実家で一泊した翌日、アーベルは一旦本局へとすずかを連れて戻った。
そのまま預けておく選択肢もあったが、主に二人で一緒にいたいという気持ちが優先されている。
「……ごめんね、すずかちゃん」
「……た、たのしかったかな?」
事情を聞きつけた母からは危なくそのまま婚約させられそうになったが、流石に相手方の了解をとってからと忍を防波堤に使い、逃げ出すようにして実家を後にしている。……婚約は時間の問題という気もするのだが、もうしばらくは余計なしがらみのない恋人気分でいたかった。
もちろんユリアもマイバッハ家の新たな一員として、暖かく迎えられている。祖父などは、元よりデバイスはマイスターの子供のようなもの、可愛い曾孫が出来たと大喜びだった。
「ロードとすずかちゃんは、いつ結婚するのですか?」
「あぅ……」
「……そうだなあ」
もちろん具体的に話をしたこともなかったが、すずかは義務教育を終えた後もハイスクールには通うつもりのようだし、姉と同じく大学に行くかもしれない。
いつになるかはわからないが、仕事が落ち着いたら家でも買おうかという考えが脳裏を過ぎる。
アーベルも先行きは不透明だ。
昇進したからと、素直に喜べるわけもなかった。
本局に到着したアーベルは、まず自分のアパートへと向かった。
私服で重要区画内を闊歩するのは、流石によろしくないのである。
「ごめんね、適当に座ってて」
「はい。
あ、ユリア、このかごはユリアのベッド?」
「はい!
ロードが選んでくれました」
アーベルは制服を手に洗面所へと向かった。
ユリアの稼働───誕生以来、部屋の掃除にだけは気を使っていたが、壁際には運送業者のロゴが入った引っ越しケースが幾つも積まれていて、はっきり言えば見栄えもなにもない。店を閉めたのは去年だが、トランクルームを借りるにも中途半端な量で、かと言って処分するのも惜しいと、課に持ち込まなかったデバイス整備機材を部屋にそのまま置いていた。
「買い物にも行きたいけど、ごめんね」
「大丈夫です」
実家では夜の内に洗濯物を頼んで事なきを得たが、こちらではそうもいかない。……甲斐性も見せておきたかった。
「こっちのエリアは僕もほとんど来ないけど、本局の中枢部でリンディさんの職場だよ。はやてちゃんの居る捜査本部とも近いかな。
なのはちゃんはもっとあっち、武装隊の区画。フェイトちゃんはクロノの船に乗ってるから、指の差しようがないけどね」
課よりも先に本局のリンディの元に寄り、調書を取られることにする。
アーベル一人なら事務的に応対されてお終いだったのだろうが、すずかに気を使って貰ったのか応接室が用意されていた。
「現役の管理局員が拉致されたという点は看過し得ないけれど、アーベル君が行使した魔法は念話と時空転移だけで、すずかちゃん以外には見られていない、と……。
連絡も早かったし、アーベル君の方は規定通りの調書と報告書だけで問題ないわ」
「ありがとうございます」
「現地の武装犯罪組織は、忍さんがなんとかするって仰られたのよね?」
「はい。
……叩き潰す、と」
すずかと顔を見合わせて、苦笑いをする。
思わず誘拐犯達の無事を祈りそうになるほど、忍たちの怒りは凄まじかった。
「そ、そう……。
後で、お話を聞いておかなくちゃいけないわね。
それで、すずかちゃんのお世話はアーベル君がするの?
それともご実家に?」
「多少は地球にも近いですし、本局内で過ごして貰います。
ついでに第六特機で仕事でもして貰えれば、退屈もしないかなと……」
「お仕事?」
「ユリアの情操教育です。
すずかちゃんの保護も兼ねていますけど」
「なるほど。
適任だと思うわ」
そのままアーベルは報告書の空いた部分を埋め、リンディはすずかの書類を作成を行い、無事、すずかの滞在は認められることになった。
その足でようやく第四技術部へと向かい、リンディのところで作った書類を受付に通してすずか用のゲストIDを発行してもらう。これで来週までは、彼女も第六特機の一員となる。
部外秘の機密についてはIDによるロックもかかるし、公私混同と横槍が入っても大丈夫なよう名目も用意した。後はまあ、課長たる自分がしっかりしていればいいかと、サインを入れる。
「あの、マイバッハ課長」
「はい?」
「もしかしなくても、ユリアちゃんのモデルさんですか?」
「……そうです」
技術部内に限っては、受付嬢に名を知られているぐらいにはユリアも有名人だった。先日はリンディもいたから声を掛けられなかったのだろうが、これは少し騒ぎになるかもしれない。購買部や食堂でからかわれる程度で済めばいいのだが……。
そのまま5階の第六特機へと案内して、マリーらに紹介して回る。
翻訳機は使っていない。
「こんにちは、はじめまして。
月村すずか、です」
時々つっかえるが、すずかも日常会話なら十分にこなせていた。旅行に行くからと学びはじめて1年弱、彼女が如何に頑張ってきたか伺い知れる。
「ようやく連れてきてくれたんですねえ、アーベルさん」
「そうそう、みんな待ってたんですよ」
ガールズトークに押され気味で腰が引けてしまうが、先に仕事内容と注意事項を説明する。
「ユリア、すずかちゃんを購買に案内してあげて。
ついでにみんなのおやつを買ってきてくれるかな?」
「はい!」
大事な注意は決められた部屋以外には勝手に入らないことと、興味が湧いても機械類には触らないことぐらいだが、基本にして重要なことだ。あとはユリアと一緒に過ごして、話をするなり遊ぶなりして貰えばそれでいい。
……誘拐されたショックは、アーベルが一緒だったこともあってほぼ皆無と見える。しかし、カウンセリングまでは必要なくても、やはり少しは気に掛けておくべきだった。
▽▽▽
誰にでも出来そうですずかにしかできない仕事は彼女の心の平穏にも好影響を与えるかなと一人ごち、技術部を定時に出て当座の着替えや生活用品を買い込んだ帰りのこと。
「……へ!?」
「……え?」
「ロード、すずかちゃんも一緒に住むんじゃないんですか?」
その意味をよく分かっていないユリアはともかく、アーベルは同居など流石に言い訳がきかないと別にホテルを取る気でいた。時が満ちるまで手を出す気はなかったし、外聞というものもある。第一、色々と誤解を招きかねない。
しかしすずかの方は、ワンルームアパートで一緒に住むものと思っていたようだ。……そう言えば、マグカップや歯ブラシ、パジャマも買い物の中に入っていただろうか。
「う……」
「……う?」
「腕枕、してほしいなって……」
「そりゃ……うん、すずかちゃんが、そう言うなら……」
テイクアウトの総菜とバゲット、朝食用のヨーグルト等を買い込んでアパートに戻るが、一緒に帰るという行動に、アーベルの心は温かな気持ちで満たされた。
照れくさくもあるが、将来の日常かもしれないと思えば感慨深い。
「さっぱりしました」
「ロード、おまたせです」
「すずかちゃん、それ……?」
「借りちゃいました」
食後、ユリアとシャワーを浴びたすずかは何故か買ったパジャマではなくアーベルのシャツを着ていたが、TVドラマで『そういうシーン』を見て憧れていたらしい。おませさんなことである。
ベッドは体格のいいアーベルにあわせたサイズで、それだけは幸いだっただろうか。
「おやすみなさーい!」
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
ユリアが目を閉じたのを確かめてから、どちらともなくキスをして眠りに入る。
腕に感じるすずかの体温に、一週間耐えきる自制心は……どうだろうか。
……実際にはユリアという良心回路が働いて、何もなかったのだが。