黒の剣士と紅の風来坊   作:野澤瀬名

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2層のチョットしたお話


閑話 ディナーはいかが?

 SAOにおける食材アイテムにはS~Eまでの等級付がある。

 運営が設定したものは調理可能か判断する為、つまり料理スキル熟練度によって調理できるかどうかの目安で、大抵希少なものほどレアリティも高く設定されている。一方、プレイヤーたちが独自に設定したものはそれと少しだけ異なり、プレイヤー間取引において重要な役割を持つ。

 それすなわち、味である。

 SAOの食材アイテムは調理することで食べることが出来るためパラメータには表れない味という要素が、そして大概の旨いモノはレアリティも高かったりする。故にランクが高くなるにつれ取引価格は高額になる。それこそSランク(ここまでくるとシステム上でも美味に設定されていることが大半)であれば防具一式新調してお釣りがくるレベルである。

 その中でもE級食材。大抵が調味料扱いのものや味が不味いものだらけの食材の中にこんなものもある。

 《トレンブリング・オックスの赤身》。

 

 これはβテストの時、誰もが食べようとしなかった牛型モンスターの肉を美味しくしようと奮起した炎の料理人の物語である。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はあ、一度街に戻るか……」

 

 2層開通から2日。ウルバス西の荒地フィールドで巨大牛型mob《トレンブリング・オックス》相手にフォージング・セイバーを振り回していた俺はストレージの所持限界が近づいたのを見てそうこぼす。

 デカ牛の攻撃力、耐久は2層フィールドmobとしては破格であるが、攻撃パターンが突進→Uターン→突進以外持たない為、キッチリ回避すれば対処できる。おまけに取得経験値も大型mobだからかかなり美味しいのだが1つ欠点がある。

 必ず《トレンブリング・オックスの赤身》がドロップするのである。この食材アイテム、味はともかく煮ても焼いても噛み切れず、ただゴムを食っているようなスジだらけの肉で一言で言うなら食えない。道具屋に売却する手もあるが1つたった10コルでしか売れずトドメに重量もそこそこあるという、正直いらないゴミレベルの代物である。

 

(でも、何か食品捨てるのもったいなんだよなー)

 

 βテストの時ではドロップするたびすぐさまディスポートしていたが、1層でサーシャのサンドウィッチを食して以降、食べ物を粗末にする事に忌避感を、たとえそれが電子とデータで出来たポリゴンのものでも感じるようになってしまった。

 仕方がないし売るしかない、とウルバス市街へと帰路につく。

 

 

 

 ウルバス、というより2層の各街はテーブルマウンテンを掘り抜きその中に建物がある構造をとっている。

 1層攻略お疲れ様、な意味合いかウルバスの周辺と1~2層の往還階段付近に敵対mobは沸かずのんびり草を食む小型の牛《タイニー・カウ》が闊歩するだけである。

 のんびり牛の群れと遭遇したり、狩りに向かうプレイヤー集団とスレ違いながらウルバスに入った時には3時を迎えようとしていた。

 ウルバス中央広場には転移門とNPC露天の屋台が数店舗あり、プレイヤーたちで賑わってい……

 

「あ、レイだ!」

 

 何故だかこんな感じでエンカウントすること多いよな、と振り向くとバーサークふわふわナイファーことサーシャの姿があった。いつものレザー装備ではなく、淡いスカイブルーのコットンシャツにライトブラウンのスカート、フード付きのダボっとしたパーカーというカジュアルな服装をしている。

 

「久しぶり……でもないか。何してたんだ?」

「今日は攻略はお休みして観光してるの。この辺の美味しいレストランとかアイテムショップ覗いて見たりね」

 

 従来のRPGと違う点。それは実際に自分で歩き回らなければならない点だろう。それまでのRPGなら歩き回らずともシティマップを開けばどうに何があるか一目瞭然だったが、SAOにそんな便利なモノは無い。一応アルゴたち情報屋グループが簡単な市街地図の制作に取り掛かろうとしているらしいが、完成はまだまだ先になるだろう。

 故にただ街を歩き回るという行為もこのSAOにおいては重要だ、と感嘆していると。

 

「それよりレイは何してたの? 街に戻ってきたみたいに見えるけど」

「ん、レベリング帰り。牛型mob相手に2時間ぐらい粘ってたからストレージがパンパンでさ。今から売却しようと」

「────それってもしかしてオックスのお肉?」

 

 ああ、そうだけど。と返すとサーシャはある事を言った。

 

「じゃあさ、レイに協力してほしいんだけど!」

 

 

 

 《トレンブリング・オックス》の肉を食べる。そう聞いた時、いや幾ら何でも……、と思わずにはいられなかった。

 場所をサーシャが借りているアパートメント風の宿に移し、赤身の肉の特徴とそれを食うことが不可能なことをサーシャに説明した。

 

「じゃあ、ただシチューにしても食べられないの?」

「そ。聞いた話じゃ煮込んだところでスジを柔らかくすることは出来なかったらしい。味は、まあ牛肉の味らしいけど」

 

 サーシャの淹れてくれたハーブティーをひとくち飲み、ほっと一息つく。実食したことは無いものの、その時の焼肉パーティーが悲しい結末を迎えたのはβテスター全員の語り草である。腕組みしながらウンウン唸るサーシャに苦笑しつつ、

 

「まあ、確かに食べられないのもったいないけどさ。煮ても焼いても食えない以上どうしようも」

「────レイって、ジビエって知ってる?」

 

 ジビエ? はて、と記憶ストレージを探るもそんな言葉は出てこない。サーシャがそのまま続ける。

 

「野獣、キジとかクマとかのお肉のことなんだけど。ヨーロッパだと普通に食べられてるの。堅いお肉だけど手順を踏めば美味しく食べられるのよね」

 

 ……ゲーム用語じゃないのね。と完璧にゲーム思考していた自分に恥ずかしくなる。

 

「ねえ、その調理した時の様子って、もっと詳しく話してくれない?」

「えーと、確かどっちもただ単に焼いたり、スープの中に入れて煮込んだり……」

「……それだけ?」

「それだけ」

 

 途端にやりやがった、と言わんばかりに顔を顰めるシェフ。

 

「そりゃダメだよ! SAOの料理は簡略化されてるけどちゃんと手順は踏まなきゃ! 」

 

 お、おう、とただ圧倒される。どうにも1層でもそうだったように食事には並々ならぬ情熱を燃やすサーシャ。こうしちゃいられないとばかりに、キッチンへと向かい、その途中で振り向くと。

 

「私は今から調理するから、レイは出来るだけ人集めて」

「────えーと、何故?」

「決まってるじゃない、試食会開くの!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「────で、ワイらを呼んだと?」

「う、うんそういうこと」

 

 時刻は午後6時。多くの昼型プレイヤーがホームに戻り、夜型プレイヤーたちが狩場に向かい始める時間帯。俺が知りうる知人に片っ端から声をかけ、ディアベル、キバオウ、アルゴ、アスナの4人が集まってくれた。先日の転移門開通式の途中にそそそ、と消えたキリトにもメッセージを飛ばしたのだが『ただいまログインしていないかメッセージの受信圏外にいます』とログが流れるだけで音沙汰無しだった。

 

(まあ、ブラックアウトしてないから生きてるんだろうけど)

 

 何やらアルゴのみ訳知り顔のようだが聞けば恐らく『そのネタは3000コルダナー』とかいうに決まっている。絶対。

 

「ほんで? 美味いメシがあるから一緒に食おうっていうやないか。何処にあるんや、その飯屋は?」

「ここだよ、正確にはサーシャの手作り」

「「…………マジで?」」

 

 男性勢が色めき立ち、一度ご相伴にあずかったアスナはポーカーフェイスを崩さぬもののあの時味わったディナーを思い出したのか、表情が若干柔らかくなったように見える。

 

「それで、メインディッシュは何なんダ?」

「こちらになります」

 

 と、俺が彼らの間に出したのは《トレンブリング・オックス》の一口ステーキである。見た瞬間に元テスター2名の顔が引き攣る。

 

「……おい、レー君」

「……レイさん、コイツは……」

「アスナとキバオウは恐らく食ったことないだろうから、取り敢えずコレを食ってみてくれ」

「ほーん、旨そうなステーキやないか」

 

 何の疑いも無く口に運んだキバオウとアスナ。

 ただ、部屋の中に咀嚼音が続く。

 

「…………、飲み、込めないんだけど」

「どう、なってん、ねんこれ!」

 

 

 

 

 ネタ明かしして、しこたま怒られた後、改めて今回の企画を発表する。

 

「あの質の悪いホルモンみたいな肉を食えるようにするんか…」

「でも、レイさん。あの肉はβテストの時、焼こうが煮ようが、揚げても食えなかったんだぜ。もう調理法は……

 」

「────下処理はしたのか?」

 

 βテスト中に本格的に料理したやつが何人いただろうか。いや、そもそも廃人ゲーマーだらけでただひたすら上層を目指していたプレイヤーたちに料理スキルを求める方がおかしいのかもしれないが。

 サーシャ曰く、スジ肉や堅い獣肉をそのまま調理しても柔らかくならず、また臭みが残るらしい。

 

「というわけでおまたせ! 今日のメインディッシュだよ!」

 

 キッチンから配膳トレイと共にやってきたシェフ。彼女の盆の中にはブラウン色のホカホカと湯気をあげるビーフシチューとスライスされたバゲットが人数分。

 テキパキと配膳し、みんなでテーブルについて合掌する。

 

「────いただきます」

 

 シチューと共にその筋張って噛みきれない(筈の)雄牛の肉をスプーンで口に運び、一口噛んだ瞬間。

 

「────────!」

 

 ホロりと崩れるように解けた肉の繊維の間から肉汁が染み出てくる。高級牛のようなトロける脂では無いが、肉の旨味を十分持ったそれがシチューと共に口の中を満たし、一種の官能感に身を委ねる。

 

「な、なんやコレ! さっきの肉と同じなんか!?」

「すごい、ちゃんとお肉として味わえるし、シチューの味付けも完璧……!」

「あの噛みきれなかった堅肉がここまで……。ごめん、オレ今すげー感動してる……」

「────サッちゃん。このシチューのレシピ。オネーサンに教えてくれないカ? 言い値で買うヨ!」

 

 レシピまでメシの種にするのかこの情報屋、と思いつつもこのシチューの完成度ならムベなるかな、とスプーンをひたすら動かしながら考える。

 四者四様の感想に『えへへー』と照れ顔になるサーシャであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ところで、どうやってあの肉をここまで柔らかくしたんだ? オレが前に食った時にはどうやっても堅かったんだが…」

 

(お前だったのか、ディアベル……)

 

 食後のお茶で一息つきながら、ディアベルがサーシャに尋ねる。

 

「えーと、やっぱりまずはミートテンダーを使うことかな」

「「「なにそれ」」」

 

 サーシャがストレージの中からオブジェクト化させたのは一見すると工作用ハンマーに見えるシロモノだった。よく見ると叩く面と思われる部分には剣山よろしく無数の刃が埋め込まれている。

 ちょっといいか、と断ってからポップアップウィンドウを覗き込むと。

 ────VALUE:3500col

 

「……さ、さん、ぜん、って!?」

「でもコレで叩いただけでも、スジじゃなくてお肉そのものが柔らかくはならなかったのよね。だから、刻んだタマネギにマリネしてそれを焼いて肉汁を閉じ込めてから煮込んだの」

「なるほどね。シャリアピンステーキの要領で調理したのね」

 

 しゃりあぴん……? 何のことか分からないが、取り敢えず、凄まじい手間暇がかかっていることが分かった。────こりゃβテスターが調理法見つけられる訳無いわ。

 

「ところで、マリネしてるって言ってたけどどのくらいの時間?」

「んーと、二時間ちょっとかな?」

 

 

 

 後日、《トレンブリング・オックス》の肉の評価が変わった。……のだが、調理工程の長さが災いし食べようとするプレイヤーはほとんどいなかったそうだ。

 

 





キリト「俺も! シチュー! 食べたかったな!」(超絶硬度の岩を殴りながら)



ども、飯テロ話書くのって難しいな、と体感した野澤瀬名です。いやでもやりたい事をやった、後悔はしていない。

元々2層編冒頭として書き進めていましたが、書いてる内に『コレディアベルが率いているだけで原作プログレッシブとほぼ同じだなオイ』、となったので閑話としてこれだけ投稿することにしました、すみません!
ということで本編は3層攻略の方から続きます。

今回シェフサーシャが活躍してますが、アスナさんが原作で言っていた『SAOの料理は簡素化されててつまらない』発言。いやいやそこはもっと頑張ろうよ茅場さん醤油だって作れるんだから!、ということで今回のビーフシチューのお話を挟んでみました。
……ちょっと本格的になりすぎた感もありますが(笑)。


次回は3層攻略編。お楽しみに!
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