桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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桜ちゃん、目撃する

 黒一色のダークスーツ姿の金髪の麗人と、頭の上から足の先まで真っ白な銀髪の美女が、夜の帳がすっかり落ちた浜辺で水平線を眺めていました。

 

 生まれて初めて見る海にはしゃぐ銀髪の美女と、それを騎士のように優しく見守る金髪の麗人──海面に映る月影は波紋となって揺らめき、まるで映画のワンシーンの様に幻想的な光景を作り出しています。

 

 仲の良い友人か、あるいは恋人同士なのか、両者の間に流れる雰囲気は、ただならぬ関係を予感させていました。

 

 興奮からか色白の頬をほんのり染めた美女が、堅物そうな麗人にほそぼそと言葉を投げ掛けます。

 

「ねぇセイバー、海は好き?」

「……私の時代の、私の国では、忌々しく思うことはあっても、憧れたことはありませんでしたね……」

 

 その言霊から始まる数々の会話は、彼女たちがこの戦いに寄せる想いや覚悟、願いや決意の強さを再認識させていきました。

 

 まるで作り物のような美しさを持つ銀髪の美女は、愛する人たちの願いと安息のために……

 凛とした強い意思が全身から滲み出る金髪の麗人は、かつて失った故郷を救済するために……

 

 彼女たちは必ずや、この聖杯戦争を勝ち残らなくてはならないのです。

 

 麗人が美女の二の腕にそっと触れ、さり気なく合図を出しました。その所作だけで全てを察した銀髪の美女は、落ち着いた眼差しで金髪の麗人と視線を交わします。彼女たちの後方から、尋常でない強い気配が放たれていました。

 

 この気配、違えようもありません。間違いなく、サーヴァントの気配です。冬木に着いてまだ初日だというのに、早速、敵のお出でましのようです。既に一騎サーヴァントが脱落し、残るサーヴァントはあと六騎──ここで退くわけにはいきません。

 

 激闘の予感をひしひしと感じながら、美女たちは浜辺を去っていきました。願わくば、これから戦う相手が、自分たちよりも遥かに格下である事を祈りながら……。

 

 そして、誰も居なくなった波打ち際に、静寂が訪れます。寄せては返すさざ波だけが音を奏で、夜空に輝く星々だけが見守る深夜の浜辺──そこで一瞬、空間がゆらりと揺らめくと、そこから一心不乱に釣りをする桜ちゃんが姿を現してきました。

 

 どうやら、美女たちの逢引を覗き見ていたのは星々や謎のサーヴァントだけでなく、他にもいたようです。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 新たにハサンさんがPTに加わった事もあって、色々と入り用になった桜ちゃんは、日中いそいそと忙しく冬木中を飛び回っていました。

 

 本日は休日です。『誘拐殺人事件』も無事解決された事もあってか、『新都』はたくさんの人で溢れていました。例によって桜ちゃんは困っている人たちを助けながらも、本日の目的を達成していきます。

 

 冬木の街が平和になった事で、それに合わせて困っている人も少なくなってきているようです。しかし、桜ちゃんは“それ”を歓迎していました。けれども、困っている人が少なくなったという事は、必然的に桜ちゃんの収入源も少なくなってしまうということです。それは、ちょっぴり困った事態です。

 

 資金は有限です。これからも、やさぐれ家なき子ガールを続けていくには、少しばかり節約が必要になるでしょう。

 

 そう結論に至った桜ちゃんは、取り敢えず今日の晩ご飯を自力で調達する事に決めました。そういった事に関しても“女の子”の知識は大いに役に立ちます。何せ“女の子”は超一流の武芸者であると同時に、超一流の製作者(クラフター)にして超一流の採集者(ギャザラー)でもあるのですから……。

 

 さて、手始めに桜ちゃんは『園芸師』に着替えると、冬木中の草刈り場や良木を片っ端から探し回ることにしました。しかし、見つかるのは他の誰かの畑や農地ばかりで、あまり成果は上げられません。無断で勝手に採集するのは以ての外ですので、心を籠めて水やりをしてその場を去っていきます。

 

 “女の子”の知識では、野生の採集物なんてものはそこいら中に自生していて、普通に栽培するよりも多種多様なものが採集出来るはずでしたが、どうやらこの冬木ではそうでもないようでした。

 

 そうであるならば次の手段です。桜ちゃんは『園芸師』からささっと『漁師』に着替えると、今度は未知の釣り場を探し求めることにしました。冬木市は海に面していることから、主に海産物に狙いを定め、期待に胸を踊らさせて寒々とした冬木の海岸に向かいます。

 

 桜ちゃんは海に到着すると、おもむろに海にダイヴして長時間無呼吸で潜水したり、良質の漁場で刺突漁をしたり、透明になって釣りをしたり、思うがままに魚介類を採集していきました。

 

 そのまま夢中に釣りをしていると、すっかりお日様も沈み、気付けば波打ち際で謎の外国人カップルがいちゃいちゃしていたのです。一体、いつの間にこんなことになっていたのでしょうか?

 

 これが、ただの外国人カップルだったら桜ちゃんも大して気にしなかったのですが、彼女たちからは明らかに只者でない雰囲気がしていました。金髪の方はぶっちゃけサーヴァントです。もう一人は何と言うのでしょうか……ヒトのように見えますが、ヒトとは少し違うようです。

 

 さて、現在進行形でイチャイチャするカップルが、あからさまに聖杯戦争関係者とあっては、流石の桜ちゃんも観察せざるを得ません。順調に晩ご飯を釣り上げつつ、漁師スキル『ステルス』を駆使して、桜ちゃんは美女たちを注視していきました。

 

 金髪の麗人──本名アルトリア・ペンドラゴンさんは、間違いなくサーヴァントです。隣の真っ白な人に「セイバー」と呼ばれていたことから、きっとセイバーのサーヴァントなのでしょう。

 

 二つ名は『騎士王』で、その昔、“女の子”が討滅した『騎神』にどことなく雰囲気が似ていますが、一体、あの身長よりもお髭の方が長そうなお爺ちゃん教皇と、この美人なお姉さんとの間に、どんな共通点があるのでしょうか? 

 

 そして、それよりも気になるのは銀髪の美女──アイリスフィール・フォン・アインツベルンさんの方です。

 

 彼女からはあの“球体”そっくりの気配が、ほんの微々たるものですが放たれていました。まるで小さな小さな“球体”の様な、あるいは小さな“孔”の様な……そんな奇妙で不可思議な感覚です。

 

 桜ちゃんが予想していた通り、聖杯戦争と“球体”には、何らかの因果関係があるようでした。

 

 そう桜ちゃんが思考を巡らしていると、突然、桜ちゃんの後方百メートル辺りから、凄烈な敵視が放たれます。しかし、それは桜ちゃんに向けて放たれたものではなく、アルトリアさんたちに向けられて放たれたものでした。おそらく、新手のサーヴァントでしょう。

 

 緊迫した表情で美女二人組が目配せをしました。どうやら、迎え撃つ気のようです。やる気満々といった様子で、美女たちが去っていきます。

 

「……で、どうする?」

 

 美女たちを見送り、誰もいなくなったのを確認して『ステルス』を解いた桜ちゃんに、『気配遮断』を駆使して素潜り漁をしていたハサンさんが、海から這い出てきて尋ねてきます。両腕には小さな晩ご飯が二匹ほど。いくら稀代の暗殺者と言えども、アウェーでは分が悪かったのでしょう。

 

 どうする? 桜ちゃんはハサンさんの言葉を反芻します。

 

 桜ちゃんは聖杯戦争の参加者ではありません。色々紆余曲折あってサーヴァントとPTを組んでいる、ただの一般人です。戦う理由も、叶えたい願いも特にありませんでした。ハサンさんとPTを組んだからといって、それは変わっていません。

 

 それでも──

 

 桜ちゃんは冬木の事件屋として、この戦いがどんなものであるのかは、見定める必要があります。彼らの戦いはどんなものなのか? 聖杯戦争とは? “球体”との関係性は? ジルさんのような危険人物は他にいないのか? 知っておくべきことはたくさんあります。

 

 桜ちゃんはハサンさんと正式にPTを組んだことによって、ハサンさんが知る限りの全ての情報を教えてもらっていますが、言伝だけでは良く分からないことも確実にあるでしょう。百聞は一見にしかず。アルトリアさんたちの戦いぶりを観察すれば、聖杯戦争についてより深く理解する事が出来るはずです。

 

「……追いかけよう」

 

 “戦う”ためではなく“解明”のために、桜ちゃんは戦いの火中へと飛び込んでいく決意をするのでした。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 桜ちゃんにとってアルトリアさんたちの気配を追跡するのは、ジルさんやハサンさんを見つけるよりも遥かに容易い事でした。アルトリアさんの気配は自己主張がやたら激しく堂々としていたものですから、目を瞑っていても見付けることが出来ます。

 

 はたしてそこは、プレハブとコンテナだらけの無人の倉庫街でした。誰もいない閑散とした雰囲気は、なるほど秘密の決闘には相応しい場所と言えます。何やら結界らしきものも張られているようですし、これなら戦いの余波は最小限で済むでしょう。聖杯戦争は極力秘密裏に行われるそうですから、そこら辺の対策は万全のようです。

 

 ハサンさんのアドバイスもあり、桜ちゃんは倉庫街でも一番見晴らしの良い巨大なクレーンの上から、戦場を観察することにしました。偵察をするならばやはり『忍者』が最適です。

 

 桜ちゃんは素早く『漁師』から『忍者』に着替えると、誰にも気付かれないように『かくれる』を使いクレーンへとゆっくり移動していきました。『かくれる』は便利なスキルですが、移動が極端に遅くなるのが少しだけネックです。案の定、桜ちゃんがクレーンに辿り着く頃には、戦いは既に始まっていました。

 

 何やら見えない武器を巧みに駆使するアルトリアさんと、忍者のようにニ槍流で短長の槍を振り回す、イケメンの男性──頭上のネームによれば『ディルムッド・オディナ』さんが、バチバチと火花を散らしながら激戦を繰り広げていきます。激音が轟き、衝撃波が空気を震撼させます。神話のような人智を超えた闘争が、今まさに現代で再現されていました。

 

 その光景を桜ちゃんは冷静に観察していきます。

 

 ふむふむアルトリアさんはなにやら幻想魔法(ミラージュプリズム)か何かで武器を見えなくしているようです。桜ちゃんの『調べる』によればアルトリアさんの武器は『エクスカリバー』だそうですが、モンクでもあるまいし、何故武器を見えなくするのでしょうか?

 

 反対にディルムッドくんの武器は『ゲイ・ボウ』と『ゲイ・ジャルグ』という槍みたいです。“女の子”も昔『ゲイボルグ』という槍を愛用していましたが、親戚か何かでしょうか?

 

 所持している武器からアルトリアさんは『セイバー』、ディルムッドくんは『ランサー』のサーヴァントなのでしょう。両者とも驚くほどに卓越した技能を持ち、“女の子”の知識にすら無いその戦術は、素晴らしいの一言でした。

 

 ディルムッドくんが槍を一振りするたびに空気と地面に亀裂が入り、アルトリアさんが剣を振るうたびに大気とコンテナが切断されます。明らかに両者に入るダメージよりも、周りの施設に入るダメージの方が深刻でした。

 

 両者とも随分と遠慮なしにぶっ壊していますが、ハサンさん曰く、あとでこっそり修復する人たちが存在しているらしいので、特に問題は無いらしいです。イスカンダルさんに盗まれたあの本も、その人たちによって複製されたと思われます。

 

 そういった事情であるならば、桜ちゃんが聖杯戦争に介入する必要はあまりないのかもしれません。それだったら嬉しい限りですが、“球体”の件もありますし、まだ決めつけるのは早計でしょう。

 

 アルトリアさんとディルムッドくんの戦いは実に拮抗していると言えました。そのせいか、周辺の被害は甚大です。既に何個かのコンテナはボロボロになり、地面には亀裂や陥没が幾つも出来ていました。

 

 この分では修繕にかかる費用や時間は物凄いことになりそうです。一体、どこからそんな予算が出てくるのか分かりませんが、“敗退者が全責任を負う”なんてルールだったらかなり悲惨な事になりそうです。大丈夫なのでしょうか? 少なくとも、冬木市の税金が使われることは無いと良いのですが……。

 

 それにしても、こんな感じで人知れず戦い続けていくならば、聖杯戦争はある程度“安全”と認識しても良いかもしれません。きちんと結界も張っているようですし、人的被害には細心の注意を払っているのでしょう。もっとも、物的被害に関しては些か無頓着なきらいがありますが、そこはまあ、許容範囲内です。

 

 桜ちゃんはほっと一安心して、今度はより広い視野で戦場を俯瞰することにしました。

 

 サーヴァントの傍らで堂々と仁王立ちしているのは、セイバーのマスターと思われるアイリスフィールさんです。てっきりサーヴァントはサーヴァント、マスターはマスター同士戦うものだと思っていましたが、どうやらそうでもないようです。召喚者が何もしないでボーっとしていたら、火力(DPS)は出なさそうですが、いいのでしょうか? 使役されるサーヴァントもサーヴァントで、それでは怒り心頭でしょう。

 

 しかし、アイリスフィールさんの表情は、真剣そのものです。

 

 思うに、アイリスフィールさんは自らガンガン攻めるタイプの召喚師ではなく、後方で頑張れ! と応援するタイプの召喚師なのでしょう。ふむふむ、それなら確かに納得です。大人しくSERECTボタンを押して、□ボタンを連打しましょう。

 

 では、一方のディルムッドくんのマスターはどうしているのでしょうか?

 

 桜ちゃんはディルムッドくんのマスターを見付けるために、戦場を隈なく目配せします。──いました。戦いの最中から少し離れた倉庫の上、身を小さく屈め、やや頭皮が後退した金髪の男性が、一人戦況を見守っています。おそらく、彼がディルムッドくんのマスターでしょう。

 

『……それと、銃を持った男女が後方三百メートル付近に一人ずついるな……この分だと他にも潜んでいるだろう』

 

 霊体化し、『気配遮断』で身を潜めたハサンさんが、念話代わりの『PTチャット』でそう発言してきました。流石は稀代の暗殺者です。ハサンさんは桜ちゃんが戦場を監視している間に、目敏く他の隠れた参加者を発見していたようです。

 

『……銃』

 

 桜ちゃんがポツリと呟きます。

 

 桜ちゃんの常識では、確か“銃”はこの国では禁止されている武器のはずです。しかし、それを言ったら“剣”とか“槍”だって法律違反ですし、それこそ、いの一番にアウト! になるのは他でもない桜ちゃん自身でした。なんせ桜ちゃんの中にいる“女の子”は、もっとたくさんの危険な武器を潤沢に持っているのですから……銃くらい、認めてあげる器量を持つべきかもしれません。

 

 桜ちゃんはそう思いつつ、銃を持った男女の様子を窺います。

 

 やたらとでっかい銃を持った黒ずくめの男性と、どこかで見覚えのある長身の女性──彼女は確か、ハサンさんと初めて出会ったホテルですれ違った、ケーキ大好き人間だったはずです。あのあと無事に、ケーキバイキングは食べられたのでしょうか?

 

 まさか彼女も聖杯戦争の参加者だったとは……もしかして、あの時女性が言っていた『切嗣』という言葉は、あのドでかい銃を持った男性の事を指していたのかもしれません。ハサンさんによれば、アイリスフィールさんの陣営に『衛宮切嗣』という人物がいるらしいので、十中八九、この人たちはアイリスフィールさんの味方なのでしょう。

 

 それにしても、最近桜ちゃんと関わった人たちは、みんなみんな聖杯戦争の参加者ばかりで驚きです。意外に世間は狭くてビックリですね。

 

 ハサンさんから聞いた話では、桜ちゃんのお父さんやそのお弟子さん、そのお弟子さんのお父さんや間桐さんちのおじさんまで、聖杯戦争に参加しているらしいですから、もはや同窓会とか親族会なレベルです。

 一応、桜ちゃんも関係者ですし、関係各所にご挨拶くらいはしておいた方が良いのでしょうか? どうやら『冬木教会』が本部らしいですが……。

 

 そんな事を考えていると、アルトリアさんとディルムッドくんの戦いも佳境に入ってきたようです。戦場に潜む戦士たちを観察しながらも、桜ちゃんはその戦いを見守っていきました。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 膨大な魔力が充満する倉庫街を、ドでかい狙撃銃──ワルサー狙撃銃──を持った切嗣くんは、目的地に向け邁進していました。

 

 目指す場所は岸壁付近のコンテナ集積場──そこは、アルトリアさんとディルムッドくんの戦場、桜ちゃんが潜んでいるクレーン、それから敵マスターを捕捉可能な絶好の潜伏場所です。切嗣くんは音もなくその場所に辿り着くと、早速準備に取りかかりました。

 

 先ず切嗣くんは用意していた熱感知スコープを覗き見て、ディルムッドくんのマスターを索敵します。最新の科学技術の結晶は、容易く敵のマスターの反応を感知し、切嗣くんにその所在を教えました。

 

 熱感知スコープは、アルトリアさんから北東方向に少しいった所──ひときわ大きな倉庫の屋根に、隠れ潜んでいるヒトガタの熱反応を示しています。敵マスターは、こちらに気付いた素振りすら見せていません。絶好の機会です。

 

 切嗣くんは考えうる最良な展開が訪れた事に、冷淡な笑みを浮かべました。

 

 どうやら、敵マスターは近代兵器への対策が疎かな、魔術師らしい魔術師のようです。どんなに優秀な魔術師であろうとも、それでは切嗣くんの獲物でしかありません。魔術師殺しの異名を持つ『衛宮切嗣』という“兵器”の前では……。

 

 冷静かつ流れるような動作で、切嗣くんは相方である舞弥さんに通信を入れました。

 

「舞弥、北東方向にある倉庫の上に、敵マスターを発見した。見えるか?」

『……いいえ。この位置からでは死角のようです。移動しますか?』

「……いいや、僕の方で仕留める」

 

 残念ながら、今、敵マスターを狙撃可能なのは切嗣くんだけのようです。出来れば、舞弥さんとの同時射撃で万全を期したかったところですが、この際仕方ありません。それに切嗣くんは、この距離、この角度ならば、確実に始末できる自負がありました。それならば、迷う必要などないでしょう。

 

 万が一、舞弥さんの移動を待って感付かれでもしたら、折角のチャンスが元の木阿弥です。この機を逃す手はありません。これは戦争です。状況に応じて迅速かつ的確に取捨選択するべきでしょう。

 

 切嗣くんは二脚架を拡げ狙撃準備を開始すると──嫌な予感と僅かな疑念を感じ、後方に(そび)える巨大なクレーンを一瞥しました。そこは、桜ちゃんとハサンさんが潜んでいるデリッククレーンです。

 

 はたしてそこには……何も、何もいませんでした。少なくとも、切嗣くんの目には何もいないように見えます。実際には『かくれる』で桜ちゃんが、『霊体化』と『気配遮断』でハサンさんが、それぞれ潜んでいるのですが、切嗣くんが“ソレ”をみやぶるには些か以上にレベルが不足しているようでした。

 

 それでも切嗣くんは念入りに、二度三度四度とデリッククレーンを観察し、やはり何も無いと確信すると、再び狙撃準備に入ります。

 

 今、切嗣くんの心中には“安堵”と“落胆”で渦巻いていました。思うような展開に()()()“安堵”と、思うような展開に()()()()()()“落胆”です。大方、死を偽装したアサシン辺りが、あのクレーンを陣取ると思っていたのですが……。

 

 しかし、そんな切嗣くんの複雑な心情も、彼の心の中から直ぐ様消え去りました。衛宮切嗣という男はそういう男です。迷いや躊躇(ためら)いとは関係なく人を殺せる、人の形をした殺戮兵器なのです。

 

 かくして切嗣くんは狙撃体勢に入り、慎重に敵マスターの頭部に狙いを定めると、ゆっくりと引き金に指をかけ、発砲する直前──ちくりと首筋に何か違和感を感じました。

 

「ッ!? は、はひゃーん」

 

 途端に逃れようもない睡魔が襲いかかり、切嗣くんはへんてこりんな奇声を上げると、碌な抵抗もできず一瞬で意識を消失させたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 




 あれあれ? おじさんどうしたの~?(棒読み)
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