セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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11 中学生一年 宮永家姉妹喧嘩導入編

1、

 

 話してみると宮永咲という少女は、やっぱり見た目通りの性格をしていた。

 

 とにかく人見知りをするのだ。男である自分が話しかけ、反応が返ってきたのは奇跡のようなものだろう。女子とすらあまり話しているところを見かけないのだから、その奇跡っぷりが伺える。いじめられている訳ではないようだが、誰もが皆、咲との距離を掴みかねていた。

 

 クラスメイトの期待の視線から、自分が咲の友達第一号であると察した京太郎は、何が何でもこのポジションを逃すまいと、距離を取ろう取ろうとする咲にぐいぐい近づいていった。

 

 しばらくするとこの男は諦めが悪いと察した咲が折れ、自分から話をするようになった。学校ではほぼ唯一の話し相手ということで、そうなってしまうと咲も結構饒舌だった。休み時間などは主に京太郎が聞き役になって、色々な話をした。

 

 当然、話題は照のことになる。

 

 お姉ちゃんはね、というのが咲の口癖のようなものだった。よほど姉のことが好きで、尊敬しているのだろう。話の端々からそんな感情がにじみ出ていた。少し前から世話になっているという話をすると、自分のことのように咲は喜んだ。お姉ちゃんは凄い人でしょうと、座った目で同意を求めてくる咲に京太郎は黙って同意した。

 

 姉のことになると、咲は少し怖い。文学少女な面が成りを潜めて、麻雀をしている時の照のような雰囲気になるのだ。

 

 姉妹なのだな、と思う瞬間だった。麻雀の実力が血統に左右されるとは思いたくないが、あの照の妹なのだから、麻雀が強くても不思議ではない。

 

「一緒に麻雀しないか?」

 

 と、京太郎が誘うのも自然なことだったが、その提案に咲は表情を曇らせた。とんとん拍子で話が進むと思っていた京太郎は、咲の反応の鈍さに首を傾げる。

 

「私、あまり麻雀好きじゃないの」

「そりゃまたどうして」

「それが原因でお姉ちゃんと喧嘩したから」

「喧嘩ねぇ……」

 

 麻雀をしている時の照はインターミドル覇者と言われても納得の雰囲気であるが、普段の不思議さんの入った照を見ていると喧嘩と言われてもそれほど深刻なものに思えない。咲の顔は深刻そのものであるが、本人達にはとってはそうでも客観的に見たらくだらないことが原因ということも考えられる。

 

 これもそうなのだろうと決めてかかりそうになるが、原因が麻雀となるとそうも言っていられない。麻雀が絡んだ時の照は、まるで魔王だ。それで何か、照の逆鱗に触れたのなら、根が深いというのも頷けた。

 

「仲直りしたいと思わないのか?」

「思うに決まってるでしょ!? でも、お姉ちゃん口も利いてくれないし、目も合わせてくれないし、来年は県外の学校に行っちゃうかもしれないし……」

 

 最後の言葉は、京太郎にとっても人事ではなかった。照ほど強ければ全国の強豪校から引く手数多だろう。長野にも風越や龍門渕などの強豪校はあるが、より強い学校は全国にいくらでもある。照がそれを選ばないという保証はなかった。妹の咲と口も利かないような状態なら、咲から離れるために遠くの学校を選ぶ可能性が高いように思えた。

 

 咲が照を好きなのはもはや確認するまでもないが、照の方がどう思っているのか京太郎には解らなかった。照から話を聞けていたら早かったのだが、照から家族についての話を聞いた記憶はない。他人である自分にまで意図して妹の影を掴ませなかったのだとしたら、喧嘩というのも随分と根が深い話になる。

 

 いずれにしても、照が県外に出てしまうと修復は難しくなるだろう。やるなら進路が決定する前にやるしかない。インターミドルの予選がもう少しで始まる。それを邪魔しないためには、今すぐにでも動かなければならなかった。

 

「宮永、もし照さんと麻雀セッティングできたら、やるか?」

「やりたいけど……できるの?」

「やる。それから、ついでに仲直りもしておこう。できれば照さんに麻雀で勝ってほしいんだが……」

 

 無理なら別に良い、くらいの気持ちでの質問だったが、京太郎の問いに咲は全く躊躇いなく頷いた。

 

「解った。仲直りできるなら、お姉ちゃんに勝つよ」

「随分簡単に言うな、お前」

 

 インターミドル覇者に簡単に勝てるなら、誰も苦労はしない。咲の虚勢かと思ったが、その視線に戸惑いはなかった。本気で勝てると信じているのだ。

 

 何となく、二人が喧嘩した原因が見えてきたような気がした。麻雀をさせれば、咲が勝てばと思っていたのだが、そこまで話は単純ではないのかもしれない。

 

 とにかく、全ては照と話をしてからだった。今日は照の都合が悪く、会うのは明日になっている。それまでに、打てる手は全て打っておかなければならない。もし照が本当に仲直りをしたくなければ話はそこで終わってしまうが、少しでも目があるならば、照が取りうる行動全てに対処しておく必要がある。

 

「ところで照さんって何が好きなんだ?」

「んー……おかし?」

 

 正攻法で行くしかないな、と京太郎は心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2、

 

「ところで照さん。俺、照さんの妹と同じクラスなんですけど――」

「私に妹はいない」

 

 食い気味の照の言葉に、話の前提を崩されてしまった京太郎はん? と首を傾げた。田中や鈴木ならばともかく、宮永というのはそんなにある名字ではない。加えて、咲と照の顔は他人と思えないほどに良く似ていたし、咲は照のことをお姉ちゃんと呼んでいた。実は親戚のお姉ちゃんという今更な可能性もないではないが、照の声音は咲との関係性そのものを否定しているようだった。

 

 その強い拒絶が京太郎には酷く不自然に感じられた。何かを隠している。そんな雰囲気である。

 

「親戚がこの学校に通ってるということは?」

「ない」

「そうですか。じゃあ、俺のクラスの宮永は」

「全く関係ないただの宮永」

「そうですか、よく解りました」

 

 取り付く島がないとはこのことだ。普通に攻めても照は本当のことを言わないと、京太郎は確信を持った。

 

 だから、攻め方を少し変えてみる。

 

「まぁその全く関係ない宮永の話なんですど、そいつ宮永マキって――」

「咲」

 

 とっさに、照の口から突いて出た言葉は、京太郎の望んでいたものだった。まさかこんなに早くボロを出すと思っていなかった京太郎は、にやにやとした顔で照を見る。

 

 照は顔を明後日の方向に向け、視線を合わせようともしなかった。照の耳は悔しさと恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。

 

「照さん」

「……」

 

 京太郎の呼びかけに、照は観念したように溜息を吐いた。

 

「宮永咲は私の妹」

「話が早くて助かります。喧嘩してるんですか?」

「それは京太郎には関係のないこと」

 

 前進したが、やはり取り付く島もない。照の態度は頑なで、簡単には切り崩せそうになかった。普通ならばこれで諦めていただろうが、一月ほどの付き合いが照の内面にあるものをいくらか京太郎に悟らせていた。

 

 喧嘩をしているのは事実だろうが、咲のことを語る照の声音に、憎しみはそれほど感じられなかった。不器用で屈折したプラスの感情が見て取れる。修復不可能なほどの深刻な喧嘩ではないはずだ。

 

 そしてそれは咲の方も同様である。嫌われていることを自覚しつつも、咲は関係を修復することを望んでいた。お互いに修復する意思があるなら、まだやりようはある。姉妹の橋渡しなど経験のないことだが、一人っ子として生まれ、年上の女性に面倒を見られて育った身としては、お互いを大切に思える血の繋がった姉妹が、仲違いしているというのは耐えられることではなかった。

 

「最近宮永と話をするんですけどね、あいつお姉ちゃんの話ばっかりするんですよ。お姉ちゃんのことが自慢なんだって、俺に話してくれました」

 

 自慢のお姉ちゃんはまだ視線を逸らしたままである。興味がないという風を装っているが、耳が留守になっていないことは雰囲気で解った。他所行きでない時の照は顔にこそ出ないが、態度には良く内面が出る。隠し事のできないまっすぐな性格なのだ。これは、咲とも同様である。

 

「照さんも見れば解ります。宮永のことは別に嫌いじゃないんでしょう。俺としては仲良くしてほしいんですが……どうでしょう、俺も含めて麻雀でもしませんか?」

 

 断る、と即座に返されると思っていたが、照は京太郎の提案に押し黙ってしまった。随分な食いつきに、逆に驚いてしまう。思っていた以上に照の食いつきが良いのだ。これは簡単に話がまとまるかと、淡い期待を抱いた矢先のことだ。

 

「私に良いことがない」

「姉妹仲を取り持った、ということじゃダメですか?」

「さっきも言った。これは私達の問題で京太郎には関係がない。咲の頼みを聞いて京太郎が提案してそれを私が受ける。咲にも、咲に貸しを作れる京太郎にも良いことはあるけど、私にはない。だから受ける理由がない」

「つまり何か良いことがあれば受けるってことですか?」

「良いことの内容による」

 

 言うだけ言って照は聞く体勢に入った。思っていた以上に食いつきが良い。条件を出されることも予想通りで、想定していたよりも大分緩い条件と言えたが、具体的な要求をされないというのもそれはそれで困る。

 

 照がじーっとこちらを見つめている。その視線にそこはかとない期待を感じた京太郎は、結局気の利いたものは何も思い浮かばず、用意していたものの内一番の正攻法で攻めることにした。

 

「照さんが勝ったら、俺の手作りで良ければケーキをご馳走しますよ。一週間に1ホールを一月――」

「やる」

「いや、もう少し考えてから決めた方が――」

「やる。必ずやる。そして勝つ」

 

 いつにない強い決意を照から感じた。食いしん坊キャラだとは思っていなかっただけに、京太郎も若干引き気味である。

 

 いずれにせよ、一番の難題だった勝負を受けてもらうということは解決することができた。これなら仲直りも簡単にできるのでは、と思った京太郎は、

 

「宮永と仲直りするなら期間を三ヶ月に延長しますがどうですか?」

 

 冗談のつもりで言った提案に、照は押し黙った。真剣に悩んでいる様子だ。咲の話を聞いた時にはそれなりに深刻に思えた喧嘩の原因が、ケーキで揺らいでいる。

 

 もしかしてどうしようもなくくだらない理由で喧嘩しているのではないか。そう考えると、態々仲直りのセッティングを言い出したことが急にバカらしくなってしまう京太郎だった。

 

 しかし、素人手作りのケーキでここまで悩んでくれるというのは、個人的に嬉しいことだった。趣味と言えるほどではないが、料理は今まで年上の女性とつるむことが多かった故に自然に身についた特技である。たまに作るくらいなので自分ではそれほどではないと思っているが、お菓子などの甘いものはそんなレベルであっても大抵女性受けは良かった。今までと比べても、照の反応は格段に良い。

 

 やはり食いしん坊キャラなのかと、インターミドル覇者という言葉から作られていたイメージが、がらがらと崩れ落ちていくのを感じる京太郎だった。

 

「……これは、私達の問題」

 

 結局はプライドが勝ったようだった。物凄い葛藤をしたという照の顔を見て、勝負の結果に関わらずケーキはごちそうしようと思う京太郎だった。

 

「それじゃあ、ルールを決めましょうか」

「面子には必ず京太郎と咲が入ること。それだけ守ってくれれば、ルールも残りの面子もそっちが決めてくれて良い」

「場所はどうします?」

「うちに全自動卓がある。住所は咲に聞いて。日程と面子が決まったら連絡すること。その日は必ず予定を空ける」

「何か、色々とすいません」

「謝るくらいなら、最初からこんなことはしないで。でも、機会を作ってくれたことには感謝してる。私たちだけなら、多分一生このままだった」

「照さん……」

「だからこそ手は抜かない。後一人が誰でも、全力で相手をして私が勝つ。咲にもそう伝えてほしい」

 

 いつもの分かれ道に差し掛かるよりも先に、また明日と言い残して照は足早に行ってしまう。『さよなら』でなくて良かった、と思いながら京太郎は最後の一人を誰にするか考えた。

 

 勝つだけで良いなら咏に頼むべきなのだろう。京太郎の知人の中では彼女が一番麻雀が強い。何しろプロであるからそれも当然と言えたが、中学生の勝負にプロを出すのはいかにも大人気ないと京太郎でも思った。小学生を全力で叩き潰す咏のことだ。頼めば喜んで照を吹っ飛ばしてくれるだろうが、それでは余計に話が拗れてしまう。

 

 誘うにしても中学生であるのが最低条件だろう。照が三年生で良かったと思いながら脳裏で『麻雀の強い中学生』と検索をかけて、最初に思いついたのは小蒔だった。我ながら良い人選だと思ったが、彼女は遠く鹿児島にいる。

 

 それでも人の良い彼女ならば引き受けてくれてくれるだろうが、その時は霞や初美に一連のことが知られることになるだろう。『そんなこと』に神代本家の姫様を担ぎ出したとなれば、霞に何をされるか解ったものではない。姉妹関係の修復は大事だが、その代償に霞に色々されるのは嫌だった。小蒔に頼るのはNGである。

 

 同様に憧や玄に頼むのも気が引ける。住んでいる場所が遠いというのは、中学生にとっては大きなネックだった。可能な限り近くに住んでいて麻雀が強く、急な頼みも引き受けてくれる仲の良い相手。

 

 そこまで条件を絞ると、流石に一人しか残らなかった。携帯電話を取り出して、コールする。

 

 ワンコールで出たその少女に、京太郎は開口一番に言った。

 

「モモ、麻雀しないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3、

 

「ツモ、嶺上開花」

 

 親番になっても咲の勢いは留まらなかった。既に積み棒は三本。東パツのアガリを含めて四連続のアガリ。内、三回は嶺上開花でアガっていた。どれだけ勘の鈍い人間でも、これで咲が特別なのだということは理解できるだろう。

 

 楽観的に物を考えそうな優希すら、今では真剣な表情で卓に向かっている。東場で吹く彼女ですら咲のアガリを上回ることはできていない。顔を見るに手は入っているのだろうが、それを潰す形で咲が動くのだ。

 

「ポン」

 

 優希の③を咲がポンする。その次のツモ。

 

 

 東2局 親咲 三本場 ドラ9

 

 

 ①①赤⑤⑥666778 ツモ9 ポン③③③ ドラ9

 

 

 咲は7を切った。気になった優希の手を覗くと、

 

 

 四五六七④⑤⑥456789

 

 

 9を予定通りにツモっていたらドラ頭、高め三色の三面張だった。優希の運ならば高めをツモっていただろう。咲のリードで始まったこの半荘に一石を投じるには十分な手である。

 

 それを咲は潰した。意図的にやったのではない。超攻撃的な咲の麻雀において、防御というのはあまり重要ではない。京太郎と照が教えたのは最低限の読みだけで、それ以外は全て攻撃の幅を広げることに専念させた。

 

 守りに入るくらいなら、より稼ぐ。理想は自分だけがアガり続け、他人をさっさと飛ばすこと。コンセプトとしては照と同様であるが、咲の打点は最初から高い。一つ一つの攻撃の重さは、照以上だ。飛ばすことだけを見れば有利ではあるものの、その反面、照ほどテンパイスピードは早くない。

 

 アガり切るには技術が必要だ。これは照にあって咲にはないものである。理論を教え込もうとはしたが、咲の頭の出来はそれほど良いものではなかった。いずれは理解するだろうが、それでは時間がかかる。

 そこで目をつけたのが、鳴き麻雀だった。

 

 他人の捨牌を含めて考えれば、手の構築はより深い物になる。刻子に関する感性は、誰よりも鋭い咲である。配牌を見てどの牌が最終的に刻子になるかを本能的に理解している咲は、同様にその対子をポンした時、それがやがてカンできるかも察することができた。

 

 加えて、嶺上牌の信頼度である。プレイヤーとして座っている時、咲の嶺上牌の的中率は何と100%。ガン牌しているとしか思えないほどの的中率で、そこに何があるのかを看破するのである。

 

 嶺上開花に対する絶対の信頼が、咲の麻雀の根幹だった。それ故に、手作りも通常の効率を無視して、嶺上開花でアガれる形、そしてそれに繋がる形での手作りを前提にする。

 

 極めて特殊なうち回しは、見ている他人の心を波立たせる。特にデジタル打ちは咲の打ちまわしは肌に合わないだろう。和は京太郎の隣で咲の打ちまわしを見守っていたが、自分では絶対にやらないことの連続に、気分が悪そうにしている。

 

「別に他の人のを見てても構わないんだぞ」

 

 小声で言った京太郎に、和は静かに首を横に振った。

 

「自分と違う考えで打つ人には、中々巡り合えるものではありませんから。これも勉強だと思って、最後まで見ます」

「デジタル打ちには理解できないうち回しだろう」

「これを教えたのは須賀くんなんですか?」

「これ以上はないってくらい咲に合ったうち回しだろう。防御は追々ってやってる内に、後回しになっちまったけど……」

 

 ある程度理論によって動く照とは逆に、咲は感性で打ち回す。手を読むということはほとんどできないが、その代わり研ぎ澄まされた感性で相手の手を理解する。その牌が危険、というのは何となく解るらしい。

 

 だが、それはあくまでも何となくだ。加えていつも警告してくれる訳ではなく、集中が上手く行っていないと危険牌でもぶっ通すことがある。アガりが重なって調子に乗ると、そうなる傾向が強い。ポンした③は、やがてカンするつもりなのだろう。嶺上牌は④か⑦のはずだが……

 

 京太郎は久を見た。咲の動きを注視する彼女は、虎視眈々と何かを狙っているように思える。京太郎が咲の席に座っていたら、間違いなく回すことを選んでいただろう。捨て牌、雰囲気、牌の切り方。諸々の情報を加味すると、久は既にテンパっている可能性が高い。

 

 咲は③をツモった。案の定、咲はノータイムで加カンし、王牌に手を――

 

「ロン」

 

 伸ばせなかった。してやったり、という顔で久が牌を倒す。

 

「チャンカン、三色、アカ、ドラドラ。ハネ満の三本場、12900ね」

 

 しかも、高い。咲が呆然と久のアガり形を見つめている。自分が当たられたというのが信じられないのだろう。つま先で椅子を軽く突付くと、咲は慌てた様子で点棒を差し出した。

 

「ありがと。でもチャンカンなんて久しぶりにアガったわ。狙ってできたのなんて、初めてよ」

「狙ってたんですか?」

「悪い待ちが得意だって言ったでしょ? アガれると思ったら本当にアガれちゃったからびっくりしちゃった」

 

 びっくりというのもポーズというのは、京太郎にも解った。アガれるという確信が久にはあったのだろう。咲が嶺上開花を得意とし、信頼するのと同じくらいに久は自分の悪待ちに絶対の信頼を置いている。そういう特性を持った人間がアガれると思った時は、本当にアガる時だ。咲に油断があったにしろ、それを形にするところに久の技術の高さと、運の良さが見える。

 

「先行逃げ切りで終わられたらどうしようと思ってたけど、これでまだ勝負になりそうね。貴女のお姉さんのおかげで中学生の時からず~っと『宮永世代』と呼ばれ続けた三年生の力、見せてあげるわ」

 

 その啖呵に、京太郎は目を細めて久を見た。久の言葉は、照と会ったことがあるという風に聞こえる。これだけ腕があれば、団体戦はともかく個人でインターミドルに出ていてもおかしくはない。他所から引っ越してきた訳ではなく、長野出身というのは昨日聞いた。インターミドルに出ているとしたら長野代表として出ていることになる。

 

 照がインターミドル二連覇を決めた三年前、当然のように照はトップで全国出場を決めた。咲と一緒に応援に行ったからその時のことは良く覚えている。高校生と一緒で、個人の代表枠は全部で三つ。トップが照、二位が現風越女子のキャプテンであり、去年の長野予選で透華と戦った美穂子。そして三位が――

 

「思い出したみたいね。私も昨日、家に帰ってから思い出したわ。宮永さんと一緒にいた金髪の中学生は須賀くんだったわね」

「部長は何というかこう……落ち着きましたね」

 

 記憶にある上埜久は良く言えばワイルド。悪く言えば不良然とした風貌をしていた。間違っても生徒会長などをやりたがる雰囲気には見えなかったのだが、今京太郎の目の前にいる久はにこにこと楽しそうに笑っている。顔が同じだから同一人物だとは思うが、双子の姉と言われたら信じてしまうかもしれない。

 

「私も色々あったのよ。さ、続きをしましょ。楽に勝たせたりはしないから、そのつもりでいてね」

 

 不敵に笑う久からは、今が楽しくて仕方がないという内面が見えた。この場にいる中で、最も麻雀を楽しんでいるのは、久だろう。その笑みに咲が気圧されたように身体を震わせる。

 

 気も漫ろなのが見ていて解る。これは荒れた場になるな、と直感した京太郎は深く溜息をついた。

 

 

 

 




モモに電話をかける京ちゃん何て奴だと思ってしまいましたが、それについては次回モモが文句を言ってくれることでしょう。

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