嵐のような激戦が過ぎ去り、教会による戦いの事後処理が済むと、倉庫街には再び穏やかな静寂が訪れていました。
戦闘の被害はまるで何事も無かったかのように完璧に隠蔽されています。既にどうしようもない騒音や発光は、作業員の人たちの会話を盗み聞いたところ、『都市ゲリラ』として処理されるそうです。それはそれで桜ちゃんの出番のような気がしますが、真実を知った桜ちゃんなら、どう対処すれば良いのかは簡単に判断できるでしょう。
真冬の閑散とした静けさの中、一部始終を見届けた桜ちゃんが、ようやく姿を現してきます。
先程の戦いによって、桜ちゃんは今回の聖杯戦争の全容をほぼ掴むことが出来ました。参加しているマスターやサーヴァントの容姿、性別、武器、戦法、名前などなど……戦闘後のアフターケアに関してまで、殆どが解明出来たと言えるでしょう。今後もこんな調子で人知れず戦いが続いていくのであれば、余程のことがない限り桜ちゃんの出番は無さそうです。
しかしながら、未だ判明していない疑問もありました。
結局のところ、聖杯戦争とあの“球体”の関係性はなんなのでしょう? 何らかの関わりがあることは既に確信していますが、具体的にどのように関わっているのかはまだ不明なままです。早急に解明する必要があるように思えました。
「ハサンさんは、何か心当たりはありませんか?」
「円蔵山の内部にある謎の“球体”……我々アサシンにもそんな情報は掴んでいないな……」
桜ちゃんよりも、聖杯戦争により詳しいであろうハサンさんも知らないのであれば、もうお手上げ状態です。もう、桜ちゃんたちの知識だけでは、進展は望めないのかもしれません。ですが桜ちゃんには、とっておきの秘策がありました。
「……なら、知っていそうな人に訊きにいこうか」
そうです。知らないのであれば、知っていそうな人に訊けば良いのです。幸いにも、桜ちゃんには思い当たる人が結構いました。パッと考えただけでも“三人”浮かんでいます。
まず真っ先に思い浮かんだのは『アイリスフィール』さんでした。
“球体”と同じ気配を発していた彼女なら、何か知っているはずでしょう。ハサンさんの話では、アイリスフィールさんの一族は聖杯戦争の発端となった『御三家』の一つだそうですので、その可能性はかなり高いはずです。
それにしても、その『御三家』に遠坂さんちと間桐さんちも含まれていたとは心底意外でした。両家に関わりのある桜ちゃんとしては、この現状は複雑な思いで一杯です。
そして第二候補は聖杯戦争のルールを取り仕切っているという監督役の『言峰璃正』さんでした。どうやら璃正さんは、審判みたいな役割も兼ねているそうですから、当然、誰よりも聖杯戦争の仕組みを熟知しているはずです。今のところ最有力候補と言えるでしょう。
しかし、アイリスフィールさんは既に姿を眩まし、いくらとても目立つアルトリアさんと一緒であるとはいえ、今から探し出すのは少しばかり骨です。璃正さんに関しても、今夜は色々あって多忙であることは察して余りありました。そもそもハサンさんの話では、璃正さんは審判としては失格も良いところだそうなので、あまり頼るのもいかがなものです。
ならば、選択肢は“あの人”しか残されていないでしょう。御三家の一員で、聖杯戦争の当事者でもあり、おそらく聖杯戦争に最も詳しくて、桜ちゃんと最も近しい“例のあの人”が……。
桜ちゃんはその人物が居るであろう南東方向を見つめると、複雑な表情を浮かべます。まさか、こんな形で再び“あのお家”に帰ることになろうとは、思ってもいませんでした。
どうやらついに、約一年ぶりの実家に帰省する時が来たようです。
倉庫街から目的地までの道のりは、一瞬で辿り着くことが出来ました。今の桜ちゃんならばエーテルの粒子になり、霊脈にそって進めば、たとえ地球の裏側であっても、『指標』さえあれば一瞬で踏破できます。
幸いにも目的地である遠坂さんちには、『指標』であるエーテルの溜まり場が存在していましたので、移動のための時間をかなり節約することが出来ました。“女の子”の知識にある回収屋さんもここにはいないので、無料で使いたい放題です。
似たようなエーテルの溜まり場は、冬木にあと三ヶ所あります。その場所に限るならば、桜ちゃんは何処からでも一瞬で移動することが可能でした。
久々の帰郷に思いを馳せることもなく、桜ちゃんは地下室を出ていきました。桜ちゃんのお姉ちゃんである凛ちゃんはこの地下室が大好きだったようですが、桜ちゃんには地下室と言うもの自体にあまり良い思い出がありません。目的は別にありますし、ここはさっさと立ち去るのが得策でしょう。
誰も居なくなった深夜の遠坂邸を、桜ちゃんとハサンさんはスイスイと進んでいきました。至るところに防犯用と思われるトラップや結界、防壁や障壁が設置されていますが、このお家は桜ちゃんにとって勝手知ったる
確かに一年ぶりで、用心のためか罠や結界も強化されているようですが、元々裏切る算段だった侵入のプロであるハサンさんと、
「……ギルガメッシュさんは居ないみたいですね」
ギルガメッシュさんはこの館の主──時臣さんのサーヴァントです。最悪、戦闘になることを見越していたのですが、桜ちゃんの感知範囲にギルガメッシュさんの気配はありませんでした。対策のため、『竜騎士』にジョブチェンジしていたのですが、どうやらそれは杞憂だったようです。
「……相変わらず出鱈目な能力だな」
桜ちゃんの感知能力を身をもって体感し、よって全幅の信頼をおいていたハサンさんは、それ故にその常識はずれな感知力に舌を巻きました。
一目でサーヴァントの気配どころかその真名まで暴くその感知能力──ここまで性能が高いと、驚きを通り越して笑いすら込み上げてきます。なんでも、装備している武具までみやぶれるそうですから、どこまで常軌を逸しているのか想像も出来ません。
さらに、今の桜ちゃんは対アーチャー戦を想定して、ランサーだという『竜騎士』にジョブチェンジしていました。その名が示す通り桜ちゃんは、ドラゴンを模した青い甲冑に身を包み、なんとも凄そうな長槍を持っています。
これでハサンさんが知る桜ちゃんの戦闘バリエーションは四つ──先日から思っていましたが、多芸過ぎるのにも程があるでしょう。
そんな常識を投げ捨てた存在に、あくまで常識の範疇にある魔術師が敵うはずがありませんでした。なんの淀みもなく目的地に辿り着いた桜ちゃんたちは、そこで一旦立ち止まります。目の前には立派な木彫りの大扉がありました。
「おと……時臣さんは、この先の寝室みたいです」
桜ちゃんの記憶通りなら、この先の部屋はお父さんとお母さんの寝室だったはずです。敢えてお父さんと言わなかったのは、ただ気恥ずかしかっただけで特に深い理由はありません。
「……かなり強固な『防御結界』と『封印術式』──確かに、この先で間違いないようだな。しかし、どうやら起点は全て内部にあるようだ。これではまるで要塞だな。このままでは、サーヴァントでも易々と突破は出来ぬぞ?」
「それに関しては、特に問題ないと思います……」
桜ちゃんはそう言うと、おもむろにドアノブ……ではなく、さりげなく隣に置かれていた『大きな花瓶』に手を突っ込みました。そして、中にあった『小さな宝石』を取り出すと、扉の鍵穴に添え、目を瞑り、念じると、呪文を唱えます。昔々、お母さんから教えてもらった、『秘密の合言葉』を……。
両親の寝室の守護は確かに強力ですが、それは桜ちゃんがこの家にいた頃から変わっていないようです。ならば、その解除方法もまだ変わっていないはずです。
『もしもし私、『桜』です。今扉の前にいるの。開けゴマ!』
桜ちゃんがその魔法の言葉を唱えると、先程までの強固な守りが嘘だったかのようにカチッと音を立て何事もなく扉が開かれました。どうやら桜ちゃんが養子に出されて一年が経っても、このお母さんが教えてくれた『寂しい夜に使う合言葉』は有効だったようです。
この事実に、桜ちゃんは両親の変わらぬ愛情を感じ取れた気がして、少しばかりほっこりとしました。そして『小さな宝石』をきちんと元の場所に戻すと、遠慮なく桜ちゃんは久々の両親の寝室に浸入していきます。
「全く、因果応報というかなんというか……流石にこれでは同情してしまいそうだ……」
自らのサーヴァントは近くにおらず、防御は完膚なきまでに素通りされて、しかも相手は
両親の寝室に無事浸入した桜ちゃんは、久々にお父さんたちがぐっすり寝ているベッドにダイレクトアタックを敢行したくなる衝動をなんとか抑えつけて、部屋の様子を伺います。
時臣さんは先の戦闘で相当疲労したのか、桜ちゃんたちが浸入したというのに起きる気配は全くありません。このままでは
『ならその役目は、私に任せて貰っても?』
『……お願いします』
何なら桜ちゃんが『槍』で突っついて起こしてあげても良かったのですが、生憎、今の桜ちゃんは
ハサンさんがゆらりと幽鬼のように、時臣さんへと近づいていきます。
ハサンさんとしては、アーチャーのマスターでもあり、多くの同胞たちを失った根本的な原因である時臣さんを暗殺する絶好のチャンスでしたが、実行したら間違いなく『槍』か『大剣』に串刺しにされると分かっていましたので、微塵もヤろうとは思いませんでした。
ただし、暗殺を実行しなかった理由はそれだけではありません。ハサンさんは感じ取っていたのです。『この娘には何かある。彼女に付き従っていれば、確実に勝利を掴めるだろう』と。
だからこそハサンさんは、どんな突拍子もない行動で回り道に見えても、全面的に桜ちゃんをサポートすることに決めていました。ハサンさんは取り出した
「動くと殺す。声を出しても殺す。魔術を使っても殺す。サーヴァントを呼んでも殺す。令呪を発動させても殺す。分かったらそのまま目を閉じて、二回頷け……」
この瞬間に至るまで完全に無警戒で眠っていた時臣さんには、混乱の極みにいました。睡眠からの突然の覚醒でまだあやふやな思考回路で、敗北と死という絶望と恐怖を感じながら、時臣さんはコクコクと頷きます。
「良し……ならばよく耳を凝らして心して聞け。これから幾つか質問をする。お前はそれに正直に答えろ。嘘をついても無駄だ。私はアサシン。その手の偽証は不可能だ。それ以外はそのまま黙っていろ。大人しく喋れば、無事でいられるはずだ……分かったな? 分かったらもう一度二回頷け」
ハサンさんがそう言い終える前に、時臣さんは必死に頷き返しました。
その問答無用な物言いに、時臣さんには従うしか選択肢は残されていません。サーヴァント相手にただの人間が抵抗しても無意味であることは、時臣さんが誰よりも知っていました。ましてやそれがアサシンのサーヴァントとなれば、拷問や尋問に容赦はないでしょう。指先とかポキポキ折ってきそうです。
絶体絶命よりも遥か先に立たされた時臣さんは、ただただ生き残ることに集中しました。恐怖で全身が震えるのを押さえつけながら、時臣さんアサシンの質問を待ちます。しかし、時臣さんの鼓膜を振るわしたのはハサンさんのではなく、全く別の人物の声でした。
「……では質問です」
どこか聞き覚えのあるか細い“少女”の声──その声を聞いて、押さえつけていた恐怖が再び暴れだします。姿は見えませんが、この声はおそらくアンノウンの声です。
なんということでしょう。どうしてアンノウンがここに? それに、どうやってこの部屋まで来たのでしょう? 異変や異常は全く察知出来ませんでした。この家の住民などでは無い限り、そんなことは不可能なはずなのに、一体どうやって?
しかも、なぜアンノウンとアサシンが協力しているのでしょう? あんなにも執拗に殺し合っていたはずなのに……そもそも、アーチャーの話ではアサシンは裏切りの上に全滅したはずです。一体何があってこんなことに?
想定外も想定外の最悪の事態に、時臣さんはガクガクと竦み上がりました。生きた心地がしません。しかし、さらなる“最悪”はこの先に待っていたのです。
「円蔵山の中にある大きな“球体”は、聖杯戦争になんの関係があるのですか?」
もはや時臣さんは、恐怖と絶望で涙と鼻水を垂れ流しにし、ショック死しかけました。まさか聖杯戦争最大最後の秘部が、御三家の悲願の集大成が、あのアンノウンに嗅ぎつかれるだなんて、これを最悪と言わずしてなんというのでしょう。
やばい、やばいです。このままでは聖杯戦争を滅茶苦茶にされてしまいます。なんとしてでも、たとえ命に変えてでも、円蔵山の『大聖杯』の秘密だけは守り抜かなくてはなりません。
時臣さんは今に至るまでこの聖杯戦争の勝利を確信していました。監督役と通じ、弟子の綺礼くんの助力を得て、最強のサーヴァントを召喚し、これだけの好条件が揃っているのですから当然です。
こんなことになるなんて微塵も思ってもいなかった。百%勝てる戦いだと思っていた。しかし、この期に及んでは、もはや時臣さんに勝ち目なんてありません。ですがそれでもまだ、時臣さんの『心』は折れていませんでした。
むしろこの窮地にあたって『覚悟』を決められたとも言えるでしょう。窮鼠猫を噛むとは正にこのことです。
時臣さんは知っていました。最悪ここで時臣さんが死んでしまっても、凛ちゃんが……そして桜ちゃんがいます。このとき時臣さんは、心から
遠坂家の『悲願』の成就は、必ずや彼女たちが叶えてくれるでしょう。そう確信しているが故に、時臣さんは恐怖を押し殺し、絶望をはね除けながら、気丈な態度でアンノウンに答えようとしました。
「き、貴様らなんかに、け、決して──」
ですがその回答は、暗殺者にとって既に想定されていた回答でした。だからこそ追い打ちをかけるため、ハサンさんは桜ちゃんに聞こえないように、時臣さんの耳元でそっと囁きます。時臣さん最大のアキレス腱である、『ある言葉』を……。
「お前の『魔術刻印』がどうなっても良いのかな?」
「──ッ!?」
その悪魔のような囁き声に、ついに時臣さんの心は折れました。
自分の命なんてどうなっても構いません。家や土地、財産だって喜んで明け渡しましょう。なんなら妻や娘だって差し出したって良いです。跡継ぎなど、後で幾らでも作ることが出来るのですから……ですが、『魔術刻印』だけはダメです。
他ならなんでも良いですが、『魔術刻印』だけは、それだけは絶対に守り抜かなければなりません。先祖代々、遠坂の当主たちが脈々と伝えてきたこの『魔術刻印』だけは、たとえ、聖杯戦争の秘密を全て暴露することになろうとも、絶対に死守しなくてはなりませんでした。
「うっ……くっ、あ、あぁああああ──」
時臣さんの頭の中に、走馬灯のように今までの思い出が駆け巡ってきます。
初めて魔術を成功させた日。厳格な父の姿。懸命に努力し続けた日々。家督を譲り受けた日。両親との別れ。運命の人との出会い。初めての夜。大望だった娘の誕生。そして──捨てたはずのもう一人の娘の姿。
もはや観念するしかありません。屈辱と絶望の奈落の底に突き落とされながらも、時臣さんは過去の遺産を未来へと紡ぐために、そして何よりも“娘の将来”を守るためにも、自分が知りうる全ての“秘”を洗いざらい吐き出しました。その場にいるアンノウンが、捨てたはずのもう一人の娘だということも知らずに……。
そしてその日、桜ちゃんは聖杯戦争の真実を知ることになったのです。
時臣さんが絶体絶命のピンチに絶望している頃──冬木市郊外の教会では密かな会合が行われていました。
「──という訳でだ。どうやらアンノウンの名は『サクラ』と言うらしいぞ?」
教会の地下にある隠し部屋で、黄金に輝く
ギルガメッシュさんのマスターは現在、絶賛大ピンチですが、ちょっと今は時臣さんにご機嫌斜めなので、英雄王はそのことに全く気を向けません。何時も通りの尊大な態度で、同じ部屋にいる人物を見下ろしています。
「……なぜそれを、私に報告する。ギルガメッシュ」
俯きながら英雄王に返答したのは、アサシンに殺されたはずの綺礼くんでした。
まるで、何事も無かったかのように平然とその場に座り、じっと手に持つワインを嗜んでいます。酒の味や風味などずっと理解出来なかったはずなのに、“美味い”と感じるようになったのは何時からでしょうか?
「ハッ、
綺礼くんの不躾な物言いに、機嫌を悪くするどころかより愉快そうに笑みを浮かべて、英雄王は言いました。
「それに貴様の役割は情報収集だろう? ならば問題ないではないか。貴様には幾つか“貸し”もある。精々
「……それならば、了解した。時臣師には、私の方から報告しておこう」
アサシンに裏切られ、心臓を串刺しにされたのにも関わらず、こうして綺礼くんが“復活”出来たのは、間違いなく英雄王のお陰です。切り落とされた右腕や心臓も傷跡一つ残らず繋がっていました。恐るべき特殊能力です。
唯一元通りになっていないのは、そこに刻まれていたはずの『令呪』だけです。綺礼くんは自らの手の甲を眺めながら、英雄王に問いかけました。
「アサシンは……本当に全滅したのか?」
湧き上がってくるこの感情は何なのでしょうか? 感傷? 憤慨? よく分かりません。ただ、あえて言葉にするのであれば……『後悔』、なのかもしれません。
「さあな。少なくともここにいた“奴ら”は全員始末した。教会の『霊器盤』とやらにもアサシンの反応は無いのだろう? ならば、全員死んだのだろうさ……」
確かに英雄王の言う通り、『霊器盤』にはアサシンの反応は消失しています。ただし、今回のアサシンの特性を鑑みれば、その反応を鵜呑みにするわけにはいかないでしょう。何せ、今回のアサシンは複数に分裂するサーヴァント──数を減らせば減らすほどその存在感は希薄になり、『霊器盤』の反応もあやふやになっていったのですから……。
事実、綺礼くんが確認している限りでは、アサシンの残数が残り十数体を切った時点で、『霊器盤』からの反応も切れ掛かっていました。アサシンに裏切られる前ならばそれはそれで好都合でしたが、今となってはそれも逆効果です。生きているんだか、死んでるんだか、さっぱり分かりません。
「まっ、よしんば生き残っていたとしても、“あの”時点でアサシンの数は一桁を切っていたのだろう? それならば、あんな雑種、路傍の石よりも価値はないだろうて……」
自信満々にギルガメッシュさんはそう言いました。確かに英雄王からしてみれば、アサシンの一体や二体など物の数ではないでしょう。それは綺礼くんも同意見でした。もっとも、肝心のマスターがそのアサシンに、絶賛マウントポジションを取られている真っ最中なわけですが……。
「それよりも愉快なのはアンノウンの方だ。どうやら彼奴め、ライダーにちょっかいを出しただけではなく、サーヴァントですら無かったみたいだぞ? 少なくとも、
「それは、どういうことだ?」
ギルガメッシュさんの発言に、綺礼くんが眉を潜めて問い掛けました。
ほぼ全てのアサシンを倒し、あくまで推測ではありますが、キャスターを討伐したと思われるアンノウンは、綺礼くんや時臣さんの考えでは、まだ未確認のサーヴァントだと目されていました。
サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントのみ。どんなに鍛え上げられた強者でも、その不文律は変わりません。それが違っていたとなれば、かなりの由々しき事態です。それは、生身の肉体でサーヴァントに対抗できる化物が、この冬木に存在しているということと同義なのですから……。
訝しむ綺礼くんに、英雄王が説明を続けます。
「“あの時”、“あの場”に集ったサーヴァントは、我を含めて五騎──雑種どもの顔などもう覚えてもいないが、少なくともあの場にアンノウンと思わしき
「つまり、アンノウンはマスターなのか?」
「もしくは、存在しないはずの『八体目のサーヴァント』か、だ。確か、この戦争には『ルーラー』とかいう特殊クラスが用意されているのだろう? アンノウンの正体が其奴の可能性もある」
ギルガメッシュさんの言葉に綺礼くんが黙して考えます。
確かに、アンノウン=ルーラーであったならば、今回起きている不可思議な現象の大部分が説明出来ます。異常なまでに高い感知能力や潜伏力、非常に積極的にみえて実は消極的な戦闘スタイル──それが『
「しかし、今回の聖杯戦争には、既に我が父が監督役として……」
そう言いかけて、綺礼くんは言葉に詰まりました。
確かに此度の聖杯戦争には、綺礼くんのお父さんでもある言峰璃正さんが監督役として派遣されています。残留令呪を宿し正式に聖杯に委託された、ルーラーとも言える監督役です。
本来であればサーヴァント『ルーラー』の出番は無いはずですが……。
「だが今回の監督役は、果たしてその使命を十全に果たしていると言えるかな?」
蠱惑的な笑みを浮かべ、英雄王がそう零します。
ギルガメッシュさんの言う通り、本来公平であるべき監督役が、今回は時臣さんの陣営に完全に肩入れしていました。時臣さんや璃正さんはそれこそが聖杯の選択だと思っているようですが、当初、綺礼くんが疑問に思っていた通り、実際には違っていたのかもしれません。
「確かに、我が父に代わり、より“公平”で“公正”な人物が、急遽『ルーラー』に選出された可能性は十分にある。
その前提に立って考えてみれば、アサシンが執拗に襲撃されたのは、当初から教会と結託し、規則違反を侵していた我々に対するペナルティだと取れるし、キャスターに関しても、消滅が確認されて以降、巷を騒がしていた連続殺人がピタリと止んだ。おそらく、キャスターと連続殺人犯の間には、何らかの因果関係があったのだろう。先日、地下貯水槽で発見されたキャスターのマスターと思わしき変死体が、連続殺人事件の犯人でもあった可能性は十分に有り得る。
ライダーに関しても、初日に図書館を襲撃し、図書を二冊強奪したという報告が入っていた……」
考えれば考えるほど、アンノウン=ルーラーという図式が正しいものであるように思えてきます。アンノウンの行動理念や行動原理を、そういった観点で推測してみると、辻褄があうことが多すぎるのでした。
「そういえば征服王の奴。アンノウンに『宝物を奪われた』とかぬかしておったな……奪われたのはその図書か?」
「もし、アンノウンが『ルーラー』であったならば、その可能性はかなり高いだろう。昨晩、教会の報告にあったものだが、先日隠蔽のために複製した図書と全く同質の物が、図書館に人知れず返却されていたらしい……」
その時点では、詮無きことと特に重要視していませんでしたが、どうやらこの情報は、アンノウンの正体に繋がる重要な手掛かりだったようです。
新たに判明した情報を元に、熟考に入る綺礼くん。その様子を見て、ギルガメッシュさんは嬉しそうに目を細めて言いました。
「随分と熱心だな、綺礼?」
「……目下、最大の脅威と思わしきアンノウンの正体が判明しそうなのだ。当然、思考にも熱が入るさ」
「フム、もっともらしい意見だ。だが、それにしては、普段のお前からは考えられない熱の入れようだ……何か惹かれるものでもあったのか?」
真っ赤な瞳で射抜きながら、ギルガメッシュさんは綺礼くんに問いかけました。馬鹿は死んでも直らないと言いますが、僅かばかりの“変化”を、ギルガメッシュさんは綺礼くんから感じ取っていたのです。
「……“興味”を惹かれているのは否定しないさ」
少しばかりの戸惑いを感じつつも、綺礼くんは素直にそう答えました。
「ほぅ、あの堅物にしては随分と殊勝な台詞ではないか。やはり
「……それも否定しない。少なくとも“あの時”、私を支配したのは『後悔』という“感情”だった。虚無だとばかり思っていた私にも、どうやら人並みに心残りがあったらしい……」
その随分と歪で邪な、それでも実に人間らしい“感情”を、綺礼くんは心から歓迎していました。
ずっと“罰せられるべき悪徳”だと思っていましたが、きっと一度死んで考えが変わったのでしょう。だからこそ綺礼くんは、これからは少しばかり自分の気持ちに
「ほぅ、思っていた以上に
英雄王が発した最後の言葉に、綺礼くんはピクリと反応を示しました。その様子を見て、ギルガメッシュさんが破顔します。
「ハハハ、やはりそうであったか、綺礼。貴様『サクラ』の名に何か心当たりでもあるな?」
「……何時から気付いていた?」
視線を逸らしたまま、綺礼くんがそう言い返します。
「なに、それは“初めから”よ。綺礼、貴様は
「……なるほど正解だ、英雄王。確かに私はアンノウンの正体に心当たりがあった。その名を聞いても驚かなかったのは、きっとその為だ」
「……では、なぜ時臣に黙っていた? お前が“ソレ”に気付いたのは昨日や今日ではあるまい?」
無表情なままの綺礼くんの顔を覗き込みながら、ギルガメッシュさんは問い詰めます。
大した理由もなく敢えてそんな重要情報を黙っていたのであれば、事の次第によっては誅罰を与える必要があるかもしれません。
「憶測や推論では……いや、きっとこれは建前だな。本当のところ、私が『
ギルガメッシュさんのプレッシャーを物ともせず、綺礼くんはその本心を暴露しました。下手をすれば殺されていたかもしれない状況でしたが、綺礼くんの返答にギルガメッシュさんは愉快そうに笑みを浮かべます。
「なるほど『面白い』か……それならば、黙っていても仕方なきことよな」
「そう言って貰えると、私も有り難い」
英雄王の言葉に、瞳だけ笑みを浮かべながら綺礼くんは返答しました。それを認めたギルガメッシュさんが、さらなる愉悦を求めて続けます。
「あぁ、そういえばふと思い出したのだが、あの時、あの場所では、貴様のようにヤツの名に反応を示した雑種が“一匹だけ”いたな……其奴が誰か、知りたいか?」
「……あぁ、それは是非とも知りたいな」
艶めかしく挑発する英雄王に、綺礼くんは悦楽を隠そうともせずに訊きました。
「反応を示したのは、
その単語を聞いた瞬間、綺礼くんの口角がクククっと上がります。もはや愉悦に染まりきったその顔で、綺礼くんが不穏な笑みを浮かべました。
「つまり、間桐のサーヴァント……」
綺礼くんの疑惑が、より確信に近づいた瞬間でした。
でも愉悦してる場合じゃないと思うの……