セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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33 中学生二年 須賀京太郎、西へ 後編④

「つまり、全員合意の上で賭け麻雀をしていたと?」

「はい、その通りです霞姉さん」

「そしてその要求に応えてはっちゃんの椅子になって、湧ちゃんに抱きつかれていた」

「はい、その通りです霞姉さん」

「その後春ちゃんにあ~んしていたら、明星と湧ちゃんに押しかけられて、現在に至る」

「はい、その通りです霞姉さん」

 

 最後の事実確認を終えると、霞は深々と溜息をついた。それを京太郎は、頭上に聞いている。霞はうつぶせになった京太郎の背中に当たり前のように腰掛けていた。厚い袴を挟んでも柔らかいお尻の感触が背中にあって気が気ではないが、京太郎の事情などこの姉様は関知しない。お仕置きすると決めたら、この人は絶対にお仕置きをする。それから京太郎が逃れられたことは、今まで一度もない。

 

 ちなみに他の面々は、京太郎たちの周囲に車座になり、正座している。彼女らにも、霞に口答えをする気配は全くなかった。六女仙の筆頭であり、最年長ポジションの霞のことを皆敬愛しているが、同時に恐れてもいるのだ。それは同年代の初美や巴であっても変わらない。

 

「楽しくやることは大切だけど、もうちょっと節度を持って行動するようにしなさい。本当、小蒔ちゃんが来る前で良かったわ……」

「教育に良くないということですか?」

「自分がいない時に楽しそうなことをしてたと知ったら、小蒔ちゃんがかわいそうでしょう?」

 

 もっともな言い分であるが、さっきまで小蒔と一緒に行動していた霞も、そのかわいそうな中に含まれているのだろう。こういうことをするなら自分も混ぜろと、遠まわしに言っているのだ。お姉さんぶるのに、案外に寂しがりである。

 

「ところで小蒔さんはどちらに?」

「一度本邸の方に戻ったわ。ほら、いつまでも寝てないの?」

 

 さっきまで上に座っていたとは思えないほど、冷静な言葉である。色々と思うところはあったが、霞様の言葉は絶対だ。黙って立ち上がりズボンの埃を払っていると、霞が当たり前のように近づいて服の乱れを直してくれた。

 

 以前から霞は、こういう古式ゆかしい女性らしい仕草を自然にできる人だった。

 

 感性が今よりずっと子供だった頃にも間近で見る霞の顔にどきどきしたものだが、思春期まっさかりの今、そのどきどきっぷりはかつての比ではなかった。霧島にいた頃よりもずっと、霞は大人っぽい顔立ちになったが、それ以上に目を引くのはおもちの大きさである。自分よりも一つ年下の明星がああなのだから予想はできていたが、霞のそれは京太郎の予想を遥かに超えていた。

 

 よく大きなおもちをメロンと例えることがあるが、霞のおもちは京太郎が見たことのあるどのメロンよりも大きい気がする。

 

 女性は自分のおもちに向けられる視線に敏感で、男のそれにばっちり気づいているとも聞くが、整った顔立ちよりも存在感のあるおもちに目をやるなというのは無理な相談だった。自然に下がってしまう視線を慌てて戻すと、間の悪いことに霞と目があった。反射的に背筋を伸ばす京太郎だったが、霞は曖昧に笑うだけで何も言わないし、してこない。

 

 毎回必ず、という訳ではないが、霞は自分のおもちに向けられる視線についてはびっくりする程に寛容である。霧島にいる時も含めて、あまり怒られた記憶がない。男性としての礼儀に厳しい霞にしては、珍しい態度である。

 

 他のダメなこととどういう違いがあるのか解らないが、本人が許してくれるなら……と以前無遠慮に視線を向けるようになったら、流石にその時は不思議な巫女パワーで吹っ飛ばされた後に投げ飛ばされ、怒られた。勿論正座である。節度が大切、ということなのだろう。

 

 おもちについて哲学的に考えていると、廊下の方からばたばたという足音が聞えてきた。小蒔にしては、急いだ足音である。余談ではあるが、小蒔は何もないところでも転んだりする。運動神経は壊滅的だ。そんなに急いで転んだりしないかと心配になった京太郎は、小蒔を迎えに行こうと動きかけたが、そんな京太郎を霞が手で制した。

 

「ここで待ってなさい。その方が小蒔ちゃんも喜ぶから」

「……そうなんですか?」

「そうなのよ。全く、こういう時は気が利かないんだから。それじゃあ彼女もできないわよ?」

 

 その言葉は、京太郎の胸にグサリと刺さった。同級生の中にはそれこそ、既に大人の階段を登った人間もいるというのに、京太郎は清いままだった。姉の心無い言葉に落ち込んでいると、それを見た明星がつつ、と寄ってくる。これはチャンス、と目を輝かせた明星は、京太郎の手をそっと取った。

 

「彼女ができなくても大丈夫ですよ、兄さま。その時は明星がお嫁に行きますから」

「……明星は優しいなぁ。その時はよろしく頼むぞ」

「はい!」

「湧ちゃん、やっちゃいなさい」

「わかりました!」

 

 一人で抜け駆けをした明星に、湧が飛びつく。あっという間に引き倒された明星は、抵抗空しく部屋の隅へと引きずられていく。同じ石戸の一族だからだろうか。霞の対応は何故か、明星にだけはちょっとだけ厳しい。

 

 妹分たちのキャットファイトを横目に見ていると、襖の前で足音が止まる。

 

 一秒、二秒。中々小蒔は入ってこない。立ったまま寝ているのでは、とまたも心配になる京太郎だったが、霞はすまし顔だ。落ち着いて待て、という姉貴分に、京太郎は大人しく従うことにした。あぁ、それにしても心配だ。

 

 そんな京太郎の心配を他所に、静かに襖が開いた。

 

 巫女の衣装を着た小蒔は、確かに綺麗になっていた。全体的な印象はあまり変わっていない。これは霞と一緒だ。髪型もどこか子供っぽく見えるおさげのままであるが、おもちは順当に成長しているようだった。霞や明星よりは小さいが、春よりは大きい。急いで歩いてきたせいか、そのおもちが小蒔の呼吸に合わせて上下していた。男として実に眼福な光景である。

 

 できることならいつまでも見ていたい光景であるが、そろそろ怖い人たちの視線が怖い。京太郎は姿勢を正し、小蒔に頭を下げた。客分であっても小蒔は霧島の姫である。

 

「ご無沙汰してます。小蒔さん。お綺麗になりましたね」

「こちらこそご無沙汰です。それからお世辞を言っても、何も出ませんからね?」

「いえいえ。本当のことですよ」

 

 実際に美人である小蒔にとって、この手の言葉は言われ慣れているのだろうが、どうやら小蒔も満更ではないようだった。普通に照れてくれるのならば、本心を打ち明けた甲斐のあるものだ。照れた様子のまま、小蒔が身体を寄せてくる。良い匂いに京太郎の身体も強張るが、ここで反射的に身を離したらやはり、霞に酷い目に合わされる。別に小蒔の近くにいたくない訳ではないのだ。ただ、男子としての本能で身体が動こうとしただけである。それを自制できた自分を、褒めてやりたい気分だった。

 

「京太郎は随分と背が伸びましたね。霧島にいた頃は、霞ちゃんよりも小さかったのに」

「一応、俺も男ですからね」

 

 んー、と背伸びして頭を撫でようとする小蒔に合わせて膝をかがめると、ちょうど顔の近くに小蒔のおもちがやってくる。近くで見るとますます魅力的であるが、ここでこれを凝視してしまうと、やはり後の報復が怖い。京太郎は断腸の思いで視線を逸らした。

 

 頭を撫でて満足した小蒔は、笑顔のままに手を合わせた。居並ぶ六女仙を見回して、

 

「今日は、京太郎の歓迎会をします。実はこの日のために、皆で準備をしていたんですよ?」

「何もそこまで……」

「遠いところから来てくれたお友達なんですから、これも当然のことです。私達がやりたくてやっているんですから、京太郎は気にしなくても良いですよ」

「……小蒔さんがそう仰るなら」

「会場は、私達の部屋よ。準備のための準備をしてくるから、京太郎は小蒔ちゃんの相手をしていなさい。粗相のないようにね。小蒔ちゃん、京太郎をよろしく」

「わかりました!」

 

 姫様と持ち上げられることが、実はあまり好きではない小蒔は、自分でできることは基本、自分でやりたがる。霞たちもそれは知っているから、基本的には小蒔の好きなようにさせていた。それに当てはめて考えると、霞たちが準備をしているのに小蒔が残る、というのは普段の小蒔であれば抵抗する場面である。

 

 小蒔がここに残ることには、理由があった。それは自分の主義を曲げるに足るもので、小蒔の楽しみの一つでもあった。

 

 霞たちが部屋を出て行ったから一分、二分。しばらくは戻ってこないことを確信した小蒔は、わくわくした様子で振り返った。

 

「京太郎、霞ちゃんたちはいませんよ?」

 

 さぁ! と詰め寄る小蒔に、京太郎は苦笑を漏らした。

 

 これは須賀京太郎と神代小蒔だけの秘密である――と小蒔は思っているのだが、隠し事が苦手な彼女の秘密は、実際には多くの人間が知るところだった。勿論霞たち六女仙も知っているが、知らないふりをしてくれているのである。理由は簡単だ。秘密になっていると思っているからこそ、小蒔もより楽しめているのである。その楽しみを邪魔するのは忍びない、というのが霞の言い分であるが、単にこそこそしている小蒔を見るのが楽しいのだ、と京太郎は思っていた。

 

 事実、目の前のわくわくこそこそした小蒔は、一つ年上なのにも関わらずとても可愛らしい。その可愛い小蒔の要望に応えるべく、京太郎は勿体ぶって咳払いをすると、

 

「小蒔姉さん」

 

 と、小さく呼んだ。その瞬間、小蒔は小さく呻いて身悶えた。一つの家庭に2、3人の姉妹がいることが珍しくない霧島にあって、神代本家の小蒔のご両親には、小蒔以外に子供がいない。年下の巫女は沢山いるが皆小蒔を敬いこそすれ、姉と呼んでくれる者はいなかったのだ。勿論、六女仙を始め、皆良くしてはくれるのだが、姉妹のいない小蒔は姉扱いに飢えていたのだった。

 

 そこで、京太郎である。外部の人間である京太郎は神境の慣習に縛られない。年上の人間であれば、本人の要望さえあれば姉と呼んでくれる弟分は、小蒔が長年待ち望んだものだった。

 

 しかし、外部の人間であっても神境の中でその慣習を無視することはできない、と純粋な小蒔は考えた。人目があるところで姉と呼ばせては、京太郎に迷惑がかかる。そう思った小蒔は、自分の欲望をこっそりと叶えることにした。弟分と二人きりの時にだけ、姉と呼ばれること。それが神境の姫君である小蒔の、ささやかな楽しみである。

 

 久しぶりの感動を堪能した小蒔は、京太郎に座るように要求した。小蒔の前に正座すると、小蒔は据わった目つきで詰め寄ってくる。

 

「さあさあ京太郎、小蒔お姉ちゃんにしてほしいことはありませんか!?」

 

 いつもより更に気合が入っている気がする。よほどストレスが溜まっていたのだろうか、と心配になるが、それよりもまずは小蒔の機嫌を損ねないことである。小蒔のような美少女にしてほしいことなどいくらでも思いつくが、男子中学生が欲望のまま思いついたことを、そのまま口にすることは流石に憚られた。

 

 それ以外で、となると急には思いつかない。しかし、小蒔は目をきらきらとさせて目の前にいる。お姉ちゃん風を吹かせたくて仕方がないのだ。ちなみにこのノリの時に間違っても姫様と呼んではいけない。呼んだが最後、小蒔は頬を膨らませて拗ねてしばらく口を利いてくれなくなる。

 

 進退窮まった京太郎は、逆に問うてみることにした。

 

「小蒔姉さんは、俺と何がしたいですか?」

「それは……そう、お姉ちゃんらしいことです!」

「俺は男ですし、小蒔姉さんと一緒で一人っ子だから、お姉ちゃんらしいこと、と言っても良く解りません。だから、小蒔姉さんがしたいことを言ってくれると、俺としても助かるんですが……」

 

 京太郎の言葉に、小蒔は押し黙ってしまった。一人っ子の京太郎に思いつかないのなら、同様に一人っ子の小蒔にも思いつかないのは道理である。このままでは誰かが呼びにくるまでずっと考えていそうだ、と察した京太郎は苦笑を浮かべながら助け舟を出すことにした。本当、このお姉ちゃんはかわいい。

 

「身近なお姉さんっぽい人を参考にすれば良いんじゃないでしょうか」

「それなら霞ちゃんです! 霞ちゃんは良く、私に膝枕をしてくれるんですよ」

 

 それは知っていた。昔から羨ましいなぁ、と思いながら眺めていたので、良く覚えている。昼寝が趣味の小蒔は六女仙の膝や肩を良く借りる。一番その役目をしているのが、霞だ。

 

 何はともあれ、この流れは京太郎にとって好都合だった。何しろ小蒔が霞の代わりをしてくれるのである。美少女の膝枕は男にとってロマンなのだ。それがおもちの美少女ならば言うことはない。流石に霞よりは小さいが、それは比較対象が霞だからであって標準から比べれば小蒔も十分に巨乳の部類に入る。

 

 どきどきする内心を悟られないようにしながら小蒔の言葉を待っていると、小蒔は勢い良く京太郎の膝の上に頭を落とした。

 

 京太郎は思わず、目を瞬かせる。

 

 自分の膝の上に、小蒔の頭が乗っている。膝枕をしているのは小蒔ではなく、自分だ。何かの間違いではないのか。小蒔の顔を覗き込んでみると、小蒔は至福の表情でごろごろと喉を鳴らしていた。どうやら間違いではないらしい。

 

 お姉ちゃんっぽいことをしたいという流れでどうして膝枕をされることになるのか。男であり弟分である京太郎には理解できなかったが、気持ち良さそうにしている小蒔の顔を見たら、そんなことはどうでも良くなってしまった。膝枕をされることに比べるとアレだが、これはこれで役得である。

 

「姫様、兄さま、準備ができました――」

 

 すぐに寝息を立て始めた小蒔の顔を眺めて、しばらく。妙に長い準備時間の終了を告げにきた湧に向かって、京太郎は静かに人差し指を立てる。小蒔の眠りを妨げてはいけない。神境では暗黙のルールである。状況を察した湧は、苦笑を浮かべると指で『十分待つ』とサインを出して、部屋を出て行った。

 

 後に残るのは、静かな小蒔の寝息だけである。

 

 

 

 

 


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