とても励みになります。
陳留、執務室。
魏領における内政において最終決定が下されるその場に、ある竹簡をじっと見つめ眉を寄せる華琳の姿があった。
その竹簡は、成都に居る朱里から送られた早打ちが持ってきたものだった。
「ボールペン……ね」
華琳は竹簡と共に渡されたボールペンに視線を移し、呟く。
明らかにこの世界には不釣り合いな代物。もちもん華琳もお目にかかるのは初めてだった。
渋い表情を変えず再び竹簡に視線を戻すが、戸を叩く音に思考を中断した。
「入りなさい」
「失礼します」
華琳が中に入るように促すと、入ってきたのは真桜だった。
真桜の姿を目にし、華琳は少し驚き微笑した。
「丁度良い所に来たわね。貴女に用があったのよ」
「うちに用事ですか?その前にうちの話を先にさせてもらってもいいですか?」
慌てた様に早口で話す真桜。
いつもと違う様子に、華琳は訝しみながらも頷く。
「構わないわ」
「ありがとうございます。今日、いつも通り警邏をしてたんです。そしたら街の人によう分からん事言われまして……」
真桜は頭を掻きばつが悪そうに言葉を止める。
華琳は続きを促そうと口を開くが、止めた。真桜の唇が震えている事に気付いたのだ。
数秒の沈黙を挟み、真桜が再び話始める。
「……『せっかく御使い様が帰ってきたのに、一緒じゃないのか』と」
「……何ですって?」
「うちらもびっくりして、色々聞きまわったんです。そしたら昨日隊長を見たって人がいっぱい居って……」
困惑した表情を浮かべる真桜。
華琳は目を閉じ数秒思案した後、ボールペンを持った。
「貴女への用事なのだけれど、これに見覚えは無いかしら」
「ん……ッ!!か、華琳様!これボールペンやないですか!?」
「やっぱり、貴女も知っているのね。そう、ボールペンよ。成都で行商から献上されたらしいわ」
華琳はボールペンを真桜へ渡した。
真桜は渡されたボールペンをノックし、挙動を観察する。
一通り調べ終えた後、机に置き華琳へと向き直った。
「間違いない。これ、隊長が言ってたボールペンそのものです。うちでも作れなかった、天の国で使われてる筆……」
真桜の言葉に、華琳は頷く。
華琳も一刀がまだこの世界に居た頃、ボールペンについて話を聞いた事があったのだ。
「華琳様!」
大きな声で華琳を呼ぶ真桜。
眉を吊り上げ、力強い瞳で華琳を見つめている。
何が言いたいのか、華琳には直ぐに理解できた。
「……もしあの男が帰ってきてるとしたら、直ぐに私達に会いに来るはずでしょう。……もう少し、情報が欲しいわね」
「今、凪と沙和が聞き込みを続けてます。何か分かったか聞いてきます!」
言うが早いか執務室を飛び出した真桜。
華琳は数秒開け放たれた扉を見つめた後、天井を仰いだ。
「……早く帰ってきなさいよ。この馬鹿」
「ぐッ!!」
唐突に胸に痛みを感じ、馬上で体勢を崩す。
手綱を離さない様に力強く握り直し、何とか落馬は免れた。
馬が嘶き停止する。体制を立て直し、俯きながら乱れた呼吸を整える。
胸を抑える。何故か痛みは嘘の様に引いていた。
「郷!どうした!」
前を走っていた華雄さんが戻ってきた様だ。
馬を横付けし問いかける華雄さんに苦笑いしながら返事をする。
「急に胸が……でももう大丈夫。ごめん」
「……ふむ。もう少しで村に着くはずだ。今日はそこで休むとしよう」
「いや、俺は……何でもないです、はい」
大丈夫だから。と返そうとしたが、目で威圧され叶わなかった。
まだ夕暮れ前だ。本来ならもう少し進み野宿をするはずだった。
足を引っ張ってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
気を取り直して馬を走らせると、あっという間に村に到着した。
早々に宿をとると、華雄さんは旅路の荷の補充に行った。
俺はというと、宿をとる前にチラシを目にしたため、とある場所に向かっていた。
会場に着く。舞台から最奥の場所をしか確保できなかったが、ほんの少し舞台上を伺う事が出来た。
俺にとっては都合が良い。念のため、陳留で購入しておいた仮面をつける。
夕日が沈みかけた頃、公演が始まった。
「みんな大好きーー!」
『てんほーちゃーーーーん!!!』
「みんなの妹ーー!」
『ちーほーちゃーーーーん!!!』
「とっても可愛い!」
『れんほーちゃーーーーん!!!』
「数え役萬☆姉妹の舞台、始まるよー!!」
「みんな、最後まで楽しんでねー!」
『ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっっ!!!!!』
……相変わらず、すごい盛り上がりだ。
観客の熱気に当てられ、すこしくらりときてしまった。
声援に負けない三人の歌声。五年前と比べ、明らかにクオリティが上がっていた。
歌だけではない。舞台上で繰り広げられる舞。昔には無い妖艶さがあった。
自然と涙が溢れてきた。偶然だが、彼女達の舞台を再び見る事が出来てとても嬉しい。
どうやら見入ってしまっていた様だ。いつの間にか空は暗くなっており、公演が終了していた。舞台を後にする前に最後の挨拶を行う彼女達。
少し欲が出てしまった。仮面を外し、少しでも彼女達が見えるように舞台を伺う。
と、挨拶が地和に差し掛かった所で、彼女と目が合ってしまった。
不味いと思い急いで目を逸らす。
「ぐッ!……かはッ!」
途端、昼間に感じた胸の痛みが再発する。
胸を抑えながら、急いでその場を後にした。
昼間と違い、今回は痛みが直ぐに引く事は無かった。
多少千鳥足になりながらも、急いで宿に向かう
ふと手を掲げ自分の腕を見ると、腕自体が透けており輪郭が発光していた。
背筋が凍る。この胸の痛み、どうやら彼女達と関係がありそうだ。
貂蝉の言っていた再会が許されるまでの期間。
守らなかった場合、俺は再びこの世界から追い出されてしまう。
ここまで来て、みんなに会えないまま消える訳にはいかない。
宿に着き、部屋に入ると華雄さんが驚愕の表情を浮かべ近づいてきた。
「ご、郷!?お前、き、消え……!?」
「華雄さん!これから俺を探しに人がくるかもしれないけど、匿って欲しい!そうじゃないと、俺は……」
声を荒らげてしまうが、構わず華雄さんに詰め寄る。
「わ、分かった!分かったから落ち着け!」
頭に軽い衝撃を受ける。頭を小突かれたみたいだ。
華雄さんは溜息をついた後、奥の部屋を指差した。
「幸い奥にも部屋がある。郷はそちらに籠っていてくれ。ただ……流石にそんな状態を見ては事情を知らずに看過できんぞ」
「ごめん……少し落ち着いたら、全部説明するよ」
「そうしてくれ」
華雄さんに頭を下げ、奥の部屋に入った。
寝台に寝ころび、目を閉じる。
未だに胸の痛みは引かず、痛みを誤魔化す様に胸を抑える事しか出来なかった。
「郷、入るぞ」
いつの間にか意識を失っていた様だ。華雄さんの声に目を覚ました。
部屋に入ってきた華雄さんは疲れた顔をしていた。どの位時間が経ったのだろうか。
「騒がしい小娘共だった……色々と聞きまわっているみたいだぞ。取り敢えずは追い返したが」
「やっぱり……ありがとう、助かった」
騒がしい小娘共。恐らく張三姉妹の事だろう。
やはり、俺を探すため村を駆け回っているみたいだ。
ふと、胸の痛みが引いている事に気付いた。腕を掲げてみるが、透けているという事もなかった。
安堵から息が漏れる。取り敢えず助かったみたいだ。
と、華雄さんが俺の寝ている寝台に腰掛けてきた。
「さて、説明してくれるのだろう」
「……うん。ちょっと長くなるけど、いいかな」
華雄さんが頷く。身体を起こし、華雄さんの隣に腰掛けた。
数秒の沈黙を挟み、俺は口を開く。
「五年以上も前の事だよ。俺は今でいう魏の、曹操に拾われたんだ。-----
歌姫の罠 了