【本編・小話集】東方龍遊譚   作:在原虚也

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【夏に咲く花の如く】重なる想いは須臾の華の下に

-―8月も中盤にさしかかり、夏の暑さも最高潮に達した頃、ここ幻想郷では毎年恒例の夏祭り及び花火大会が行われる。

2000だか3000だかの花火を打ち上げるその行事は、主催する博霊神社の年間来訪者数の数割をもぎ取る盛り上がりようだ。

 

当然屋台もそれに呼応するように賑やかになり、午前中見に行っただけでも境内は見違えるほどに華やかになっていた。

 

 

だがまあ、そんなことは今の彼女―八雲藍―の浮かれように関係はない。

何故なら藍は、神社のお祭りなど目ではない程の予定に心躍らされていたからだ。

 

時刻は、午後七時を少しすぎた頃。

人里外れた少し大きめの邸宅―道述龍我の自宅―に、彼女は訪れていた。

「…何気に、夜に来るのは初めてなんじゃないか?

…それに、あいつの方から誘ってきてくれたのも…。」

 

頬を少しだけ赤らめながら、藍は慣れた様子でインターホンを押す。

 

「…いやそもそも、あいつは私を誘わなすぎだ。こんなにも私が想ってやっているというのに、こちらばっかりが意識しているみたいじゃないか…」

 

中々に押し付けがましい小言を言っていると、かちりと玄関の鍵を開ける音がする。

心臓がどくんと跳ね上がり、顔がぱあっと華やぐが、直ぐに元の仏頂面へと巻き戻した。

 

「…ああ藍。来てくれたのか。」

 

「誘ってきたのはそっちだろうが。それとも、私がお前との約束をすっぽかすとでも?」

 

そう、普段は藍の方から龍我を訪ねているのだが、今日は何と龍我の方が、藍との飲み会―しかも龍我の家での二人酒―を誘ってきたのだ。

その嬉しさは、平静を装う表情に対してふわふわとしきりに揺れ動く尻尾が良く表現している。

 

「俺と二人で飲むよりも、橙や紫達と祭りに行く方が楽しいかと思ってな。」

 

「紫様はいつものようにぐうたら、橙は寺子屋の子ども達と祭りだ。

右京氏もついてるから、私は必要ではないさ。」

 

「ははは、ありがたいことだ。」

 

そう言うと龍我は、立ち話もなんだからと、藍を中に招き入れる。

 

ふふっと微笑む藍は、不思議な期待感に尻尾を揺らしながら家の中に入っていった。

 

今宵は夏祭り。様々な場所で、様々な物語が繰り広げられる。

 

道述邸での静かな二人酒も、その一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああぁぁぁ~~…」

 

「あっははは、そんな深い溜め息ついたら幸せが逃げてっちゃうぜ~。」

 

「…もう十分逃げられてますよ、幽々子様と貴方のせいで。」

 

「あっははは、そりゃすまんな。」

 

言葉とは真逆なほどに快活に笑うのは、実と虚を操る半人半龍・在原虚也。

殆ど空になった財布を片手にどんよりしているのは、剣術を操る半人半霊・魂魄妖夢だ。

 

2人は現在、歩き疲れたお腹空いたと駄々をこね始めた幽々子の腹を満たすためのお使いに行かされている。虚也の持つ焼きそばやらかき氷、ホットドックにりんご飴などがその証拠だ。

 

(でも…)

 

妖夢は、どんよりした気持ちながらもどこか嬉しげに虚也を垣間見る。

 

(…なんだかんだ言って、優しいんですよね…)

 

勿論虚也は今日も滅茶苦茶妖夢で遊んでいる。いきなり目の前にお化けの格好で現れて妖夢を驚かせたり、そこかしこでお化けがいるかのように振る舞って妖夢を怖がらせたり、煽って飲み物を大量に飲ませたあげくトイレに行った妖夢のいる個室のドアを開かないようにしてトイレにまつわる怪談を聞かせたりと散々している。

 

…のだが、

 

 

(…驚かされた時は嫌だったけど、その後落ち着くまで側にいてくださいましたし、怖い時には、その……て、手も…握ってくださいましたし…。

今回のお使いだって、虚也さんは幽々子様といればいいのを、わざわざついて来てくれましたし…)

 

要はアフターケアが良ければいいのだろうか、まあそこはやはり恋する1人の少女、幾らでも脳内補正は利くものなのだろう。

 

「妖夢~、虚也く~ん、こっちこっち~♪」

 

人混みの少なくなったところで、間延びした声が聞こえてくる。

 

首を向けた2人の視界の先、通りのベンチでほくほくと手を振っているのは、桜色の幽霊・西行寺幽々子その人だ。

 

その手には、3人で一緒に食べようと言って妖夢が作っておいた団子の…

 

 

 

…容器だけが積まれていた。

 

「ゆ"~~~ゆ"~~~~こ~~~~~さ~~~~~ま"~~~~~!!!あれだけお団子は1人で食べないでくださいと言ったじゃないですか-ーーー!!」

 

「ごめんなさい~~~つい食べちゃったわ~~~www」

 

「全然反省してないじゃないですか!!このお団子は3人で食べようって言ってたのに幽々子様ばっかりお食べになって!!

虚也さんなんかこの祭りに来てから何にも食べてないんですよ!?」

 

「あら、ここで虚也君の方を気にするのね。」

 

「い!?いや虚也さんだけじゃないですよ!!私自身も食べたかったですし!!」

 

「いやーっはっはっは、俺のことも考えて作ってくれたとは、やっぱり嬉しいものだねぇ。」

 

「べ、別に虚也さんの為にって訳じゃないですよ!

ただ、その…

…やっぱり、虚也さんも含めて3人で食べた方が、お、美味しいかな、ってだけで…」

 

「それを虚也君の為って言うんじゃないかしら。」

 

「あ~もう、と、兎に角違うんですーーーー!!!」

 

必死に否定しようとする妖夢の顔は、さながら虚也の手に持つりんご飴のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ちゃぽん。

ぷくぷくぷくぷく、ぽちゃん。

 

店先の坪型水槽で、ふわりふわりと規則的に浮き沈みを繰り返す金魚の玩具。

 

その目には、彼を興味津々で覗き込む可愛らしい顔が、歪んだドアップで映っていた。

 

「わあぁ…可愛い。

ねぇふらん、このお魚さんは何をしてるんだろう?」

 

「さあ~ねぇ~…。

でも、やっぱりりぃみたいな子に見てもらえて嬉しいんじゃないかな。」

 

無邪気に水槽を見つめる少女の名は、白鷹梨理。

普段はこの幻想郷とは別の世界にいるのだが、今夜は祭りに参加するため、お守り役の緋月右京と共に来ているのだ。

 

そして、梨理の疑問に応えた「ふらん」と呼ばれた少女の名は、フランドール・スカーレット。

 

フランの愛称で幻想郷の寺子屋に通う梨理の親友の1人で、学級委員を務める頼れるお姉さんのような少女だ。

 

「んで……さ。」

 

しばらく梨理と会話を交わすと、フランは表情を呆れ顔に変え、すぐ隣の馬鹿2人を見る。

 

「だああああああああああ!!!!

ま、負けたぁ…くっそぉ金魚の癖にぃ!

このあたいのポイを破くなんていい度胸じゃないのお!」

 

「フゥゥゥウウアッハハハハハハハハア!!!金魚に罪をなすりつけるとは見苦しいぞチルノォ!!!!!

潔く敗北を認めるがいいわア!!」

 

2人の少女の名は、発言の順に、チルノ、リグル・ナイトバグ。

 

何が彼女らをそこまで本気にさせるのか、チルノは頭を抱えて地団駄を踏んでいる。

 

「ざっけんなリグル!

ノッカン!ノッカンだ!勝負はまだ始まっちゃいないわ!」

 

「いやチルノ、それは流石に止めてくれ。ちゃんと200円払ったんだから。」

 

チルノの横暴に柔らかくツッコミを入れたのは、班長及びお財布係の緋月右京。

 

寺子屋メンバーに梨理を加えた9人の子供が一斉に動くのは流石に危ないし迷惑だということで、担任である上白沢慧音は、右京と慧音を班長とした二つの班に分けていたのだ。

 

因みに慧音の方の組は、橙、メディスン・メランコリー、物部布都、大妖精、ルーミアの5人である。

 

「えええ、いーじゃんよー右京さーん!お金くれよー!!」

 

「駄目だよチルノ、他にもお客さんいるんだから、連続でやるのは迷惑だよ?」

 

金魚すくいを続けようとするチルノを、フランはたしなめる。

 

現在の時刻は午後7時30分と少し。待望の花火大会まで30分を切ったところだ。

神社の雰囲気もいよいよ盛り上がっており、今では人妖達の流れは氾濫する大河のよう。

それもあって、屋台の流れを止め続けるのは御法度なのだ。

 

「む、むう…確かにそっか~…まあ仕方ない。このあたいの寛容なる心で我慢してやろう!」

 

実にチルノらしい返事であり、その後のリグルの対応も半ばフランの予想通りだった。

 

「ふっふーん、つまりは私の勝ち越しってことだな!はっはっはっはあ!」

 

「お?お?てめぇ舐めてっとあれだぞ?東南アジアに売っ払うぞおおん?」

 

「あ?やれるもんならやってみろよ負け犬ゴビ砂漠まで吹っ飛ばしてやんよああん?」

 

すぐさま時代遅れのヤクザのような口論を始める2人にフランは呆れて溜め息をつく。

 

「チルノ、リグル、ケンカはダメだよ!もっと仲良くしようよ!」

 

「あありぃ、大丈夫大丈夫。こういう時は第二ラウンドっていうのを用意すれば良いんだよ。」

 

「だいに、らうんど…?」

 

まさか弾幕でも使うつもりかと不安げな表情の梨理に向かって、フランは意味深な含み笑いを漏らす。

 

「そう……豪華景品付き(多分)でね…!」

 

びしっと親指で後方を指すフラン。

 

その指の示す第2ラウンドのステージは……

 

 

「射的屋」だった。

 

 

 

 

 

 

 

わいきゃいわいきゃいと口論を続ける妖夢と幽々子。

 

そんな様子を見ているうちに、虚也はふと感傷的な気持ちになっていた。

(……そういえば、こんな"祭り"なんてのに来たのは、いつぶりだろうか…)

 

龍我達元世界裏事会のメンバーと来た記憶はない。

 

その思い出が在ったのは……何十年も昔、「彼女」との幸せの記憶の中だけだった。

 

「………。」

 

連想された悲劇の記憶を振り払うように、虚也は持っていた酒を呷る。

 

「…どうしたんですか、虚也さん…?」

 

虚也の雰囲気が口論を止めたのか、気づけば妖夢も幽々子も怪訝そうな顔で虚也を覗いていた。

 

「…ああ…。

いや、何でもないさ。気にしないで良いよ。」

 

「いや気にしないでっていわれても…今の貴方、『絶讃悲しみ中です、相談に乗ってください』って顔してるわよ…?」

 

(どんな顔だよ…)

 

心の中でツッコミを入れながら、言うべきか否か少しだけ迷う。

 

「…あはは。別に、本当にどうってことないさ。

ただ、少しだけ、昔のことを思い出して、な。」

 

「虚也、さん…。」

 

昔のこと。

 

妖夢はすぐに、いつのことを言っているのか理解した。以前、龍我から少しだけ話を聞いたことがあったからだ。

 

『その事件以来、あいつは人を愛さなくなった。

…正確には、"愛せなくなった"と言うべきか。』

 

龍我の言葉が脳裏をよぎる。

 

―舞園千尋―

 

今から何十年と昔、虚也の人生を変えた女性。

 

虚構の塊だった虚也に、"笑うこと"を教えた女性。

 

虚也が、唯一愛した女性。

 

そして…

 

 

虚也が人を愛せなくなった、そのきっかけとなった女性……。

 

 

「…どんな、思い出なんですか…。」

 

ゆっくりと、妖夢は言葉を紡ぐ。

 

それが、虚也の禁忌に触れることになるのはわかっていた。

その話が、虚也にとってどれほど辛いことなのかも、わかっているつもりだった。

 

だが、それでも…知りたかった。

 

虚也を理解したかった。

 

虚也の隣に立ちたかった。

 

「……。」

 

虚也は、ぐびりと酒を呷る。

 

彼は幽々子の座るベンチまで行き、その隣に座った。

 

妖夢も、その行動に従い虚也の隣に座る。

 

「……別に、重い話じゃあないさ。」

 

そう前置きし、一拍おいて虚也は話し始める。

 

「俺がこんな、祭りとか、花火とか、そういう行事に参加したのは、ほんの数回。それも、千尋が一緒に居るときだけだった。

 

別に夏祭りに限定していたわけじゃない。

ただ、普通の奴ら…俺と違って家族がいて、平和があって、産まれたときから幸福を手にできた奴らが、幸せそうに集まって、笑いあっている光景を見るのが嫌だった。

 

自分が異形であることを、俺の周りに誰もいない事を、見せつけられているようで嫌だった。

 

周りの誰もが手にできる"幸福"を手に入れられない俺自身が、吐き気がするほど嫌だった。

 

だから俺は、笑わなかった。"幸福"そのものを、逆に"異形"にした。手には入らないものだと割り切った。虚無に葬り去っていったんだ。」

 

ぽつぽつと、静かに言葉を紡いでいく虚也。

 

舞園千尋と出会うまでの、暗く荒んだ虚無の塊だった男の姿が、その口から語られていく。

 

 

虚也の告白は、今の彼しか知らない妖夢にとって、想像もつかない影を示していた。

 

いつも快活に笑っていて、どれだけ落ち込んでいても笑顔をくれる虚也とはまるで別人のようで、何と言っていいかわからなかった。

 

―-だが。

 

「…その"一般人"が、初めて貴方に向かって笑ってくれた。

 

…それが、千尋さん…だったんですね。」

 

虚構でしかなかった顕幻龍に実体を与えたもの。

 

それが"笑顔"であり、舞園千尋であったのだ。

 

妖夢の問い掛けにしばらく黙った後、虚也は現した盃に酒を注いだ。

 

「…初めて会ったのは、依頼で訪れた土地だった。そこは魔術師が政治の実権を握り、そうでない者達は徹底的に迫害されていた。

 

…その中で、あいつは笑っていたんだ。絶望の淵にいるはずなのに、希望なんてなかったはずなのに。

あいつは、暴行を加えられていた所を助けた俺に笑いかけた。『ありがとう』ってな。

 

 

最初は、混乱した。訳が分からなかったさ。

 

…そんな俺に、あいつは言ったんだ。」

 

 

『だったら、笑ってください。

今はまだ、虚ろにしか出来ないかもしれません。

まだ、幸せを掴み取ることは出来ないかもしれません。

 

…ですが、命を持って産まれてきた存在は、何であろうと幸せになる権利がある。

どれだけ見てくれが異形でも、どれだけその業が重くても、幸せになってはいけないなんて、そんなことは、あってはならないのですから。

 

…ですから、笑ってください。

笑顔は、幸せの象徴です。

今隣にいる誰かと一緒に、思いっきり笑ってください。

今は隣にいない誰かの為に、目一杯笑ってください。

 

…そうすれば、いつか必ず、心の底から笑顔になれる日が来るのですから。』

 

 

静かに煌めく月の影を、虚也は盃に映し出す。

それはまるで、誰かと酒を酌み交わしているかのようだった。

 

「"人とともに、人のために笑うこと。それが一番、幸せなこと。"

 

…その時から俺は、笑うようになった。幸せになろうとし始めた。

 

千尋と共に。そして…  …千尋の為に。」

 

優しい笑みを湛えた虚也は、そのまますぃと酒を流し込む。

 

ふうっと一息着くと、2人の方を向き、快活な笑みを浮かべた。「…最後、花火全然関係なかったな!あはははは、すまんすまん。」

 

その表情は、いつものように、心から幸せそうに見えた。

 

そんな様子を見ているうちに、自然と妖夢からも笑みがこぼれる。

 

「…失礼しちゃいますねえ。虚也さんのその笑顔には、千尋さんしか映ってないんですか?」

 

「んんん?それはどういう意味なんだ?」

 

「うふふふふ、虚也君も、案外唐変木なのかしら。」

 

首を傾げる虚也に、幽々子が言葉をかける。

 

そして、妖夢と幽々子の2人は、虚也を見ながら揃って言った。

 

「「ちゃんと、私達とも一緒に笑ってください♪」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、右京さん達じゃないか。」

 

「おや、慧音先生。そちら方もここにいたんですね。」

 

射的屋を過ぎて散策していた右京一行は、様々な小物屋の並ぶ一角で慧音一行と出くわした。

慧音の持つ大量のトレイから察するに、向こうは食べ歩き勢だったようだ。

 

「…なんだ梨理、えらく重装備だな。誰にもらったんだ?」

 

「えへへへ~、ちるのとりぐるだよ!」

 

「へえ。…って、これ全部2人で取ったのか!?」

 

「フランの取ったのもあるけど、このだるまさんだけ。全部チルノとリグルだよ。」

 

「そうなんだよ、それも両者一回ずつでだ。凄いよな…。」

 

「「へへん、どんなもんだい!!」」

 

発言の順番は、慧音、梨理、メディスン、フラン、右京、リグルとチルノ。

 

そして慧音の指摘した梨理の手には、だるまに加えて携帯ゲーム、置物、置物、お菓子セット、置物、据え置きゲーム、置物、謎の機械と盛り沢山だ。梨理も幸せそうに頬を浮かせている。

 

結局、「梨理が喜ぶ景品を多くあげた方を最終勝者とする」というフランの策により、チルノとリグルの喧嘩は見事なドローとなっていた。

 

「チルノもリグルもすごいねぇ!私藍しゃまとやったことあるけど全然だったよ~。」

 

2人の妙な底力に感心しているのは、橙である。

 

「ふむう、我はそのような庶民的なものはしないのじゃが、どんなものなのだ?」

 

「どうなんだろう。やっぱり弾幕とおんなじなのかなあ?」

 

対照的に布都と大妖精は、経験がないのか首を捻っている。

 

「確かに撃つのは一緒だけど、一発ずつしか撃てないからやりにくいのだー。」

 

「そうだねえ。フランもやってみたけど、弾小さいし難しかったなー。」

お祭り事には何の気なしに参加するタイプのルーミアと、チルノ達のついでに挑戦したフランもそれぞれ感想をのべる。

 

因みにフランは初挑戦であるため景品ゲットはなかなかの快挙のはずだが、流石は普段から弾幕三昧の幻想郷の少女達と言うべきか。

 

「それで、お前らの方はなにしてたんだ?」

 

「うーん、基本は食べ歩きだったよな。あ、あと矢倉の上でやってた能や神楽舞もみてたぞ。」

 

「やぐら?のう?かぐら?なぁにそれ?」

 

チルノの問い掛けにメディスンが答える。

単語の意味が分からず首を傾げているのは梨理だ。

 

「矢倉っていうのはほら、一回中央広場行ったときに見たろ?提灯とか沢山ぶら下がってた建物だよ。」

 

「"能"というのは日本の伝統芸能の一つであり、江戸時代までは"猿楽"と称されていたんだ。古くは奈良時代から見え始め、14世紀後半に登場した観阿弥・世阿弥親子によって大成された猿楽は「幽玄」「夢幻」を理想とし、息子世阿弥は「夢幻能」のスタイルを確立した後…」

 

「はいはいせんせー、そこまでで結構でーす。」

 

常日頃から慧音の説明の長さを実感しているリグルが止めに入る。

 

「むう!それでは次に神楽の解説を…」

 

「どうせ長いしわかんないからいいよ。」

 

「何だとチルノ!神楽を含め神道や陰陽の儀式はお前達妖魔にとっても重要な効果があるんだぞ!それを…」

 

「だーから!今はお祭りなーの!みんなで遊べりゃいーの!勉強は明日から本気出すのー!」

 

「む、むう、確かにそうだな…仕方ない。」

 

明日から本気出すのかはさておき、祭りは楽しまなければ意味がない。

重要な知識とはいえ、今この場で必要無いのなら、今話さなくとも問題はないのだから。

 

「さあーて、それじゃあみんなも揃ったことだし、何する?鬼ごっこでもするか!?」

 

「それは止めなさいリグル、迷惑だぞ。」

 

リグルがハマりの遊びを提案するも、慧音によってあえなく却下。TPOは大事である。

 

それじゃあ何して遊ぼうか、となったとき、ふと梨理が、近くにいたメディスンの手首に目を留める。

 

「…ねぇメディ、それなあに?」

 

「ん?…ああ、これ?」

 

メディスンの手首には、よく祭りなどで見かける淡く光るブレスレットが付いていた。

 

「あそこの店で買ったんだ。似合ってるか?」

 

「うん!すごく綺麗…。ねえ右京お兄ちゃん、私もこれほしいな!」

 

「ん?ああ、あの店で売ってるやつか。色々カラーがあった筈だし、一緒に行って選ぼうか。」

 

「およ、なんだ梨理、何か買うのか?」

 

「あ、チルノ。

メディの付けてるこれ、買ってもらうの♪」

 

「へえ?…って、確かに結構綺麗だな!あたいも欲しい!」

 

「ああはいはい、それじゃあチルノも一緒に行こうか。」

 

「いえーい!」

 

そんなやり取りをしていると…

 

「何だ何だ?」

 

「その腕輪買うの?じゃあ私も欲しいかも♪」

 

「だったら我にも買うのじゃ!」

 

わらわらわらと子供達が集まってくる。8人の買って買ってコールが響いた。

 

「あーもうわかったわかった!それじゃあ折角だし、みんなでお揃いの買っていこう!それでどうだい?」

 

「お、お揃い…!?」

 

右京の提案に、梨理が大きく反応する。

 

「お揃い…みんなでお揃い!お揃いにしよ!!」

 

梨理の嬉しそうな声に、全員が口々に肯定の意を示す。

 

その数分後、人のいないちょっとした隙間に円を作り、揃いの腕輪をつけた9人の少女達が並ぶ。

 

こういう時、音頭を取るのはチルノだ。

 

「…さて。…これって何か言葉要る感じ…?w」

 

「うーん、まあ、無いならないでいいだろ。」

 

「そうだな~。

…まあ何はともあれ、安物といえば安物かもしれない。でも…

 

このブレスレットが、今年のあたいたちの夏の…

 

思い出の証だ!!!」

 

おーー!っと、元気な少女達の声が響く。

 

こうしてまた一つ、白鷹梨理の宝物が増えたのだった。

 

 

 

-と、その時。

 

 

-ドーーーーーッン…パラパラパラ……

 

大きな音を立て、空に大輪の花が咲く。

 

それはまるで、9人の友情を祝福するかのようだった。

 

「…花火だああああああ!!」

 

周りの人妖含め、各地で声が上がる。

 

「…タイミング良いですね。これもみんなの日頃の行いってやつですかね、慧音先生?」

 

「まあ、私達大人を悩ませるのが彼女達の仕事なら、非常に熱心な職業人ですからね。

…それに、誰かを心から幸せに出来ているのなら…それは、立派な大人に近づいて要る証拠。

違いますか、右京さん?」

 

「…全くその通りですね、先生。」

 

わあわあと騒ぎ、幸せそうに笑い合う子供達。

 

すると、チルノが大きく息を吸い、だんと踏ん張って、

 

「たーーーーーーーーーーーまやーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

と叫んだ。

 

「た…まや…?」

 

「知らないのか?虚也に教えてもらったんだ!

花火がすげぇって思ったら、たまやって叫んで気持ちを表すんだって!」

 

「なーんだそれ…意味分からん。」

 

「けど、中々に楽しそうじゃのう。」

 

「おう!スッキリするし楽しいぞ!」

 

みんなが口々にコメントを述べるも、その顔は笑っている。

 

 

そして。

 

それは、梨理も同じだった。

 

「たあああああまやああああああああ!」

 

梨理は渾身の笑みで叫んだ。

 

周りを見渡す。

 

やれやれといった表情。

うずうずとした表情。

 

そして、満面の笑顔。

 

これらの表情があるからこそ、今の梨理は、とっても幸せだ。

 

ドーーン、ドドーーーーーンと花火が上がる。

 

その音に、その鮮やかさに、呼応するように。

 

梨理もまた、みんなと一緒に再び大きく息を吸った。

 

 

「たああああーーーーーまやあああああああああーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 

 

こうして、白鷹梨理の大切な思い出の絵日記に、新しい、大きな1ページが刻まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドーン…ドドーーーーーン……

 

「…始まったみたいだな。」

 

「そうだな。

 

…って、ここ、かなりの特等席何じゃないか?」

 

空に咲き誇る大輪の花。それを見ながら私達―八雲藍・道述龍我の2人―は、酒を酌み交わしていた。

 

(凄い…まるで専用のスポットみたいだ…)

 

なんとこのバルコニー、博霊神社の方向に開けているため、そこから打ち上がる花火を一望出来るのだ。

息をのむような美しい光景。それを見ているのは、今この場にいる2人だけ。

 

異様なほどの特別感に浸りながら、私は横目で龍我を見る。

 

明るい色彩に照らし出されたその顔は、いつにもまして魅力的に見えた。

 

「…まあこと神社の花火を見るには、この場所はかなり良質だと思うぞ。」

 

「確かにな…。」

 

少しだけ会話が止まる。

 

花火は絶え間なく打ち上がり、幻想的な花園を投影し続けている。

 

普段なら気まずいような沈黙も、2人だけのこの世界では甘美な響きをもたらしてくれた。

 

「龍我…。」

 

「どうした。…っと、もう酒が少ないな、取ってくるよ。」

 

「ああいや!そうじゃないんだ!行かないでくれ!」

「え、お、おう。」

 

ってやば!行かないでくれって、何言ってるんだ私は!

 

…まあ何にせよ留まってくれたからいいか。

 

ばくばくと荒れる心を落ち着かせるように私はこほんと一つ咳き込む。よし、本題に入ろう。

 

「えっと…その…。

 

ありがとう、龍我。」

 

「いや別に酒要らないんなら別に…」

 

「その話じゃない。そうじゃないんだ。

 

私が礼を言いたいのは、その…

 

 

この場所に、私を…

 

…私だけを、連れてきてくれた。

 

…そのことだ。」

 

「……。」

 

龍我は答えず、かたんと椅子を引く。

 

「…別に、他に誘うような奴もいないからな。」

 

端の手すりの側にいるため、花火の光が逆光になって、その表情は判らない。

 

でも…別に知る必要もない。

 

私はふっと笑って立ち上がり、龍我の隣に並んだ。

「…例えそうであっても、私にとっては、この上なく嬉しいことなんだよ。」

 

「そうか…。まあ、お前が喜んでくれるのなら、それで十分さ。」

 

「龍我…。」

 

嬉しい。私は素直にそう思った。

 

そんな想いを抱いたのは、紫様達以外ではいつぶりだろうか。

 

誰かと2人きりで話すのがこんなにも嬉しかったのは、他に誰がいただろうか…。

 

 

…それ程までに、愛しかった。

 

道述龍我という存在の全てを、私達2人だけのものにしたかった。

 

この2人だけの時間が、永遠に続けばいいのに。そう思った。

 

だから、

 

「…ただまあ、来年とかは虚也達も誘ってみんなで…」

 

みんなで一緒に見ようかと言いかけた龍我の言葉に、私は無意識に反応していた。

 

「嫌…」

 

「…え…?」

 

「…私は、龍我と一緒に見ていたい。

 

来年も、再来年も、そのまたずっと先も…

 

2人きりで、見続けていたいんだ。」

 

「藍…。」

 

とめどなく溢れ出てくる言葉達。ほとんど無意識に、自分でも次の言葉が何なのか判らないほど次々に発せられていく。

 

ただ。

 

その言葉が私の本心であることだけは、判る。

 

「私は、隣に龍我がいれば、それでいい。

 

龍我だけでいい。

 

龍我と一緒に居られさえすれば、それ以外には何も要らないとさえ、思うんだ。

 

…だって、私は…」

 

 

―龍我のことが、大好きだから。―

 

 

ずっとずっと、想い続けていた言葉。

 

いつ言おうか、どう言おうか、ずっと悩んでいたのが嘘みたいだった。

 

静かな沈黙が2人を包む。

 

花火の音は、その聖域には届かなかった。

 

 

「…藍。」

 

龍我の声。それに吸い寄せられるように、私は龍我へ視線を移す。

 

2つの視線は、そこで交わった。

 

 

「……ありがとう。」

 

 

優しい声。静かな声。

 

そして、今までに無いくらい、心を揺さぶる声だった。

 

…欲しい。彼の、その全てを。

 

私は無意識に、手すりに添えていた手を浮かす。

 

まるで私の心を映すかのように漂う手を、龍我はそっと、自らの手の中に抱き留めてくれた。

 

彼は、そのまま私の身体を引き寄せる。

 

そして…

 

私と彼の唇が、重なった。

 

甘い愉悦が全身に流れ込んでくる。

 

「……っ……!」

 

ずっとずっと欲しかった悦楽が、私の全てを包み込んでいった。

 

彼は私の腰にもう片方の手を回し、更に身体を密着させる。

 

彼の熱い体温が伝わってくる。

 

呼吸は乱れ、舌が絡まり、四肢がもつれ合う。

 

この上なく甘美な愉悦に、私の感覚はどんどん痺れていった。

 

自身では支えられなくなった私の体を、彼は優しく抱き留めてくれている。

 

私はそれに甘え、不要な脚の力を抜いた。

 

空に開いた花畑。それに照らされながら、私達はゆっくりと崩れていく。

 

そうして、二つの影は、互いに絡まり合いながら、永い夜の向こうにとろけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まあ、まだ外は明るいとは言えないから、気をつけてな、藍。」

 

「本当はもうちょっといたかったけど、しょうがないな。」

 

有明の月が見下ろす中、藍は玄関先で龍我と話していた。

 

「流石にもう帰らないと、紫達の朝飯が遅れるだろ。俺に責任転嫁されても困る。」

 

「ふふふ。

 

しかしそうは言っても、どの道出来た場合の責任はとってもらうぞ?」

 

「う…。

 

い、いや、流石にそれは男として、な。」

 

苦笑いする龍我に、藍はくすくすと上品に微笑む。

 

「…それじゃあ私はこの辺りで帰るよ。また機会があれば泊めてくれよ。」

 

「ああ、機会があれば、な。」

 

ひらひらと手を振る龍我。

 

藍も振り返し、そのまま自らの屋敷の方へ飛び立つ。

 

 

その姿は、ちょうど地平線から顔を出した太陽に照らされ、美しい金色に輝いていた。

 

 

 

 

―完―




なんだかもうちょっと龍藍要素欲しかったんですが・・・最後のシーンの辺りもうちょっと発展させても良かったのではという気がしないでもない(´・ω・`)
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