すずかとアリサが来訪して3日目。
今はもう、すずかとも気まずさはなくなった。
昨夜、少しばかり勇気を出して、一昨日のお返ししてみたのがよかったのかもしれない。
……ついでに仕事絡みで『ちょっとしたお願い』を頼んだのだが、恥ずかしいとは言われながらも無事に協力を得ることが出来ていた。今すぐはともかく、後々活きてくるはずだ。
「ああ、あれだな」
朝食後、アーベル達は駅まで魔導師組を迎えに来ていた。
はやても車椅子を使わず、今は浮遊魔法で移動している。最近はリハビリのお陰で少しは歩けるようになってきたそうだが、魔法の補助が表に出せない第97管理外世界での生活は大変らしいと聞いていた。
「こっちよー!」
「すずか! アリサ! アーベル!」
「おまたせなの!」
「おー、メイドさんや。
……アーベルさんやっぱりお坊ちゃんやったか」
「はやてちゃん……」
彼女たちは早朝海鳴を出ての強行軍だが、旅行とあれば元気いっぱいにもなるだろう。
三人組を荷物ごとワゴンに放り込み、そのまま移動する。
「昨日は大きな教会を見学したの」
「すっごく綺麗だったよ」
「今日はどこに行くのかな?」
「本日はカレンベルク城の観光、その後昼食を挟みまして、ヴォーツェル湖畔での散策を楽しんでいただく予定です」
「アーベルさんはお仕事?」
「僕はこの後工房に戻るよ。
ちょうどカレンベルク城へ行くハイウェイの途中だから、無駄足にもならないし」
彼女たちはこれから5人で観光に向かうが、アーベルには仕事が入っている。
そこでドライバー兼案内役として、メイドのケートヒェンを丸1日彼女たちに付けることにしていた。知らない土地でさあ遊べと言われても困るだろうし、流石に子供5人を放り出すという無茶は慎んだ。
インターチェンジを降りて工房の入り口で手を振って見送り、さっと頭を切り換える。
今日は工房のマイスター達と、古代ベルカ式デバイスについて今後の展開や方向性を話し合う大事な会議が控えていた。父だけでなく祖父も出席するし、この出張旅行の一番重要な仕事である。
出席者はほぼ顔見知りで気心は知れていても、その内容は工房どころか、古代ベルカ式デバイスの将来と盛衰に直結しかねない。昨日とは違う意味で気が抜けなかった。
▽▽▽
丸一日会議室に縛り付けられて帰宅すると、夜も遅くになっていた。
5人はお茶などをしているというので、顔だけでもだしておこうかとそちらに向かう。
「あ、帰ってきた」
「ほら、すずかちゃん」
「わたしらが言うよりアーベルさんも嬉しいて」
「がんばって、すずか!」
「お、おかえりなさい」
「た、ただいま」
また何かやってたなと憮然とした表情を作って彼女たちの方を見れば、頬を押さえて俯いてたすずか以外は目をそらした。顔がにやついているところを見れば、新婚夫婦っぽく挨拶させたかったというあたりだろうか。
まあ、このぐらいの悪戯ならいいかと部屋付きのメイドに軽い夜食を頼み、自分も話に混ざる。
「あー……そっちはどうだった?」
「お昼はね、名物の鱒のパイをみんなで食べたんだよ」
「すっごく楽しかったです!」
「五人で旅行も初めてだったから」
「そやなあ」
「お土産も一杯買ったの。
魔法具はやめておいた方がいいですよって、ケートヒェンさんに注意されちゃったけど……」
それは仕方ないかと苦笑する。転送ポートで押し問答するよりはましだろう。
子供向けの玩具やそこらで売られている土産物や日用品でも、管理外世界への持ち出しが禁止───特に第97管理外世界は魔法文化がないので規制ランクが高い───されているものは多かった。
「でも、お城はいい眺めでした!」
「アーベルさんのうちまでお城やとは思わへんかったけどな……」
「にゃはは。わたしもちょっとびっくりしたの」
「ところでアーベルさんは今日、何やってはったん?」
「今日は実務者会議ってところかなあ。
短期の予定は古代ベルカ式デバイスの製造で間違いないしそれが第一歩なんだけど、その後はどの方向で進めようかってね。中長期の計画も教会と管理局に承認は貰ってるけど、実際に動くのは第六特機とマイバッハ工房だからその具体的な中身を話し合ってた」
他のデバイス工房と連携を取るのは決定済みでも、デバイス・コアを売ってそれでお終いと言うわけにもいかない。管理局と騎士団での運用状況からのフィードバックも必要だ。
「面倒なんだ……」
「難しそうですね」
「訓練と座学の方がたぶん楽なの」
「んー、ましな方だと思うんだけど……」
「そうなんですか?」
「予定の仕事はほぼ滞り無く動いてるからね
工房に任せきりだったけど、古代ベルカ標準仕様のカートリッジ・システムも目処が立ったし、試作品用の各パーツも発注分はほぼ出来上がってる。
あとは組んでテストするだけだよ」
「上の人は上の人で、大変なんやなあ」
「ユーノもお仕事忙しそうだったし……」
促成教育中の准尉に執務官補佐の見習い、研修中の特別捜査官。
さて自分とどちらが忙しいかと言えば、微妙である。アーベルは少なくとも、自分で予定を立てられる立場だった。
そう言えば朗報が一つあったなと切り出す。
「まあでも、一番大変なデバイス・コアの製造プラントはもう稼働中だから、リインフォースの復活も……最初考えてた予定より、ずっと早く実現するかもしれない」
「ほんまですか!?」
「うん。
ユーノくんのところでね、ユニゾン・デバイスの資料が出てきたんだ。
そのままは使えないだろうけど、大きく前進かな。
はやてちゃんは古代ベルカ式の使い手で魔力も大きいから、ちょっと手伝って貰うことになる。
任務と任務の合間にこっち側から手続き取って、しばらく第六特機に出向して……いつとは言えないけど、早ければ数年内にそんなことがあるって心づもりだけはしておいて欲しい」
「……了解、です、マイバッハ二佐」
戯けた様子で敬礼するはやての顔が、涙もないのに泣き顔に見えた。
▽▽▽
翌日、パジャマパーティーをしていたという眠そうな魔導師達を送り出し、アーベルはすずかとアリサを伴って工房へと出向いた。
彼女たちには退屈かと思ったが、デバイスに興味津々のすずかだけでなく、アリサまでが面白そうな表情を隠さずにいる。
デバイス・コア培養プラントをその目で見て、アーベルもいよいよかと気を引き締めた。
合間には第六特機との提携について内容の更新を行ったりと、彼女たちを誰かに任せる場面も多かったが、社内には見学者用のコースやデバイスの博物館もあり、退屈だけはさせずに済んだようである。
「観光地とかじゃなくてごめんね」
「でも、地球じゃ絶対見られないものばっかりで、むしろ本命?
これぞ別世界! って感じで、わくわくしましたよ。
うちのお父様連れてきたら、ものすごく喜びそう」
「アリサちゃんの言うとおりです。
お姉ちゃん、すっごく来たがってたし……。
わたしも……あの、アーベルさん!」
「すずかちゃん?」
「わたし、デバイスマイスターになりたいです!」
突然の宣言だったが、思いの外真剣なすずかの様子にアーベルはたじろいだ。
きっかけは間違いなく自分だろうが、彼女は本気だ。
「アーベルさん、わたしも決めました」
「アリサちゃんも!?」
「うちは会社を幾つも経営してるんですが、わたしは将来、家を継ぐつもりでいます。
マイバッハ商会の社員という立場を借りて、その勉強をさせて貰ってもいいですか?」
「うちの商会……?」
「はい!
最初は今までと同じ、子供の買い物しかできないと思います。
でも本当はそれが大事なんだって、気が付きました」
アリサも本気だなと、アーベルは頷いた。
ならば自分は、それに応えてやらねばならない。
彼女たちは今年10歳になる。しかしそれを理由に拒否する気は、毛頭なかった。アーベルは10歳当時のクロノという、彼女たち以上に覚悟を決めた少年と出会ったことを鮮烈に覚えている。
「うん、二人の希望はわかった。
二人のご家族だけじゃなくてリンディさんたちにも相談が必要だけど、どちらも絶対に無理、ってわけじゃないと思う。
僕も……局の仕事が中心になっちゃうけど、なるべく応援するよ」
これは早速リンディたちに相談した方がいいかと帰りの予定を少しずらすべく、第六特機で帰りを待っているマリーへと、アーベルはその日の内に連絡を取った。