蕎麦屋はモールの三階、食事処が集まる区画にあった。
暖簾をくぐると割烹着を着た女性が現れ、人数を確認される。
二名と伝えると窓側の座敷に通され、芽衣ちゃんが上座に俺が下座に座った。座は特に意図したものではない。大体、この場で上座に座っても、辛うじて
木の格子がされた窓から店の外を見ると数人のグループが外に置かれた待合椅子に座っていた。どうやら後一分遅ければ、待つことになったらしい。
「はい、お品書き。好きなの注文していいよ」
この店のメニュー表は、ファミレスにあるような写真がいっぱいの物ではなく、筆で書かれたお品書きがラミネート加工された物。しかも、俺のと芽衣ちゃんに渡したので字が違うから、きっと一枚一枚手書きだ。
俺の注文はすぐに決まった。
季節の天ぷらとざる蕎麦。何が出されるのか書いていないが、今の時期なら
「決まった?」
「……叔父さん、これ何て読むの?」
「どれ……
「カモって、鳥の? 美味しい?」
「俺は美味しいと思うぞ。鶏よりもコクがあって」
「じゃあ、これにする」
二人共注文が決まったので、呼び鈴を鳴らす。
少しして先程案内してくれた店員がやってきた。注文を取った後、慌ただしそうに戻っていったのを見ると、やはり昼時は忙しいのだろう。
その後ろ姿を何となしに見ながらお冷を手に取る。持ち上げられたことで氷が揺れ、グラスにぶつかってカラリッと音を立てた。
そんな風に、料理が来るまでの手持ち無沙汰を感じていたところだった。姉さんからメールが入ってきた。
『見つかったなら「見つかった」ってコッチに連絡入れなさい。心配になるでしょうが』
確かにその通りだ。
俺はすぐに『ごめん。合流できた』と返事を送る。
そうしてスマホを手にすることで思い出した。
「そうだ芽衣ちゃん、連絡先交換しようか」
さっきの二の舞にならぬよう、アドレスの交換を申し出る。
姉さんに電話番号は教えてもらったが、メールアドレスも知っておきたい。姉さんに聞けば教えてもらえるかもしれないが、本人が目の前にいるのにそれはないだろう。
「ちょっと待って……」
俺の言葉に頷いた芽衣ちゃんは、自分のスマホを取り出して色々いじっていたのだが、
「……やり方、分かんない」
結局、スマホごと俺に渡してきた。
子供用のスマホに初めて触るが、俺のより一回り小さい。
アドレス帳を呼び出してQRコードやBluetooth通信でアドレスの交換が出来ないか調べたが、やはり他社の物は勝手が違ってよくわからない。
仕方がないので、アドレス帳に手打ちで入力する。それが終わると、入力した俺のアドレスには自動的に番号が割り振られた。0004ってことは、四番目の登録者ってことか。
ついでに俺のスマホへ空メールを送る。
これで俺の方に電話とメールの通信履歴が出来たので、俺の方のアドレスの登録は楽に済む。
「はい、出来たよ」
渡されたスマホを礼を言って受け取る芽衣ちゃん。
すぐにアドレス帳を確認した。
「
「晴れの日に生まれたからって父さん、芽衣ちゃんのお祖父ちゃんが言ってたよ。後、姉さんと同じ読みも出来るし」
「お母さんと?」
「そう、
少しだけ、懐かしく思う。
「…………お母さん、昔は
「そうだよ。和樹義兄さんと結婚して
「昔のお母さんって、どうだったの?」
どうとは随分と曖昧な質問だ。
でも、自身を持って答えられる。
「今と変わんないよ」
それからしばらく、姉さんの昔話を芽衣ちゃんに聞かせた。
姉さんの事件簿は非常にファイル数が多いので、ネタが尽きることがない。
それと、こうして話していて分かったのだが、芽衣ちゃんはかなりの聞き上手だ。芽衣ちゃんはこちらの話を静かに聞き、たまに意味が分からない言葉を質問してくる。話の腰を折ることも、興を削ぐこともない。
話すのが楽しくなって来て、つい余計な話をしてしまったくらいだ。
後で姉さんに、余計なこと教えたでしょ、と怒られそう。
「お待たせしました、鴨うどんのお客様」
「あ、こっちの子です」
店員さんが芽衣ちゃんの前に置いたお盆の上には、大きめの丼が湯気を立てていた。
澄んだ狐色のつゆにつやつやとした白のうどんが沈んでおり、その上に厚めにスライスされた鴨肉が四枚、それと焼いた長ネギが三本トッピングさえている。
一方で俺の注文したのはというと、ざるに乗った蕎麦はかなり白に近い色をしており、
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせてから、割り箸を割る。
用意された薬味をつゆに溶かしているうちに、芽衣ちゃんはうどんに口を付けていた。
「あ、
ぽろりと口から感想が溢れた。
芽衣ちゃんは二、三本のうどんを箸で
七味をかけていないところを見ると、まだ刺激が強いものは苦手なのかもしれない。
「さて、俺も食べるか」
薬味を溶かし終えたので、俺も箸を動かす。
まずは、蕎麦から。
刻み海苔が乗った上層に箸を入れ、一口分を掴む。そのまま引き上げれば、複雑に絡まっているはずなのに不思議と引っかかることなくすっと持ち上がった。垂れ下がる蕎麦を、そば
「……うん、
歯を当てた途端にぷつぷつっと蕎麦が千切れた。鼻へ抜ける蕎麦の香りは薄いが、その分舌に甘味が感じられる。つゆはかえしよりもだしが強く、塩分よりも旨みが先に感じられるもので、その上品さが蕎麦と良くマッチしている。
天ぷらは薄い衣で、さっと揚げられたもののようだ。噛んだ椎茸は、サクッとした食感は少なめに、すぐに食材に歯が届く。途端に芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。
正直、ショッピングモールの中にある店なのでそんなに期待していなかったのだが、これは良い意味で裏切られた。
「……フーフー……チュルチュル……」
「……ズゾゾゾ……サク、サクサク……」
美味しい物を食べているとき、人は自然と無口になる。
箸が止まらず常に口に物が入っているからなのだが、二人ともそれに漏れず、自分の食事に集中していた。
だからだろう、いつもより早いペースで食が進み、気づけば俺のお膳は空になっていた。
芽衣ちゃんの方も、もう少しで終わりそうである。俺はそれを蕎麦湯を飲みながら待つ。蕎麦で冷えた体がじんわりと温かくなった。
芽衣ちゃんが食べ終えたのを見計らい、お冷を継ぎ足して渡す。礼を言って芽衣ちゃんは受け取り、そのまま口を付けた。こくりこくりと喉が動き、半分ほど無くなったところでほうっと一息ついた。
「美味しかった」
「そうだな、美味かった」
二人とも手を合わせて、ごちそうさまを唱えた。
お会計では相応な値段だったが、文句などない。
「いい時間だし、映画館に行こうか」
「うん」
心なしか、芽衣ちゃんとの距離が近くなった気がする。
共通の話題で盛り上がったお陰だろうか。姉さんに感謝しなくては。
映画館は午前中よりも混雑していた。一時開場の作品が何本かあるので、みんなそれをまっているのだろう。俺たちもその一組なわけだし。
「飲み物買ってくるけど、芽衣ちゃんは何が………」
訊ねようとして、言葉を切る。
そうじゃない。それでは先程の二の舞だ。
「芽衣ちゃん、一緒に飲み物買いに行こうか」
「……うん」
芽衣ちゃんと二人で売店に並ぶ。
手は繋がないけれど、手を伸ばせば触れられる距離。
順番を待つ間に、大きく掲げられたメニュー表を読む。
「ホットスナックが充実してるなぁ。ポップコーンとか食べる?」
「いらない、お腹いっぱい」
「同感だ。飲み物は、オレンジ、ジンジャー、コーラ……何にする?」
「………スプライトって何?」
「レモンの炭酸。炭酸好き?」
「口がびりびりするから嫌い………オレンジジュースにする」
「そっか。じゃ、俺はスプライトにしよ」
芽衣ちゃんと話せるようになって、時間が過ぎるのが早い。
チケットを買うときと同じくらい待ったはずなのに、全然待った気がしない。
「はい、オレンジジュース」
差し出したカップを芽衣ちゃんは両手で受け取った。
ソファーに並んで座り、ストローに口を付ける。
チューと音がした。
程なくして俺たちが見る映画の開場アナウンスが流れた。思い思いに過ごしていた人達の中から、この映画を目的にしていた人達がシアターゲートへと向かっていく。
俺たちも、その流れに乗る。
ゲートでチケットを渡すと、来場者プレゼントで銀色の袋に入れられたカードが貰えた。
袋を開けることはしない。
どうやらこれから見る映画のキャラクターブロマイドらしく、ネタバレ注意の表示が書かれていたからだ。
まあ、前を歩く見知らぬ男の子は気にしない性格なのか、もう袋を破いて中のカードを確認していた。
いや、もしかしたらこの映画二回目かもしれない。それならネタバレも何もないからな。
「えーと、席はGの9と10だから………あった、ここだな」
俺が9番で、芽衣ちゃんが10番。
芽衣ちゃんの席が、このシアターのちょうど真ん中。前も後ろも右も左も同じ数だけ席が並んでいる。
ドリンクホルダーに飲み物を置いて、席に着いた。
そこで気づいた、芽衣ちゃんの前に座っている人の背が高いということに。一方、俺の前は子供で、後ろの席からはほとんどその姿が見えない。
「俺の席と交換しようか、見づらいでしょ」
「え、でも……」
「俺の方が芽衣ちゃんより背が高いし、平気だよ」
「……ありがとう」
芽衣ちゃんはお礼を言って席を立ち、俺の席へと座った。
俺も、芽衣ちゃんの座ってたG-10番に腰を下ろす。
二人で上映前のCMをぼーと眺める。映画館によって違うのだが、ここは上映前のCMが結構長い。
CMは嫌いじゃないけど、それでも早く始まらないかななんて思う。
「……叔父さん、映画好き?」
「まあ、好きだよ」
しょっちゅう来たり、同じのを何度も見るほどではないが、それでも映画は映画館で見るのが好きだ。
迫力が違うし、何より映画館で見ることを前提に作られた作品なのだから、映画館で見るのが一番楽しめると思う。
「だから俺も久しぶりにここに来て、結構わくわくしてる」
どんな内容なのかは、ほとんど知らない。
そりゃ、ちょっとは知ってるよ。テレビでCMとかやってたし。
「……同じ」
「ん?」
「わたしも、わくわくしてる」
「そっか……楽しみだな」
「うん」
芽衣ちゃんがドリンクホルダーに置いた飲み物に手を伸ばす。
………あれ? 俺、飲み物移動したっけ?
「ッッッ!!」
「あ、やっぱり」
芽衣ちゃんが飲んだのは、俺のスプライトだった。
目を白黒させて口を押さえている。そう言えば、炭酸苦手だったな。
「ごめん、飲み物替えるの忘れてた」
芽衣ちゃんからスプライトを受け取り、代わりにオレンジジュースを手渡す。
ちょっと涙目なところを見ると、相当驚いたのだろう。
それを見て、芽衣ちゃんって普段は物静かで大人しいけど、突発的なアクシデントで素が出るんだなって思った。
ビイィィィィ。
ブザーの音が鳴り、ゆっくりと照明が消えていく。
どうやら、始まるようだ。
俺は受け取ったスプライトを一口飲んで、席に深く座り直した。
映画は動物達の宇宙開拓記で、いわゆる冒険スペクタクルだった。
開拓記ということで、西部劇の内容を宇宙で、登場人物を動物にしたような話だ。
正直に言おう、かなり面白かった。
特に、
もちろん、子供向けなので銃で撃たれても気絶するだけ。
最後は主人公が悪役をやっつけてハッピーエンドだ。
「面白かったな」
「うん」
どうやら、芽衣ちゃんも満足したようで少し安心した。
俺たちは人の出が収まるのを、座って待つ。
待つ間に、ゲートで貰ったカードを取り出した。この銀色の袋の中には、何のキャラクターブロマイドが入っているのだろうか。
端っこに入っている切れ込みから、袋をぴっと開ける。
「
「……ホーク」
おお、決闘した副主人公じゃん。
ヒロインも可愛いけど、俺はホークの方が好きだ。ちょっと羨ましい。
「3時か、カフェでお菓子でも食べていこうか」
それなら座って映画の話が出来る。
やっぱり、感動や興奮が薄れる前に色々話したい。
「物販でパンフレット買って……」
「…叔父さん」
「キーホルダも売ってたな。一個買っていくか」
「叔父さん」
「ん? ああ、ごめん、何?」
少しあれこれ考えてたせいか、芽衣ちゃんの呼びかけに気づくのが遅れた。
「叔父さんって、ホークみたいな事出来るの?」
「ホークみたいって、あの決闘のこと?」
「うん」
「出来るよ。これでも、結構早い方なんだ」
まあ、今はスタイルを変えたせいてミスショットが多く、総合タイムは遅いけど。
「……見てみたい」
「え?」
「ホークみたいなんでしょ?」
いや、あそこまで格好良くはないぞ。
あれは、ホークだから格好良いのであって、俺が同じことしても大したことないと思う。
「まあ、いいか。帰ったらやって見せようか」
「うん」
がっかりしなきゃいいけど……。
食事の話、夜に書くものじゃありませんね。
画像とか探してたらお腹減りました。
次からは、ファストドロウの話の予定です。
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