目標、309億クレジット。
今すぐの予算獲得は無理でも、ただ書類を眺めているわけにはいかない。
第六特機は、着実な実績を積み上げていく必要があった。
「おじさん、目が寄ってる」
「スバル! おじさんじゃなくてお兄さんでしょ!」
「……ごめんなさい」
だが現実には、アーベルはマリーに懇願されて、事務室で子供二人の相手をしていた。
別に第六特機が第六託児所になったわけではない。彼女たちはギンガ・ナカジマとスバル・ナカジマ、例の『戦闘機人』の少女達だった。
「これが一番難しいところなんだよ……」
「ふーん?」
マリーはマリーで忙しい。
ミッドチルダに在住する彼女たちを迎えに行き、課に戻っては検査を行い、また今日中に自宅まで送らねばならなかった。今は予想より身長が伸びていたスバルの為、交換予定になかったインナーパーツの調整を超特急で仕上げている。
ゲルハルトは実家に出張中、整備のシルヴィアは何かと世話になっている前所属───機材管理第二課から要請があって応援に向かい、事務のエレクトラは先週の休日出勤を埋めるために代休を取っていたから、必然、アーベルが相手をするしかなかった。……無論、そうなるように調整をしていたのだが、マリー以外に話すわけにはいかない。
ちなみにアーベルの目が寄っている理由は二人にアイスカフェオレを作っていたからで、コーヒーとミルクとシロップの比率をどうしたものかと迷っていたのである。
エイミィが好むような大人向けでは苦みが強く、かと言って……リンディに出すようなものは子供向けですらない。コーヒー党を自負する身としては、小さな仕事にも全力で取り組むべきと言うプライドもあった。
「はい、お待たせ。
あっちのテーブルに行こう」
「はーい!」
上のギンガが8歳で下のスバルが6歳、知らなければ戦闘機人だなどと想像すらしないだろう。
ただ、知った上でも驚くべき事はあった。外に食べに行くのは時間がないと言うことで技術部の部内食堂からデリバリーを取って済ませたのだが、小さい体で二人ともアーベルの三倍は食べる。現在実家に戻って追加の調査───マイバッハ工房の伝を使った情報収集───を行っているゲルハルトと比べれば、五倍は食べていたかもしれない。
「へえ、ギンガちゃんはシューティング・アーツかあ」
「はい! お母さんに習っているんです」
ギンガは管理局ミッドチルダ地上本部所属の捜査官である母親、クイント・ナカジマの影響を強く受けている様子だった。ちなみに父親も地上部隊の所属でこちらは非魔導師の士官と対照的だが、ハラオウン家と似たような管理局一家とも言える。
「ストライク・アーツをやっている友達ならいたっけ」
「シューティング・アーツはちょっと違うんです。
そのままだとDSAAの公式ルールじゃ違反になっちゃうって、お母さんが言ってました」
「あー……お仕事用ね」
DSAA───ディメンジョン・スポーツ・アクティビティ・アソシエイションは世界的に有名な魔法戦競技会を運営する団体で、中でもインターミドル・チャンピオンシップは少年少女には特に人気の大会だった。アーベルも出られない歳ではなかったが、流石に練習もなしに勝ち進めるほど甘くはないだろう。TVに映る地元選手の応援がせいぜいである。
「スバルちゃんもシューティング・アーツ?」
「わたし、痛いのは嫌い……」
「アーベルさんは何かされてるんですか?」
「二人の歳ぐらいの時は、デバイス一筋だったなあ。今もだけど。
僕も痛いのはちょっと……」
「いっしょだ」
そうだねえと応じて、頭を撫でてやる。
スバルは好みでないようだが、アーベルも魔法の行使ならともかく格闘となるとさっぱりだ。身体強化系の術式も、発動こそ出来るが砲撃や高機動戦闘以上に使えない。
「お待たせ、スバル!」
「あ、マリーさん」
「これでもうムズムズしなくなると思うよ。
さ、もう一回メンテナンスルームに行こうね」
「はーい」
「アーベルさん、もうしばらくお願いします」
「はいよー」
今日のところは元よりマリー優先のシフトを組んである。第四技術部より遥か上から内々のお達しがあるのだから、業務日誌上は休業同然でも問題はなかった。
妹が連れて行かれてしまって寂しそうなギンガに、さてどんな話題を提供するかと思案する。
しかしギンガは、アーベルが考える以上にしっかりとした子だった。
「アーベルさん」
「うん?」
「わたしもお母さんみたいなデバイス欲しいんですけど、デバイスって高いんですよね?」
「色々だなあ。
練習用ならちょっと頑張れば買えるのもあるし、一番高いのはミッドの中央でも大きな家が建つぐらいするねえ……」
「そんなに……!?」
デバイス専門と聞けばそうくるだろうなあと、アーベルはいつも用意している答えを口にした。……このままデバイスの話題で引っ張れば、スバルが帰ってくるまでは間が持つかもしれない。
「まあ、それは横に置いて……ギンガちゃんのお母さんのデバイスって、どんなタイプなのかな?」
「あ、はい。
こう、両手にはめて、ギューンって回って、ガシャンってなるやつです」
「両手に填める……!?
えーっと、手袋の大きい奴みたいな?」
「そうです!」
手甲型とは珍しい。
しかし、先ほど聞いたシューティング・アーツとの相性は良さそうである。
「データぐらいはあるかな……。ちょっと待っててね」
「はい?」
不思議そうなギンガを手招きして机に向き直り、アーベルは技術部のデータベースを呼び出した。、デバイスの形状一覧からその他を選択、技術部謹製の一点物から市販品まで出てきた中から各種の身体直接装着型デバイスを表示して彼女に示す。
「似たようなのはあるかな?」
「えーっと……あ、これです!」
拳装着型アームドデバイスに反応を示したギンガに、画像を拡大して見せる。
「ここがギューンって回って、カートリッジがガシャン! って」
「……カートリッジ!?」
現状、カートリッジ・システムを装備したデバイスは珍品に入る。ましてミッドの陸上部隊所属の使い手なら、それこそ……。
「あ、まんまこれだったのか。
非人格式拳装着型アームドデバイス、『リボルバーナックル』。
……ああ、間違いないや」
「どうかしたんですか?」
「ここを見てご覧。
ギンガちゃんたちのお母さんの名前がある」
「あ!」
近代ベルカ式デバイス試用試験選抜者、クイント・ナカジマ准陸尉。
設計技官の欄には、アーベルの父ディートリッヒ・マイバッハ。
技術屋として興味を惹かれるままに諸元表を呼びだしてみれば、リボルバーナックルのカートリッジ・システムは、アーベルやなのはたちの試作型大口径タイプとも、シグナム達が使う古代ベルカ式標準タイプとも違い、各種の動作試験用に作られた中口径汎用タイプと呼ばれる近代ベルカ式とミッドチルダ式共用のシステムであった。
アーベルらの使うシステムCVK-792のカートリッジは、最低でもAAAランクの魔力と術式運用能力が前提で封入魔力量も相当大きい。だがそんなものをAランクBランクの魔導師───武装隊所属の標準的な魔導師は大凡そのあたり───が使えば、扱いきれなくて暴発するのは当たり前、デバイスの破損どころか後遺症の残る怪我をしても不思議ではなかった。
しかし術者に合わせて封入魔力を減らしてやれば、少なくとも動作試験は出来るし機器も安く上がる。一般隊員の能力を底上げするという面では、期待も持てた。
父ディートリヒが直接関わっていた汎用型のシステムCMM-182は、カートリッジへと封入する魔力量をプログラム側でコントロールし、封入魔力量を術者に合わせて可変する型式にしたことが特徴だ。隊長陣から新人までが同一のカートリッジを使えるなら、量産効果と同時に補給の簡便化を期待出来る。現場では使い捨てになってしまうカートリッジこそ安価でなくては話にならないから、この点は重要だった。
現在は仕様もほぼ固まり、実用試験と小改良が平行して行われている最中だ。
誰もが使えて環境に左右されることなく所定の能力を発揮し、補給と整備が容易でコストも安くなければ正式採用されない一般武装局員向けデバイスとそのパーツ類は、時にエース向けデバイスの設計製造よりも開発費がかかるほど、管理局には重要な位置づけなのである。
しばらくして……とは言っても、小一時間ぐらいは間があっただろうか。
練習用のデバイスならご両親の許可があれば作ってあげるからとギンガに約束させられた頃になって、スバルとマリーが戻ってきた。
「おねーちゃん!」
「スバル、ほら!
お母さんのデバイス!」
「ほんとだー」
それにしても人間、何処でどう繋がっているか分からないものである。
「アーベルさん、約束ですからね!」
「うん、待ってるよ」
ギンガたちは、3ヶ月に一回ぐらいはこちらに来るという。
再会を約束した二人をマリーが送っていき、第六特機には静けさが戻った。
さいどめにゅー
《中口径汎用カートリッジシステムCMM-182》
カートリッジの瞬間最大出力がAAAランクとエース向けに設計されたシステムCVK系統に対して、出力を押さえてB~A+の可変式とし、武装隊の使用する標準デバイスにも導入出来るようにと設計された
出力が弱い分コントロールも容易で使用者への負担も軽くなることから、多連装マガジンと連続撃発機構を組み合わせたエース向け仕様のシステムも計画されている