メイの早撃ち講座   作:シャケ@シャム猫亭

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女の子の登場を心待ちにしている紳士の皆さん。
後、1、2話ほどお待ちください。


スタンディング・ワックス

 君は西部劇を見たことがあるかい?

 19世紀後半のアメリカ合衆国、いわゆる西部開拓時代のアメリカ西部を舞台とした物語のことだ。

 と、言ってもイマイチ分からないか。

 あれだ、カウボーイが背中合わせに立って、1、2、3歩目で振り返って拳銃を撃つやつ。

 あれが西部劇だ。イメージが湧いたか?

 それじゃ、それをもうちょっとだけ膨らませよう。

 

 舞台は、果てしない荒野の無法地帯だ。

 カウボーイハットを被り腰に拳銃をさげた男が、馬に乗って旅をしている。

 見渡す限り砂と岩、時折サボテンと風に転がる枯れ草。

 夜は満天の星空の下、小さく燃える焚き火にあたり、手にはスキットル。

 街に着けば酒場でトランプに興じ、その内容に一喜一憂していると、何やら金の匂いが厄介事と共にやって来る。

 男は正義のために、金のために、はたまたプライドをかけて決闘に挑むんだ。

 

 どうだ、ロマン溢れるだろ?

 

 では、そんなロマン溢れる西部劇の世界を、現代でも体験出来るとしたら?

 俺はその存在を知って、飛びついた。

 現代の西部劇、それは先ほど俺がやっていた競技、『ファストドロウ』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファストドロウが行われる競技場は、そう広い場所ではない。精々、学校の体育館程度だ。

 理由は至極単純、必要ないのだ。

 用意されたターゲットを如何に早く撃ち抜くかだけであり、ターゲットは一番離れていても2メートルしかない。

 後は大会の規模で何レーン用意するかだが、それもだいたい、3レーンか4レーン。

 今回の定期大会も、とある体育館を借りて行われている。

 

「ウルフよ、しけた顔しておるな」

「………スミスのおっちゃんか、放っておいてくれ」

 

 会場に用意されたベンチに座り、頭を抱えて蹲っていた俺に声をかけてきたのは、スミス渡辺だった。

 相変わらず膨れたビール腹はカッターシャツの柄を引き伸ばしており、蓄えた口髭を自慢げに撫でている。

 スミスはたまに軍服を着て来るのだが、それが死ぬほど似合っている。是非とも戦争映画のキャストとして無能将校を演じて貰いたい。

 因みに、スミスが俺のことを『ウルフ』と呼んだが、もちろん本名ではない。『スミス渡辺』もだ。

 これはシューターネームと言って、ファストドロウ競技での登録名なのだが………まあ、あだ名と思ってくれて構わない。

 

「はっはっは、ワシも見とったが、散々な結果だったからなぁ。まあ、気持ちは分かるぞ」

「7回中5回ノータイムとか………もうダメだぁ、おしまいだぁ」

「そうだな、今大会の入賞は厳しいだろうな」

 

 先ほど俺がやっていたのは、ファストドロウ三競技の内の一つ、『スタンディング・ブランク』だ。

 ルールは簡単。

 40センチ離れたターゲットバルーンを、拳銃を撃ったことで出る火花で破る、この速さを競うのだ。

 スタンディング・ブランクは一人7回行われ、そのうち好タイムの5回の合計が記録になる。風船が破れなかった場合は、『ノータイム』となり、タイムは1秒として計算する。

 早い人は1回0.27秒ほどであり、今大会のスタンディング・ブランク一位のタイムは合計1.351秒だ。

 そして、俺の記録といえば………合計3.501秒。

 その差は、2.15秒。

 たかが2秒と思った奴、ファストドロウに限らずスポーツの世界での2秒は、余りにも大きい差だぞ。

 野球なら盗塁は3秒で成功するし、サッカーならフォアードの選手がフリーでボール受けて2秒後にはシュートしている。陸上なら2秒あれば20メートル進んでいる。

 挽回は、はっきり言って絶望的だ。

 残りの二競技で大会最速記録を更新したとしても、正直厳しい。

 

「あー、練習では上手く行ってたんだけどなぁ………いつものサミングスタイルにしとけば良かった」

「シューターあるあるだな、やはり練習と本番では緊張感が違うからのぅ」

 

 今回、俺がこんなにもタイムが悪い理由。

 それは撃ち方、シューティングスタイルを変えたためだ。

 これまで、俺はサミングスタイルという構えをとっていた。これはいわゆる西部劇に登場する撃ち方で、拳銃を収めたホルスターを腰に吊るし、利き手一本で早撃ちを行う。

 ファストドロウで一番基本のスタイルと言ってもいい。

 西部劇への憧れからファストドロウ界への門を叩いた俺は、当然このサミングスタイルで早撃ちを始め、かれこれ十年になる。

 そんな俺が、ここに来て何故スタイルを変えることにしたのか。

 まあ、そんなに複雑な理由はなくて、西部劇への憧れよりも、ファストドロウ最速への憧れが上回ったというだけのこと。

 『最速』って称号、単純明快なだけに格好良いとは思わないか?

 

「ま、全国大会まではまだ時間がある。それまでに仕上げるんじゃな」

ALL JAPAN(オールジャパン)か、今年は九月だっけ?」

「九月の下旬じゃな」

 

 おおよそ五ヶ月後。

 まだ時間はあるが、そう思ってるとあっという間に来てしまうくらいには短い。

 俺のスタイルは、形は出来ているが如何せんノータイムが多すぎる。

 引き金を早く引きすぎてホルスターの中で発砲したり、撃鉄(ハンマー)を十分に引かなかったせいで撃てなかったり。

 これではいくら早くても、ALL JAPANで優勝なんて夢のまた夢。

 

「はぁ、練習あるのみかー」

「そうじゃそうじゃ。うだうだしていても、結局行き着く先は鍛錬のみ。こんなところで頭抱えておっても仕方がないぞ」

「おっちゃん………もしかして慰めに来てくれたのか?」

「ウルフが珍しく凹んでおるようだから、からかってやろうと思っておったのじゃが………こりゃうっかりだわい」

 

 おっさんのツンデレなんぞいらんわ! とは言わない。言いたいけど言わない。

 だって、気分が晴れたのは本当だし、感謝してる。

 でも、出来れば可愛い子が良かったなぁ。もしくは綺麗なお姉さんでも可。

 そういえば、最近ファストドロウ九州支部にカウガールの格好をしたナイスバディのお姉さんシューターが入ったらしい。ALL JAPANに来ないだろうか。

 

「む、そろそろじゃないのか?」

「そろそろって、何が?」

「ウルフの番じゃよ、準備しなくて良いのか?」

 

 スミスの言葉に、俺はシュータースペースを見る。

 そこでは二つ目の競技、『スタンディング・ワックス』がすでに始まっていた。

 しかも、今は三組目である。

 

「やっべぇ、何も準備してねえ!」

「はっはっは。ウルフよ、先のことよりまずはこの大会じゃな」

 

 慌てて準備する俺の背中を、スミスはバシンと叩く。

 それに押されるようにして、俺は次の組の人たちが待つスペースへと急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは、4組目です。Aターゲット、ジャンゴ太陽さん。Bターゲット、西郷マンティスさん。Cターゲット、ウルフさん。Dターゲット、スパゲッティさん。シューティングレーンへどうぞ』

 

 どうやら今度はCターゲットのようだ。

 名前を呼ばれ、よろしくと周りに会釈をしてから、自分のシューティングレーンに入る。

 ファストドロウの第二競技、『スタンディング・ワックス』。

 先ほどのスタンディング・ブランクとは違い、今度はマンターゲットを撃つ速さを競う。

 マンターゲットってのは、そのままの意味で人の形をした的のことだ。黒色の金属板で出来ており、白で縁取りされている。

 高さ170センチ、頭の部分が8×8インチ、身体が30.5×14.5インチの凸型だ。(1インチは約2.5センチ)

 シューターは、8フィート(1フィートは約0.3メートル)先に置かれたこれを、ガスガンで撃つ。

 ターゲットはスタンディング・ブランクよりも大きいが、その分距離があるのでどっちが難しいとは言えない。

 スタンディング・ブランクは如何に早く『抜けるか』に重きがあり、スタンディング・ワックスは如何に早く『狙うか』に重きが置かれている。

 同じ早撃ちに見えても、求められるスキルが違うのだ。

 実際、人によって得意不得意が分かれる。

 俺? 苦手な方かな。得意なのは『ダブル・ブランクス』だし。

 

『それでは、各シューターはシューティングスタンスを取ってください』

 

 審判であるレンジオフィサーからのアナウンスで、俺たちシューターは銃を抜く構え(シューティングスタンス)を取った。

 ファストドロウ三競技の流れは、ほとんど同じだ。

 構えに不正が無いかチェックして、弾を込める。それから、ちょっとの練習時間の後で本番が行われる。

 そしてまた弾を込めての繰り返し。何回撃つかは競技によって違うけどな。

 スタンディング・ワックスは7回中5回が記録となる。スタンディング・ブランクと同じだ。

 

『はい、オーケーです』

 

 どうやら今回も不正はないようだ。というか、不正してる奴なんてこの支部じゃ見たことない。

 ルール改定で、自分のスタイルが禁止になって嘆いていた奴ならいるけどな。

 

『では、4組1回目です。Lord and make ready』

 

 コールを聞いて、俺は弾を込めるためにホルスターから拳銃を引き抜いた。

 マルシン工業製のコルトS.A.A 45ピースメーカー Xカートリッジ仕様。ヘヴィウェイトプラスチックで出来ているため、手にずっしりとくる。

 ファストドロウでマルシン工業製のS.A.Aを使っている人はほとんどいない。多くはタナカワークス製の物を使っている。

 命中精度が良いとか、カスタムパーツが充実しているとか、タナカワークス製を採用する理由は色々あるし、正直言ってファストドロウではマルシン工業製は不利と言える。

 だが一つだけ、俺がマルシン工業製を選ぶ、圧倒的な魅力がある。

 それが、今行っている弾込め(リロード)だ。

 タナカワークス製はリロードの際、シリンダーにB()B()()を込めるのだが、マルシン工業製はBB弾を取り付けた()()()()()()を込める。

 モデルガンと同じで本物の弾を込めているようで堪らないのだ。

 まさに、「リロードがこんなにも息吹をッ!」というやつである。

 

 俺は6つのカートリッジをケースから取り出す。手のひらに乗せて転がせば、真鍮製のそれはジャラリと音を立てた。

 一発ずつ、ゆっくりと拳銃に込めていく。

 カチャリ、カチャリ、カチャリ。

 円状に並んだ6つの暗い洞穴が、一つ、また一つと金色に変わる。

 最後の一発を込めた後、パチリとゲートを閉じた。

 さあ………準備は整った。

 

『Range is clear』

 

 少しの練習時間。

 先のスタンディング・ブランクの失敗が頭を過ぎり、拳銃へ手が伸びる。

 だが、結局その手は銃を掴みはしなかった。

 俺は頭を振って、大きく深呼吸する。

 ここで練習しようと考えるなんて、いつもの俺じゃない。俺らしくない。

 一発勝負が俺じゃなかったか?

 そうだ、そうだ。

 この緊張感を、不安を、負けるものかという競争感を、全力で楽しむんだ。

 自然と自分の口角が上がるのを感じる。

 

 ああ、やっといつもの俺がやってきた。

 

 周りのシューターが練習を終えるのを見計り、構えを取った。

 右手はグリップに、左手薬指の第一関節を撃鉄(ハンマー)へ添える。

 十年により身体に染み付いた利き手一本で撃つサミングスタイルを止め、始めた新しいスタイル。

 西部劇の憧れを、最速への憧れが上回った証。

 ツーハンドスタイル。

 

『Are you ready?』

「「「「Yeah!」」」」

 

 レンジオフィサーのコールにシューターは答えた。

 会場全体が静まり、ただ行方を見守る。

 

『Shooter on the line』

 

 マンターゲットの胸に目を向ける。

 そこだけ円形のアクリル板になっており、向こう側にランプが見える。

 ランプが灯った時に撃つのはスタンディングワックスも変わらない。

 ああ、もう、ゴチャゴチャ考えるのは止めだ。

 

『Shooter set』

 

 ただ、見つめる。

 

 片時も目を逸らさず、瞬きすら許さない。

 

 俺と相棒と的があれば良い。

 

 他は何もいらない。

 

 音もいらない、匂いもいらない、呼吸もいらない。

 

 全てを捨てていく。

 

 

 

 シューティングエリアに立っているモノは、今この時全て削ぎ落とし、人であることを止めている。

 刹那の世界は人であるならば、たどり着けぬ。

 ただシューターというモノになり、初めて足を踏み入ることが出来る。

 その寿命は最長で5000ミリ秒。

 千分の一秒を数えて生きる彼らは、その一生を暗闇で過ごす。

 彼らの願いは、ただ一つ。

 光。

 光こそが彼らを死に追いやるものだとしても、ただ愚直に光を求める。

 光を見た時から死ぬまでのほんの僅かな時間こそが、彼らにとって生きる意味だから。

 

 光よ、現れよ。私を救ってくれ。

 光よ、来るな。私はまだ死にたくない。

 

 正と負、陰と陽、相反する祈りがぶつかり合う。

 互いが反存在であり、願いは、祈りは次々と消えていく。

 そうして最後には何も残らない。

 意思を生む己は消え去り、「」だけがそこに()る。

 ただ、「」だけが在り続ける…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パスリッと軽い音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「」から戻った俺は、ゆっくりと銃をホルスターに戻し、指を離した。

 計測中は銃に触れることは許されない。

 不意に息苦しさを覚える。

 そういえば、呼吸を止めたままだった。

 口を開けば、すぐさま肺が新鮮な空気を求めて膨らみ始めた。

 

『Aターゲット、0.389秒、0.389秒。Bターゲット、0.463秒、0.463秒。Cターゲット、0.351秒、0.351秒。Dターゲット、0.421秒、0.421秒』

 

 自分のタイムを聞き、ギュっと拳を握りしめた。

 

 最速は、遠い。

 

 




2017 ALL JAPAN FASTDRAW CHAMPIONSHIPは9月23、24日に京都で行われます。
全国からシューターが集まり、毎年熱い戦いが繰り広げられます。
見学は無料ですから、気になる人は是非覗いてみてくださいね。
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