桜ちゃん、光の戦士を召喚する   作:ウィリアム・スミス

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桜ちゃん、リベンジする

 気が付くと桜ちゃんは、さっきまでいた廊下に立っていました。

 前には非常階段、後ろには女性の気配があります。何時の間に戻ってきたのでしょうか?

 

「レディ、私に何か用ですか?」背後の女性がさっきと全く同じ質問を投げ掛けてきます。

 それに対し桜ちゃんも、「レディって私の事ですか?」と同じ台詞で返しました。「ええ、そうです。この階には──」

 

 この時点で桜ちゃんは、何か物凄い既視感を覚えていました。この会話には聞き覚えがあります。

 

 振り返ってみれば、そこには確かに別れた筈の女性が立っていました。

 しかし様子が可笑しいです。まるで初対面の時の様に警戒されています。何故でしょうか。

 

 女性が何やら言っています。でも思考に没頭している桜ちゃんの耳には入ってきません。

 それでも問い詰めてくる女性に対し、桜ちゃんはつい、「ハイアットホテルのケーキバイキング」と呟いていました。

 

「はい?」

 

 唖然とした表情で女性がそう漏らします。

 

「ですから、ハイアットホテルのケーキバイキングです。もしケーキバイキングに行くのでしたら、そこがお勧めです。美味しいですよ」

 

 一度も食べた事も無いくせに自信満々に桜ちゃんは言い放ち、更に続けて──

 

「それからお姉さんと私は初対面ですし、ここで会ったのも偶然です。私は目的は屋上に行く事で、お姉さんに危害を加える気は少しもありません。当然、『キリツグ』という言葉にも心当たりはありません。これで良いですか?」と矢継ぎ早に言いました。

 

 問い詰めようと思っていた内容を次々と答えられた女性は驚愕の表情を浮かべます。その驚愕さたるや、桜ちゃんが本来言える筈の無い『キリツグ』というキーワードを言ったにも関わらず、動揺の為か「え、えぇ」と合意の言葉を言う事しか出来ないくらいでした。

 

「それでしたら私はこれで失礼します。お疲れ様でした」

 

 そんな女性を無視して桜ちゃんは礼儀正しくペコリとお辞儀をすると、くるりと踵を返し非常階段へと入っていきます。

 

 桜ちゃんの対応は実にあんまりな対応でしたが、今の二人にはお互いがお互いを注意し合う余裕なんてありはしません。 

 女性もそうなのでしょうが、桜ちゃんとて、この意味不明な事態に動揺しているのでした。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 非常階段の段差を一段一段とゆっくり上りながら、桜ちゃんは先程起きた現象について振り返っていました。

 女性がしてきた対応は、初めて会った時と全く一緒でした。しかも投げ掛けてきた質問も全くの一緒です。

 

 女性の真剣そうな様子から、悪ふざけや演技という訳では無いでしょう。じゃあ一体、“アレ”は何だったというのでしょうか?

 

 非常階段のてっぺんまで着きました。

 正面には頑丈そうな鉄壁があります。

 

 この鉄壁にも桜ちゃんは見に覚えがありました。そして、その先に何が“ある”のか、何が“あった”のか、知らない筈なのに、()()()()()()()

 まるで白昼夢の様な感覚。夢の様で夢じゃない、現実の様で現実じゃない、やけにリアルで奇妙で不思議なビジョン。

 

 桜ちゃんが見たのは、赤い血飛沫と白い仮面、ぼんやりと捉えたのは『百貌のハサン』という赤ネームと、鼓膜を振るわしたのは不愉快な台詞──確か「他愛ない」だった筈です。

 

 桜ちゃんはふと、自分の喉に手を当ててみました。ぷにぷにと弾力のある柔肌がそこにあります。

 大丈夫、大丈夫です。ちゃんと繋がっています。裂かれてなんかいません。桜ちゃんは生きています。死んでなんかいません。

 

 ですがだったら、この奇妙な感覚は一体何なのでしょうか? 未来予知? デジャヴ? いえ、これはどちらかというと……。

 

(もしかして……)

 

 桜ちゃんは思い当たる理由に思考を巡らせます。

 おそらく、桜ちゃんは本当に一度『死んだ』のでしょう。無警戒なままに脅威の前に躍り出て、無抵抗なままに『殺された』のでしょう。

 

 ですが、『戻ってきた』。何をどうやってかは分かりませんが、『戻ってこれた』。

 死んだ原因は考えるまでも無く明白でしょう。

 

(流石に『すっぴん』じゃ、ダメだったみたい)

 

 いくら“女の子”が桜ちゃんの中にいるとはいえ、レベル1の『すっぴん』では為す術が無いのは当たり前です。

『すっぴん』の桜ちゃんは、ちょっと行動がアクティブなだけで、そこら辺の幼女の体力とそう大差ありません。むしろ劣っていると言っても良いでしょう。

 

 そりゃそんなステータスでは、何も出来ず殺されるのがオチってもんです。

 

(このままじゃ、勝てない)

 

 現状を正しく認識した桜ちゃんは、改めてイメージします。あの白い仮面──『百貌のハサン』に打ち勝つ為に必要な“力”を……。

 

 相手は素早く、隠密性に優れています。ならばこちらも素早く、隠密性に優れた忍者が──突然、桜ちゃんの頭に、『アサシンはキャスターに弱い』というキーワードが流れてきました。

 

 キャスター。それはつまり魔法使いのことです。

 これは「魔法使いになれ」というお告げでしょうか? “女の子”の知識の中にはそんな職業(ジョブ)間の相性など無かった筈ですが、果たしてこのお告げに意味はあるのでしょうか。

 

 色々と疑問はありましたが、それでも戦いが有利になるのであれば無視する事は出来ません。桜ちゃんは大人しくその声に従う事を決め、より強く魔法使いの姿をイメージしました。

 

 そして浮かび上がってきたイメージは六つ。

 

『黒魔道士』

『召喚師』

『赤魔道士』

『白魔道士』

『学者』

『占星術師』

 

 この内、後者三つは回復職(ヒーラー)──つまり直接戦闘にはあまり秀でていない職業(ジョブ)です。

 そして最初の『黒魔道士』は桜ちゃんが初めてなった職業で、確かに攻撃力は折り紙付きですが、機動性に難があります。

 

 残る二つのイメージの内、対『百貌のハサン』戦に最も適性のあるのは──桜ちゃんは知識を総動員して選択を決めます。

 戦闘力に優れ、単独戦闘能力が高く、機動力があり、初速の速い職業(ジョブ)

 想像するは赤き魔道士──抗う力をその身に宿した、白と黒より生まれし者『赤魔道士』。

 

 桜ちゃんのワンピース姿は、一瞬にして気品あふれる朱の衣装へと換わり、頭には深紅の羽根つき帽子、そしてその手には真っ直ぐ伸びたレイピアが出現しました。

 

 そのまま流れるように桜ちゃんはレイピアを高く掲げると、自身に回復魔法を唱えます。

 怪我をした訳ではありません。ですがこれは必要な事なのです。桜ちゃんの魔力が急激に圧縮され、凝縮していきます。

 

 全ての用意が出来た桜ちゃんは、ドアノブに手を掛けました。

 敵の居場所は既に分かっています。例え見えなくとも、“ソコ”にいるのが分かっていれば、桜ちゃんが──“女の子”が、外す筈がありません。

 

 レイピアを鋭く構え、桜ちゃんはドアを開け放ちました。

 

 さっきまでは何も見えなかった筈の場所に、白い仮面が薄っすらと浮かんでいます。ハサンの仮面の裏側でしょうか。

 瞬間──桜ちゃんは弾けるように飛び出し、宙に浮かぶ白仮面目掛けて紫電の魔法を解き放ちました。

 

 通常であれば四秒以上の詠唱を必要とする筈の“ソレ”は、無詠唱かつ尋常じゃないレベルで高加速高圧縮され、超高速でハサンに迫ります。

 

 このタイミング、このスピード、しかも背後からの電撃──不意討ちを食らう事など夢にも思ってもいなかったハサンに、その攻撃を避ける事など出来る筈がありません。

 

「ぐはあっ!?」

 

 桜ちゃんの電撃魔法が直撃すると、ハサンが呻き声を上げ、同時に薄っすらとしか見えていなかった姿を遂にさらけ出しました。

 

 その瞬間を逃す手は無いです。息をつく暇も与えずに、桜ちゃんは明確になった目標に狙いを定め、さらなる一手を繰り出しました。

 

 全身から無数の青閃光を解き放ち、さらに加えて自身も超スピードでハサンへと急接近します。

 狙うは敵の胸部──心臓のある箇所。これが“前回”の意趣返しの意味があるのは否定しません。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 桜ちゃんの『コル・ア・コル』は、何の障害も無く吸い込まれる様にハサンに命中しました。さしたる反攻も出来ず、胸からレイピアを突き出したハサンがそう言葉を洩らします。

 

 存在を維持出来ないレベルの大ダメージを受けたハサンはその台詞を最期に、実に呆気なく黒い霧の様なモノになって消滅していきました。かなり変わった消え方です。

 

 ですが“女の子”の知識の中には、似たような消え方をする『妖異』と呼ばれる化け物がいるそうですので、きっとこのハサンというヒトも似たような存在だったというだけの事でしょう。

 

 全身黒い姿に白いドクロの様な仮面──特徴からしてあの『百貌のハサン』が、『闇夜に浮かぶ白い仮面事件』の真犯人だったのかもしれません。

 もしかするとまた一つ、桜ちゃんは人知れず冬木の大事件を解決してしまったのでしょうか。

 

 ハサンさんが何故こんな所で透明になっていたのか、一体何をしていたのか、何をしようとしていたのか、何がしたかったのか……そこまでは結局ところ不明なままでしたが、何はともあれ、これで冬木に潜む変質者の排除には成功したと言えるでしょう。

 

 これで冬木平和に向けて一歩前進出来ました。これは冬木にとっては小さな一歩かもしれませんが、桜ちゃんには大きな一歩です。なんせ、桜ちゃんにとっては生まれて初めての『勝利』なのですから。

 

 ビルの合間から覗く真っ赤な太陽を見つめ、桜ちゃんは大きな充実感に包まれるのでした。

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 無事、『闇夜に浮かぶ白い仮面事件』を解決した筈の桜ちゃんでしたが、残念な事に直ぐ様それが勘違いである事に気付きました。

 

 太陽も沈みかけ、お腹も空いてきた頃合いだったので、夕御飯を探しに繁華街をうろちょろしていた桜ちゃんだったのですが、桜ちゃんの知覚範囲内に見知った気配がちらほらあるのに気付いたのです。

 

(あのホテルにいたハサンさんと同じ……)

 

 問題なのはそれが似ているのでは無く、全く同じという事でしょう。それも、複数いるのですから大問題です。そのせいで桜ちゃんは未だに、『赤魔道士』から着替えられないままでいました。

 

 何故かと言うと、どうやら『すっぴん』に戻ると体力だけでなく探知能力なども著しく低下してしまうらしく、下手に隙を見せたら直ぐに殺されてしまいかねないからです。

 

 幸い赤魔道士姿はかなり派手で目立ちますが、まだ、何とか、ギリギリ、際どいラインで、セーフとも言えなくもない姿だったので、桜ちゃんはどうにか自分を誤魔化す事で納得していました。

 

 とはいえ、ずっとこのままという訳にもいきません。衣装の方はまだ何とか我慢できますが、このねっとりとした嫌な気配は幼女には堪え難いと言えるでしょう。

 そこで桜ちゃんはまるで暗殺者の様にあの手この手を使って気配に接近すると、音もなく静かに排除していったのです。

 

 そうこうしている中で桜ちゃんが気付いた事は──“気配”は倒す度に明瞭にかつはっきりと感じ取れるようになる、倒せば他の“気配”の姿もくっきりと見えるようになる、“気配”一体一体は大した強さではない、“気配”には大きい人もいれば小さい人もいる、そして、“気配”の正体はやはり『百貌のハサン』でした、という事でした。

 

(なるほど、だから『“百”貌のハサン』っていう名前なんだ……)

 

 何体かのハサンを消滅させた桜ちゃんは、そういった結論に辿り着いていました。

 “貌”という漢字は桜ちゃんにはまだ難しくて意味は分かりませんでしたが、“百”という漢字なら桜ちゃんにも分かります。

 

『百』──つまり数字の『100』の事です。99の次の数。10の10倍。1が100個あれば『百』です。

 おそらく、ハサンさんは全部で百人いるのでしょう。道理で倒しても倒しても次から次へと湧いて出てくる訳です。

 

 桜ちゃんは結構な数のハサンを倒しましたが、それでも百人にはまだまだ遠いです。

 街に潜む全てのハサンを見つけ出さなければ、『闇夜に浮かぶ白い仮面事件』が解決出来たとは言えないでしょう。

 

 もはや冬木の安息は、桜ちゃんの手にかかっていると言っても過言ではありません。何故ならこの街でハサンさんの気配を感じ取れるのは、桜ちゃんだけなのですから。

 

 ですが、こうやってしらみ潰しに探し回っているだけでは、埒が明かないのも確かです。徒歩での捜索では限界があるでしょう。

 そこで桜ちゃんは更なる一手を繰り出す事にしました。

 

 徒歩が無理なら、()()()()までです

 

 

 

 

 

×       ×

 

 

 

 冬木で最も高い場所から見下ろす光景は、それはそれはとても綺麗なものでした。

 

 眼下には都市の灯りと行き交う人々──家路を急ぐお父さんから、恋人たちの逢い引き、遊び呆ける学生に、路地裏に潜む白仮面の変質者まで、隅々まで見渡す事が出来ます。

 

 冬木一番の高級ホテル『ハイアットホテル』でもこの高さには及びません。

 建設途中の新都センタービルの屋上に腰かけながら、桜ちゃんは夜の街を監視していました。

 

 隣には独特な臭いを放つデカイ鳥──チョコボ──がいます。

 桜ちゃんの身長よりも大きく、可愛らしい見た目で大人しそうな鳥ですが、何を隠そう桜ちゃんをここまで運んだのはこのチョコボなのです。

 

 その見た目とは裏腹に、どう見ても飛ぶには小さ過ぎる羽で立派に飛行する逞しいヤツですが、このチョコボのスゴい所は何も空を飛ぶだけではありません。

 何とあの“女の子”が唯一、相棒(バディ)と呼ぶくらいには戦闘力に優れたスゴい鳥なのです。具体的に言うならランク20です。スゴいです、良く頑張りました。

 

 絶賛ロンリーウルフ街道を爆進中な桜ちゃんにとって、大変頼もしい援軍と言えるでしょう。若干、臭いのが玉に瑕ですが。

 

(見つけた……)

 

 桜ちゃんは標的を発見すると、バディに跨がり、颯爽と空へ飛び立ちました。

 

 重力に加え、バディの飛行速度で急加速した桜ちゃんは、まるで獲物を狩る鷹の様な超スピードで急降下し、一瞬で標的の命を刈り取ります。

 そして今度はそのまま急上昇すると、再びビルの屋上へと舞い戻って行くのでした。

 

 それを何度も何度も繰り返していきます。

 

 流石のハサンも負けてばかりはいられないと、色々と対応策を練っているようですが、現状、高高度かつ高速度での奇襲には、為す術も無いようです。

 ですが当然、敵も無能ではありません。どうやら新たな一手を打ってきたみたいです。

 

(……きたっ!)

 

 桜ちゃんの知覚範囲内に複数の反応がありました。

 反応があったのはこのビルの内部──数はこれまでで一番多い26体。

 敵は桜ちゃんの居場所を突き止めて、遂に反撃に打って出てきたようです。

 

 真っ暗な暗闇から迫る26体の影。

 その身のこなしから、どれも戦闘力に優れた手練れであると予測出来ます。

 

 それでも桜ちゃんは逃げ出そうとはせず、流れるように迎撃態勢を取りました。迎え撃つ気満々です。

 26対2──数ではこちらが圧倒的不利な状況ですが、桜ちゃんの中にいる“女の子”とバディは一騎当千の強者です。負ける気は少しもしません。

 

 桜ちゃんはゆっくりとレイピアを回旋させると、暗闇に向け剣先を定めました。

 ハサンの気配が迫ってきます。桜ちゃんを取り囲むように、じりじりと足並みを揃えて……。実に見事な連携と言えるでしょう。まるで一個の生命であるか如くの一矢乱れぬ行動です。

 

 果たして、この強敵に対して桜ちゃんは勝つ事が出来るでしょうか? いいえ、出来る出来ないの問題では無いのです。“勝つ”のです。

 冬木の平和の為にも、人々の安息の為にも、そして何よりも大手を振って『すっぴん』になる為にも──決して()()()()()()()()()()のです。

 

 暗闇から短刀(ダーク)が飛来し、桜ちゃんがそれを撃ち落とします。斯くして冬木の夜は更け、暗闇の戦いは始まりました。

 暗殺者と魔法使いによる深夜の戦いは、結局、日付が変わる頃に決着する事になります。

 

 結果どちらが勝ったのか。それは、次の日の朝も紫色のワンピースを着た女の子が『新都』の中を堂々と闊歩していた事から、言うまでもないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 勝つまでやり直すので絶対に負けない!
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