多分、こんなに早いのは今後ないかも。
ひじょーに気まずい沈黙が二人の間を流れる。
見知らぬおじさんと、何処かも分からない家で二人っきり。これで、俺と
だが、今一番問題なのは、この血の繋がりを芽衣ちゃんが知らないこと。
もうね、警戒バリバリでメーター振り切ってるのが、手に取るようにわかる。ちょっとでも対応を間違えたら、悲鳴を上げて逃げ出すこと間違いなし。
こうなることが目に見えてたから、姉さんには芽衣ちゃんが起きるまで家にいて欲しかったのに。
俺は爆弾解体班もかくやというレベルで、言葉を選ぶ。
「あー、俺は、君のお母さん、
「叔父さん?」
「そう。五年前のお葬式で一回会ってるんだけど、覚えてない?」
「………覚えてない」
そ、そっか、やっぱ覚えてないか。
覚えてたら「誰、ですか?」なんて聞かないよな。
取り敢えず、何か証拠を示さないとマズイ。
俺はスマホを取り出して写真を探る。幸い、直ぐに良いものを見つけることができた。
「ガラケーの時の写真だから画質悪いけど、姉さ、君のお母さんの結婚式の時に家族で取った写真」
お母さんの右に居るのが俺ねと言って、スマホを印籠を持つようにして芽衣ちゃんに見せる。
10年前の俺は高校生だが、今と顔は変わっていないので見ればすぐにわかる。
芽衣ちゃんの視線が、俺とスマホを行き来して、
「……確かめる」
「へ?」
スカートのポケットから子供用のスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始めた。
まあ相手が誰か何て考えるまでもなく、
「………もしもし、お母さん?」
姉さんに決まってる。
というか、俺もそうすれば良かった。姉さんから説明してもらえば一発じゃん。
「……うん……覚えてない……うん…え、聞いてないよ………二泊三日も?」
お、おいおいおい!
まさか、芽衣ちゃんにお泊りのこと教えてなかったのか!?
嘘だといってよ、バーニィ。
「じゃあ、本当に叔父さんなんだね………わかった………うん、バイバイ」
ピッ、と音がして、芽衣ちゃんが通話を切ったのがわかった。
因みに、この通話の間、俺は指一つとして動かしていない。背中が汗でやばい。
「……お母さんが本物の叔父さんだって」
「そ、そう」
またもや、二人の間に沈黙が流れる。
さっきよりは芽衣ちゃんが警戒を解いてくれたおかげで一発触発の緊張感は減ったが、その分お互いの気まずさが足されている。
俺は何とかしなきゃと必死で考えを巡らせていたが、それはあっさりと霧散した。
くきゅう………。
一瞬動物の鳴き声かと思った。
けどそれは
「……朝ごはん作るから、リビングで待ってるといいよ」
「………はい」
顔を真っ赤にした芽衣ちゃんを見て、俺の肩の力が抜けた。
何だかさっきの焼き増しみたいだ。
姉さんほど包丁は早く鳴らないし、相変わらず味噌汁用のお湯が待っているけど。
センス悪いと言われたエプロンを身につけて、自分が食べた朝食と同じものを作ろうとしている。
芽衣ちゃんはリビングに待たせた。敷かれた座布団の上で、居心地悪そうに座っている。
その原因は、二割が気恥ずかしさ、三割が身勝手なお母さんの申し訳なさ、残りは俺への警戒心。
出されたジュースにも手をつけず、ちらりちらりとこちらを伺っている。
「芽衣ちゃんは、とろとろの目玉焼きとかちかちの目玉焼きどっちが好き?」
話しかけただけなのに、芽衣ちゃんの身体がびくんっと身体跳ねて、彼女が驚いたのがわかった。
なんてことない質問のはずなのだが、どう答えるべきか困惑し、口を開かない芽衣ちゃん。
一方の俺はというと、熱したフライパンの前で生玉子を持って答えを待っている。
油から煙が立ち始め、これ以上は火事になりそうというところで、やっと芽衣ちゃんが答えた。
「………オムレツ」
まさか、第三の選択肢を出してくるとは。
とはいえ、せっかく答えてくれたのだからリクエストに沿わなくては。
フライパンの油をキッチンペーパーで拭き取り、新たにバターを用意する。卵は割って器に入れて溶いておく。
フライパンにバターを落とし、全体に馴染んだのを見計らって溶き玉子を投入。
素早く菜箸でかき混ぜて、スクランブルエッグを作っていく。
もちろん、俺が作っているのはオムレツなので、スクランブルエッグにするのは半分くらいに止め、玉子をフライパンの端に集める。
フライパンを持つ腕をトントンと叩き、その振動で形を整えればオムレツの完成である。
専門店なんかとは比べ物にならないけど、それでも見た目はきれいだ。
味?
バターと玉子だけだぞ、焦げたとかでもない限り悪くなりようがない。
後はこれにケチャップを一筋かければ…………あれ?
「……ケチャップ無いや」
そういえば、一昨日スパゲッティを作った時に使い切ったのだった。
仕方がない、代わりに粉チーズをかけておく。玉子とチーズの相性は良いし、いけるだろ。
「はい、お待たせ」
出来上がたものを、芽衣ちゃんの前に並べて置く。
この中で一番香り高いのは、やはり味噌汁だ。立ち上る湯気に乗ってカツオ節が鼻腔をくすぐる。
俺は来客用の箸を芽衣ちゃんの前に置いて、使った調理器具を洗いに台所に戻る。
五分もしないうちに洗い終わってリビングに戻ったのだが、芽衣ちゃんは未だに箸を付けていなかった。
「………食べていいんだよ?」
芽衣ちゃんの視線が、俺と朝食を何度か行き来する。
そして、小さな声でいただきますを唱えると、おずおずと箸を手に取った。
俺は少し離れた所に腰を下ろし、芽衣ちゃんのことを眺める。
目や唇の位置、顔全体のバランスは春姉さんの遺伝子が濃く出ている。ただ、パーツ一つ一つを見ると、和樹義兄さんに似ている。
どっちに似ているかと聞かれれば、間違いなく姉さんと答えるのだけど、姉さんにそっくりかと聞かれれば首を捻る。
姉さんは昔からアクティブなスタイルを好んでいて、髪は短く揃えていたしそれが良く合っていた。
一方の芽衣ちゃんはふわりとした服装で、セミロングの黒髪を淡いピンクのシュシュで二つに束ね、両肩から前に垂らしている。義兄さんに似て物静かで御淑やかな印象を受ける。
本当に、姉さんと義兄さんを足して2で割ったような子だ。
「……あの」
「ん?」
「見られてると、食べにくい………です」
「あ、ご、ごめんな」
慌てて芽衣ちゃんから視線を外す。
ただ、外した視線の行き先がなく、困ったときのテレビだとリモコンで電源を入れて適当にチャンネルを回した。
ニュースではゴールデンウィークの始めの日ということで、帰省ラッシュによる渋滞を報道している。
………もしや、姉さんはこれを見越して、朝早く家を出たのではないだろうか?
「………ないなぁ、姉さんだもん」
漏れた呟きに、芽衣ちゃんが首をかしげる。
「いやさ、姉さんが夜中に家を出発したのは渋滞を回避するためかと思ったんだけど、よく考えるまでもなく気まぐれだろうなって」
「……何時に出たの?」
「4時らしいけど、覚えてないの?」
芽衣ちゃんは少し考えてから、こくりと頷く。
「起きたら知らない家だった」
「それは……驚くよね」
「うん………びっくりした」
しかも、知らない叔父さんの家で、突如言い渡される二泊三日。
今ここで泣き叫ばないのが不思議なくらいである。
いや、俺もめっちゃ気を使ってるけど、それでも普通はそうなるだろ。
「あのさ、芽衣ちゃん。嫌なら嫌って言っていいんだよ? 正直、悪いのは100%姉さんだし、俺も姉さんを説得するよ」
「………いい、大丈夫」
「ホントに? 無理してない?」
「大丈夫。それに………いつものこと」
なんてこった。
ここにも一人、姉さんの型破りな行動に慣れてしまった人がいたとは。
「それよりも、あの………残していい?」
「へ? あ、ああ、ご飯多かったか」
その問に芽衣ちゃんは頷く。
しまったな、俺基準でご飯をよそったせいで芽衣ちゃんには少々多かったようだ。
他は綺麗に食べてあるのだが、ご飯だけが少し残っている。
姉さんは俺に適量のご飯をよそったというのに、何だかまた差を見せられた。
「ごちそうさま、でした」
「お粗末さまでした。や、食器は俺が片付けるから、座ってなよ」
芽衣ちゃんが手を合わせた後、食器を運びやすいように重ね始めたのを見て、俺はそれを制した。
彼女はお客様だ、やらせるわけには行かない。
芽衣ちゃんが戸惑っている間に、ささっと食器をまとめて台所へ持っていく。余ったご飯をラップして冷蔵庫へ入れてから食器を洗う。
こうして何かやることがあると、芽衣ちゃんと向き合わなくてすむので、正直ほっとしてしまう。
それもたった数分だけなのだが。
「…………」
「…………」
リビングでちゃぶ台を挟んで座る二人。
自分の家だというのに正座して、まるでお見合いでもしているかのようだ。
そんな経験無いのだけれど。
「……あ、あー、それにしても芽衣ちゃん、大きくなったね」
「………」
「ま、毎年、年賀状の写真で見ていたけど、ほら、義兄さんが撮った写真だからさ」
「…………」
「だから、さ………イマイチわからなかったというか…………はは、は」
「……………」
誰か、助けてッ!!
さっきまでと違い、話さなくなってしまった芽衣ちゃん。
時折テレビから笑い声が流れるのだが、その場違い感といったらもう。
唯一の救いは、芽衣ちゃんの沈黙が警戒から来るものではなく、困惑によるものに変わったことか。
何話したらいいのか分からないのだろうけど、それは俺も同じだから。
せめて、相槌だけでも打って欲しい。
そうして、お互い黙り込むこと五分。
正座した足がしびれ始め、そろそろ足を崩そうと思ったところで芽衣ちゃんが口を開いた。
「あの、
「え、あ、はい」
「えっと、じゅ、十歳です!」
「……うん」
「く、クラスの背の順じゃ前から三番目で、えっと、えっと………」
そこまで言われて、やっと気づいた。
芽衣ちゃんは自己紹介していたのだ。
そうか、そうだよな。お互い知らない人が会ったんだ、最初は自己紹介からだよな。
「芽衣ちゃんは俺のこと覚えてないんだったね………初めまして、
「……はい」
「歳は27歳。職業は会社員で、工場で使う機械の設計をしています」
「…はい」
「趣味は西部劇、それとファストドロウっていう拳銃の早撃ちです」
よろしくお願いしますと言って頭を下げれば、芽衣ちゃんも慌てて頭を下げる。
「よ、よろしくお願いしま、いたっ!」
慌てていたせいか、勢いよく机にヘッドバットを決めていた。
額を手で抑えながら頭を上げる。
うっすらと浮かんだ涙は、痛みから来るものか、それとも気恥ずかしさから来るものなのか。
芽衣ちゃんにはちょっと悪いが、その様子が可笑しくて、少し吹き出した。
くつくつと笑っていると、その笑い声に抗議するように、唸りながらジト目でこちらを見る芽衣ちゃん。
そんな様子に、子供相手に何緊張してんだかと、自分が馬鹿らしくなった。
「ここがお風呂、それからこっちがトイレね」
「はい」
対して広くも無い家だが、それでも説明は必要だろう。
俺は芽衣ちゃんを連れ立って、タオルなどの日用品が何処にあるのか、風呂でのお湯の出し方などを一通り教えていく。
そんな中で、一番説明に時間を要したのは、やはり趣味部屋だった。
「スゴい……」
「俺もたまに、この数はどうかと思うよ」
銃、銃、銃。
六畳の洋室は、古今東西のモデルガンやエアガンで大部分を埋め尽くされていた。
壁は大型の銃が掛けられていてほとんど壁紙が見えないし、いくつも置かれたショーケースの中には小型中型の銃が所狭しと並べられている。
いったい何丁あるのか、俺も把握していない。
「全部、
「いや、ほとんど預かり物だよ」
この中で俺の物なんてほんのひと握りだ。
家族に内緒でサバイバルゲームをやっている人の物や、買ったはいいがデカすぎて家庭内に置き場所がなく、泣く泣く俺の所に置いていった人の物だ。
そして、ショーケース内の銃は一人のガンマニアによるものである。
見ただけで分かるような
「まあ、それなりに高い物もあるから、ここに入る時は気をつけてね」
「………」
入ること、あるのだろうか?
芽衣ちゃん、これ見て若干引いているし。
「取り敢えず、説明はこんなところかな。何か他に聞きたいことある?」
ほんの少し考える間を置いて、芽衣ちゃんはふるふると首を横に振った。
それならば、後は分からなかった時にその都度聞いてもらえばいいだろう。
俺自身、何か忘れているかもしれないしな。
趣味部屋に居てもしょうがないので、二人してリビングに戻る。
壁に掛けてある時計を見れば、9時をちょっと回ったところだ。
「さて、と………どうしようか?」
「………どうって?」
「今日一日を何して過ごすかってこと」
申し訳ないが、何も考えていない。
来るのは午後だと思っていたので、午前中に調べればいいやと考えていた。
「芽衣ちゃんは、何処か行きたい所とかない? もしくは、やってみたいことでもいいけど」
軽だけど車はあるし、大抵のことなら叶えてあげられる。
ネズミの国とかも、有り得ないほど混んでいて気が進まないけど、無理ではない。
それに、俺が考えるよりも芽衣ちゃんの行きたいところの方が、間違いなく満足できるだろうし。
芽衣ちゃんは、顎に人差し指を当てて考え込む。
その癖、姉さんと同じだ。
「………何でもいいの?」
「おう、もちろん」
「じゃあ………映画見たい」
映画か。
それって、映画館に行きたいってことだよな?
「見たい映画の名前分かる? 上映している映画館を調べるから」
芽衣ちゃんが上げたのは、最近話題のアニメ映画だった。
上映場所も多く、一番近いところなら車で30分もかからない。
「上映時間は……9時40分は今からだとぎりぎりだなぁ。次の13時からのにしようか」
「はい」
「大型ショッピングモールだし、買い物してお昼食べたら丁度いい時間になるな」
「……買い物?」
靴がくたびれてきたから新しいのが欲しいし、そろそろ夏服も買わなきゃいけない。
冬に来年着なさそうな夏服を処分したから、枚数が減っている。
「芽衣ちゃんも服とか買うかい?」
「でも、お金……」
「そんなつまらないこと、子供が気にするんじゃない」
そういうのは義務教育を終えてから考えることだ。
「…………わかった」
「んじゃ、ちょっと着替えてくるから、ここで待ってて」
そう言って、俺は寝室へと向かう。
俺一人で行くなら今の格好でもいいのだが、芽衣ちゃんが一緒なので少しだけめかしこむ。
それから窓の戸締りとガスの元栓を確認して、二人で玄関を出る。
さあ、出発だ。
ついに主人公の名前登場!!
実はこの話に至るまで考えてなかった………可哀想な
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