FGO Concerto   作:草之敬

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巡礼Ⅱ

 

 第一印象としては、頼りなさそうな、今にも不安に押し潰されてしまいそうな小さな命だ、なんてそんな偉そうなものだった。

 よくよく思い出してみれば、私にも――私も最初はこんな姿だったと思う。

 視界が広がると、彼の周りには幾人かの仲間らしき人影もあった。

 それになぜだか無性に安心してしまって、抜かなくていい緊張まで抜けてしまう。

「はじめまして」と言ってから、どう続けたものかと迷ってしまい、変な間が生まれてしまう。「ええと、キャスター……でいいのかな。これから、きっとすごく迷惑をかけることになるかもしれないけれど、よろしくお願いしますね」

 改めて自分の姿を見てみると、身体つきなんかは《星産み》の頃のもののようだけど、服装は懐かしい――《皇帝継承の儀》の頃のものに似ている。自分の記憶と照らし合わせるとチグハグしているんだけど、活動に支障はない、と思う。

 と、自分のことを顧みている間に声がかけられるものだろう、と思っていると、どうにも反応がない。改めてこの空間を見回してみると、男の子が一人、鎧姿の女の子が一人、どうにも頼りなさそうな――見た目だけの話なら友人に一人いるけど――男性が一人、煌びやかな衣装に身を包んだ女性が一人、そして雰囲気からして一番堅気から遠そうな野性的な男性が一人。

 そして、個人的には一番話が合わなさそうな野性的な男性から声がかかる。

「キャスター被りとは、この先の盾の嬢ちゃんの苦労が忍ばれるねえ。ま、同じクラス同士、同じマスターを担ぐ同士、仲良くしようや。俺はクー・フーリンだ。見たところどうにも合致する英霊がわからんのだが、お前さんは?」

 話が合わなさそう、とは思ったけれど、見た目の印象とは違ってとっても友好的な雰囲気だった。心の中でごめんなさいして、でも、投げかけられた質問には答えたくなかった。

「あ、はい。せっかくですけど、ごめんなさい。私、真名はあまり明かしたくないんです。知られて困るわけじゃないけれど、この世界できっと、私が一番初めに名乗りたい人がいるから」

 ハッキリと拒絶する。

 今の状況はサーヴァントという存在として召喚されたときにおおよそ把握できている。そのうえで名前を隠す意味はとても薄いものであることも理解している。

 私が「英雄」だなんて恐れ多いことだけれど、こうして〝彼〟が生きていた世界に降り立つことができたこと――それは、私が願っても祈っても、叶わないと思って胸の裡にずっと押し込めてきたことだった。

 私が――私たちが選んだことだった。

 でも、私は、後悔してしまった。

 歳を重ね、身体は相応に成長したものの、心はずっとあの頃のままだった。

 周りには親友と呼べる人も、仲間と呼べる人も、私を慕ってくれる人も、時には嫌う人も、いろんな人がいた。だからきっと、私の生涯は文句なしに良縁に恵まれていた。

 中でも〝彼〟は、特別という言葉では表せないくらい、私の人生の中でとても強い輝きを放っている。死後、こうして「英霊」として在る私の中にあってなお、色褪せぬ煌めきの人。

 その人の世界が、今、焼き尽くされようとしている。

 駄目だと思った。そんなことは許されないと思った。何もかもをなげうってでも〝彼〟の許へと行かなければと思った。

「んんん? よくわからんが、まあ、サーヴァントってのは基本真名は伏せるもんだ。気にしなさんな。――だってことだが、マスター。お前も自己紹介のひとつくらいしたらどうだ」

「あ、ああ……、そうだよね」

 マスターは曖昧な表情でうなずいて、でもすぐに黙ってしまった。

 決意を宿したような、踏み出すことに戸惑っているような、嬉しさと悲しさがぐちゃぐちゃになったような――なぜそんな表情を浮かべるのかもわからなくて、こちらが困惑してしまう。

 もしかして、私の見た目が頼りないからなのかな。

 マスターの隣に立っている男性の英霊――クー・フーリンと名乗った――は魔法使い然とした格好だけど、ゆるいローブの上からでもよく鍛えられた肉体がわかるほどの偉丈夫だ。

 それと並んでもう一人の鎧姿の少女は私と同じくらい華奢だけど重厚な鎧と背丈も越える大きな盾を構えていて、いかにも頑丈そうで自分の身体つきが悲しくなるくらいだ。

「頼りないサーヴァントだけど、私も精一杯やってみせるよ。この世界は、絶対に途切れさせたりしたくないものね」

 むんっ、と力を入れてみる。どうしたって姿は変わらないけれど、少しでも安心してもらいたかった。

 だけど、マスターはただ黙って、こちらを見るばかりだった。

 複雑な表情を浮かべたまま、傍らに立つ彼のサーヴァント二人もその様子を訝しんで声をかけるも、彼が私から視線を外すことはなかった。

 す――、とマスターは静かに目を閉じる。

 次の瞬間、開かれた瞳には、力強い〝覚悟〟が煌めいていた。

 どきり、と心臓が跳ねる。衝動のまま駆けだして、彼の胸に収まりたいと思ってしまう。なぜか私の方が、マスターへ縋りたくなるほどの輝きだった。

「ありがとう」

「え?」

 だから、不意に出た彼の言葉の意味がわからなかった。

 なんで、ありがとう、なのだろう。確かに私は彼の召喚に応じたけれど……。このお礼は、そういうことではないということは、なんとなくわかる。

 ではなぜ? 考えたところで答えは出ない。

 困惑する私を見て、マスターはいたずらが成功したような顔で微笑むと、なんでもない、と言って一歩、二歩と私に近づく。

 服の裾でごしごしと手を拭いて、差し出される手。

 綺麗な手だった。戦う人の手ではない。

 ただただ、普通の人間の手。

「俺は藤丸立香。俺が、君のマスターだ」

「……うん。よろしくね、マスター」

 そっと、その手を握り返す。

 触れた指先から、全身が裏返ってしまうのではないかと思うほどの痺れが走る。

 痛いわけではない。魔力供給のパスがようやく繋がっただけかもしれない。

 藤丸立香と名乗った私のマスターの表情は、少し不器用な微笑み。瞳は湖面のようにゆらめき、への字に結ばれた口からは小さな嗚咽が漏れだしてしまいそうになっていた。

 どうして。

 どうしてマスターがそんな表情をするのだろう。

 わからない。わからないけれど、きっと、わからないままではいけないことだ。

 知っていこう。彼のことを。

 もちろん、この場で問いただすこともできないわけじゃない。

 だけど、彼の覚悟を前に無粋はいけない。口に出せば想いは伝わる。

 でも、きっと彼の覚悟と想いは、伝わってはいけない。

 なぜだか、そう思ってしまう。ネガティブな意味ではなく、どう表現すればいいのだろう。わからない。わからないから、今は口を噤み、これから知っていこうと思うのだ。

 彼の手が離れ、そのまま半身後ろを向いて鎧姿の少女の方を示した。

「クー・フーリンはもう名乗ったよね。で、あの鎧姿の子がもう一人のサーヴァントのマシュ・キリエライト」

「シールダー、マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします、キャスターさん」

「うん、迷惑かけちゃうかもだけど、よろしくお願いします」

 次いで、さらに奥の方を彼が示す。

「で、あっちの男の人がロマニ・アーキマン」

「やあ、どうも、名も知らぬキャスター。紹介に預かったロマニ・アーキマンだ。気軽にドクター・ロマンと呼んでくれ。ドクターでも、ロマンでもいいよ」

「あ、はい。よろしくお願いします、ロマンさん」

「で、その隣の男性――」

「え?」

「……うん、いや、ややこしいのはわかってるんだけども、彼はレオナルド・ダ・ヴィンチ。諸々は本人から聞いた方が早いかも。俺もよくわからないからさ」

「ふむ、見たことのない素材だ。あとでちょっとその服、調べさせてもらえない?」

 耳に届く声質はあくまで女性のそれ。

 でも、マスターは彼女が彼だと言った。いや、そもそも、レオナルド・ダ・ヴィンチなら私でも知ってるけど、あくまで教科書に載っていたひげもじゃのおじいちゃんの姿しか知らない。

 実は彼は彼女であった、とかそういう歴史的などんでん返しなのだろうか。

「あー、キャスター? あまり気にしない方がいい。ありのままの姿を受け入れてやってくれれば、まあ、そこまで問題はないかと思う。たぶん。うん」

「そうさ、モナ・リザを再現したこの姿ときたら、起きて姿見の前で全裸でいるだけで一時間二時間はあっという間さ!」

「あーあー、君のそういう話は聞きたくない。勘弁してくれ、ダ・ヴィンチちゃん」

「ふむ。まあ、そうだね。私は私だ、あるがまま、受け入れてくれたまえ」

「ぜ、善処します……」

 懐かしき友人たちを思い出すような、思い出しちゃ悪いような。

 複雑な心境と向き合いつつも、目の前の苦境を忘れてしまいそうになるほど活気にあふれた雰囲気に微笑みを浮かべてしまう。

 なんとかやっていこう。

 

 あの時のように、苦しくても、つらくても、足を動かし続けよう。

 考え続けよう。

 必死で居続けよう。

 もし、この世界で〝あなた〟に出逢えたならば、伝えなくてはならない言葉がある。

 ああ、でもきっと。

 ごめんなさい。私はまた、〝あなた〟にひどいことをいうかもしれない。

 それでも伝えたい。伝えなければならない。

 深く、私の心に根差した〝あなた〟へと、届けなければいけない想いがある。

 そのためにこの世界を救うと誓って、召喚に応じた。

 もうなにもかもが遅くとも、なにもかもが夢想に潰えるとしても、それでも。

「ま、まあ、こういう人たちばっかりだけど、頑張ろう、キャスター」

「うん。そうだね、マスター」

 

 

 

     §

 

 

 

「おはよう、立香君。よく眠れたかな?」

 二度目のレイシフト。その当日、管制室に到着するとドクターの声が出迎えてくれた。

 クー・フーリンなんかは「軟派だ」とか「軽薄そうだ」とか言ってあまり好きではなさそうなんだけど、俺はドクターの声が好きだ。まあ、冗談を口にしていることが多いから安心するっていうのがあるのかもしれないけれど。

 そのクー・フーリンも、キャスターも、すでに管制室に到着してスタッフの輪の中に入っている。

 キャスターは、技術スタッフとなにやら話しているようで、しばらく見ているとこちらに気付いて手を振ってくれた。それに振り返したあたりで、ドクターはスタッフ一同に声をかけ、ブリーフィングが始まった。

「まずは……そうだね。キミたちにやって貰いたいことを改めて説明しようか」

 一つ目は〝特異点の調査及び修正〟。

 それがなければ現在を証明し得ない、人類史における決定的事変。

 俺たちは指定された時代へ飛び、その事変――ターニングポイントが何であるかを突き止めて、調査及び解明を急ぎ、それの修復をしなければならない。これが為されなければ人類に2017年は訪れず、2016年のまま人類は破滅の運命を辿る。

 つまり、いずれの特異点においても変わらない絶対的指標――基本大原則、ということらしい。

「把握できたかな? よろしい。では、作戦の第二目的。〝『聖杯』の調査〟だ」

 ドクターの推測によれば、特異点には聖杯なる魔導器が存在しているはずで、特異点の調査の過程で必ず聖杯に関する情報も手に入るだろう、とのこと。時間旅行だとか歴史改変だとかは聖杯でもなければ不可能だ、と文句を垂れていたが、俺にはいまいちわからないのでその情報は片隅に追いやることにした。

「歴史を正しいカタチに戻したところで、その時代に聖杯が残っているのでは元の木阿弥だ。なので、キミたちは聖杯を手に入れるか、あるいは破壊しなければならない。……と、以上の二点が作戦の主目的だ。ここまでは大丈夫かい?」

「よく分かりました」

「大変よろしい。……さて、任務の他にもう一つやって欲しいことがある。と、言ってもこちらは大したことじゃない。レイシフトしてその時代に跳んだ後のことだけど、霊脈を探し出し、召喚サークルを作ってほしいんだ。ほら、冬木でもやっただろう?」

 そう言われて、マシュが大盾でなにかしていたことを思い出す。

 こくりとうなずくと、ドクターは満足そうに笑って説明を続けた。

「あの時と違って、今回は正式なレイシフトだから念話連絡程度ならこのままでもなんとかなるんだけど、補給物資などを転送するには、召喚サークルが確立していないといけないからさ」

「それって、マシュの大盾から出てくるってことですか?」

「そう解釈してもらって構わないよ。まあ、青だぬきのポケットみたいなやつじゃなくて、マシュの盾を起点に物資を召喚する、という感じかな。それに、召喚サークルの確立でサーヴァントの召喚もまた可能になる。貴重な戦力だ、取らない手はないだろう?」

「あ、それで訊きたいことがあるんですけど」

「ああ、なんだい?」

 そう言われて視線を向けるのは、クー・フーリンとキャスターだ。

 二人は俺の視線に佇まいを正すと、続きを促してくれた。

「マシュだけ、なんですか?」

「同行者という意味かな。ならイエスだ。キミのキャパシティがまだわかっていない以上、むやみやたらにサーヴァントを《同行》させるのはリスクが大きすぎる」

「キャパシティ……ですか?」

「そこからは私が説明しよう!」

 と、颯爽と会話に割り込んできたのは、誰あろうダ・ヴィンチちゃんだった。

 大仰に身振り手振りを交えて、とても気持ちよさそうに続けた。

「藤丸クンは魔術とは一切接してこなかった一般人。レイシフト適性があり、マスター適性があり、カルデアからも魔力の供給があるとはいえ、魔力のパス――蛇口としての性能は未知数だ。というよりも、ぶっちゃけ魔術の「ま」の字も知らず過ごしてきた君の蛇口としての性能、すなわち耐久性は推して知るべし、と言ったところだね」

「なるほど?」天才ゆえに頓珍漢な説明でもされるのかと思いきや、結構わかりやすい説明が飛んでくる。理解できるかどうかは別として。「ええと、つまり、どういうことです?」

「サーヴァントの体は魔力で編み込まれた疑似的な肉体だ。なので、現界しているだけで魔力を消費する。それが戦闘ともなればカルデアの電力を大量に魔力へと変換し、キミを通してサーヴァントたちへと供給しなければならない。……ここまではいいかな?」

「はい。ええと、なんとなく」

「構わないよ。では続けよう」パチンと軽快に指を鳴らして、ダ・ヴィンチちゃんはよく通る声で言った。「カルデアからのバックアップがあるとはいえ、それを出力するツール、すなわち蛇口、然るに藤丸クンの性能は、宝具を一度展開しただけで精神的負荷や肉体的疲労で満身創痍になるレベルだ。これから続くであろう特異点の旅、聖杯探索によって鍛えられ、徐々にその性能を上げることは可能だろうが、現時点では先日の冬木での性能でこちらも判断するしかない、ということだね」

「……ええと、つまり、俺が今回マシュだけを同行者としてレイシフトするのは、その、こう言っていいのかはわからないけどマスターのレベルが足りない(・・・・・・・・・・・・・)から、ってこと?」

素晴らしい(ブラーヴォ)!!」

 伊達男っぽく拍手をすると、ダ・ヴィンチちゃんは満足そうにうなずいた。

 なるほどそういう表現がよろしいのか、とどこかズレたところで関心している様子だった。

「マスターのレベル。いいね、言い得て妙、という奴だ。解釈としては最高のものじゃないかな? 経験を積めばレベルが上がり、魔力の出力はもちろんだが、より強い霊基を持つサーヴァントの召喚・使役、宝具の真名解放時の負担軽減など、得られる恩恵は計り知れない」

「あの、ダ・ヴィンチちゃん、ひとつ質問いいでしょうか」

 控えめに、マシュが片手をあげた。

 ダ・ヴィンチちゃんはそれに気分を害する様子もなく、笑顔のままうなずく。

 ほう、と安堵の息を吐き、だけどマシュの表情は少し苦々しい。

「先輩の、そのマスターのレベルが低い、ことはわかりました」ちらちらとこちらを覗き見ながら、申し訳なさそうにマシュが続ける。「なら、なおさら! 私ではなく、クー・フーリンさんやキャスターさんのような、つまり、デミ・サーヴァントでない、人理に刻まれた正真正銘の英雄である彼らを同行させた方が、効率的なのではないでしょうか!」

「もっともな質問だ。いいよ、とてもいい質問だとも。では簡潔に説明しよう」

 パチン、と指をはじく音で注目が再びダ・ヴィンチちゃんへ集まる。

 注目に気分を良くしたダ・ヴィンチちゃんは朗々と歌うように説明してくれた。

「マシュ、キミがデミ・サーヴァントだからさ。確かにまっとうな英霊ではないから、その実力は彼らに劣るのかもしれない。だが、それを補って余りあるメリットがキミには備わっている。デミ・サーヴァントだから!」

「は、はあ……」

 いまいち容量を得ない解説に、マシュが曖昧なままうなずく。

 もちろん、ダ・ヴィンチの説明はこれで終わりではなかった。

「肉体の維持に魔力が必要ない――といえばピンとくるかな~?」

「あっ、なるほど、そういう?」

「えっ、マシュ今のでわかったの? ど、どういうこと?」

「あ、はい。先輩。僭越ながら私、後輩のマシュ・キリエライトが説明を引き継ぎます。私の体はサーヴァントとして在る以前に、現世に肉体として存在しているので、魔力を編んで肉体を形作っているサーヴァントの皆さんと違い、先輩にかける負担が軽減されているのです」

「軽減なんてもんじゃないさ。加えてカルデアを介さず直接契約しているから、他のサーヴァントと違って魔力パスは強靭で頑丈。多少無茶な戦闘駆動でも藤丸クンにかける負担はほぼゼロと思ってくれていい」

「な、なるほど……。あれ、でも冬木のときは倒れちゃったんですけど……あれは?」

「こちらのサポートも万全でなく、キミはあの強行軍の中で精神的肉体的、魔力的にも疲労困憊だった。任務の達成と同時に緊張の糸が切れ、それまで脳内麻薬でせき止められていたものが一気に流れ込んで気絶した……と、我々はそう診断しているよ」

「はあ~、なるほど」

 言われてみれば納得の内容だった。

 そりゃ元々はただの高校生があんなマスト・ダイな世界に放り込まれてしまったなら仕方のないことだろうと思う。――そこまで考えてから、ちらりとキャスターのことを覗き見てしまう。

 元来の手先の器用さもあって、すでにカルデア技術スタッフとはかなり打ち解けた様子の彼女がそこにはいた。おそらく、今回のことはダ・ヴィンチちゃんから事前に説明されていて、レイシフト後はスタッフに混じって俺のことをサポートしてくれるつもりなんだろう。

 召喚から数日でカルデアの科学的部分の大半を理解し、ある程度なら全行程のどこでも任せられるという、技術スタッフが泣いて喜ぶ事態になったのも記憶に新しい。

 早ければ一週間もしないうちに各部門の管理・指揮まで任せられるんじゃないか、とはドクター・ロマン。そのときのドクターの表情がとても微妙なものだったのは、妙に頭に残っている。

「今回のレイシフトはマシュと二人で、っていう理由はわかりました」

「うむ。納得していただけたようで何よりだ。もちろん、私たちも全力でサポートする。少なくともキミたちの意味消失の心配だけはない、と断言するよ。レイシフト後の身の安全については――」と言って、ダ・ヴィンチちゃんはマシュへと目配せした。

「はい! 私が先輩をお守りいたします!」

「うん、頼むよマシュ。この通り、頼りになるサーヴァントも一緒だ」

 ああ、と俺は心の中で大きく感謝した。

 アケスケなところが見え隠れするダ・ヴィンチちゃんが、俺のために言葉を選んでまで安心させようとしてくれているのがわかったからだ。

 不安じゃない、と言えば嘘になる。不安どころか、マシュという頼りになる後輩が一緒でも怖くて怖くて仕方がない。正直に言えば、今すぐにでも部屋に引きこもりたいくらいなのだから。

 

 ――でも、俺は。君は、それでも。

 

「ありがとう。俺、頑張ってみるよ」

「私も、精一杯先輩を守ります!」

「その意気その意気。さて、ロマニ。さっそくだがレイシフトに取り掛かるとしよう」

「ああ、もちろん。立香君、休む暇もなくて申し訳ないが、ボクらにも余裕はない。さっそくレイシフトの準備に取り掛かろうと思うが、いいかい?」

 ドクターの真剣味を帯びた視線が、俺を向く。

 それにうなずき返事をしよう、と――思ったときだった。

「あ、あの。ドクター、いいですか」

「っと、キャスター? どうかしたかい?」

「はい。あっ、いいえ、問題はなにもないんですけど!」

 そう言って、キャスターは軽やかな足取りで俺の目の前までやってきた。

 ドキリ、とする。ゲーム機越しに何度も見た顔よりも、現実味のある――ヤバい級の美少女なのは変わらないけど――顔が、ぐいっと近づいてくる。

「…………」

「……え、っと」

 じっと、空色の瞳が俺を覗き込む。

 無言のまま、ただただ見つめられてしまう。戸惑ったまま絞り出した声は、言葉にもならない。選択肢があって、それを選ぶだけならどれほど楽だろう――と、考えてしまってから、その安易さにカッと頭が熱くなる。

 なんてことを考えているのだ、と。

 つい先日にも、誓ったばかりなのに。もう、○ボタンを押すだけにはなりたくない。そう誓って彼女と向き合おうと思っていたのに。

「どうしたの、マスター?」

「え?」

「ごめんなさい。私、見つめすぎたかな。急に苦しそうな顔をしたから……」

「あ、いや、これは、違う。違うんだ」

 慌てて否定すると、今度は驚いかせてしまう。

 落ち着いて、と声をかけられ、深呼吸を一度二度。そもそも、彼女からの要件も聞いていないままだった。いざ作戦というときに、それよりも優先したいと思ったことがなんなのか、気にならないわけじゃない。

「それで、ええと、キャスター。俺が、なにか?」

「うん。間違ってたらごめんなさい。その、自意識過剰かもしれないんだけど、マスターが私のことチラチラ見てたから、なにかなって思っただけなの。もしかして、何か言いたいことがあったんじゃないかなって、思ったんだけど」

「……それは、その……」

 君を知っているから、と答えられればどれほど楽だろう。いや地獄か。

 確信も持てず、覚悟も持てず、俺が〝俺〟だと打ち明けられないままなのに。

 それにしたって見すぎだっただろうか、そんなに見ていたつもりはないんだけど。

 女性は視線に敏感だ、というのは本当のことなのか。だとすると、なんとも恥ずかしい。

「私も、ついて行きます」

「え?」

「なんだって!?」

 キャスターの突然の宣言に、俺よりも驚いたのはドクターだった。

 それは本当に予想外の申し出だ、とそれ以上の言葉が出てこないようだった。

 そうして悩んでいるうちに、キャスターは続けて言った。

「私は、その、召喚されたてだし。それに私の戦闘方法は、クー・フーリンさんよりもずっと燃費がいいですから」

「それは、確かにそうなんだが……」

「だが、俺みたいに前に出て戦うってことはできないだろ、お前さん。そうすりゃマシュの負担が大きくなりすぎちまう。お前さんの魔術がとんでもなく低燃費高火力なのは認めざるを得ない部分じゃあるが……」

 クー・フーリンも苦言を呈するほどの提案だったらしい。

 ただ、そう言われて引き下がるなら元から提案もしていないとばかりに、キャスターの目には力が宿っていた。魔術師としての側面で召喚されているとはいえ、歴戦の勇士であるクー・フーリンを前に一歩も引かない胆力は流石と言うほかなかった。

「もちろんそれだけじゃないです。ただ、今、マスターの目を見て思い出したことがあったんです。……私はもう一度、歩かなくちゃいけない。見ないといけない。それは私の願いも同然で、叶わなくても辿らなければならない旅路なんです」

「お前さんがどこの誰だか知らないが、そりゃ人理修復より優先しなけりゃならんことか? 求めるものは聖杯だが、それは決して願望器としてのそれじゃねえ。聖杯を核とする特異点の修復。つまりは核としての聖杯の回収、あるいは破壊だ」

 クー・フーリンの言葉は責めるようなものじゃなかった。

 ただ事実を並べて、キャスターの意図を探るような響きを持っていた。

 彼女がなぜ、ここまで頑なになったのか。同行しなくてはならないという真意の探求。

「もちろん。それがたとえ彼の負担になるとしても、私は私として、この旅路を辿らなければならないと考えています。彼の瞳は、それを私に教えてくれました。この姿で召喚された以上、たぶん、そういうことなんだと思うんです」

 空色の瞳はどこまでも澄み渡り、相対する英雄を貫く。

 クー・フーリンはそれに獰猛に口元をゆがめて、豪快に笑い声をあげた。

 それにどこか安心したように、そして俺を向いて、彼女は言う。

 

 

「この焼き尽くされようとしている星を、私は征きます。マスター、行きましょう」

 

 

 ああ――、そうか。君も、そうだったんだ。

 俺が君の瞳を覗いて心を揺さぶられたように、彼女もまた。

 

「ああ。よろしく、キャスター!」

 

 

 

 




ちょっとだけ続きました。
二年ぶりですね、ごきげんよう。

丁寧に書くことも考えたんですが、
最低でも感情移入していただけるラインで、
要所要所を書いていきたいと思います。
次がいつになるかはわからないですが。

感想も、返信はしていませんが大変励みになっております。
この場を借りて、お礼申し上げます。
ありがとうございます。

それでは、またいつか。

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