セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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55 中学生三年 精密射撃の極意編①

 

 

 

 

 

 

 弘世菫というのは、何かと特殊な女性の友達が多い京太郎をしても、中々特殊な距離感の友達である。

 

 京太郎から見て年齢は二つ年上。同級生以外には敬語が基本の京太郎だが、菫とはタメ口で話す。年上の女性に囲まれて育った京太郎にとって、これはかなり珍しいことだ。菫の方も京太郎からのタメ口を気にした様子はない。上級生をして少し近寄りがたいと評される彼女にしては極めて珍しく、京太郎とは気安く話す。

 

 菫が同級生未満でそうし、それを許しているのは京太郎だけだ。京太郎の方も、菫以外では年上で敬語を使わないのは幼馴染である怜と、色々な意味で例外の衣だけである。一番付き合いの長い怜と比べると、菫と過ごした時間は少ない。再会してからは距離が離れているし、そもそもそれ以前も、交流があったのは『リンちゃん』と菫を名付けたあの日だけだ。

 

 今も使っている『リンちゃん』は、京太郎が幼い頃に勢いで付けたあだ名である。その名前で今も呼び続けているのだから、考えてみれば中々失礼な話ではあるが、菫は今もそのあだ名を受け入れてくれている。少なくとも、京太郎がそう呼んで怒ったことは、再会してからは一度もない。

 

 では誰が呼んでもそうなのかと言えば、そういうことでもない。以前、誠子がふざけて呼んだ時には一瞬で雷を落とし、彼女に小一時間説教をしたと聞いている。

 

 菫にとって自分が特別と思うと悪い気はしないが、誠子がリンちゃんと呼ぼうと思ったのは自分が原因と考えると京太郎の心も痛んだ。酷い目にあった……と電話をしてきた誠子に、後で一緒に海釣りにでも行く約束をして相殺してもらったのも、今となっては懐かしい思い出である。

 

 その特別な関係であるところの菫が、照の帰省に合わせて宮永家に泊まりにくる。寮でも同室で、照とは大の仲良しである菫だが、長野まで足を運ぶのは今回が初めてのことだった。照は菫と一緒に初詣にも行くつもりだったが、それは菫に断られてしまったらしい。

 

 結構なお金持ちである弘世家は、正月には親戚一同が集まるという。来年は高校最後の年で、白糸台でのインターハイ三連覇がかかっていることは親戚全員が知っている。会の主役の一人である菫が参加しない訳にはいかず、むしろ照も連れてこいという親戚の攻撃をかわすので精いっぱいだったらしい。宮永家からしてみれば、菫は家族四人で過ごすことのできる時間を作ってくれた、影の功労者だ。

 

 その功労者に迷子にならないように監督されて里帰りする照を、京太郎たちは駅の入り口で待っていた。照が菫の家に一晩泊まってきたので、宮永母に一日遅れての帰省である。

 

 妹である咲に同行しているのは京太郎とモモの二人。本当はここに淡も加わるはずだったのだが、彼女は前々から企画されていた家族旅行に出かけており、戻ってくるのは菫が東京に戻った後である。テルーの友達に会えないことを残念がっていたのも一瞬のこと。どうせ来年には会えるんだからと、あっけらかんとした顔で旅行に出かけてしまった。

 

 その代わりと言っては何だが、年末年始は皆で一緒に初詣に行くことになっている。本当は大星家も家族皆で初詣に行く習慣らしいのだが、謎の京太郎推しをしてくる大星母の鶴の一声により、淡はこちら側で参加の運びとなった。同級生四人の中では引率者役と思われているのか、大星母からは直々に、うちの娘をどうぞよろしくという電話までもらってしまった。意味が解らない。

 

 駅の改札口。咲は先ほどからそわそわとしている。そこまでじゃないんだからね、と常日頃から口答えをしているが、大のお姉ちゃん子であることはその行動からも良く見て取れる。照れ隠しなのは、京太郎他咲の関係者全員が知っていた。咲がどれだけ姉を愛しているのか一番理解していないのは、当の咲なのだ。

 

「お姉ちゃん!」

 

 案の定、照の姿を最初に見つけたのも咲だった。小さな身体で、ぴょんぴょんと跳ねて大きく手を振っている。普段の引っ込み思案から比べると、随分と大胆な行動だ。後で思い返したら真っ赤になってあうあう言いだすのは間違いないが、それは言わぬが花だ。

 

 京太郎たちの視線の向こうでは、照が咲の行動に羞恥を感じながらも手を振り返している。照も照で、妹が大好きなのだ。そして気質も咲と良く似ている。咲と違ってカメラの前では営業スマイルのできる照だが、それは不特定多数に向けるという覚悟が出来ているからだ。

 

 その隣には、リンちゃんこと菫がいる。照も十分に人目を引く美少女だが、菫は美人と表現する方が適切だった。染物の気配の一切ない真っ黒な髪を腰まで伸ばし、立ち姿もしゃんとしている。良家のお嬢様というのは歩き方まで教育されるものなのか。神境の姫君である小蒔も、また自由奔放を絵に描いたような咏も、きちんとするべきところではきちんとできる。菫もまた、同じタイプなのだろう。

 

「……やっぱり、凄い美人さんっすね」

 

 照と菫に手を振る京太郎の隣で、モモが茫然と呟いた。京太郎と出会ってからオシャレに更に気を遣うようになったモモは、自分の容姿が世の平均以上であることを自覚している。その視点から見れば親友である咲も淡も、咲の姉である照も十分美少女だが、菫はその三人の誰とも違う系統の『美人』だった。

 

 菫が美人であるという事実を、モモは京太郎から聞かされて知っていた。彼曰く、年上の異性の友達。男女間の恋愛感情なしに京太郎は菫のことを美人だと褒めていた。女のモモの目から見ても、その評価は正当であると言わざるを得ない。全国大会を二連覇した白糸台の現部長。宮永照の相棒として知られる彼女は、高校麻雀界では有名人である。

 

 照の実力と知名度に隠れてしまいがちではあるが、他人のあぶれた牌を狙い撃つ技術は高校生の中でも突出しており、ついた二つ名は『白糸台のシャープシューター』。もっとも、菫本人はその二つ名を気に入っていない。横文字なのがいけ好かないというのが、その理由だ。

 

「ああ。かっこいい人だよな、リンちゃん」

 

 そのかっこいい人を、世界で唯一『リンちゃん』などとかわいく呼べる人間はこともなげにそう言った。その距離感が羨ましいモモは、微妙な表情を更に微妙にする。現時点で、須賀京太郎と友人として最も距離が近しい異性は、京太郎の表情がはっきりと見えるくらいの距離まで近づくと、笑みを浮かべた。

 

「久しぶりだな、京太郎。また身長が伸びたか?」

「まだまだ伸びるよ。もっと上からリンちゃんを見下ろすこともあるかもな」

「世の男の半分は私より小さい。並んで歩くことに抵抗を覚えるよりはずっと良いよ。これからもどんどん、身長を伸ばしてくれ」

 

 言って、菫は腕を広げると軽く京太郎を抱きしめた。京太郎も、菫の背に腕を回してぎゅっと抱きしめる。男女のそれではないただの『ハグ』だが、自分の周囲でそれを見たことのないモモは、男女が目の前で抱き合っていることに目を丸くしていた。その片方が、自分が思いを寄せている男性なのだから驚きも一入である。

 

 モモは驚いているが、京太郎にとって菫との距離感ではこれくらいが普通だった。長野で言えば純ともこれくらいはやる。性別を感じさせない相手ならば、異性であってもスキンシップは容易である。菫との、特殊な距離感を実感する瞬間でもあった。

 

「さて、そちらは初めてだったな。弘世菫だ。こいつとは……何だ、昔からの友人ということになるのかな」

「それで良いんじゃないか。付き合いそのものは、結構短いけど」

「そう考えると不思議な縁もあったものだな……」

 

 感慨深げに呟く二人に、モモは驚きの声を挙げる。いつも見える京太郎と一緒だから気づくのが遅れたが、

 

「私のこと、見えるんすか?」

「気を抜くと見失いそうになるが、一応な。京太郎からは君の特徴と、照の妹さんと挟んで立つとは聞いていたからとりあえず見つけることはできた。見つけられないことで君に不快な思いをさせるかもしれないが、どうか許してほしい」

「そんなことはないっす! 見つけてくれて嬉しいっすよ」

「そう言ってもらえると助かるよ。改めてよろしく、東横さん。これで結構困ったところのある奴だが、京太郎のことをよろしく頼む」

 

 ふっ、と薄く笑みを浮かべる菫に、モモは危うく気持ちを持っていかれそうになった。女性に対しては初めての感情である。もしかしてこういうタイプに弱いっすかね……と内心のどきどきを誤魔化すようにしながら、モモは視線を逸らす。

 

 その間、咲との再会を一通り楽しんだ照は、次の目標を京太郎に定めていた。

 

「京太郎」

「照さんも、お久しぶりです」

 

 挨拶もそこそこに、照は大きく両手を広げた。私の胸に飛び込んでおいで、というサインなのは理解できる。咲の姉だけあっておもちは残念ではあるがそれはさておき。大方菫がやっているのを見て真似したくなったのだろう。気心の知れた人間ばかりの場合、自分の欲望に正直になるのが照の特徴だ。

 

 照の行為に、京太郎が浮かべたのは苦笑だった。照はお世話になった先輩である。その要望には最大限答えてあげたいのだが、ここは駅の出入り口で人の出入りが激しい。おまけに照は地元の有名人だ。今はまだ誰にも気づかれていないようだが、いつ人目を集めるか解らない。

 

 それに流石に、羞恥心というものがある。菫にはできて照にはできないというのもおかしな話だが、それはともかく。無言で照に歩み寄った京太郎は、彼女の希望とは裏腹に広げられた腕をそっと降ろさせた。

 

 バラ色の未来を疑っていなかった照は、自分の要望が叶えられなかったことに頬を膨らませ、かわいくむくれてみせた。高校生にしては、子供っぽい仕草である。宮永先輩ギャップ萌え! とか喜ぶ白糸台の後輩が見たら、鼻血でも出すのではないだろうか。

 

 照のかわいさに幸福感に包まれていた京太郎の代わりに、先に動いたのは今の宮永係だった。人の悪い笑みを浮かべた菫が、照の肩にそっと手を乗せる。抱きしめた人間と抱きしめてもらえなかった人間。その差は歴然だった。

 

 菫のことを親友と言ってはばからない照だが、今ばかりは敵である。むくれた表情のままきっと菫をにらみつける照だったが、むくれたままでは迫力もない。それで余計笑みを深くする菫に、照はついに実力行使に出た。拳を握ってぽかぽかやり始める照に、菫はついに声をあげて笑いだした。

 

「ははは。あぁ、照。残念だが、今回は空振りみたいだな」

「菫ばっかりずるい。私も京太郎と親睦を深めたい」

「私とお前ではキャラが違うということだろう。良かったじゃないか。意識はされているぞ?」

「それなら許す」

 

 菫の言葉に、照は即座に機嫌を直した。京太郎ではこうはいかない。同性ならではの切り口と鮮やかさに、京太郎から思わず感嘆の溜息が漏れる。照は既にむくれていたことなど忘れ、咲とモモと話に花を咲かせていた。その様は最強の女子校生の肩書など忘れたかのようである。

 

 すれ違う人々も、そろそろ照があの『宮永照』であることに気付き始めていたが、幸いなことに彼ら彼女らは良識的な人ばかりだった。照が家族、友達と仲良さそうにしているのを見ると、微笑みを浮かべて通り過ぎていく。

 

 そんな様子を、菫は満足そうに眺めていた。小言も言う。行動も制限する。照からすれば小姑のような鬱陶しさを感じることもあるが、二人は間違いなく親友だった。

 

「ところでさ、リンちゃん」

「今のトーンで何を聞きたいのか直感できたぞ。予め断っておくが、それは私のせいじゃない」

「…………すげーな。リンちゃん、エスパーかよ」

「今の照を見てお前から言われるとしたら、一つしかないだろうからな。繰り返すが、それは、私のせいじゃないぞ」

「それでもあえて言わせてもらうけどさ。照さん、長野にいた時よりもポンコツになってないか?」

「私のせいじゃないと言っただろう!」

 

 照に聞こえないような小声で、菫は吠えた。その声は非常に切実で、聞く者の心を締め付ける。宮永係を経験したことのある人間ならば、菫の感じたことに強く共感できるだろう。京太郎も菫の気持ちが痛いほど理解できた。

 

「私が何度『宮永照におかしを与えるな』と言っても、皆が面白がって照を餌付けするんだ。もそもそおかしを食べる照が、たまらなくかわいいんだとさ!」

「気持ちは解るよ。おかしを食べてる時の照さん、幸せそうだもんな」

「それは私も同意見だ。だがそれにしても節度というものがあるだろう。授業で体育がある高校生の内は良いだろうが、今からある程度節制させるようにしないと高校を卒業したら転がり落ちるように太っていきそうでな……」

 

 そんな先のことまで考えていたのか、と京太郎は密かに感心した京太郎は、菫の深い深いため息をBGMに照を見る。

 

 メディアに注目されるのは最強の女子高生という肩書があるからこそだが、今のメディアは実力以外にも売り込める要素があれば着目する。今の女子プロはドル売りできるならドル売りをするというアイドル路線を進んでいた。はやりのような『ザ・アイドル』路線とまではいかなくとも、グラビアを飾ったりモデルのようなことをしたり、女子プロが招待されるイベントの数は、男子プロの比ではない。

 

 数いる女子校生雀士の中でも外面が完璧な照はメディア映えしており、今の高校生の中では広島の佐々野いちごと並んで、雑誌グラビアのツートップを張っている。インターハイなどが近づけば各学校が前に出るようになるのだが、常にメディアに出ている照は、女子校生雀士の中では群を抜いた人気を誇っていると言って良い。恐るべきは、成績では照に遥かに劣るのに、同じくらいの露出がある広島の佐々野いちごである。

 

「照さん、そんなに太る体質じゃなさそうだけどな」

「男は本当に軽々しくそういうことを言うんだ。女がどれだけ見た目に気を使っているか、知らないだろう?」

 

 頭の天辺からつま先まで、一分の隙もない菫が言うと説得力が違った。美容だの体重だの、生まれてこの方自発的に気を使ったことのない京太郎は、菫にあっさりと白旗を挙げる。

 

「悪かったよ。精進する」

「頑張れよ。まぁそんな訳で、我が白糸台では色々と苦労しているんだ。本当に、何でお前が白糸台にいないのかと常々思ってるよ。お前がいれば照も言うことを聞いてくれて、私の仕事も随分と楽になるはずなんだが」

「その代わり、凄い選手を紹介しただろ? 麻雀歴は浅いけど、このまま練習を続ければ照さんの穴はほどほどに埋められると思う」

「それについては、監督もコーチも後援会も感謝していたよ。白糸台の関係者は、お前に足を向けて眠れないな。

私も照が抜けた後のことが心配で仕方がなかったんだが、お前がそこまで推してくれるなら問題ないだろう。白糸台の将来は明るいな。流石にあの照よりもポンコツということはないだろう――おい、ちょっと待て京太郎。どうしてここで目を逸らすんだ」

 

 それは気の毒過ぎて菫のことを見れないからだ。照とは方向性が違うが、淡も十分にポンコツである。しかも淡が白糸台に加入するのは照が卒業する前の話で、その時はまだ菫は部長として現役だ。加えて言うならばチーム虎姫に加入することも決まっているので、色々な意味で菫の後輩となる。既に宮永係をやっている菫の苦労は量りしれない。

 

「いや、俺の口からはとても……」

「お前、まさか、嘘だと言え。まさか本当に照よりもポンコツだと言うのか?」

「照さんよりは、とは言えないな。違う方向性で、同じくらいってとこだと思う」

「……………………高校生活最後の年が、楽しい一年になりそうで何よりだよ」

「リンちゃんが喜んでくれて俺も嬉しいよ」

「あぁ。言いたいことは山ほどあるが、気持ちを切り替えて考えていくとしようか。話題も変えよう。電話で私に教えを請いたいと言っていたが、どういうことだ? 私がお前に教えられることなど、そうないと思うが」

「あぁ。シャープシュートを教えてほしいんだ」

 

 京太郎の言葉に、菫はふむ、と小さく頷いて腕を組んだ。菫にとってみれば必殺技であるシャープシュートだが門外不出という訳ではない。相手は気心の知れた京太郎である。教えるのは吝かではないが、

 

「まず最初に断っておくが、誰もがコツを教わって実行できるようになる訳ではないことを念頭に置いてくれ。その上で話を進めるが、お前くらいの読みと技術があればある程度までは『シャープシュート』は実行可能だと思う。これから口頭でも伝えるが、後で書面にしたものを送付するから参考にしてくれ」

「悪いな。リンちゃんの必殺技なのに」

「それほど大層なものでもない。私のは他の選手よりも精度が少しばかり高いだけだ。似たようなことはトッププロならば造作もなくやってみせるだろう」

「高校生の中で狙い撃ちって言ったら、真っ先にリンちゃんの名前が出てきたぞ。小鍛冶プロから」

 

 かつて世界二位になった人から、しかも真っ先に名前が出ているということは、少なくともプロの世界において一定の評価を得ていることを意味する。健夜の目から見た場合、他者から狙い撃つという菫の技術は、どれだけ低く見たとしても女子校生の中で三指には入るということだ。

 

 照が高校に上がってから女子高生の情報もこつこつ収集するようにしている。防御ならば愛宕洋榎。速攻ならば末原恭子と、確固たる売りがあるプレイヤーは何人もいるが、今年インターハイに出場した中で狙い撃つ技術に限定するならば、菫の技術は間違いなく随一と目している。照れくさいので言葉にはしないが。

 

「褒めてくれるのは嬉しいが、お前今さらっと凄い名前を口にしたな。いや、お前の場合師匠が師匠だからな。プロとコネがあっても不思議ではないか」

「メアドも交換したぞ。たまに咏さんとかも含めてチャットで話すし」

「羨ましいには違いないが、いまいち関わり合いにはなりたくない催しだな」

「タメにはなるよ」

 

 いつも微妙にギスギスした空気になるけど、とは本人たちの名誉のために口にしない。オカルトがあまり介在しないネット麻雀で戦い、四人で行う感想戦は京太郎にとって大いに参考になるものだ。何より、咏もはやりも健夜も、タイプが異なるというのが心強い。

 

 プロの土台として共通の知識視点はあるが、最終的に頼みとする感性は大きく異なっている。トッププロの、それも視点の違う意見を3つも同時に聞けるあの時間は、京太郎にとって至福と言えた。

 

「そりゃあそうだろう。大金を積んででも参加したいという人間は大勢いるだろうさ」

「リンちゃんはそうじゃないってことか?」

「プロというのはどうにも違う気がするんだ。大学に行けばそこでも麻雀は続けるんだろうが、プロになってまで続けるかと言われれば、違う気もする」

「プロになれる実力があったとしてもか?」

「それは、それだけの実力を得てから考えるとしよう。私も、照に比べればまだまだだ」

 

 菫は力なく笑って見せる。照との相対評価にならざるを得ない点で、菫の自己評価は不当に低い。宮永照を間近に見てきたことは決して無駄ではなく、菫の技術を大いに向上させた。入学したばかりの頃は宮永照の腰巾着と陰口を叩かれたものだが、今もそんな陰口を叩く人間は白糸台の中には一人もいない。

 

 誰もが認める弘世菫の実力を、最も信じていないのが当の菫というのは皮肉な話である。最強の女子高生の隣に立つのも楽な話ではないのだ。

 

 

 

 

 




年末前半、第一話です。
次回、宮永さんちで卓を囲み、シャープシュートの講習会となります。

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