自分自身でも理解しているが、鹿倉胡桃というのは短気で喧嘩っ早い。自己分析するに昔馴染みの二人がどちらかと言わずとも『待ち』の体勢でいることが多いために自然とこうなったのではと思っているのだが、その二人は昔からこうだったと寝言を言っている。
昔はそういう切っ掛けで二人に襲いかかりもしたものだが、最近は体格の差で返り討ちにあうこともしばしばだ。特に普段運動をしないシロが適当にやる関節技は無駄に痛いし絶対に身体に悪い。格闘技が体重で階級分けされている理由を身体で理解する日々である。
そんな関節技の下手くそなシロや生真面目な塞とこれまでやってこれたのは、なんだかんだこの性分のおかげとも思っているので短気も喧嘩っ早いことも決して悪いことだとは思っていないのだが、同じようなタイプが視界に入るとやたら目につくようになってしまったのはこの性分の難点と言えるのだろう。
はっきり物を言い、やりたいことをやり、仲間を連れ回し、何だったら年下をこき使う。
竹井久の顔を見た時、これは自分の同類で、かつ自分よりも相当に捻じれた性格をしていると直感できた。
直接会ったことはもちろんないが、正直竹井久にはあまり良い印象がない。あの京太郎がやたら世話を焼きたがる宮永妹に加えて、例の原村某がいると聞いた時には皆で不貞腐れたものだがそれが杞憂と解ってからは清澄の人間関係にも目を向ける余裕も出てきた。
京太郎が珍しく長所しか言わない染谷まこにマスコット枠なものの凄まじく仲良しな気配を感じる片岡優希。原村某は一緒にバイトをすることになったそうだが、それでもまだ特別な進展はないらしい。自分だけでなくシロも塞もあれが京太郎の好みが具現化したような女だと思っていただけに、この進展のなさは物凄く意外でもあるのだがそれはさておき。
胡桃の目を一番引いたのが部長である竹井久だった。何というか……いじめられてない? という雰囲気が、京太郎の文面から漂ってきていたのだ。力仕事とかお使いとか。一年生で唯一の男子である。女所帯なのだからその扱いは普通というか、京太郎なら率先してやるのは想像もつくのだが、その割合が多い気がするのだ。
京太郎が断らないからってこき使っているのなら、岩手と長野の距離を超えて一言言ってやるのも辞さない。そのつもりで今日この日をシャドーボクシングをしながら待っていたのだが、実際に竹井久を前にした上で振り返ってみると、日々のあれは何というか、気になるあの子の気を引くための行いが、空回りしているだけなのだと気づいた。
早い話がとんでもなく不器用なのだ。デキる女の雰囲気をそこはかとなく出しているのに恋愛方面に関しては見紛うことなきポンコツである。自分に似た所があると感じていたのもあって、そこまで解ると久に親近感が沸いた。
「今どきツンデレなんて流行らないからさ。自分に正直に生きた方が良いと思うよ」
「何の話!?」
「京太郎の話。試しに今日の夜にでも甘えてきなよ。京太郎なら優しくしてくれるよきっと」
「不純異性交遊がどうとかで私を蹴落とそうとしてない?」
「してないしてない。私と同じタイプの同級生が迫ったらどういう反応するのかってデータが欲しいだけ」
「私と鹿倉さんそんなに似てる?」
「ベースは同じだと思うよ。進化の時に使った石が違うとかそんな感じ」
例えがぴんと来なかったのか久がむむと唸ってしまう。暗黒進化の方が良かった? と例えは置いておくとしてもシンパシーを覚えた胡桃からすると似てる、同類というこの感覚は当事者ならば皆感じるものかと思っていたのだが久の態度を見るにそうではないらしい。
当面は視点が違えば見えるものも違うのだろうと納得する。誰が誰と似ていようが現状どうでも良いのだ。今注力すべき所はこのやみのいしで進化しそうなきまぐれぶったさみしがりあくエスパーを京太郎に甘えさせること。
しかし妙案は思いうかばない。それもそのはずだ。自分に似ている人間を甘えさせる方法がぽんと出てくるのであれば、自分はとっくに上手に甘えているのである。世の中上手くいかないものだと頭を捻っていると、しずしずと歩いてきた三番目の選手が胡桃たちの近くで立ち止まった。
目に痛いくらいの白に目が覚めるほどの朱。世紀末はこれとメイドが世を席捲したと聞くが彼女らはブームに乗った痛い人ではなく本職である。
歩き方に品があればただの立ち姿にも隙がない。こういう所に育ちの良さが出るのだなと思った胡桃だったが、ご家庭の経済規模としては中の上くらいの京太郎の姿勢はこの巫女さんに負けないくらい綺麗であるので結局は本人の努力次第なのだろう。自分が育ちが悪く努力もしてないと暗に言われているようで気分が滅入る。
「改めまして。滝見春です。京太郎からは『はるる』とかわいく呼ばれています」
垂れ気味の目にちょっと力を込めてふんすと立派な胸を張る。巫女の衣装のお嬢さんは鼻息もお上品なんだなと感心しながら、久と顔を見合わせる。
「仲良くしなくても良いけど喧嘩をするなって京太郎が言ってるって伝えたってうちの先鋒から聞いてるんだけど」
「一言自慢。皆でおーって言って終わり。喧嘩じゃない」
中々理屈を捏ねてくるものである。喧嘩がしたい訳ではないが主張はしたいという気持ちは解らないでもない。とにかく恋敵相手に何かしたいのだ。そもそも喧嘩禁止と言い出した先鋒二人は喧嘩した末に京太郎の使いのタコスの仲裁があってようやくやめたのだから、ちょっとくらいばちばちしても許されて然るべきだ。
(こういう気の緩みがケンカに繋がるんだけどね……)
だが付き合いの長い間柄であればケンカもまた季節の挨拶のようなものだ。鹿児島の巫女美少女の提案に是非とも乗りたい所であるが、かわいく呼ばれているに匹敵するような現在進行形のエピソードは早々ない。ありえそうな話を膨らませて捏造というのも考えないではないが、後でバレた時のやるせなさが問題である。
少しだけ考えを巡らせた後、結局胡桃は昔から現在に至るまでずっと思っていることを口にすることにした。
「私は見ての通り小柄で不便なことばっかりだけど、すっぽり抱きかかえられるっていうのは悪くないと言うか……まあ特権だよね」
「私は抱きつこうとすると避けられることが多い。妹分どもはおもちでも受け入れてるのに……」
「年下が可愛いんじゃない? 友達年上の女ばっかりみたいだし」
京太郎の交友関係についてはほとんど把握していないと言っても良いが、側聞するに年上かつ女性が九割を超えるだろうというのが宮守の見解である。長野にいって同級生の話を立て続けに聞いた時には耳を疑ったものだが、しばらくしたらその比率も年上に戻りつつあるようだった。年上の女子にとっては良い傾向である。
同級生とそれ以外ならばそれ以外のほうが多いのだからそうなるのは当たり前ではあるのだが、高校生の時分で年上のしかも異性が圧倒的に多いというのはいかがわしいことが大好きなクソ野郎でもなければ須賀京太郎くらいのものである。
さて次はお前という視線が久に集中する。流れで逃げようとしていたのは気配で察せられた。四人揃っているのならばまだしもだが、四人目の姫松はまだ姿を見せていないのでそうはいかない。
久は口を開き――何も言わずに肩を落とした。適当に話を繋いでお茶を濁すのは不可能だと雰囲気で察したのだ。
「この間ね合宿をしたのよ」
観念して口を再び開いた久から出てきた『合宿』という単語に胡桃と春の脳裏にカウンターが一つ溜まった。それがただのお泊りであれば即実刑だったが合宿というのなら他にもいたのだろう。流石にIHを前に皆で京太郎に襲い掛かるような、話に聞く永水の巫女たちのような真似はするまい。腕組をして胡桃は無言で先を促し――。
「京太郎は泊まらないで帰ったんだけど二日目に執事の格好でお嬢様って私のこと呼んで手をひいてくれて――」
促したことを後悔した。執事コスでサーブというのが心の底から嬉しかったのだろう。一度気が乗った久は短い時間の中でもこれをしてくれたあそこが良かったと矢継ぎ早に語り始める。
永遠に続くと思われたそれが止まったのは、視界の隅に姫松の赤毛が見えたからだ。あ、と短い音で話を区切った久を横目に、胡桃と春は顔を見合わせる。岩手と鹿児島。遠く離れた場所に住む女子高生二人の心は今一つになっていた。
「宮守裁判長判決を」
「死刑かな」
「酷くない!?」
「いや言っていいことと悪いことがあるって言うか何事にも許せるラインと許せないラインがあるっていうか……竹井さんもこっちで同じこと聞いたら私たちの気持ちが解ると思うよ」
「しかし情状酌量の余地はあると思う。写真とかありませんか」
「あるけど試合終わってからで良い? ちょうど布教兼自慢できる人を探していた所なの。沢山あるから楽しみにしてるといいわ」
「ごめん、竹井さんのこと誤解してた」
「私も」
「良い試合ができそうで安心したわ」
話が軟着陸したことを理解して穏やかな笑みを浮かべた久と、皆で手を取り合う。人類皆シスターと穏やかなオチがついた雰囲気の中、三人が心中で考えていたのは『やはり京太郎本人以外の情報源は必要だ』という実利優先のことだった。
恋敵と言えども全ての部分で相争うという訳ではない。今同じ学校同じ部活にいるというアドバンテージは何ものにも代えがたい有利なこと。恋する少女は理由さえあれば手を取り合える。部のメンバーは仲間ではあるが、仲間というのはいつもいつでも横並びでいるものではないのだ。お互いが友情と打算を噛みしめ合い手を取り合っている中、最後のメンバーがのしのし歩いてくる。
「やー揃っとるな。遅れてごめんやで。出掛けにちーとトラブってなあ」
姫松高校中堅愛宕洋榎。千里山の監督で元トッププロである愛宕雅枝の長女であり、姫松麻雀部の主将である。大阪選抜にも選ばれた関西でも有数の選手は、その母譲りの愛嬌のある目に笑みを浮かべ、胡桃でも春でもなくまっすぐ久に視線を向けた。
「須賀某ってのは清澄の1年やろ?」
「須賀京太郎のことだったらそうね。うちの一年で唯一の男子部員よ」
「そやそや京太郎や。その京太郎のかっちょいいグラビアにうちのおでことおでこがメロメロになってもうてな。それでうちのおでこがキレて大変やったんや」
『かっちょいいグラビアってなに!?』
「できればおでこに突っ込んでほしかったんやけどなー……てなんや、清澄のも知らんのかい」
全員の視線が久に集中する。確かに久が知らないのはおかしい。取材に対する最低基準はどこの高校でも同じはずである。部員に対する取材は学校と本人に必ず許可を取ってから行うようにと協会と取材陣の取り決めがあるのだ。
宮守はシロがどんな内容でも全て断ると学校に言ってあるためシロ個人への取材は全て弾かれているが、それでも取材の申し込みがありましたという話は学校から監督を通じて部まで降りてきている。通常ならば部員が取材を受けて部長が知らないということはないはずなのだ。
男子部と女子部できっちり分かれている学校であれば男子の京太郎の情報が入って来ないということもあろうが、京太郎の話では清澄は男女で一つの麻雀部である。内部で別れていたとしても対外的には関係ない。
皆の視線を受けて、久は腕を組み視線を彷徨わせた。
「聞いてたら絶対に覚えてるはずなんだけど……それいつの話?」
「県大会の時の写真って話やな。なんや、県の広報誌をうちの監督がツテで入手したとか何とか言っとったなー」
「それでかー」
全国大会の県大会予選はどの都道府県でも中継が入るため、エントリー用紙は『対局の様子を電波を始めとした公共の媒体に載せても良い』という同意書を兼ねている。取材をシャットアウトしている選手でも容姿がある程度広まっているのは対局の様子はオープンになっているためだ。
協会の発行する対局のレポートについてもこの同意に含まれるので、協会発行の広報誌ならば改めての取材の申し込みはおそらくない。載せますよという連絡は流石に本人には言っていると思うが、京太郎の性格からしておれ雑誌に乗りましたと触れ回るとは考えにくい。
加えて今は全国大会の最中である。その予選である県大会の様子は既に細かなレポートもまとまっているだろうが、長野支部の冊子が既に大阪にあるというのは中々の超特急である。発行したものが手元に来てすぐに、あるいは見本ができた段階で発送したと思われるので姫松監督のツテというのは中々に強力である。
「その冊子っていつ届くの? ちなみに出発前にはまだ部室にはなかったわ」
「ごめん。同好会の届け出をしたのが去年のIHが終わってからで部になったのは今年に入ってからなんだ」
「私は去年中学生」
「予選の広報誌なら盆休みに入る前には届く思うで」
「流石全国区。頼りになるわ」
「せやろー? まぁ府大会予選の広報誌は実質うちらの特集号やからな。毎年皆楽しみにしてるんや」
「千里山は載らないの?」
「それは北向け……あぁ、大阪協会は一つやけど予選は南北分かれとるからな。北向けと南向けで二冊出て、どっちも送られてくるんや」
「大きいところは大変ね」
「府内の大手とは最低年一で練習試合組んどるから言うほどキタミナミで分かれとる気はせえへんのやけどなー」
さて、と洋榎がぱんと手を叩く。それで皆意識も切り替わった。雑談はここまで、という無言の主張を全員が理解したと察した洋榎は、にやりと笑って親指で卓を示した。
「後は牌で語ろうや。愛宕洋榎の全力見せたるわ!」
(見せたるわ! と啖呵を切るだけのことはあるわね……)
流石やなーと心中でふざけてみても空しいばかりである。
対局開始から既に三局。対局相手の実力を肌で感じてみた結果理解できたことは、自分を基準とした場合愛宕洋榎の実力が頭三つは抜けていることだった。
愉快な立ち振る舞いとは対照的に洋榎は防御型の選手の代表として語られる。とにかく放銃が少なく、その上でチャンスを逃さずに手を形にしてはアガりを物にし最終的に勝利する。技術で勝つの理想形の一つだ。
『美穂さんほど人を見てる訳ではないみたいですね……分類上ではまこさんが近い打ち手です』
『そりゃワシの比じゃなかろうからな対局数が』
経験を糧にできる割合というのは人それぞれであるが、洋榎はそれが群を抜いているというのが京太郎の分析である。トッププロの娘として生まれ小学生の頃から全国区で名門チーム名門校とステップアップを重ね、今は関西の名門校の主将で三年生。隙がないにも程がある経歴である。
長野では美穂子がこれに近い経歴であるが、風越と姫松では部員数を取っても倍近い開きがある。その他資金力、全国から集まる選手層の厚さ、プロになったOGの数と県内トップクラスと全国トップクラスの差は歴然としていた。南北大阪が全国有数の激戦区であることを差し引いても姫松千里山に行きたい。そう考える選手は全国数多く存在するのである。
『後打ち回しを見るに空気を読むのが上手そうです。手が進んだと聴牌してるかは居眠りしてても解るレベルかと』
『沢山経験を積んだらそこまでできるの?』
『沢山経験を積んだことがないので分かりません』
はははと悪気なく笑う京太郎の頬を指で突いた感触を思い出しつつ、練習の末に最近ようやく広がった視界で卓を見ながら選手も同時に観察する。
永水と宮守は巡り合わせが良ければ狙い撃ちできる。それぞれ脅威は感じるがそれが尖った部分として見えるが故に相応に凹んだ部分も見える。それらが長所で、それらが短所だ。相手の得意な部分で勝負する必要はない。弱点を狙い撃つ。それができるようになるまで待つ。
京太郎や美穂子ほど満遍なくとはいかないが、弱気を察して容赦なく責め立てるのは本来久の得意技でこの感性には自信を持っていた。中学生の時分はこれで全国の頂点にと恥ずかしいくらいに粋がっていたものだが、その感性をもってしても愛宕洋榎には隙が見えなかった。
京太郎や美穂子にさえ見えるとっかかりが洋榎には全く見えない。図形に例えるとしたら彼女は円に近い形をしている。得意の防御を起点に残りの要素を組み込んで行くという、相対的に苦手な要素でさえ高水準でまとまっている。傍目に見れば苦手な所がない完璧な選手だ。
これを素の運の高さが後押ししている。突き抜けた破壊力こそないが平均打点そのものは決して低いものではない。中堅にエースを置くという伝統を守る姫松が、自信を持って中堅に置いているだけのことはある。今まで打ったことのある選手の中で一番やりにくい相手だ。
(これならまだ靖子の方が勝てそうね)
だが救いがあるとすればこれが四人でやる麻雀ということだ。やりにくい相手がいたら何もその相手を倒す必要はない。沈める相手は何も洋榎でなくても良いのだ。幸い他の二人はあくまで洋榎に比べればであるが与しやすい――。
「ツモ!」
その発生に久の動きは完全に止まった。点棒を出すのも忘れて、胡桃の開いた手牌をじっと見つめる。聴牌どころか手が進んだような気配も感じなかった。京太郎のようにポーカーフェイスが上手い訳でもなく極まった時の和のように表情が常に一定という訳でもない。
にもかかわらず今アガられるまで聴牌しているかもと感じさえしなかった。自分や音に聞くSSSのように狙い撃つのではない。待ち伏せて仕留めるとでも言うような、久からすれば実にいやらしい打ち回しだ。
ちら、と胡桃が視線を送ってくる。彼女は薄い胸を張って得意そうに笑った。
挑戦と受け取った。面白い。そもそも相手がやりにくいからとかそんなことを考えるのは竹井久の流儀ではない。やりたいようにやっていつの間にか勝つ。それが『らしい』というものだ。
『貴女が竹井久であることを忘れなければ勝てますよ』
心で炎が燃え上がるのを強く感じる。姫松の主将だろうが全国の会場とか知るものか。悪待ち得意な捻くれ女の麻雀。その身で味わうがいいのだ。
「おねーちゃーん……」
「絹!」
対局を終えて控室に戻る道中、その控室の方からやってきた妹に洋榎は相好を崩した。中学までスポーツ少女だった絹恵は普段は快活で部でもムードメーカーなのだが、これから試合だというのに背中を丸めてどんよりとしていた。妹の予想通りの姿に洋榎は笑みを深くする。
「お説教終わったんか?」
「そりゃ次は私の番やから。その代わり漫ちゃんまだ正座中やけども」
「恭子もキレとったからなぁ仕方ない」
試合もそっちのけで冊子に見入っていた漫に絹恵も食いつき、それを見かねた恭子からついに雷が落ちたのだ。洋榎が控室を出る少し前のことである。貴様らには名門レギュラーの自覚が足らんとガミガミやっているのに見入ってしまったせいで試合の合流が一番最後になったのだ。
愛する妹が正座させられてしょぼくれているのを見るのは姉として忍びなかったが、怒っている恭子というのはそれはそれは怖いものであるので断腸の思いと全き保身のために見ないふりをすることにした。デキる姉とて怖いものは怖いのである。
「須賀某のことやけど情報収集したったで」
「ほんま? 何か解ったん須賀くんのこと」
しょぼくれていた絹恵が急に元気になる。まだ写真しか見ていないというのによほど刺さったのか食いつき具合が半端ではない。
「少なくとも今日戦っとる三校の中には彼女おらん。清澄の部長も彼女おらんって認識やしウチの勘もおらん言うてる」
「……会ったこともない子の恋愛事情とか分かるもん?」
暗に『お姉ちゃんも彼氏いたことないのに……』と言われているのは解ったが気にしないことにした。とにもかくにも解る時は解るものなのだ。
意図して見えるものでもないのだが、うちのおでこどもが夢中になる須賀某はどんなやろと考えながら打ったのが原因か。対局した三人を通して『須賀京太郎』というのがぼんやりと見えてきた。
三人が彼をどう思っているのかもだ。全員の矢印が相当に太い。特に清澄の部長のそれは存在感が強いように思えた。今まで恋愛に興味を持ったことがない手前、自分を尺度にはできないのだが、母雅枝が父に向ける感情と大差ないレベルであることを考えれば、少なくとも清澄の部長は相当に本気なのだと察せられる。
「そりゃあウチが愛宕洋榎やからな!」
面倒くさい諸々をその一言で片づけると絹恵はそうかーと納得してくれた。
「麻雀好きなのは間違いないみたいやからな。幸い絹の相手はあのピンクや。麻雀強いデキる女アピールしたれ」
「相手、インターミドルのチャンプやで?」
「チャンプもジャンプもあるかいな。とっかかりの一つ二つ作っといた方が後の話もまとまりやすいやろ。まずは行動や。どーんと行ったり」
「わかったわぁ。それはそうとお姉ちゃんも、そろそろ彼氏作ろうとか思わへんの?」
「来年にはプロやからな。まだしばらくはえーやろ」
母雅枝は初彼氏が今の夫であるからか、娘二人の恋愛事情に何かと口を挟みたがる。それで麻雀がおろそかになったら問題だと思うのだが、ここもちゃんとできた自分が基準であるだけにある種の信頼を向けているようだ。
娘として母からたまには男作れという無言の圧力を感じる日々であるが、絹恵が彼氏に求めるのはこう! という明確な基準があるように、洋榎にも譲れないものがあった。
「前から思っとったんやけど、お姉ちゃんの基準高ない?」
「他はどーでもいい言うてるんやからむしろ低いやろ。面は良いに越したことはないけど二目と見れんような不細工でなければどうでもええ。銭はウチが稼ぐから生活能力なくても問題ない。ウチが求めるんはただ一つ」
「ウチの夢、カピバラを飼うのに文句を言わんことや! カピバラのお世話が得意でついでにウチの世話もできて、顔が良くて麻雀得意で家事万能な男がおったら部室棟の横の木の下に埋めてくれてかまへんで! まぁそんなウチに都合の良い男おらへんやろけどな!!」