非科学的なNの世界   作:氷の泥

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異種との共存 1

 私たちの暮らす世界には「N」がある。

 なぜNと呼ばれるのか、誰も知らない。誰が初めにNと呼んだのか、誰も知らない。なぜNが生まれたのか、誰も知らない。

 わかっているのは、それが人ならざる力であることだけ。付け足すのなら、Nを持っている極一部の人間だけであることも周知の事実である。けれども重大なことに、どういった人間のもとにNが発現するのかは未だにこれっぽっちも解明されていない。

 私たちの暮らす世界にはNがある。私は、Nを持っている。そして私たちの暮らす世界はどうやら、Nを良い物だとは思っていないらしい。

 

 

 都内に建つ寂れた商業ビルの一階、ほとんど人の訪れない一番隅の部屋に私たちは陣取った。占拠したのではない、正当な手続きをもって私たちはこの場所を得たのだ。

 この部屋へ入るための唯一の入り口……窓を除けば唯一の出入り口である扉には「何でも屋」と大きく書かれた紙を貼ってある。同じ紙に「※殺人は請け負いません」とも。これは私たちが貼った物だ。

 となれば、この部屋で行おうとしていることは明確だろう。そうだ、ここは商業ビルなのだ、私たちだって商売をするのだ。

 ピロロロと電子音が鳴る。さっそく電話が入った。

「はい、何でも屋です」

絹川月流(きぬかわつきる)さんですか」

 相手の声には聞き覚えがあった。すぐに顔も思い浮かぶ。電話口にいる彼は警察官だ。

「そうです」

「余計なお世話かもしれないが、電話に出るのに「はい何でも屋です」っていうのはどうなんだ?」

「何か問題が?」

「……いや、いい。それより依頼だ」

「おお、さっそく! よーしドンと来い!」

 このビルの一室を獲得してから一週間も経っていないが、さっそくの仕事だ。幸先が良いスタートで何よりである。

「内容は逃亡中の窃盗犯の確保。対象はN持ちだ」

「ははあ。……で? 私はどうすればいいんですか? 怪盗キットが予告状を出したからそこへ向かってくれって?」

 まさか現実に予告状を出す泥棒なんかいないだろう。百歩譲ってそんな泥棒がいたとしても、まさか現実に、そんなふざけた輩も捉えられない国家権力はいないだろう。

「いわゆる予告状が入っている。あなたにはそこで待機してほしい」

「冗談でしょう? 予告上なんか出すアホを捕まえられないって言ってるってことでよろしいので?」

「……その通りだ、我々はそいつのNに振り回されている。なにせ登録されていない物だから、その能力の全容も不明なのだ。仕方があるまい」

「仕方があるまい……の一言で片づけられる仕事なんですか、警察って」

 我々国民の支払った税金のうち何割かは彼ら彼女らのために割かれているはずなのに、仕方があるまいで済まされては困る。Nを持たない人間がNを持つ人間に対して手も足も出ないのは確かに仕方がないとしても、それにしたって心構えの問題があるだろう。心構え、もしくは態度か。

「片づけられないから、あなたに依頼して解決しようとしているのではないのか」

「他力本願ってやつですね。それならほら、もっと頼み方ってものがあるじゃないですかー」

「もちろん報酬は出す」

「あー日本の闇。何もかも金で解決」

「…………」

 受話器の向こう側に黒いオーラを感じる。似たようなオーラを子どもの頃に、宿題がいかに不要な存在であるかを親にプレゼンした時に感じた気がする。

「いや、冗談です。ありがたく働かせていただきます」

「では、詳しい話は資料を交えて署で行うので、早ければ今から来てもらってもよろしいか?」

「よろしいですよ。それじゃあ、また会いましょう」

 ガチャリと受話器を置く。傍で聞いていた箱星空(はこぼしそら)が、察していないわけもなかろうに訊いてきた。

「だれ?」

「警察」

「署までご同行を願われたの?」

「そう」

 それは大変ね~、とテキトーなリアクションをしたっきり彼女は、視線を私の顔からテレビに映るゲーム画面に戻した。隣に座る男、木林(きばやし)りんごとボードゲーム系のゲームで対戦中だ。

 そのゲームはついさっきまで私も参加していたのだけれど、特に私たち三人の中で腕に差があるわけでもなく、私が電話に出ている間の操作は二人のうちどちらかが代行してくれていたようだった。

 要するに、実力差を取り除いたボードゲームは見栄えの良いおみくじになっているのだ。誰が引いても結果は変わらないけれど、引くこと自体が楽しいから遊んでいる。もっと言うなら、ゲームをしつつお喋りをするのが楽しいから遊んでいる。ドリンクバーに非凡な美味は求めないことと同じである。

「そういうわけで、今からちょっと行ってくるので引き続き操作の代行よろしく」

「途中までアンタが動かしてたキャラが勝ってもつまらないから、都合の良いように動かしてもいい?」

「ダメ。早く帰ってくるかもしれないだろう」

 ゲームから目を離さない二人からの「いってらっしゃーい」の声を背に受けながら、我が城である何でも屋を出る。

 念のために言うと、二人に待機してもらうことにはちゃんと理由がある。私だけ不公平に働いているわけではないのだ。まず、箱星空は見た目に問題があるから、差別するつもりは一切ないつもりだけれど、やっぱり外部の人間と単独で接触するのには向かない。

 ちなみに問題というのは身長のことである。彼女は私と同い年なので二十歳だけれど、身長が130cmジャストしかない。ついでに顔つきまで子どもっぽい。早い話彼女は体質によって、見た目だけ幼い子どもとして生きる宿命を背負ってしまっているのである。別にそれでも彼女が積極的に働きたいと言うなら止めはしないけれど、実際には私が積極的に働いているということはそういうことなのだ。

 一方、木林りんごが待機する理由はもっと単純だ。ズバリ箱星空を一人で残すことが心配だからである。

 彼女はそこらへんの大人に暴力で負けたり言葉巧みに騙されたりするほどほど弱くはないけれど、なんだろうか、これは私の個人的で身勝手な考えなのだけれど、たとえ中身が大人でも見た目が幼女な人を一人で留守番させる気になれないのだ。

 これを差別と言うなら言えばいい。箱星空本人は私の考えに特に異論は唱えていないのだし、外野がいくら騒いだところで私は痛くも痒くもないぞ。

 ……まあ、そんなことはどうでもいい。別に今回の仕事には何一つ関わってこないだろう。

 留守番させている二人のことを思考から払いのけると、空いた領域はすぐさま、今回の報酬はいくらほどもらえるのだろう……という欲望に埋め尽くされた。

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