セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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57 中学生三年 新年の宣言編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2013年大晦日。受験勉強に追い込みをかける高校生も、とりあえずは勉強しなくても許される日。京太郎は宮永姉妹とモモと一緒に大星家の前に立っていた。淡のかねてからの提案で、年越しの初詣に行くためである。代表してインターホンを押すことしばし。全く応答がないことを訝しんでいると、いきなりドアが開いた。

 

「お待たせ!」

 

 ドアから飛び出した淡は、京太郎の前でくるーり一回転。ポーズを取ってぴたりとかっこよく止まろうとして、あっさりとバランスを崩した。淡が無駄にかっこつけようとするのも、それで失敗するのもいつものことだ。溜息を吐きながら腕を伸ばして支えてやると、淡はすこしはにかんだ様子で礼を言った。

 

「そんなに慌てて……」

 

 淡に次いで大星家から出てきたのは、彼女の母である。淡がもう少し上品になって年月を重ねたらこんな女性になるのだろうか。緩くウェーブのかかった燻った色の金髪も、彼女からの遺伝である。流石に姉妹というのは言い過ぎだが、一目見て親子と解るくらいに面差しが似ていた。

 

 故に、同級生に実は兄妹だという冗談が真に受けられる程度に容姿に共通項がある京太郎が大星親子と並ぶと、家族に見えた。中々様になったスリーショットに、京太郎のことを憎からず思っている少女三人はむっとしている。大星母は、そんな少女らをちらと見た。

 

 自分の娘だけあって淡は見た目だけなら文句なしの美少女である。それに反比例するように中身が残念な訳であるが、それも愛嬌と受け取ってくれる男性も少なからず存在するだろう。現に京太郎は間違いなくその口である。残念な娘を良いな、と思ってくれる少年を逃がしてはならないと、大星母はあの手この手を使っていた。

 

 そんな大星母にとって、娘の友人たちはライバルでもある。容姿が十人並というのであれば気にもしなかっただろうが、こうして改めて見ると美少女揃いである。中でも大星母の目を惹いたのは、宮永照だった。

 

 優れた技能を持った女子校生が容姿にまで恵まれているという例は少ない。それ故に、二物を与えられた美少女雀士は世間から注目される訳だが、インターハイを個人と団体で二度制した宮永照は近年稀に見る才媛である。ファッションモデルの真似事もすれば、真面目な専門誌で何度も特集が組まれることもある。

 

 地元の有名人の一人であり、将来日本を代表する麻雀選手になるだろうことは、現時点で疑いがない。これで巨乳なら手がつけられなかっただろうが、流石に天は三物四物与えなかった。スレンダーなモデル体型ではあるが、巨乳ではない。この点だけならば、現時点でも淡の勝ちである。

 

 安心できるところもあるが、憂慮すべき点の方が多いのが難点だ。高校からは東京に行くのだし、中学最後の思い出とか適当なことを言って押し倒すくらいのことはすれば良いのに……と大星母は思っていたが、おかしなところで純情な娘はこういう所で攻勢に出ることができないでいた。

 

 そういう落差が良いと思う男子もいるだろうが、長野だけでこれだけ女子が周囲にいるのを見るに、全国にはこの五倍の数は恋する乙女がいると見て間違いないだろう。悠長にしている時間はない。今日も色々炊きつけては見たが、淡の反応は芳しくなかった。愛情も大事だが、今は友情と思っている節がある。

 

 歯痒いがそれも青春だろう。後悔して後で大泣きするかもしれないが、それも良い経験だ。戦う前から負けた時のことを考える弱気な思考を振り払う。うちの娘は美少女なのだ。とりあえず前向きに考えることにして、大星母は京太郎に向き直った。

 

「うちの娘をよろしくね、須賀くん。色々な意味で」

「お預かりします」

 

 京太郎はきちんと頭を下げる。並んで立つと淡の兄たちよりも兄妹に見えるのに、淡と違って対応が紳士的だ。聞いた話では女性に囲まれた環境で育ったというが、生まれてこの方ずっとそうなら、こういう風になったというのも頷ける。

 

 時間があれば、淡を入れずにゆっくりとお茶でもして話をしてみたいのだが、流石に娘なしで娘の友人と顔を突き合わせる訳にもいかない。まして、京太郎は大星家の男どもの受けが非常に悪い。出てくるなと念を押したから出てこないが、今もドアの向こうでは京太郎に対する男どもの怨念が渦巻いていることだろう。憎しみだけで人を殺せるならば、京太郎はとっくに死んでいる。

 

 男一人女四人で楽しそうに話しながら歩いて行く娘の背中を見送っていると、その娘が女三人で手を繋いで歩いているのが見えた。どうしてそこで男の手を取らないのだろう。もうちょっと積極的になれば良いのに、と小さく溜息を吐きながら、大星母は家に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的の神社は、大星家から歩いて十分程のところにあった。

 

 この辺りに住んでいる人間で初詣に行こうという者は、大抵この神社に行く。霧島神境とは比べるべくもないが新子神社よりは大きい。そんな地方の少し大きめの神社である。

 

 現代人らしくぱぱっとお祈りを済ませ、今は散策の最中である。人ごみを見れば知った顔もいた。ちょうど視線があったのは、クラスメートの男子である。彼は京太郎を見つけると親し気に笑みを浮かべ、次いで彼の周囲に美少女が四人もいるのを発見し、『けっ』としかめっ面を浮かべて離れて行った。

 

 彼らは男子五人で寂しく初詣に来た。京太郎とは色々な意味で住む世界が違うのである。

 

 京太郎が同級生の男子に振られ黄昏ていることなど知る由もなく、少女たちは新年の夜を楽しんでいた。四人は思い思いの恰好で着飾っている。放っておくと少年のような恰好をすることもある咲も、今日はおしゃれさんだ。全員で振袖を着るかという案も出たらしいのだが、それは却下されたと後になって聞いた。モモと咲が振袖を持っていないから、というのがその理由である。

 

 淡は元から振袖を持っていたらしいが、咲が持っていないのに照だけ持っているというのは、おかしな話である。宮永さんちは姉妹を分け隔てなく扱っている。一時期喧嘩をしていたが、基本お姉ちゃん子である咲が照の真似をしないはずもない。

 

 その理由を聞いてみると、照は困ったような顔でそれを話してくれた。

 

 照の振袖は、菫の祖母に貰ったものであるらしい。去年の年末のことである。インターハイの団体と個人を制覇した照を、菫は自分の友人として実家に連れていき、祖母に紹介した。何より孫を愛しているらしい弘世の刀自は孫の友人の活躍にも大層喜び、それなら何か贈り物をと、自分のお古で悪いが……と、昔使っていたという振袖を照に譲った。

 

 ぱっと思いだせる和装をした記憶は七五三の時くらいであるが、弘世の刀自が持ち出してきた振袖は、照の目には高級品に見えた。嫌な予感がした照は菫を見たが、親友は力なく首を横に振るばかりである。断るという選択肢はない。悪いと思いながらも、照はそれを素直に受け取った。

 

 その後、早速着てみてくれと弘世の刀自にせがまれて、菫と一緒に小さなファッションショーを開き、写真を撮られまくられたらしい。取材慣れしている照だが、耳目を集めるのが好きな訳では決してない。どちらか自分で選べるのだとしたら、咲の姉らしく静かな環境を選ぶのだが、取材はできるだけ受けるべしというのが部の方針であり、人の好意は無下にしないというのが宮永家の方針である。

 

 ちなみに、照の予感の通り貰った振袖は高級品だった。それに慌てたのは、宮永家の両親である。お返しをした方が良いのかとか、するならそれはどの程度の物が良いのかとか、ああでもないこうでもないと話しあいが続いたらしいが、それに照は全く関わろうとしなかった。

 

 振袖は気に入ったから宝物にした。個人的にお礼の手紙も送った。照にとってはそれで完結した話である。

 

「京太郎は振袖の方が良かった?」

「今の恰好も素敵ですよ」

 

 呼吸をするように口から出る京太郎のお世辞に、照は満更でもない様子である。

 

 和装は和装で好ましいが、洋服には洋服で趣がある。女に優劣を付ける男はクソ野郎であると幼い頃から教えられて育ってきた京太郎は、女性の服装に関しては割と自由な思想を持っていた。自分と並んで歩いている女の子たちが、着飾ってはしゃいでいる。須賀京太郎という男はそれだけで満足なのだ。

 

 神社を見ると思いだすのは霧島神境だ。鹿児島に住んでいたのは約一年だが、その印象は強い。小蒔や六女仙の皆の神楽舞はイベントの名物らしく、美しい巫女の神楽舞を見るためだけに遠方から足を運ぶ人間もいる程だ。実際、舞などには興味のない京太郎でも見とれる程、本職の巫女さんの神楽舞は美しい。

 

 そういう大規模であったり歴史の長いイベントに比べると、普通の神社の初詣というのはどこか物足りない。出店が出ていて、そこでお祈りをするだけ。クラスメートや友達と連れだって深夜に大手を振って行動できるというのが、イベントと言えばイベントだろう。

 

 今年も小蒔や皆は踊っているのだろうか。落ち着いたらメールでもしてみようと考えながら連れの少女らを見ると、雅な物思いに耽っていた京太郎と異なり既に出店に夢中だった。

 

 彼女らからすれば、初詣が物足りないということはないらしい。淡はあれが良いこれが良いと好き放題買いまくり、照はお菓子で両手が一杯だ。咲とモモはそれを苦笑しながら眺めている。この二人は特に何も買っておらず、祭の雰囲気だけ楽しんでいる風である。

 

「京太郎は、何も買わないの?」

「俺は特に良いかな」

 

 そもそも夕飯は食べてきたので、特に腹も減っていない。もしゃもしゃと次から次へと食べる淡や照を見ているだけで、腹など空かなくなる。照も淡もとにかく美味しそうに物を食べていた。この間まで一緒にいた菫が部員が勝手にお菓子を与えて困ると愚痴を言っていたが、部員らの気持ちも解る気がした。小動物のようにもそもそお菓子を食べる照は、二つも年上ではあるがとにかくかわいい。淡もまた同様だ。これだけにこにこ物を食べるなら、作る人間も作り甲斐があるというものだ。

 

「淡、ソースが着いてるぞ」

「ほんと? 取ってー」

 

 まったく、と毒づきながらも、京太郎はハンカチを取り出して淡の頬を拭ってやる。その間もたこ焼きを食べ続けようとした淡の頭に、京太郎は躊躇いなくチョップを落とした。良い所に入ったのか、涙目で見上げてくる淡に溜息一つ。

 

「お前、来年高校生なんだぞ。食べるならもう少し綺麗に食べろ」

「その時は京太郎が、拭いてくれるから良いもん」

「俺は白糸台までお前の世話をしにいくのか……」

「いいねそれ。淡ちゃんが有名になって一杯お金稼いだら、京太郎をお世話係として雇ってあげる!」

「そういうことは一杯お金稼いでから言ってくれ」

「だって、早めに言っておかないと、テルーとサキーに持ってかれそうだし」

 

 ねー、という淡の視線の先には、もそもそ綿あめを食べる照と、べたべたになったその頬を甲斐甲斐しく世話をしている咲の姿があった。淡の言葉に、京太郎は首を傾げる。既にプロからも注目されている照は良いとして、咲もというのは解せない。

 

 宮永照に妹がいる、という噂くらいはあるだろうが公式戦に出たことのない咲の知名度は低い。デビューすれば活躍するに違いないが、これ程気の早い話もない。疑問を込めて咲を見ると、彼女は頬を少し朱に染めて視線を逸らした。照はいまだに綿あめに夢中である。

 

「京太郎、ちょっと甘酒買ってきてくれない?」

 

 唐突に、甘酒の出店を指して淡が言う。どの出店も混雑しているが、甘酒の出店は特に混雑していた。並ぶにはタイミングが悪いが、京太郎も何か温かい物を飲みたいと思っていた所だ。甘酒飲みたい奴、と適当に点呼を取ると、わたあめな照も含めて全員の手が上がった。

 

「了解。それじゃあ五人分買ってくる。迷子にならないようにしっかり頼むぞ、モモ」

「任されたっすよ!」

 

 宮永姉妹は二人とも迷子の常習犯だし、淡はとにかく落ち着きがない。この四人の中で頼れるのはモモしかいなかった。甘酒の列に並ぶ前にちらりと照を見る。年長者なのに子供扱いされたことにふくれっ面になっているかと思えば、やはりと言うか何というかまだ綿あめに夢中だった。

 

 この状態で良く甘酒アンケートが聞けたものだ、と思いながら京太郎は財布を取り出し残金を確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……淡ちゃん、京さん抜きで何か話があったんすか?」

「さっきの話じゃないけど、今の内にはっきりさせておこうと思ってさー」

 

 

「この四人は皆、京太郎が大好きってことで良いんだよね?」

 

 

 淡の言葉に、照のお菓子を食べる動きさえ止まる。咲とモモは頬を染めて視線を逸らし、照は淡をじっと見返していた。同級生の咲とモモとは何度もこの話をしたことはあったが、年末に帰省した照とはほとんど初対面である。淡の言葉は主に照に向けてのものだった。

 

 照の側からすると、淡の言葉にバカ正直に答える必要はないのだが、ここで否定しても意味がない。幸いにして京太郎は甘酒の列に並んでいる。咲たちの友達でもあるし、来年からはチームメイトだ。正直に答えても構わない。そう判断した照は、小さく頷いた。その答えに満足した淡は、笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

 

「良かった。それでさ。テルーとサキーって仲間だよね。こう、同盟っていうの?」

 

 これには、宮永姉妹の動きが完全に停止した。

 

 口に出して同盟をしようと言った訳ではないが、他に持っていかれるくらいなら共同戦線を張ろうというのは、姉妹の間では暗黙の了解だった。自然発生的に割と最初の頃から成立していた同盟だが、モモはともかく淡にはしばらくは隠し通せると思っていた。

 

 淡の口調は確信に満ちている。証拠はないだろうが、絶対にそうだと信じている風だ。隠しても状況は悪い方に転がるが、公にしてもそれはそれで悪い方に転がる。

 

 何故なら血縁者という要素を持っているのは、この中では宮永姉妹だけだからだ。血のつながった姉妹であるから、最悪京太郎が自分ではなく相方とくっつくことになっても、義兄となるし義弟となる。身内になってしまえば後はこっちのものだ。とにもかくにもまずは引っ張り込むこと。

 

 それはモモたちにはない宮永姉妹のアドバンテージだが、それを公にして淡は何を言いたいのだろうか。三人の視線を一身に集めた淡は、気分よく軽くポーズを決めて宣言する。

 

「だから、私はモモと組むことにしたから!」

 

 いきなり名前を出されたモモは、ぽかんと口を開けて固まってしまう。事前に相談があったのならばまだしも淡のこの発言は完全に彼女の独断である。

 

「…………淡ちゃん、どういうことっすか?」

「何とかランドとなんとかランスがなんとかランドと戦うのに何とかランスになったってお父さんが言ってた。私とモモはそんなやつ!」

「なんとかばっかりで解らないっすよ……」

 

 もしかして『Auld Alliance(オールドアライアンス)』のことっすかね……と気づきはしたが、モモは黙っておいた。フランスを表現するのに何とかランスとなってしまうあわいい友達に、それが正解かどうかを確認する手段はない。

 

 とりあえず、咲と照のように同盟を組みたいのだ、ということは理解できた。一人で戦っている所に二人がかりでいることを正直ズルいとは思うが、糾弾することはできない。自分だって、咲と同じ立場だったら同じようなことを考えただろう。

 

 それにあの同盟には戦力の面では有利となるが、最終的な利益が最大値の半分になることが半ば確定している。自分以外を仲間に引っ張り込むというのは、そういうことだ。その点京太郎を一人占めしたいモモは、同盟を組めるものではない。最終的に目指すところは淡も同じだったはずなのだが。疑問に思ったモモはそれを問うてみた。

 

「でも淡ちゃん、私は同盟を組んでも淡ちゃんにできることがないっすよ?」

 

 宮永姉妹が同盟を受け入れることができたのは、どちらがゲットしても最終的には京太郎が身内になるからだ。モモと淡の組み合わせでは同様の効果を得ることはできず、同じような同盟は成立しえない。そもそも、好きな人を半分こで妥協できるようなそんな恋愛はしたくない。同盟相手が大親友の淡であってもだ。

 

「知ってるよ? 私も半分こはやだし」

「それでどうして同盟になるんすかね」

「だからさー、こう、誰かが京太郎とくっつくのは最後の最後な訳じゃん? だからそれまでは、一緒に仲良くなるってことも、できるかなーって思うんだ。もちろん、モモが良い思いしたから私にもって言うんじゃなくて、上手く言えないんだけどさー」

 

 そろそろ知恵熱を起こしそうな雰囲気である。元来、淡は考えることが得意ではない。モモとの同盟はそれがベストだと感性で判断したから口にしたのだ。それで大目玉を食ったこともあるが、そこに至るまではとても楽しかったのだから、後悔はない。

 

 何より今回は大親友が一緒なのである。共に恋愛を楽しめるのなら、淡にとってもこれ以上のことはなかった。

 

「とにかく! サキーとテルーは二人でずっこいから! 私も誰か仲間が欲しいの! モモ! 仲間になって!」

 

 論理的ではない必死さに、モモは笑みを浮かべた。いかにも淡らしい。最終的なゴール直前までの共闘。淡はそれでも良いと言っている。信頼と見るべきか何も考えていないと見るべきか。判断に困るところだったが、モモはこの淡らしさを信じることにした。

 

「良いっすよ。淡ちゃんと同盟を組むっす」

「決まりだね! 負けないからねサキーにテルー!!」

 

 モモを抱きしめた淡が、得意げに宮永姉妹を見る。京太郎の言葉を借りるなら、頭にチョップを食らわせたい小憎らしい笑みだったが、姉妹の視線は淡の顔ではなく胸部に向けられていた。二人の胸は中学生にしても発達している。これでまだ成長中というのだから、高校生、そして大人になった頃にはどれ程になるのか想像もできない。

 

 宮永姉妹は自分の胸元を見た。決して平坦な訳ではないのだが、淡やモモと比べると誤差のようなものである。彼我の戦力差は圧倒的だ。同盟が消極的でなければ、結成された時点で勝負が決していたかもしれない。

 

 淡は白糸台に行く。モモは鶴賀に進学する。京太郎と一緒の学校に行くのは咲だけで、それが有利な点には違いないが、咲の同盟相手である照も淡と同様に白糸台に通っている。同盟を組んだ利点を活かせる人間は、事実として京太郎の周囲からいなくなってしまう。

 

 境遇だけを見れば、咲の独壇場である。京太郎との高校生活は三年間続く。その間ライバルが現れないという保証はないが、既に仲良しというアドバンテージがある。これを活かすことができれば高校の内に勝負を決めることも夢ではない……と思いたいところだが、そのためには今までとは違うことをする必要がある。

 

 中学三年をかけても、大した進展はなかったのだ。同じ気持ちのままでいたら、それこそ、中学と同じ三年間を高校でも過ごすことになりかねない。今年――もう去年だが、インターミドルを制覇した原村某のような、京太郎の好みが具現化したような存在が同級生にいたら、アドバンテージなど一気に霧散する。同盟を組んでいても、状況は暗い。

 

「戻ったぞー。なんだ、どうした? 妙な雰囲気だけど」

「別に何も? 女の子同士の話しあいをしてただけだよ。あ、甘酒ありがとう。お金払うねー」

 

 一番切り替えの早い淡が、京太郎からぱぱっと甘酒を受け取る。一ついくらかは解っていたので、全員が小銭と引き換えに、京太郎から甘酒を受け取る。京太郎が離れる前と変わったのは、淡がモモと同盟を組んだということだけで、具体的に何か違いが生まれた訳ではない。

 

 そのはずなのだが、気の持ちよう、認識一つが違うだけで、四人の空気はしっかりと変わった。例えば距離感、例えば物の見え方。好きだと思っている京太郎を見る視線にさえ、違う意味が込められた気がした。

 

 つつ、と淡が京太郎の右側に移動する。それに呼応するように、モモが左側に移動していた。

 

「それじゃ、もう少しお店を見てから帰ろっか」

「そうっすね。私ももう少し、お店を見たいっす」

 

 言うが早いか、淡は京太郎の右腕を取り、モモは左腕を取った。早速の同盟権行使である。共に戦う仲間ができた。ただそれだけの事実が、淡とモモを少しだけ積極的にしていた。宮永姉妹は完全に出遅れた形である。今まで五人だった集団が、たったの一瞬で三人と二人になってしまった。

 

 いきなり腕を取られた京太郎は目を白黒させているが、淡たちは彼のことなどお構いなしにぐいぐい腕をひっぱり、先へ歩いて行く。ついでにぐいぐいと胸も押し付けられていたが、状況に混乱している京太郎はそれを堪能する余裕はない。

 

 そんな三人の背中を、宮永姉妹は並んで歩きながら眺めていた。友達である。親友である。その事実に変わりはないが、大星淡と東横桃子という二人の名前に、宮永姉妹にとって別の意味を持つことになった。

 

 強敵、宿敵、つまるところの……恋敵(ライバル)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おもちアライアンスはこうして結成されましたとさ。

次回から怜覚醒編です。

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