セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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青春ラブコメの方が絶不調なので筆休めに書き始めたこちらが普通に書きあがってしまいました……
あっちを待っている方ごめんなさい。年内にはアップできると思います。がんばります。
ちなみにこれで一年生編は終了です。

次回が千里山入学式になり、その後がモンブチ編になります。
モンブチ編はしばらく続きます。ころたんイェイ!


15 中学生一年 宮永照進学先決定編

「開いてるから入って」

 

 夏のある日。照に呼び出された京太郎は宮永家を訪れていた。インターホンを鳴らすと、照の淡々とした声が京太郎を迎える。鍵は既に開いていた。車庫に車は一台もないから、今日もご両親はいないのだろう。宮永家にはもう両手で数え切れないほど訪れたが、京太郎はまだ一度もご両親とは顔を合わせていなかった。いい加減挨拶くらいはしたいのだが、平日でも休日でも、父親母親どちらも家にいないのだから仕方がない。

 

 今はご両親よりも、友人である姉妹のことだ。勝手知ったる宮永家である。階段を上り照の部屋の前に立つと、ドアをノックする。『どうぞ』という照の声が聞こえると、京太郎はドアを開けた。

 

「にゃー」

「わ、わん!」

 

 ドアの向こうには、猫と犬がいた。無言でドアを閉める。ゆっくりと、深呼吸。夢である可能性、なし。部屋を間違えている可能性、なし。これは現実だ。それを踏まえた上で、京太郎はもう一度ドアをあけた。

 

「照にゃんこですにゃ」

「さ、さ……咲わんこ……」

 

 そこにはやはり、犬と猫がいた。正確には猫耳をつけた照と、犬耳をつけた咲である。平然としている照と対照的に、咲は耳まで真っ赤になっていた。どうしてこうなったのかは知らないが、二人の態度からどちらがやろうと言い出したのかは京太郎にも察することができた。

 

 心配なのは、咲の感情が爆発しないかどうかだった。羞恥心と戦っている咲は、もう泣き出す寸前である。

 

「似合いますね、それ」

 

 どうしてという疑問はさておいて、それぞれの髪の色と合わせた耳と尻尾は確かに似合っていた。とりあえず褒めたことで、咲の感情の波も幾分穏やかになった。はー、と咲が長い溜息を漏らすと、照が這ったまま身体を寄せてくる。顔を近づけて見てみると、ネコミミはカチューシャであることが解った。ふりふり動く尻尾はスカートの中から伸びている。根元を探そうとする視線の動きを、京太郎は慌てて止めた。

 

 男としてその尻尾がどうなっているのか非常に気になったが、今はそれどころではなかった。這ったまま近寄ってきたせいで、夏場で薄着になっている照は目のやり場に困るアングルになっている。

 

 不自然でない程度にゆっくりと視線を逸らしながら、京太郎は小さく咳払いする。咲が噴出すのが、後ろに聞こえた。

 

「どうしてこんな状況に?」

「京太郎には普段お世話になっているから、そのお礼」

「それは嬉しいですが……」

 

 それは京太郎がやりたくてやったことで、お礼が欲しくてやったのではない。

 

 本当ならば辞退するべきなのだろうが、『お礼』が既に形になっているのならば断るのも失礼に当たる。京太郎はひっそりとこのお礼を受け入れることにしたが、それにしても、猫耳と犬耳という男性的なチョイスが解せない。

 

 確かに似合っていて可愛いが、これを麻雀以外はぽんこつな中学生の女子二人が発想したとは考え難い。誰か入れ知恵をした人間がいるか、この二人のどちらかが良くない天啓でも得たのか。

 

「咲が教えてくれた。男子はこういうのを喜ぶらしい」

 

 京太郎の疑問に応える形で、照はあっさりと妹を売った。これに慌てたのは咲である。ぶんぶん首を振りながら、しがみついてくる咲の感情は、また決壊の一歩手前に戻った。

 

「で、でも! 耳と尻尾をつけようって言い出したのも、あいんつばいんでこれを買ってきたのもお姉ちゃんだよ!」

「咲、人のせいにするのは良くない」

「京ちゃんっ!」

 

 照の突き放すような物言いに、ついに咲が泣き出した。よしよしと泣く同級生の少女の頭を撫でながら、照を見る。諸悪の根源とも言える照は、尻尾をふりふりしながら猫っぽい仕草で遊んでいた。

 

 妹が好きなのは疑いようがないが、たまにこういう突き放した物言いをする。宮永照は本当に自由な人である。

 

 

「進学する学校をそろそろ決めたい」

 

 咲を何とか宥めてクッションに腰を降ろした京太郎の前に、資料がどさどさと積み上げられる。一番上の一つをつまみあげてみれば、それは千里山高校の入学案内だった。

怜がここを目指すと言っていたな、と思いながら次の資料を見ると、奈良の晩成。その次が東東京の臨海。その次も、さらにその次も、どこも麻雀で有名な高校ばかりだった。北は北海道から南は鹿児島まで、京太郎でも知っているような強豪校の資料が無造作に積み上げられている。

 

 ここまで揃うと流石に壮観だったが、照本人がこれらを取り寄せたとは考え難い。

 

「これが全部、特待生の申し出をしてきたってことですか?」

 

 京太郎の呆れた物言いに、照はこくりと頷いた。

 

「進学先に対して、何か希望とかないんですか?」

「ない」

「近いところが良いとかも?」

「高校の三年間くらいは、麻雀に打ち込んでみたい」

 

 それ以外に希望はない、ということである。ここまで無頓着だと、例えばここで鹿児島に行くべきと言ってもそのままそこに進学を決めてしまいそうである。京太郎個人の希望としては、照には近くに残って欲しい。手前勝手な希望ではあるが、せっかくできた友人が遠くに行くのは寂しいのである。

 

 それに照の腕ならば、どこの学校でも成績を残せるだろう。自分に選択が委ねられるのならば、何も遠いところを選ぶ必要はない。長野にだって強豪校はある。有名なところでは風越か、龍門渕だ。どちらもここからは少し遠いが通えないこともないし、龍門渕には寮もある。

 

 資料の山を崩すと、幸いなことにそのどちらも資料はあった。迷うふりをしてその二校をそっと抜き出しておく。頃合を見て切りだそうと心に決めて、それを誤魔化すように残りの資料を手に取った。

 

「条件で考えても良いんじゃありませんか?」

「それはもうやった。そこにあるのは全部、同じ条件を出してきてる」

 

 これ、と照が差し出してきたのは、奇しくも龍門渕からの書面だった。曰く、学費全額免除。入寮の場合は、寮費も全額免除。申請すれば生活費まで一部を支給してくれるという。流石にレギュラーの約束まではされていなかったが、入学前の選手に約束できるものとしてはおよそ最高のものだった。

 

 資料の数は50を越えている。これら全てがこの待遇だとしたら、判断に迷うのも頷ける話である。何処に行っても同じなら、誰が決めても同じだ。

 

「資料を送っただけじゃなくて、誰かが挨拶に来た高校って覚えてますか?」

「覚えてる」

 

 照が資料をより分けると、資料の山は半分に減った。それでもまだ二十を越える学校が残っているが、その中に風越も龍門渕も残っていることが、京太郎を安堵させた。長野にある高校でこれだけの条件を出し、関係者が挨拶に来ていないなど考えられないことではあったが、事実として資料が残ったことは京太郎を更に安心させた。

 

 この中から選ぶということなら、風越か龍門渕を勧めても違和感はないだろう。離れたくないという内心を暴露しなくても済む。

 

 龍門渕を勧めるつもりで、その資料をそっと手に取る。その時、京太郎の目に偶々山の上に来ていた高校の資料が目に留まった。

 

 白糸台高校。

 

 記憶が確かならば西東京の強豪校である。臨海の一強である東東京と違い、西東京は今戦国時代の真っ只中である。ここ十年、同じ高校が連覇したということはない。白糸台も強豪ではあるが、圧倒的な成果を出すには至っていなかった。西東京においては、いくつかある強豪校の一つという位置づけである。

 

 京太郎も白糸台のことはよく知らない。それでも京太郎の目を引いたのは、資料の表紙に載っていた制服が真っ白いワンピースだったからだ。高校指定の制服として珍しいそれは、京太郎の興味を大いに刺激した。

 

 この制服を照が着たところを想像してみる。照の赤毛とすらっとした体型に、この白い制服は似合うと思った。

 

 固まっていた京太郎の手から、資料が取り上げられる。白い制服が表紙になったその資料を、照は大事そうに胸に抱きしめた。

 

「ここにする」

「まだ俺は何も言ってませんが」

「その顔を見れば、十分」

 

 全て解っている、という顔で照は言う。その顔を見て、京太郎は龍門渕を推すことを諦めた。姉としてはともかく、人間としての宮永照が思いのほか頑固であることを、京太郎はよく知っていた。彼女が行くと決めたのならば、それで決定である。

 

 何より、照が本当にこの制服を着ているところを京太郎も見てみたかった。寂しいからという理由で引き止めることは、やはりするべきではないし格好悪い。敬愛する人が麻雀に打ち込みたいというのなら、それを応援するのが後輩のあるべき姿だろう。

 

 制服が似合うかもという、男子の欲望全開の要望を聞いてくれただけ、照には感謝である。

 

「京太郎は、高校はどこにするの?」

「多分、清澄になるんじゃないかと思いますが」

 

 照と違って部で成績を残せない京太郎は、それこそどこに行っても同じだ。麻雀部はないよりはあった方が良いが、どうせ参加しないのだからどちらでも良い。調べたところあるらしいが、この時勢には珍しく小規模な活動しかしていないという。

 

「私も一緒に行っても良い?」

「別に俺に断る必要はないだろ。まぁ、お前一人にすると心配だからついてきた方が良いかもだけど」

「そうだね。ありがとう京ちゃん」

 

 反発すると予想していたが、咲はお礼まで言って京太郎の言葉を肯定した。

 

 照と姉妹麻雀をするまではただのクラスメートだったはずが、随分距離が近くなってきたように思う。最近では気付けば後ろをちょこちょこ付いてくるようになっていた。まるで子犬である。麻雀に対する確執も、照に対する複雑な感情も払拭されたが、その分情緒が不安定になってきた。

 

 とにかく、よく泣く。クラスではもはや、京太郎と咲はワンセットと考えられているようで、よく冷やかしも受けた。それに咲が反発すれば距離も置けるのだが、目立つのが苦手な咲なのに、からかわれながらも京太郎の傍を離れようとしない。

 

 それも悪くないと思うが、いつまでもこうではいられないだろう。あれだけ強い麻雀も、照と和解したことで興味が極端に失せていた。できれば麻雀に取り組んでほしいのに、咲は全く麻雀の話題を出さない。咲が切り出してくるのは、姉である照の話題か、自分のこと、それから京太郎についての質問くらいだった。

 

「私が活躍すれば、二人分くらいは推薦枠を確保できるかもしれない」

「そこまで無理をしてもらう必要はないですよ。お気遣いは嬉しいですが」

 

 照ならばインターハイ三連覇くらいは成し遂げられるだろう。それくらいの実績があれば、部内でも多少の無理はできるに違いない。推薦枠二つというのは、生徒が強引に発動できる権利として実に微妙なラインだったが、咲には照の妹というブランドと、確かな実力がある。部の関係者も文句は言わないだろうが、須賀京太郎には部に貢献できるだけの要素がほとんどない。

 

 分析などで同級生に負けるつもりはなかったが、そういう仕事は何も高校生がやらなくても良い。海千山千のコーチ陣と勝負になった時、流石に勝てる自信はない。コーチでもできる仕事しかできない、選手としてはポンコツの、しかも男子を、強豪白糸台が受け入れてくれるとは考えにくい。それでも照の推薦ということなら首を縦に振るかもしれないが、照の七光りで入部したという重圧は、想像を絶するものがあるだろう。

 

 照には恩義があるし尊敬もしているが、そのために針の筵に座っても良いかと言われると、すぐには答えを出せなかった。否定気味の返答に、照は残念そうな顔をする。早速申し訳ない気持ちになるが、京太郎にも譲れないものがあった。

 

 

 重くなった雰囲気を吹き飛ばすように、白糸台の資料が勢いよく京太郎の胸に押し付けられる。

 

「制服が届いたら、一番最初に京太郎に見せてあげる」

「ありがとうございます」

「それから必ず、インターハイを三連覇する。部も優勝させる。咲と京太郎が、誰にも胸を張って自慢できるような姉と先輩に必ずなる」

「照さんならできますよ。後今の時点でも、照さんは俺の自慢ですよ」

「私も、自慢のお姉ちゃんだよ」

「ありがとう二人とも」

 

 照が腕を広げて、二人を抱きしめた。くすぐったそうに身じろぎをする咲だが、京太郎は照の腕の中で動くこともできなかった。

 

 恥ずかしいが、照の腕の力は思いのほか強かった。観念して、照の抱擁に身を委ねる。それからしばらく、照の抱擁は続いた。

 

 

 


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