最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第十六話「無限書庫」

 

『フェイトはまだ眠ったままだが、命に別状はない。

 なのはの時と大体同じ状況だ』

「……そっか、何よりだよ」

 

 クロノからの通信は第97管理外世界に置かれた現地本部ではなく、同じ本局内のアースラからだった。アースラは無事整備───正確には定期検査に加えて艦載魔導砲『アルカンシェル』の装備───を終わり、フェイトも本局内の医療施設で検査と治療を受けた後、そちらに移されたらしい。

 

『……どこか油断していたかもしれない。

 現地本部がクラッキングされてシステムダウン、更には闇の書の騎士以外にも、また先日の協力者が現れた』

「あの仮面の男か……。

 あれも何者だろうね?」

『わからない。

 戦闘記録を解析した限りでは、ミッド系の魔導師だが……。

 それからアーベル、君は当座の仕事が終わり次第、無限書庫でユーノの支援に当たってくれ』

 

 ユーノは先日来、無限書庫───本局最奥にある情報の魔窟で、調べて出てこない情報はないと言われるが、恐ろしいことに『未整理』かつ『随時更新』───で闇の書について調査している。

 

「それは構わないけど……。

 ああ、何かあってもアースラが稼働中なら、転送は一般ポートを経由するよりずっと早いか」

『そうだ。

 ……ユーノはともかく君に出て貰うことはまずないとは思うが、万が一の場合は期待している』

「おいおい……」

『教科書通りに魔法を行使できる君なら、僕が戦術を組んで指示を出せばいい。

 それだけの話だ』

 

 クロノに出ろと言われれば、それは出るしかない時なのだろう。

 その様な事態になりませんようにと祈りつつ、やや憂鬱な気分でアーベルは頷いた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 マリー任せとは行かない闇の書の騎士の使用魔法に関するレポートをまとめあげてクロノに送りつけると、アーベルはその後を彼女に託してメンテナンス・ルームを借りることにした。

 

「レイジング・ハートかバルディッシュ用の改造パーツでも作るんですか?」

「いや、クララの方」

「どこか調子悪いんですか?」

「慣れないことをさせられそうなもんだから、ちょっとね」

「えーっと、無限書庫でしたっけ。

 大変そうですね……」

「……うん、まあ、そんなところ」

 

 闇の書対策本部───クロノからの『命令』を拡大解釈して、アーベルはクララの改造作業に取りかかりはじめた。今なら名目は通る。予算は微妙だが、通らなければ始末書と一緒に持ち出したパーツを戻せばいいだろう。

 

 まあ、本当に駄目なときは、涙を流して自弁するしかない。いや、実家に泣きつくべきだろうか。君の趣味だろうと問いつめられれば、そうだと言うしかないレベルだった。表通りに間口のある店の開店が遠のく可能性さえあるが、それでも……クロノの本気に答えねば自分は必ず後悔する。

 

「……よし。

 クララ、駆動部シャットオフ」

“了解しました。

 制御系は以後、メンテナンスルームのシステムに接続します”

 

 あまり時間を掛けてもいられないが、そこはデータも癖も知り尽くした相棒のことである。

 数時間ほどで必要な作業を終えると、アーベルはそのまま仮眠室にもぐり込んだ。

 

「じゃあお休み」

“おやすみなさい、マスター”

 

 先日の徹夜の疲れこそ抜けていたがその後も忙しく、流石に身体が無理だと訴えていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 2時間ほどで仮眠をうち切ったアーベルは、自販機の栄養ドリンクで食事を済ませ無限書庫に向かった。

 

 本局の最深部にある無限書庫を訪ねた者は皆知っているが、その奥が見えない。

 空間が歪んでいるとも蔵書に合わせて膨れ上がるとも言われているが、確かめた者は居なかった。

 

 その入り口からすぐ、分かり易い場所にユーノは浮いていた。

 ……確定された入り口付近はともかく、下手に奥まった場所に行けば遭難の恐れがあるのだ。

 

「ユーノくん、お疲れさま」

「アーベルさん!」

 

 ユーノは文字通り、本に囲まれていた。

 無限書庫の持つ能力によって書籍状に書式を調えられている情報は、数冊ごとに取り寄せられては内容を読み込まれ、再び書架に戻されていく。

 彼が先日デバイスの教本を読む時に見せたあれは、まだほんの序の口だったようだ。

 

「応援になれるかどうか微妙だけど、駄目でも魔力回復とマッサージと飲み物のサービスぐらいはさせてもらうよ」

「それはそれですごく助かります」

「クララにも技術部の倉庫にあったエース仕様の大容量ストレージをありったけ突っ込んできたから、そっちも期待してて」

 

 申し訳ないと思いつつ、彼には手を止めさせて使用する魔法を教えて貰い、アーベルは術式の解析に入った。……ミッドチルダ式に対するベルカ式とまでは言わないが、そのままではアーベルに使えないほど特殊な構成で組まれた術式だ。

 

「どうですか?」

「いっそスクライア式とでも呼ぶべきかな……」

「え!?

 そんなに複雑ですか?

 長老達に教えて貰ったものを、ぼくなりに使いやすくしたものなんですけど……」

「うん、間違いなくユーノくんには正解なんだと思う。

 ぱぱっと術式を見せて貰ったけど、六系統以上の多重思考を長時間扱えるなら、むしろ能率もいい。

 ただ、僕は長時間となると四系統が限度だから、術式を組み替えないと運用は出来ても効率がどんと落ちるかな」

 

 ユーノの使用する書籍解析魔法は、大きく分けて検索魔法、翻訳魔法、読書魔法、記録魔法の四種の組み合わせである。

 

 これを順に処理していくのだが、ユーノは分割された並列思考のうちの一系統を全体の監督に、もう一系統を検索魔法のみに割り当てていた。その上で、残り三つの魔法を一組にして、作業員役である各系統が順次処理して行くと思えば分かり易いだろうか。

 更にユーノの場合はミッドチルダ標準語以外にも現代・古代ベルカ語や旧暦時代の古語、その他世界の言語数種を修めていたから、翻訳魔法を省略できる可能性が高い。当然作業が早く終わるので、現場監督が手の空いた作業員に次の仕事を回してしまえばよかった。わざわざ作業員が自分で次の仕事を探す手間はかけなくていい。

 

 ……ちなみにユーノは最大で十系統『以上の』多重思考を使えるらしく、全体の管理に思考の枠を割り振った方が効率が上がる。しかも処理速度が恐ろしく早い。

 長時間なら四系統の維持が限度のアーベルならば、全ての魔法を一組にして並列処理する方がいい。学校で言えば、少人数の班活動とクラス全体で何かをする場合のような違いだろうか。

 

「クララ、B-2」

“部分術式B-2を仮想起動します”

 

 全体を四分割し、検索魔法をA、翻訳魔法をBと言った具合に分け、それぞれを更に単体の動作ごとに分割、つなぎ目に問題がないか確認して行く。

 ユーノから貰った複合術式は、アーベルには重すぎてそのままではまともに使えない。そこで要素ごとにばらし、再構成していくのだ。

 

 元があるので、作業自体はそれほど複雑ではなかった。現場監督が各作業員の仕事を参照する部分を省き、頭に検索魔法を付け加える程度の改変である。

 時間があるならもっときちんと検証してブラッシュアップすることもできたが、今はその時間を作業に当てた方がましだった。

 

“部分術式B-2、問題ありません”

「B-1とB-2を結合。

 AからBまでを流して」

“結合完了。単体術式AからBを仮想起動。

 ……問題ありません。指定のデータが出力されました”

「どれどれ……。

 翻訳が出来ているなら大丈夫そうだ。

 よし、通しでやってみよう」

“統合完了。仮称『書籍探索魔法』の術式を仮想起動。

 ……問題ありません。指定のデータが抽出されました”

 

 早速クララに登録を済ませて起動、実作業に入る。

 この間約15分ほど、ユーノは驚いているが何のことはない。

 

「アーベルさん、術式の組み替えってそんなに早くできるんですか?」

「元々きちんと動いてた魔法だし、新機能を付け加えたわけでもないからこんなもんだよ?

 ありものを切って貼ってしただけだからなあ……」

 

 ぼやきながらも二冊の『本』を取り寄せ、ページをめくらせる。

 流石にユーノほどの処理速度は無理だが、魔法自体は問題なく動いている様子だった。

 調子を見ながら倍の四冊に増やし、このぐらいなら長期戦───数日の連続勤務は覚悟していた───でも何とかなりそうだと確認する。

 

「クロノがアーベルさんのこと出鱈目だって言ってましたけど、何となく意味が分かってきました……」

「うーん、僕から言わせると、あいつの方が出鱈目なんだけどなあ。

 もちろん、ユーノくんもね」

「ぼくも!?」

 

 それだけ本を浮かべておいて否定するなど、ユーノには能力に対する自覚が足りていないらしい。

 同年代の友人であるなのはやフェイトに比べ戦闘魔導師としては一歩も二歩も譲るかも知れないが、彼の多重思考能力は超一流だとアーベルは判断していた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 アーベルが無限書庫の資料調査命ぜられて一週間、フェイトは無事に復帰したし、必要な資料も徐々に集まりはじめた。

 

 闇の書は、やはり一筋縄では行かないロストロギアらしい。

 本来は古代ベルカ時代───それも現在古代ベルカと一括りにされる時代よりも古い時代───に魔導研究用の魔法収集蓄積型デバイス『夜天の魔導書』として製作されたが、歴代の所有者により改変が行われ、防御システムであるはずの守護騎士システムは魔力蒐集の尖兵に、本体は際限のない転生と無限の再生機能を持つ破壊の化身へと変化させられてしまったという。

 

 これを滅ぼす手だてを捜索しているのだが、判明したことと言えば真の主人以外にはシステムへのアクセスが不可能なこと、無理に外部から操作しようとすれば主人を飲み込んで転生してしまうこと、完成しても主人を飲み込んで暴走すること。……おかげで現状ではシステムの停止も外部からの改変もできないという、手詰まりの状況ばかりが浮き彫りになっていた。

 

 だが、投げ出すことは出来ない。

 誰かが何とかしてくれるなどと、口にするつもりもない。

 

 アーベルやユーノだけでなく、クロノやリンディ、なのはにフェイト、その他にも大勢の人々が力を尽くしている。

 

 その状況で自分から背を向けるなど、恥ずかしすぎて無理だった。

 

「おはよう、ユーノくん、リーゼロッテさん」

「アーベルさん、ヒゲ……」

「……んあ?」

 

 魔力消費と肉体的疲労を勘案しつつ起きて寝て、寝ては起き、機械的に作業を続けることにも慣れてきた。

 

「……あ、忘れてた。

 まあいいや。明日シャワー浴びるときに剃るよ」

「そんなだからもてないんじゃないの?

 おヒゲのお手入れは大事だよ?」

「リーゼロッテさんは猫素体だから、そりゃヒゲないと大変だろうけど……」

「ネコ関係ない!

 人間のオスもちゃんとお手入れしなきゃっつーの!

 うちのお父様なんか毎朝きっちりしてるわよ」

 

 常駐するのはユーノとアーベルだけだが、時にリーゼ姉妹も手伝いに訪れ、休憩時間を引っかき回していく。流石に仕事中は真面目だが、その他の場面ではいかにも猫らしい。

 

「ユーノくんはこんな野暮天になっちゃ駄目だぞー。

 クロノにはエイミィがいるしヴェロッサも何とか言うシスターと距離近いのに、アーベルだけ寂しい独り身なんだよ。よよよ……」

「は、はあ……」

「泣き真似までしなくていいですって。

 どうせ僕は野暮ですよ」

「ま、ユーノくんにはなのはがいるか」

「ですよねえ」

「ちょっ!?」

 

 うん、何とも分かり易い。

 アーベルは真っ赤になったユーノを甘がみするリーゼロッテを止めるべきかどうか迷いながら、差し入れのホットサンドにかじり付いた。

 

 


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