すずかたちが将来の目標を宣言した翌日、旅行最終日の5日目。
アーベルの家族や大勢の住み込み社員に見送られ、彼女たちはベルカ自治区を後にした。
「今度はもうちょっとのんびりでもいいわね」
「でも、楽しかったね」
「うん!
すずか、冬休みもまた旅行よ!」
「もちろんだよ!」
レールウェイでミッド中央に戻り、観光もせずハラオウン家に直帰する。
昼過ぎには到着してしまったが、これは彼女たちの為でもあり、アーベルの都合でもある。
「エイミィ、久しぶり」
「ただいま戻りました!」
「ただいまです、エイミィさん!」
「三人とも、おっかえりー!
旅行、どうだった?」
「えっと……最高!」
「まだ実感がないですけど、すっごく楽しかったです!」
ハラオウン家のポートでは、今日は代休というエイミィが三人を出迎えてくれた。クロノは本局の会議に呼ばれているらしく不在だ。
とりあえずリビングへと通され、艦長時代に貯めた有給を消化中のリンディにも加わって貰い旅行の思い出も交えて今後を話し合う。
すずかが目指すと決めたデバイスマイスターも、アリサの希望である本格的な商業活動にしても、一時的な渡航と頻繁な往復では手続きの煩雑さと立場の保持に差が出ることは明らかだった。
「そうねえ……」
「何かいい手はありませんか、リンディさん」
「身元の方は、今もアーベル君が引き受けているわよね?」
「はい、もちろん」
「じゃあ簡単よ」
「へ?」
「アーベル君、マイバッハ商会の本社はどこにあるのかしら?」
「名前だけですが、今は僕のアパートです」
「転勤して通勤者になったのなら、毎日通っても不思議じゃないわよね?」
「……あ」
「もうアリサさんもすずかさんも、本局どころかミッドも訪れているんですもの。
申請手続きは面倒でも、不備がなければ通るわよ」
今回の旅行、確かに名目は商用だった。
ベルカ自治区のアーベルの実家に行ったのも、関連会社であるマイバッハ工房への訪問としていたはずだ。
「……いっそアリサさんかすずかさんのおうちに、もう一つ転送ポート作るのはどうかしら?」
「はい?」
「転送ポート!?」
「うちのポートもはやてさんのところのポートも、基本的には個人宅の専用ポートよね」
「あ!」
「エイミィ?」
「公式の局用ポートということですか、提督?」
「そうよ。
お二人が管理局に籍を置く必要まではないでしょうけど、局からの依託で運営って言う型式にして、管理者をマイバッハ商会にしてしまうの。
余所からの渡航依頼も殆どないはずだし、逆に商会は今後、アリサさんたちが頻繁に使うわよね」
なるほど、本末を都合良く転倒させてしまうわけだ。
「ポートはリンディ提督の言うとおりでいいとして、ついでに次元間通信機の方はもっと簡単だよ」
「そうなの?」
「1つはポートを理由に設置すればいいもん。こっちは局から補助も出るはずだよー。
もう1つは……えーっと、マイバッハ商会『地球』営業所でも開設すればいいかな。
本社と営業所で通信が出来ない会社なんて、あり得なくない?」
「……それもそうか。
僕は難しく考えすぎていたのかもしれない」
「あたしは最初からそのつもりだったんだけどなー」
「え?」
「だってアーベルくん、渡航も通勤も、身元がはっきりしてて理由があるなら、手続きは大して変わらないよ」
にへっと笑うエイミィは通信士官としても優秀だが、執務官補佐として法務にも事務にも詳しい。普段はお気楽でも、クロノの片腕は伊達ではないのである。
▽▽▽
二人を一度家に帰す為にバニングス家から車が来て、アーベルもついでに乗せられてしまった。
「鮫島、今日、お父様のお帰りはいつ頃かしら」
「特別な御用はお伺いしておりませんので、いつも通りかと存じます」
「ありがと。
アーベルさん、それじゃあ午後8時ぐらいにお願いします」
「アリサちゃん、帰りのこともあるからノエルに送って貰うようにするね」
「頼んだわよ、すずか」
少女達の家族を説得するという『戦い』が、今始まる。
……いや、そこまで気負う必要はないかと、アーベルは小さく微笑んだ。
▽▽▽
第一ラウンドは、月村家で行われた。
マイバッハ家の本邸ほどではないがそれなりに大きな屋敷で、話通りネコがいっぱいうろうろしている。
アーベルは客間に通され、遊びに来ていた高町恭也と共にその内の1匹を膝に抱えてすずかと姉のやり取りを見守っていた。
……いや、そのつもりだったのだが、いつの間にかすずかの用件は有耶無耶になり、なぜか魔法を披露するという話になっている。
「ほんとに浮いてるー!」
「改めて目の当たりにすると、不思議なものだな……」
とりあえずわかりやすいものがいいかと、リクエスト通り浮遊魔法でふらふらと浮きながら、これでいいのかと首を傾げたアーベルである。
「アーベル君、もっとこう、ズバーンでドカーンな魔法はないの?」
「おい、忍……」
「部屋の中でそんな魔法使ったら、滅茶苦茶になりますよ……」
すずか専任のメイド、ファリンがわざわざ運んできた資源ゴミ───ホールトマトの空き缶を相手に、極小魔力で貫通型の誘導弾をぶつけ、穴を空けていく。……破片を飛び散らせると掃除が面倒そうだったので、空き瓶は勘弁して貰っていた。
「へー、ちゃんと穴空いてるわね」
「おねえちゃん、あの、デバイスマイスター……」
「あー、いいわよ。
だってすずかはもう、『決めちゃった』んでしょ?」
「!!
う、うん、そう、だけど……」
「ならしょうがないじゃない。
転送ポートもうちの方がいいわね。
アリサちゃんのお宅より、うちの方が人の出入りは少ないでしょ」
「うちのなのはもそちらと往復しているし、フェイトちゃんやはやてちゃんも同じなんだろう?
そこにすずかちゃんやアリサちゃんが加わるだけ、だからなあ……」
すずかが決めたのなら、保護者である姉の方に文句はないらしい。恭也も妹や友達が一緒ならと、特に疑問視はしていないようだ。
勢い込んで説得に向かったものの、不戦勝に近い目的達成に、すずかはアーベルへと困り顔を向けた。
▽▽▽
第二ラウンド、夕食後のバニングス家。こちらの家も相当な豪邸だった。
ちなみにすずかも同席している。
「ほう、君がアーベル君か。
娘だけでなく、シロウからも噂を聞いているよ」
アリサの父デビッド・バニングスは鷹揚に頷いて、娘の希望は基本的に認めると、最初に発言した。
同時に異世界への興味と心配もあるようで、あれやこれやと質問をされる。
「ほう、では税務や財務はほぼ機械任せなのかね?」
「もちろんです。
でなければ煩雑すぎて人手がかかり、却って赤字になってしまいますから。
毎日の入力さえ欠かさなければ……とは言っても、専用端末があればほぼ放置で大丈夫です。もちろん、確認は必要ですが、それこそ期末ごとの株の配当や役員報酬の理想値算定まで、全部自動でやってくれますよ。
違法な取引などを考える人には不評などと影では言われていますが、僕らには関係ありません」
「それならアリサも、一番複雑な部分について一から教育を受ける必要はないかな?」
「はい、アリサちゃんとすずかちゃんが一番苦労する点は、こちらの世界とあちらの世界で異なる常識、でしょうか?」
「む?」
衣食住に限っては、『大体一緒』としか言い様もない。
しかしながら、やはり微細な部分では異なるところも多かった。
「倫理や道徳は似通っていますが、やはり異なります。
私も向こうでは当たり前の魔法の行使はこちらだと行えませんし、各世界によっても異なりますが、質量兵器はともかく……例えば本局なら、こちらではスタンダードだと思われる燃焼性ガスを燃やして火を使う調理器具などは、申請せずに持ち込もうとするだけで逮捕されます」
「ガス調理器具がかね!?」
「ミッドチルダなら大丈夫なんですが、各世界や地域によっても相当に異なるんですよ。特に本局は厳しめです。
似たような物はありますけど、最低限、ホームセキュリティシステムと魔導接続出来ない物は、こちらの安全基準が満たせなくて使用禁止です」
「お父様、本局は大きな宇宙コロニーみたいなものよ」
「飛行機よりもずっと大きな船が、豆粒ぐらいに見えるんです」
「……なるほど、理解は出来るが我々の常識とは確かに異なるようだな」
コロニーなどこちらではまだまだ先の話だと、デビッドは頷いた。
「話を戻しますが、アリサちゃんにはいっそ、社長を引き受けて貰ってもいいかなと考えています」
「しかしそれでは君が大損のようだが……?」
「私も正規の局員となりましたから、実質的には戻れなくなりました。
その予定じゃなかったんですが、廃業して全てを無駄にするよりは、使って貰った方が遙かにましです」
デバイスマイスターも貿易も、観光旅行とは違いもっとしっかりした下準備が必要だ。
すずかとアリサの件は、しばらくこちらの常識を学ぶことで話を落ち着かせ、本格的な活動は転送ポートと次元間通信機の設置後と決められた。