「ところで、ついったーアイルーで呟いていた件は何なんだい?」
ぎく!!
そりゃ、聞かれるよね~・・・。
さりげなく隣を歩いていたからすさんが、ふと思い出したように口にする。
でも本当はずっと聞きたかったのだろう。
家に戻る道すがらだった。
判ってる。
もう、逃げられない。
でも、さっきまでほど怖くはない。
私は、意を決して言った。
「・・・・・・家に戻ってから話すよ」
・・・今はユクモに住んでいるし、博識で知識欲旺盛だから、あの書物、からすさん自身で読めるかな?
というか、読んで頂けないと困る!!
とてもじゃないけど、恥ずかしい。
家に着き、片付けが終ると、シュナさんが言った。
「私たちは、そろそろ帰るわね」
「ええ!?」
困惑する私に、シュナさんが耳打ちする。
「もう、2人になっても大丈夫でしょ!」
「!!!」
赤くなって口元を押さえる私を、からすさんは不思議そうに見つめてくる。
いやいやいや!
大丈夫だけど、大丈夫じゃない!!
私とからすさんを交互に見たシュナさんは、楽しそうに笑いながらウインクした。
わ―――ん!
シュナさーん。
でも、もう逃げるのはおしまい。
どうしたって、いつかはこの時が来るのだから。
男同士、何か通じ合うものあったのかな。
「からすさん、また来てくれよ! ドンドルマの俺の家なら、椅子やテーブルも揃ってるから。また、色々話そう」
帰り際のマコノフさんが、本当に楽しそうに言う。
「はい!ぜひ!!」
からすさんも嬉しそうに返事をした。
「また、狩り、ご一緒しましょう!」
スズナも声をかける。
「勿論!ぜひ、よろしく!」
改めて、シュナさんが言う。
「じゃ、帰るね!」
「はーい!またね~!!」
私も応える。
玄関の外で見送る。
「気をつけてね~!」
私の声に、
「またねー!」
そう、口々に言いながら、手を振って3人と3匹は飛行船窓口に向かって行った。
こうやって、バイバイするのは、やっぱりちょっと、寂しい。
村の人に見られるのも、いつまでもそこにいるのも、照れくさくて家に入る。
からすさんも、入ってドアを閉めた。
ごく・・・。
・・・よし!!
ちょっと気合いを入れる。
・・・というと少し大袈裟だけれど・・・。
本棚から、大切に包まれた書物を取り、からすさんに椅子を勧める。
書物を包みから出し、からすさんの前にそっと置いた。
「見ていいのかい?」
テーブルに置かれた書物を見つめ、少し躊躇するように、聞いてくる。
それもそのはずで、ユクモの村長から借りた、村の古い言い伝えが記されている書物なのだ。
その、歴史を感じさせる表紙の雰囲気からして、ひと目で大事なものとわかる。
「うん・・・・・・。読める?」
書物は、古い言葉遣いで古い表記で書かれているので、この手の文学好きか、ユクモの人しか読めないようなのだ。
からすさんはそっと書物を開くと、丁寧にページをめくる。
「ああ。何とか読めそうだよ」
良かったぁ――――――!!!
読み上げたりしなくて済んだぁ~・・・。
正直、物凄くホッとした。
「わからない所は、遠慮なく聞いて」
そう言ってキッチンに立ち、新しくお茶を淹れる。
ちょっと素っ気ない言い方になっちゃったけれど、今はこれで精一杯なの―――!!
テーブルに戻ると、正面ではなく椅子を少し離して、右隣りに座った。
さすがに、すぐそばには座る勇気はない。
かといって、今更正面に座るのは何だかよそよそしい気がしたのだ。
熱心に読んでいたからすさんが、驚いたのか顔を上げる。
顔が熱くなるのを感じながら、気にしないフリをして、カップにお茶を注ぐ。
うう・・・。
恥ずかしいよぉぅ・・・。
「湯治場の辺りまでで大丈夫・・・」
私の声に、からすさんは我に返ったように、
「ああ。わかった」
と応えて書物に視線を戻した。
ムァとミツは、気を遣って2階で窓の外を向いて、静かに話している。
お茶を飲みながら、時々様子を見ていた。
どれくらい経った頃だろうか・・・。
からすさんの、顔どころか耳までが赤くなった。
少なくとも、蒼火竜に留まる話のところまではきたようだ。
きっと、私も赤い顔をしている。
恥ずかしくなって、顔を逸らす。
あぁ、どうしよう・・・、緊張する・・・。
どんな反応をするだろう?
膝の上で左手を右手に重ねて、顔だけ右に向けたままひたすらじっとしていた。
ズズ――――――。
!!?
音に驚いて、肩がびくりと跳ねる。
思わず振り向いていた。
椅子を後ろに押し出すようにして、テーブルに両手をのせたまま、からすさんは顔を伏せ、床を見ているかと思うと、深いため息をついた。
「はぁ――――――・・・・・・・・・。・・・藍メソ・・・さん?・・・これは、・・・僕はもう、我慢しなくていいっていうことかい?」
「え?」
これまた、びっくりする言葉に、混乱する。
ええ!?
何を言っているの!?
からすさんは顔をあげると、
「もう、遠回しに言うのはやめよう。 ・・・正直に言おう」
そう言って振り向き、しっかりと私の目を見て、口を開いた。
「僕は、藍メソ、君が好きだ」
ぼん!!と音がしそうな勢いで、顔が熱くなる。
「君が、そういう目や気持ちで僕を見てこなかったのは、解っている」
「・・・・・・」
「でも、そういう反応をしてくれるという事は、この書物がきっかけで、多少なりとも意識してくれたという事だろう?」
!!!
「・・・」
うきゅう――と胸が苦しくなって、視界が霞む。
鼻の奥がぐうっと熱くなる。
言葉など出てくるはずもなかった。
代りに、膝の上で固まっている手の甲に、ぽたりと滴が落ちる。
一度落ちたら止まらない。
ぱたぱたと落ちる滴に、思わずうつむく。
ガタン。
からすさんが、椅子を戻すようにして体ごと近づいた。
おそるおそる、からすさんの右手が伸びてきて、そっと頭を撫で髪を伝い、火照る頬に触れた。
顔を上げられない私の頬を、長い親指が優しく撫でる。
温かくて心地いい。
からすさんは私の頬に触れたまま、ズズズと椅子を更に寄せた。
そっと左手が伸びてきて、固まったままの私の右肩に触れる。
たまりかねたように、力強く引き寄せられ、両腕でしっかりと抱きしめられていた。
優しく、でも力強く。
――――――!!!
小柄な私は、背の高いからすさんの体に、頭まですっぽりと納められてしまっていた。
ため息とともに吐き出すような、からすさんの声が響く。
「君にこうして触れることを、どれだけ待ち望んでいたかなんて、無邪気な君は気づきもしなかったんだろう?」
「・・・・・・ぅっふっ」
更に胸がきゅうと締めつけられるようになって、苦しくて顔を横にしてからすさんの胸に頬を押し付けた。
それに応えるように、からすさんの腕がぎゅっと締められた。
からすさんは、その頬で私の髪を撫でる。
涙は止まっていた。
嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいで、何も考えられない・・・。
いつの間にか、膝の上で固まったままだったはずの私の手は、からすさんの服の腰元を掴んでいた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめていたからすさんは、もう、待ってはくれなかった。
私を胸から引きはがすと、大きな両手で私の頬を包み、顔ごと引き上げて、そっと・・・、そして強く口づけた。
何だかわからない、うきゅうっとした気持ちで何も考えられずに、されるがままその温もりを受け入れていた。
胸の中から熱いものがこみ上げて、鼻の奥がぐうっと熱くなる。
こらえることはできなかった。
こらえる必要のなくなった、涙は閉じた目から零れ落ち続けた。
動くこともできないで、私はからすさんの服を、ただぎゅっと掴むことしかできなかった。