セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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54 中学生三年 四人の大親友編③

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡リクエストのオムライスを作った後、京太郎は当たり前のように帰宅の準備を始めた。元よりその約束であるし、そもそも女子中学生のお泊り会に男子中学生が好んで参加する道理もない。本能に従った発言をするならば興味がないと言えば嘘になるが、それはそれだ。女性だけの時間を尊重するのも、女の集団で長生きするためのコツの一つである。

 

 もっとも、女性の方が残ってほしいと思っているケースも、京太郎本人が知らないだけで結構あった。昔からそういう配慮をしていたものだから、そういう配慮を気にしないタイプ――同級生で言えば、例えばシズなどには、物分かりの良すぎるところは必然、付き合いが悪いと映ることもあった。

 

 その時々に所属していた集団にとっては、そういう『男女の配慮を飛び越えて男性を誘うことができる』ある意味強靭な神経を持った人物は稀有な存在で、一緒にお泊りができるかどうかは一重に、その働きにかかっていた。阿知賀でシズが背負っていたものは計り知れないのだが、気心の知れたシズの力を持ってしても、京太郎が首を縦に振ることはとても少なかった。

 

 今の長野で言えば、シズの背負っていた役割は淡のものである。淡は猫なで声の見本のような声で京太郎に甘い言葉を囁き続けた。『一緒に泊まろうよー』『四人の方が楽しいよー』とかなり粘ったのだが、京太郎はそれでも落ちない。むしろ、横で聞いてたモモの方に効いている始末である。淡が頑張っている間、彼女はほとんどヤバイっすとしかいってなかった気もする。

 

 結局、淡の奮闘も空しく京太郎は普通に帰宅してしまった。なにさ! と最初は淡も荒れていたが、皆でお風呂という時間になると機嫌も直った。熱しやすいが冷めやすいのが淡の短所であり、長所でもある。

 

 さて、あくまで一般家庭である宮永家の湯船は三人が余裕を持って一緒につかることができるほど広くはない。入れなくもないが、そうなると肩をくっつけて抱き合わないと無理である。二人が湯船で一人が洗い場という状態を強要されるにも関わらず、あくまで三人で入ることになったのは、その方が楽しそうと淡が強く主張し、モモが消極的にではあるがそれに同意したからだ。

 

 人生初のモテ期到来っす……とモモは密かに喜んでいたが、咲はまったく別のことが気になっていた。

 

 モモも淡も、何というかおもちがおもちなのである。二人とも巨乳と表現できるほどに大きい訳ではないのだが、中学生にしては大きいよね、と同性に問えば、ほとんどの女子が同意してくれるくらいには大きい。

 

 二人の胸を見てから自分の胸を見下ろすと、侘しさしか感じない咲である。咲の場合は『ある』というのはどういうことかと哲学的な問いに向き合わなければならない。言い訳をするならば決して『ない』訳ではないのだがおもちな人たちから見ればそれこそ誤差のようなものだろう。色々試してはいるのだが効果は全くない。

 

 最強の女子高生の称号を欲しいままにし、今では雑誌のグラビアなどに載る姉も、決して大きいほうではない。あくまで標準の域を出ていないにも関わらず、優越感に満ちた表情で胸を見下ろされた時には流石にお互いのホーンを引っ張り合う程の大喧嘩に発展したものだが、モモと淡にホーンはない。

 

 それどころか同級生の友達にこの苛立ちをぶつけてしまったら、もういい訳ができなくなってしまう。おもちがおもちでないことに腹を立てて親友とトラブったなど、格好悪いにも程があった。

 

 かくして、持つ者と持たざる者の胸囲の格差社会を思い知ったお風呂タイムを過ぎれば、後はガールズトーク満載のぱじゃまパーティである。これにはモモだけでなく咲も緊張していた。そも、友達が二人以上参加してお泊りをしたことなど、生まれて初めてのことである。

 

 ちなみに、モモは何度かお泊りに来たことがある。照がいた時にも来たことがあるから、三人でのお泊りというのは経験しているが、咲とモモの立場からすれば照はゲストのようなもので、ノーカンである。今日はきちんとメンバーとしてカウントされる淡がいる。緊張するのも尤もだった。

 

 その淡は、こういうイベントになれているのか着換えも場所取りも思いのままである。最初は咲のベッドに三人で寝ようと企画したのだが、無理やり寝ようとして三人で転げ落ちてからは、床に布団を敷く方向に変更された。三人で川の字になって眠る。照がいた時のお泊り会と同じパターンだ。

 

「モモ、上手だね」

「ありがとうっす。淡ちゃんの髪はふわふわで羨ましいっすね」

「そう? ありがとー」

 

 にへーと笑う淡の表情は、至福とはまさにこれなりとばかりに緩みまくっていた。三人の中で唯一、髪が長い淡のお世話を、淡たっての希望でモモがやっていた。京太郎がいれば京太郎がやっていたのだろうが、それはそれだ。

 

 モモの淡の髪を梳く手つきは優しく、眼差しはお母さんのそれである。淡は咲ですら心配になるくらい良い意味でアホの娘だが、そのアホの娘っぷりに母性本能を刺激されたのだろう。淡もモモの手つきにされるがままになっている。ここだけを見れば、実に微笑ましい光景なのだが、ここでも咲の視線は二人の胸元に注がれる。

 

 格差社会という言葉の意味を噛みしめ、何だか直視するのが憂鬱になってきた咲は、京太郎にこっそりとメールを送った。

 

『モモちゃんと淡ちゃんが二人でいちゃいちゃしてる』

『それはなんだ。お前が仲間はずれにされてるってことか?』

『そういう訳じゃないよ。ただちょっと、今は二人の世界に入ってるだけというか……』

『仲間はずれにされてるんじゃないなら良かった。喧嘩するなよー』

 

 気を回してくれるのに、絶妙にズレている。元より、胸部の格差社会の繊細な事情など、男性には解らない話である。はやりん大好きなおっぱい星人ならば猶更だ。

 

「サキー! そろそろ寝よー!」

 

 憂鬱になっている咲の感情を知ってか知らずか、モモに髪を梳いてもらった淡が飛びついてくる。スキンシップ過剰な淡のおもちの感触にますます憂鬱になりながらも、淡の笑顔を見ていたら、そんなことはどうでも良くなっていた。人を楽しい気持ちにさせる笑顔とでも言えば良いのか。一緒にいて気苦労もあるが、楽しくもある。

 

 事前の打ち合わせの通り、モモを真ん中にして川の字になる。左から咲、モモ、淡の順番だ。これも淡がモモを見失わないように手を繋ぐための位置取りであり、逆の手は咲が握ることになっている。モモにとっては人生最初のモテ期であるが、両手を握られたままというのは、とても寝にくい。今夜は眠れそうにないっす……という感慨を女子相手に抱くことになるのは、果たして幸せなのか。

 

「本当、京太郎も一緒だったら良かったのに。そしたら四人で川の字になれたし」

「四本じゃ川の字にはならないよ、淡ちゃん」

「ちなみに四人で寝たら、京さんは何処に寝るんすか?」

「んー」

 

 淡は考える。普段の彼女であれば、一人じめ! というのが当然の帰結であるのだが、ここにいるのは大親友二人だ。皆で平等にと考えてみるが、男は一人で女は三人だ。当然だが、京太郎の腕は二本しかないので一人余ることになるが――

 

「私が右でモモが左。サキーが……上?」

「一人だけエロエロっすね。流石は大人の女っす」

「流石にそれは恥ずかしいよ……」

 

 勢いに任せて京太郎に抱き着いたことがあるが、それだって後から死ぬほど恥ずかしくなるのだ。素面で、それも大親友二人に見られながら京太郎に乗るなんて、その場でショック死してしまうかもしれない。

 

「でもさ、私たちよりも女の子が多いとこにもいたんでしょ? そういう時はどうしてたのかな」

「さぁ、そこまでは――」

「えー? サキーでも聞いたことないの?」

「できれば聞きたくないって言うか……淡ちゃんは聞きたい?」

 

 一つで済めば良いのだが、それで済まないのが京太郎の女性遍歴である。一つ聞くだけでも複雑な気持ちになるのに、今までの全てを白状されたらその場で押し倒してしまうかもしれない。

 

 これには、多くの女子が同意してくれるものだと咲は思っていた。現に、同じ内向的女子グループであるところのモモは、前に同じ質問を咲がした時、当たり前のように同意してくれた。友達が少ないせいか、普通はそういうものだという決めつけがあったのかもしれない。

 

 それだけに、淡が興奮気味の声で言ったことは、完全に咲の予想外のものだった。

 

「知りたい! だって、その人たちが私たちよりも凄いことしてたらくやしーじゃん!」

 

 友達のことを、心の底から尊敬できたのはこの時が生まれて初めてのことだった。興奮気味にあーでもないこーでもないとまくし立てる淡の言葉を聞きながら、咲はモモと視線を合わせた。モモも同じことを考えていたのだろう。新しくできた親友の、あまりにまっすぐな言葉に、多感な女子中学生二人は、女子としてこのままで良いのかという気持ちになった。

 

 淡ほどの積極性があればどれだけ楽に話が運んだだろうかと思わずにはいられないが、淡と京太郎を見ていてもそういうことになりそうだという危機感はない。距離が近ければ全てが解決する訳ではないのだ。とかく、恋愛というのは難しい。

 

「淡ちゃんも京さんのことが大好きっすね」

「うん。京太郎のこと、大好き!」

 

 まっすぐな淡の言葉に、咲は小さく溜息を漏らした。好きだ、大好きだと素直に口にできれば、本当に隣に立つことができるようになったのだろうか。考えたことは何度もあるが、実行には移していない。

 

 きっと全国にいる他の女の子もそうなのだろう。成功すれば良い。でも、もし失敗したら…………恋する乙女が考えるのは、そういうことだ。

 

「淡ちゃんは、京さんに告白とかするんすか?」

「しないよ? いつかしてもらうし。私は京太郎のこと好きだけど、やっぱり好きって告白してもらいたいからね! だから、私のことを沢山見てもらって、沢山好きになってもらうんだ。ねぇ、宮永テルーのことやっつけたら、京太郎は私のこと褒めてくれるかな?」

 

 そのテルーの妹としては、苦笑を浮かべるより他はない。淡のことは勿論大好きだし大切だが、姉のことも同じくらいに大切なのだ。

 

「そのテルー、結構強いよ? 前は私と同じくらいだったけど、高校に上がって更に強くなったみたいだし」

「環境が違うっすからね。何しろ東京っすから」

「私も来年からその東京に行くよ? それでもっともっと強くならないと。テルーが卒業するまでに勝てないし」

 

 淡の言葉には迷いがない。宮永照を憧れ、目標とする女子高生、女子中学生は数多いだろうが、最初から倒すつもりで、しかも同じ高校に入学する人間は少ないだろう。しかも淡は、かなり本気でそれを言っている。良くも悪くも自信家なのだ。自分ならばできる、という明るい未来を信じて疑わずに行動している。

 

 それはとてつもない行動力を生む。躓いてしまっても、立ち直るのも早い。調子に乗りやすいという欠点こそあるが、それすらも成長のバネに変えてしまっている。およそ成長性という点では最高のものを持っていると言っても良いだろう。 照の在学中に彼女を打ち負かせるかは少し疑問だが、もしかしたらという思いを妹である咲に抱かせるには十分なほどに、淡は輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




この後、さらに社会格差は深刻なものとなるのでした。
次回、年末編前編。テルーとリンちゃんがきます。

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