FGO Concerto   作:草之敬

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今年初投稿なので初投稿です。
まほよフルボイス化ありがとう……ありがとう……
アマガミASMRボイスドラマははよ薫の出してください。

追伸。
特殊タグってやつ使ってみたよ。


悪夢を切り裂いて

 

「いやあ、ひどい歌だ!」

 口から出た雑言とは裏腹に、どこかしら愉快げに男は笑ってみせた。

 その態度にエリザベートは一瞬騙されて「そうでしょうそうでしょう」と満足げに頷いていたのだが、さすがに騙されたままであるほど馬鹿ではないので「あれ? 今馬鹿にされた?」と疑問を口に出す。

「まあ、アマデウスったら」

「いやいやマリア。誰がどう聞いてもひどい歌だっただろう?」

「あっ! やっぱり馬鹿にされてるわよね!?」

「それで、なにがどうしてエリザベートの金切り声を聞きたいだなんて……?」

「清姫? 清姫……?」

「なんだ、そっちもそのクチじゃないのかい」

「…………」

「おっと……、これはちょぉっと調子に乗りすぎたかな?」

「もう、貴方が彼女の友人を貶すようなことを言うからでしょう?」

「友人などではないですが」

「……もしかして私ミジメな感じじゃない?」

 まるでカマかけのような軽薄な男の口車に乗らず、清姫はじいっと正面の二人を睨みつけた。清姫はまだこの二人を本当に信用していいものかを図りかねていた。

 難民を護衛しながら引き連れてヴォークルールまでやってきたことと、難民の誘導でヴォークルールへと入場していた――できていた――ことからも竜の魔女側のサーヴァントではなさそうだというところまでは清姫とてわかっている。

 だがそれは、信用するかしないかの話とは関係がない。

 エリザベートは単純だ。いい意味でも悪い意味でも裏表のない馬鹿だから「嘘」がない。信用というよりは生存のための連れ、といった感じだったが、嘘がないのは清姫的にはかなりポイントが高い。馬鹿とは思っているが。

 それを言えば目の前の男も裏表なく素直に物事を言う性格のようだが、その態度とこちらを値踏みするような物言いが好かない。

「私たち、花の聖女って人に会いに来たのよ」

「ちょっとマリア……せっかく僕があれやこれやと考えてだな」

「それが彼女の気を悪くしているのよ?」

「理解してるよ。でもね、僕たちは彼女らよりもずっと弱い」

「だから? なら助けてもらわないといけないわ。こっちがお願いする立場よ」

「……君はそうだよねえ」

 扇子で口元を隠しながら、清姫は目の前のやりとりを斜に構えて見ていた。

 この底抜けのお人好しっぷりを発揮する女が、もしかしたらすべての糸を引いているかもしれない、という疑い。高貴な身分というのは、それだけしがらみが多い立場でもある。天真爛漫を絵に描いたような少女がそのままでいられる世界ではない。

 まあ、いつまでも頑なでは進む話も進まない。ある程度は譲歩しなければ情報交換もままならないだろう。行く当ても失っていたところだ、次の目的地を決める手がかりくらいにはなるかもしれない。

「私たちも同様です。こちらに召喚されて以来、様々な噂や光景を見てきましたが明るい話題はここにしかなかったものですから」

「ほら、アマデウス。こちらから歩み寄れば相手も答えてくださるのよ?」

「はいはい」

 右から左へ聞き流す態度ではあったが、それは男のいつもの態度らしい。

 女はそれを気にした様子もなく、清姫に改めて向き合った。

「改めまして、私はサーヴァント、ライダー。マリー・アントワネットと申します」

「そこまで言うのかい? まいいや、キャスター、アマデウス……いやモーツァルトの方が通りがいいか」

 二人の名前を聞いてもいまいちピンと来ない清姫だが、召喚時に最低限供給されている知識によって女――マリー・アントワネットと名乗ったサーヴァントは王女であること、男――アマデウス・モーツァルトと名乗ったサーヴァントが音楽家であることは理解した。

 サーヴァントとしての霊基を与えられた以上多少なりとも戦闘力は付与されているのだろうが、アマデウスが言ったように彼らがまとめてかかってきたとしても、エリザベートならば圧倒できるし、清姫であろうと戦い方によっては勝利できる。

 しかし、そうか、と納得するものも清姫にはあった。

 それというのも、この二人が合流したところでアマデウスが「歌ってくれないか」と話しかけてきたのだ。

「花の聖女」などという噂もあるだろうが、その噂の出所であるヴォークルールでサーヴァントと出会えばそう試したくもなるし、それに加えて音楽家ともなれば花の聖女――すなわち「歌」によって奇跡を起こした乙女となれば確かめてみたくなるのも無理からぬことだろう。

 とはいえ清姫は最初から意味のわからない頼みなど断ったのだが。

 しかしそれで乗り気になったのがエリザベートである。

 自称アイドルの彼女は、求められればもちろん歌う。自分の歌がどれほど酷いものかも理解していないのに、元気よくその毒電波を発信するのだ。

 エリザベートの歌い出しと同時にアマデウスが鼓膜を破らんばかりの勢いで耳を塞いだことには同情したものだ。

「……それで、聖女云々についてはお聞きの通りですが」

 以上のことをぼんやりと考えつつ、清姫は冷ややかに言い放った。

 アマデウスはそれに肩をすくめ、マリーはごめんなさいね、と謝った。

「まあ、城塞の中の様子からして、ここに残っているにも関わらず野宿でもしそうな君たちが噂の聖女さまだとは思ってなかったけどね」

「私はアイドルだもの。聖女なんかじゃないわ」

「同意するのは釈然としませんが、同じく」

 なんなら、そちらの女性の方がまだ聖女然としている。

 清姫は口には出さなかったものの、ちらとマリーへと視線を向ける。

 視線に気づいたマリーは当然のように微笑み、手を振ってくる始末だった。

「さて、それじゃあ現実的な話をしようか」

 停滞し始めた雰囲気を寸断するように、アマデウスが切り出す。

 清姫としてもその流れはありがたかったので、話を聞く姿勢になる。

「まあ、難しい話じゃない。僕たちのようなサーヴァントは他にもいる可能性は大いにありうる。合流を待つ、というのはひとつの手だ。なによりこの藤の花の結界は強固だ。このフランスで籠城するならここ以上の場所はないだろう」

 言ってみれば消極的な方針だろう。

 そもそも目的の人物である「花の聖女」とやらがヴォークルールにいない時点で、ここの雰囲気を嫌ったことは想像に難くない。つまり、これは花の聖女との合流は先延ばしになるものの、戦力を整えられる可能性があるメリットがある。

 デメリットとしては戦力がこれ以上増えない可能性も同じくらいあることと、ヴォークルールそれ自体が確実に敵首魁の攻撃目標になっているだろうことだ。

「だけど僕は反対だ。籠城してもジリ貧なのは目に見えてるし、戦力を増強できたとしても四方を敵に囲まれてちゃ離れようにも離れられない。せっかく集めた戦力を消耗するだけだ」

「あら、敵が攻めてくるよりも先に、誰かが来るかもしれないじゃない?」

「それはもちろん考えたさ。だけど、僕らや君たちが噂を耳にしてここに来た以上、竜の魔女とやらであるジャンヌ・ダルクの耳に噂が入っていないと判断するのは、それはもう甘いなんていう次元じゃない」

「空を飛べる向こうと、地を駆けるこちらでは移動速度にも差がありますし。むしろ、まだ襲撃がないことが不思議なほど……」

「そこで、私たちは花の聖女さんを追うことを提案するわ!」

 清姫はマリーの口から出た方針を頭の中で検討する。

 花の聖女側がどのような移動手段を持っているかにもよるが、こちらの移動手段は合流時に見たマリーが所有している水晶の馬車がある。サーヴァントが持つものと考えれば現物の馬車よりも走破性はあるし、同じく体力無尽蔵の水晶の馬付きと推測できる優れものだ。乗り心地までは知らない。

 それに敵の大規模(予想)襲撃から逃れられる。

 そしてここまで言うからには、花の聖女の次の行き先も当てがあるのだろう。

 デメリットとしてはサーヴァントの集団というには心許ない戦闘力しか保有できなくなること。そして、最悪そのまま花の聖女とは合流できない可能性も充分以上に存在することだろう。

 両案を天秤にかければ、追う案を取るだろうとは理解したし、納得もできた。

「花の聖女とやらの行き先に当てはあるのですか?」

「ああ、当てというよりかは予想……というところだけどね。ロワール川沿岸、ラ・シャリテを目指す。理由は単純、この時代においてほぼ最大級の街だからだ」

「花の聖女さんがそこに向かった保証はないけれど、フランスを知っているならラ・シャリテが一番近くて大きな街だから目的地にする可能性は高いと思うの。移動するにも目標は必要だし、この城塞から離れる理性が残っているのなら相手の本拠地に乗り込むようなことはしないでしょうし」

 以外と辛辣な言葉を吐くマリーに驚く清姫。

 いや、彼女にとって深い意味はなく、清姫らと同様の結論を出したことを言っているのかもしれないが。

「ねえ、清姫」

「なんですか」

「あれ、ヤバくない?」

「はい?」

 エリザベートの言葉に振り向いた清姫が見たのは、遠く稜線から首をもたげる大蛇だった。まるで空を飛ぶように体をうねらせ、一目散にヴォークルールへ向かっている。

「よし、急いで逃げよう!」

 最初に声を上げたのはアマデウスだった。

 マリーを急かして、早く水晶の馬車を出してくれるようまくし立てている。

 その間も大蛇を睨みつけていた清姫は、その正体が大量のワイバーンであることに気付く。つまり、敵の――竜の魔女による大攻勢だ。

 今逃げれば、確かにこの場を離脱することはできるかもしれない。

 だがあの量のワイバーン相手に逃げ切れるかは怪しい。森に逃げ込めたとしても、絨毯爆撃を受けて森ごと更地にされておしまいだ。

 ならば籠城か?

 清姫にとって、その選択は死にも等しい。

「エリザベートの宝具で先鋒だけでも潰せませんか?」

「できないことはないけど、あれに真っ向から喧嘩売る気? 正気なの?」

「逃げるんだよ! あの数相手じゃ、正真正銘英雄と呼ばれたサーヴァントじゃなきゃ打開できやしない! いや、正直逃げ切れるかも怪しいタイミングなんだけどさあ!?」

 水晶の馬車の御者台に飛び乗りながら、アマデウスが悲鳴を上げる。

 混乱しているうちにも大蛇はぐんぐん接近してくる。

「籠城しますか?」

 マリーの問いに、清姫はぐっと押し黙る。

 そしてそれに待ったをかけたのは、エリザベートだった。

「清姫は砦の中に入れないのよ!?」

「えっ!?」

「なんでだ!?」

「…………さあ、中にいる嘘つきどもが憎らしくて燃やしてしまおうかと考えていたら、自然とそうなっていましたから」

 白状とも、告白とも言い難い絶妙な感情を滲ませたセリフだった。

 バーサーカーらしいといえばらしい回答ではある。

 だが、この状況で好ましいかと言われると首を横に振るしかない。マリーは本気で清姫を心配している表情を浮かべ、アマデウスはその過激な発言に引きつった表情を浮かべている。

「とにかく離脱だ! 今迎え撃つよりも無事でいる確率は高いだろう!?」

「そうする他なさそうですね」

 アマデウスの焦った声に背を押されて、全員が水晶の馬車へ乗り込む。

 扉が閉まる音と同時に馬が駆け出す。本物の馬よりも遥かに高い馬力と速力で、遮二無二森へと突撃するような発進だ。

 アマデウスは冷や汗を垂らしながら、迫り来る大蛇を横目で睨みつける。

 ヴォークルールより離れる彼らを補足して追いかけてくる、といった動きは見受けられないが、あの大攻勢の一部でも牙を剥かれればこの一行はたちまち座に送還されるだろうことは疑う余地もない。

 頼むから来るなよ、と祈りなのか罵倒なのかもわからない内心を抱えて、アマデウスはとにかく馬車を走らせた。本物の馬のようにその体力を心配する必要がないのはとてもありがたい。そんなことに割くだけの余裕は、今の彼にはないのだから。

 

 その後、一行はなんの苦労もなく森の中へと身を潜めることができた。

 遠くから響く爆撃音に若干速度を緩めながら、アマデウスはヴォークルール方面へと耳を澄ませる。音楽家である彼がサーヴァントとなったことで、聴覚は生前よりもさらに遠くの音を聞き取れるようになっていた。

「羽音は遠い……逃げ切れたかな……」

「油断は駄目よ、アマデウス」

「油断はしてないよ、マリー。ただ、不気味だなってね」

「確かに、逃げてる私たちを見つけてないはずがないのに追いかけられてないのはちょっと気になるわね」

 馬車の中からマリーが首を出し、その奥からエリザベートが続けた。

 フランスを蹂躙する竜の魔女とは、不穏分子を見逃すほど甘い存在か。

「まあ、そんなわけないか」

「ええ、そうですとも。はぐれサーヴァントがひの、ふの、み、たったの四騎。ですが、我らがマスターに併合もせず、ましてや敵対を選ぼうとしているのなら、それを殺さずして憎悪が晴れるや如何ばかりか……」

 鈴の音のような声が真横から響く。

 瞬間、巨大な質量が馬車を牽引する水晶の馬を粉砕した。

 副次的な衝撃波を受けた馬車ももんどりうって転倒し、放り出されたアマデウスはあわや潰されそうになり、中にいた三人は全身を強く打ってしまった。

「サーヴァントにはサーヴァント。ワイバーンでは少々確実性に欠けますから……」

 荒く猛々しい息遣いの奥から、清廉な声がいやに通ってアマデウスたちの耳に届く。

 隆起する影。まるで丘が立ち上がったかのような巨大さ。森の中とはいえ、夜にはまだ早い時間に帳が降りる。妙齢の女性を守護するように、四足の陸竜が一行を睥睨していた。

「バーサーク・ライダー。貴方たちを殺した者の名を、せめて慰みとしなさい」

 四足の陸竜がその前腕を振りかぶる。

 巨大な体躯に似合わぬ俊敏さで放たれたアームハンマーが、水晶の馬車を砕く。

 アマデウスが警告を発する間もなかった。あまりに無慈悲な一撃。

「マリー!」

 全身に受けた衝撃が抜けきらず、這うこともできない。

 砕けた馬車は魔力の残滓となって虚空に消えゆき、残された残骸のような三騎のサーヴァントは意識を保ってはいるがアマデウスよりもはるかに重傷だった。一番動ける自分が、一番戦力値の低いサーヴァントであることに、改めて絶望してしまう。

「他愛ない。なまじサーヴァントであるから、死に切ってはいないようですが……」

 結末は変わらない、と。

 四足の陸竜に三騎を任せたバーサーク・ライダーが、アマデウスへとゆったりとした歩みで近寄ってくる。

 竜を従える魔女――すわ、ジャンヌ・ダルク本人かと疑うが、アマデウスは聞き逃していなかった。「我らがマスター」と、目の前のサーヴァントは言った。己を「バーサーク・ライダー」と名乗った。

 ――だが、それに如何ほどの価値があるというのだ。

 間もなく自分は死ぬ。いや、既に死んでいるのだからこの表現は正しくない、と皮肉屋っぽいやりとりを一人脳内で繰り広げつつ、アマデウスは一歩一歩近づいてくる己の死をじっと見続けた。

「ひとつ、訊いておきましょう。あの花を咲かせた本人は誰ですか?」

「知らないね。僕たちも、それが知りたくてここに来たんだからさ」

 知っていると嘘を吐いても良かった。

 そうすれば、少なくともここでは殺されないかもしれない。

「そうですか。であればヴォークルールを落としたあとは全土捜索かしら……」

「たった一人に血眼になって、竜の魔女もみみっちいじゃないか」

「その本人が野放しにした結果の産物のようなものですもの。こぼれるほど目を見開きもします」

「なるほどね……」

 が、目の前のサーヴァントは意外にも話を続けた。

 アマデウスの発言を、犯人を庇っているとでも判断したのかもしれない。知っている、と嘘を吐くよりも本当のことを言って嘘と思われる、ということは、竜の魔女側は花の聖女について本当に聞きかじり程度の情報しか持っていないのだろうか、とアマデウスは静かに考察した。

 そして、好都合には好都合が重なるものだ、とも。

 瞬間、反応したのはマリーと清姫、エリザベートを見張っていた四足の陸竜だった。弾かれるように森の深くに首を向けたと同時に、遠くで爆音がとどろいた。二、三回重なって響いた轟音に続いて、木々が薙ぎ倒される音が続く。

「何事――っ!?」

 陸竜の甲羅から、重苦しい金属音が鳴る。

 その衝撃に多少の苛立ちを立ち昇らせながら、陸竜が体の向きそのものを変えていく。

 バーサーク・ライダーも音の発信源へと意識を向けてしまった。どうやら死に体の雑魚サーヴァントよりも、何者かわからない敵性存在を脅威に感じているようだった。

「やはり砲兵。これからの戦争で、砲兵こそが戦場の華となるな。とはいえ、今回のこれは想定外の運用ではある。が、その陸竜を脅かしたとあらば、砲兵の有用性を説くよき材料になるというもの。さて、文句をどうするかだな?」

「〝あわれ砲兵は陸竜の反撃に遭い全滅しました〟と結べばよろしい」

「これはしたり。その可能性もあったな!」

「ただの人間が、タラスクに勝てるなどと思い上がりも甚だしい……!」

 姿を現したのは、一軍を引き連れた馬上にある壮年の兵士だった。

 森を貫くように放たれた砲兵運用。そして、この特異点でアマデウスの見てきた中でも、群を抜いて鍛え上げられたことがわかる軍団。サーヴァント並とはいわないが、素の殴り合いならサーヴァントになったとはいえ自分など相手にもならないとわかるほど、屈強な兵士たち。

 想定以上の援軍の登場だった。

 勝利は難しくとも、バーサーク・ライダーを撤退にまで追い込む可能性も僅かながら見えてくる。

 しかし解せないのは、司令官らしい壮年の兵士が、わざわざその姿を晒したことだった。

 肝煎りらしい砲兵の攻撃を切り札としてではなく、森を隔てた砲撃という、威力の減衰甚だしい奇襲を仕掛けたことと言い、冷静とは思えない。バーサーク・ライダーが怒るのも無理からぬ愚かさだとアマデウスですら思う。

 しかし。

「思い上がりなどではないッ!! 貴様らが何者かなどと今更問わぬ。我がフランスを蹂躙するというのなら、我らは剣を執り、それに抗うまで。敵の大小になど意味はない。敵は敵であるがゆえに、我々は戦わねばならんのだッッ!!」

 それは信念と呼ばれるものだった。

 兵士として、国を愛する者として、貫き通さねばならぬ意地だった。

「…………」

「ゆえに勝利する。それがたとえ、我が死の運命であるとしても、恐怖に屈して膝を折る理由にはならぬ。我らは最後の最期まで、この血潮果てるまで戦うのだッ!! 勝利を信じて!!」

『『『『勝利を信じて!!』』』』

「正義を信じて!!」

『『『『正義を信じて!!』』』』

「それが私だ!! それが、アルテュール・ド・リッシュモンの掲げる正義だ!!」

 ――アマデウスは息をのむ。

 リッシュモン大元帥。百年戦争決着の立役者。

 のちの世に〝勝利王〟とまで呼ばれるシャルル七世という存在を差し置いて、フランスの第一人者と目された人物。

 思っていた以上、想定外の人物の登場に、アマデウスの感情が追いつかない。

「ならば、理解させて差し上げましょう。その勝利が幻想であると。その信念が無為であると。この竜の前では、人の想い、願いなど些末事。等しく無価値なことと知りなさい……!!」

「それはどうかな!?」

「減らず口を……!! タラスク――ッ!!」

 魔力が急激に高まっていく。

 それがバーサーク・ライダーの宝具の真名解放の準備であると疑う余地はない。

 たとえ屈強な軍勢だろうと、所詮、人間は人間。サーヴァントの宝具に耐えうる人間など、よっぽどのものを防いだ逸話を持つような英雄に限られる。

 その点、リッシュモン大元帥は戦争終結の英雄であるものの、宝具に昇華できるような逸話も武具も所持してはいない。もし彼に宝具が与えられるとするならば、砲兵運用の推進からくる対城宝具か、あるいは彼の生涯、彼の軍勢の中枢となり続けた四千人に始まるブルトン人で編成された軍団だ。

 あの陸竜の一撃を防ぎきるような逸話はなにも持ち合わせていないし、砲兵運用の推進はこの時代よりも数年後から始まる話だし、軍勢についてもこの森の中で竜相手には物足りない。

「この滅びに抗わんとする尊き者へ、今、試練の一撃を与えましょう!!」

 熱波が吹き荒ぶ。

 タラスク、と呼ばれた陸竜が激しく白光し、波紋を打つように足元の地面が焦げ付いていく。

 輪郭すら燃やし尽くしたタラスクが、大跳躍する。その巨体からは考えられない身軽さで見上げるほどに上昇すれば、その全身を太陽じみて燃焼させ始める。周囲の森林がその高熱に発火し、甲冑を着込んでいるリッシュモン軍ににわかに焦燥と狼狽が広がる。

「うろたえるな! 堂々と構えよ! 砲兵準備! 火薬には気を付けろよ!」

 まさか大砲で迎撃するつもりか。

 通常状態のタラスクにすら衝撃を与えるにとどまった大砲などで、真名開放したアレを止められるはずがない。アマデウスが「これはもしかしてもしかするのでは……」と最悪の結果を幻視した、その瞬間だった。

 音楽家である彼の耳に、高速で接近する蹄の音が届く。

 この森林の中を、矢のように駆け抜けてくるそれは――

「〝星のように〟――――」

 

 ――》愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)《――

 

「この瞬間こそ好機!! 駆けよ我が白馬――!!」

 

 ――】幻影戦馬(ベイヤード)【――

 

 大地すべてを焼き尽さんと迫る白く輝く極小の太陽へ、決して輝き負けぬ純白の風が駆け抜ける。

 輝銅の鎧と、純白のサーコート、煌めく赤十字。豊かな鳶色の長髪をたなびかせ、この絶望的な戦局を覆さんと一人の男が迅雷の如くひらめいた。

 重力落下と魔力放出による加速を重ねた絶望の白光へ、幾重にも織り上げられた奇蹟が一束となってほとばしる。

 そして激突。

 太陽が如き灼熱の魔力が一帯そのものを飲み込まんとする暴威となって爆ぜる。

 その爆轟には誰も抗うことができない。たとえ突撃した男が無事であろうと、アマデウスらはぐれサーヴァント組と、リッシュモン大元帥率いる大軍がまとめて塵へと還されてしまうことだろう。

 ならば今、アマデウスがこうして目に焼き付ける光景は一体なんなのだ。

 意識がある。感覚もまだある。体が重く、動かない。首だけを上げて見上げる灼熱の暴威が、どうして我々を焼き尽していないのか――?

「聖剣よ、その無敵の力を我が前に示せ――ッ!!」

 

 ――】力屠る祝福の剣(アスカロン)【――

 

 灼熱の魔力が渦を巻いていく。

 タラスクと比べてしまえば小枝のような剣が、その強大な陸竜の魔力を捕まえている。

 この場にいる誰をも、いかなる害意、悪意から守り通してみせるという奇蹟。

 先ほどまで感じられていたひりつくような灼熱感は消し飛び、ただ両雄の激突の余波だけがそよ風のように吹いている。

「バーサーク・ライダー! その身の奇蹟、信仰、愛情が狂い荒ぶるというのなら。望まぬ殺戮、望まぬ飢餓、望まぬ命をむさぼるというのなら。その罪業を、自覚しているというのなら!! すなわち汝に、罪ありき――!!」

 

 ――】汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)【――

 

「これは……!? う、あ、ああああ――――ッッ!?」

 バーサーク・ライダーがもがき始めた。

 瞳孔は縦に割れ、犬歯は伸び牙じみて、その美貌におどろおどろしい人ならざる鱗が生えていく。

「ウオオオオオ!!」

 そして同時に、上空での激突も終わった。

 バーサーク・ライダーの魔力の質が急激に変貌したからか、宝具の真名開放の反動か、そのどちらもか、墜落したタラスクは弱々しく這うようにバーサーク・ライダーににじり寄った。

 その健気さに落ち着きを取り戻したバーサーク・ライダーが、荒い息のまま自身の姿を確認している。

「竜種への強制変貌……!? ぐ、ウウ、体が、言うことを効かない……っ」

 人は人のままであるからこそ、その身を十全に動かすことができる。

 天性のものでもなければ、そしてその属性への親和性がなければ、神経系はズタズタに切り裂かれ、身体機能を完全に発揮することができなくなる。道理であった。

「だけど、どうやら、そちらもそれ以上息は続かないようね……?」

「ああ、さすがに、これほど重ねての真名開放は堪える……!」

 着地した白馬は、白馬ゆえに視認しづらいが泡立った汗を全身から噴き出している。

 それに騎乗する男の表情からも重度の疲労が読み取れ、同様に玉のような汗を流していた。

 宝具の真名開放、実に三連続。

 ライダークラスらしい豊富な宝具だが、それを効果的に使うのと、無理矢理連続で発動するのでは魔力消費も桁違いとなる。しかし、伝説に謳われる竜種が相手となれば、それほどの無茶で力押しせねばまともに効果を発揮することさえなかっただろう。

「手の内を晒しましたね……痛み分け、というわけ――、ッ!?」

 撤退の気を出し始めたバーサーク・ライダーが、驚愕に目を見開く。

 縦に割れた瞳孔がまんまると見開かれ、ライダーが駆け抜けてきた方向の、その先へと向けられる。

 アマデウスも気付いた。タラスクが見せた真名開放をはるかに上回る、魔力の高まりだ。

 

 

 §

 

 

 がきん、と剣の柄が解放され、その中ほどに埋め込まれた蒼玉が強く輝く。

 神代、神の構成要素とまで目された「天上の星々の運行を司るモノ(アイテール)」。

 その剣の宝玉には、それが込められている。

 その剣に宿る「竜殺し」という概念を、神の権能の欠片によってブーストするために。

 ニーベルンゲンの歌に謳われる英雄、ジークフリート。

 彼が揮ったとされる、もっとも名の知れた「竜殺し」を為した黄昏の剣――!

「バーサーク・ライダー。悪なる竜の欠片よ。その悪夢より、醒めるときだ……!!」

 大上段へと大剣を掲げる。

 練り上げられたジークフリート自身の魔力と、魔剣より放出される研ぎ澄まされた第五真説要素(真エーテル)が光り輝く竜殺しの刃を形成していく。

 木々の背を越え、雲壌を貫く光刃。

 その偉容にさえ劣らず、ジークフリートの瞳もまた、決意を滾らせた。

 この悪夢を終わらせるのだ、と。相対する相手の、なんと醜いことか、と。

 在り方をゆがめられ、本来ならば輝かんばかりのかんばせに、可憐な笑顔を浮かべる女性だっただろうに。今ではその顔の半分以上が鱗に覆われ、人が本来持ちえないはずの牙で口元は裂傷を負い血塗れになっている。

 その者の罪業と欲望を「悪竜」という形で顕現させる。

 ライダーの放った【汝は竜なり】という宝具は、そうした形で相手を竜種へと変貌させる。

 逆説的に、その姿こそがその身に巣食う罪業の核であり、悪竜の欠片そのもの。

 であるならば。

 であるならば、この「竜殺し」を為した剣は。

 第五真説要素によって神代の指先へと触れたこの極光は、その悪夢を断ち斬るはずだ。

 いいや、断ち斬ってみせる――!

 あの優しきひとの、悪夢を終わらせてみせるのだ――!!

「悪しきまどろみを断ち、今、真なる落陽へと導かん!」

 黄昏の剣が、その輝きが、完成する。

 極光の剣へと転身した大剣は、星々の涙さえ内包して、呪いを祓い、聖剣としての姿を取り戻す。

 どしん! とジークフリートが大きく踏み込む。

 大上段に掲げられたそれを、違わずに届けるために。

 ゆえに唱える。叫ぶ。そうあれと!

「邪竜、滅ぶべし……!!」

 

 ――≫幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)≪――

 

 

 §

 

 

 輝きを見た。

 その奔流の中で、悲鳴をあげた。

 悲鳴をあげたのは、私なのか、私の中のなにかかはわからない。

 一瞬だけ、輝きがかげる。この場にいる誰よりも大きくて、逞しい体が輝きを遮っている。

 やめなさい、と言いたかった。もはや私を庇う理由など、欠片もありはしないのに。

 タラスクは断末魔をあげた。その堅牢なはずの甲羅も許された抵抗は数秒にも満たない。

 それでも竜種たる意地なのか、欠けていく全身をそれでも盾として私を健気に守ってくれている。

 輝きが戻ってくる。逞しくもやさしき陸竜を葬った滅竜の極光が、もう一度襲い掛かってくる。

 彼が耐え切れなかったそれを、竜種へと変貌させられた今の私が耐え切れる道理もない。

 だが、不思議なことに、私の身体は切り刻まれることはなかった。

 ただ、この身に刻まれていたはずの「狂化」のスキルが、べろりと引き剥がされていく。

 間違いはなかった。悲鳴をあげているのは、悪竜と化した「狂化」スキルだった。

 極光の中に崩れていく。まるで脱皮したあとの抜け殻のように、私を蝕んでいた竜が消えていく。

 その輝きのはるか向こう、大剣を振り抜いた姿勢のままでいる戦士と目が逢う。

 強い決意を漲らせ、気高き誇りをまとう眼光だった。

 ああ。

 貴方ほどの益荒男に引導を渡されるのならば、後顧の憂いなどあろうはずもない。

 この竜殺しの力があれば、必ずや最大の障害たるファヴニールであろうと突破できる。

 どこの誰でもいいからあの馬鹿みたいな――子供の癇癪の塊みたいな女に一撃くれてやれ。

 本当なら私自身の拳で――げふんげふん。

 もとい、我が祈りで邪なる思念を破砕したいところですが。

 そろそろ限界のようだった。たとえ切り刻まれなくとも、この極光は確かにこの身を終わらせた。

 ……ありがとう。

 ただ、それを伝えられないことだけが、少し口惜しい。

 極光の中に溶けるようにして、私の悪夢が終わりを告げる。

 不思議と痛みはない。もうその感覚すら失われてしまったのかもしれない。

 もう自分が立っているのか、吹き飛んでいるのかさえ曖昧だ。

 思考も薄くなっていく。

 最後にもう一度、ありがとう、と心で唱えて消えていく。

 

 聖女マルタは、光へと還るその最期に見た。

 大地に立つ、逞しき大英雄とその剣を。

 力強く決意に満ち、研ぎ澄まされた瞳を。

 

 

 §

 

 

「任せてくれ。あとは、なんとかしてみせよう」

 

 

 

 




◆人物◆
●アルテュール・ド・リッシュモン
Dの一族。リッシュモン大元帥。
とはいえこの時期の彼は軍部総司令官というわけでもないし、
ジャンヌ・ダルクと共闘したことも実は生涯で一回しかない(パテーの戦い)。
けどジャンヌはこのおいちゃんを気に入ったんで抱え込もうとしたけど、
シャルル7世とはバチバチだし、仲の悪い奴の遠縁のジル・ド・レとか、
そのあたりの人物とは折り合いが悪かった。

ジャンヌの登場によって生まれた勢いを、終戦まで衰えさせることなく継続させた大英雄。ジャンヌ処刑後からはシャルル7世も「あれ?こいつもしかして私欲じゃなくてマジでフランスのために戦ってる?」と気付く。

直属の軍勢を除く、ラ・イルをはじめとした傭兵意識の抜けない将が行う略奪行為にほとほと嫌気が差しており、「お前らマジでやめろ」と何度も注意する。こりゃもう常備軍設立するしかねえな、と常々考えており、そのために貴族らからも徴税を行う。
大反感を買って反乱まで起こされるけど、シャルル7世と息の合ったコンビネーションでマッスル・ドッキングを炸裂させると反乱軍はその余波で死んだ。勝利。ぶい! ついでにジル・ド・レもこのあたりで処刑されて死んだ。ジルの所領、ゲットだぜ!

ちなみに、この常備軍設立の運動が「絶対王政」という政治形態に拍車をかけたとされている。
その後もなんやかんやでVxVで常勝街道を突き進んで百年戦争終結!
閉廷、もとい平定!解散!!

この勝利について、砲兵運用の推進が特に挙げられるそう。
イングランド軍の長弓部隊以上の射程から問答無用で籠城してるところにノックしてもしもーし!して解錠(物理)して開城(物理)、勝利の大きな要因となったとされている。戦争最終盤であるシェルブール港あたりの戦いでも砲兵の機動的運用とかいうもはやわけわからんレベルの戦法を駆使して百年戦争にチェックメイトをかけた。

なので、もしサーヴァントとして召喚される場合、アーチャー適性をもつ可能性が高い。ナポレオン方式ではあるが、ナポレオンは彼自身が砲兵出身であったのに対して、リッシュモンはその運用に長けていたので、宝具としては海賊組なんかの「大量の大砲を召喚してぶっ放す」系のものになると考えられる。対軍というよりも対城宝具。魔術師の工房や、人の作り上げた要塞などの破壊が特に効果を発揮しそうなので、ゲーム的な性能であると「防御無視、かつ相手の防御が上がっていれば上がっているほど威力が上昇する」という絶妙に使い勝手の悪い性能になりそうではある。防御札ばんばん重ねてくる系の高難易度では最適解になりうる。


この特異点において、リッシュモンは竜の魔女の攻勢を早期のゲオルギウス&ジークフリート加入というおおよそ最強の手札を手に入れたことでしのぎ、「花の聖女」の噂を頼りにヴォークルール城塞までやってきた。
マスターよりもマスターしてるんじゃねえかコイツ。

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