「・・・じん!ご主人!!・・・藍メソ!! そのままだと、風邪ひいちゃうニャ!!」
・・・・・・・?
「・・・?・・・!ムァ!? ・・・おかえり・・・!」
「またうたた寝してたんだニャ?」
帰って来ていたムァに、サクッと言われてしまった。
「う・・・」
「からすさんは、明日来るのかニャ?」
「!!??・・・なっ、何で・・・!?ムァ・・・!?」
まだ、何も言っていないのに、さも当たり前かの様に言うムァに、驚いて言葉を失った。
“やれやれ”と言いたげな表情で、ムァは答える。
「その恰好を見れば、一目瞭然なんだニャ」
「あ・・・」
それもそのはず、着替えもせず恥ずかしさや照れくささにいたたまれなくなって、突っ伏した、あのままの恰好で、眠ってしまっていたのだった・・・。
「あはは・・・。そりゃそうだよねー・・・」
私は、照れ笑いを浮かべながら続ける。
「今朝、『今、向かってる』って、らいんアイルーが来た」
「・・・じゃあ、明日の朝の便だろうから、一旦着替えて、さっさとご飯食べて早く寝るべきなんだニャ」
ムァに、諭されるように言われてしまう。
「そうね。ありがとう」
冷めきっていたであろうお茶は片づけられ、温かい食事と一緒に新しいお茶が用意されていた。
「ムァ―――――――!!! 本当にあなたは、素晴らしいオトモね~~~!!!」
感激して、ムァを撫でくりまわす。
「ウニャ・・・」
若干ありがた迷惑そうな声を出す、ムァ。
「・・・ありがとニャ・・・。冷めちゃうから、先に着替えて食べようニャ」
「! 大変!せっかくのムァのお料理!!」
私は、慌てて着替え始めた。
昨夜もいつも通り、モフモフして一緒に寝ていたムァが、腕の中でジタバタしている。
寝ぼけながら見ると、
「ほら!早めに起きて、準備するニャ!」
と言われてしまった。
だが、お蔭で一気に目が覚める。
「うん。ありがとう!」
ムァの頭に、頬をすりっとしてから、起き上がって、しっかり伸びをする。
ハンターは体が資本。
休みであっても、朝軽くとはいえ、ストレッチは欠かさない。
ムァもあちこち伸ばしている。
ムァの作ってくれた朝ごはんをしっかりと頂いて、支度をした。
茶葉を少ないお湯で煮るようにして濃く淹れ、ムーファの濃厚なミルクで更に煮出して、ハチミツを入れたたっぷりのミルクティーを飲みながら、ほっこりとした気持ちになっていた。
トントントン。
「!!!」
ムァと2人、ハッと顔を上げてドアの方を見た後、咄嗟に顔を見合わせた。
トントントン。
「・・・・・・藍メソ?」
ドアの向うから、緊張気味のバリトンボイスが聞こえた。
「はい!ごめん!今開ける!」
ヒールをコツコツと鳴らしながら、ドアに歩み寄って静かに開ける。
カチャ。
目の前が青く染まった。
「はい。藍メソの好きな青、い花」
バリトンボイスが降ってきた。
「!!?」
えぇ!?
なん・・・?
固まる私を見下ろすからすさんの視線とともに、優しい声が降りてくる。
「お邪魔していいかい?」
目をしばたかせた私の頬を、滴が流れ落ちる。
からすさんの大きな手が、そっと頭を撫でてくれた。
「よしよし。待たせてしまったね」
ゆっくりと
「おや?逢いたかったのは、僕だけだったのかな・・・?」
バッ!っと顔を上げて見えたからすさんの瞳は、少し不安げに揺れていた。
「違っ!逢いたっ・・・・・・かった・・・よ!・・・凄・・・く・・・」
勢いよく否定して、本音が口をついて出た瞬間に、揺れていた瞳は一瞬見開かれて、すぐ嬉しそうに細くなった。
その変化が、妙に恥ずかしくなって、私の声は途切れ途切れになりながら小さくなっていった。
思わず伏せた顔の前で、青い花たちが香る・・・。
と、突然視界が大きく揺れて、体が浮いた。
「っわっ!?」
パタン。
それと同時にドアが閉まった。
「また、村の人に見せつけちゃったニャ?」
楽しそうに、悪戯っ子の顔をしたミツが言う。
ぷしゅ~~~と、音がしそうな恥ずかしさに、お姫様抱っこで抱き上げられて目の前になっているからすさんの首元に顔を伏せた。
「ふふふっ」
嬉しそうに笑うからすさん。
その首が右に動いた。
?・・・?
不思議に思いながらもからすさんの肩に寄せていた私の耳に、ぽつりとその体から声が響く。
「辛うじて間に合ったかな・・・?」
何の事だろう?
からすさんを見上げて視線の先を辿ると、開き切った青い花たちがうな垂れていた。
「あ・・・」
「ぅん?」
ジタバタと慌てる私を、からすさんは下ろしてくれる。
「このコたちも早く活けてあげなきゃ!」
キッチンに走る。
「そうだね。ありがとう」
後ろから優しく言われ、ハッとする。
「ごめん!お礼言うのを忘れてた!ありがとう!」
慌てて振り返った私に、からすさんは少しいたずらっぽい目をして言った。
「さっきの、あの反応で十分だよ」
口元も、心なしかニヤリと笑っているように見える・・・。
「!」
熱くなった顔を、ぷいっと背けるようにして水場に向き直る。
青い花束を少し眺めてから、水切りを始めた。
「かぁわいい・・・」
と、頭上からバリトンボイスが降って来た時には、ふんわりと後ろから抱きしめられていた。
水切りの邪魔をしないように、肩から首にかけてを腕で包むようにして、私の頭越しに手元を覗き込んでいるみたいだ。
「水切りって、そうやるんだね。実際にやっているところは初めて見たよ」
花の茎を水に浸け、そのまま水の中で茎の先を斜めに切る。
そうすると、水の吸い上げが良くなって、長持ちするのだ。
「あ。器・・・。何に活けよう・・・」
「アレでいいんじゃない?取り敢えず」
そう言ってからすさんが指差した、枕元の器には、うな垂れた花はなかった。
「え!?なんで!?どこに消えちゃったの!?」
うろたえる私に、からすさんはさらりと言った。
「多分、今頃はムーファのお腹の中だよ」
驚いて見上げると、ニコニコしながら続けて言われた。
「ははは・・・。ミツと話していたんだよ。きっと、藍メソはしおれてしまっても花を捨てられないだろうって。とは言え、勝手に捨てるのも、無理矢理捨てるものかわいそうだからね・・・。花も藍メソも。だったら、ムーファに食べてらおうってね」
「・・・っ」
なんでわかるんだろう?
私がこれ以上もたなそうな花たちの処遇に、困っていたことなんて・・・。
「ふふふ。よしよし。泣かなくていいんだよ」
そう言って、長い指で涙を拭われて、泣いていたことに気付いた。
そのまま、そっと優しく口づけられる。
優し過ぎだ。
私の周りにいてくれる人達は・・・。
いつの間にかうな垂れた花を持って行ってくれていたらしい、ムァとミツはいなかった。
再びきゅっと抱きしめてくれた後、空になった器を持って来てくれると、からすさんは言った。
「そうだ。花瓶を買いに行こう」
「えっ?」
ニコニコしながら、からすさんは続ける。
「どこに買いに行こうか?ベルナがいいかい?ドンドルマに出かけるかい?そうだなぁ、青いのは・・・。ドンドルマリンがいいかな?それとも、少し淡いベルナストーンがいいかい?」
からすさんに貰うまでは、お花なんて貰ったことがなかったし、家に花を飾る習慣もないから、花瓶は持っていない。
間に合わせの器に活けていた。
って、えっ!?
「ちょっと待って!?ドンドルマリン!?」
「うん?うん。ドンドルマリン。きれいな青だろう?あれは」
「えっ!いや!あれ、バレバレクォーツ程じゃないけど、結構なお値段・・・」
慌てる私を気にする様子もなく、からすさんは答える。
「いいんじゃないかい?それ位の贅沢」
「でも・・・」
ドンドルマリンは、鮮やかな海のような透きとおった深い青色の宝石。
観賞用なので、ハンター生活には無用の長物とされている鉱石だ。
フィールドで手に入れる事があっても、大抵は武具の強化などにかかるお金の足しにする為、売ってしまう。
その売値から考えても、十分な高級品。
「・・・そんなに気になるなら、ベルナストーンにしようか?」
「!」
なおも宝石の名を挙げる、からすさん。
ベルナストーンは、ベルナ近郊で採れる淡いクリアブルーの鉱石で、ドンドルマリンの半分ほどの価格で買い取ってもらえるものではあるけれども・・・。
ちなみに、無色透明なバレバレクォーツに至っては、ベルナストーンの5倍ほどの値が付く。
「いや、そんな・・・」
「僕としては、それ位の青さは、藍メソに必要だと思うんだけどな」
「ええ!?なん・・・でっ・・・?」
そう私が言い終らないうちに、からすさんはその腕の中にするりと抱え込んでしまった、私の髪を頬で撫でた。
「ふふ。それは勿論、ずっとこうしていたい君に贈りたいんだから、当然だろう?」
「えっ!あ・・・う・・・」
照れくささと、若干の困惑で、言葉にならない・
・・・ん?!?
え?あれ・・・?
贈りたい・・・?
今、からすさん、そう言わなかった・・・?
「ね。今、『贈りたい』とか言っ・・・」
「言ったよ」
事もなげに、からすさんは言った。
「そんな!自ぶ・・・」
私の言葉をからすさんが遮る。
「だぁめ。僕が君にプレゼントするの。僕がそうしたいんだ。ね?贈らせて」
「・・・・・・!!」
顔が熱くなる。
ジタバタしてはみたものの、からすさんの腕の力強さに、観念して頭をこてっともたせかけた。
「うん。いいこだ」
~~~~~~!!!
もぉ――――――ぉう・・・。
「・・・じゃ・・・、せめて、ベルナストーンで・・・」
「ん?」
「・・・花瓶の色が淡い方が、お花の色が映えそうだし」
「成程。それもそうだね」
ぎゅうぎゅうされる腕に、胸をきゅうきゅうさせながら、私はおとなしく頷いた。
村の加工屋さんが、兼業的にやっている宝石の加工。
これからドンドルマに出荷する作品たちを見せてもらった。
散々冷やかされながら、選んだ花瓶は、横幅がある六角柱に近い、少し大きめのどっしりとした安定感があるもの。
装飾も縦に擦り模様が入っている程度のシンプルなデザイン。
早速、改めて青い花たちを活け直す。
青中心の家の中が、更に青く明るく鮮やかになった。
「うん。いいね。・・・これで少し安心だ」
そう言ったからすさんを見上げて、問い返す。
「?・・・安心?」
からすさんは、一瞬目を泳がせた気がした。
「あ・・・。うん・・・」
けれど、即座に嬉しそうにウインクしながら続けた。
「ふふふ。僕がいない間も、この花瓶が藍メソを見守ってくれるからね」
~~~~~~!!
あ――!もう!この人はぁ!!!
なんでこう、しれっとこういうことを言うかなぁ・・・。
それ以降も、来てくれる度に、毎回必ず青い花束を持って来ては、その前の時の花をさり気なくムァとミツに持ち出させて、新しい花をその花瓶に活けさせてくれた。
お蔭で、常に青い花が枕元に飾られている状態になっていた。
そして、からすさんは、花がしおれてしまう前に、必ず来てくれていた。
まるで、青い花を切らすことのない様に・・・。
ん?
あれ?
青い花を切らすことがない様に・・・?
え?
うそ!?
結構頻繁に来てくれるので、素直に喜んでいたけれど。
もしかして、そういう意味もあったの・・・?!?
いつも、間に合うように気にして、予定を合わせてくれていたの!?
・・・・・・?!?
もしかして、あの花瓶を買ってくれた時の、『安心』って、もしかしてそういう意味!?
久々に、狩りの依頼以外で、ドンドルマのマコノフさんの家に、スズナ、シュナさんとそれぞれの筆頭オトモたちが集まった時の事。
ぽろっとその話を口にした瞬間、わずかな沈黙が起きたかと思うと大騒ぎになった。
「にっぶ――――――い!!」
とシュナさん。
「それ、今頃気づいたの!?」
とスズナにも言われ、マコノフさんには
「愛されちゃってるね~~~!」
と冷やかされる始末。
えええぇぇぇ・・・。
鈍いんだ、やっぱり・・・。
オトモたちも、最初はくすくす笑っていたが、仕舞いには大笑いを始め、スズナたちも加わった。
そんな大爆笑の渦の中、私は困った笑いを浮かべていた。