今回もよろしくお願いします。
では、どうぞ。
「私と────前世で恋人同士だったのよ」
「…………は?」
「えっ?」
「えぇ!?」
第二話/これから
❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋
東へ伸びていく影は暮れなずむ今日を惜しみながら徐々に迫っている夜の闇と同化して消えていく。
まだまだ持久力のない春の太陽は息も絶え絶えになりながらゴールの地平線に向けてラストスパートをかけ、それを追いかける闇によって夕方の空は瞬きの間にその一瞬の色を変えられていくのだろう。
そんな夕方の空に俺達の驚いた声が響き渡る。その声は、ライラックの花の甘い香りとともに吹いてきた少し強めの風に流されて行った。もしかしたら、空もこの有り得ない告白に驚いているのかもしれない。
自分で聞いておきながら、突拍子もない答えすぎて何を言えばいいのか分からない。ちょっと吃驚するかもしれない、って言ってたけどこれはちょっとどころじゃなかった。
「やっぱりまだ……思い出してなかったのね……」
そう言って女性は悲しげに目を伏せる。まさかさっきの思い出してないのか、っていう問いは前世の記憶を思い出しているのかどうかってことなのか? だとしたら納得がいく。
「ちょ、ちょっと待つずら。前世っていうと、仏教とかでも存在が認められてるあの前世?」
「そうよ。流石は寺の娘ね」
きょとんとした表情のまま、栗色の髪の女性が尋ねる。なるほど、寺の娘か。それなら前世とかそういった方面には詳しいのかもしれない。
「ありがとう。……って、そうじゃないずら! 今までのマル達にそんな話したことなんて無かったのにどうして急に?」
「そうそう。高校時代だってずっと堕天使ヨハ────」
「それは言うなぁ!」
「んぐっ! んん〜!」
紅色の髪の女性が羽交い締めで口を塞がれた。割と強い力で押さえつけているのだろうか、手足をばたつかせてもびくともしていない。
かなり慌てた様子だったし、堕天使ヨハってなんだろう、すっごく気になる。
……とまぁ、それは置いといて。
「前世って言われてもなぁ……。そんなもんある訳ないだろ」
頭を掻きながらそう答える。正直、これ以外答えようがなかった。
俺含め、ほとんどの人は前世なんて存在するはずがないと考えているはずだ。そんなのは瞞しに過ぎない。
「実際にあるから言ってるのよ」
羽交い締めを解いて、女性は続ける。あくまで前世の記憶があるっていうのを曲げるつもりはないらしい。
「それじゃあ、君は前世の記憶を思い出したっていうのか?」
「それとも、昔から記憶があって、それをずっと内緒にしてたの?」
俺の問いに重ねる形で、拘束から解放された紅色の髪の女性が尋ねた。口の周りに押さえられた跡がついている。
「昔から記憶があった訳じゃないわ。いつ思い出したか、って聞かれると、四日前ね。初めてここに来てこの並木道を見た時よ」
「……てことは、俺と初めてここで会った時か」
「ええ、そうよ」
うーん……どういうことだ? あの時は先にこの人がここにいて、後から俺も走ってここまで来たんだよな。この人が来てから俺が来るまでの間に一体何があったんだ。
「あの時、私が泣いていたのは覚えてるわよね?」
「あ、ああ。それで少し心配になって声を掛けようかと思ったんだ」
「あれは、色んな記憶が頭の中に流れ込んできて、沢山のことを思い出して感情が抑えられなくなったからなのよ」
泣いていたのはそれが理由なのか?
いや、まだこの人に前世の記憶があると確定したわけじゃない。妄言や虚言の可能性だって十分有り得る。もう少し話を聞いてみよう。
俺は黙って続きを促すように女性を見つめた。紅色と栗色の二人の女性、そして空とライラックの木々も静かに耳を傾けているようだ。
さらりと吹いた風が俺達の髪を揺らして行く。
「それでその後アンタが来て、私が思い出した記憶の中の人は前世のアンタだってなんとなく分かったの。それで、出来るだけ私の振る舞い方を記憶の中の私に近付けてみて、本当にアンタが前世の恋人なのかを確かめようとした。もしかしたら、前世の私の事を知っているかもしれないって思ったから。
それなのに、アンタは何一つ思い出してなかった。アンタの中に、前世の私の記憶はなかった」
女性の声に、若干の悲しみの色が混じっている気がした。
だから雰囲気が前回とは違って感じられたのか。この人の本来の姿はこっちで、あれは前世の姿に似せた感じだったっていうことなんだな。
「大体君の言ってることは分かった。でも、まだ君が本当に前世の記憶を持ってると確信している訳じゃない。あと、俺が記憶を思い出してないって分かったのに、どうしてまだ俺が前世の恋人だって言い切れる?」
前世の記憶を持っているっていう人物と直接話をしたことがないからっていうのもあるが、まずそんなスピリチュアルなものを信用しているわけじゃないからな。それと、なんとなくで俺だと思っただけなのにどうしてまだ俺が前世の恋人だと信じているのか。
「それは……うーん……なんとなく?」
「なんでそんな曖昧で自信無さ気なんだよ。あとなんで疑問形?」
「仕方ないでしょ、直感でそう感じてるだけなんだから」
「まじかよ……」
やっぱり、どうにも信用ならない。だが、一つ聞きたいことが出来た。少し訝られるかもしれないが、聞くだけ聞いてみよう。
一匹の蟻が足元に歩いて来た。こんなとんでもない話に途中参加ではついていけないと思うが、大丈夫なのだろうか。
「一つ、質問してもいいか?」
「ええ、いいわよ」
こんなことを聞いて大丈夫なのか、という思いが頭の中に浮かぶが、すぐにそれは消した。他の二人の女性も俺の方を見つめている。
「君は今まで、男性と女性が花の前で出会うっていう内容の夢を見たことはあるか?」
俺は何度もこの夢を見ている。俺に前世の記憶があるとは露ほども思ってないが、もしかしたら何かしらの形でこのように夢として出てきたりはするんじゃないかと思った。まぁ、確証はないが。
「夢?」
「そうそう」
「うーん……そういう夢は見たことはないわねぇ」
「やっぱりそうか」
十中八九そうだとは思っていたが、やっぱりそうだったみたいだ。
「あ、でも男の人が、お墓? みたいな物の前で泣いてる場面の夢は何度か見たことあるわよ」
「墓の前で?」
女性が、あっ、と思い出したような表情になってそのようなことを言ってくる。
だが、墓の前で男が泣いている夢……? 俺はそんな夢は今まで見たことは無いな。
「そうよ。どこなのか、とか誰なのか、とかは分からないんだけど」
「あ、それずっと前から言ってるよね」
「確かに」
「ええ。しかも、この夢を見たあとって起きた後必ず私も泣いてるのよ」
他の二人も同調し、三人が順番に説明してくれる。どうやら嘘は言っていないようだ。それにしても、朝起きたら泣いている、か。
俺も夢から覚めたら泣いていたっていう経験はあるけど、俺が何度も見てきた男女が花の前で出会う夢では泣いたことは無い。
「でも、どうしてそんなことを聞くの?」
一通り説明を終え、やはり今度は俺が質問される番のようだ。
「もし仮に前世の記憶を思い出したんだとしたら、何かしら思い出す前兆みたいな物があってもおかしくないなって思ってな。さっきも言ったけど、俺はまだ信じてる訳じゃないから。話の整合性が取れてるかどうか確かめたかった」
偶然出会った女性に突然前世で恋人同士だったって言われたら疑心暗鬼に陥るのも当然だ。これがもし俺じゃなくて他の誰かについての話だったとしたら、もっと興味を示していたかもしれないが、自分についての話だ。慎重にいかなければならない。
それに、いまいち信憑性に欠ける部分も多い。
「なるほどね。昔は私の言うことは簡単に信じてくれたのに、今は少し疑うことを覚えたようね」
「そうやって俺の知らない過去を知っているような物言いをされるのは少し不思議な気分がする。
あと前世の、竜二だっけ? それについては分からないけど、俺は前にちょっと色々あってから、人のことを簡単に信じるのはやめたんだ」
そのことについてはここでいう必要は無いから話すつもりは無いけど。まだ知り合って間もない人に話すことでもないからな。
「そう。まぁ、いいんだけどね」
背の高い女性が、少し納得した、というように頷く。
「ねぇ、そういえば、もう結構暗くなってきてるけど大丈夫なの?」
「確かに。晩御飯の用意とかもしなきゃいけないずら」
「それもあるし、夜は物騒だから」
話が一段落ついたところで紅色の髪の女性がポケットから取り出したスマホの時刻表示を見て言う。確かに、そろそろ帰ってもいい頃合かもしれない。
夜桜見物みたいに夜ライラック見物というのもアリだが、この辺は街灯も少ないしあまり夜は映えないだろう。
さっき歩いて来た一匹の蟻は未だに俺の足元をぐるぐると回っている。俺の周りには餌になるようなものはないぞ。
「ふんっ、何を言ってるのよ。宵闇迫るはこの世の理。それに、夜は私が一番好きな時間!」
この人は夜型人間なのか? というか、発言が少し痛々しい。声室が少し変わってなんか変なポーズも取ってるし。
「堕天使が顔を出しかけてるずら」
「ヨハネの時の癖が出ちゃってるよ」
「うわあ! またやってしまったぁ!」
今度は頭を抱えてかがみ込んだ。なんだか忙しない人だ。……ところで。
「なぁ、さっきも気になってたんだけど、堕天使ヨハネって、何?」
さっき紅色の髪の女性が羽交い締めされた時、どうやら堕天使ヨハネと言いかけていたらしい。三人の様子から察するに、何かあるようだ。というか堕天使ヨハネってなんなんだ?
「この人は元中二病患者ずら。大学に進学するために高校三年生の終わり頃から頑張って卒業しようとして、なんとか普通の人になったけど、今でもこうやってたまに出てくるずら」
「多分、もう体に染み付いちゃってるんだよね」
「余計な事は言わなくていいから!!」
頭を抱えた姿勢のまま、恥ずかしげに声を荒らげているその様子を見るに、自分でも黒歴史認定しているらしい。
中二病か……。実際に中二病患者だった人は初めて見たと思う。マンガとかの中だけの話かと思っていたら、どうやら本当に有り得る話だったようだ。
……ん? ちょっと待て。
「なぁ、俺の認識が正しければなんだけど、中二病の人って虚言癖みたいなのがあったりするんだよな?」
中二病について詳しく知っているわけではないが、神話とかを捩ったりして訳の分からないことを言うっていうのは聞いたことがある。もしそうなんだとしたら……。
「そうだよ。突拍子もないことを突然言い出したりするから、いつも驚かされるんだよ」
「そうそう。だから、マルはさっきの話もヨハネの時の名残りなのかなって思って、適当に聞き流してたずら。最初はびっくりしちゃったけど」
「前世とかってちょっと興味あるから、ルビィは少し真面目に聞いてたんだけどね」
苦笑いしながら肯定してくる二人。
……ということはこれまでの前世の記憶がどうとかっていう話はやっぱり虚言や妄言である可能性が高いってことになるよな。
「そうなると、やっぱりこれまでの話は嘘っていう解釈でいいのか? それか、ちょっと可哀想な人の発言っていうことでいいか?」
「哀れみの視線を向けないでよ! というか、嘘じゃないわよ!」
「分かった分かった」
「嘘じゃないんだってば!」
「じゃあそういうことにしておくよ」
立ち上がって懸命に主張してくるのを適当にあしらう。なんとなくこの女性の人柄と性格がわかった気がする。
「ああ……黒歴史はバラされるし言ってることも否定されるし……やっぱり私ってツイてないわね……」
また後ろを向いて頭を抱えてかがみ込んでしまった。
立ったりしゃがんだりする度に青みがかった黒髪がさらりと動くのがとても綺麗だ、なんて場違いなことを思ってしまった。
「どっちも運とかじゃなくて自分に原因があると思うんだけどな」
「そういう問題じゃないのよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「そうそう。大学にいる時に抑えてれば大丈夫ずら」
マルさんとルビィさんが宥める。一番背が高くてお姉さんっぽい人が一番子どもっぽいかもしれない。
「あれ、大学生なのか」
「そうだよ。ルビィ達、春から大学生になるの」
「というか、今日は大学の入学式だったずら」
「ああ、なるほど」
話を聞く限り、どうやら三人共同じ大学に通っているようだ。加えて、同い年らしい。
「俺も今日大学の入学式だったんだ。終わってからお気に入りの喫茶店に行って、その後ここに来た」
「ルビィ達は入学式が終わってからカラオケに行ってきたんだよ」
入学式終わりにカラオケとか女子高生気分が抜けてないんじゃないのか……?
「そうなのか。俺はここから歩いて二十分くらいのところにある浜松大学ってところなんだけど、もしかしたら近くの大学だったりする?」
俺がこれから通う大学は国立東京浜松大学。国立で、静岡にあるのに何故か東京という名が付くとても不思議な大学だ。
「ルビィ達もその大学だよ!」
「え、まじで?」
「本当だよ〜! びっくりだね」
これは驚いた。そんな偶然あるんだな。
「じゃあじゃあ、学部は何学部ずら?」
少しテンション高めな様子でマルさんが聞いてくる。
「俺は文学部だよ」
「私達三人も文学部だよ!」
「びっくらこいたずら〜」
「本当に、すごい偶然だ」
学部が同じだったのなら、もしかしたら今日の入学式の時に近くに座っていたのかもしれないな。緊張してて周囲を見渡す余裕がなかったから気が付かなかった。
「文学部ならやっぱり本が好きなの? マルはずっと本が好きで、本をよく読んでたから、大学の学部は絶対に文学部にしようと思ってたんだ〜」
「ルビィもよく一緒に本を読んでたりしてたから、そのまま文学部にしたんだ」
先程までとは全然違い、マルさんは早口でまくし立ててくる。その様子を見て少し嬉しそうにしながらルビィさんも同調する。
「お、おお、そうなのか。俺も本が好きで、日本文学を専攻しようと思ってる。他にも神話とかそういうのも興味あるから、文学部がぴったりだと思って」
ずっと小説家を目指していることは恥ずかしいから言わないでおこう。現実味がなさ過ぎてあまり人に言えたものではない。
ちなみに、大学選びは適当な感じだったけど、学部は文学部一択だったのはそれが理由である。
「おお、日本文学好きずら〜」
「仲間がいて良かったね!」
どうして地元から離れた大学に進学することを決めたかは自分でも分からないけど、よく知らない土地で、共通点を持つ人を見つけられたから俺も嬉しい。
「んで、自称堕天使さんはどうして文学部に?」
二人が文学部に進んだ理由は聞いたけど、まだ聞いてなかったな。
「堕天使言うなぁ!!」
「分かった、分かったから落ち着け」
動きが少しオーバーなのが面白いと感じてしまっている俺がいる。
「誰のせいでこうなってると思ってるのよ……。
まぁいいわ。私はね、本当は教育学部に行きたかったの。お母さんが教師をやってるっていうのもあるし。
だけど、あそこの大学って教育学部の偏差値も倍率も文学部に比べて高いじゃない? だから少しだけ志望を落として妥協したのよ。単位次第で教員免許を取得するのは可能だしね。それに、二人も一緒だから」
「なるほど。色々考えてるんだな」
どうやら将来設計は真面目に考えていたらしい。根は真面目な人なんだろうか。
「まぁね。お父さんが厳しいのもあるし」
「まぁ、事情は人それぞれだから仕方ないか」
「善子ちゃんのお父さんはただ単に善子ちゃんのことを溺愛し過ぎてるだけずら」
「好きすぎるあまり少し厳しいことも言ったりするんだよね」
「なんだ、いいお父さんじゃないか」
蝶よ花よと育てられてきた人は何人か見たことがあるから、別段不思議とは思わないな。
高校と違って大学は沢山の人が集まるから、色んな境遇の人がいるはずだ。俺と違ってあまり自由な大学選択を出来なかった人もいるかもしれない。
「そういえば、まだ改まって自己紹介してなかったな。俺の名前は
改めて自己紹介をしておこうと思う。間違えて名前を覚えられたくはないからな。
「ほうほう、花屋かぁ。なんかいいずらね。マルの名前は
「そんな、別に訛りくらい気にしないよ」
方言は言葉のアクセサリーという言葉もある程だ。そんなこと一々気にしてられないだろう。気にする必要性さえ感じない。
「次はルビィだね。私は
「へぇ、姉妹なのか。俺は一人っ子だったから羨ましいな。二つ歳上の姉が俺は一番欲しかったんだ」
国木田花丸と黒澤ルビィ、か。栗色の髪の方が国木田で、紅色の髪の方が黒澤だな。よし、覚えた。
「最後に、私は
「そうか、よろしくな、堕天使さん」
「だからその名前で呼ぶなぁ!!」
やっぱり、少し面白い。
「ごめんごめん。よろしくな、津島」
「ふんっ、分かったならいいわ」
腕を組んで得意げな表情になる堕天使ヨハネこと、津島善子。なんでここでそんなに偉そうな態度を取れるのか分からない。
「あ、そうだ。最後に一ついいか?」
「……何よ?」
「さっき、俺の前世の名前は竜二だって言ってただろ? なら、君の前世の名前はなんていうんだ?」
自己紹介もして名前も分かったことだし、一応これも聞いておこう。個人的に少し気になる。
「それは……分からないわ」
「えっ?」
分からない? 普通最初に思い出すのって自分についてじゃないのか?
「前世の自分の名前が……分からないのよ。アンタの名前はすぐに思い出したのに、どうしても、自分の名前だけ思い出せなくて」
「まじか……」
少し伏し目になって津島は続ける。いつの間にか俺の足元からは蟻は居なくなっていた。
「前に名前聞かれた時に、今はまだ答えたくないって言ったでしょ? あれは、前世の名前が分からなくて言うに言えなかったから誤魔化したのよ。
それに、本名を見ず知らずの人に言うのはちょっと不安だったからってのもあるけど」
「後半のことについては納得だ。だけど、前半部分の設定が細かすぎてついていけないんだが……」
「設定じゃないわよ! 事実なんだから!」
「でも、直感なんだろ?」
「うっ……それは……」
何も言えずに口籠もってしまった。
「善子ちゃんの設定って無駄に細かいのに、ところどころおかしな部分があったりするよね」
「確かにそうずらね。意味不明な単語を羅列するだけのときもあったし」
「さっきから、二人共辛辣だな……」
わざと言っているのか、聞こえるような感じでヒソヒソ話をする二人。
でも、それだけなんでも言い合える間柄っていうことの表れでもある。そういう関係っていいな。
「まったく……知りあったばかりの頃のルビィは人見知りでずっとビクビクしてたクセに、なんでこんなに図太くなっちゃったのよ……」
「えへへ、それほどでも〜」
「褒めてないわよ!」
「ルビィちゃん、男の人を怖がってたのに今では普通に会話できるようになったもんね」
「うん! 自分でもすごく成長したと思う!」
「まぁ、マルはずっとこんな感じだけどね」
「アンタは少しくらい遠慮ってものを覚えなさいよ!」
呆れたように腕を組みながら言う津島に対して、それぞれの反応を示す。
津島も津島でボケにツッコミになかなか苦労してるみたいだな。国木田も黒澤もマイペースそうだし。まぁ、ボケの方は無意識っぽいけど。
「なにニヤニヤしてるのよ?」
「いや、三人共仲が良いんだなって思ってな」
ニヤニヤしていたつもりはないが、そう見えていたならそうなんだろう。自重しよう。
「羨ましいの?」
「そりゃあまぁ。一人でこっちに来たから知り合いとかいないし」
「なによ、同じ大学で同じ学部なんだから、これからは一緒に行動できる時は一緒にいればいいじゃない」
微笑みながらそう言う。その笑顔は満開の花のように美しく、それでいて慈愛に満ち溢れたとても安心できるものだった。
「いいのか?」
「私は構わないわよ」
「マルも」
「ルビィも」
「ほら、二人も歓迎してくれてるわ」
三人共良い人で良かった。早速新しい友達が出来たようで何よりだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「もちろんよ。それに、私もこれから先アンタといれば色々と思い出すかもしれないから」
「まだ言うのかよそれ」
やっぱり、前世について曲げるつもりはないようだ。
「当然よ。アンタに信じてもらえるまでずっと言い続けるわ。あわよくばアンタにも思い出してもらうから、覚悟してなさい」
「普通の友達じゃだめなのかよ……」
なんか頭が痛くなってきた。楽しくなりそうではあるけど、明日からはとても騒がしい毎日になる気がする。というか絶対になる。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだね。おなかすいたずら」
俺は喫茶店でいろいろご馳走になったからあまり腹は減ってないが。まぁ、それは置いといて。
「んじゃあ俺はこっちだから。また明日学校でな」
互いに来た道を引き返す形になるので、ここでお別れだ。
「ええ、それじゃあ、また」
「じゃあね」
「ばいばい、ずら」
「ああ、じゃあな。これからよろしく」
手を振ってから歩き出す。俺は晩ご飯は帰りに適当にコンビニの弁当でも買っていけばいいかなどと考えながら、三人は何やら楽しそうに談笑しながら、その場所を後にした。
人がいなくなった並木道に沿って強い風が吹く。その風で飛ばされた一輪の花が、並木道の奥にある祠へひらひらと舞い降りていった。
❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋
夜。自分のアパートに帰った俺は、晩ご飯を済ませて風呂に入った。
今日から新たに始まった連続ドラマをちょうど見終わったところなので、そろそろ寝る支度をすることにしよう。
……っと、その前に。
「あったあった」
コンビニの袋から取り出したのは一冊のノート。大学生活がスタートしたら毎日その日に経験した出来事を日記につけると前々から決めていたのだ。
今日はその日記の記念すべき一ページ目。何を書けばいいか迷うものだと思っていたが、今日書くことはもう決まっている。
書き出す前に、俺はいつもやっているように電気ケトルで温めたお湯をマグカップへと入れた。所謂白湯である。寝る前に必ずこれを飲むという中学生の頃から始めたこの習慣は、大学生になった今でもずっと続けている。
用意した白湯と共にテーブルに座り直してからノートを包んでいたビニールを破ると、真新しい紙の香りが鼻腔をくすぐってきた。そして、筆箱からシャープペンシルと消しゴムを取り出し、今日の日付を書いて、一番上の行からペンを走らせ始める。
まずは、入学式でのこと。と言っても入学式の前後の勧誘ことだ。その内容は主に愚痴になってしまったが、先輩達の勢いが凄まじ過ぎたのが悪いので許して欲しい。
そして、メインとなるのはもちろん並木道でのこと。つまり、津島と黒澤と国木田という新たな三人の友人ができたことだ。
今日話したことを思い出しながら文字を綴っていく。三人について書けることはまだ少ないが、これから関わっていくうちに少しずつ書けることが増えていけばいいなと思いながらノートを閉じた。
手を組みそれを上へと伸ばして全身の凝りをほぐす。高嶺の花よりも高位の存在とか思ってたけど、津島も、もちろん国木田も黒澤も、誰よりも等身大の女の子だったな、と肩や肘の骨を鳴らし、ぬるくなり始めた白湯を一口飲みながら考える。
三人共かなりの美人だったし、俺みたいな男が一緒にいていいものなのかは分からない。まぁ、あの三人がいいと言ってくれている以上、お言葉に甘えることにしよう。
とりあえず、今日書きたいことは大方書いた。だが、その日の出来事を羅列しているだけではどこか面白味に欠ける気がする。
なにかいい案は無いかと白湯から立ち上る湯気をじっくりと観察したり、クルクルとペンを回したりしながらしばらく考える。そして、ペン回しを失敗してテーブルから落としてしまうと同時に、俺はとあることを思い付いた。
もう一度ノートを開く。先程開いた表紙側からではなく、今度は裏表紙側からだ。
そして、最後のページにあたるそのページの一番上の行から箇条書きで、津島が少し話していた俺の前世の名前だと言っていた竜二の特徴を書いていく。
と言っても、今はまだ名前と人を信じやすいということくらいしか分からないが。
この最後のページに書いている内容は、名付けて"竜二設定資料"。なんのひねりもない名前とそのネーミングセンスの無さに我ながら苦笑いしてしまった。まぁ、どうせ誰かに見せるわけでもないので気にしないでおこう。
最後に、一番上の行の更に上、少しだけ太くなっている部分に"竜二設定資料"と書き、再びノートを閉じた。こちらの方も明日以降書ける内容が増えるといいな。
もしこれに書いてある内容と津島が言う竜二との間で性格などの矛盾があれば、すぐにツッコミを入れてやろう。
筆記用具類を筆箱に仕舞った俺は立ち上がり、ノートをテレビの横に置いてある本棚へと入れた。
すっかりぬるくなってしまった白湯を喉に流し込んでからコップをシンクに無造作に置き、布団に入る。
明日からの大学生活がどうなるかは分からない。だが、楽しいものになるだろうということは確実だ。これなら日記が三日坊主になる心配はいらないな。
そろそろあの並木道の写真を撮ろうか。近況を伝えると共に写真を両親に送ったら恐らく喜ぶだろう。頭の中が花のことでいっぱいになってるような人達だし。
そうしてとりとめのないことを考えているうちにやがて俺の意識は遠のいて行き、まるで花弁がひらひらと散っていくように穏やかな眠りへと落ちた。
お読み頂き、ありがとうございました。
受験があったたため、次までにかなりの間隔がありますが、お気になさらず。
では、次回もよろしくお願いします。