桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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桜ちゃん、狙われる

 舞弥さんの突然の誘拐カミングアウトから半日以上が経とうとしても、どういう訳か桜ちゃんは、まだ何も行動に移していませんでした。ただぼうっとした表情を浮かべて、真っ赤に燃える夕日を眺めてます。

 

 アイリさんはお城で桜ちゃんが眠らせて以降、起きる気配がありません。催眠魔法(リポーズ)の効果はとっくに切れているはずなのに、まるでおとぎ話のお姫さまのように眠りに就いたままでした。

 

 アイリさんには、何らかの防衛機能が働いているのでしょうか? 睡眠状態に加え、微弱ながらも防御結界のようなものが張られています。状態異常(デバフ)などならば効果はありそうですが、物理的にダメージを与えるのは少し難しそうでした。

 

 このままでは『聖杯の守り手』であるアイリさんから、『小聖杯』の隠し場所について詳しくお話を訊くことが出来ません。

 

 せっかくここまで連れてきたのに、それは残念極まりないことです。しかし桜ちゃんには隠し場所の見当はついていました。

 

 眠りに就くアイリさんからは、あの“球体”──時臣さん曰く、『大聖杯』──と似たような気配がしています。特にお腹の辺りから、より強い気配が放たれていました。

 

 おそらく、アイリさんは自分のお腹の中に、『大聖杯』の注ぎ口である『小聖杯』を隠し持っているのでしょう。とても貴重で大事なものらしいですから、なるほど納得の隠し場所です。

 

 桜ちゃんが用があるのはアイリさんではなくその『小聖杯』ですので、出来れば上手いこと取り出してしまいたいところでしたが、どうやら『小聖杯』とアイリさんは物理的にもエーテル的にも合体融合しているようで、無理矢理分離して取り出すのは困難なようでした。

 

 せめて身を守る防御結界がなければ、とある竜騎士に引っ付いた竜の眼を強引にもぎ取った要領で、あるいはエーテル吸収などの方法で、どうにか出来たかもしれませんが、現状ではいかんともし難いのが現実です。

 

 打つ手なしとなった桜ちゃんが今いるのは、静寂に包まれる円蔵山のとある場所でした。背後には、『大聖杯』が鎮座する洞窟が、大きな口を開けて佇んでいます。

 

 西の空が赤く燃え、星々とお月様が夜空に輝きだすのを眺めながら、桜ちゃんは今後やるべきことを考えていました。

 

 アイリさんが目覚めないとなれば、今は誘拐事件を優先するべきでしょうか?

 

 舞弥さんからきた間違い電話は、桜ちゃんの問いかけに答えることなく、一方的に切られてしまいました。それ以降、舞弥さんから連絡は一度もかかってきていません。そうであるならばと、こちらからかけ直しても着信拒否をされてしまったのか、繋がることはありませんでした。

 

 どうやら携帯電話を使って舞弥さんから詳しいお話を訊くのは、難しそうです。しかし、それはそれで問題はありませんでした。ソラウさん誘拐事件の手がかりを探す方法は、別にそれだけではないのですから……。

 

 ぱっと直ぐに思い浮かぶのは、“今からお城に戻って切嗣くんなりアルトリアさんなりに詳しいお話を訊く”です。誘拐犯の犯人が舞弥さんなら、そのお仲間である切嗣くんたちも何か詳しい情報を知っていることでしょう。実に分かりやすく、解決に近づきやすいアイディアであると言えました。

 

 しかし、そう頭で理解していても、どういう訳か桜ちゃんの体はその目的に向かって動こうとはしません。やる気が出ないとか、食指が動かないだとか、そういったのとは少し違います。否定か、あるいは拒絶の感情に近い、形容し難い不思議な感覚でした。

 

 拐われたのが街の人でなく、聖杯戦争関係者だからなのでしょうか? それとも、今や桜ちゃん自身もアイリさんを拐った誘拐犯だからなのでしょうか? 今までに無い複雑な心境に、桜ちゃんは戸惑いを隠しきれていませんでした。

 

 桜ちゃんの良心や常識、そして“女の子”の声は、『たとえ聖杯戦争関係者であろうとも危険に晒されているのであれば、助けにいくべきだ』と訴えかけてきます。

 

 現に桜ちゃんは倉庫街での戦いの時に、切嗣くんのランサーのマスターを狙った狙撃を未然に防いでいました。切嗣くんが狙った相手が“聖杯戦争関係者”だったにも関わらず、それを阻止したのです。咄嗟の判断だったとはいえ、その時は確かに自らの良心に従った結果でした。

 

 しかしそれとは違う別の“声”が、桜ちゃんの耳元でこう囁くのです。『その必要は無い。だって“アレ”は、私たちには関係無いのだから。それよりも()()()()()()()()()()』と……。

 

 それは言うまでもなく、アイリさん──ひいては『小聖杯』と『大聖杯』のことを指していました。確かに優先順位を決めろと言われれば、納得のできる采配です。“声”は、桜ちゃんが戦いに挑む前に聞く助言と同じ“声”で、同じようにそう囁いていました。

 

 これはまるで、桜ちゃんの中に“女の子”だけでなく、また別の“ナニカ”が潜んでいるかのようです。桜ちゃんや“女の子”とは違う、別の意思と意図をもった“ナニカ”が……。

 

 その“声”に従うべきか、もしくは自らの“意思”を貫き通すべきか──桜ちゃんは悶々と悩み、袋小路に迷い混みそうになると、頭をブンブンと振って自らの頬をペチンペチンと叩きました。

 

 いけません、いけません。事件屋ともあろう者が、こんなネガティブ思考ではいけないでしょう。どちらかを迷っているくらいなら、どちらも解決するくらいの気概を持たなくては、事件屋としては名折れも良いところです。

 

「よっし!」

 

 心機一転、気合いを入れなおした桜ちゃんは、ひりひりとちょっぴり痛む頬を押さえて、改めて決意するのでした。辺りはもうすっかり日が落ちて、夜の帳が訪れようとしています。

 

 なんだかここから見るこの光景は、どこか見覚えがありました。それは初めて自由になったあの日、お家から飛び出して見た風景と同じものです。あの初めて綺麗だと思った、あの夜景と……。

 

 桜ちゃんは自らの原点を思い出すと、シャキッと勇ましく立ち上がりました。

 

 アイリさんの様子はハサンさんが見てくれています。もし何か異変があったら、直ぐにでも連絡してくれるでしょう。この場所ならば、どんなに離れていても帰還するのは簡単です。

 

 ならば、いま桜ちゃんがするべきことは、一つしかありません。

 

『少し、出かけてきます。あとはお願いします』

 

 桜ちゃんはPTチャットでハサンさんにそう伝えると、夜の街へと消えていくのでした。

 

 

 

×       ×

 

 

 

 真っ赤な夕日が地平線に沈みかけ、お月さまとお星さまがキラキラと輝き始めた頃──時臣さんは自身が生み出した中で最も綺麗で美しい宝石と向き合っていました。

 

 黒曜石よりも真っ黒で綺麗な瞳が、時臣さんを見つめています。

 

 時臣さんの今の格好は、ヨレヨレのスーツにボサボサの髪、目元には明らかに隈があり、優雅とは程遠い姿をしていました。その様子から、時臣さんの疲労度がありありと見てとれます。たった数日しか会っていないだけのはずなのに、もう何年も歳をとってしまったかのような印象を、相対する凛ちゃんは受けていました。

 

「変わりないかい? 凛……」

「はい、お父様」

「そうか、それは良かった……」

 

 ぎこちなく父娘が会話します。

 

 時臣さんは戦いが終わるまで、凛ちゃんと会うつもりはありませんでした。凛ちゃんを危険にさらさないためでもありますし、何よりも自身の決意を揺るがせないためにです。それでも会いに来てしまったのは、決断をするためでした。続けるのか終わらせるのか、自らの偽らざる本心を確認するためです。

 

 こんな時、どんな顔でどんな会話をすれば良いのか、時臣さんは良く分かっていませんでした。恐る恐る時臣さんは凛ちゃんに話しかけます。

 

「学校の方はどうだ? 友達と仲良くできているか?」

「はい、もちろんです、お父様。今日は友達のコトネに算数を教えてあげました。コトネは勉強も運動も苦手だから、いつも私が助けてあげないとで、それから他のみんなにも……あっ、ごめんなさいお父様。私ばかり……喋りすぎました……」

「いや、良いんだ、凛。続けて……」

 

 これまで時臣さんは、魔術や鍛練以外では碌に凛ちゃんと会話をしてきませんでした。凛ちゃんが普段何をして、何を感じて、何を思っているのか関心を向けたことがありませんでした。

 

 何が好きで、何が嫌いなのかも、知りませんでした。興味さえ無かったと言えるかもしれません。しかし、今日はそこから一歩踏み出してみます。その為にここに来たのですから……。

 

「凛は今日学校で、何をしたのかな?」

 

 膝を折り、凛ちゃんと同じ視線になって時臣さんは問いかけます。何時もなら訊かれないことをお父さんから訊かれて、凛ちゃんは嬉しそうに無邪気に今日あった出来事を話し始めました。

 

 学校のこと、友達のこと、先生のこと、授業のこと、今日の給食は美味しかった、休み時間にはこんなことをして遊んだ、クラスの男子は生意気でむかつく、登下校を車でするのは目立ってキライ、禅城家の人たちはみんないい人ばかり……などなど。

 

「そうか……元気にやっているようでなによりだ……」

 

 そう僅かに微笑んで言うと、時臣さんは小さな小さな宝物に手を置いて、優しく頭を撫でました。力加減が分からなくて、とても不器用な形になってしまいましたが、それでも気持ち良さそうに、凛ちゃんが目を細めます。

 

「思えば──こうして凛の頭を撫でるのは、これまで一度もなかったな……」

「はい……ですが、お父様の責務を考えれば、仕方のないことです」

()()()()()()()……か」

 

 まだ十にも満たないというのにそんな大人びた事をいう凛ちゃんに、はたして時臣さんはこれまで何を残してきたのでしょうか? そして、これから何を遺していけるのでしょうか?

 

 魔術師として残していけるものは、確かにあります。伝統や伝承、魔術刻印、各種財産遺産、いくらでもあります。ですが、“父親”として残してきたものは本当にあるのでしょうか? 魔術師としてではなく、ただの父親として彼女に与えてきたものは、遺していけるものは……。

 

「凛……」

 

 戸惑いがちに時臣さんは、凛ちゃんに言いました。

 

「はい、なんですか? お父様」

「少し、君を……凛を……抱きしめても良いかな?」

 

 突然の時臣さんのお願いに、途端に凛ちゃんのただでさえ大きな瞳がさらにまん丸に見開かれました。そして直ぐに微笑みを浮かべて応えます。

 

「もちろんです。お父様……」

 

 凛ちゃんはそう言うと、両手を大きく広げて、お父さんを迎え入れました。時臣さんはそっと優しく凛ちゃんを抱きしめます。

 

 両手に伝わる凛ちゃんの体は、とても小さくて、柔らかくて、温かくて、弱々しくて……そして確かな命の鼓動が聴こえました。

 

「そう言えば、こうしてお父様に抱かれるのも、初めてのことになりますね」

 

 時臣さんの背中に手を回し、胸元に頬をスリスリしながら凛ちゃんは言いました。なんだか今日は初めて尽くしの一日です。至福の時を感じながら凛ちゃんはお父さんにその身を委ねます。

 

「いいや、凛──おまえをこうして抱き締めるのは、これが初めてではないよ……」

 

 それは遠い昔、時臣さんですら忘れてしまったほどに遠い昔──でも本当は、ほんの七年ほど前の話。

 

 時臣さんは凛ちゃんが産まれたその日に、確かに彼女を一度抱き抱えていました。想像以上に脆弱で、ともすれば一瞬で消え去ってしまうような小さな生命を、どう扱えば良いのか分からないまま、時臣さんは彼女をおっかなびっくり抱きかかえていました。

 

 魔術でも生み出すことの出来ない確かな生命の躍動──魔法を超える奇跡の産物──こんな近くに答えはあったのだと、そういえばその時、思ったものです。

 

 この子の将来を見届けたい、この子の未来を見守りたい、いつか来るべきその時が、やってくるまで──それは魔術師『遠坂時臣』の思いではなく、ただの一人の父親としての純粋な願いでした。

 

 今それを、ようやく思い出します。

 

 ずっと時臣さんは魔術師らしい魔術師であろうと、己を律してきました。それが正しいのだと、胸を張って言えるほどに、魔術師然とした魔術師でした。たった一時に湧いたその感情を押し込めて、“そうならん”とするために努力してきました。

 

 ですがその“魔術師”は、あの日の夜に、誇りも使命も悲願も投げ捨てて“生”に縋ったあの日に、死んでしまいました。だからこそ、選べる道なのかもしれません。

 

 時臣さんは凛ちゃんを抱きかかえながら、ある決意を固めました。

 

 

 

×       ×

 

 

 

「本当に、よろしいのですか? 師よ……」

「あぁ、構わないさ」

 

 密かに設定した密会場所で、よれよれのスーツ姿とは裏腹にどこか清々しい顔つきで、時臣さんは戸惑う綺礼くんに答えました。

 

「戦意を失ってしまった今の私より、きっと君の方が相応しい。璃正神父には相談済みで、既に英雄王にも了承は得ている。尤も、心中を告白した際は、殺されるかと思ったがね……」

 

 そう時臣さんが冗談めいた口調で言います。

 

「それに君も、心のどこかでこうなることを、望んでいたのではないのか?」

「……それは」

 

 重苦しく綺礼くんが言います。初めて時臣さんに本音を見透かされたような気がして、綺礼くんは少しばかり居心地が悪い気分になりました。

 

「いや、良いんだ綺礼くん。君の本心を何となく察していながら見て見ぬふりをし、あまつさえ利用した私の方に非があるんだ。英雄王と残る二画の私の令呪──君の悲願達成のために是非使ってくれたまえ」

「……時臣師は、それで良いのですか?」

「あぁ、勿論だとも。私には叶えたい悲願よりも、大切なことを見つけた。後悔は……無いとは言い切れないが、少なくともケジメは着ける必要があるだろう……」

 

 戦意を消失した時臣さんがこれ以上聖杯戦争に参加することは、全ての参加者に不誠実であると言えるでしょう。特に英雄王に対しては申し訳が立ちません。潔く身を引くのが正道であると言えました。

 

「志半ばで早々と離脱するのは、君や璃正神父、英雄王にも不義理とも思えるかもしれないが、もちろん出来る限りの支援はしよう。今までとは逆の立場になってしまうが、どうか気にせず存分に頼って欲しい」

「……そこまで言うのでしたら、師の好意を無下にすることは出来ません。何より確かに、戦線に復帰することは私も望んでいたことでした……」

 

 それでも綺礼くんが後ろ髪を引かれる思いだったのは、時臣さんがアンノウンとアレやコレやあって絶望するところを見られなかったからか、それとももっと他に理由があったからなのか、本心を言えば不完全燃焼であることは否定しようがありませんでした。

 

 ですがせっかく舞い降りてきたチャンスなのは確かです。これをものにしない手はないでしょう。綺礼くんには野心も理想も悲願もありませんが、ずっと求め続けていた“ナニカ”はようやく見つけました。あとはその“ナニカ”が何であるのかを、確認するだけです。

 

 自然と綺礼くんは嬉しさなのか薄っすらと笑みを浮かべてしまいました。それを目ざとく見てとった時臣さんが言います。

 

「……変わったな、綺礼くん。そんな笑みを浮かべるようになるとは……」

「……時臣師こそ、昨日までとはまるで別人ですね。憑き物が落ちたようです」

「ハハハ、それは違いないだろうね。ああ、そうだ記念というわけではないが、君にコレを渡しておこう」

「……これは?」

「アゾット剣だ。まぁ、私からの卒業記念だとでも思ってくれ。一級品とまでは言わないが、それなりに霊体に対しても効果はある。今後の戦いに役立ててくれ」

「分かりました。今後の戦いに()()()()()

 

 よく磨かれた両刃の短剣を見つめながら綺礼くんは言いました。そして同時にあることを思います。

 

 この短剣で今から時臣さんを刺し殺したら、師はどんな顔をするのでしょう? 少し、いえ、かなり興味が惹かれましたが、今ソレを満たすわけにはいかないでしょう。綺礼くんは必死に平静を装って短剣をしまいます。

 

「では、今後の君の健闘を祈って」

 

 時臣さんがワイングラスを掲げました。綺礼くんはそのグラスに、自分のグラスを軽く打ち付けます。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 両者は一度、死にかけて、それでも運良く生き残った間柄でした。それが切っ掛けとなって、師弟の運命は大きく変わることとなります。

 

 しかし、変わらぬ宿命というものもあるようでした。

 

 従来の成り行きとは多少なりとも異なりますが、師の従者と弟子の下へと、確かに運命の通り受け継がれるのでした。

 

 

 

×       ×

 

 

 

 この日、遠坂邸とアインツベルン城で起きた出来事は、速やかに教会に伝えられ、審判役である璃正さんの知るところとなりました。

 

 ただちに非常事態宣言の狼煙が掲げられ、全マスターの召集が要請されます。

 

 一時間もしないうちに璃正さんの目の前には、マスターたちが使役する使い魔たちがドシドシと集ってきました。

 

 数は四体──足りないのは遠坂陣営の使い魔です。しかし問題はありません。かの師弟は今、とある場所で密会中──この召集の内容については、どちらにも既に通達済みです。

 

 時臣さんがまさか戦線離脱するとは璃正さんも予想外でしたが、後継に選んだ綺礼くんは璃正さんの実子であり、敬虔な信徒です。聖杯降臨の担い手としてはまずまずの人材と言えました。

 

 彼を優勝させるためにも、璃正さんは全力を以って支援する必要があるでしょう。とはいえまずは、目の前の難問を片付けるべきです。 

 

「礼に適った挨拶を交わそうと思う御仁はいないのかと、一言説法でも申し上げたいところだが、緊急時によりそれは省かせて頂こう」

 

 淡々と、かつ厳格な声色で、璃正さんは語り始めました。

 

「諸君らの悲願へと至る道であるところの聖杯戦争が、今、重大な危機に見舞われている。かねてより問題視されていたアンノウンの行動であるが、特にここ数日に関しては、あまりにも目に余ると言えるだろう──」

 

 そして璃正さんは一度僅かに間を置くと、小さく咳払いをしてさらに続けます。

 

「特に昨晩深夜に起きた遠坂邸襲撃と、本日早朝にあったアインツベルン城強襲、並びに聖杯の守り手であるアイリスフィール・フォン・アインツベルン誘拐に関しては、もはや言い訳のしようもなく、看過することは不可能な由々しき事態であることは明白である──」

 

 璃正さんの発言を聞いて、一体の使い魔を除き、使役しているマスターたちに衝撃が走りました。まさかアンノウンがそんな凶行にでるなど、思ってもいなかったことでしょう。精々が征服王に少しばかりちょっかいを出す程度に終わると、思っていたに違いありません。

 

「襲撃を受けた遠坂時臣氏の話によれば、アンノウンは異常なまでに聖杯戦争に固執しているようで、彼を拘束脅迫した事実と、聖杯の守り手の誘拐、そして様々な状況証拠を鑑みれば、もはやアンノウンの存在は聖杯の招来そのものを脅かす危険因子であることに疑いの余地はない──」

 

 璃正さんの口調に聖職者らしからぬ怒気が混ざり、論調がヒートアップしていきます。

 

「これは我々聖杯戦争関係者全てに対する宣戦布告であり、また挑戦である。よって私は、非常事態における監督権限をここに発動し、要請する。全てのマスター、サーヴァントはただちに戦闘行動を中断し、アンノウン討伐に乗り出されたし。見事、討ち果たした陣営に関しては──」

 

 璃正さんは神父服の袖を捲り上げると、その腕にびっしりと刻まれた令呪を露見させました。

 

「──報酬として新たに追加令呪を一画寄贈しよう。これは単独、または共闘に関わらず、成果を上げた全ての陣営に対して付与される。つまり単独で討伐するよりも、徒党を組んで挑むほうがより確実ということだ。各人、全力で以ってアンノウン討伐に勤しんで頂きたい。そして、アンノウンの討伐が確認され次第、改めて従来の聖杯戦争を再開するものとする」

 

 璃正さんは赤く怪しく発光する令呪を収めると、険しい表情のまま更に付け加えます。

 

「また、アンノウン討伐に際し、特例ではあるが、必要であると思われる情報も同時にここに開示する──」

 

1 彼、あるいは彼女の名は『サクラ』──しかし偽名である可能性は捨てきれない。

 

2 少なくとも見た目は4~7歳ほどの幼児である──だがこれも、擬態である可能性は捨てきれない。

 

3 現在、確認されている限り、アンノウンはサーヴァントではない。

 

4 戦闘法は判明しているだけでも三種。剣術と魔術を組み合わせた戦闘と、銃火器を用いた戦闘、幻術を駆使した戦闘。どれもサーヴァントクラスの練度があり非常に危険。

 

5 仲間に巨大な大鳥と、アサシンのサーヴァントが確認されている。

 

6 アサシンの真名は『ハサン・サッバーハ』。能力は複数に分裂することであり、その残数は確認されている限りでは一体である。

 

7 アサシンはなんらかの方法で、身体能力を大幅に強化されている。

 

8 当初、アサシンのマスターであった『言峰綺礼』はその能力で他のマスターたちを出し抜こうとしたが、突然のアサシンの裏切りにより現在は間違いなくリタイヤ済みである。

 

9 アサシンの件から、アンノウンにはサーヴァントを強奪、あるいは強制的に使役出来る能力があると思われる。サーヴァントたちは充分に注意されたし。

 

10 潜伏場所等については現在も不明であるが、ある情報によれば深山町の郊外付近が怪しいと目されている。

 

「──以上十項目が、我々聖堂教会が独自に入手した、あるいは各マスターたちから寄せられた情報の全てである。さて、では改めて訊くが、質問のあるものは今この場で申し上げるがいい──」

 

 使い魔たちがカーカー、チュウチュウ、ブンブン、バサバサ、と鳴き喚きました。そして、ややあってから羽ばたきの音と、這う音、駆け去る音が聞こえてきて、使い魔たちはそれぞれの主の下へと舞い戻っていきます。

 

「──では、これより狩りの時間だ。諸君らの健闘を祈る」

 

 斯くして、聖杯戦争の闘争者たちによるアンノウン狩りが始まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 時臣さんに生存フラグが立ちましたが、桜ちゃんが存在することで一番助かったのは、多分コトネちゃん……

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