 

 入学式が終わり、今は喫茶店にいる。カウンターの椅子に座ると疲れがどっと込み上げて来た。

 

 この喫茶店、前は気が付かなかったが、店の名前が"lilac(リラ)"というらしい。ライラックの別名である、リラという名前だと知ってさらにこの店が好きになった。

 

 

 

「お疲れさん。今日は入学式だったんだろ?」

 

「そうです。式自体は恙無く進行してなんの問題も無かったんですけど、式の前後の勧誘攻撃が凄まじくて」

 

「ああ、そうか。あそこの大学はサークルの勧誘が熱心だってことで有名だからなぁ」

 

「熱心なんてもんじゃなかったですよ……」

 

 

 

 そう言って、隣の席に置いてあるチラシの山に目を向ける。マスターもそれを見て苦笑い。

 

 文学部棟の中を歩いている時は何事もなく、これから勉学に励むことになる学び舎をしっかりと見ることができてよかったのだが、まさか入学式が終わったあとにも同じように勧誘されるとは思わなかった。

 

 入学式前よりも後の方が攻撃力が上がっていたのは気のせいじゃないだろう。先輩方のあの元気はいったいどこから来ているのか。

 

 "世の中にたへて桜のなかりせば、春の心はのどけからまし"。

 

 もし桜の並木道がキャンパス内に無ければ、勧誘は静かなものだったのだろうか。いや、ありえない。何を考えてるんだ。相当疲れてるな。

 

 店内にある絵画に描かれている人物が俺のことを可哀想な人を見る目で見ている気がした。

 

 

 

「大変だなぁ。あ、これ。注文のコーヒーね」

 

「あ、はい」

 

「サービスとして当店自慢のパンケーキも付けてやろう」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 マスターの優しさとコーヒーの香り、パンケーキの甘さが疲れた身体に活力を漲らせていく。

 

 今朝家を出る時や歩いている時に緊張していたのが馬鹿らしい。終わってみればどうってことなかった。入学式よりも入学式前後の出来事の方が印象的なのがその証拠だ。

 

 まだ友達と呼べるような存在は出来ていないから、明日以降少し頑張ろう。

 

 

 

「ところで、ライラックの並木道の写真は撮ったの?」

 

 

 

 俺が注文の品に舌鼓を打っていると、食器を拭いていたマスターが思い出したように聞いてきた。

 

 

 

「あー、結局あれ以来並木道には行ってないですね」

 

「あら、そうなのか」

 

「今日このあと、現時点でどれくらい花が咲いてるのかちょっと確認してみようと思います。花を見て癒されたいのもありますし。ただ……」

 

「ただ?」

 

「前にここに来た後、夕方にもう一回あの並木道に行ったんですよ。そうしたらあの道の前で不思議な女性と出会いまして」

 

「不思議な女性か。なになに? 一目惚れでもした?」

 

「そんなんじゃないですよ。でも、なんか惹かれるものがあって」

 

 

 

 あの人のことを考えると心が締め付けられるような気がすることは言わない方がよさそうだな。

 

 

 

「なるほどなぁ。なんか話したりとかはしたの?」

 

「まぁ少しは。その女性、最初俺が見かけた時に並木道の方を見て泣いてて、それでちょっと声かけようかと思ったんですよ」

 

「泣いてた? なんで?」

 

「ライラックの花が大切な思い出の花だったらしいです」

 

「へぇ〜」

 

 

 

 マスターは自分の分のコーヒーを用意して、以前と同じく椅子を持ってきてカウンターを挟んで俺の前に座った。

 

 現在時刻は午後四時。客は俺以外いない。この店の経営状況は大丈夫なのだろうか。

 

 

 

「そのあと少し話して女性が、またこの場所で会おう、って言ってたんですよ」

 

「なんだよ、脈アリってことじゃないかよ」

 

「全然違いますよ。だって、名前も聞いてないんだし。あ、あと、"またこうやって会えたんだから、次だって会えるはず"って言ってたんですよ。あの人とは初対面なのに」

 

「人違いしてるとか?」

 

「うーん……分からないですね。でもあの人が言ってることが嘘だとも思えないんですよねぇ。相当美人だったし、一度見たら忘れないはずなんですけど」

 

「ほうほう、やっぱり一目惚れしちゃった?」

 

「いや、茶化さないでくださいって。それに、あの人はこういうことも言ってたんです。"人にはそれぞれの量の真実があって、その真実が尽きれば人は死んでしまう"って」

 

「……!」

 

「ん? どうかしました?」

 

 

 

 今まで笑顔で話を聞いていたオーナーの様子がおかしい。驚いたような顔をしたあと、何か考え込んでいるようだ。

 

 

 

「マスター?」

 

「……ああいや、なんでもない」

 

「そ、そうですか?」

 

「大丈夫だ、気にしないでくれ。昔好きだった言葉でな」

 

「あ、そうだったんですね。俺もなんか気になっ────」

 

「コーヒーのおかわり飲むかい? サービスするぞ?」

 

 

 

 マスターは俺の言葉を遮ってそんなことを言った。何故遮るのかは分からない。もしかしたらあまり触れてほしくない話題かもしれないので、このくらいにしておこう。人にはそれぞれ詮索されたくないことの一つや二つはあるしな。

 

 サービスしてくれるみたいだし、せっかくだからコーヒーのおかわりをもらおう。

 

 

 

「まぁ、俺は大丈夫だから、気にしないでくれ」

 

「はい、分かりました」

 

 

 

 そこで一旦話が終わり、店内に静寂が訪れる。俺の中に生まれた疑問はコーヒーから立ち上る湯気と共に虚空へと消えていった。

 

 静かな店内で、クラシック音楽を奏でていた蓄音機の音が少しだけ大きくなったように思われた。

 

 

 

「そういえば、明日から普通に講義とかあるのかい?」

 

 

 

 数分間の静寂の後、マスターは再び話しかけてきた。

 

 

 

「はい。って言っても、まずはほとんどがオリエンテーションとかだと思いますけど」

 

「そうか。まぁ頑張ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 そうこうしているうちに二杯目のコーヒーも空になった。だいぶ休まったし心も満たされたので、そろそろお暇しようか。

 

 

 

「そろそろ帰りますね。コーヒーとパンケーキ、サービスして頂きありがとうございました」

 

「いいってことよ。こっちも、なんか話を途中で遮っちまったりして悪いな」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

「なら良かった。それでは、またのご来店お待ちしております!」

 

「ご馳走様でした」

 

 

 

 ドアがからんからん、という鈴の音とともに閉まった。風が吹くと少し肌寒いくらいの気温で、なかなかに気持ちいい。

 

 今の時刻は午後四時半。日が傾いてきているところだ。

 

 このまま並木道に行ってしまってもいいが、一旦この大量のチラシを家に置いてからにしよう。その方が荷物も気分も軽くなる。

 

 まさかまたあの人と会うことはないだろうけど、どうなるかは分からない。今朝はもし会えたとしても何を話せばいいか分からないと思っていたが、まだ名前を聞いてないことをマスターと話していて思い出した。

 

 会えた時は、名前とともに人違いしてないかどうかも確かめておいた方がいいかもしれない。どちらにせよ、互いに自己紹介でもできればいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 チラシなどの余計な荷物を家に置いて、今は並木道に向けて歩いている。前回に比べて少し開花している花が多くなっているだろうと思う。

 

 今回で見に行くのは三回目か。花屋の息子として育ってきた身として花を見るのが好きだから、何度見てもあの景色は飽きないだろう。

 

 あの道に行くための最後の曲がり角を曲がる。そのまま歩いていくと、ライラックの花の甘い香りが漂ってきた。

 

 一番好きな花はハルジオンの花だが、ライラックの花が一番好きになるのも時間の問題かもしれない。

 

 夢に出てきた男女もあの人も、みんなライラックの花が好きなんだから。

 

 

 

 並木道の前に来てみると、予想通り前よりも咲いている花の数が増えている。紫や白の花達は、自らの美しさを最大限に表現していた。

 

 そのまま夕暮れの空を仰ぎ見る。飛行機雲が夕日に照らされて鮮やかなオレンジ色になっていた。

 

 視線をライラックの花に戻すと、ウグイスが二羽ほど花の近くに止まって鳴いているのが見えた。

 

 ウグイスの別名は花見鳥。俺と同じく、お前達もその名の通りこの花を見に来たんだな。

 

 

 

「ほら、こっちよ! すっごく綺麗なんだから!」

 

「ちょっと待って、早いずら!」

 

「お、置いていかないでよぉ〜」

 

 

 

 しばらくウグイスとともに美しい花の様子と甘く安らぐ香りを楽しんでいると、どこからか若い女性達の声が聞こえてきた。

 

 声の数は恐らく三つ。一つはどこかで聞いたことのあるような声。あとの二つは初めて聞くものだ。

 

 まさかとは思っていたが、本当にそのまさかなのか……?

 

 そう考えていると、俺が来た方向とは逆の曲がり角の方から声の主である人物達が姿を現した。

 

 やはり数は三人。向かって左側にはセミロングの栗色の髪の女性。少し背が低い。

 

 向かって右側には紅色の髪をツーサイドアップにしている女性。こちらは若干幼さを感じる。

 

 そして最後。三人の真ん中にはやはり前にここで会ったあの女性。本当にこうしてまた会えるとは思わなかった。

 

 三人ともスーツを着ているので、恐らくなにかの式典にでも出席したのだろう。

 

 

 

「ほら、あそこに……あっ……」

 

 

 

 どうやらあちらも俺の存在に気がついたらしい。

 

 俺が先にここに来て、あとから女性がやって来た。前に会った時とは逆の立場だ。

 

 さっきまで俺と一緒に花を見ていたウグイス達が飛んでいった。周囲が途端に静かになったように感じる。

 

 

 

「まさか本当に会えるなんてな」

 

 

 

 今回はすんなりと言いたいことが出てきた。両隣の二人は不思議そうな顔で俺と真ん中の女性を交互に見ている。

 

 

 

「ええ、そうね」

 

 

 

 なんだか、前にあった時とは若干雰囲気が違う気がする。友達と一緒にいるからなのか、それとも別な要因があるのか。

 

 柔らかな風が俺達の間を通り抜ける。それは、並木道の木々と俺達の髪を揺らして過ぎ去って行った。

 

 

 

「君の言う通りだったよ」

 

「だって"約束"したじゃない。またここで会おう、って」

 

「確かに前に会った時に約束はしたけど、まさか本当にその通りになるとは思わなかった」

 

「何を言ってるのよ。私が言ってる"約束"はずっとずーっと前にしたやつのことよ」

 

「えっ?」

 

 

 

 俺が最後にここに来たのは四日前だ。ずっと前な訳がない。というか、四日前のあの会話は約束とは言わないのだろうか。

 

 

 

「覚えてないの?」

 

「覚えてるも何も、俺が君と会ったのはまだたったの二回だ。ずっと前に会ってなんかない」

 

「じゃあ、()()()()()()()()?」

 

「思い出すってどういうことだよ。ねぇ、前に会った時も思ったんだけど、もしかして君、人違いしてない?」

 

「人違いなんてしてないわ。正真正銘、アンタで間違いない」

 

「って言われてもなぁ……」

 

 

 

 ますます分からない。謎が深まるばかりだ。

 

 本当に人違いじゃないのだろうか。どうすればいいんだ……。

 

 足元に視線を向けると、巣穴へと持ち帰るのだろうか、蟻が餌らしき名前も知らない虫を運んでいるのが見えた。その餌と共にこの問いに対する答えも運んできてくれたら良いのになと思った。

 

 ……っと、一つ方法があるじゃないか。

 

 どうやら本当に蟻が問いに対する答えを運んできてくれたようだ。巣穴を探し出して近くに砕いたスナック菓子でも置いて餌としてプレゼントしてやりたい気がしてきた。いや、何の話だよ。

 

 

 

「名前。もし本当に俺で間違いないのなら俺の名前を言ってみてよ」

 

 

 

 前にこちらから名前は尋ねたが、俺自身名乗ったという記憶はない。仮にずっと前に会っているのなら、俺の性格上必ず互いに自己紹介をしているはずだ。

 

 

 

「今の名前は知らないわ。私が知ってるのは昔の名前だけよ」

 

「……?」

 

 

 

 本当にこの人は何を言っているんだ。俺の名前は今も昔も変わってなんかいない。

 

 

 

「"竜二(りゅうじ)"。それが私の知ってるアンタの名前よ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。今の名前とか昔の名前とか、訳の分からないことばかりだ。それに、俺の名前は"竜二"じゃなくて"竜葵(りゅうき)"だ。竜田揚げの竜に花の名前の葵で竜葵って読む」

 

「そう。今の名前は"竜葵"って言うのね。いかにもアンタらしいわ」

 

 

 

 勝手に納得されても困る。俺にも分かるように説明して欲しい。それか、もしこれが悪戯なんだとしたら、早々にやめてもらわなければならない。

 

 

 

「そろそろどんな事情があってそんなことを言ってるのか教えてくれ。俺を弄んでるんだったらいい加減にして欲しい」

 

「そうね。いい? 今から言うことは少し吃驚するかもしれないけど、事実だから」

 

 

 

 ようやく今までの振る舞いの理由を話してくれるようだ。これでただの悪戯でした、という内容だったとしたら相当趣味が悪い。

 

 話について行けずにずっと黙っていた左右の女性達も興味津々、といった様子で次の言葉を待っている。

 

 

 

「アンタはね……」

 

 

 

 そして、女性は俺の目を正面から見据えて、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と──────前世で恋人同士だったのよ」

 

 

 

「…………は?」

 

「えっ?」

 

「えぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら、俺はとんでもない女性と知り合ってしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お読み頂き、ありがとうございました。



 では、次回もよろしくお願いします。
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