早速頼むとそのまま訓練場に引っ張っていかれ、たまには体を動かすかとアーベルもその気でバリアジャケットをまとった。
「じゃあユリア、さっきの作戦通りに」
「はい、ロード!
がんばります、ゲンヤさん!」
「ユリア、お前さんが要だからな。しっかり頼むぞ」
「はいっ!」
「それから、ネタばらすのは講評後な」
「そりゃあまた酷い仕打ちを……」
「なに、ちょいと連中の慢心ってやつを折っときたくて、わざわざ頼んだんだ。
それぐらいでなきゃならん」
白衣じゃ感づく奴が出そうだからその下の訓練着だけにしてくれるかと、ゲンヤは人の悪い笑顔を浮かべた。
「丁度いい、休憩中だ」
「……あれが、休憩ですか?」
「あの様子じゃ遊びが半分、クールダウンが半分ってとこだ」
訓練場に出れば10名ほどの武装隊員が二手に分かれ、フラッグ戦───相手の旗を奪った方が勝ち───を行っている。連携の訓練と同時にレクリエーションも兼ねているのだろう、隊員達は笑顔だった。
アーベルの顔を知っている者がこの場にいればゲンヤの計略は成り立たなかっただろうが、彼ら武装隊員は待機所で過ごすか現場に出るか、あるいは訓練をするのが主な仕事で、用でもないと事務室や部隊長室に顔を出すことはない。
「あ、部隊長!」
「おう。
精が出るな」
「ういっす。
そちらは?」
「見ない顔ですね?」
「406の新任さんでな、ロウラン三士の『同僚』だ」
ちなみに406は新規に発足したばかりでアーベルも新任であり、広い意味ではグリフィスの同僚であることも間違いない。
正しい情報でありながら間違った解釈を与えるゲンヤの口振りに、上手いもんだなあと感心する。
「マイバッハ『三等空士』であります!」
「おう、よろしくな!
エル・シノア・エクセール陸曹だ」
ゲンヤの入れ知恵、その一。
ユニゾンしてアーベルの肉体コントロールをユリアに渡し、そのまま自己紹介。詐欺に近いが、アーベルは自分の意志で話してはいない。
エクセール陸曹は陸士108のエースで現在15歳、武装隊の要だと聞いている。但し、個人戦闘力と鼻っ柱は強いが今ひとつ注意に欠け、捜査や情報収集を疎かにしがちとのことだった。
そろそろ理不尽な壁にぶち当てて一皮剥けさせてやる時期なんだと、ゲンヤは笑っていた。
「マイバッハ三士は、去年入局したばかりのルーキーだそうだ」
「へえ……」
「お前らも同じ面子じゃ飽きるだろ?
お互いにいい刺激になると思って、ちょいと無理言ったんだわ。
こう見えて滅茶苦茶強いらしいが……エル・シノア、お前なら勝てるか?」
「そりゃその辺のルーキーに伸されるようじゃ、この陸士108の最強は名乗れませんよ」
「エル・シノアは入局前、DSAA主催のクラナガン・ジュニア・リーグで年間3位に輝いたほどの近接魔導師だが、どうだ、マイバッハ三士?
勝てそうか?」
「……はい。
大丈夫だと思います」
「吐いた唾は飲めねえぞ?」
ユリアはアーベルの身体を動かして、しっかり頷いて見せた。隊員達から失笑が漏れ、ゲンヤも苦笑いをしている。ユリアを煽ることで、その実108の武装隊員らの慢心を助長しているのだろう。
この間に彼女は108部隊の通信端末から外部へと回線を繋ぎ、DSAA関連の動画を収集してエクセール陸曹の成長予測と戦力評価、傾向の分析を済ませていた。調べた情報はDSAA公式サイトの選手名鑑やネットに掲載されている動画であり、局の機密ですらなく違法行為にも当たらない。
ちなみに局員名簿によると、エクセール陸曹は陸戦のA+で長杖を得意とする棒術使いと記されている。
「マイバッハ三士、飛行はするなよ?
流石に飛んで射撃じゃ訓練にならん」
「了解です」
ゲンヤの入れ知恵、その二。
飛行は禁止と先に宣言。同時に、その他の魔法は一切禁止していないところがミソである。飛ばないルーキーなら大丈夫、ついでに射撃というキーワードを最初に与えておき、思考を誘導することも目的に入っている。
「お互い、何か質問はないか?」
「大丈夫です」
「戦ってみりゃわかりますって」
「……そうか」
ゲンヤの入れ知恵、その三。
面子に拘って聞かなければそれまで、聞けばマイバッハ『三士』は、得意技は誘導弾で魔力量Bランク、魔導師ランクは未取得ですと、素直に答えていただろう。どちらにしても罠となる仕掛けであった。
そのまま訓練場の中央にでて、エクセール陸曹と対峙する。
前置きはない。
エクセール陸曹は長杖型の局標準デバイス、こちらもそれにあわせてタイプ・スタッフを選択する。
但しエクセール陸曹は棒術使いであり、デバイスによる不利はむしろこちら側かもしれない。
「よし、両者準備はいいな。
……始め!」
予想通り……というか、それしかあり得ないのだが、エクセール陸曹は身体強化を掛けて左右に回避機動を取りつつ、こちらに向けて突っ込んできた。
「クララ!」
“エリア・バインド、マキシマム・パワー”
対してマイバッハ『三士』───ユリアは、クララを行使してエクセール陸曹を回避機動ごとバインドの効果範囲に取り込んだ。魔力量AAAに胡座をかいた理不尽極まりない力技だが、その理不尽にぶちのめされることで彼は成長するんだとゲンヤは口にしていたから、ユリアも素直に全力を出している。
「げっ!?
なんだこれ?
抜け……抜けねえ!?」
“コンバット・モード、タイプ・キャノン”
「チャージ開始……カートリッジ!」
“カートリッジ・ロード”
「待て、クソッ!
その魔力はなんだよ、おい!?」
もがくエクセール陸曹を真っ直ぐ見つめ、マイバッハ『三士』は悠々と魔力のチャージを開始した。
本来なら薄紫の魔力光が、高圧縮されて暗紫色となって行く。
マイバッハ『三士』は、しっかりと保持した魔力球をエクセール陸曹へと向けた。
「いくよ、クララ! 貫通の強撃……」
“ピアシング・ストライク”
「ア、だ……ヒィ!?」
あの時クララに新たな部品を配し、知恵を絞って魔法を組み上げたアーベルは知っている。
ピアシング・ストライクは対闇の書戦用に作った貫通重視の直射型射撃魔法で、クララ側で手加減───収束率は闇の書の防衛プログラム相手に放ったときの数百分の1程度───はしているが、元より対人戦に使うような代物ではないのだ。
これは酷いなと、思う間もなかった。
アーベルなら降参するかと聞くところ、ユリアは何の躊躇いもなく『約5メートル』の至近距離でエクセール陸曹を打ち抜いた。
▽▽▽
「おー、気がつきやがったか」
「部隊長……」
呼ばれた医務官と共に回復魔法を掛けていると、しばらくしてエクセール陸曹は目を覚ました。
アーベルならもう半日ぐらい寝ていたかも知れないが、彼は戦闘慣れしているのだろう。医務官もいつものことと、簡単に診察をして隊舎に戻ってしまった。
「さて、講評と行くか。
エクセール陸曹」
「はい」
ゲンヤが名を呼ばずに姓と階級で呼んだところを見ると、ここからはお仕事タイムらしい。
「マイバッハ三士は強いと、俺は予め口にしたが?」
「……はい」
「もう一度やって勝てるか?」
「……たぶん、無理です」
「何が足りなかった?」
「……わかり、ません」
「お前らからは何かあるか?」
エクセール陸曹は酷い落ち込みようだが、これも予定のことである。
ゲンヤは隊員達を巡に眺め、感想を聞いていった。
「マイバッハ三士のデバイスに、二段の変形があるとは思いませんでした」
「あのバインドは自分も見たことがありません」
「あれが、噂のカートリッジ・システムですか?」
ふんふんと頷いていたゲンヤは、アーベルに目を向けた。
「マイバッハ三士は正真正銘、去年入局の魔導師ランク未取得だったな?」
「はい」
「戦闘経験は?」
「ありません。模擬戦も今回が2回目です」
「えっ!?」
「マジか?」
今日のところはバインドして砲撃と、作戦も何もあったものではないが、初の模擬戦にも慌てず、指示されたとおりに過不足無く魔法を行使できたという点ではユリアに及第点を与えていい。
これもアーベルがゲンヤの提案に頷いた理由の一つである。ユリアに経験を積ませたかったのだ。
いきなり戦場に放り込まれることはないだろうが、クロノあたりに呼びつけられれば否と言えるわけもない。そしてクロノは使えるものは何でも使う主義とアーベルは非常に良く知っていたし、先日の騎士ゼストとの模擬戦で……幾らか思うところがあった。
「じゃあ種明かしと行くか。
ユリア・マイバッハ三士、もういいぞ」
「はい!」
ユニゾンを解いて、バリアジャケットから局の制服に戻す。
「技術本部第406研究所、研究開発室所属、ユリア・マイバッハ三等空士であります!」
「技術本部第406研究所所長、アーベル・マイバッハ准将です」
「ちょ!?」
「げ……」
「准将閣下!?」
「……ぶ、部隊長、これは!?」
「まあ、ぶっちゃけると、お前らの……先入観で物事を量る悪い癖を正したくてな、頭下げて訓練場までご足労願ったんだ」
アーベルの肩の上で敬礼をするユリアとその下の肩章に、隊員達の顔は驚愕に染まった。
慌てて立ち上がり敬礼する彼らに、アーベルも答礼を返す。
「企画立案はナカジマ三佐ですから、くれぐれもそこの処は理解して下さいね」
「ま、そういうわけでな、ちょいとお前らに、捜査の基本ってやつを思い出して貰おうと考えたわけだ。
ユリア・マイバッハ三士はユニゾン・デバイス……って言ってもわからねえか、魔導師と合体する妖精さんだと思っとけ。
で、単体ならこの嬢ちゃんは魔導師ランク未取得なんだが、ユニゾンすると術者の魔力を自在且つ精密に運用出来る。
准将は確か総合Eランクでしたかな?」
「ええ、そうです」
「いや、失礼ですがあれでEってのはあり得なくないですか?」
「自分が力入れて破れなかったあのバインド、軽く見積もってもAAはあったと思うんですが……」
ゲンヤはアーベルと顔を見合わせ、はあっと溜息をついた。
あちゃあと額を押さえている隊員は気付いた様子だが、エクセール陸曹他数名には、これも引っかけ問題だと伝わらなかったらしい。
「エル・シノア、さっきから言っとるだろう。
先入観で物事を量るな」
「クララ、僕の局員経歴出して」
“了解です”
「エクセール陸曹、僕は正真正銘、総合Eランクの魔導師だ。
これで納得できるかな?」
「ええ、た、確かに……」
「それは初等部の頃、学校の授業で取った資格なんだ。
以来一度も更新していない。マイスターには必要がないからね。
でも今は……魔力量だけはAAAに届いたよ」
「AAA!?」
「そりゃエルがバインド破れねえわけだ……」
「……あ!」
「そういうことだ、エル・シノア。
ご本人の前で言うこっちゃないが、見事な欺瞞だ。
まあ、そこにちょいとユリア嬢ちゃんってフレーバーを加えて、間違いではないながら見せかけの挨拶を頼んだ。俺があんな態度とってたのも、その助長ってやつだな。
技本406は戦闘部隊じゃねえって、お前らは思ってたろう?
そんな先入観なんぞあてにならんってのは、これでわかったはずだ。
捜査でそんなことにならねえように、普段から相手疑ってかかる癖つけとけよ。
……命に関わるからな」
……なんと度量の広い人物なのだろう。
愛妻を亡くしてまだ数ヶ月と経っていないのに、ゲンヤはそれを口に出来るのだ。
小さな悲しみを同時に感じつつも、部下たちをクイントのような目に遭わせたくないというゲンヤの心の内は、アーベルにもしっかりと伝わってきた。