好奇心の化け物で純粋な灰の人を書いてみたくなりました。

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灰の墓所 1

 きっと、この世界は正直者が馬鹿を見るんだろう。

 

 …正直者、というのも間違いかもしれない。あまりに乱れて、正しいことなどどこにもありはしないのだろう。

 

 そういうところだ、ここは。

 

 

 ─────────

 

 

 私の目に、突然出現した暗い輪っか。それは、不死の証なのだという。

 

 それ故に、私は迫害された。昨日までは暖かく包みこんでくれていた家族が、次の日には冷たくなっていた。私を、庇ったせいだ。例え不死であろうと、私の事を愛そうとしてくれた。皆、底抜けなほどに、善人だったんだ。

 

 私は、何度も殺された。『これが、人を守る為なのだ』と言って、カリムの騎士達は私を何度も殺した。何度か復活すると、私の体はしわくちゃになっていた。カリムの騎士が言うに、これが亡者化なのだとか。不死人が人間性というものを失った、成れの果てだと。そして、その果てに不死人は記憶を失い、理性を失い、ソウルを求めるだけの化け物になってしまうのだとも。だからこそ、彼らは不死人を殺し続けるのだろう。やがて生きることを諦めさせる為に。

 

 もう数え切れない程殺されたあと、私は急に解放された。カリムの騎士達の内に、不死が出てきてしまったらしい。何度殺しても理性を失わない私は、もはやどうでも良くなってしまったようだった。

 何度も切り続けられ、私の服はもはやただの布切れでしかなかった。けれど、亡者というのは羞恥心が無くなってしまうのだろうか、何も気にならなかった。かつてカリムの騎士達に連行された道を辿り、家族の元へ着いた。そこには、家族全員のお墓と、一つだけ空いた、石の棺があった。なんともお誂え向きだった。私はその中に入り、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 ふと、鐘の音が聞こえた。

 私の意識を緩やかに覚醒させていくそれは、どこか心地よいものに思えた。

 

 石の棺から、起き上がる。何故か私の身体は灰まみれになっていて、立ち上がるとさらさらと零れ落ちる。これは、どういう事なのだろうか。回りを見渡してみると、景色すら違う。私が眠りについた石の棺は変わっていなかったが、家族の墓はない。代わりに、見知らぬ人々の墓があった。

 

 少し進むと、人が座り込んでいた。よく見てみると、腕や足がしわくちゃであった。私と同じ、亡者なのだろう。声をかけようとすると、やおら立ち上がり、先の折れた剣を持ち出した。どうやら、かつてカリムの騎士たちが言っていた、理性を失った亡者のようだった。カリムの騎士達に殺され続けたから、死ぬことに忌避感はない。けれど、理由もないのに殺されるのは、癪だった。

 

 気づけば私の手には小さなこん棒が握られ、目の前の亡者は死んでいた。私の中に何かが流れ込んでくる感覚があった。これが、ソウルというものなのだろうか。

 

 少し進むと、青白く光る瓶があった。拾ってみるとどこかひんやりとしていて、懐かしい感覚を覚えた。すると、塞がれていなかった手に、暖かな熱が帯びた。見ると、橙に光る瓶が握られていた。その瓶の縁に唇をつけ、傾けてみる。橙に光る何かが、私の中に流れ込んでくる。すると、私の身体中にあった傷が無くなっていった。あの亡者との戦いで、傷を負っていたのだろうか。不死になってから、どうも痛覚に鈍くなっていた。どうやらこの瓶には、傷を癒してくれる力があるようだった。

 

 

 襲いかかってくる亡者たちをどうにか倒し、先へ進んだ。すると、不思議な物を見つけた。積もった灰に螺旋状の剣が突き立っていて、幽かに燻っていた。私が近付くにつれ、その燻りは強くなっていた。熱が私の体に染み渡っていく。思わず、その奇妙な剣に手を翳した。すると、火花を大きく咲かせながら、燃え盛り始めた。まだ生者だった頃は、これにびっくりしていたのだろうな。けれど、亡者となってしまった私は、驚く事すらなかった。感性が、死んでしまっているのだろうか。

 

 燃える不思議な剣の前に座り込む。体の隅々に、暖かさが染み渡ってきた。ふと、横を見てみる。すると、私と同じように座り込んだ人がいた。いつの間に、と思ったが、すぐに違う事が分かった。立派な金属の鎧で包んである全身が、透けているのだ。恐る恐る、手を伸ばしてみる。しかし、案の定というべきか、すり抜けた。どうやらその幻影は、眠り込んでいるらしい。徐々に姿を薄くし、遂には、消えた。どこか、ぐっすりと眠っているように見えた彼を、羨ましく思った。

 

 道中で遭遇する亡者達を凌ぎながら進むと、開けた場所に出た。その中央には、大きな騎士が鎮座していた。その佇まいたるや、まさしく英雄のそれであった。恐る恐る、近づいてみた。大きな槍と斧が一緒になったような武器は傍らに突き刺さり、大きな騎士は沈黙を守っている。よく見てみると、胸に剣が刺さっているのに気付いた。あの不思議な剣と同じ、螺旋状の物であった。ふと、好奇心に駆られて、その剣に手をかけてみた。少しずつ、引き抜いていく。

 

 そして、その剣が完全に抜けきった時──────

 

 

 

 大きな騎士が、動き出した。

 

 

 

 

 眼前に迫る、あの大きな武器の矛先。

 

 

私の体は、ぴくりとも動いてくれなかった。



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