最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第二十一話「甘くて苦い『最良の未来』へ」

 

 アースラが第97管理外世界を離れ本局へと航路を取ったのは、事件が終焉を迎えた3日後、12月28日の夕刻だった。対策本部の解散までは現地本部が残されるので、人の行き来は途絶えていない。

 

「もう一度ぐらい、翠屋のコーヒーを飲みに行きたかったんだけどなあ……」

「贅沢を言うな。

 君は武装隊の現地待機所に行って、地上の空気を吸えただろ?

 僕なんかずっと艦と本局の往復だぞ」

 

 クロノとリンディは本局と往復して折衝を行いつつ帰還までに必要な一次報告書類の作成、エイミィは現地本部とアースラを往復しつつ、武装隊待機所の閉鎖や現地本部の出張所への改組をにらんだ手続きなどに手を着けはじめていた。

 

 アーベルは対策本部解散前の一仕事として、派遣されていた武装局員のデバイス整備を行っている。慣例として、借り受けた彼らをそのまま返すことは出来ない。事後の現地休暇1日に加え、任務中に使用した装備の整備や修理を行って元の状態に復することは最低限の礼儀でもあった。

 おかげで気付いたときにはもう出航時刻だ。

 

「そうだ、本局から君への裁定が出たんだが、聞きたいか?」

「……なんでまたそんなに早く?」

「本局側は事件解決の成果を早く表に出して最近関係が拗れているミッドの地上本部を牽制したかったし、こっちも有耶無耶なうちに要望を押しつけたかったし……色々だ」

「そっか、色々か。

 もちろん、聞かせて貰うけど……」

 

 ここ数日、クロノやリンディが幾度も本局と往復していたことは、アーベルも知っていた。やや憂鬱な気分で神妙な態度を取ると、沙汰を待つ。

 

「最初に闇の書対策本部在籍中に於ける君の評価だが、僕や提督だけでなく、武装隊や災害対策チームからのものも含めてすこぶる良かった。特に任務達成率については出撃やその後の対応もあって、通常ではあり得ない数値になっている。

 しかしだ。

 ただ一点、例の大容量ストレージの大量持ち出しは流石に問題になった。

 申請書類は調っていたが、君の裁量を大きく越えていたことは分かっているな?

 通常なら、始末書どころか収監されても不思議じゃない」

「もちろん」

「だが、同時に君は結果も残しているし、今更リインフォースを処分してストレージを技術部に戻すという選択肢は選べない」

「……うん」

「そこで表向きは管理局からの招聘に応えるという型式になるが、君にはこちらの世界にどっぷりと浸かって貰うことにした」

「うへえ……」

 

 罪を問われなかっただけでもましかと、アーベルはため息を飲み込んだ。

 大容量ストレージを返却するという選択肢がなくなってしまった以上、贅沢は言えない。

 

「言うなれば司法取引に近い相殺だ。

 本来なら持ち出しの経緯は君の責任、使用の経緯は僕の責任と別に扱うのが妥当だろうが、有耶無耶にする為にこちらでまとめて預からせて貰った。

 ……次はないぞ?」

「うん、わかってる」

「ならいい。

 それでだ、リインフォースの件は報告こそ上げたが、やはり本局側も堂々と表に出せないと判断した。

 結局、『今後得られそうな利益』をちらつかせて対策本部の正式な命令に基づく貸与物品とすることを認めさせ、時期を遡って情報収集任務に必要な機材として処理したんだが……本当に苦労したんだからな?」

「ごめん……」

 

 この親友、やはりただ者ではない。

 

 買い取りどころか、下手な難癖でもつけられれば業務上横領に問われる可能性すらあったところに、この結果を引っ張ってくるのだ。彼の手腕には恐るべきものがある。

 ……クロノを敵に回すことだけは絶対にやめようと、アーベルは心に誓った。

 

「まあ、経緯はともかく、あれは実質的に君のものとなった。もちろん、カートリッジ・システムもだ。

 そして局へ供される利益、もとい君の今後だが……具体的には第四技術部に新しく立ち上げられる課の課長に就任して貰うことになった。

 これは決定だ」

「へ?」

「本局技術本部第四技術部第六特殊機材研究開発課。

 設立目的は、真正古代ベルカ式デバイスの研究および再現」

「……通るのか!?

 うちの親父でさえ目を逸らしてたんだぞ?」

 

 古代ベルカ式デバイスとその魔法の扱いは、管理局と聖王教会との関係を端的に表していた。以前よりはましになったが、これまで両者は協力とは口にしながら対立ではないギリギリのレベルで関係を保っていただけに過ぎない。

 

 だからこそアーベルも、10年単位の苦労を覚悟していたのだが……。

 

「通した。

 政治的な毒物には同じ毒をぶつけるのが一番だろう?

 それに毒は薬にもなる。

 ……ともかく、課長待遇だから身分は上級技官、それも二佐相当官だ。

 喜べ、僕よりも高い階級だ」

「待ってくれ、僕は正規の局員ですらない。

 大体、課長なんて言ったら管理職でも上級職だろう!?」

「大丈夫だ。

 課と言ってもカテゴリーCの小さな課だし、本局が正式に検討した上での承認なら誰も問題に出来ない。政治家上がりの司政官や法務官なんていきなり将官だぞ。教会との関係に気を使ったにしても、君なんかましな方だ。

 実際、事件云々を抜きに、君───いや、君の父上もだが、高い評価を受けているからな。おかげで上の方もあまりごねなかった。

 ストレージ48個と引き替えに君が毎日出勤するなら、安い買い物だと判断されたんじゃないか?」

「他人事だと思いたいなあ……」

 

 こっちには正に高い買い物だったと頭を抱える。

 ……ただより高いものはない。

 

「君はもう少し自己評価を上方修正すべきだな。

 それに僕としても……入局してくれとまでは言えないが、君が出世してくれると非常にありがたいんだ。

 アテンザ技官も『こちら』をよく助けてくれるが、彼女も忙しくてな……」

「だろうねえ……」

 

 ちなみに彼の言う『こちら』とは、ハラオウン閥のことである。クロノの父クライドが殉職したことで往事の影響力こそ潰えたが、リンディがぎりぎりで踏みとどまり今はクロノが羽ばたきつつあった。

 

「まあ、出世は後からでもいい。

 強制入局とその後の奉仕による相殺という提案もあったんだが……流石にマイバッハ家の長男にそんなことをすれば、君の実家どころか教会が黙っていないだろう?」

「うん、多分」

「嘱託のまま常勤ということに譲歩させたが、ついでに説得は僕が行うということになって、貸しも一つ増やせた」

「はいよ」

「最期にもう一つ……すまないが、流石にいまある店は閉店して貰わざるを得ない。

 志願者採用ではなく民間技術者の招聘という形になっているから、君には規定に照らし合わせた保証金が用意されるだろう」

「そっか……」

 

 新店舗の夢は遠のいたどころか、どこかへ吹き飛んでしまったらしい。

 代わりに当座の希望はほぼ満額にて叶いそうで、罪に問われることもない。そちらを以て良しとするしかないだろう。

 

 だが、クロノの示した身の振り方は、確かに最良でもある。

 

 店は諦めざるを得ないが、リインフォース復活への道筋は立っているし、アーベル自身にも古代ベルカ式デバイスへの興味はあるから全く文句はない。不義理をしている実家への手土産にも十分過ぎるだろう。父どころか、祖父すら喜び勇んで駆けつけてくるかもしれなかった。

 

「うん。

 任せたと言ったのは僕だし、クロノが思う最良の結果を引き出してくれたんならそれでいいよ」

「だがアーベル、君の夢は……」

「諦めるとは言ってないさ。

 技術部で結果出したら、自由度も上がりそうだしね。

 それにもう数日は、君が上官だろう?

 部下は素直に従うものだよ」

「……すまない」

「いいって。

 どちらにしてもリインフォースのことはどうにかしなきゃならなかったんだし、僕が責任者に就くならその方がいい。

 ちょっと順番が変わっただけだ」

“面倒をかける。私からも詫びを言わせて貰おう”

「気にしない気にしない。

 それに、格好いいじゃないか。

 本物の古代ベルカ式デバイスの復活だよ?

 デバイス技術史に名を残すなんて、そうそう出来るもんじゃない」

“……もう出来た気でいるのか?”

「そのぐらいの気概でないと、デバイスマイスターなんてやってられないよ」

 

 実際、政治的な手枷足枷さえ取れたならば、ユニゾン・デバイスはともかくアームド・デバイスの復活はそう難しくないんだと、クロノ達に補足する。

 とぼけた様子のアーベルに気遣いを感じたのか、クロノは小さく溜息をついて頷いた。

 

 だが、その心配は無用だということを、クロノは知らない。

 首が回らなくなるかと気鬱が続いていたところに、古代ベルカ式デバイスの復活などという大仕事がやってきたのだ。

 それこそ店など後回しにしても十分お釣りが来るなと、アーベルは内心で拳を握りしめていた。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 年が明けた新暦66年1月6日、闇の書対策本部は正式に解散し、メンバーはそれぞれ新しい道に向けて歩き始めた。

 

 まず対策本部の中心となったアースラは、リンディ以下全員が任務完遂に対する功績を以て階級章に星あるいは線を増やし、その努力が報われた形になっていた。

 執務官など正しくは資格であり階級ではないが、評価や勤続年限に応じた等級も内規されているし、表向きにも新人執務官に与えられる三尉待遇から小型艦や大規模な部隊指揮を任される一佐待遇まで幅広い。クロノは今回の功績で三佐待遇の執務官となり、着実に父親の後を追っている。

 

 グレアム提督の処分は、依願退職という灰色の決着を見ていた。彼が告白した闇の書封印計画のうちで、罪に問われそうな内容は報告義務の怠惰、事件発生後の捜査本部へのクラッキングと数件の捜査妨害や犯罪教唆、そして八神はやてをも含んだ凍結準備。デュランダルの開発は私費を投じて行われていたし、はやてへの経済支援や手紙のやり取りは罪ですらなかった。

 クロノは取り調べの後に、それまでの功績と計画内容を鑑みて罪一等を減じ一階級の降等処分、今後も管理局にて贖罪を含めた精勤をという決着を望んでいた。しかし本人は退役と収監と裁判を主張して平行線、間に入った本局の同僚やかつての部下がなんとか説得をしてこのような仕儀となっていた。今後は使い魔共々故郷に腰を据えて、はやてへの援助を続けながら余生を送るという。

 グレアム提督本人と会うことは出来なかったが、リーゼ姉妹が店を片付けていたアーベルの元に現れ、小さな詫びとキスマークを残していった。騒ぎ立ててもクロノが困るだけだし、結果も上々だ。まあいいかとアーベルは肩をすくめてその一件を記憶の彼方に押しやった。

 

 なのはは家族とも話し合い、正式に嘱託魔導師試験を受ける事を決めたようだ。彼女なら受からないと言うこともあるまいし、未来のエースとしても嘱望されている。何よりレイジング・ハートの整備費用が局持ちになることは、彼女とアーベルにとっては重要かもしれない。

 フェイトはもうしばらく拘束奉仕期間が残っているが、新たに彼女はフェイト・テスタロッサ『・ハラオウン』として、リンディ提督の義娘となる予定だった。今年いっぱいぐらいはアーベルも更生協力者として、彼女の頑張りを見守ることになるだろう。

 ユーノはその能力を評価され、無限書庫の司書として正式に入局することが決まっていた。当初の所属こそ本局の施設部とされていたが、元となる部局がないので実質は彼がトップである。あの一週間はアーベルにとっては地獄だったが、ユーノはあの最中にも知識の探求者として楽しみを見出していたと言う。本人が望むなら何も言えない。能力からしても天職だろう。

 

 

 

 八神はやてと守護騎士達は、少々複雑だ。

 

 はやて本人は状況や行動を詳細に調査されたものの、結局は事件の重要参考人ながら被害者と認定され、処分は罪を伴わない一般保護観察に留まった。当人が『闇の書』の主人となったのは力を渇望した結果ではなく偶然であり、魔法を知ってからも蒐集を指示していないし、暴走を止めるきっかけを作った事件解決の功労者でもある。

 

 守護騎士達は、前回11年前の暴走とそれ以前の事件については罪状の追求を免除された。服従が刷り込まれていた上にリセットされてしまった騎士達に、以前の記憶はほぼない。また同時に、管制人格としては無力化されながら記憶を保たざるを得なかったリインフォースの証言が管理局の記録とほぼ一致、前主人が防衛プログラムに浸食された結果の蒐集および暴走と裏付けがなされていた。

 

 だが今回分については、酌量の余地はあっても不問とは出来なかった。死者こそなかったが『自主的な』蒐集による被害者は数十名にのぼるし、器物損壊や保護動物への襲撃も誤魔化しようがない。

 

 その彼らは魔法生命体であり、兵器として扱うか人格を持った個人として扱うかについては、本局側と捜査本部側で論争となった。廃棄処分にしてしまえという過激な意見さえあったが、即戦力として申し分ないこと、闇の書という枷を解かれた本人らに反省と贖罪の意志があること、更には彼らの主八神はやてが強力な魔導師でありなおかつ希少技能を持つことから、本局運用部のレティ・ロウラン提督が名乗りを上げ、一旦はひとまとめにして彼女に預けられることになった。

 

 本局上層部の意向と対策本部の強力な後押しで結果ありきとされた即決の非公開裁判も終わり、今後は必要な教育───主人のはやては管理外世界の出身で魔法を知らず、騎士達は更生もさることながら現代の常識を知らない───を受けながら、贖罪を兼ねた平和への奉仕を行うのだという。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 一方のアーベルはと言えば……。

 

「アーベルさん、すごい出世じゃないですか」

「……マリー、代わってくれる?」

「いやですよ」

 

 新暦66年、2月も半ば過ぎ。

 本局技術本部第四技術部第六特殊機材研究開発課───第六特機は、現在の処どこにも存在しなかった。

 辞令はすぐに出たがアーベル個人の異動手続きや仕事の引継も済んでおらず、予算を申請しようにも根拠となる計画書すらなく、課員の募集はその後になるから誰も手伝ってくれない。

 仕方がないのでこれまで通り元々所属していた機材管理第二課の机をそのままにしてもらい、そこで設立準備に当たっていた。

 

 店は一ヶ月の休業の後、顧客には惜しまれつつ閉店してマイバッハ工房も退職した。工具類や作業台をアパートに詰め込んだので、最近は技術部の仮眠室で寝泊まりしている。

 ただ、アーベルとしても少々惜しかったので、技術部や両親と相談の上で『マイバッハ商会』を新たに設立して社長に就任、出向という型式を取っている。現状ではペーパーカンパニーに近いが、デバイスパーツの購入時に領収書が切れて節税が出来る、技術部で処理しにくい個人的依頼を受けたときにそちらが使える等、小回りがききやすい。

 

 第五病棟のカルマンの元には、今も時折訪れていた。事情を話すと出世を祝われたが、内心は複雑だ。デバイス仕様の小型機器の試作にも手を着けていたが、そちらは少し先送りになりそうだった。

 

 士官学校での授業も続けている。生徒達はアーベルが闇の書事件対策本部に徴用され、そちらに出向していたことを知っていた。補講の合間に幾度も武勇伝をねだられたほどだ。無論、一ヶ月の臨時休講は正規の命令によるものでお咎めはなく、学校側からも来年度以降の講義を望まれていた。

 

「店の開店より大変そうだな、これは……」

「そうなんですか?」

「うん。

 予算や備品の調達から研究目標の設定まで……色々あるけど、とりあえず事業計画書の作成が先かな」

 

 計画書を提出したら審査が終わるまでは休暇を取って、もう一度翠屋のコーヒーを飲みに行こう。

 アーベルは腰を伸ばしてぱきりと言わせ、再びディスプレイに向き直った。

 

 


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