最近のデバイスはわがままで困る   作:bounohito

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第四十三話「子育て」

 

 ユニゾン・コアの製造に着手して1週間。

 魔法の使用禁止以外別段困ったこともなく、課内で出来るアームド・デバイスの設計や書類仕事を片付けていればあっと言う間である。

 ただ、仕事を終えて『家に帰る』という行為が、精神衛生上極めて重要であると認識できたのは、良かったのか悪かったのか。

 

「缶詰も、これでようやく終わりか……」

「あはは、お疲れさまでした」

 

 アーベルとマリーの前にある調整槽の中央には、膝を抱えて眠る身長30センチほどの少女───なのはやフェイトなどには、人形サイズのすずかに見えるだろうか───が浮かんでいた。

 長い長い道のりの筈が、多くの人々の努力と幸運と偶然によって極端に短くなったことは、『彼女』がいまアーベル達の目の前に存在することで証明されている。

 

 コアの方はもう自律稼働も確認出来ていたし、一昨日からは言語や一般知識、各種魔法術式についても、記憶媒体に接続させて読み込みと最適化処理を始めていた。

 現在はそれらを終了して再起動中、あとは駆動部分との魔導接続───フレームを通しての活動開始を待つのみである。

 

「あ、いいみたいですね。

 再起動、終了しました」

“こちらでも確認しました。

 異常な値は見られません”

「……うん。

 起こそうか」

「はい」

 

 調整槽の蓋が開けられてしばらくすると、少女は目を開いた。

 まだ初回起動シークエンスの最中なのか、ぼーっとこちらを見つめている。

 

「おはよう、『ユリア』」

「……」

 

 古代ベルカ式ユニゾン・デバイス製造試験機SRD6-UDX-01……と素っ気ない型式名称もあるが、彼女にはすずかからユリア───Juliaは『若々しい』を意味するベルカの古語であると同時に、その音はすずかの母語でリーリエ、『百合の花』の意味を持つ───という名も、姿と同時に贈られていた。

 

「……あー、ゆっくりでいいからね?」

 

 こくんと頷いたユリアは、調整槽から本当にゆっくりと抜け出てふらふらと浮き上がり、アーベルを目指して宙を泳いできた。随分と危なっかしいが、最初はこんなものかと静かに見守る。

 

「ロード……」

「うん!?

 ああ、サポート・アミュレット?」

「……あったかい」

 

 アミュレットから彼女のコアに向けて発せられる魔力波が、気持ちいいのだろうか。

 季節的にもユニゾン・デバイス的にも寒さは感じないだろうが、そのままではちょっと目のやり場に困るので、アーベルの腕───正確にはアミュレットを枕にして寝ころんだ彼女に、予め用意していたハンドタオルをかけてやる。もちろん彼女にはブランケットほどの大きさとなるが、サイズは丁度良い。

 

「……寝ちゃいましたね」

「……そうだね」

“ユリアは現在、外界から受けた刺激を反芻しつつ、駆動系の最適化処理を行っています。

 人間で言う睡眠、それも夢を見ているのに近い状態です”

「まだ起動したてだし、寝かせておいた方がいいか……」

「あ。

 そっちの準備、してませんでしたね。

 ……ベッドとか人間用でいいのかな?」

 

 マリーの言葉に、しまったなと頭を抱えたアーベルである。

 

「衣服はバリアジャケット生成術式を応用すればプログラミング上で解決できますけど、生活用品はどうしましょうか……?」

「金属加工と樹脂加工で対応できる範囲なら、デバイスのアウターフレームと変わらないから僕が幾らでも作るけど、裁縫が絡むと流石に無理だなあ。

 玩具屋はともかく、ドール専門の店なんて本局の商業施設にあったっけ……」

 

 ユリアは人間と比較しておよそ6分の1から7分の1サイズ、もちろん大きさが合うからと『実用』に耐えるかどうかも分からなかった。

 早々に人間の子供と変わらないフルサイズのフレームを装備させた方が彼女の為だろうが、今度は維持に余計な魔力を必要とするわけで、人造魔導魂が安定期に入るまではフェアリーサイズで暮らして貰うしかない。

 

 緊急用の待機状態───アクセサリー・モードも備えてはいるが、あれではユリアの能力が発揮されるはずもなく、彼女の安全が脅かされたときに幾らかでも役立てばいいと備えただけで、常用は考えていなかった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 さらに一週間ほどかけて、知識はあっても常識がない状態を何とかするべく、アーベルは『子育て』に励んでいた。

 

 ユリアはまだ人造魔導魂が成長中で余力がなく、浮遊魔法の他にバリアジャケットの展開と念話の行使はできるようになったが、試験が出来るほどは安定していない。

 

 その間を教育にあてているつもりなのだが……。

 

「ロード」

「うん?」

「アイスクリームがたべたいです」

「……だめ。

 あれはおやつの時だけだよ」

「えー!?」

「ほら、今は誰も食べてないでしょ?」

「……はい」

 

 しょんぼりとした様子でスカート───今はマリーが用意した各種バリアジャケットデザインの中から、パステルブルーのシンプルなワンピースを着ている───をぱたぱたするユリアの頭を撫でてやる。

 マリーはともかく、整備員のシルヴィアと事務員のエレクトラももう慣れた様子で、くすくすと笑うばかりで助け船も出してくれない。……昨日彼女たちから貰ったプチ・ショコラやオレンジ・グミで餌付けされたのか、今日などはユリアの方から挨拶に行っていたが、このままではお菓子をくれた誰かに着いていきそうで心配だ。

 

 すずかはもちろん、私的な友人知人への紹介はまだ出来ないが、今後もアーベルと行動を共にすることだけは間違いない。家族のような、あるいはクララとはまた違った位置づけのパートナーとなるのだろうと、アーベルは思っている。

 

“ユリア”

「クララ?」

“あなたがもう少し育ったら、マスターはシュークリームというお菓子を食べさせてくれると思います”

「しゅうくりいむ?」

“私は味を知りませんが、マスターが一口食べて表情を変えるほど美味しいようですから、ユリアもきっと美味しいと思うはずです”

「そうだなあ……。

 ユリアの試験が全部終わってフルサイズのアウターフレームに慣れたら、旅行がてら食べに行こうか?」

「はい!」

 

 そのクララは最近子育てに慣れたのか、近縁の話題を振ってユリアの気を逸らすという高等なテクニックを使うようになった。実に気の利く相棒である。

 四六時中一緒にいるのでアーベルには気の休まる暇もないが、子供を持つ世の父母はこんな苦労を重ねているのだろう。

 

 アパートに帰るときにもポケットに入れて連れていったが、あれは何ですかこれは何ですかと見える物の殆ど全てに食いついてきた。……の割に公共バスの車内ではずっとポケット内に隠れ、念話に切り替えてくるほどである。

 

 まあそれでも、時にデバイスだということを忘れそうになるほど可愛いのも間違いない。

 容姿や声はもちろん……いや、それも含めてかどうかは口に出さないが、やはり自らの魔力を分けた存在という部分は大きかった。

 リインフォースは『魂』と口にしていたが、どこかしら似ている部分もある。

 ……指摘されるまで気付かなかったが、欠伸や身体を伸ばす時の仕草などはアーベルそっくりだそうだ。

 

「今日は何食べようかな……」

「おさかな!

 おさかながいいです!」

 

 うちのユリアはデバイスで、産みの苦労や赤ん坊の夜泣きがオミットされているだけましかなと、ずいぶん失礼なことも同時に考えていたアーベルだった。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 ユリアが第六特機内での生活にも慣れてきた頃、人造魔導魂も成長してCランクを越え単体での攻撃や防御など負担の大きい魔法行使も成功、ユニゾン試験が行えると踏んだアーベルは彼女を無人世界へと連れ出した。

 

 ここは大規模な演習にも使われるのだが、何よりも少々大きな威力で魔法をぶっ放そうが、融合事故を起こそうが、人的物的な被害が極小で済む。……本局内でそんな事態を引き起こすなど、考えたくもない。

 

「だ、第六特機課所属ユニゾン・デバイス試験機UDX-01、ユリアでありますっ!」

「次元航行部隊所属、アースラ艦長クロノ・ハラオウンだ。

 よろしく、ユリア」

 

 緊張は隠せなくても、初対面の人にきちんと挨拶出来るようになったのは進歩かなと、肩の上でアーベルの髪の毛を掴んでいるユリアを撫でてやる。

 

 周囲に他者の姿はない。

 幾つかの観測スフィアや中継器が浮いているだけだ。

 

 そちらを通し、技術本部や本局にも映像が流れていた。

 直接視聴する人数こそ少ないが、そのほとんどは将官級である。

 

『観測態勢、問題ありません』

「了解。

 クロノ、頼んだよ」

「ああ」

 

 クロノは頷いて飛翔し、所定の配置についた。

 

 融合事故にも色々あるが、暴走した場合、クロノにはアーベルとユリアを凍結封印して貰わなくてはならない。経験に裏打ちされた実力やアーベルからの絶大な信頼と同時に、彼にはデュランダルという封印に適した切り札がある。……はやてに消し飛ばして貰ってもいいのだが、その場合は葬式に直結しそうなのでアーベルも最初から遠慮していた。

 

“ユリア、シミュレーションでは100%を達成していますから、落ち着いてやれば大丈夫です”

「ありがと、クララ。

 ……よし!

 ロード、行きます!」

「うん。

 せーの……」

 

「「ユニゾン・イン!」」

 

 融合は一瞬だった。

 魔力光が収まったのを確認して、手を振ったり足踏みしたりと身体を動かしてみるが、特に違和感はない。多少拍子抜けしたまま、データを流し見る。

 

『ロード、これでいいですか?』

「……あー、うん、たぶん。

 クララ、そっち側で異常はないかな?」

 

 念話のようでいて少し違う、脳内に直接語りかけるユリアの声に、最大の問題は解決されたかなと一人頷く。

 

 まだ大きな魔法は行使しない。

 これは第一回目の試験だ。慎重すぎて困ると言うことはなかった。

 

“……概ね正常ですが、少し気になる点がありました”

「えーっと?」

“具体的には、マスターの出力特性に大きな変化が見られます。

 予測の範囲を大きく越えて、古代ベルカ式適性が伸びている可能性があります”

「……ああ、ユリアを通す分は古代ベルカ式に適合して魔力が組まれるのか」

“はい。

 クラーラマリア側をアイドリング出力、ユリア側をマキシマム出力に設定した場合、マスターが全力で魔法の行使を行えない現在でも、推定で古代ベルカ式Aランクの魔力発揮値を確保できます。

 ユリアの人造魔導魂が予定の成長を遂げればAAA、マスターのほぼ全魔力をベルカ式として出力可能と思われます”

「よし。

 クロノ、マリー、こっちは概ね問題ない。

 そっちからはどうかな?」

 

『こちらでも魔力暴発のような現象は感じられない。

 君の髪色が紫になっただけだ』

『こちらもユニゾン時の魔力放散が予想値を数%上回った程度で、ほぼ問題ありません』

 

 その日は飛行魔法と、低ランクに絞った魔力誘導弾で実験を行ったが、飛行魔法は速度こそ伸びなかったものの軌道が正確になり、誘導弾はアーベル本来の能力を大きく超えた誘導能力を発揮した。

 

 




《ユリア》

 技術本部第六特機製古代ベルカ式ユニゾン・デバイス製造試験機SRD6-UDX-01、愛称はユリア
 ミッドチルダ式・古代ベルカ式両対応の中距離支援型で人造魔導魂出力はB+、魔力提供者はアーベル・マイバッハ

 製造技術の確立を目的として試験製造された機体であり、各種製造機器の調整用としても供されている

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