FGO Concerto   作:草之敬

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序:この焼き尽くされそうな星の上で
巡礼Ⅰ


 俺の名前は藤丸立香。

 誰もが想像できるような、平凡な生活を送っていた男子高校生だった。

 趣味が献血というわけでもないのに、その日たまたま学校の先生が言っていた「献血するとお菓子とかジュースとかタダでもらえるぞ」という授業の合間の世間話を思い出し、深く考えることもなく献血へと協力したのが、きっと俺の運命の分岐点だった。

 ――だった、だった、って過去形で話すのにはわけがある。

 運命の分岐点は過ぎ去って、平凡な男子高校生は今や「人類最後のマスター」なんて呼ばれているからだ。

 人理焼却。

 現在に至るまでのすべての時間、そこに刻まれたヒトの歴史を焼き尽くすというとんでもない事態に巻き込まれてしまった。……というと、少し語弊があるかもしれない。スカウトに応じたのは俺からだったし、そう思えば巻き込まれたのではなく、挑んでしまった大馬鹿野郎といったところだろう。

 思い返せば、よくもわからない説明を並べ立てられて、よくスカウトに応じようと思ったもんだな、と過去の俺に詰め寄りたい気持ちさえある。

 さらに深く思い出そうとすると、そういえば学校に休学届けとか出してたっけ? とか、両親にこれこれこういう組織に参加しますって説明したっけ? とか、そもそもこのカルデアなる施設に向かうための旅支度ってやったっけ? という感じだが、まあ、俺が今ここにいるのだからそういうことはまるっとやった後なのだろう。たぶん。

「先輩。準備ができました」

「うん。わかった。ちょっと待って。今行くよ」

 話が長くなった。

 俺がこのカルデアに来て最初の特異点探索――特異点Fと名付けられた西暦2004年の日本の地方都市冬木にて、この計画の壮大さや無謀さを嫌というほど味わった。敵は強大無比で、容赦がない。殺意と表すのもなまっちょろいほどの物理的にビームでも撃ってるんじゃないかと思うくらいのリツカ・マスト・ダイ的な雰囲気。

 一般人の俺には、どうしようもないくらいに終わっていた。

 俺にどうしろって言うんだと、泣き叫びたいくらいだった。

 

 ――ああ、でも、それを知っていた。考えたことがあった。

 

 それでも俺が立ち上って、前に進み続けることができたのは、今俺の前を行くマシュと、ドクター・ロマン、ダ・ヴィンチちゃんや、生き残ったカルデアスタッフのみんなが支えてくれたからだ。

 みんなが俺を支えるために頑張って踏ん張ってくれているのに、肝心の俺がもたれかかったままじゃ格好がつかないし、なにより不甲斐なさすぎて泣けてくる。頼ってもいい。けれど、ギリギリまで俺も頑張らないと。

 応えないと。

 そう思えたから、俺はこうして今も歩けている。

 ありがたいことだ。

「先輩?」

「あ、いや、なんでもないなんでもない」

 両手を合わせて後輩の背中を拝んでいたら、俺の動きを察知したらしいマシュが振り向いた。きょとんと首を傾げるその仕草は可愛いけれど、今はそっとしておいてほしい。恥ずかしくて穴があったら入りたい気分なんだ。

 という俺の心情を察してかどうか、マシュは再び目的地へ向けて歩き出す。

 マシュ・キリエライト。俺の後輩を自称する、デミ・サーヴァント。人間の身体を持ちながらサーヴァントと融合した存在という話らしいのだが、俺にはよくわからない。こうして過ごしている分には、確かにちょっと感情表現が苦手な美少女なのだ。

 特異点Fでは、そんな彼女は身の丈を超える大盾を構えて俺を守り抜いてくれた。

 シールダーのサーヴァント。こうした女の子を前に出して、自分は後方で指示を出すだけという現実に歯噛みしないなんてことはない。だけど、そうするしかないとも思う。本当に、ありがとう。――まだ面と向かってこんなことを言えるはずもないんだけど。

「おう、なんだなんだ、連れ立って。どこに行くんだ?」

「あ、クー・フーリンさん。おはようございます」

「はいよ、おはようさん。それでマスター、どこに行くところだ?」

「霊基召喚儀式室だよ」

「ほう。新しいサーヴァントを呼ぼうってわけだ」

「そういうこと。なんだかんだで、戦力が全然足りないってわかってるからさ。ちょっとずつだけど呼んでいこうってことになってるんだ」

「なるほどなあ。確かに悠々自適に過ごすのも悪くはないが環境が環境だ。待機時間に訓練なり茶飲み話なり、できる奴が来てきてくれりゃ文句はねーな」

「次の特異点の時代特定と観測準備、他マスター候補者の生命維持装置の調整、カルデアの発電機の安定、電力魔力変換機のご機嫌取り、などなど、カルデアスタッフに休む暇は今ありません。その点でも人手不足の解消は望むべき課題です」

「いいのかな、俺、こんなにゆっくりしちゃってて」

 マシュが羅列したカルデアの抱える諸問題について、俺にもなにかできることはないかと問うと、ダ・ヴィンチちゃんはこう言った。「君はマスターだ。それも、最前線へ赴く唯一にして最後のマスターだ。君が倒れてしまえば、我々は立ち行かなくなってしまう。重い言葉かもしれないが、我々は君に縋るしかない立場なんだよ。だから、せめて気に病まないでくれたまえ。なに、君の双肩にかかる責任に比べれば、この程度の苦労なんて大したことはないさ」――なんて。

 俺の呟きにマシュとクー・フーリンの二人も呆れたような表情を浮かべている。

「先輩は最後のマスターです。その重責を背負っているのですから、これ以上なにかを背負おうなんて贅沢、許されません」

「そういうこったぜ、マスター。今はゆっくりしてるかもしれねえが、特異点が見つかりゃ一番大変なのはお前さんだ。なんせ失敗の許されない戦いだからな。時には望まぬ選択を迫られることもあるだろうよ」

 それは……わかっている、つもりだ。

 それでもと望むことは、俺の手では掬い上げられない願いなのかもしれない。

 実際、特異点Fではいっぱいいっぱいだった。ただ生きることに必死で、夢中で、がむしゃらだった。その中でも、マシュを信じた。クー・フーリンを信じた。オルガマリー所長を信じた。ロマンを、ダ・ヴィンチちゃんを、カルデアのスタッフを信じて歩き続けた。

 その先に、この時間があるのだとしたら、これは俺だけの成果じゃない。

 ただ、俺が一番前を歩いただけって話だ。それも背中を支えられながら、迷わないよう道標を示されながら、歩いた後の道を繋いでくれたからに過ぎない。

「わかったよ。ありがとう」

「話も一段落だが、ついでだ。俺も付いていくぜ」

「構わないよね、マシュ?」

「はい。むしろ、キャスターであるクー・フーリンさんが傍にいてくれる方が、安全かもしれません」

 門外漢だ、期待はするなよと一言断ってから、クー・フーリンも俺たちの列に加わる。

 ちょうどマシュ、俺、クー・フーリンの順番だ。

「……ん? マスター、ケツのポケットになに入れてんだ」

「え? ケツポケットって……、ああこれか。ゲーム機だよ」

「ゲーム機って、なんでそんなもん持ち歩いてんだ」

 歩きながら、俺はポケットからそれを取り出す。

 世代的にはすでに型落ち機に数えられるものだが、俺にとっては思い出深い――ゲーム機そのものというよりも、あるひとつのゲームシリーズだが――ものなのだ。ついでに言えば、俺がこのカルデアに持ってきた私物はこれだけだったと言っても過言ではない。

 というか、ほぼほぼ気付けばこの場所にいて、記憶が途切れる直前に今と同じくケツポケットに入っていたこいつだけは持ってこれたと言った方がいいのかもしれない。あれ、ていうか記憶が途切れてるって結構ヤバいんじゃ……? ま、いいか。

「ちょっとハマってたゲームがあってさ。そんときの習慣で持ち歩く癖着いちゃったんだよね。この重みがケツにないと落ち着かないレベル?」

「ほお。ジンクス……お守りみてえなもんか。万一ケツに敵の矢なり魔術なり受けても、こいつが守ってくれそうじゃねーか」

「いや、さすがに特異点には持っていかないけどさ。でも、特異点Fから帰ってきて、こいつがケツに収まったらなんかこう、帰ってきたなー! って気がしてさ」

「なるほど、ケツになあ」

「ああ、ケツになんだ」

「あの……」

 俺とクー・フーリンが件のゲーム機について語っていると、前を行くマシュが遠慮がちに声をかけてきた。ああ、いけない。仲間外れにされたとか思われてないだろうか。そういうつもりはなかったのだけど……。

「け……いえ、その、えっと……」

「マシュ?」

 もじりもじり、と両の指先を絡めながら、マシュは何事かを言いづらそうにしている。

 横顔でわかりづらいけど、顔も少し赤いような気がする。――あ。

「あっ、と……そ、そういう、こと? ご、ごめん。気付かなくって……」

「いえ! その、私も楽しそうにお話されているところ、お邪魔したようで……」

「そんなことない。ごめん、これはちょっとデリカシーに欠けてたよ」

「いえ、そんな、私こそすいませんっ、先輩! 水を差すような……!」

「そのへんにしとけ。いつまで謝り合ってるつもりだお前ら。ほら、見えてきたぞ」

 延々と謝罪合戦をし始めてしまった俺とマシュを見かねたクー・フーリンが前方を指差してそう言う。

 言われた通りに前方を見れば目的地、霊基召喚儀式室の扉が見えてきた。

 クー・フーリンがカルデアにやってきたのも、ここからだ。そのときは特異点Fを修正して戻ってきたと思ったら、霊基召喚儀式室からサーヴァント反応が検出されてお帰り&おめでとうムードどころじゃなくなってしまったのをよく覚えている。

 そんな思い出のある霊基召喚儀式室――召喚室の前には、現在のカルデアスタッフを統括する二人の人物の姿があった。

「やあ、立香君。っと、クー・フーリンも一緒かい?」

「なんだ、不満か」

「やだなあ、なんでそんなに喧嘩腰なの? もちろん歓迎さ」

「はいはい、険悪なムードにしない。人類最後のマスター、その最初の召喚だよ。まあ、そこなクー・フーリンは勝手にやってきたからカウントしてないだけだけど」

「これからマスターがどこぞの英霊たちと縁を結んでいけば、俺みたいに勝手に手を貸してやろうってやってくるヤツもいるだろうぜ」

「興味深いねえ。通常の聖杯戦争のシステムと大きく違っているとはいえ、それはイレギュラーに数えられる事態だ。つまり英霊の座から、座に存在する本霊が勝手に分霊を作り出して送り込んできてるわけだからね。――ああ、そうか。人理が焼却された今だからこそ成せる裏技みたいなものなのかもしれないね」

 と、ダ・ヴィンチちゃんは一人で納得したようにうなずくと、それに続いてロマンも得心したとうなずく。

 隣を見ればクー・フーリンも訳知り顔で澄ましているし、わからないのは俺とマシュの二人だけだった。

 そんな俺たちの困惑顔を察してか、いたずらな笑みを浮かべたダ・ヴィンチちゃんは教師然として指を振るう。

「いいかい? 本来、今回のような事態が起きたとすれば、人理――この場合は世界の抑止かな。そう、抑止力という力が働く。なにがなんでもコイツを排除しなければならない、とばかりに死の運命が襲い掛かってくるわけさ」

「ファイナル・デスティネーションみたいな」

「んー、まあ、そんな感じかな。デッド・コースターみたいな」

 知ってるんだ。さすがダ・ヴィンチちゃん。

「でも、今回はそういう抑止が働かず、クー・フーリンはこうして現界し続けられている。それもこれも、人理が焼却されて抑止の働きが緩慢になっているからではないかと考えられるわけだね」

「なるほど」

「逆に言えば、その抑止が働いていないからこそ、特異点も出現しているのでは?」

「いいね、マシュ。その見解はおそらく正しい。抑止力がしっかり働いていれば、我々がこうやって死にもの狂いで苦労しなくてもよかった」

 つまり。

 つまりそれは、敵は「抑止力を欺いて、人理焼却を成し遂げる」ほどの存在であるということでもあるのではないだろうか。怖くて口にはできないけど、これもきっと正しい。

 考えるだけで震えてしまう。地に足がつかない感覚に襲われている。少しでも余計なことを考えてしまえば、このまま腰を抜かして立ち上がれなくなってしまいそうなほどだった。

 

 ――きっと、そうだった。それでも、進み続けていた。

 

 ポケットへ戻したゲーム機に手を添える。

 電源は切っているから、熱もなにもあったものじゃない。

 驚くほど心臓がうるさくて、今にも胃の中のものを吐き出してしまいそうなくらいに緊張しているのを自覚する。笑い声まで上ずってしまいそうで、丁寧に、丁寧に、言葉を吐き出していく。

「さて、時間は有限だ。そろそろ本日のメインイベントと行こうじゃないか、諸君」

 ダ・ヴィンチちゃんが代表して、召喚室の扉横のコンソールを操作する。

 軽快な電子音が廊下に鳴り響いて、召喚室のロックが解除される。開いた扉の先には白い煙を吐き出して、みたいな大仰な演出はなかったけど、薄暗い部屋の中にはぼんやりと青白い光が浮かび上がっていた。

 部屋の中心には魔法陣が描かれている。光はどうやらそこから漏れ出しているらしい。

 クー・フーリンが出てきたときはチラッと覗けただけだったので、こうして足を踏み入れて部屋を眺めるのははじめてになる。

「ふん。なるほどな。こっちに来たときは気にしちゃいなかったが、上等だ」

「わかるのかい?」

「わからいでか。地脈も充分。これなら条件さえ揃えば上等なサーヴァントも呼び出せるだろう。ただ、人理が不安定な今、何を呼び出しちまうかわからん危うさもある。触媒はあるのか?」

「残念ながら。協会の方にはある程度都合してもらえないかと打診してはいたんだけど」

「だとすりゃ、あとはマスターの度量次第ってわけだ」

「緊張するようなこと言わないでよ」

 男三人でそんなことを話していると、少し離れた位置でいた女性(?)二人に動きがあった。マシュはかけていた眼鏡をダ・ヴィンチちゃんへ渡すと、静かに目を閉じ、集中し始めた様子だった。

 しばらくもなく、一呼吸のうちにそれは為された。

 マシュの全身から光の粒子が溢れ出し、彼女の私服は面影もなくなり、次に現れたのは魔法陣から漏れ出る光を反射する金属光沢だ。淡く紫に輝く黒いボディアーマーを身に纏った彼女の手には身の丈を超える大盾も握られており、床と盾がぶつかる重い音が部屋に響いた。

「マシュ?」

「触媒ってわけじゃないが、我々にはこの盾がある。クー・フーリンの言う通り、環境は整えるだけ整えたけれど、この召喚室の魔法陣は正直頼りない」

「私に力を与えてくれたサーヴァントの真名はまだわかりませんが、この盾が悪いものでないことはよくわかります。あらゆる危難、辛苦、絶望からマスターを守ると誓ったこの盾でなら、きっと」

「そういうことだ、立香君。君はなにも心配することはない。ただ、召喚陣の前に立っていればいい。詠唱も必要ない。カルデアのシステムが君の魔力流出を補助しつつ、システマチックに処理してくれる」

 伝統ってのは廃れるもんだねえ、と背後からクー・フーリンの声がする。

 ただその声音には非難の色はなく、純粋に感想を言っただけのようだ。こういうことするから神秘性が薄れてどうたらこうたら、とキャスターらしい愚痴をこぼしているようではあったが。

「先ぱ、……いえ、マスター。準備はよろしいですか?」

「あ、うん。大丈夫。やろう」

 マシュに促されて、魔法陣の前まで進む。

 ぼんやりと部屋を照らしていた青白い光が、視界いっぱいに映り込む。

 ごくりと生唾を飲み込む。緊張でさっきよりも心臓がうるさい。この音が隣に立つマシュにまで聞こえやしないかと、集中を乱してしまう。

 深呼吸を、一回。二回。三回。繰り返す。

 マシュがそのタイミングで魔法陣の中央へと進み、そこへ大盾を据えた。

 ぐわん、と重い音が鳴り響き、魔法陣の光が盾へ伝播して力強いものへと変わる。

 やがて光は渦を巻き始める。バチバチッ、と雷鳴にも似た音が部屋を埋め尽くす。加速していく光に際限はないようにさえ思えてくる。勢いを増す光子はついに物理的な暴風を伴いはじめ、踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまいそうなほどに暴れ回る。

「ぐ、く……っ!」

 そのときだった。青白く渦を巻いていた光子たちが、一斉に強く輝き始めた。

 七色の輝きを放つ渦はその勢いのまま魔法陣の直上へと収束していく。この部屋そのものを押し潰していくような錯覚さえ感じるほどの、小宇宙的ビッグクランチ。

 吹き飛ばす暴風は、今やすべてを飲み込まんとする渦となった。

 ずず、と足が滑り始める。俺の背中を、大きな手が鷲掴んだ。

「踏ん張れマスター! あんな魔力の渦の中に飛び込んじまったらおしまいだぞ!!」

「どうなってるんだ! こんなに長時間召喚が続くなんておかしいぞ!」

「はははははっ! いや、興味深いね! 藤丸立香クン! キミはなんて面白いんだ!」

「ダ・ヴィンチちゃん! 笑ってないでなんとかなんないの!?」

「なるもんか! こいつは見ものだぞう!」

「もうやだこの天才!!」

「そうほめるもんじゃないよおー?」

「褒めてねーよ!」

 杖と右腕の鉤爪で地面にへばりつきながら、ダ・ヴィンチちゃんは一人笑い声をあげている。ロマンが言うには、召喚というのはもっとあっさりと成されるものらしい。魔力が渦巻くのは間違いないらしいが、こんなに長時間続くことは本来ありえないという話だ。

 そういう話を誰に聴かせるでもなく、喚き散らしている。

 しばらくもなく、本来なら聞こえるはずもない、耳慣れた独特の軽快な電子音が聞こえた。怒鳴り声と暴風が室内を蹂躙するなかで、だけど、その異音を俺はハッキリと耳にした。

 それは俺の近くにいた二人にも聞こえたらしい。

 マシュと顔を合わせ、振り向いてクー・フーリンとも視線がかちあう。

「おいマスター。お前の屁、めっちゃ面白い音したぞ」

「なわけないだろ! なんで……!?」

「もしかして、マスター、今の音って……」

 ポケットからそれを取り出す暇こそあれ。

 画面を確認する間もなく、魔力の渦が収束し、吹き荒れていた暴風は人の姿になって俺たちの目の前に降り立った。

 青白い燐光が部屋を舞うなか、かすかに残った微風が人影の豊かな長髪を弄ぶ。

 カンパニュラを模った淡い色合いの髪飾りが揺れるたび、穏やかな風が心に生まれるようだ。ゆっくりと開かれていく目元はやさしく、柔和な顔立ちもあってとても人懐こそうな印象を抱かせる。

 だが、そこに収まる碧眼には凛とした芯を宿し、その意志力の強さが英雄と呼ばれるに値するものであると存分に伝わってくる。

 舞を奉納する巫女のような装束は、だけど古典的というよりはどこか未来的な印象を受ける独特の雰囲気を醸している。露出度は比較的大きいものの、決して下品にはならず、本人の持つ輝きと相まって神秘的ですらあった。

「……誰だ、あれは」

 そうつぶやいたのは、ロマンだった。

 外見的特徴からは、確かにどの時代、どこの土地で語られた英雄なのかわからない。

 だけど、俺は知っている。

 彼女がどの時代、どこで語られた英雄であるのかを。

「はじめまして」彼女が口を開く。ころころと鈴を転がしたような、可愛らしい声だった。「ええと、キャスター……でいいのかな。これから、きっとすごく迷惑をかけることになるかもしれないけれど、よろしくお願いしますね」

 静寂が召喚室を包む。

 誰一人として声を発さない。

 その様子に戸惑ったのは、もちろんキャスターを名乗った彼女だった。

「ええと、えと……?」

「キャスター被りとは、この先の盾の嬢ちゃんの苦労が忍ばれるねえ。ま、同じクラス同士、同じマスターを担ぐ同士、仲良くしようや。俺はクー・フーリンだ。見たところどうにも合致する英霊がわからんのだが、お前さんは?」

 さすがは兄貴気質といったところのクー・フーリンだった。

 真っ先に声をかけると、友好的な態度に安堵したようすでキャスターは返事をした。

「あ、はい。せっかくですけど、ごめんなさい。私、真名はあまり明かしたくないんです。知られて困るわけじゃないけれど、この世界できっと、私が一番初めに名乗りたい人がいるから」

「んんん? よくわからんが、まあ、サーヴァントってのは基本真名は伏せるもんだ。気にしなさんな。――だってことだが、マスター。お前も自己紹介のひとつくらいしたらどうだ」

「あ、ああ……、そうだよね」

 罪悪感、だろうか。わからないけれど。

 ゲーム機の電源を落とし、ポケットに入念にねじ込む。絶対に知られないように。

 彼女は、たぶん再会を喜んでくれると思う。名乗り出れば、そうなる気がする。

 でも、それを証明する方法は? わからない。

「頼りないサーヴァントだけど、私も精一杯やってみせるよ。この世界は、絶対に途切れさせたりしたくないものね」

 やさしく微笑む君が、僕はとても怖かった。

 君は本当に生きて、死んでいったんだろう。

 英雄として語られて、そうして、そうして死んだのだろう。

 その生が幸福に彩られていたかなんて、口が裂けても聞けやしない。

 胸が、痛い。本当に痛い。

 ごめん。ごめんなさい。本当に、ごめん。

 ああ、でも。俺が信じた君が、本当に生きていたんだって知れたこと。

 それは良かったと思う。

 でも、だからこそ、なぜと思う。

 

 君は。君はなぜ――。

 

 これ以上は言い訳だろうか。それとも、その答えが安堵に足るものであることを願っているだけなのか。わからない。なにも、わからないんだ。どうすればいいのか、本当にわからないんだ。

「先輩……? どうしたんですか?」

「マスター?」

 マシュとクー・フーリンが何も返さない俺を心配してくれている。

 キャスターも、ただ茫然とする俺をどう思っているのだろう。

 手が白くなるほど、拳を握りしめる。

 どう言葉を紡げばいいのかわからない。なにも、なにもわからない。

 この出会いが偶然であっても、必然であっても、俺に応えてくれたわけでなくとも、君は――。

 

 だから、今度こそ、応えなくちゃいけない。

 

 覚悟を決めろ、藤丸立香。

 名乗り出る必要は、いつか出てくるかもしれない。だけど、それは今じゃなくていい。

 やり直そう。ここからはじめよう。だってこれは、今度は、きっと俺の物語だ。

「ありがとう」

「え?」

「……や、なんでもない」

 俺の第一声に虚を突かれて、ぽかん、とするキャスター。

 一歩、二歩と彼女に歩み寄り、カルデア制服の裾で手の平の汗を拭きとってから、彼女へ手を伸ばす。

「俺は藤丸立香。俺が、君のマスターだ」

「……うん。よろしくね、マスター」

 握られた手は、確かにそこにあった。

 あたたかくて、やわらかくて、泣きそうだったけど、我慢した。

 

 

 

 

 

 これは、俺の物語。君のための物語。

 君に再会したあの日。俺は運命に出逢った。

 だから誓ったんだ。

 

 俺はもう、ボタンを押すだけじゃないんだって。

 

 

 

 




リアルの忙しさにかまけて小説を書かなかった期間が結構できてしまったので、リハビリに導入部分だけの短編を書いてみるテスト。それにしても一万文字弱も書いてしまったことに多少驚いている。
 
サブタイトルの契絆想界詩は適当なのでそこには突っ込まないで。
というか、wiki読む限り基本的に適当な言語らしいんだけども……。
 
キャスターの性能など、反響があればなんらかの形で出したい。
俺の考えた最強の鯖、みたいなところあるよね。
 
最後に。
これ続かないよ! タブンネ!


※2019/09/04修正 誤字報告ありがとうございます。
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