予告状にあった時間の指定には「深夜」としか書かれていなかった。どこへ現われ何を盗むのかは具体的に書いてあるのに、なぜ時間だけアバウトなのか。聞いていた話のイメージでは、時間をズラして出し抜くような
一応、私は日が沈む前から指定された宝石店で見張りとして過ごしてはいた。「私服警官」から「警官」を引いた存在として、特に何を買うでもなく店内に居ついていたわけだ。
夜の七時を過ぎて、月が太陽と交代し終えた時点でも
十一時を過ぎても彼は現れない。とっくに店は閉店し、私以外の人間はすべて外へ出た。万が一頭の悪そうな怪盗と戦うことになった場合、邪魔にしかならない一般人には出て行ってもらったのだ。この場合の一般人とは、Nを持たない人間を指す。
「ふあー……あ」
いよいよ退屈になってきた。そうなってくるとあくびも出る。
ところで、個人的な意見を言わせてもらうのなら、警察のその行為に意味はないと思うのだけれど。店が閉店してからは、外で警官たちが見張り業務に勤しんでいるらしい。
一応、応援が必要なら呼んでくれ、とトランシーバーのような通信機を渡されている。この宝石店はいわゆる平屋として建っているので、外にいる警官たちは目と鼻の先。呼ぼうと思えばそりゃあすぐに呼べるんだろうけど、まあ応援を求める機会は十中八九来ないだろう。
時計の針があと数分で十二時を指す。日付が変わってから盗みに入るつもりだろうか、ルーズな怪盗がいたものだな……とどうでもいいことを考えていた時。
「なあ、あんた誰だ」
私は、首元にナイフを突きつけられていた。いつの間にか背後に立っていた彼がその気になれば、一瞬でナイフが私の首を掻っ切るだろう。
「まずは自分から名乗るべきなんじゃあないの」
「僕が誰だか知らないでここにいるのか? 警官を外で待たせて?」
はあー、と大きくため息を吐く。では彼は、私が名乗ったところで、私が何者なのか理解できるというのだろうか。私は彼が名乗れば確実に理解できるというのに、どちらが名乗るべきかは明白じゃないか。
意地になっても仕方がないので、素直に答えてはやる。
「
「N所持者? あっはは……!」
ナイフが首から離れた。オレンジ色の髪をした彼は堂々と私の視界内に、踊るような緊張感のない足取りで舞い込んで来る。この犯罪者、人に刃物を向けておいて、背後を取った有利をあっさりと手放した。
「知っているだろうけど僕もNを持っている。ってことはだ、僕たち仲間だよね?」
「どういう理屈なんだ、それは」
「僕もね、自分以外のN所持者を見るのは初めてじゃない。学生の頃に一度見たよ」
色彩絵画、彼はおそらく先天的なN所持者ではない。後天的な、人生の途中で、それもそこそこ心身ともに成長してからNを手に入れたタイプの人間だ。手に入れたと言っても、Nを得る方法はまったく解明されていないので、運命に選ばれたとでも言うべきことなのだけれど。
「へぇ、その頃はまだNを発現していなかったりしたのかな」
「うん? あぁ、確かに僕がNを得たのは社会に出てからだったけど、それが何か」
「いや別に。ただほら、私は学生時代からNを持っていたタイプの人間だから、「N所持者を見たことがある」って言い方がなんか他人事っぽいなと思っただけ」
さも心理学に強そうな語り方をしてみるけれど、今のはこじつけの適当な言葉を吐いただけだった。私たちN所持者だって自分が少数派なことくらい理解しているのだから、同類を見た時に「あ、他にも自分みたいな人がいるんだ」というどこか間の抜けた感想を抱いてもぜんぜん不思議はない。
それよりも確実に、彼が先天性のN発現者ではないことを推察できる事実がある。それは彼のNの全容を、警察がまったく把握できていないことだ。
現代日本には、国民のNについて国が管理している団体が存在する。Nを発現した者は必ずその能力を団体へ登録しなければならないのだ。色彩絵画のNの全容が不明だというのは、彼がその法を無視してNを秘匿しているからに違いない。
N所持者を団体の管理する施設まで連れていくには、まず大前提としてその者がNを発現していると断定する必要がある。自動で発動してしまうNを持った者や、幼さ故に上手く自分のNを隠せなかった子ども相手なら、その人がNを発現していることは当然すぐに断定できる。
問題は、しっかりと自衛のできる程度に精神の成熟した状態で、なおかつ本人の意思で発動を抑止することが出来るNを所持した者に対する処置である。隠せるNを正しく隠す人間を、N発現者と断定する方法はほとんどないのだ。
結果として、例えば色彩絵画のような人物のNの情報を管理するには、実質本人からの自己申告しか望みがないのである。まあ、法律なんて常にそんなものだった気がしないでもないけれど。
「あー、絹川だっけ? お前は学生時代からNを持っていたのか」
「持っていたよ」
「だったら苦労しただろう? ……少なくとも僕が見たN発現者はいじめられてたぜ。抵抗しようと思えば簡単にできたはずなのに、そいつは卒業までいじめられっ子でいることに甘んじていたよ」
学生時代を思い出す。いじめられていた、ということをテーマにして思い出すのならば、私は小学生時代から記憶を掘り起こさなければならない。懐かしさに浸っていられる状況でもないのに、まったく。
「確かに苦労はしたかもしれない」
「だろう? それでおかしいと思わないのか? 優れた能力を持った僕たちN発現者が、どうして迫害されるような立場にあるんだ? 絹川、僕は革命を起こしたいんだよ。N発現者の力を正しく世界に知らせるんだ。お前たちは、僕らの良心によって生きながらえているんだぞ……ってね」
驕り高ぶるにもほどがある論理だった。脳みそが青春時代から抜け出していない色彩青年は、見た感じどうやら本気で自分が世界を左右できる能力を有していると思っているらしい。
私を仲間と呼ぶあたり、さすがに一人では革命とやらを起こせないとは理解しているらしいけれど、それではせいぜい中学生から高校生に成長した程度の違いしかない。
彼は知らないのだ。確かに私たちは多少特別な能力を持っているけれど、「少数派」という存在がどれだけ弱いのかを、まったく理解してはいないのだ。
「革命? 物を盗んで革命か。それはあれか、ジャイアニズムで全宇宙を包み込んで、Nを持たない者を全員のび太くんにしようって話か」
「は? なに言ってんのお前」
「革命と言いつつ泥棒程度で収まっている色彩絵画くんに、幼いなぁ器が小さいなぁ……って言ってるんだよ。それで革命なんてことが本当にできると思っているの?」
余裕ぶっていた彼が、あっさりと苛立ちをその顔に浮かべた。ついでに舌打ちまで。
ほら、やっぱり器が小さい。警官でさえ舌打ちは我慢していたというのに、まったくもう。身の程をわきまえて暮らしていればいいものを。
「なに? 喧嘩売ってるの?」
「売ってるよ、最初から売ってる。言っただろう、お前を捕らえに来たんだよ。お友達になりに来たんじゃない」
「ああ、そうかい」
N発現者で結託すれば革命を起こせる……なんて馬鹿な考えだ。馬鹿の極みだろう。そもそもN発現者全員が今の世の中に不満を持っているわけじゃあないのだ。私のように上手いこと自分の能力を利用して生きている人も、逆に上手くNを隠して普通の人間みたいにそこそこ幸せに暮らしている人も、探せば「例」として扱うのに困らない程度にはいるだろう。
たぶん彼の言う通りN発現者にはいじめられっ子が割合的に多い。けれども、N発現者は強大な力を持っているが故に、復讐に意味を見出さないことも多々ある。いつでも出来ることを今やる必要はない、と考える者だってそれなりの数いるだろう。私はまた別のタイプだけれど、それは関係ないので今はいい。
要するに、絶対数の少ない我々では確率的に、結託することが非常に難しいのである。仲間を集めればなんて考え方は、「仲間」という枠組みに正しく当てはまる者が周囲にうじゃうじゃいる、Nを持っていない人間にのみ許されたことなのだ。
「まあいいや。僕の志に賛同しないのなら、絹川、お前に用はないよ」
言って彼は、自分の家のタンスを漁るような気軽さでショーケースをハンマーで叩き割り、中にあった宝石の類をごっそりと、事前に用意していた袋に詰めていった。
「おいおいおいおい、なに普通に盗もうとしているの。ふざけるな」
「止めてみなよ」
挑発的な態度が目立つ、という話をそういえば警官から聞いていた。なるほど、よろしいならば戦争だ。
私が明確な敵意を持って彼の肩を掴もうとすると、彼は独り言のようにぼそりと言った。
「あ、外の警官なら全員飛ばしておいたよ」
「うん?」
「見張りの警官、いただろう? 全員遥か彼方、沖縄のあたりにまで飛ばしておいた」
ワープ能力を頻繁に使うが、それ以外の能力らしき物も有していることを確認している。能力の全容不明。……自分ではなく他人に、それも複数人にワープ能力を使った例があったのかは聞き忘れていた。
しかし、警察たちも過去に様々な対策を試したと言っていた。それら全てを「あらゆるものを別の場所へ飛ばす」能力で突破できたのかというと怪しいところだ。というか、その能力一つで突破できていれば、それはそれで警官が私にそう報告していただろう。
彼の能力は得体が知れない。それだけは今よくわかった。
「私は孤立したのか」
「そうだね」
「じゃあ、あれだな。仮にさっきナイフで私の喉を切り裂いていれば、キミは徒歩で逃げだせたわけだ」
おそらく東京都内から沖縄にまで飛ばされた警官たちは即座に異常を報告するだろう。そうすれば予告通り色彩絵画が現れたのだと察して、近場から別の警官たちがここへ集うはずである。
別に徒歩で逃げることへこだわる意味はないだろうけど、彼は急げばそれくらいのナメた態度でここを後に出来たのだ。それなのにのんびり私と会話して、焦ることもなく宝石を袋に詰めていくとは。警官に駆けつけられても支障ないということだ、相当自分の能力に自信があると見える。
「そうだね。今からそうしてもいい」
「今からじゃあ間に合わないだろう。私だって抵抗するし、別の警官たちがそのうちここへ来るだろう。徒歩で帰るのは無理だ」
「そうかな」
ぐっ、と胸のあたりに何かが詰まる。酸素とか血液とか、私の体を生かしている物たちが、そこでせき止められた気がした。
「かっ……はっ……!?」
足に力が入らなくなって、崩れ落ちるようにその場に倒れてしまう。胸に詰まった何かは未だに取り除かれない。
私は、腫瘍という言葉を思い出していた。何かが詰まっているわけではないのだ、きっと。ただ、何か体に異常が起こっていることは確かで……。
「どんなNを持っているのか知らないけど、死んだら何もできないでしょ」
霞む視界で彼を見上げると、彼の方は私の方を一瞥もせずそう語った。全容不明の能力で、彼が私に何かしたのだ。何をしたのかはわからないけれど、私は今まさに、彼に殺されている。それだけは理解できる。
息ができない。空気を吸っても体の中に入って来ない。次第に意識が遠のいてきた。大きく膨らんだ袋を担いだ彼が、この場をあとにしようとしている光景を見ながら、私は苦痛の中で眠りにつく。
……さて、ここまででおかしなことがいくつかある。順序立てて考えていこう。
まず、仮に色彩絵画があらゆるものをワープさせられる能力の持ち主なら、さっさとワープで侵入し、そしてさっさと宝石ごとワープして逃げてしまえば良い。なぜそうしないのか。
触れなければ能力が発動しないなんてことは、警官全員を私に通信が入らないほどの一瞬で別の場所へ飛ばしたのだからあり得ないだろう。「あらゆる物を別の場所へ飛ばす」能力があれば、彼はその気になりさえすればあっという間に盗みを働けたはずなのだ。
次に、彼は革命という言葉を口にしていた。彼の本当の望みは、盗みによって苦労なく大金を得ることではないのだ。換金することだって簡単じゃないはずなのに宝石店なんかに侵入して来たことも、おそらくはそれと関連している。
彼は仲間を集めたがっていた。しかし、そのために盗みを働いていたというのはおかしい。どう考えたって他のN発現者がこぞってゾロゾロと、あいつも盗みをやっているし俺もやろうあいつと仲間になろう、なんて考えに至るわけがない。そんなことを考える奴はいたとしても極々少数だろう。
そしてもう一つ。彼は仲間にならないと意思表示した私を、ならば用はないと殺した。警官たちは殺さずにワープで済ませたのに、私のことは殺したのだ。色彩絵画の行動は、全てどこかがおかしい。一貫性がない。
……これらのことから導き出せる答えが何なのか、残念ながら私にはまだわからない。けれども諦めなければ、モチベーションとリソースが続く限り人間はどこまでも突き進める。これでも私は人間だ。
これだけ不可解なことがあって、結局答えがわかりませんでしたではつまらないじゃないか。モチベーションは十分だ。そしてリソースだって、きっと不足していない。
私は、目を覚ました。
「ぐあっ!?」
背中に無数のガラス破片が突き刺さり、彼は悲鳴を上げた。