永遠に咲く一輪の初恋   作:ヨハネス

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 お久しぶりです。ヨハネスです。



 大変長らくお待たせ致しました。私の拙作である「永遠に咲く一輪の初恋」の連載を再開させて頂きます。

 



 投稿間隔がかなり空いてしまったので、御手数ですが、プロローグから読み直して頂くことをおすすめ致します。


 

 前置きはこのくらいにして

 

 では、どうぞ!


仲を深めるということ

 

 

 

 

 

 

 ────ふと意識が覚醒した時、俺は周囲の音が聴こえない見知らぬ空間にいた。

 

 

 

「ここは……?」 

 

 

 

 今いる場所がどこなのか分からずに俺はぐるりと周囲を見回す。

 

 

 

 身の回りにあるのは、廊下の角の方に置かれたストレッチャーや点滴スタンド。

 

 

 

 どうやら俺は今、病院にいるらしい。名前は分からないが、病院の中特有の消毒液のような臭いもするため、俺の見立ては当たっているようだ。

 

 

 

「夢の中、なのか……?」

 

 

 

 俺は最後に自室の布団に入ったはずなので、きっとそうなのだろう。

 

 だが、何故こんな夢を見ているのか。しばらく考えても答えは出てこない。ここにあるのはストレッチャーや点滴スタンド、そしてどこまで続いているのか分からない長い廊下と、閉められた病室らしき扉くらいだ。

 

 病院だというのに、医者や看護師の姿は見えない。他の患者もいるだろうが、まるで全員が活動していないかのような感覚に陥ってしまった。

 

 

 

「ま、考えても仕方ないか。夢を見る原理なんて分からないんだし」

 

 

 

 なんの生産性もない思考を捨て、今見ている夢の中を自由に旅してみようと思った。どうせなら眠りから覚めるまで夢の世界の住人として存在してみよう。これはいわゆる明晰夢というやつだろうが、起きたら覚えているかも分からないんだから。

 

 と言っても、この病院の中を歩き回ることくらいしかする事はなさそうだが。

 

 リノリウムの長い廊下を歩いていく。やはり、普通なら響くはずの自分の足音は聞こえない。

 

 しばらくして、通りかかった病室から、聞き覚えのある、ある二つの声が聞こえてきた。

 

 病室の番号の下にある入院患者の名前の欄を見ても、患者名は掲げられていない。

 

 だが、音のないこの夢の中で聞こえる唯一の音であるその声。その上、声に聞き覚えがあったので、それに少しだけ興味が湧いた。

 

 扉が開いているのでなんと言っているのかが廊下にいても聞き取れる。

 

 どうやら、あちらからは俺のことが見えていないらしい。俺は病室の中に入って会話を聞くことにした。

 

 

 

『ねえ、夏に降る雪ってあると思う?』

 

『それは多分……ないと思う。まず有り得ない』

 

『⚪⚪はそう思うのね。私は、あると思うわ』

 

『どうして?』

 

『特にこれと言った理由は無いんだけどね』

 

『え、そうなの? ⚫⚫が意味もないことを言うなんて珍しいね』

 

『そういう時もたまにはあるわよ』

 

 

 

 二人がしているのはそんな会話。しかし、モザイクがかかったようになっていて顔だけが見えない。それに、名前だけがノイズのようになって聞き取ることができない。

 

 だが、何故かは分からないが、これは恐らく、何度も夢に出てくるあの二人であるということはすぐに理解できた。

 

 

 

『それじゃあ、冬の夢を見て鳴く蝉って、いると思う?』

 

『うーん、どうだろう。僕は……個人的にはいて欲しいなって思うかな』

 

『私も、いると思うわ』

 

『……これにはなにか理由はあるの?』

 

『ええ。それもしっかりとした理由がね』

 

『なら、教えて?』

 

 

 

 女性の言葉に、男性が興味津々、というように身を乗り出す。

 

 冬の夢を見て鳴く蝉がいると思う理由、俺も少し気になる。

 

 女性は、少しだけ言葉を溜めてから、その答えを言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『私が──────その蝉みたいだから、かな』

 

 

 

 

 

 

 その声は、何故だかとても、悲しげな響きを含んでいるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三話/仲を深めるということ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スマホの軽快な着信音と、テーブルに置いているせいで増幅されたバイブの音が聞こえる。

 

 

 

「うるっさいなぁ……誰だよこんな朝っぱらから」

 

 

 

 まだ目覚ましをセットした時間まで一時間半はあるというのに、とても迷惑なものだ。

 

 安眠を妨害された不機嫌さと眠気で目が半開きのまま液晶画面の応答ボタンをタップした。

 

 

 

「……もしもし?」

 

『ああ、もしもし、竜葵?』

 

「なんだよ母さんかよ……。こんな朝早くから何?」

 

『なんだよじゃないでしょ。引っ越してから碌に連絡も寄越さずに』

 

「だからってこんな朝早くにしなくたっていいでしょ……」

 

 

 

 電話は母さんからだった。俺の家は花屋を営んでいるため、開店準備のために両親は毎朝早起きしている。

 

 実家暮らしだった頃は俺も同じくらいの時間に起きたりするときもあったが、一人暮らしを始めた今はそんな時間に起きる必要はない。実際、比較的朝に弱い俺にとって、同じくらいの時間に起きるのは本当に嫌だったんだ。

 

 

 

『ちゃんと一人暮らし出来てるのか心配だったのよ』

 

「全部出来てるから大丈夫。心配しすぎだよ」

 

 

 

 子が親離れしようとしてるのに、どうしてうちの両親は子離れ出来ないんだろうなぁ……。

 

 思わずため息が漏れてしまう。そんな俺の様子を知ってた知らずか、母さんは会話を続ける。

 

 

 

『なら良かったわ。昨日の入学式はどうだった?』

 

「何事もなく、無事終わったよ」

 

『そう。じゃあ今日から大学生として頑張ってね』

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だから」

 

 

 

 さすがに過保護過ぎる……。早く子離れしてくれよ……。

 

 

 

『じゃあ、私はこれからお花の水やりをしなきゃいけないから。それじゃあね』

 

「んじゃあ」

 

 

 

 電話の切れる音がして、会話が終わった。今度からは特にこれと言った要件がないのにこんな早くから電話はやめて欲しい……。

 

 寝てる間に夢を見ていた気がするが、寝起きが寝起きなだけにどんな内容だったか全然思い出せない。

 

 夏とか冬とか雨とか雪とか言ってたっけ? まぁいいや。もう一眠りしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 結局あのまま二度寝をすることは出来ず、今はテレビをぼんやり見ながら朝食を摂っている。

 

 ……なんか、昨日もこんな感じだったな。なんか代わり映えしない。これからはもう少し工夫でも加えてみよう。

 

 

 テレビでは音大一年生ながらにして世界的なピアノコンクールで入賞を果たした、桜内梨子という女性の特集をやっていた。

 

 コンクールは去年の秋頃に開催されたらしいから、歳は俺達の一つ上ということになる。年齢が近い人が世界で活躍しているのはとてもすごいことだと思う。

 

 テレビによると、静岡の沼津市出身で、容姿端麗でピアノの技術も素晴らしく、老若男女や趣味趣向問わず多くのファンがいるそうだ。大手音楽会社がスポンサーについたとかで、自らが作曲したピアノ曲もリリースしたらしい。そのおかげで、最近はピアノミュージックブームが流行の兆しを見せているとか。途中からその特集を見たから、分かるのはそのくらいだ。

 

 曲名は分からないが、曲自体は俺も二度か三度程聴いたことがある。素人が聴いても素晴らしい技術を持っていると分かるんだから、玄人が聴けば賞賛するのも納得だった。

 

 そのうち特集が終わり、ニュースへと切り替わった。正直政治に興味が無いから、見ていても意味が無いな。さっさと皿を洗って準備を済ませよう。

 

 

 

 「……そういえば今日って新入生ガイダンスだったっけ」

 

 

 

 複数の学部で合同で行われるガイダンスで、授業の履修登録のやり方や、その他必要な情報が伝えられるらしい。

 

 持ち物は特に連絡が無いから、クリアファイルと筆記用具くらいで十分だろう。

 

 ちなみに、夜には全学部の新一年生を集めて、キャンパス内の桜の下で花見をやるらしい。

 

 まぁ、あの桜はなかなか綺麗だったし、夜桜見物にはもってこいだろう。自由参加だが、せっかくなので参加しておこうと思う。交友関係も広げておきたいしな。

 

 

 

「そろそろ出るか。早めに着いておいて損は無いし」

 

 

 

 早く行っても特にやることがある訳では無いが、皿も洗って準備が完了したので、家を出ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? あれは津島達か」

 

 

 

 大学近くの大通り。ぼんやり歩いていたら、前を歩いている人々の中に見覚えのある三人を見つけた。 

 

 ……ただ、ちょうど見つけた時、津島が何かに躓いて転んでしまったようだ。俺には何も躓きそうなものが見えなかったんだが。

 

 

 

「ほら、大丈夫?」

 

「へ、平気よ、このくらい!」

 

「そのわりに涙目だね」

 

「う、うるさいわね! 痛いものは痛いのよ!」

 

 

 

 津島に手を貸す国木田と、悪い笑顔でいじる黒澤。やっぱり津島がいじられ役か。

 

 そんな三人の様子を見てヒソヒソと話をしながら通り過ぎていく周囲の人々。

 

 やっぱり、公衆の面前でコケたということもあって、それなりに目立っているみたいだな。

 

 

 

 せっかくだし、追いついて声をかけることにしよう。

 

 

 

「おはよう、大丈夫か津島?」

 

「あ、おはよう、竜二。いつものことだし大丈夫よ」

 

「おはよう、立花君」

 

「立花くん、おはようずら」

 

「ああ、おはよう二人とも」

 

 

 

 津島が服についた砂埃を払いながら、国木田と黒澤はぺこりとお辞儀をしながら挨拶をしてくる。砂埃を払い終わったところで、そのまま四人で歩き始める。

 

 柔らかな風が吹き抜けていく。どうやら今日も春らしい麗らかな陽気になりそうだ。

 

 

 

「怪我がないなら良かった。だけどな、俺の名前は竜二じゃなくて竜葵だ」

 

 

 

 前世の恋人だかなんだか知らないが、俺の名前を他の人に間違って覚えられたらどうするんだ。

 

 

 

 

「私にとっては竜二なのよ。それに、こう呼んでた方がアンタも思い出すんじゃない?」

 

「思い出す出さないの前に、俺の名前が間違って広まるからやめてくれ」

 

 

 

 津島は、そんなことなど意に介さない、といった様子で言う。知人のいない知らない土地に来て名前を間違えて覚えられるなんて、俺にとっては死活問題なんだが。

 

 

 

 

「じゃあ、立花君のことを別の呼び方で呼べばいいんじゃないかなぁ」

 

 

 

 俺達の話を聞いていた黒澤が人差し指を顎に当てて考える素振りを見せてからそんなことを言う。

 

 

 

「あだ名みたいな感じかぁ。それは名案だね、ルビィちゃん」

 

「えへへ、たまにはいいこと思いつくんだよね〜」

 

「それはいい考えだ。間違った名前が広まらなくて済む」

 

 

 

 あだ名だったら小さい頃からずっと呼ばれてきたものがあるからな。

 

 

 

「じゃあ、なんて呼べばいいのよ?」

 

「小さい頃から周りの人達には"竜"って呼ばれてきたから、できればそれで頼む。俺も呼ばれ慣れてるしその方がありがたい」

 

 

 

 家族や友達みんなからそう呼ばれてきたから、ここにきて急に苗字で呼ばれたりしても変な感じがするからな。せっかく友達になったんだし、このくらいの距離感の方がいい。

 

 

 

「じゃあ、これからは竜って呼ぶわね」

 

「私はりゅう君って呼ぶね」

 

「マルも、りゅうくんって呼ぶずら」

 

「分かった。ありがとう」

 

 

 

 三人からの俺に対する呼び名が確定したようだ。俺としてはなかなかいい方向に落ち着いてくれたな。

 

 

 

「ルビィ達のことはなんて呼ぶの?」

 

 

 

 ふと黒澤が思い出したように聞いてきた。

 

 

 

「普通に三人とも、黒澤と国木田と津島でいいかなって思ってたんだが……」

 

 

 

 俺の言葉に、三人が少しムッとしたような表情をする。なにか変なことでも言ったか……?

 

 

 

「私達がアンタのことをあだ名で呼ぶのに、アンタは苗字呼びって、若干距離を感じるんだけど」

 

「せっかくだし、下の名前で呼んでほしいずら」

 

「ルビィも、その方がいいかな」

 

 

 

 三人揃ってそんなことを言い出した。いきなりあだ名呼びを承諾した俺が言うのもなんだが、この三人は俺が予想してたより友達に対する距離感が近いらしい。これが新大学一年生女子のすごさか。

 

 

 

 

「分かった。じゃあ下の名前で呼ばせてもらうよ。改めてよろしく、善子、ルビィ、花丸」

 

「ん、よろしく」

 

「よろしくね〜」

 

「うん、よろしくね」

 

 

 

 

 三人に向けて改めて軽く会釈をすると、三人はそれぞれ挨拶を返してくれた。なんとか上手くいったみたいだ。

 

 

 

 互いの呼び方が決まったところで大学の正門を過ぎた。これから講堂でガイダンスが行われることになっている。

 

 恐らく今は学生が多く集まる時間なのだろうか、周囲を見回してみると歩いている人がかなりいる。一限からある先輩方も混じっていると思うが、ここで歩いている多くは新一年生だろう。

 

 俺たちと同じく、既に数人の集団で行動している人や、まだ一人で行動している人もいる。俺のように新たに一人暮らしを始めた人が、もうこのように誰かと行動を共にしているのは珍しいのかもしれない。

 

 キャンパス内の桜のまわりを、夫婦らしい二羽の(すずめ)が飛び回っている。仲睦まじいその様子を見て、雀なのに鴛鴦(おしどり)夫婦だな、と訳の分からないことを考えた。

 

 

 まぁ、鴛鴦は毎年パートナーを変えるらしいが。……今はそんなことどうでもいいな。

 

 

 

 そのあとまた少し歩き、講堂に入って適当な席に座る。順番は右から俺、善子、花丸、ルビィの順だ。

 

 ……そういえば、この三人はどうなのだろうか。みんなそれぞれ一人暮らししているのか?

 

 

 

「そういえば、三人は一人暮らししてるのか?」

 

「私は一人暮らししてるわよ」

 

 

 

 俺の問いかけに善子が答える。"私は"ってことは二人は違うのか。

 

 

 

「マルとルビィちゃんはルームシェアしてるんだよ」

 

「一応善子ちゃんとはご近所さんだよ」

 

「そうなのか。でも、なんで善子だけ一人暮らしなんだ?」

 

 

 

 こんなに仲良しな三人ならルームシェアしても問題はなさそうだが。何か事情があるのだろうか。

 

 

 

「えっと……これにもお父さんが絡んでるんだけど、社会勉強のために一人暮らしさせるって聞かなくて私だけルームシェアを許してもらえなかったのよ」

 

「私たちからもお願いしたんだけど、結局折れてくれなかったんだよね」

 

「まぁ、人の家ごとにそれぞれの事情や考え方があるから仕方ないずら」

 

「そうだったのか……」

 

 

 

 善子のお父さんはよほど津島のことが大切らしいな。獅子の子落とし、とか、可愛い子には旅をさせよって言葉もあるし。

 

 俺の高校の頃の友達にも、地元の大学に通ってるけど一人暮らししてる人だっているからな。

 

 

 

「でも、この二人と近所に住む許可は得られたからなんとかなりそうね。たまたま近くにいい感じの部屋が見つかってよかったわ」

 

「まぁ何かあっても地元は三人とも沼津の方面だし、すぐに帰れるから大丈夫だね」

 

 

 

 そういう経緯があったんだなぁ。昨日の朝話した隣の部屋のOLの人(苗字を確認したら中川さんだった)の家にも事情があったみたいだし、やっぱり大学には多種多様な考え方を持つ人や色んな境遇で育ってきた人が集まるんだな。

 

 徐々に講堂に人が入ってくる。全学部一気にって訳では無いから空席は目立つが、時間的にもそろそろガイダンスが始まる頃だろう。

 

 

 

「そういう竜は一人暮らし?」

 

 

 

 今度は善子が俺に問いかけてくる。

 

 

 

「ああ。地元は東北の方だからな。こっちは地元に比べて暖かくて住みやすいな」

 

 

 

 特に隠すことでもないので普通に答える。本当に暖かくて、引っ越してきてから何度も驚いている。

 

 今この時期に静岡県では桜は満開を少し過ぎたくらいだが、地元ではようやく開花と言った感じだし、微妙に季節感覚もズレが生じている。

 

 

 

「東北かぁ。マルはばあちゃんが東北の方出身だから分かるよ。何回か行ったことがあるけど、すっごく雪深かったずら」

 

 

 

 花丸が何度か頷きながらそんなことを言う。俺の地元は東北の中でも比較的雪が少ないからそこまででもないが、降る地域ではとんでもなく降る。

 

 

 

「そんなにすごいの?」

 

「ああ、降るところでは三メートル積もったりもする」

 

「ええっ!?」

 

「そ、それはさすがにキツいわね……」

 

 

 

 ルビィと善子が目を丸くする。静岡県では年間降雪量がほぼゼロの年もあるっていうくらいだから、耳慣れない話なんだろうな。

 

 

 

「と言っても、俺が住んでたのは宮城県で、東北6県の中では比較的雪が少ないし、俺の場合は住宅街だったからそこまでてもなかったな」

 

 

 

 ちなみに、実家は住宅街の中にある花屋だから割と常連客もいるし、家庭菜園をする人がよくアドバイスを聞きに来ることもあったから、そこそこ繁盛していたりする。

 

 

 

「へぇ、そうなのね」

 

「みんな優しくていいところだから、機会があったら遊びに行こう」

 

「いいわね。仙台とかは一度行ってみたかったし」

 

 

 

 なかなか乗り気なようで何よりだ。

 

 

 

「じゃあ、りゅう君も今度沼津に行こうよ」

 

「いいね。景色もいいし、いいところだよ」

 

「ああ、是非行きたい」

 

 

 まだ静岡に来て日が浅いから行動圏は狭いが、地元民の案内が付いていれば安心だろう。

 

 こうやって日本全国から集まってきた人と仲良くなって、互いの地元を紹介したりするのって楽しいな。そうしてコミュニティを広げていくのも大学生活の醍醐味なのかもしれないな。

 

 

 

「……っと、先生が来たみたいね」

 

「そうだね」

 

 

 

 ガイダンスを担当するらしい教授が講堂に入ってきた。まもなく始まるらしい。

 

 これからは必要なことは全部一人でやらないといけないから真面目に話を聞かないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も……申し訳なーい!」

 

 

 

 俺達がこの春から通う大学、東京浜松大学のカフェテリアで、一人の女性がとある三人に対して頭を下げている。ちなみに、ここでも周囲の視線に晒されている。

 

 そういえば、講堂に入ってからも周りからの視線が随分と集まっていたような……。これは何か理由があるのだろうか。

 

 

 まぁ、それは置いてといて。

 

 実際、善子が頭を下げているのには大した出来事があった訳では無いのだが……。というのも。

 

 

 

「まさか、昨日の夜遅くまでゲームをやってたせいでガイダンス中に居眠りして、大事な話を聞き逃すなんてな。何度も起こしたのに」

 

 

 

 要するに、自業自得ということだ。

 

 

 

「あまりにもゲームが面白くて続きが気になっちゃって……」

 

「そうは言っても、もう高校生じゃないんだよ、善子ちゃん! 自己管理はしっかりしなきゃ!!」

 

「そうずら! いくら家が近くても、善子ちゃんは一人暮らしなんだよ? 今日は朝起きられたから良かったけど次からはそうもいかないかもしれないんだよ?」

 

 

 

 苦し紛れの言い訳をする善子をルビィと花丸が諭す。二人の正論に対して、善子はしゅんとした表情をする。クールそうに見えるけどそういう表情もするんだな。

 

 

 

「まぁまぁ、次から気をつければいいだろ。善子も反省してるだろうし」

 

 

 

 とりあえず助け舟を出しておく。とにかく今はガイダンスで聞いた重要事項を善子に伝えることが先決だろう。

 

 

 

「まぁ、今日のところはりゅうくんに免じてゆるしてあげるずら」

 

「そうだね」

 

 

 

 本当にしょうがない、という表情をしつつも、二人とも納得してくれたようだ。もしかしたら高校時代からこういうことは日常茶飯事だったのかもしれない。

 

 その後、ガイダンスで受けた履修登録やその他の重要事項の説明を善子にした。案外飲み込みが早く、説明はすぐに済んだ。ちゃんと起きて話を聞いていれば、恐らく一番の理解力だっただろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間もちょうどいいので、そのままカフェテリアで昼食を摂ることにした。言わずもがな、高校の学食と比べて、結構本格的な定食メニューなどがあったりする。キャンパス内にもう一つある学生食堂の方も同様だそうだ。

 

 新一年生は今日の強制参加行事はガイダンスで終わりなので、このままゆっくりしていても問題は無いだろう。

 

 四人それぞれ好きなメニューを注文し、配膳が完了したところで食べ始める。

 

 カフェテリア内は、新一年生と思しき人でごった返している。まぁ、今日初めてここを利用する人は大勢いるだろうから、それもしょうがないか。俺自身今日初めてだし。

 

 

 

「そういえば、三人は今日の夜の花見って参加するのか?」

 

 

 

 食べ始めて少しして、俺は三人に尋ねた。

 

 

 

「参加するつもりだったよ」

 

「お、そうなのか」

 

 

 

 どうやら三人も参加するみたいだ。

 

「俺も一緒にいいか?」

 

「もちろん、大丈夫だよ」

 

「大勢の方が、お花見は楽しいだろうからね」

 

「ずら丸の場合、花より団子って感じだろうけど」

 

「むっ、心外な。ちゃんと両方楽しむずら!」

 

「それでも団子はしっかり楽しむんだね……」

 

 

 

 善子の言葉に花丸が反論する。まぁ、確かにそういうイメージはあるかもな。三人の中で一人だけご飯大盛りだし。でも、よく食べる女性はいいと思う。

 

 

 

 その後も他愛のない話をしながら食べ進める。ここでは静岡方面の方言だけでなく、色々な地方の方言が聞こえてくるからなかなか面白いな。これも、日本中から人が集まる大学故の特徴だろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、この曲……」

 

 

 

 間もなく食べ終わる、という時に、花丸がカフェテリア内で流れているBGMに反応する。このBGMがどうかしたのだろうか。確かに、どこかで聴いた覚えのある気もするが。

 

 

 

「ああ、これリリーの」

 

「やっぱりいいよね、この曲」

 

 

 

 花丸に同調して、二人もBGMに聞き耳を立てる。俺もそれに従って耳を澄ます。店内は割と騒がしいが、耳を澄ませば普通に聴こえるほどの音量だ。

 

 

 

「うーん……どこかで聴いたような……」

 

 

 

 しばらく考えてみても、答えは出てこない。喉元まで出かかっているのに出てこないため、モヤモヤ感が半端ない。

 

 答えを出して、早くこのモヤモヤ感を周囲の喧騒の中に解き放ってしまいたい、なんてことを思った。

 

 

 

「えっと、"桜内梨子"って人の名前、聞いたことない? その人のピアノ曲なんだけど。"雪華(せっか)前奏曲(プレリュード)"っていう」

 

 

 

 善子がそう教えてくれる。

 

 

 

「桜内梨子……? あっ、今朝テレビの特集で見たかも」

 

 

 

 言われてみればそうだ。この曲はピアニスト桜内梨子さんの曲だった。どうりで聴いたことがあると思ったら、今朝特集されていた人の曲だったのか。

 

 ……ん? でも、善子は今確か、"リリー"って言ったよな? 知り合いなのか?

 

 

 

「やっぱり知ってたのね。さすがリリーは知名度が違うわね」

 

「そりゃそうずら」

 

「すごいよねぇ」

 

 

 

 俺をおいてけぼりにして、三人で桜内梨子さんを賞賛する。一体どういうことなんだ。

 

 

 

「なぁ、その口ぶりからして、三人は桜内梨子さんの知り合いなのか?」

 

 

 

 まぁ、十中八九知り合いなんだろうけど。

 

 

 

「ええ、そうよ」

 

「やっぱりそうか。テレビでも沼津出身って紹介してたし」

 

 

 

 俺の言葉に、三人がきょとんとする。しかしすぐに、ああ、と納得したような表情になった。

 

 

 

「そっか。梨子ちゃんは今、沼津出身って言ってるんだったね」

 

「そうね。まぁ、リリーらしいと言えばリリーらしいけどね」

 

 

 

 また俺がきょとんとする番だった。どういうことだ?

 

 

 

「どういうことだ、って顔してるわね。リリーはね、元々東京の出身なのよ」

 

「高校二年生になると同時に沼津に転校してきたんだよ」

 

「へぇ、そうだったのか」

 

 

 

 善子と花丸が順に説明してくれる。ということは、自ら沼津出身を名乗っているあたり、相当沼津市に思い入れがあるのか。だが、なにか人生を変えるような出来事がない限り、そうなるとは思えないが。

 

 

 

「でも、それだけじゃ本当は東京の人なのに沼津出身を名乗る理由にはならなくないか?」

 

 

 

 この疑問は、至極当然だと思う。三人もこれは予想していたらしいが、少し顔が引き攣っているようにも見える。

 

 周囲の喧騒の音量が、ほんの少しだけ上がったような気がした。

 

 

 

「えーっと……それは……」

 

「まぁ、深い理由があったというか……」

 

「ここで言うのは少し恥ずかしいわね」

 

 

 

 三人そろって若干もじもじし始めた。本当に、何があったっていうんだ。

 

 

 

「別に、嫌なら言わなくてもいいんだぞ?」

 

「いや、そういう訳にはいかないわ。アンタのことだし、周りからすごく見られてるのも気が付いてるんでしょ? これから一緒に行動する機会が増える相手にそれじゃあ失礼じゃない」

 

「……あ、ああ。やっぱり、気のせいじゃなかったのか」

 

 

 

 俺の言葉に、やっぱりね、と小さく呟く三人。善子に至ってはそんな気遣いまでしてくれているあたり、やっぱりいい人だな。名前が善い子なだけある。

 

 やがて、善子が覚悟を決めたように俺の方を見て、話し始めた。

 

 

 

「今日の夜桜見物の時に話すわ。リリーの苗字も桜内だし、その方がなんか良さげでしょ?」

 

 

 

 ここで話してくれる訳ではないんだな……。だが、どうやら話してくれるのは確実みたいだ。俺の中の疑問がこれで晴れてくれればいいが。

 

 

 

「その理論は少し意味がわからないが、話してくれるならその時に聞きたい」

 

 

 

 教えてくれるというなら、是非聞きたいところではある。せっかく大学側で新入生が交友を深められるイベントを用意してくれるなら、使わない手はないだろう。

 

 

 

「花丸とルビィもそれでいいのか?」

 

 

 

 一応二人にも問いかけてみる。

 

 

 

「う、うん大丈夫だよ」

 

「避けては通れない道ずら」

 

 

 

 二人も覚悟を決めたようだ。いやまぁ、そんなに覚悟を決めてまで話すことなのかは分からないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、四人共昼食を食べ終わったので、片付けるために席を立ち上がった。

 

 

 

 

 

 仲を深めるということは、友人の知らない一面を知っていくことだと思う。

 

 それはとても楽しいことであり、時には相手の負の一面を垣間見ることもあるだろう。

 

 しかし、誰にだってそういうものはある。友人関係というものは、それらを全部受容した上で笑って過ごせる関係だと、個人的には思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 善子達とは、そういう友人関係になれればいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 お読み頂き、ありがとうございました。


 お伝えしたいことが沢山あるので、御手数ですが、作者ページから活動報告をご覧頂ければ幸いです。


 では、今後とも、「永遠に咲く一輪の初恋」と私ヨハネスをよろしくお願い致します。
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