桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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-139:48:25


桜ちゃん、みつける

 雁夜くんが桜ちゃんを見付けることが出来たのは、正しく執念の成せる業と言えました。雑多な人波の中から、桜ちゃんを偶然発見した雁夜くんは、改めて確信します。“やっぱり、桜ちゃんを救えるのは俺だけなんだ”と。

 

 今すぐにでも桜ちゃんに取り憑いた『悪霊』を退治したいところですが、この人ゴミの中で戦闘をするのは得策ではありません。

 

 このまま夜まで待つか、あるいは人気が無い場所に『悪霊』が移動するまでは、辛抱しなくてはならないでしょう。それくらいの分別ならば、今の雁夜くんにもありました。

 

 耐え難い時間はそう長くはありませんでした。待望の瞬間は、思っていたよりも直ぐにやってきます。人気の無い森の中、『悪霊』とセイバーが戦っていました。両者とも、こちらの存在に気付いた様子はありません。

 

『悪霊』の渾身の攻撃がセイバーに炸裂し、聖剣がこぼれ落ちます。この瞬間は、正に千載一遇のチャンスでした。まるで神様が味方しているかのように、あらゆる状況が雁夜くんに有利に働いています。

 

 使い手を失った聖剣。こちらの存在に気付いていない『悪霊』。そして、あらゆる武器を使いこなす自身のサーヴァント……これだけ条件が揃って、勝てぬ道理はありませんでした。

 

 雁夜くんは迷うことなく自らの従僕に命令を下します。

 

「いけ、バーサーカー! 桜ちゃんに取り憑いた悪霊を倒せッ!!」

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 雁夜くんの思惑とは裏腹に、桜ちゃんはこの奇襲を最初から予期していました。

 

 “女の子”の知識ではこういった伏兵や増援は当たり前のものですし、加えて朝からずっとねちっこい視線に晒されていれば、いくら桜ちゃんが能天気ポジティブガールだったとしても、気付かぬほうがおかしいというものです。

 

 これまで素知らぬフリをしていたのは、ただあえて意識していなかったというだけです。変態は構えば構うほど、エスカレートすると言いますしね。

 

「■■■■■■■■■■■■ーッ!!」

 

 判別不能な叫声と共に、バーサーカーが顕現しました。その手には、アルトリアさんが落とした聖剣が握られています。

 

『ハサンさん!』

『任されよ!』

 

 PTチャットで叫ばれたその一言だけで全てを察したハサンさんは、突如出現した漆黒の騎士に向かって、電光石火の如く斬りかかっていきました。

 

 瞬速で放たれた双剣の一閃は、しかしバーサーカーが手に持つ聖剣によって防がれます。金属音が鳴り響き、まばゆい閃光が煌めきました。

 

「なるほど、それが貴様の能力か……」

 

 バーサーカーが握っていたのは、ついさっきまでセイバーが使っていた不可視の聖剣です。本来であれば、サーヴァントが個別に持つ宝具は他者が使うことなど絶対に不可能なはずですが、その不可能をこのバーサーカーは可能にしていました。

 

 思えば倉庫街の戦いの時も、バーサーカーはアーチャーの宝具を掴み取りして奪っています。おそらくバーサーカーは、手に持った武器であるならば何であれ、自らの宝具とすることが出来るのでしょう。なるほどこれがバーサーカーの隠された能力であるのならば、全て納得できる現象でした。

 

 圧縮された空気によって不可視となっていたアルトリアさんの聖剣は、今ではその姿を完全に晒し、代わりにどす黒い霧のようなもので侵食されています。その姿はまるで聖剣ではなく魔剣、あるいは邪剣のようでした。

 

 本能のままに暴れ回るバーサーカーの猛攻を巧みに凌ぎながら、ハサンさんはPTチャットで桜ちゃんを促します。

 

『桜! ここは私に任せて先に行けッ!』

 

 桜ちゃんたちの現在の目的は、サーヴァントの討滅ではなく、あくまでも『爆弾魔』の討伐です。セイバーの時のように不意打ちからの先手必勝で完封できるのであれば、特に問題はありませんが、新手のバーサーカーの場合はそう上手くはいかないでしょう。

 

 バーサーカーの技巧や耐久性が問題なのではありません。バーサーカーを打倒しうる“こちら側”の最大火力の発揮に、まだ幾ばくかの時間が必要なのが問題なのでした。

 

 この僅かな浪費の間に爆弾魔を、あるいはその味方を取り逃がしてしまったら、今までの苦労が水の泡になってしまいます。それは認める訳にはいかないでしょう。

 

 自軍のサーヴァントが戦闘不能になったことは、当然爆弾魔側も察知しているはずです。既に撤退という判断を下していても不思議じゃありません。ならばあまり猶予は残されていないと言えるでしょう。ここで時間をかけるのが上策でないことは、充分明白です。

 

『わかりました。お願いします!』

 

 そうと判断すれば桜ちゃんに迷いも躊躇いもありません。脇目も振らず戦場をハサンさんに任せた桜ちゃんは、素早く戦線を離脱していきました。

 

「■■■■■■■■■■■■ーッ!!」

「おっと、お前の相手は私だ」

 

 マスターの命令か、あるいは個人的な恨みからなのか、どうにもバーサーカーは桜ちゃんに相当な執着があるようで、離脱する桜ちゃんを執拗に追いかけようと画策しますが、そんなことを許すほどハサンさんも甘くはありません。

 

 執念深く追跡しようとするバーサーカーを、ハサンさんが厭らしく妨害します。

 

「■■■■■■■■■■■■ーッ!!」

 

 マスターから与えられた使命を全うするには、まず邪魔物(ハサンさん)を排除するのが先決だと判断したのか、もしくはただ単にムカついて暴走しただけなのか、バーサーカーが標的をハサンさんに改めました。

 

「そうだ狂戦士。目的を果たすには、まず私を倒すのが必要だ──」

 

 バーサーカーの苛烈な攻撃がハサンさんに襲いかかります。

 

 元々ステータスに優れ、更に『狂化』で底上げされたバーサーカーの一撃を、ハサンさんに防ぐことなど不可能に思われました。しかし、忘れてはなりません。このハサンさんは先程の戦闘で、基礎ステータスで圧倒的に勝るセイバーと互角に打ち合っていたのです。

 

 ならばバーサーカーの剣戟を、凌げぬ道理はありませんでした。

 

「だが、努忘れるなバーサーカー。私はともかく、()()()()()はそう易くは無いと、とくと味あわせてやる!」

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 

 サーヴァントたちの戦場を抜けて、爆弾魔が潜伏していると思わしき『御伽の城』を目指していた桜ちゃんが次に遭遇したのは、大量に飛翔する蟲たちでした。

 

 それが、雁夜おじさんの使い魔であろうことは、一見しただけで直ぐに分かります。似たような蟲たちを、実家の地下室でいっぱい見てきましたからね。

 

 不快な羽音を立てながら、気色悪い蟲たちが次々猛然と桜ちゃんに群がってきました。脳裏に嫌な思い出が、フラッシュバックしてきます。

 

 個人的にそういった蟲たちに思うところがあり過ぎる桜ちゃんは、鬱憤を晴らすのも兼ねて、全く遠慮することなく機工兵器の火炎放射でなぎ払いました。

 

 性質的に火属性が弱点だったらしく効果はバツグンもバツグンで、蟲たちは飛んで火に入る夏の虫の如く次々と焼き払われていきます。

 

 全ての蟲たちを焼き落としてスッキリした後に桜ちゃんの前に姿を現したのは、懐かしい顔の男性でした。言うまでもなく雁夜おじさんです。こんな辺境にわざわざ顔を出すなんて、一体、何をしに来たのでしょうか?

 

「桜ちゃん! 俺だ! 雁夜だ!」

「……知っています」

 

 いくら桜ちゃんの瞳が死んだ魚の様な目をしているからといって、別に節穴という訳じゃありません。わざわざ改めて自己紹介しなくとも、桜ちゃんは目の前の男性が雁夜おじさんであることは、きちんと認識していました。突然、何を言い出すのかと思いきや、相変わらず良く分からないお人です。

 

 バーサーカーが襲いかかってきたことから、雁夜おじさんは桜ちゃんの邪魔をしたいのだと予想できますが、なぜそんなことをするのか桜ちゃんにはさっぱり分かりませんでした。もしかして爆弾魔と共犯なのでしょうか? だとすれば納得できますし、許すわけにはいかないでしょう。

 

 桜ちゃんと相対した雁夜おじさんが、必死の形相で訴えてきます。

 

「桜ちゃん、俺は君を助けに来たんだ。君は悪い霊に取り憑かれている! 目を覚ましてくれ桜ちゃん!」

「……?」

 

 思いがけない台詞が、桜ちゃんの耳に聞こえてきました。流石の桜ちゃんも、思わずクエッションマークを漏らしてしまいます。

 

「君は悪霊に(そそのか)されてしまったんだ! あのアサシンだってきっと君を騙しているに違いない! そう、そうなんだ! 桜ちゃんは騙されているんだ! 助けられるのは俺だけなんだ! だから──」

 

 このまま俺と一緒にお家に帰ろう。

 

 その雁夜おじさんの台詞は、桜ちゃんにとって禁忌とも言える言葉でした。

 

 帰るって何処へ? あの地獄のようなお家へ? せっかく自由になれたのに? それに悪霊って? 騙しているって?

 

  一体、何を言っているのだろうこの人は……。

 

 雁夜おじさんの意味不明な言動に、桜ちゃんは返事をする代わりに銃を構えました。分かりやすい、明確な拒絶の反応です。おかしいとは思っていましたが、ここまでおかしい人だったとは……。

 

 桜ちゃんは冷徹な瞳で雁夜おじさんを射抜きました。狙いを定める必要はありません。たとえ後ろを向いていたとしても、ひとだび撃ち出された弾丸は、何があっても確実に当たるのですから……。

 

「……えっ?」

 

 雁夜おじさんからそんな間抜けな声が溢れてきました。

 

 しばらくそのまま呆然としていると、桜ちゃんの行動にどんな意図が含まれていたのか徐々に察した雁夜おじさんは、百面相のように表情を変化させてワナワナと身体を震えさせます。

 

「ぉ、お前は……お前は桜ちゃんなんかじゃない! 桜ちゃんはそんなことしない! 桜ちゃんはそんな冷たい目をしない! 桜ちゃんは俺を拒んだりしない! やっぱり桜ちゃんは悪霊に乗っ取られてしまったんだ! 出ていけ! 桜ちゃんから出ていけ、悪霊ッッッ!!」

「……お断りします」

 

 もはや判断の余地は無いでしょう。桜ちゃんは返答と同時に、機工銃の引き金を引きました。

 

 放たれた弾丸は、明確な意思の下に撃ち出され、雁夜くんの羽虫のような防御を貫き甚大なダメージを与えます。命までは奪う気はありません。ただし“それ以外”は考慮するつもりもありませんでした。“女の子”やPTメンバーのことを侮辱され、容赦できるほど桜ちゃんも大人ではなかったのです。

 

 引き絞った引き金は、思った以上に軽いものでした。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 見事、雁夜おじさんを撃退した桜ちゃんは、仰向けに倒れたまま意識を失った雁夜おじさんのことを、一度だけ見つめました。

 

 支離滅裂で良く分からないことを言っていた雁夜おじさんですが、根っからの狂人というわけではありません。

 

 確かに最近は……もとい、前からちょっとだけそんな気配はありましたが、根っこの部分は善人であることは、いまさら疑うまでもないでしょう。おそらく、多分、きっと、そうであると良いなぁ……。

 

 突然発狂して襲い掛かってきた雁夜おじさんは、どうしてか知りませんが死にかかっていました。

 

 HPバーが殆ど──というか完全にゼロになっています。さながら動き回る死体状態です。もっとも、ゾンビ状態ではないようですから、実は雁夜おじさんはゾンビだったというオチでもないようです。

 

 ほぼほぼ死んじゃっているのは九割方、桜ちゃんの銃撃のせいかもしれませんが、残る一割くらいは他の要因があるようでした。

 

 戦闘不能状態だというのに、雁夜おじさんには色々なバフ、デバフが付与されています。もしかしたらおじさんは、何らかの要因によって強制的に生かされているのかもしれません。

 

「……仕方ないか」

 

 このまま見殺しにしてしまうのは、流石に夢見が悪いでしょう。それにこんなでも一応身内です。常識的にも良心的にも、助けられるなら助けてあげるべきです。

 

「あまり時間もないし、手っ取り早く……レイズ! エスナ! ベネディクション!」

 

 桜ちゃんは素早く機工師から白魔道士に着替えると、さくっと治療魔法を雁夜おじさんにかけました。たった三つの治療魔法ですが、まあ、今の雁夜おじさんになら充分過ぎるでしょう。

 

「……ぅ、ぅうっ」

 

 桜ちゃんの治療魔法は、問題なく効果を発揮したようです。

 

 体力を完全回復した雁夜おじさんが意識を取り戻し始めたのか、何かうわ言のようなものを呟き始めました。まるで末期患者のようだった雁夜おじさんの顔色は、戦闘不能状態と『蠱毒』とかいうデバフの解除、HP0の状態からのMAX回復で、随分とマシな色合いになりました。

 

 これで歪んだ顔まで治せば完璧なのでしょうが、そこまでやる義理は桜ちゃんにありません。敵さん相手にここまでやれば、もう充分と言えるでしょう。

 

 桜ちゃんは下手に起こしてまた発狂されないよう、雁夜おじさんに睡眠魔法(リポーズ)をかけると、すたこらさっさとこの場を去って行くのでした。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 今回の襲撃において、切嗣くんの誤算は幾つもありました。そして何よりも致命的だったのは、“それ”を切嗣くんが正しく認識できていなかったことにあります。

 

 予想以上に早いセイバーの会敵も、敵がライダーではなくアンノウンとアサシンであったことも、自身のサーヴァントがほぼ瞬殺されたことも、襲撃者が二人ではなく二組であったことも、未だ切嗣くんには預かり知らぬことでした。

 

 襲撃された時刻がもっと遅く、アイリさんの結界同調がもっと進んでいたら……あるいは、自軍のサーヴァントともっとコミュニケーションを取っていれば……こんな事態にはならなかったのかもしれません。しかし、そんなことはもう詮なきことです。

 

「来たわ、切嗣! 正面からよ!!」

 

 切嗣くんが戦闘準備を完了させるとほぼ同時に、襲撃者の侵入は開始されました。

 

「クッ……思った以上に速い……」

 

 予想以上の侵攻スピードに、流石の切嗣くんも戦慄します。

 

 セイバーの足止めが失敗したとは思えません。腐っても“アレ”は『英雄』で『騎士王』です。実力は折紙付き。そういった面に関しては、切嗣くんはセイバーさんを認めていました。

 

 相手がいくら征服王(ライダー)だからといって、こんなにも速く敗退するとは考えられません。

 

 兎にも角にも切嗣くんは、お城にいくつも設置されたCCDカメラの映像を覗き見て、侵入者が誰なのか確認します。 

 

「侵入者は一人。コイツは……ライダーのマスターではない!?」

 

 切嗣くんの顔に驚愕が広がりました。

 

 侵入者の正体は、謎の紫色の髪の少女です。白と赤の衣装に身を包み、大きな杖を握りしめています。想定外の謎の侵入者──しかし、切嗣くんたちにはその正体に心当たりがありました。

 

「これは……もしかして、アンノウン?」

「おそらくはね……」

 

 アイリさんの疑問に、切嗣くんはそう答えます。

 

「思っていたよりも、その……普通ね」

 

 呆気に取られた様子で、アイリさんはそう言いました。

 

 アンノウンは言ってはなんですが、世間一般的な『魔法使い』だとか『魔術師』のイメージがそのまま具現化したような姿をしています。白を基調にした衣装を着ているせいか、清楚な雰囲気で、まるで聖なる魔法とか使いそうな感じでした。

 

「あぁ、だが見た目に惑わされてはいけないよ。ぱっと見ただの子供のコスプレに見えても、中身はおそらく長い年月を生きた『死徒』だ」

「『死徒』……」

 

 人類を超越した能力を持ち、不老不死で血を啜る人ならざる“モノ”。外法である『魔術』の更に外法に堕ちた『日陰者』。人類の『敵対者』──それが『死徒』という存在でした。

 

「だが、たとえコイツが『死徒』だとしても、正面から馬鹿正直に侵入してきたのは愚かとしか言いようがない。この思慮の浅さ、おそらくは低級の死徒だろう」

 

 切嗣くんは長年の経験から、そう判断を下します。ならばこの窮地においても、『魔術師殺し』にとっては格好の獲物と言えました。

 

「切嗣、私はどうすれば?」

「アイリ、君は──」

 

 切嗣くんはこの時、心底ここに舞弥さんが居ないことを悔やみました。

 

 この状況に至っては、何時までもアイリさんを城内に留めているのは得策ではありません。しかし、だからといってアイリさんに単独行動を取らせることは、下策も下策と言えました。体調が芳しくない今のアイリさんでは、自己防衛もままならないでしょう。

 

『死徒』の居る城内と、『サーヴァント』の居る外──どちらがより安全か……切嗣くんの方針は決まりました。

 

「──出来るだけ後方で控えて、僕を支援してくれ」

「分かったわ。背中は任せて切嗣」

「あぁ、アイリ。期待しているよ。ただ……もし万が一何かあったら僕に構うことはない、直ぐに逃げてくれ」

「それは……ええ、分かったわ、切嗣」

 

 アイリさんにとっては自分よりも切嗣くんの生存が最優先だと思いましたが、切嗣くんの乞うような視線に晒されては、了解の意を示すしかありません。

 

 切嗣くんはあくまでも、戦うことに固執していました。

 

 英雄的思想があったからではありません。純粋に勝算があったからです。それに万が一敗色濃厚になったとしても、脱出する算段は幾らでもありました。

 

 ここはアインツベルンのホームグラウンド。敵には知る由もない抜け道や隠し通路など、幾らでもあるのですから……。

 

 そして何よりも切嗣くんを突き動かしたのは、相手が『死徒』だからというものでした。『正義の味方』であろうとする切嗣くんが“その”存在を許すのは、自己否定に他ならないのです。

 

 その意思の強さ故に、またしても切嗣くんは自覚の無いままに判断ミスを犯してしまいました。切嗣くんが選択すべきだったのは、迎え撃つのではなく、脇目も振らず逃げ出すことだったのです。

 

 ですがそれをするには、もはやあまりにも手遅れな状況でした。

 

 アンノウンが敷地内に侵入して、もう十五秒以上が経過しています。ゆっくりジワジワとですが、人知れず絶対不可侵の不可視結界がアインツベルン城をすっぽりと覆っていきました。

 

 もはや“そこ”は現世ではありません。世界から切り離され隔離された、『閉鎖空間(インスタンスダンジョン)』でした。アンノウンが目的を達成するか制限時間を超過するか、あるいはアンノウンが諦めるまで、決して解かれることはありません。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 城内に侵入した桜ちゃんを最初に出迎えたのは、二八〇〇発ものクレイモア対人地雷の鉄球でした。しかしそれら全ての攻撃は、虚しく空を切り裂きます。

 

 桜ちゃんが“ソレ”を回避するのは容易でした。なぜならば桜ちゃんの瞳には、クレイモア対人地雷の予兆が赤い円形範囲で見えていたのですから……。

 

 中々に熱烈な歓迎ですが、遠坂邸の時とは打って変わった趣の妨害ギミックに、桜ちゃんの中にいる“女の子”の血潮も沸き立ちます。

 

 最初は小手調べといった感じなのでしょう。地雷自体は当たっても即死ということは無さそうでしたが、なるほど実に爆弾魔らしいギミックと言えました。

 

 今後は不可視の地雷とか、ワザと踏まなきゃ全滅する地雷とか、複数人でダメージ分散しないと即死する地雷とか飛び出してくるのでしょうか? 何が来るのか分からない初見ダンジョンというものは、実に心が躍ります。

 

 とはいえ、あまり楽しみ過ぎるのも考えものだと言えました。

 

 今の桜ちゃんは、全冬木市民の期待と不安を一身に背負っているのです。爆弾魔がここにいることもほぼ濃厚なようですし、出来るだけ速やかに無力化する必要があるでしょう。

 

 桜ちゃんはさっそく脳内地図を頼りに、城内を探索していきました。複雑に入り組んだ通路も、この脳内地図があればお茶の子さいさいです。

 

 城内ではクレイモア対人地雷の爆発や、徘徊する銀細工の動物たち、中には謎の水掛けトラップや、突然の十字架攻撃がありました。どれもこれも目新しい新鮮なギミックばかりです。

 

 他に特大の妖異や兵器、モンスターなどの襲撃があれば文句なしだったのですが、そこまで要求するのは度が過ぎると言うものでしょう。桜ちゃんは桜ちゃんなりに、存分にこのダンジョンを満喫していきました。

 

 特に目立った詰まりもなく、桜ちゃんは淀みなく『御伽の城』を攻略していきます。閉鎖された個室もなく、封印された扉も特に見当たらなかったので、結局攻略自体は直ぐに終わりました。

 

 桜ちゃんの目の前には、最後に残された扉が鎮座しています。

 

 特になんの感慨もなく桜ちゃんがその扉を開けると、歓迎してきたのはキャレコ短機関銃の9mm弾と、銀製の大鷲の奇襲でした。

 

 秒間数十発の速度で撃ち出される銃撃の嵐。猛々しい大鷲の鉤爪と嘴。それら全ての攻撃を意に介さずに、桜ちゃんは部屋の隅にその姿を認め、小さく囁きます。

 

「やっとみつけた」

 

 

 

×       ×

 

 

 

 桜ちゃんは“彼ら”を見つけると、冷静に判断を下しました。

 

 敵は二人。男性と女性。『爆弾魔』と思わしき衛宮切嗣さんと、『聖杯の守り手』であるアイリスフィールさん。都合よく()()()()居ます──どちらを優先すべきか、迷うことはありませんでした。

 

『kyeeeeeeee!』

 

 桜ちゃんは、甲高い(いなな)き声で煩わしく攻撃を仕掛けてくる大鷲を、杖を一振りして生み出した風魔法(エアロラ)で撃退し、両手幻具をくるっと回転させ狙いを定めます。

 

「そんなッ!? 形骸よ、生命を(シャーペ・イスト)──ッ!?」

 

 まさか自らの使い魔が一撃で倒されるとは思っていなかったアイリさんは、驚愕と共に慌てて再召喚に入りますが、その僅か二小節の詠唱を囁く猶予は与えられませんでした。

 

 強烈な睡魔と共に、アイリさんの意識が刈り取られます。アイリさんが最後に見たのは、白と赤の悪魔と、黒色の魔術殺しの姿でした。

 

固有時制御(タイムアルター)──」

 

 アイリさんは瞬殺されてもなお、切嗣くんの精神は氷のように冷静でした。

 

 守るべき対象を狙われても、後方支援を排除されても、切嗣くんは機械仕掛けの殺戮兵器の如く勝利を掴み取ろうとします。

 

 アイリさんが狙われたことにより桜ちゃんの毒牙を逃れた切嗣くんは、その僅かな時間で詠唱を完了させました。

 

「──三倍速(トリプルアクセル)ッッッッ!!」

 

 瞬間──切嗣くんの視界に色が消え、世界がスローモーションの如く緩慢に流れていきます。事後のことなど度外視した、一か八かの三倍加速──そうする必要があるのだと、切嗣くんはこの僅かな間で瞬時に見抜いていました。

 

 眠らされたアイリさんが、崩れ落ちていく気配がします。

 

 キャレコを投げ捨て、懐から.30-06スプリングフィールド弾が封じられた狩猟銃を構えました。

 

 アンノウンはまだ扉の前にいます。距離はおおよそ15m──外す道理はありません。

 

 引き金は、“引かれた”というよりも“落ちた”と表現するのが正しいと言えました。切嗣くんが自ら引いたのではなく、ただ自然に()()()──それほどまでに無意識に、切嗣くんはコンテンダーの弾丸を発射させたのです。

 

 トンプソン・コンテンダーの薬室に装填されるは、切嗣くんの切り札『起源弾』──撃針が雷管を刺激し、薬莢の炸薬が炸裂します。

 

 切嗣くんの肋骨の骨粉が封印された鉛弾が火薬により撃ち出され、ライフリングを通過し、アンノウンに襲いかかりました。

 

 刹那よりも短いはずのその瞬間は、引き伸ばされた世界の中では恐ろしく遠大に感じられます。

 

 着弾は、アイリさんが地面に眠り落ちたのと同時にやってきました。

 

 起源弾の蹂躙は寸分の狂いなくアンノウンに命中し、そして障壁に阻まれます。それを見た切嗣くんは、僅かにほくそ笑みました。

 

 起源弾に封じられた切嗣くんの『起源』は正しく発現し、アンノウンの魔力が篭った障壁を“切って、嗣ぎ”ます。それは言わば不可逆の“変質”。後戻り不能な切嗣くんの必殺魔術でした。

 

 変質した障壁はもはや意味を成さず、ごちゃごちゃになって消失していきます。そして暴走した魔力が逆流し、アンノウンの魔術回路をズタズタにショート……させるはずでした。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 切嗣くんは目を疑います。

 

 魔力を使って切嗣くんの起源弾を防いだアンノウンは、未だ切嗣くんの前に健在でした。どんな存在であれ、“魔”を用いて“それ”を防いだのであれば、無事であるはずがないのに……。

 

 しかし、それもそのはずです。桜ちゃんの障壁(プロテス)障壁(ディバインベニゾン)は、一度掛けたらその後、全く維持に魔力を必要としない掛けっぱなしの障壁だったのですから……。

 

 逆流しようにも、その逆流する場所が無いのは当然でした。

 

 加えてそもそも桜ちゃんが用いる魔法は、魔術回路を必要としない魔法だったのです。起源弾が効果を発揮できないのも、致し方ないことでした。

 

「クッ! 固有時制御(タイムアルター)──」

 

 勝利の瞬間から絶望に突き落とされてなお、切嗣くんは戦意を失いませんでした。

 

 なりふり構わず再び加速する世界に身を投じて、薬室から薬莢を抜き出し再装填します。時間にして僅か0.57秒──人生最大の加速度です。今度は守るべき障壁もありません。流石に生身でこの銃撃を防ぐことなど……。

 

 銃声が鳴り響いた後に切嗣くんが見たのは、平然と“そこ”に佇むアンノウンでした。

 

「ば、化物めッ!!」

 

 魔術が起動した気配はありません。つまりはアンノウンは生身で、装甲車にでも乗っていない限り負傷は免れない銃撃を防いでみせたのです。

 

 切嗣くんの起源弾は、一つの例外もなく悉くを葬ってきた、最も信頼できる武装でした。下手をすればサーヴァントなんかよりもよほど信頼できるかもしれません。

 

 それが、まるでおもちゃの様に防がれた……信じ難い出来事です。今までの苦悩や苦渋が全て否定された気分でした。

 

「巫山戯るな! 巫山戯るなッ! 巫山戯るなぁああッッッ!!」

 

 切嗣くんの慟哭が轟き、お城が震えます。

 

 加速した時間のまま、切嗣くんはコンテンダーの銃尾でアンノウンに殴りかかりました。窮地に陥った切嗣くんに、残された手段はそれしか無かったのです。

 

 当然、そんな悪あがきが桜ちゃんに通用するはずもなく、切嗣くんは桜ちゃんから放たれた水泡によって、あっさりと吹き飛ばされてしまいました。

 

「……ガハッ」

 

 ダメージは殆どありません。しかし代わりに切嗣くんの足はまるで大地に根を生やしたかのように、ピクリとも動かなくなりました。少しづつゆっくりと、アンノウンが近づいてきます。

 

 完敗でした。

 

 法儀礼済みクレイモア地雷も、聖水による流水も、銀製の使い魔も十字架も、機関銃も起源弾も魔術も……切嗣くんの持てる全てを発揮しても、アンノウンに敵いませんでした。

 

 夢と理想を抱いてここまで来たのに、万感の思いでここまで来たのに……何も出来ずに敗退していく──無念だとか後悔などと言い表せない程の失意に、切嗣くんは苛まれていました。

 

「……な、なぜ、僕たちを狙う?」

「それは、あなたがホテルを爆破した爆弾魔だから。もしかして、違うの?」

「それは……」

 

 違わなくはありません。だから切嗣くんから漏れでたのは、否定でも肯定でもなく沈黙だけでした。

 

 因果応報とでも言えば良いのでしょうか? これまで度重なる理不尽を振り撒いてきた“衛宮切嗣”という理不尽に、遂にそれを上回る理不尽が降り掛かってきた。この襲撃が意味するのは、ただそれだけのことなのでした。

 

 深淵を覗き見る者は、より深い深淵に……ということなのでしょう。目には目を、歯には歯を……ならば“正義の味方”には……。

 

 ああ、だからかと切嗣くんは思いました。アンノウンの発言を加味すれば、自ずと答えは出てきます。バラバラだったパズルのピースが、すっぽりと綺麗に嵌った気分でした。

 

 そもそも前提からして間違っていたのです。アンノウンは『死徒』などではありません。もっと深くて悍ましい……切嗣くんがなろうとしてなれなかったモノ……。

 

「正義には正義を、か……」

 

 その言葉を最後に、切嗣くんの意識は途切れていきました。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 アイリスフィールさんと切嗣くんを倒した桜ちゃんは、散乱した切嗣くんの武器の回収を始めていました。そもそも目的は“これ”だったので、容赦は一切しません。

 

 あくまでも事件屋な桜ちゃんは、切嗣くんを無力化しようとは思っても、命まで奪おうとは最初から思っていませんでした。もちろんハイアットホテル倒壊で誰か一人でも死傷者が出ていたら話しは別だったでしょうが、いくら爆弾魔でも、ビルを破壊したくらいではまだそこまでする理由はありません。

 

 意識を失った……というよりも強制的に睡眠魔法(リポーズ)で眠らせただけですが、隙だらけの切嗣くんを、桜ちゃんは好きなだけボディチェックしていきます。危ない銃や弾薬はもちろんのこと、用途不明な機械や通信機、メモや地図などなど、片っ端から戦闘に関しそうなものを回収していきます。

 

「これだけやれば、もう良いかな?」

 

 これに懲りて心を入れ直してくれると桜ちゃんとしても嬉しい限りですが、これまでの経験からいって、大人というものは中々に変わらないと桜ちゃんは知っていました。可能性は五分五分でしょう。

 

 桜ちゃんは仲良く眠っている切嗣くんとアイリスフィールさんを見つめます。これだけ見ればまるで夫婦のようでした。

 

「アイリスフィールさんがマスターだと思っていたけど、切嗣さんがアルトリアさんのマスターだったんだ……」

 

 淡々と桜ちゃんが呟きます。

 

 切嗣くんのボディチェックを完璧にこなし、切嗣くんから令呪を発見していた桜ちゃんは、その事実に気が付いていました。

 

「まあ、良いか」

 

 何か事情があるのだと思われますが、桜ちゃんには関係の無いことです。それよりも桜ちゃんには気になることがありました。

 

「アイリスフィールさん……」

 

 眠りにつく白雪の美女を眺め、桜ちゃんはそう言います。

 

「『大聖杯』に通じる『小聖杯』の守り手……」

 

 それは“球体”に──大聖杯──の中にいる“ナニか”へ至るための手がかりでした。

 

「あなたが守る、『小聖杯』はどこ?」 

 

 アイリスフィールさんは答えません。眠っているから当然でしょう。しかし問題はありませんでした。話を聞くならば、別に“ここ”である必要はないのですから……。

 

 桜ちゃんはアイリスフィールの身体に触れ、呪文を唱えます。

 

 

 そして、次の瞬間その場に存在していたのは、意識を失った切嗣くんだけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 4.15来ましたね。みんなで「ブルートジャステス トランスモード!」しましょう。

 リアルで年末年始休暇半分になって悲しい……悲しい……
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