華雄さんと出会ってから数日、順調に馬を走らせ陳留に到着する事が出来た。
馬を預けると、華雄さんは報告のため城へ向かうと言った。
途中まで共にしようと、一緒に街を歩き始める。
町人達の喧騒、見覚えのある街並み。自然と目頭が熱くなり、目元を掌で覆い立ち止まってしまった。
「ん?おい、どうかしたか?」
「……いや、何でもない。急に立ち止まってごめ……ん………」
華雄さんの声に、首を横に振り返事をする。
が、視界に入った光景に、その言葉も途中で途切れてしまう。
「隊長ー!堪忍してぇな!ここで買わなかったら絶対後悔するんやー!」
「沙和もなの!隊長!一生のお願いなのー!」
「駄目だ!ほら、早く次の区画に向かうぞ!」
「そんなー!慈悲は!慈悲はないんかー!
「隊長!お慈悲なのー!」
「今は仕事中だ!慈悲も何も無い!」
隊長と呼ばれた一人の女性が、泣き喚く女性二人の首根っこを掴み引き摺りながら人波に消えて行く。
「凪……真桜……沙和……」
五年前と変わらない懐かしいやり取りを目にし、涙が止め処無く溢れてくる。
凪が、隊長と呼ばれていた。凪の真面目な性格ならば適任だろう。
真桜と沙和は未だに仕事をサボる癖がある様だ。警備隊に復帰したら、凪と一緒に鍛え直さなければならないな。
しかし、元気そうで本当によかった。
「……大丈夫か?」
「……急にごめん。大丈夫だから」
涙を拭う。
怪訝な顔をした華雄さんに謝り、再び街を歩き始めた。
城門前に着いた。立ち止まり外観を眺め郷愁に浸る。恐らく、ここに華琳が……
しかし中には入れない。今彼女と再会してしまえば、今度こそ永遠に会うことが出来なくなってしまう。
短い間だったが、華雄さんとはここまでの様だ。
「郷はどの位陳留に留まるんだ?」
華雄さんが振り返り尋ねてきた。
「まだ決めてない。用が済み次第かな」
「ふむ、そうか。……短い間だったが悪くなかった。息災でな」
「うん。華雄さんもね」
拳を合わせ別れる。短い間だったが、旅慣れしているだけあって色々と参考になる事があった。
また、ここで別れたのは個人的に助かった。というのも、華雄さんはかなり美しい女性に分類されるが、当人にその自覚が無いため何度か困る場面があったのだ。
詳しくは割愛させてもらうが、この数日間悶々と過ごす羽目になっていた。
「さて……」
とりあえず宿を確保するため、宿舎に向かう事にした。
「……そう。よく働いてくれたわ。ご苦労様」
陳留の城内、玉座の間。
国境付近の盗賊集団の件について報告を聞き終え、華琳は微笑み華雄を称えていた。
「で、使えそうな輩は居たのかしら」
華琳が華雄に課した任。各国を旅してまわり、盗賊等悪事を働いている者達を討伐する事。
しかしその他にも命が下されていた。
それは、人材の調達。
盗賊等討伐した者の中に有能な者がいた場合、捕縛し投降させる事。
また、旅をする過程で見つけた場合は国へ斡旋する事。
平和な世で優秀な人材が埋もれてしまわないための配慮だった。
「悪漢共の中にはいなかった。だが、一人面白い奴に会った。武だけなら私より……い、いや、私にほんの少し及ばない程度だな」
「なるほど。取り立てるには十分な実力よ。その者の名は?」
「郷という男だ。華琳ならば知っているのではないか?昔魏に勤めていたと本人は言っていたぞ」
華雄の言葉に華琳は眉をひそめる。郷という名前に聞き覚えは無い。
そもそも、彼女の記憶に過去登用しており現在魏を離れた有能な者は存在しなかった。
「……知らないわね。で、そんな男を見つけて貴方は何も伝えず別れたのかしら」
「いや、郷も偶々陳留に用があるみたいでな。共にここまで来た」
「そう。なら後で遣いをだしておくわ」
華琳はそう言うと、悩ましく溜息を吐き兵を促す。
と、その兵は華雄に竹簡を渡した。
「来てもらって早々で悪いのだけど、貴方向けの急務がさっき舞い込んできたの」
受け取った竹簡を開き読む華雄。
全て読み終えた後、竹簡を懐にしまい口を開いた。
「別に構わんさ。明日にでも向かおう」
「助かるわ。その任が終わったら、貴方には長い休暇をあげる」
「構わんと言っているんだが……まぁいい。準備が必要なのでな。これで失礼するぞ」
玉座の間を後にする華雄。華琳は退出を見送った後、兵を呼びつけた。
「申し訳ありません。本日は満室でして……」
「そうですか……分かりました。ありがとうございます」
日が沈んでから大分時間が経った。
宿舎を巡って三件目。どうやらここも満室らしい。
我慢出来ず、宿をとる前に街を渡り歩いてしまった自分を恨めしく思う。
宿舎を出て立ち止まる。
覚えのある宿舎は全て確認した。どうしたものかと考えていると、肩を叩かれた。
「郷。こんなところに突っ立って何をしている」
振り向くと、先ほど別れたばかりの華雄さんが居た。
華雄さんは何も感じてない様だが、拳を合わせ別れの言葉を交わした手前、直ぐに再会するとなると恥ずかしかった。
が、会ってしまったものは仕方ない。事情を説明する。
「華雄さん……。実は宿が取れなくてさ。どこも満室みたいなんだ」
「こんな時間にとれるわけないだろう。陳留は三国でも一二を争う程活気のある街なのだぞ。宿舎など行商達ですぐ満室になる」
呆れた様子で溜息をつく華雄さん。返す言葉もない。
「仕方ない。私の部屋に共に泊まるがいい」
華雄さんが今出たばかりの宿舎を指差す。
「え、いやそれは流石に……」
「寝台は二つあったから寝る場所には困らんはずだ。それとも陳留まで来て、野宿でもするつもりか?」
陳留まで来て野宿……
「……ごめん。お願いしていいかな」
「ふん、かまわん」
結局お言葉に甘える事にし、宿舎に入る華雄さんに着いていった。
部屋に入ると、華雄さんは早々に旅支度を始めた。
不思議そうに見つめる俺に気付いた華雄さんは、机に置かれた竹簡を指差す。
開き書かれた内容を読み上げる。
「呉との国境付近で盗賊団の情報……か」
「あぁ。急務みたいでな。明日にでも発つつもりだ。明日以降この部屋を使いたいのであれば好きにしてくれ」
「……うん。ありがとう」
一日すら休みをとらない華雄さんが心配になるが、仕事ならば仕方が無い。
と、宿舎の店主が部屋に訪ねてきた。何やら俺に用があると城の兵が来ているらしい。
正体がばれたのかと肝が冷えたが、どうやら違うらしい。
華雄さんの報告を聞いた華琳が、俺を登用しようと遣いをだしたとの事だった。
まさか華雄さんが俺の事まで報告しているとは、偽名を使っていて本当に良かった。
遣いの兵に明日城に来るよう言われたが丁重にお断りし、代わりに伝言をお願いした。
「てっきり古巣に戻る事が用事だと思っていたが、違ったのか」
「そっちは用事というか最終目標というか……まぁ、色々あるんだ」
俺の言葉に首を傾げる華雄さん。しかし困った事になった。
思わぬ形で華琳の興味を引いてしまった様だ。保険はかけたが、あの華琳が大人しくしているとは思えない。
このまま陳留に滞在すれば、再会してしまうのも時間の問題である。
陳留はすぐ発つにしても、どうするか……。
と、先ほど見た竹簡が目に入った。
……断られたら別案を考えよう。華雄さんへと視線を向ける。
「華雄さん。お願いがあるんだけど……」
郷愁を胸に 了