セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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業務連絡っぽいものです。

今回のインターハイ編は登場キャラが多く、また初めて出てくるキャラもニ、三いるため時系列順に掲載するのを見送りました。
便宜上①、②と振っていますが、若い番号の方が必ずしも前ということではないのでご注意ください。

共通ルールは

・咲さんは夏風邪を拗らせて寝込んでいるため、京ちゃんだけ先に東京入り。咲さんは個人戦が始まるくらいから合流します。
・モンブチーズは個人戦には参加してません。団体戦が終わったら個人戦を見ずに帰ります。咲さんとは入れ違いです。
・今回のシードは白糸台、千里山、姫松、臨海の4つです。白糸台と千里山がAブロック。臨海と姫松がBブロック。モンブチはBブロックで、姫松のグループです。


47 中学生三年 二度目のインターハイ編⑥

 インターハイ団体戦決勝が今年も白糸台の優勝で決まり、個人戦が始まるまでの休暇日。

 

 夏風邪を引いた咲が全快したという知らせを、京太郎が受けたのが昨日のこと。父親に連れられて長野から上京してくる咲と合流するために、京太郎は一人、ホテルを出た。

 

 本来であれば照もここに合流しているはずだったのだが、個人戦は明日から開催される。当たり前のように外出し、その日は夜まで帰らないつもりだった照を、菫を始めほとんどの部員が拘束し、ホテルに缶詰めにしているらしい。明日は本選ではなく予選である。菫たちもまさか照が予選で負けるとは思ってもいないだろうが、何が起こるが解らないのが勝負ごとというものであり、周囲には他校の生徒やマスコミの目もある。

 

 迷子の常習犯である照をうろうろさせることは、色々な意味で不味いのだった。妹をこよなく愛している照は、咲を迎えに行けないことを純粋に悔しがっていたが、京太郎が直接ホテルに赴き、必ず一度はここまで連れてくると約束したことでどうにか機嫌を直してくれた。その一部始終を見守っていた白糸台の部員たちは、照の機嫌を直してみせた先代宮永係の手腕に戦慄し、須賀京太郎の名前は無駄に白糸台に響き渡ることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 ホテルを出た所で京太郎は時計を見た。時刻は一時を回っている。宮永姉妹のそれぞれと連絡を取り合っていたことで、昼食のタイミングを逃してしまった。咲と合流する前に何か腹に入れておこう。鞄の中からグルメガイドを取り出した京太郎は、せっかく一人なのだからと女性の連れがいては食べられないようなものを食べることに決めた。

 

 ぱらぱらと雑誌をめくり、最初に目に留まったのは油ぎっとりのコテコテのラーメンだった。この手の食べ物は総じて女性には受けが悪く、女性の知り合いが多い京太郎でも、これを喜んで一緒に食べてくれそうなのは純くらいしか心当たりがない。もう少し肉を付けた方が良いんじゃと、たまに不安になる咲ですら、やれ体重だカロリーだと気にするのだ。女というのは解らないものである。

 

 この際だから大盛にして、ギョーザと半チャーハンもつけてやろう。この世でもっとも幸せな考察をしていた京太郎の耳に、ふと、耳慣れない言語が飛び込んできた。今しがたすれ違ったばかりの、女性二人である。英語で会話をするその二人が気になった京太郎は、肩越しに二人を観察する。

 

 その片割れ、背の高い方には見覚えがあった。団体戦準決勝。透華たちが破れた試合で、副将戦で透華と戦った臨海女子の選手である。アメリカからの留学生で、名前は確かメガン・ダヴァン。ひやしとーかを引き出す程の打ち手であり、同時に透華が強敵であると見抜くや、実力に劣る相手をあっさりと飛ばして大将戦に回さずに勝負を決めた選手である。

 

 我を失った挙句、その間に自分以外が飛ばされて勝負が終わっていたのである。元に戻った透華は控室で奇声を挙げて大暴れしたが、おそらく初見だろう透華の能力と実力を前に、それだけ臨機応変な対応ができたのだから、彼女も相当な実力者である。

 

 そのダヴァンと並んで歩いているのだから、連れの女性も臨海の生徒なのだろうが、こちらは外国人ではなく純然とした日本人の風貌である。女性としては決して小さくはない身長なのだろうが、隣のダヴァンが純に匹敵するくらいの長身のため並んで歩いているとかなり小さく見える。

 

 それでもそのダヴァンと比べて見劣りしないと京太郎が感じたのは、身長の差を覆す程の存在感がその少女にあったからだ。切れ長の目に、そこそこのおもち。今は洋服だが、着物とか来ていたらきっと似合うだろう。第一印象で京太郎がその少女に抱いたイメージは『姉御』である。任侠映画に出るには若すぎるが、後二十年もしたら凄まじい存在感を放っていることだろうことは、想像に難くない。

 

 そんな少女を見て京太郎は、以前、霧島神境に剣術を教えに来ていた女性が似たような雰囲気だったことを思い出していた。ジゲンリューとやらの使い手で、全国でも名の知れた使い手であるという。そんな人に雰囲気が似ているのだから、この少女が何か、武術の達人で合っても驚くには値しない。

 

『で、いい加減に目的の場所は解ったのか』

 

 そんな姉御少女の声音は、苛立ちに満ちていた。母国語でないはずの英語で、話しかけられている訳でもない京太郎にもその怒気が伝わるのである。直接話しかけられているダヴァンはたまったものではないだろうなと見れば、

 

『それがどうにも……』

 

 困ったように後ろ手に頭をかくダヴァンには、それほど悪びれた様子はなかった。緩んだ声音に一瞬、額に青筋を浮かべた姉御少女だったが、大きく深呼吸をしてその怒りを収めた。頭痛を堪えるようにこめかみを抑える仕草が、妙に様になっている辺り、ダヴァンは普段からこの調子なのだろう。いらいらしながらもまだ付き合っている辺り、印象の通り面倒見が良い人なのかもしれない。流石姉御、と内心で喝采を送る京太郎を他所に、姉御少女は言葉を続けた。

 

『コテコテラーメンのオススメの店がアリマスと私を連れ出したのはお前だろう。それなのにたどり着けもしないとはどういう了見だ』

『すいません。雑誌で見たラーメンの写真は、とても美味しそうだったのですが……』

『…………その店の名前は?』

『覚えていません』

『住所を控えていたりは?』

『忘れました』

『店の外観くらいは覚えているのだろうな』

『美味しそうなラーメンだったな、としか……』

 

 ないない尽くしのダヴァンの言葉に、姉御少女はついに匙を投げた。

 

『……帰るぞ。ここで粘っても時間の無駄だ』

『そんなゴムタイな!』

『ご無体も何もあるか。辿り着けるかすら解らん場所を目指して延々歩くのも疲れた。美味い蕎麦屋を紹介してやるから、今日はそれで我慢してくれ』

『ジャパニーズオソバは捨てがたいですが、それでも、ああそれでも、私の胃袋はラーメンを欲しているのです!』

 

 ダヴァンのオーバーなリアクションに、またも姉御少女は青筋を浮かべたが、しかし今度は怒りが先ほどよりも持続している。爆発寸前といった少女の姿に、京太郎は助け船を出すことに決めた。ぽんこつ気味な相方に振り回される姉御少女が、どうにも他人のような気がしなかったのだ。

 

『お困りですか?』

 

 英語で会話をしていのだから、それに合わせた。京太郎からすれば当然の配慮だったが、二人にとっては意外なことだった。まさか東京の往来で英語で話しかけられると思っていなかった二人は会話を止め、怪訝そうな顔で京太郎を見返してくる。そんな二人に、京太郎は持っていた雑誌の、折り目を付けたページを見せた。

 

『お話を聞くとはなしに聞いてしまったんですが、そのラーメン屋というのはもしかしてこれだったりしますか?』

『ああ、これです!! この店ですよサトハ!』

『そうか、良かったな』

 

 雑誌を抱えて歓声を上げるダヴァンを横目に見ながら、姉御少女は改めて京太郎に視線を向けた。無遠慮な視線に、京太郎は身を固くする。

 

「日本語……解るよな?」

「ええ。日本生まれの日本育ちです。生まれは大阪ですが、育ちは全国って感じで」

「転校続きだったってことか。私は生まれも育ちもここだから、少し羨ましくはあるな」

 

 姉御はふぅ、と息を吐いた。その仕草は照の面倒を見る菫に通ずるものがあった。こういうことがあったのは、一度や二度ではないのだろう。普段から苦労しているというのが、その仕草からは滲み出ていた。雑誌を手に喜ぶダヴァンはなるほど、悪い人ではないのだろうが、一緒にいると苦労するタイプというのは、京太郎には一目で解った。

 

 姉御少女の方も、京太郎の雰囲気から自分に通ずるものを感じ取っていた。ダヴァンに向けていたものとは違う、柔和な笑みを浮かべる。

 

「私は辻垣内智葉。臨海女子の二年だ。こっちは留学生のメガン・ダヴァン。私と同じで二年だ」

『気軽にメグと呼んでも良いですよ、ラーメンの同志よ』

『須賀京太郎です。中学の三年で、長野から来ました』

『遠くはないが、近くもないな。この時期に来たということは、インターハイの観戦が目的だったりするのか?』

『ええ。地元の先輩が何人か出てるので、その応援に』

『ナガノというと、リューモンブチの応援ですか?』

『それが一つですね。後、宮永照さんが中学の先輩なので、その妹と一緒に応援に来ました』

 

 宮永照の名前に、智葉が沈黙する。彼女の所属する臨海女子は団体決勝で、照の所属する白糸台に敗れたばかりである。応援に来たと公言したばかりの龍門渕も、準決勝で彼女らと対戦した。智葉たちにとって京太郎は、通りすがりの一言で済ませるには随分と運命めいた相手だった。親切にしてくれた。だからお礼をいって、それで別れる。本来ならばそれだけで済むはずの関係だったものが、京太郎の一言で路線変更を余儀なくされた。

 

 少なくとも、京太郎のその言葉に、智葉もダヴァンも大いに興味を刺激されていた。ちら、と視線を交わした二人は、それだけで今後の方針を決める。

 

『ここで知り合ったのも何かの縁だし、このクソ暑いなかまだまだ歩かされたろう未来を変えてくれた礼がしたい。昼飯がまだなら奢ってやるが、どうだ?』

『そこまでしていただく訳には……』

 

 と断りを入れるつもりだった京太郎は、そこで智葉の目を見た。彼女は別に、何も口にしてはいない。ただ、その視線には『まさか断るはずはないな?』という強い意志が感じられた。相手が自分の意思に従うことに、慣れている風である。こういう強気な意思が目に宿っている人間に逆らうとロクなことにならないことは、霞相手に嫌という程思い知っている。

 

『ごちそうになります』

 

 気が付いたら、その言葉が京太郎の口を突いて出ていた。女性の要望は基本的に聞いてしまう性質に加え、強い女性には逆らってはいけないという本能による判断が上乗せされた形だ。

 

 京太郎が自分の思い通りの返事をしたことに智葉は満足そうに頷くと、メグの手から雑誌を取り上げた。また道に迷っては叶わない。先導は自分がすると歩き出した智葉は、京太郎の顔を見てにやりと口の端を上げて笑った。

 

「良い返事だ。幸い、歩いて五分もかからんようだ。後は待たされないことを祈ろうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し飯時を外していたこともあり、ラーメン屋にはすぐに入ることができた。智葉とメグと一緒に、空いているテーブル席に座る。決めていた通りに味噌ラーメン大盛、ギョーザに半チャーハン。手早く注文していると、智葉が苦笑しているのが見えた。

 

「流石に、男子だな? 私もそれなりに食う方だが、そこまでは食えん」

「いやー、中々こういう所に入れなくてつい……」

「ほう? 男子でそこまで気にすることもないだろうから、普段から女子とでもつるんでいるんだろう。男子はお前だけと見たが、どうだ?」

「凄いですね、その通りです」

「中学生にもなると、遊び人以外は同性とつるむもんだと思うが、中にはお前みたいな例外もいるんだな」

「遊び人かもしれませんよ?」

「家業が家業なんでな。浮ついた人間とそうでない奴の区別はある程度は着く。お前はそれなりに実直で、少なくとも遊んではいないと判断した」

 

 智葉の『家業』という言葉に、重みを感じる。やはり見た目通りの『家業』なのだろうか。聞いてみたい気もするが、想像の通りだった場合あまり良いことはない。智葉の態度は京太郎の男子としての好奇心を大いに刺激したが、京太郎はその疑問を飲み込んだ。そんな京太郎を見て、智葉は内心の葛藤を理解する。

 

 智葉がこういう思わせぶりな態度を見せた時、多くの人間が二つの反応を示す。大いに興味を刺激されて質問をしてくるか、関わることをきっぱりと諦めて距離を置くか。京太郎は興味を覚えたが一切の質問をしなかった。それでいて、距離は全く置こうとせずに変わらず眼前に座っている。智葉の周囲には中々なかった反応だった。

 

 ちなみにメグは会って当日に剛速球を投げてきた。『ジャパニーズ・トラディッショナル・ギャングのプリンセスということですか?』間違いではないが正解でもない。あまりにもあけすけに聞くものだから、反論するよりも先に大笑いをしてしまった。自分の生まれのことで、あそこまで笑ったのは智葉の人生で初めてのことである。

 

『――それじゃあ、智葉さんは個人戦に?』

『ああ。個人戦には留学生は出れないからな。日本人だけの枠争いなら、代表を勝ち取るのも楽なものだよ』

 

 智葉は軽い調子で言うが、言葉ほど楽ではないことは京太郎にも解った。アレクサンドラ・ヴィントハイムが監督を務め、留学生を重用することで知られる臨海女子だが、日本人の部員も決して少なくはない。団体に出るという点でハンデを負うことを除けば、世界クラスの海外留学生と切磋琢磨できることは、日本人の選手にとっても決して悪いものではないからだ。

 

 事実、留学生が参加できない個人戦の成績一つをとっても、臨海女子の成績は決して悪いものではない。そんな全国屈指の環境の中、多くの三年生を押しのけ二年生で代表枠を勝ち取った智葉は、同年代の中では傑出した実力を持っているのだろう。当たり前のように彼女は言うが、強豪校でレギュラーを勝ち取るというのがどういうことなのか、方々から話を聞く京太郎は良く知っていた。

 

『そう言えば、来年度の留学生ってもう決まってたりするんですか?』

『おいおい。部外者のお前にそんな大事なことを教えると思うのか?』

『ですよねー。ところでこれは、臨海の事情とは全く関係ないただの世間話と思って聞いてほしいんですが、智葉さん、ヨーロッパの『風神(ヴァントゥール)』って知ってますか?』

『やかましく歌いながら麻雀する奴だろう? 一つ下だが、世界ランカーだからな。直接顔を合わせたことはないが、知ってはいる』

『その人と会場で会いました。臨海女子に留学を考えているそうですよ?』

 

 京太郎の言葉に、智葉だけでなくダヴァンもラーメンを食べる動きを止めた。まさか全く関係ない学校の男子から、来年の留学生に関する有力な情報を聞けるとは、思ってもみなかった。二年以下の部員にとって、来年からの留学生の話は他人事ではない。それが本当であるなら、喉から手が出るほどといかないまでも、是非知っておきたい情報だった。

 

 あくまで飯時の世間話として進める京太郎を他所に、智葉の目がすっと細められた。

 

『本当か?』

『はい。本人から直接聞いたので、そこで嘘を吐かれたのでなければ。あぁ、香港出身らしい連れの方が一緒にいましたが、その人もどうも、留学を考えているようです』

『メグ、何か聞いてるか?』

 

 実力が同程度であっても、留学生と日本人では入ってくる情報の種類が違う。麻雀の実力であれば簡単に負けるつもりはないが、立場の違いは如何ともしがたい。智葉は自分で考えるよりも先に、留学生にして団体レギュラーのメグに問うた。

 

『先月ヨーロッパに出張に行ったのは、その『風神』を口説き落とすためだという話ですよ。『風神』もかなり乗り気だったらしいですが、会場まで足を運んだのなら決まりですね』

『態々日本まで来たなら、そっちの監督と会ってそうなもんですが、『風神』さんとは行き会わなかったんですか?』

『うちにとっては誰を引っ張ってくるかというのはそれなりに重要な案件だからな。できるだけ秘密にしておきたいことなんだろう』

 

 有名人となればそれだけ対策も取られやすい。それをねじ伏せてこそ、という考えの人間がファンの中には大勢いるが、執拗なマークを飛び越えて結果を出せる人間など一握りである。対策はされないに越したことはない。

 

 だが、それは臨海側の事情である。最初からプロとして考えているのであれば、結果を出すことは元より顔と名前を売ることも大事だ。既に世界クラスである『風神』は世界的な知名度こそ高いが、日本における知名度は『知る人ぞ知る』というレベルだ。これから売り出しを、と考えている人間には日本はうってつけの環境であるから、留学の話を受けたのも、将来のことを考えてのことだろう。

 

 その上で、既に契約が本格的なところまで進んでいるのであれば明華にも太い釘が刺されたはずだが、彼女は喜々として事情を教えてくれた。臨海はそんなことで大丈夫なのだろうかと不安に思う京太郎だったが、智葉たちにそれ程の危機感はない。彼女らは生徒であって、管理する側ではないからだ。

 

『来年の団体枠の一つは、『風神』で決まりですね』

『そうか。留学生は大変だな』

『サトハ、他人事だと思って……』

『留学生というそれだけで団体枠を押さえているんだ。激しい競争をするのも、良いもんだろうよ』

 

 ふふ、と得意そうに笑った智葉は、改めて京太郎を見た。

 

『一応断っておくが、これから聞くことはなかったことにしろ?』

『心得てますよ?』

『結構だ。監督に直接話を聞いた訳ではないが、今の時期は大体来年度の留学生候補が出揃っているものだ。メグが聞いたらしい、『風神』はその筆頭だろう。私が聞いたのはグルジアから一人。学校側の本命は、こんな所だろうな』

『香港の方はどうですか?』

『調べれば解るかも、という程度だな。先の二人に比べれば知名度は落ちると思う。おそらく中国式の麻雀で鳴らした選手なんだと思うが、少なくとも私は知らんな』

 

 現在はルールがシンプルで、試合時間が比較的短い日本式がスタンダードである。人口が多いだけあって、中國麻雀を嗜む人口は多く、そこから世界的な選手も生まれているが、日本ではそういう選手の情報はあまり入ってこないものだ。同じ東洋人では絵的に代わり映えしないという、臨海側の事情もある。東洋人の留学生というのはあまり重要視されていないと、ファンの間では評判になっている。

 

『後はそうだな……来年からレギュレーションが変わって団体戦の先鋒は日本人でないといけなくなるらしい。これはまだ本決まりではないらしいんだが、近年はずっとうちは五人+補欠も留学生という布陣だったからな。無理もないだろう』

『順当に行けばサトハで決まりでしょう。二年以下で貴女に勝てる人はいませんからね』

『私もそう思うが、何か実績が欲しいと思っていたところだ。京太郎には悪いが、ここで宮永照を血祭に挙げて、来年に向けて弾みをつけるのも悪くはないな』

 

 くく、と智葉が邪悪に笑う。京太郎にとって、最強の女子高生とは宮永照その人である。智葉がどの程度の実力なのか知らないが、二年で臨海の個人戦代表ということは、相当な実力者であることに違いはない。照を血祭というのも、それなりに自信があることが解る。これで決勝まで残り、照と戦うとしたら奇矯な縁であるが、それにはまずどちらも試合で勝つことだ。

 

 個人戦は明日からである。照以外に注目する選手は、実のところ関東にはそれ程いないのだが、今年は辻垣内智葉という楽しみができた。

 

『それなりに楽しかったよ。気が向いたら連絡でもしろ。麻雀に関することなら。それなりに力になれると思う』

 

 いつの間にか、全員がラーメンを食べ終わっていた。メグに至っては話しながら二杯も丼を空にしている。幸せそうに腹を摩っている姿を見ると、とても透華と戦えるほどの強者には見えないが、龍門渕の大将は強そうに見えない見た目筆頭の衣である。彼女と比べれば上背のあるメグは、正統派の強者と言えた。

 

 支払いは伝票を持った智葉が払った。奢りなのに大盛でギョーザ半チャーハンというのは、やり過ぎたかと思ったが、支払いをする智葉にそんなことを気にした素振りはなかった。店を出ると、智葉は無言でメグに手を差し出す。

 

『お前に奢るとは言ってないぞ』

『解ってますよ……』

 

 メグから代金を回収すると、智葉は京太郎に向き直り腕を差し出した。握手かと思ったが、違う。親指を立てた所謂サムズアップの形に、京太郎の目は点になった。白糸台の控室でも同じ仕草を見た。まさかここでもと誰が想像するだろう。

 

「それ、流行ってるんですか?」

 

 京太郎の問いに、智葉は無言で腕を突き出した。親指は立てられたままだ。尭深よりも強い、『お前もやれ』という意思表示に、京太郎は渋々と言った風でそれに従った。京太郎が突き出した指を見て、智葉は満足そうにほほ笑む。

 

「それじゃあな。宮永照の友達のお前には悪いが、今年は私が勝たせてもらう。今から祝いの言葉でも、考えておくんだな」

「期待しないで待ってますよ。今年も、優勝するのは照さんですから」

 




インターハイ編もそろそろ打ち止め。
上京した姫様編くらしかぱっと思いつかないので、それが終わったらあわあわ編に入るかもしれません。

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