非科学的なNの世界   作:氷の泥

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異種との共存 4

「本気で徒歩で帰る気か」

 悲鳴を上げた拍子に前のめりに倒れた彼、色彩絵画へ声をかける。鬼のような形相で振り返った彼には、私の声が死者の声に聞こえたのだろう。

「日本の警察がどれだけ速やかに駆けつけるのか私は知らないけれど、ワープで逃げた方が確実だと思うんだけどな」

「な、お、お前っ……!?」

 宝石の詰まった大袋を手放して、震える手で私を指さす。

「私のNは有老不死の能力だ。体は老いるのでいつかは寿命で死ぬのだろうけど、今は絶対に死なない」

 このNの名前はずばり「最優先事項(アンデッドメンタル)」という。Nのネーミングは国の運営しているN管理の団体が付けるので、センスについてはそこの人たちに言ってほしい。

「フシ……不死だぁ!? そうか、そんな能力もあるのか。……でも、それだけだよなぁ!?」

 背中にガラス片を刺したまま血を流しつつ、彼は私に背を向け全力疾走で逃走を図る。この期に及んでまだワープ能力を使わないなんて、何か使えない理由があるか、彼の能力はワープではないのか、どちらかだ。

「ぎゃあ!」

 走り去ろうとした彼の足にガラス片が刺さる。豪快にハンマーでショーケースを叩き割っていたのだ、突き刺す物には困らない。

 転倒した彼に歩み寄って見下ろすと、初めの余裕はどこへやら、歯をガチガチ鳴らしてかわいそうなほどに怯えていた。

「ま、待て! お前の目的は僕を捕らえることだろう!?」

「ああ、そうだ。おとなしくしていれば殺さないし、何一つ危害を加えないから安心していい。……例えば逃げようとするとか、そういうおとなしくない態度を取らなければね」

 威嚇行動として、散らばったガラス片を浮かせて私の背後に、クジャクの羽のような扇状に配置する。すっかり余裕を無くした色彩青年は「意味がわからない」といった様子でその光景に目をくぎ付けにしている。

「あ、ちなみに私はもう一つNを持っているので、そこのところよろしく」

「もう一つだと……? 一人に二つのNなんて、そんなの聞いたことないぞ。なんだお前、なんなんだよ」

 ほう、一人で二つ以上のNを所持する例を知らないと? ということはつまり、彼の能力も「一つ」であるということだ。正解に近づいてきたな。

「なんだと言われても、二つ持っているものは持っているのだから仕方あるまい。お前は地球がなぜ生まれたのかとか、そういうことを真剣に考えるのか? あるものはあるんだよ、理由がわからなくても」

 私だって私以外にNを二つ以上所持している人間なんて聞いたことがない。けれども元々Nなんて物は、なぜ存在していてなぜ発現するのか、何一つ解明されていない物なのだ。理由があると考える方がおかしい。

 私はなぜかNを持っている。それもなぜか二つも持っている。一つのNを持っている他の人間と同じように、そうなるに至った理由は不明だ。いつだって世界には理不尽と不公平が存在していると、私は私の存在をもって現在進行形で証明しているわけである。

「ところで色彩絵画くん、一つ私に教えてくれないかな」

 ガラス片のうち数個を彼の顔に掠るか掠らないかスレスレの位置に飛ばして脅す。

「ひっ」

「キミのNの内容はどんな物なのか。私にはいまいちわからないが、気になるので教えてくれないかい。……えぇ? タメ口で私を「お前」と呼ぶ色彩絵画くん?」

「お、教える! 教えるから!」

 彼が何歳なのかは知らないけれど、変に意地を張って教えないなんて言うことのない、素直な人だったので助かる。私には特に権限もないから、脅す程度ならともかく、本当に相手が無抵抗なのに危害を加えるなんてことをすれば、法律に則って怒られてしまうかもしれないからね。

「僕の能力は、一日に一度だけ具体的な願いを瞬時に叶える能力だ。警官を飛ばしたのは、この能力を使ってそう願ったからだ。でも例えばこの国に革命を起こすとか、誰かはわからないけれど漠然と仲間を募るとか、そういうアバウトだったり定義のはっきりしない願いは叶えられない」

「なるほど、キミは「革命」を具体的に思い浮かべられていないわけだ」

「そ、そうだよ。悪いかよ。誰だって多かれ少なかれ、自分でも上手く把握できない欲望くらい持っているだろう……!?」

 それには同意できる。私だってなんの志もなく何でも屋を始めたわけではないけれど、ではその志がどこへ向かうのかなんて、そんなところまでは想像できない。

 たぶん、みんなきっとそうだ。誰も自分の願いを、理想を、欲望を、把握することなんて出来ていない。把握できないまま漠然とした価値観だけ用意して、それに従い幸せに暮らしたいなと考える程度だ。

 そして誰だって、その欲望が叶わないことくらい、心のどこかで直感的に理解している。みんなそうだ、私だってそうだ。目の前で足から背中と足から血を流し怯える彼だって、革命なんて真似は不可能だということくらい、心のどこかでは理解していただろうに。

 どうして彼は盗みなんて実行してしまったのだろう。……きっと彼は明日の幸せを願い続けていたのだ。犯罪者として自ら社会という枠組みに弾かれることで、社会に溶け込みながらいじめられるような、学生時代に見た誰かにならないように。漠然とした恐怖から逃げて、漠然とした幸せを目指したのだ。

「なるほどなるほど。それで、じゃあどうして今、私から逃げたいという願いを叶えようとしないんだい」

「だ、だから、一日に一度なんだよ。警官を飛ばした時にまだ日付は変わってなかったから、あれが昨日の分。そして日付が変わった今日は、もう、その……」

「私を殺そうと願ったから、使い切ったのか」

「…………」

 沈黙が問いを肯定する。なるほど、だから彼は私を殺した時点で、徒歩なり何なりで逃げ去るしかなかったわけだ。

 なぜそんな危ない橋を渡ろうとしたのかと思ったが、彼からすればいつもの警官が見張っている状況の中に、一人ぽつんと私服の女が立っている異様な状況が見えたのだから、危ない橋を渡ろうとしたのも当然と言えば当然だった。

 きっと何かを期待して、邪魔者を消すために警官を飛ばしたのだろう。例えばそう、私が仲間になることを期待して。そしてお喋りを続け日付が変わるまでの時間を稼いだ後、用済みになった私を殺して逃げようとした。

 ……やはり彼は頭が悪い、というか合理的ではない人間だったということだ。一時の感情で、そうしてしまえば今日はもう能力が何も使えなくなるというのに、用済みになった私を迷うことなく殺そうとしたのだから。

「最後に一つ聞いてもいいかな」

「な、なに……?」

「その能力の名前は?」

「ば、「寝て待つ祝福(バースデイ)」……」

 にやりと私が笑ったのを、はたして彼は見ていただろうか。別に私だって彼をバカにしたいわけではないが、けれどもこれは面白い。

 Nの名称は国民のN情報を管理している団体が決めている。しかし色彩青年は大人になってからNが発現したので、団体への登録を拒否して逃げ回りつつ盗みを働いている。

 彼の能力名は、彼のネーミングセンスで名付けられた物だ。これを面白いと言わずに何と言う。

「よし、教えてくれてありがとう。そしてお喋りご苦労。キミがそうしていた通り、どうやら時間稼ぎにはお喋りが最適なようだね」

「あ……」

 パトカーのサイレン音が聞こえてくる。もう一度日付が変わるまでは無力な青年である色彩絵画くんは、警官の群れに抵抗する術を持たないだろう。

 絹川月流、これにてミッションコンプリートであります!

 

 

「それで、沖縄旅行はいかがでしたか」

 報酬を振り込んだことを確認するために電話してきてくれた例の「いつもの警官」に、これを逃すなんてとんでもないとばかりに雑談を投げかける。

 あっという間に東京から沖縄にワープさせられた人の話なんて、おそらくは今後二度と聞けない。

「ああ、気付いたら巨大な水槽が目の前にあった時の気持ちを、上手く言語化する才能が欲しいと思ったよ」

「あっはっはっはっ!」

 沖縄の水族館に飛ばされたのか! それは愉快だなぁ。複数人の警官が揃いもそろって制服で武装までして、深夜の閉園した水族館でジンベイザメとご対面したわけだ。暗かっただろうなぁ、そこで働かない人間には出来ない貴重な体験だったのだろうなぁ。

「それで、報酬はきちんと振り込まれているな? 確認したか?」

「はい、ばっちりです。これでしばらく遊んで暮らせます」

「それは結構だが、くれぐれも今回の件は内密に頼むぞ」

「わかってますよ」

 警察からの依頼をこなす度にこれは何度も言われている。口止め料を含めた多額の報酬をもらっているのだから、私だって口外する気は微塵もないのだけれど。それだけ向こうも慎重にならざるを得ないというのも理解はできるから、特に嫌味を言ったりはしない。

 なぜ警察は私を口止めするのか。それは普通、Nによる独自の方法で警察に協力する場合、事件現場での咄嗟なことでもない限り、様々な手続きを踏んで正式に警察官として働くことになるからだ。そうしなければならないのだ、法律的に。

 法律を守らせるための組織が、法律を破った者を捕らえるために、軽度とはいえ法律を破っている。だから私という人間は警察となんら関わりを持っていない……ということになっているし、そうでなければならないのだ。

「いやぁ、でもこんな感じの仕事が頻繁に来れば、私も大金持ちになって「何でも屋で城を建てた女社長!」みたいな感じで有名になるかもしれないですねー」

「縁起でもないことを言わないでくれ。……それじゃあこちらも暇じゃあないので、切るぞ」

「あー、はいはい」

 つれない人だなぁ、と思うけど向こうは仕事中だ。滅多に客が来ない私たち何でも屋とは違うのだ。仕方がない。

 受話器を置いて通話を切ると、箱星空(はこぼしそら)が「ほいっ」とゲームのコントローラーを投げて渡してくる。危ないな壊れたらどうするんだと思いつつ、Nを使ってそれを空中に浮遊させてから握る。

「よし、今回は参戦できるぞ!」

 電話に出ている間の操作代行を任せていた二人の間に入って、今度こそ私は画面内のボードゲームに熱中する。銀行周りのエリアは私のものだ!

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