最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第十九話「『闇の書』の消滅と本当の始まり」

 

 アースラ内部は、再び作戦時のような活気を取り戻していた。

 なのはとフェイトは本番に備えて休憩、騎士達ははやてを見舞っている。

 アーベルは舷側に向けて窓のある部屋を借り、作業の準備に入った。

 

「しかし、本当に出来るのか?

 リインフォースも発想の転換だと驚いていたが……」

「……出来る。

 今ほどマイバッハ家に生まれて良かったと思ったことはない。

 デバイスとは、使い手の選択肢を広げる存在。……父さんや爺ちゃんの教えだよ」

 

 クロノは作戦指揮官として、アーベルの準備作業を見守っている。

 アーベルは艦中央のメンテナンスルームから移設した工具や作業台を点検、配線や配置に問題がないか確認していた。

 実はクララがもう一方の主役となるので、使えないのである。

 

「クロノ、失敗なら僕ごと部屋をパージして放り出してくれ。

 転移でアースラの転送ポートに帰れるよう、準備はしてある」

「アーベル、君が出来ると言ったら、出来るんだ。

 僕はそれを知っている。

 ……もちろん、僕も転送の準備をした」

 

 やれやれと肩をすくめ、はっぱをかけてくれたのはいいがその根拠のない自信は何処から出てくるんだと、手だけは止めずに問いつめる。

 

「失礼する」

「……リインフォース、来たか」

「もうちょっとゆっくりでもよかったんだよ?」

「主の寝顔は心に焼き付けた。

 それに……」

 

 彼女の後ろから、車椅子に乗ったはやてが現れた。更に後ろには、守護騎士達だけでなく、なのはやフェイトの姿も見える。

 なのはとフェイトの役どころは、失敗の場合にパージされたこの部屋を封印し、時間を稼ぐことだった。

 

「はやて、起きても大丈夫なのか?」

「クロノさんありがとうございます、大丈夫です。

 それから、アーベルさん……」

「うん。

 ……聞いてくれた?」

「はい。

 ほんまに、ほんまにありがとうございます……」

「しばらくは……はやてちゃんにもリインフォースにも我慢させてしまうけど、何とかいい方法を考えてみるから、ちょっと時間を貰うね」

「はい」

「では、主はやて。

 『また後ほど』お会いしましょう」

「うん。

 リインフォースも頑張ってや」

 

 リインフォースはまだまだ何か言いたそうな主人を部屋から追い立てると、小さく頷いた。もう少しなら余裕もあったが、時間が余っているとは言い難い。

 

「じゃあ、はじめようか。

 リインフォースはそのベッドに寝て」

「了解した」

「クロノ、そっちの準備は?」

「問題ない」

「よし。クララ、頼む」

“システム同調しました。

 コントロールをマスターに渡します”

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 リィンフォースを救う。

 

 目的はこれで間違いないのだが、では『救われたリインフォース』の状態とは、どうあるべきなのか?

 アーベルはこの一点に思考を集中した。

 

 現状の何がよくないかといえば、壊れた本体を無限に再生し、都合の悪い状況を認識すると次元を越えて転生してしまう防衛プログラムである。

 

 しかし幸いにして、リインフォースはデバイスであった。

 管制人格として本体と直結しているが、本体その物ではない。暴走しているのは後付けされた防衛プログラム部分と、その直接支配を受ける本体だった。管制人格であるリインフォースが止めようとしていることからも、その点は理解できる。

 不可分とされているのは、制御部分や魔導の行使を行う駆動部だ。切り離せばデバイスとしての機能は失われてしまうだろう。

 

 だが、それでいい。

 夜天の魔導書の機能は、この際喪失してもいいのだ。

 

 主たる八神はやては、当初より一貫して魔導書としての闇の書には拘っていなかった。

 

 一騎当千百戦錬磨の守護騎士達も、命令を強制された事はあるとは言うが、『新聞読んでんとはよお風呂入り』『途中で味見せえへん子は料理禁止や』『子供は夜更かししたらあかん』『もふもふするから動かんといて』『今日は全員揃って買い物行くで』……。

 はやてが魔導に触れてからも、しっかりもののお姉さん、優しいお姉さん、元気な妹、頼れるお兄さん兼座敷『狼』───家族としての扱いしか受けていなかったという。

 

 そこに魔法一つ支援できないデバイスが加わっても、いいではないか。

 

 アーベルは、無限書庫で使われなかったクララの大容量ストレージ部分に管制人格の『人格』部分のみを移植してはどうかと提案し、それは受け入れられた。

 

 リインフォースはクララの内側で窮屈な思いをするが、はやてや騎士たちがアーベルとクララのところに来たならば話をするぐらいは出来る。管理局の許可が下りれば、そのうち別の独立したデバイスに移せるかも知れない。

 

 

 

 ……だが、アーベルとクララ、リインフォース以外は知らない真実も存在する。

 

 

 

 廃棄される抜け殻───本体には、実は何一つ改変を行わない。

 

 正確には、リインフォースはクララ搭載の大容量ストレージに『移植』されるわけではなく、人格部分とその記憶領域のみが『転写複製』されるのだ。

 

 アーベルが当初提案した人格部分の移植は、リインフォースによって早々に拒否されていた。

 もしも皆に語ったように完全な移植をして本体から管制人格───明確に防衛プログラムを抑えようとする意志───が喪われてしまえば、枷を解かれた防衛プログラムは復活を企図して活動を開始するだろう。

 ……よって消滅する瞬間まで、本体側のリインフォースは眠った振りをして侵食を抑え続ける。

 

『思い出のかけらの他は何も残せない筈だったのだから、十分すぎる。

 転写完了と同時に本体側人格の外部接続を切れば、経験や記憶は新しい私に連続されるだろう。その意味では、ほぼ完全な移植と変わらない。

 それに私はデバイスだ。

 ……人と違って複製されることなど、日常だぞ?』

 

 そう言って、彼女は念話越しに笑った。

 

 リインフォースの願いは、確かに叶う。

 だが同時に、リインフォースは永遠に喪われる。

 

 墓に持っていく秘密など、持ちたくはなかった。

 だがアーベルは、彼女の願いに応えることを決めた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「リインフォース、どうかな?」

「良さそうだ。

 作業に集中するぞ」

「了解」

 

『世話になったな、誇り高き鍛冶師よ。

 感謝する』

『うん……』

 

 モニターをにらみつつ、アーベルはこれでよかったのかと未だに自問していた。

 

 超一流のデバイスマイスターならば、彼女を封印同然にクララに押し込めるようなことをしなくとも、本体を廃棄せず夜天の魔導書として完全修復することもできたのではないかと思ってしまうのだ。

 出来ることを精一杯やったと、果たして言えるのか。

 アーベルにとっては、今この瞬間こそ、闇の書事件の本当の始まりかもしれなかった。

 

「クロノ……」

「どうした?」

「君がよく口にする『世界はいつだってこんなはずじゃない事ばかりだ』って言葉の本当の意味が、ようやく僕にも分かりかけてきたかもしれない」

「……そうか」

 

 クロノは大きく溜息をついた。

 モニターには、ストレージ容量の30%が消費されたことを示す赤いバーが点滅していた。

 

「しかし、よくもこう都合良く大容量のストレージなんて積んでいたものだな?

 下手をすると、君の提案が通ってアースラの管制装置から魔導記憶媒体を流用したとしても、あるいは本局まで必要な機材を取りに戻ったとしても、間に合わなかった可能性が高い」

「闇の書対策本部にいた執務官殿のお手柄だよ。

 無限書庫でどんなデータを押しつけられるか、作業内容も含めて不明だったからね。とりあえず慌てないようにと準備したんだ。

 ……ちょっと無茶したけど」

「ああ、カートリッジ・システムも積んでいたな」

「あー、あれはそうでもない。

 レイジング・ハートを試射した時のデータ持ってたから、何とかなるってわかってた。

 それよりストレージの方が問題になるかも。

 クロノ、結果は任せるから、口添えして貰ってもいいかな?」

「……内容による」

 

 ストレージの占有率は76%で止まり、モニター上にはリインフォースによるプログラムの再処理が開始されたと表示された。事前の概算では72%だったが、この程度のオーバーで済んだのは幸いだ。

 

 高級なインテリジェント・コア一つ分の思考記憶領域をストレージに展開した場合の二十数倍の占有量に達しているが、彼女は稼働年数も長いのでこれも予想通りである。無論、ミッド式ならここまでの容量は必要ないが、真正古代ベルカ式のリインフォースではフォーマットが合わず、大きな下駄───クララが持っていた近代ベルカ式に使用するエミュレートシステムの基礎プログラムをリインフォースの指示で調整した───を履かせて規格を調えなくてはならなかった。

 

「いまリインフォースが使っているストレージ部分なんだけど、第四技術部の倉庫にあった最新型のエース級デバイス向けの新品、全部突っ込んだんだよね」

「……待て。

 全部って、幾つだ?」

「4ダース、計48個」

「よ、48……!?」

 

 クロノは職務中であるにもかかわらず、呆けた顔で椅子からずり落ちた。

 口にしたアーベルも、どれほどの無茶かは分かっている。

 

 ミッドチルダ式のエース級デバイス───例えばレイジング・ハートやバルディッシュ───に使うなら、48機分の記憶領域に相当するのだ。

 

 但し扱うデータが多くなれば、プロセッサの支援があってもデータ流量の増大でコアの処理能力に負荷がかかるから、大容量だから必ずしもいいとは限らない。検索も遅くなるし、高速化にも並列処理にも限度があった。

 少なくとも0.01秒や0.001秒の違いが生死を分ける戦闘魔導師は、扱える魔法術式や機能が増えるとしてもこのような仕様のデバイスを嫌う。少しでも早く、少しでも軽くが彼らの身上だ。

 

「何とかならないか?

 借用と持ち出しの申請はもちろんしてある。

 ……あ、もしかすると、課長のところで止まってるかもしれない」

「今更駄目とは言えないじゃないか、この確信犯め!」

「リインフォースの件がなかったら、点検して使用記録や運用評価と一緒に戻すつもりだったんだけど……」

「当たり前だ!

 それにしても48個か……。

 限度ってものがあるだろう?」

「結果良ければ全てよし、だよ」

「君の引き起こした結果をよく見ろ!

 よくはないだろ!」

 

“なんだ、喧嘩か?”

 

「リインフォース!」

『移植作業、終了しました。彼女には一時的に発声優先権を与えています。

 平時の魔力消費量も大幅に増加しますが、クラーラマリア本体の活動および使用には問題ないと思われます』

「うん、クララもお疲れさま」

 

 作業台上のクララがリインフォースの声を発し、メンテナンス・システム側がクララの声を発した。

 コアの処理能力とプロセッサの割り当てをクララが操作し、シミュレーション通りの切り替えが出来ているという。無論、リインフォースにクララの持つ内部機構を直接操作する能力はないから、受け取った音声情報をクララ側で処理して駆動部の発声回路にリインフォースの声を出させるといういささか遠回りな方法を取らせていた。

 

「どんな感じだい、リインフォース?」

“実に不可思議だ。

 別の器に封じられるなど、想像すらしたことがなかったからな”

「そっか」

“……だが、悪くない気分だ”

「……そっか」

 

 たぶん彼女は笑っているのだろう。声にも心なしか、明るい要素が混じっていた。

 あとは寝台の上の抜け殻───本体部分を消滅させれば、闇の書はもう悲劇を起こすこともない。

 

“全機能を暴走停止に振り向けてある。

 手早く葬ってくれ”

 

 ……これで、彼女の望みに応えたことになるのだろうか。

 

 

 

 新暦65年12月25日、午前8時。

 

 ストレッチャーで運び出されたリインフォースの抜け殻は、念のため凍結封印処理を施されると、クララに間借りしたリインフォース自身の示した手順に従って完全消滅させられた。

 

 


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