主人公、夢のお店への第一歩的な日常話です
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オラリオの東部・第二区画、ここはギルド管轄の建物が多く存在しその中には巨大闘技場も含まれる
オラリオの観光目玉の一つでもあるここは常に何かしらのイベントが開催しており都市内の住民や観光客等で賑わっている
そのため、そういった客を狙って数多くの屋台が道なりに並んで商売に励んでいる
ただしそれは日中の話だ
陽が暮れると共に屋台は撤収を初め完全に陽が落ちるとともにその喧騒を第三区画の色町・風俗街と第六区画に存在する多数の酒場・宿屋に明け渡す
夜の帳と共に第二区画は闇に包まれる
街灯の明りも最低限しか設置されていないためほんの気休めでしかない
そんな暗闇にポツンと明りを発するおでんをメインとしつつ様々な料理を出す屋台があった
ここは知る人ぞ知る隠れ屋台『狩人狩人』
都会の中にあって都会の喧噪から離れられる個人屋台である。
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「邪魔するぞ」
「らっしゃ~い・・・って、久しぶりだなおい」
「それは偶にしか店をやってないそっちが悪い」
「はは、確かに・・・いつものか?」
「あぁ、頼む」
見目麗しい女性、姿や装備から冒険者だとわかる
そんな彼女の正体はLv.5の第一級冒険者にして都市最多の構成員を誇るファミリアを束ねる女傑
ガネーシャ・ファミリア団長【
彼女は偶にしか開いていないこの屋台を見つけた場合は必ず食事に来るプチ常連である
「ほい、おまちどう、酒は辛めの
そう言って慣れた手つきでシャクティの好きなおでんの具を選別して酒と共に出してくる
「あぁ、頂こうか」
味噌と言われるあまりオラリオでは使われない出汁の染み込んだ煮物をさっそく口にする
「ん・・・・・・―――――――――――相も変わらず美味だ」
食べ慣れていないはずの味なのにどこか郷愁を思い起こさせるこの味にシャクティは嵌まっていた
(この前食べた醤油ベースもいいがやはり味噌ベースの味の方が好みだな、心に染みる)
久々のホッとする味を堪能する
「ほれ、お酒」
そう言いながらシャクティの持ったお猪口に店主が酒を注ぐ
「・・・ん、すまない」
注がれたピリリと辛目の熱燗をクイッと飲み干す
「ふぅ~~~・・・・・・」
夜の寒さも相まって暖かい食事と熱燗は旨さを倍に感じさせるだけでなく身体を芯から温めてくれる
(あぁ・・・・・・やはりいいなここは、何も気にしなくていい)
上位派閥の団長として顔が売れすぎた彼女はその美貌も相まって外で食事をしようものなら必ずと言っていい程人目を引いてしまう
別にそのことを彼女は気にしない
それで犯罪や飲食店でバカをする者達への抑止力になるのであればそれは「民衆の平和を守る」という主の神意に沿ったものだと思っているからだ
だが、いくら気にしないからと言っても彼女は人間だ、積もる思いや鬱憤と言うものは堪っていく
ここは日々の雑務や大勢の団員を率いることに疲れた彼女が人目を気にせずに飲める数少ない店だった
(ふっ・・・ここを見つけることができたのは幸運だったな)
久方ぶりの旨い料理と癖になる酒を飲みながらこの屋台との出会いを何となく思い出す
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彼女の所属するファミリアの主神ガネーシャは『群集の主』と名乗る通り民の平和を尊ぶ
そのためファミリアの主目的は都市の治安維持が主になる
ある日シャクティは仕事を終えた後も人通りの少ない第二区画の警邏を行っていた
(・・・ん?)
すると見慣れない屋台が目に入った
(こんな人通りの少なくなった夜の第二区画で屋台?)
『グ~~・・・』
(お腹が・・・・・・・・・そういえば夕食がまだだったか)
少しだけ怪しさを感じつつも忙しさの余りに食事を抜いていたことを思い出す
様子を見るついでに問題がなければそのままここで食事にしてもいいかと思い、屋台の暖簾をくぐった
暖簾というたった一枚の布を超えただけで己の鼻孔に食欲をそそる香りが優しく飛び込んでくる
単純な油物を扱う店では決して出せない芳醇な料理の香りに自然と頬が緩んでしまう
(・・・これは味に期待できそうだ)
香りを嗅いだだけでこの店が正当な料理を出す店だと確信
もはや当初の念のため怪しい店の確認を行うという考えは吹き飛んでいた
「らっしゃ~い」
目の前の四角の鍋を幾重もの仕切で囲った特殊な鍋を突いていた店主が顔を上げて出迎えるが
「・・・は?」
「あれ?」
そこで意外な人物に出くわした
「・・・何をしているのだお前は」
「・・・そっちこそこんな時間にここで何してんだ?」
変装のつもりなのかいつものトレードマークの帽子を黒いバンダナに変え、垂れ流しにしていた長い白髪も後ろで一本に束ね、今や本人の代名詞の一つでもある銀の義手も長袖と黒い手袋によって隠されていた
彼を知らぬ者であれば少しの変化といえど気づく者は少ないだろう
だが、面識のある者が見れば一目瞭然で分かる程度の変装だった
「先に質問したのは私だぞ 『
「見りゃわかるだろ・・・屋台だよ」
屋台の店主は最近ではロキ・ファミリアの中核メンバーの一人であると認識されている男
カイトだった。
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(・・・あれからもう一年か)
「ほい、追加の大根」
「うむ・・・ふ・・・うむ・・・あっふいハフハフ」クイッ
当時のことを思い起こしつつクイッとお猪口の中身を飲み干しつつハフハフとおでんに舌鼓をうつ
少し前のことを思い出したからか、話のネタとして素朴な疑問が浮かび上がる
「そういえば聞いたことがなかったが、この屋台は普段どこに置いているんだ?」クイッ
「普通に自宅に置いてるな」
「自宅?ロキ・ファミリアに置いてるのか?」クイッ・・・カラッポ
「いや、実は嫁と俺の五人共同で工房兼家みたいなのを借りててさ、そこに置かせてもらってる」ハイ・・・オカワリ
「クックックック、何だ?愛の巣というやつか?まったくこれだから女垂らしは」ゴクリゴクリ
シャクティ・ヴァルマ
年齢=彼氏なしの
「いやちげーよ、元々俺の義手を作るために借りてた工房が五人で集まるときに思いの外便利な感じだからさ、そのまま軽くリフォームして使い続けてんだよ」
「逢い引き用の家というわけか、つまりヤ〇部屋だな?ヒック」ゴックゴック
「ち、ちがうわい! 一応言っておくけどこの屋台も五人でトンテンカンテン仲睦まじくその工房で作ったものなんだぞ!?」
「なるほどな、トンテンパンパンと子供もつくってる、と」グビリグビリ
「ちが・・・くわないかもしれんけどもっと言い方気をつけろや!?あとラッパ飲みは危ないから止めようね!?」
「ど~せ避妊は『
「大分お前さん酔ってるな!?」
普段のシャクティからは決して出ないような下ネタとボケの連発にカイトの突っ込みが止まらない
「酔ってらい酔ってらいぞ」
そう言う彼女の顔は紅く、目は据わり呂律が回っていない・・・説得力はゼロである
「酔ってる奴は大抵そう言うんだ・・・・・つーかさっきからガブ飲みしすぎ、こいつはチョビチョビ飲むようだからかなりアルコール度数高めなんだぞ?」
「わらっれるゾ」ヒック グビリグビリ
「分かってねぇしベロンベロンじゃねぇか」
「なら酒の代わりに何か一品くれ」
「はいはい」
そう言っておでん以外のつまみを作り始める
ちなみにこの屋台、前世持ちのカイト監修による鍛治氏・椿と魔道具製作・アスフィの合作ということもあって無駄に便利な機能が盛りだくさんだったりする
縮小版石窯
飲料水の貯蓄及びミニ台所排水機能完備
移動が楽になるよう車輪部分にはサスペンションを搭載
さらに簡単な変形機構等々
カイトも『嫁達とのんびり日曜大工☆』みたいなノリで色々組み込んだせいで義手の『銀腕』とはまた異なる意味でのオーパーツの塊となっていた
完成したときは全員で達成感を噛みしめ、嫁達との良い交流だった、と思いはしたが・・・後々考えると結構不味い知識を教えてしまったような気がすることに冷や汗を掻いた
「・・・正直途中から楽しさ優先でやりすぎた」とはカイトの弁である
―――――――――――――――間。
そんな多機能屋台で一品作る間
カイトの調理音とシャクティの食器音のみが聞こえるつかの間の静寂の時間が訪れる
それは気まずい沈黙ではなく、心地のよい沈黙
静寂を楽しむ大人の余裕を感じさせる時間だ
(あ、そういやこの前―――――――――)
そんな静寂の中ふいにカイトは最近聞いたシャクティに関する噂話を思い出した
「そういや噂で聞いたがお前さん、妹分ができたんだって?」
「ん?・・・あぁイルタのことか、妹分といってあれはなぁ・・・無理矢理義姉妹の契りとやらをさせられた上で姉者姉者と懐かれているらけらぞ」
「いいじゃねぇか、うちのベートと交換してくれ」
「絶対にイヤだ」
ベートの気性の荒さは今やオラリオ中の冒険者達の間ではかなり有名な話だ、
どんなじゃじゃ馬でも所詮は馬、あの凶狼には敵うまい
ただ
カイトは意味もなくこの話を切り出したわけではない
「そうかい?・・・―――――――なんとなく今日のアンタを見てそのイルタってのに姉と呼ばれるのが嫌なのかと思ったんだがな」
「っ!?」
頻繁に交流はないが数年という短くない付き合いからカイトはシャクティの奇妙な雰囲気を察していた
「お前さんが飲み過ぎるのは大抵そういうことがあるときだけって気づいてるかい?」
言われたシャクティは間の抜けた顔を晒してしまいカイトの言葉で深く酔っていた意識も大分覚めた
「そう なのか、・・・ふふ・・・知らなかったな」
「まぁ、ウソなんだが」
「ウソかい!!」
「HAHAHA!カマをかけただけだ」
カイトは彼女が何かを悩んでいることを察してはいたがさすがにそれが何かは断定できなかった
そのため思わせぶりな発言をすることで自然とシャクティから悩みの正体の言質をとったのだ
「くっ・・・お前最近フィンに似てきたな」
「げふっ」
それを聞いてカイトが盛大に顔をしかめる
「マジで止めろ、あの腹黒ショタに似てきたとかショックすぎる、俺はもっとピュアでいたい」
「そうか、なら残念ながら手遅れだ」
「うわぁ、不治の病を宣告された患者の気持ちが今わかった気がするな・・・・・・で?」
「・・・何がだ」
「何か不満・・・というかモヤモヤしてんだろ、大方、姉と呼ばれるせいでアーディのことでも思い出すとかかだろ?」
アーディ・ヴァルマ
シャクティとは血の繋がった実の妹であったが、数年前に闇派閥との抗争で相手側の爆弾攻撃によって爆殺された少女だ
彼女の遺体は文字通り跡形もなく爆散しており、まともに埋葬すらできない状態であったという
当時のカイトは任務上アーディともそこそこの交流もあった
アーディの訃報を聞いたときはかなりのショックを受けたものだが、実の姉であるシャクティの受けた衝撃とは比べもにならないだろうということを理解していたためあまり彼女の前では話題に出さないようにしていた
あれから数年経ち心の傷も時間が薄れさせた今だからこそ話題に上げることができた
「・・・その察しの良すぎる思考は本当にフィンとそっくりだな、察しが良すぎて―――――逆に腹が立つ」
「理不尽すぎない?」
「理不尽なものか、大体なお前らは―――――――――――――――――――」
そこからシャクティは酒の勢いもあって日頃貯まっていた鬱憤や愚痴を吐き出し始める
日頃の激務、市民からの苦情、団員からの陳情
そして最後にシャクティを姉と呼ぶイルタのこと
「イルタは悪くない・・・・・・これは私の一方的な思い込みのようなものだ」
そして、だからこそどうにかするのが難しい
酒を飲む手がすっかり止まってしまったシャクティを見てカイトがポツリと言葉をこぼす
「そのイルタってのを通してアーディを思い出すのはやっぱ辛いか?」
「・・・・・・・・・そう・・・だな」
「アーディを思い出したくないってわけじゃないんだろ?」
「当たり前だ、あいつのとの思い出は嫌なことばかりじゃない、むしろ―――――――――――」
シャクティは思い出す
そして今更ながら気づく
最後の別れが突然すぎたこと、そしてその別れ方があまりに酷すぎたせいで妹との思い出が辛いことや悲しいことに感じてしまっていたが妹とはそんな負の記憶ばかりではない、それよりももっと多くの楽しかった記憶や共に笑い合った暖かい記憶の方が圧倒的に多かったことを
「―――――――むしろ楽しかったことの方が多い」
そう言うシャクティは心の靄が晴れたかのような表情になっていた
それを見て屋台の店主はニヒルに笑う
「ならいいだろ、俺の尊敬する医者曰く―――――人が真の意味で死ぬときってのは『人に忘れられた時』らしいからな、せめて姉であるお前の中だけでも妹を生かしておいてやれ・・・・・・・あーでも勘違いするなよ?妹の記憶に引きづられろって言ってるわけじゃないからな」
クサい台詞を吐いたせいか少し恥ずかしそうに言ってくる
それがシャクティには少し嬉しくて非常に面白かった
「ぷっくっくっくっくっく、なんだ? もしかして元気付けてくれているのか?私に浮気するなら嫁達に密告するぞ?」
「やめれ、しがない屋台の店主から常連客への接待みたいなもんだよ。
だから本当マジのマジで密告とかヤバいんで止めて下さい」
ちなみにカイトが恐れているのは怒られることによる恐怖ではなく、嫁をさらに増やされる恐怖である
カイトの脳内で現嫁達が『こいつも嫁にしてやろうか~?』と、どこぞの閣下の様に言ってくるヴィジョンが見えた
「ふふ・・・冗談だ、ここまで笑ったのは久しぶりだ、おかげで今後イルタを見るたびに妹を思い出しても大丈夫そうだよ」
「むしろアーディのことを思いださせてくれるのなら、そのイルタって娘に感謝しとけ」
「そうだな、そうなると・・・いいな」
「なれるさ・・・ほれ、酒のおかわり」
根拠もなく言い切るカイトの言葉を注がれた酒と共に飲み込む
「・・・美味い」
同じ酒であるはずなのに心なしか先ほど飲んだものよりもおいしく感じた
「ほいお待ちどう、俺特製の一品料理『 オラリオ風 揚げ出汁豆腐 』だ!」
注がれた酒を楽しんでいる間に先ほどから作っていた一品料理が出てきた
「ふむ・・・初めて見るなこの料理は、まぁお前が出したんだから美味であろうことは疑わないが」
「おう、ようやく最近味を再現できてな」
「再現?どこか別の場所で食べたことがある料理なのか?」
「え、あ~・・・まぁ故郷の料理の一つ・・・みたいなもんかな? そいつをこっちにある具材で再現してみたんだよ、まぁ微妙に味が違うが美味いことは美味い」
「ほぉ、さっそく頂こうか」
少しトロリとした蜂蜜のような餡に浸かった揚げ物
それを箸ではなくナイフとフォークで切っていくのは西洋文化であるオラリオの御愛敬
(・・・・・・・おぉ)
切りにくい外側の衣と違い切ると柔らかい白い実が露わになる
それを餡に付けて口に運ぶ
「あっふい、はふはふ」
(うむ新食感だな、そしてやはり美味い!)
餡は甘辛系統そして油の衣が付いていることで淡泊な豆腐の味を二重にフォローしている
(おぉ、これはっ・・・・・・!)
無意識に辛めの酒の入ったお猪口に手が伸びる
(酒!飲まずにはいられない!!)
甘い餡にカイトの用意した辛口の酒が非常に合う!
酒を飲んだことで辛くなった口にまたしても揚げ出汁豆腐を投入
甘い旨い、辛い美味い、甘い旨い、辛い美味い
無限ループが止まらなくなってしまっていた
そんな至福の無限ループの中で
「あっふあっふ・・・うん、さすが俺の作った新作料理、美味い」
目の前の視界に同じ物を食べているカイトが映り込んできた
「・・・何で店主が客と同じ物をわざわざ目の前で食べてるんだ」
「いやわざとじゃねーぞ、具材の関係でこいつを作るときは四人分作ってるんだよ、暖かい飯ってのは美味しさに持続時間があるからな、美味しい内に食べないともったいないんだよ、謂わばこれは食材を無駄にしないための仕方が無い作業の一つだな、うん仕方ない仕方ない」
店主なのだから黙って接待でもしておけという文句を飲み込む、その代わりに―――――
「残りは何人分あるんだ?」
「え・・・俺の夕食なんだけど」
「全部よこせ」
「え~~~・・・」
この日
心の靄が晴れたシャクティは酔いつぶれるまで全力で食事と酒を楽しんだ
普段の仕事の気苦労を知る店主は陽が昇るまでそれに付き合ってやった。
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《後日談》
[オラリオ・新聞]
【『
相手はなんとあの超大手ファミリアの美人団長S
『
状況から美人団長S氏の主神ともそういった話が通っている可能性も高いとのこと
関係者からのコメントに寄れば「私が◯◯◯◯◯だ!!・・・・・・え?◯◯◯◯が嫁に?・・・えナニソレ」や「馬鹿な!?姉者が!?姉者がぁああーーーうわぁぁぁん」等々、衝撃を受けており―――――――――――――――――
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こんなことがあったとかなかったとか
とある某所・某時間でも
そんな新聞を笑顔で突きつける美女と
「・・・・・・・・・カイト?」ニッコリ
突きつけられて顔を引き攣らせる男が
「いや、違う!違います!?酔いつぶれたあいつを背負って運んだだけで―――――――」
「五人目イッときます?」
「イヤァァァァァァアアアアアア!?」
いたとかいなかったとか
書いてる内にグルメ小説になってもうた
ちなみにグルメ小説だと【傭兵団の料理番】とかが好きです。
PS
そういや最近Episode:フレイヤを読み直してて気づいたんだけどさ
ゼウス・ファミリアLv.8が居て最強
ヘラ・ファミリア Lv.9が居るのに最強ではなく最凶
・・・これゼウスの所に実はLv.10がいるってことだよね?