桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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桜ちゃん、復讐を遂げる

 雁夜くんはここ最近、ずっと迷っていました。人生の道に迷っているのは今更ですし、冬木市の夜を彷徨っているのも今更ですが、迷っていました。

 

 当然のことながら迷っているのは、桜ちゃんのことについてです。いま桜ちゃんは悪霊に取り憑かれるどころか、聖杯戦争の参加者全員に命を狙われるとかいう、とんでもない窮地にあります。

 

 不味いです。このままでは桜ちゃんが、雁夜くん以外のヤツの毒牙にかかってしまいます。そんなこと断じて許すわけにはいきません。

 

 一刻も早くそんなピンチから彼女を救い出したいのに、どうにもこうにもやることなすこと全てにおいて裏目に出ている気がします。折角、あれだけ肉体を蝕んでいた蟲たちが大人しくなって、これまでに無いくらいに体調が万全なのに、これでは全くの無意味です。

 

 先日も、サーヴァント三騎がかりで悪霊を取り祓おうとしたのに、ライダーの裏切りによって失敗してしまいました。

 

 “くっそ! あのゴミ虫ライダーめッ! ヤツさえいなければ今ごろ桜ちゃんは救われていたんだ!”

 

 雁夜くんとしては桜ちゃんのために百%善意でやっていることなのですが、何故だかどうしてか全く報われません。正しいことをしているはずなのに、これは一体、どういうことなのでしょう?

 

 桜ちゃんを救うために戦っているはずが、逆に桜ちゃんを苦しめるために、戦っている気すらしてきてしまいます。そんなことある訳ないのに、あって良いはずがないのに、そう思ってしまうのです。

 

 今の雁夜くんはダメダメでした。まるでダメな男でした。略してマダ男でした。本当になりたかったのは、間男だったというのに、ダメ人間になっていました。とはいえ間男になれたとしても、それはそれでダメダメなのですが……。

 

 雁夜くんは迷っていました。出口の見えない暗闇を進んでいるかのようで、とても苦悩していました。そんな迷える雁夜くんに、手を差し伸べる者がいました。

 

「何か、お困りですかな?」

 

 雁夜くんがハッと顔を上げます。

 

「あ、あんたは……」

 

 迷える子羊に手を差し伸べる人種など、一つしかありません。その男は、黒いカソック姿をして怪しげな笑みを浮かべていました。

 

「よろしければ、ご相談にのりますよ?」

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 あらゆるしがらみから解放され、なんやかんや迷いを断ち切ったとかあって、ノーマル時臣さんからネオ時臣さんに進化した時臣さんは、今日も今日とてお日様の中、町内の海浜公園で「フンハ、フンハ!」と鍛練に勤しんでいました。

 

 全身に流れる汗は瑞々しく、乱れる呼吸は清々しいです。真冬だというのにタンクトップに赤ジャージという時臣さんのファッションスタイルも、その鍛錬姿を見てみれば違和感など吹き飛んでしまいます。

 

 遠坂さんちの家系は、ガッチガチの研究者タイプの家系ですが、もしかしたら、肉体と魔術双方の鍛錬で根源に至るのも悪くないかもしれません。唸る血潮、鼓動する心臓、脈動する筋肉、意識するのは内へ内へ、人間の脳や神経細胞はまるで宇宙のようであるとも言いますし、アリな気がしてきました。

 

 もっともまあ、今日やっているのは魔術とか全く関係なく、ただ単に時臣さんがお外で運動したいと思っただけなのですが……。

 

 久方ぶりに太陽の下でする鍛錬は気持ちが良く、滴る汗と脈動する筋肉は宇宙との一体化と生命の鼓動を実感させてくれます。うむ、マジでこの方針は良いかもしれない、と思い始めた頃──ふと時臣さんが視線をそらすと、そこには間桐さんちの──えぇと、次男!──と、綺礼くんがいるではありませんか!

 

 何やら二人はボソボソと会話を交わすと、何処かしらへ去っていってしまいます。一体、何をお話しているのでしょう? とっても興味がありましたが、しかし、声をかけるわけにもいきません。

 

 時臣さんは聖杯戦争を棄権した身──むやみに首を突っ込んで、おいそれと彼らと関わるわけにはいかないでしょう。“何か手伝うことはないかね?”と訊いても、綺礼くんに“極力関わらないで家に待機していて下さい”と言われてしまっている手前、図々しくも会話に加わるなど、それはそれは優雅ではありませんでした。

 

 たとえ運動に目覚めたとしても、時臣さんはその家訓を忘れてはいません。うむ、これからは、それに『アクティブ!』とか『ダイナミック!』とか付け加えても良いかもしれんな。

 

 しかし、彼ら──というよりも間桐さんちの次男──を見て、時臣さんはふと思い出したことがありました。

 

 “そういえば養子に出した桜はどうしているだろうか?”

 

 もう一年以上になりますが、時臣さんは下の娘を間桐さんちに養子に出していました。間桐さんちは古くからある魔術師の家系で、多少没落してきているとはいえ、聖杯戦争の御三家に数えられる立派な血筋のお家です。色々と桜ちゃんの今後を案じていた時臣さんは、そんな間桐さんちの養子縁組の相談に、これ幸いにとのったのでした。

 

 そんな訳で桜ちゃんの今ごろ、間桐さんちで立派な魔術師となるために修行中のはずです。間桐さんちは幼い頃からかなりの厳しい英才教育を施していく方針だそうですので、きっと将来は物凄い魔術師に桜ちゃんは成長してくれるでしょう。

 

 この一年で、桜ちゃんがどれだけ成長できたのか、時臣さんは気になりました。魔術のまの字も興味を示さなかったあの娘が、間桐さんちに行ってどれだけ成長できたのでしょう? 気になって気になって夜も眠れなさそうでした。

 

 “あぁ、ならば、会いにいこう”

 

 間桐さんちと遠坂さんちは、古くから不干渉の関係にありますが、そんなこと今の時臣さんの知ったこっちゃないです。

 

 ある人はネオ化して宇宙の法則を乱すくらいなのですから、どっかのちんけな魔術師同士が取り決めた法則を乱すなど、今のネオ時臣さんには朝飯前でした。もう朝ごはんは食べてきてしまいましたが。

 

 それに、そもそも養子縁組の話を持ちかけてきた時点で、そんな不干渉など荒唐無稽と化しているのです。ですから、里親としてちょっくら様子を見に行くのは実父として当然の権利であると言えました。もし拒否でもしたら、セカンドオーナーの権力を使ってこの土地から追い出してやるつもりです。

 

 ちゃんと桜ちゃんが立派に育っているか、時臣さんは確認する義務があります。そうと決まれば善は急げです。早速時臣さんはお家に戻ると、真っ赤なジャージを脱ぎ捨て、エレガントでゴージャスないつもの一張羅に着替え、間桐さんちに急ぐのでした。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 時臣さんの突然の訪問に、間桐さんちには緊張が走りました。こんな時によりにもよって臓硯さんは出掛け中です。“こんな時に何をしているんだ、このクソジジイ!”と心の中で罵りながら出迎えたのは、間桐さんちの長男、鶴野(びゃくや)くんです。

 

「う、うちと、あんたの、い、家は、ふふふ不干渉だだだだ……」

 

 鶴野くんの呂律は完全にまわっていません。時臣さんはフッっと息を吐きました。どうやら間桐さんちの家訓に『優雅』という言葉は無いようです。

 

「ふむ、それは承知の上で訪問させて頂いた。なに、桜の様子を一目みれば直ぐにでもお暇しよう。──で、桜はどこに?」

 

 桜ちゃんはどこに? という部分を強調して時臣さんは言いました。

 

「そそそそれは、おおおじい様がかかか帰らないと、おおお教えられられらりるれろ」

 

 時臣さんは優雅とはかけ離れ、錯乱した様子の鶴野くんを平然と受け流します。

 

「ふむ、ならば暫くの間、お邪魔させて頂こう。──で話は変わるのだが、桜は元気にやっているのかい?」

 

 あくまで桜ちゃんの話題に拘る時臣さん。

 

「そそそそれは、もう、げげげ元気に……」

 

 鶴野くんは死んでも本当のことは言えませんでした。

 

 言えない。絶対に言えません。実はお宅の娘さんに、十八才未満には決して言えない仕打ちをして、一家の欲望の捌け口にしていたことなど絶対に言えません。しかも、それは僕がやって、今は絶賛行方不明中だとは、口が裂けても言えませんでした。

 

「大丈夫かね? そのう、随分と震えているようだが。それに、顔色も随分と悪い……」

「いい、いえ、おおお気遣いなく……」

「そうか。──で、桜は?」

「そそそ、それは──」

 

 どもる鶴野くんが何か言い切るよりも先に、時臣さんが口を開きました。

 

「……()()()()()()のかね? それとも、()()()()()()のかね?」

 

 終始和やかだった時臣さんの雰囲気が、突如として一変し切り詰めたものへと変わっていきます。突然の変貌に、もはや鶴野くんは失禁寸前でした。圧倒され、口をパクパクするばかりです。

 

「あ……あ、あ……」

「誠に勝手ながら、探査魔術を使わせてもらった。それによれば、この家に桜の反応は無し──これはどういうことだ? 間桐ッ!」

 

 時臣さんの迫力に圧され、遂に鶴野くんは泡を吹いて倒れてしまいました。

 

 ピクピクと痙攣をする鶴野くん。時臣さんは手に持っていた杖でツンツンと彼をつっつきますが、目立った反応はありません。完全に白目を剥いています。

 

 この程度の脅しで気絶してしまうとは鍛錬が足りません。こんな体たらくで、はたして桜ちゃんは元気にやっているのでしょうか? 間桐さんちの将来に一抹の不安が過ります。 

 

「仕方ない……自分で調べるか……」

 

 どうしてそこまで意固地になって教えてくれないのかはさっぱり不明ですが、大方、桜ちゃんはいま幼稚園にでも行っているのでしょう。

 

 あれだけ大口叩いておいて、結局まだ碌に魔術の修行も出来ていないのを恥じたのか、世話係すら雇えない間桐家の極貧困さを露呈するのを恥じたのか、どうせそのどちらかだろうと時臣さんは思いましたが、ところがどっこい! 真実はもっとドス黒くて悲惨なものでした。

 

 それはもう、時臣さんが復讐の炎で物理的に燃え上がるほどです。

 

 間桐さんちは桜ちゃんの修行を、熱心に、念入りに、丹精込めてやっていました。幼い少女では、決して耐えられないほどに……。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 なにも知らずのうのうと町内会の会合から帰ってきた臓硯さんが、「全く、毎年のことながらこの時期になると、忘年会の話しが増えて老体には堪えるのぅ……」などと言ってお家の敷地内に入って見たのは──

 

「ほぁああああああ!! 儂の……儂の家が……ふむ、相も変わらず今日も美しい……」

 

 いたって平穏に包まれる我が家でした。

 

 しかし、そのじつ平穏に包まれているのは外観だけで、中身はもはや煉獄と化していました。当然のことながらヤったのは、怒りに燃える時臣さんです。

 

 優雅でゴージャスな魔術師らしく、巧妙かつ大胆に隠蔽された魔術の痕跡を、臓硯さんは感じとることが出来ません。家の中には復讐の焔神と化した時臣さんがいるとも知らず、お家の中へと入っていってしまいました。

 

「ん? なんじゃこ──」

 

 そして始まる時臣さんの蹂躙劇。

 

 まず臓硯さんはそのデコボコの頭部を燃え盛るシャイニングフィンガーで掴まれ、そのまま問答無用でこんがり全身を、まるで焼きすぎたカルビのようになるまで炎で焼かれました。一切容赦のない、最大火力の火炎魔術です。

 

「ギャァアアアアアアア」

 

 獣のような悲鳴がお家の中に響きます。

 

 この時点でもはや決着はついたも同然でしたが、今の時臣さんにうっかりを発動する等という愚行はありえません。体内から逃げ出すように這い出てきた蟲たちも、もぞもぞ逃げ出す羽蟲たちも、油断なく念入りに燃焼させていきます。

 

 醜悪な断末魔が聞こえても魔術を止めず、痕跡すら許さずに、時臣さんは臓硯さんを塵に還していきました。そのやる時はやる容赦のなさ、伊達に桜ちゃんの実父をやっているわけではなかったようです。

 

 臓硯さんがこんなにも呆気なくヤられてしまったのには、理由がありました。実家だから油断していた、魔術の相性がすこぶる悪かった、雁夜くんに蟲を与え過ぎていた、などの理由も勿論ありますが、最大の敗因はとってもシンプルで──

 

「あなたは私を怒らせた……」

 

 ──ではなく、桜ちゃんが女の子を召喚した時に、大多数の蟲たちが消し飛ばされていたのが原因でした。

 

 実のところ臓硯さんは、あの時点でかなりのピンチに陥っていたのです。雁夜くんに問い詰められた時も、なんとか口八丁手八丁で危機を乗り切りましたが、実際バーサーカーをけしかけられていたら敗北していたのは臓硯さんの方だったのです。

 

 これまでその老獪な策略でなんとか逃れて来ましたが、遂にその命運も尽きてしまったようです。

 

 因果は巡り、報応は還る──桜ちゃんは巡り巡って遂に、自らの人生をドン底まで突き落とした元凶を倒したのです。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 時臣くんが間桐さんちのお家で、超エキサイティング! している頃──怪しげな雰囲気の教会では、綺礼くん主催による、愉快で興味深い聖杯戦争についての話し合いが行われていました。

 

「──っというわけで監督役として……いや一人の人間として、アンノウン、もとい間桐桜のことは何とかしたいと私も思っている……」

「し、しかし神父さま。本当にこれは正しいことなのでしょうか? 俺には……俺には……」

 

 綺礼くんは躊躇いを見せる雁夜くんを、そっとひと押しします。

 

「無論だ。安心したまえ。君の行いは正しく神に認められ、正しく神に祝福されている。その証拠にほら、私が君を見つけたではないか。これぞ神の思し召しに他ならない……」

 

 敬虔な信徒らしく、綺礼くんは優しく微笑みを浮かべました。

 

「それは、確かに……そうですが……良いのですか? こんなにもしてくれて」

「勿論だとも。古来より教会とはそういうところで、神父とはそういうものだ。罪なきものに手を差し伸べ、無窮の愛を与える……君が彼女に与えているようにね」

 

 迷える子羊に手のひらを重ね、綺礼くんは真剣な眼差しを雁夜くんに注ぎます。その瞳はとても真っ直ぐで、しかし何処か歪んでいました。精神的に余裕のない雁夜くんには、そのことに気付けません。

 

 重なった掌から魔力が流れ込んでいきました。そして新たに刻まれる三画の令呪。計六画となった紋様を、雁夜くんは虚ろに眺めます。

 

「俺が、桜ちゃんに愛を?」

 

 雁夜くんは綺礼くんに訊きました。その顔がどんな回答を求めているか、すぐ理解した綺礼くんは、低くゆっくりと諭すように肯定します。

 

「そうだとも。身を削り、心を削り、命を削る。そこまでする献身とは、愛に他ならない。君は正しく彼女を愛しているのだよ。だから迷うことはない。何故ならそれもまた、愛なのだから……」

 

 雁夜くんの表情が晴れ渡ります。綺礼くんの顔にも笑みが作られました。

 

「……分かった、神父さま。俺はもう迷わない」

「それで良いんだ、間桐雁夜……()()()()は追って伝えよう。今は鋭気を養っておいてくれたまえ」

「あぁ! ありがとう、神父さま」

 

 雁夜くんが元気よく立ち上がり、教会をあとにします。綺礼くんはそんな彼の背中に向けて、一言声を紡ぎました。

 

「喜ぶといい、間桐雁夜。君の願いは、ようやく叶う──」

 

 もっとも、叶い方がどうなるかまでは保証はできませんが……。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

「随分とまあ、臭い三文芝居だったなぁ……綺礼」

「フッ、言っていろ。だがこれで役者は揃った……まもなく、もうまもなくで“アレ”が誕生する……」

 

 綺礼くんは“アレ”を一目見た時から、ずっと魅了されていました。あんなものがこの世界にあったとは。あんな邪悪なものが存在していたとは、思ってもいませんでした。

 

 綺礼くんは確信していました。“アレ”は自らの誕生を望んでいると、それを叶えるために自分が選ばれたのだと、これまでの苦悩や探求は、このためにあったのだと、いま確かに理解していました。

 

 もはや自らの生はこのためにあったのだ、とさえ思っていました。

 

「しかし、貴様は良いのか、ギルガメッシュ? “アレ”が目覚めれば、下手をしなくても世界が滅びるぞ?」

「ハッ、問題あるまい。この世界は少々穢れすぎた。再び我が庭とするには、一度綺麗に掃除する必要があろうて……」

 

 超越的な思考で以て、ギルガメッシュさんは不敵な笑みを浮かべました。

 

「……ならば、是非もない」

 

 綺礼くんは教会の隠し部屋で眠りにつくアイリスフィールさんを見ます。そのお腹には、もう明らかに異物が存在していました。

 

『小聖杯』

 

 その先にいる“モノ”が、生まれ出づる瞬間を今か今かと待ちわびているのを、綺礼くんはひしひしと感じていました。

 

 キャスター、アサシン、ランサーが脱落し、残るサーヴァントはあと四騎──そして“彼女”もきっと来てくれるでしょう。

 

 

 最終決戦はもうまもなくです。

 

 

 

 

 

 

 

 




 雁夜くんははたして報われるのか……
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