「……以上が、華雄さんに隠していた全てだよ」
華琳との出会いから、今に至るまでの経緯を全て話し終える。
俯いていた顔を上げ、華雄さんの表情を伺う。
華雄さんは唸りながら、神妙な面持ちで顎を撫でていた。
「むぅ……まさか郷があの天の御使いだったとはな。事情は分かった。出来る限り協力してやろう」
目を閉じ頷く華雄さん。
返事は嬉しいものだったが、少し予想外だった。
「……自分で言うのも何だけど、信じてくれるの?」
「ん?嘘ではないのだろう?」
「そうだけど、こんな荒唐無稽な話信じてもらえるとは思わなかった」
普通に考えたら信じる方が難しい。
華雄さんは再び顎を撫で、困った表情を浮かべた。
「まぁ、先程郷を見たのも理由の一つだが……」
その言葉に、さっきまで自身が消えかけていた事を思い出す。
確かにあの姿を見ていれば、信じてくれたのも多少納得がいく。
「それ以前に、私はあまり頭が働く方では無くてな。自分の直感を信じる事にしているのだ」
華雄さんは言葉を切り、じぃっと俺の瞳を見つめる。
「郷。お前はつまらん嘘をつく様な男ではない。そうだろう?」
「……あぁ、そうだよ」
真剣に問いかける華雄さんは凛々しくも美しく、鼓動が高鳴る。
悟られまいと、まっすぐ華雄さんの瞳を見つめ返し答えた。
俺の言葉に、華雄さんは口角を上げ満足気に頷いた。
「ならば、明日は早朝にこの村を出るぞ。あ奴らがいつ乗り込んでくるか分からんからな」
「分かった。……本当に、色々とありがとう」
話しながら寝台から立ち上がる華雄さん。
感謝の言葉を述べる事しか出来ない事に、言い知れぬ歯痒さを感じる。
ふん。と鼻息をし華雄さんは部屋を後にする。
と、扉に手をかけたところで、華雄さんは振り向き俺に視線を向けたまま動きを止めた。
「……どうしたの?」
「いや、華琳や霞の好みがいまいち理解出来なくてな。顔は十人並み。武はそこそこある様だが……」
「……俺が強くなったのは五年経った後だよ。前にこの世界に居た頃は、一兵卒にも勝てるか怪しいぐらいだった」
「なんと!ますます分からんな……」
悩みながら部屋を出ていく華雄さん。心の中で同意する。
昔、似たような事を霞に言われたのを思い出した。
この世界で必死に生きていく内に関係を結んだ彼女達。彼女達が俺の何に惹かれたか何て分からない。
が、彼女達が俺を好んでくれている限りは、今も昔もその期待に応えたいと思っている。
まずそのために、今は貂蝉に言われた期限まで彼女達から身を隠さなければならない。
寝台に寝直し目を瞑る。華雄さんとの会話で幾分気が楽になったのか、意識を手放すまでに時間はかからなかった。
早朝。
太陽が顔を出し始め外の暗がりが消えていく中、村の一角にある小屋の中で、三人の女性が卓を囲い向き合っていた。
数え役満シスターズの面々である。
三人とも表情が優れておらず、目の下にうっすらと浮かんだ隈が、彼女らが寝ていない事を示していた。
「状況を整理するわよ」
険しい表情で卓を叩きながら話す地和。
人和が頷き、口を開く。
「ちぃ姉さんが昨日の公演で一刀さんを見てから、今までこの村を捜索したわ」
先日の公演の際、一刀と目が合った地和はしっかりと一刀の事を認識していた。
公演終了後、客席へ駆け出すも既に一刀の姿は無かった。
辺りの客が騒めく中、慌ててついてきた天和と人和に事情を伝える。
二人は最初、地和の見間違いだと信じていなかったが、必死に訴える地和の態度に考えを改めた。
それから三人は、護衛の兵や一部の客を用いて一刀を捜索していたのだ。
「結果、一刀さんと思われる人は見つかってないわ。協力してくれた村の人から聞いた話だと、村の人間は全員確認したみたい」
「宿舎をまわって村の人達以外の人も確認したよー」
人和の言葉に、天和が頬杖をつき口を尖らせながら答える。
「……集めた情報から、分かった事があるの。たまたま華雄がこの村に来てたけど、一人でって訳じゃないみたい」
「え?でも部屋に訪ねた時は一人だって……」
「複数の目撃証言があるの。昨日華雄が若い男と一緒に村に来たってね」
得意気に話す地和に、人和が補足する。
「今この村に居る人は、華雄さんの所以外確認が済んでいるわ。どうして嘘をついているのか分からないけど、確認はしてみるべきね。ただ……」
「分かってるわよ。これでもし違かったら、ちぃの見間違いだった事を認めるわ」
地和の言葉を最後に、人和が頷く。
少しの沈黙を挟み、天和がぽつりと呟いた。
「……もし一刀がここに居たとしたら、どうして私達に会いに来ないんだろう」
「……そんなの、本人に聞かなきゃ分かる訳ないじゃない。しょうもない理由だったら許さないんだから」
と、小屋の扉が勢いよく開かれる。
三人が視線を向けると、そこには少し慌てた様子の護衛兵が膝をついていた。
「無礼をお許し下さい。緊急の報告がございます」
「いいわ。話して」
「華雄様が出立の準備を開始しました。また、男が一人共に居る様です」
「なッ!……案内して!直ぐに向かうわよ!」
勢いよく椅子から立ち上がり駆け出す地和。天和と人和も、慌てて後を追った。
朝日が昇り始めた頃。
昨夜華雄さんが言っていた通り、早くに出立するため準備を行っていた。
「気付かれたか」
これから村を出るというところで華雄さんが呟いた。
辺りを見ると、兵士らしき人達が数人、慌ただしくこちらを伺っている。
「まぁ、今気付かれた所で問題は無い。行くぞ」
「あぁ」
馬に跨り手綱を引く。
駆け出そうとしたところで、一人の兵士が駆け寄ってきた。
「華雄様!少々お待ちいただけますでしょうか!地和様が話をしたいと……」
「聞く耳もたん!退け!」
兵士を一蹴し、駆け出す華雄さん。その後ろをついていく。
少し駆けた所で、村の出口に差し掛かった。
「一刀ーー!!!」
名前を叫ばれ、反射的に振り向く。
向けた視線の先に、地和がいた。その後ろには、天和と人和も。
瞬間、胸の痛みが再発する。
俺は彼女達から顔を背ける事しか出来なかった。
「……居たね。一刀」
「……そうね」
華雄と共に村を後にする一刀を目にし、天和と人和が呟く。
二人の少し前には、地和が呆然と立ち尽くしていた。
「どうして?どうしてよ……。意味分かんない……なんで?」
ぽろぽろと涙を零す地和を、天和が駆け寄り背を擦って宥める。
「……落ち着いてちぃ姉さん」
「落ち着けるはずないじゃないッ!やっと……やっと会えたと思ったのにッ!」
言葉をかける人和に食って掛かる地和。
そんな地和を、天和が優しい目で見つめていた。
「一刀、今にも泣きそうな顔だったよ。何か事情があるんだよ。そうじゃなきゃ、私達に真っ先に飛びついて来るはずだもん」
地和は背にある天和の手が震えていることに気付く。
言葉を飲み込み、頷きながら涙を堪える事しか出来なかった。
「……陳留に戻るわよ」
潤む瞳を誤魔化す様に眼鏡をかけ直し、人和が口を開く。
「一刀さんの事、曹操様に報告するわ」
人和の言葉に、天和と地和が大きく頷いた。
逃走 了