セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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62 中学生三年 六人の麻雀部編①

 人間は環境に適応する生き物だと聞いたことがある。どんな過酷な環境でも、慣れ親しめばそれが普通になるのだと。岩手にいたのは約一年。この寒い冬も経験したはずのものなのだが、今感じている寒さはあの時感じたものよりもかなり寒いように思えた。

 

 これくらい普通だよ、と小さな先輩は言いそうである。長いこと岩手で暮らしていたらそうなのかもしれないが、基本関東よりも西で過ごしてきた京太郎にとって、岩手の冬はやはり寒いのである。冬の寒さに身震いしながら、一泊二日の荷物を抱え駅に着いた京太郎は迎えの人の姿を探した。

 

 ここが宮守女子の最寄り駅である。普段、電車通学の学生が使う駅でもあるから、学校までは歩きでも行けるはずなのだが、白望たちは迎えを寄越すと言ってくれた。顧問の先生、優しいおばあちゃんと、昔馴染みの評判は良い女性だが、その名前を聞いて京太郎は驚いたものである。

 

 駅のロータリーである。視線を上げるとその先に、品の良い老婦人がいた。あぁ、と思わず京太郎から溜息が漏れる。想像していた通りの人だ。佇まいからして既に、強者の雰囲気である。霧島神境で、年嵩の巫女さんを見た時に感じた凄みが、眼前の老婦人からも感じられた。あれは間違いなく、逆らってはいけない類の人だ。

 

 京太郎の視線に気づいた老婦人は、それで微かに笑みを浮かべた。若い時には、モテただろうことを思わせる穏やかな笑みに、京太郎は寒さも緊張も忘れて、頭を下げる。

 

「須賀京太郎です。お迎え、ありがとうございます」

「熊倉トシだ。遠い所よく来たね」

 

 軽く握手を交わし、トシに促されて車に乗る。彼女の運転で、行きは宮守女子まで向かうことになっていたのだ。今日の集まりが終わってからのことは何も聞いていない。宿泊先のお嬢さんが、ダルがって何も説明してくれなかったのである。

 

「私のことは聞いてるみたいだね」

 

 車を運転しながら、視線も外さずにトシが言う。トシが宮守にやってきたのは三学期に入ってからのことだ。よく話はするし相談にも乗ってくれる頼りになる人、というのが白望たちの評価である。来歴については興味がないのか、人となりについての情報は全くと言って良い程上がってこない。

 

 京太郎が知っているトシの情報は主に、健夜と晴絵から仕入れたものだ。協会の上層部にも食い込んでいて、凄まじく顔が広く、麻雀業界におけるオカルト分野の第一人者、ということである。あの二人の先生というだけでタダ者ではない気はしていたが、それらの要素に加えて実際に会ってみると、タダ者じゃなさが良く解った。

 

「はい。健夜さんと、晴絵さんから」

「あぁ……私が今迄面倒見た中でも、とびっきりの二人だね。妙な縁もあったもんだ」

 

 トシは昔を懐かしむように微かな笑みを浮かべ、京太郎に視線を向けた。何でも見透かしそうな深い視線に、思わず背筋がぞくぞくとする。

 

「健夜はあれで、なんだかんだ人生楽しめるタイプだからね。やさぐれようが婚期を逃そうが一人でも生きていけるだろうから知ったこっちゃなかったんだけど、晴絵はねぇ……気丈に見えて打たれ弱いところがある。私が誘ったチームはあの娘に大した機会もやれずに勝手に潰れちまったし、会社を離れるって言うから心配してたんだけど、あんたの顔を見るに、大丈夫なんだろう?」

「はい。阿知賀女子の顧問に就任するって話です。十年前を再現するんだって、意気込んでましたよ」

「そう言えば、教職を取ってあるって言ってたね。あの娘が教師か。長いこと自分の痛みと向き合ってきた子だ。きっと、良い先生になるだろうさ」

 

 晴絵は素の運量が中々太い上に、相手を見た分析に重きを置くタイプである。その分析力はとても鋭く、時間さえかければどんな僅かな癖でも看破するだろう精度を誇っている。京太郎自身、幼い頃から磨いてきた観察力にはそれなりの自信があったが、まだまだ晴絵には敵わないという認識である。

 

 その分析力に鋭い晴絵が監督をし、昔の教え子を集めて、かつて自分が所属した部を率いるのである。地元は大盛り上がりになるだろう。奈良の常勝校である晩成高校はこの事実を知れば気が気ではないのだろうが、戦略的な事情もあり、阿知賀のレジェンド復帰は直前まで伏せておく予定らしい。

 

 当座の目標は全国制覇、直近のIHに向けて活動を本格化――ということだろうが、晴絵の実力を知っている面々は更にその次のステップにも目を向けるに違いない。

 

「熊倉さんも最終的にはその先にって考えですか?」

「あんたは、あの子にプロになってほしいのかい?」

「強い人の麻雀は、見てて面白いですからね。赤土先生は、俺が会ったことのある中で十指に入る強さです。色々な強敵と戦ってる所を見てみたい、というのが麻雀好きの本音です」

「晴絵を捕まえて十指とは贅沢な話だねぇ。流石、あの三尋木が取った弟子なだけはある」

「…………もしかして、知らないことはなかったりします?」

「婆は何でも知ってるのさ。伊達に長く生きてないよ」

 

 ほほほ、と上品に笑うトシに、京太郎は背中に汗が流れるのを感じた。

 

 そう言えば、トシの人となりを軽く聞き、最後に彼女を一言で表現するなら、と二人に聞いてみた。京太郎としては何気ない、軽い質問のつもりだったのだが、国内無敗の全冠(グランドマスター)も阿知賀のレジェンドも、恩師についてはただ一言。苦笑をしながら、全く同じ答えを返した。

 

 曰く、妖怪みたいな人。

 

 会ってみてしみじみと実感した。なるほど、確かにこの人は妖怪である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイスリンがニュージーランドから岩手宮守に引っ越してきて、しばらくになる。こちらでできた友人はあまりに何もない地元に、エイスリンが飽きたりしないか頻りに気にしてくれたものだが、何もなさではエイスリンの地元も似たり寄ったりであったので、あまり気にはならなかった。

 

 カタコトではあるが日本語が話せたのも大きかったのだろう。これにホワイトボードでイラストまで描けばコミュニケーションには不自由しない。不安がなかったと言えば嘘になる日本での生活に慣れ始めた頃、エイスリンにも新しい友人ができた。

 

 名前を小瀬川白望という。クラスで前の席に座っている美少女で、いつもダルダルしているのが玉に瑕だ。ある日、家に帰ろうとしていたエイスリンが白望を見ると、いつものダルダルと違って見えた。何となくお腹が空いているんだなと察したエイスリンは、持っていたパンを差し出すと、白望は何の躊躇いもなくそれを受け取った。

 

 もそもそとパンを食べきった白望は、ガラス玉のような瞳をエイスリンに向ける。

 

「エイスリンさんだっけ? この後暇?」

 

 デートのお誘いにしては地味な誘い文句だったが、シンプルでダルダルしていたそのお誘いが気に入ったエイスリンは白望の誘いを受けることにした。何もないこの辺で何処に連れていってくれるのだろうと楽しみにしていたエイスリンが連れていかれたのは、麻雀部の部室である。

 

 麻雀という競技について、エイスリンはあまり知らない。ニュージーランドでも一応人気はあるのだが、エイスリンの周囲ではあまり流行っていなかったために、今まで牌に触れる機会がなかったのだ。部室を訪れ、白望を含めて三人しかいないという現状を説明されるに、これがデートのお誘いではなく部活の勧誘の類であったことを理解する。少し残念に思ったが、それでも、教室でも体育の授業でもずっとダルダルしている白望が、何かに打ちこんでいるという事実に、エイスリンは興味が湧いた。

 

 何か部活に入りなさいと、親に勧められていたエイスリンは、ちょうど良い機会だとそのまま入部することにした。幸い素質に恵まれて居たらしく、麻雀の腕はぐんぐんと伸びていった。対戦相手はいつも同じメンバーだったが、顧問のトシはとても強く、後に豊音が加わってからは公式戦にも団体で出られるようになった。補欠のいない弱小チームであるが、出られるかそうでないかは大きな違いである。

 

 夢は大きく全国制覇。大きな目標を掲げた冬のある日、公式戦の要綱を確認していたエイスリンに、何でもないことのように部長の塞が答えた。

 

「うちはエイちゃんたちも含めて部員は六人だよ」

 

 ?? とエイスリンと豊音は揃って首を傾げる。自分たちを含めて、この部室では五人しか部員を見たことがない。顧問のトシを含めれば六人だが、彼女を部員と表現するのは違和感がある。どういうことかしら、と首を傾げていると、種明かし! と胡桃が薄い胸を張って教えてくれた。

 

 元々、胡桃塞白望の三人で小学校の頃から麻雀サークルを結成していたのだという。メンバーは小学校中学校を通して全く増えなかったのだが、結成当時にはもう一人メンバーがいて、その人物は今も名誉部員としてカウントされているのだという。

 

「そんな二人のために、そのもう一人のメンバーを紹介する機会を設けました! 今度の土日にこっちに来ることになってるから、部室で紹介するね! 団体メンバーが五人揃ったって知らせたら、喜んでくれたんだよ!」

 

 小さい身体の割りにお姉さんぶろうとする胡桃にしては珍しく、見た目相応にはしゃいでいる。それ程、もう一人のメンバーに会うのが楽しみなのだろう。見れば白望も塞も嬉しそうだ。一体どんな人なのだろう。聞いても全く教えてくれないから想像するしかないエイスリンだったが、あの三人があれほど懐いているのだから良い人に違いない。まだ見ぬメンバーを心待ちにしながら平日を過ごして、土曜日。期待に胸を膨らませたエイスリンの前にトシが連れてきたのは

 

「初めまして、須賀京太郎です」

 

 何と男子だった。実はメンバーは他にいる、という気合いの入ったジャパニーズ・トラディッショナル・ジョークなのかと胡桃たちをみれば、悪戯大成功! とハイタッチを交わしている。どうやら彼が六人目で間違いはないらしい。

 

 脳内の混乱を鎮めるように、一端深呼吸する。驚いたが、男性が最後のメンバーなのは別に問題はない。別にエイスリンは男嫌いという訳ではないし、胡桃も塞も一度も、六人目は女性と嘘を吐いた訳ではない。唯一、男性なのに女子高の敷地に足を踏み入れていることに懸念があるが、顧問のトシがおり部外者を引き入れる段階で性別についての問題はクリアしているのだろう。

 

 ならばエイスリンが気にすることはない。胡桃たちの友達なら、自分の友達である。男子だけど仲良くしようと、自己紹介のために前に出たエイスリンを、胡桃が遮る。彼女の顔にはまだいたずらっ子の笑みが浮かんでいた。六人目が男子であるというのもエイスリンにとっては十分にサプライズだったが、それはまだ終わらないらしい。

 

「京太郎はね、珍しい動物を飼ってるんだよ。写真持ってるよね、見せてあげて」

 

 胡桃の突然の提案に、京太郎は首を傾げている。自己紹介さえしてない相手に見せるものでもない気がしたが、彼にとって年上の女性のお願いというのは、命令に等しい。黙ってスマホを操作して、ペットの写真を呼び出す。

 

「うわー、ちょーかわいいよー」

 

 隣では豊音が目を輝かせている。そういう貴女の方がちょーかわいいわよと思いつつも、エイスリンもスマホに視線を落とした。画面にはのんきな面構えをした大型のげっ歯類がいた。のんびり寝そべっている一匹の上に、もう一匹がのしかかっているという、二匹の力関係が見える構図だった。

 

 確かカピバラという名前で、飼育にはそれなりにお金がかかると聞いている。それを二匹も飼っているのだから眼前の京太郎はそれなりにお金持ちなのだろう。男性の外的要素がエイスリンも気にならないではなかったが、それ以上に視界の隅で笑みを浮かべている胡桃と塞が気になって仕方がない。

 

 サプライズはまだ終わっていないのだが、スマホにも京太郎にも怪しい気配はない。ここから何がサプライズなのだろうと悩んでいるエイスリンを他所に、カピバラ二匹のかわいさに負けた豊音はさっさと自己紹介を済ませ、京太郎を親睦を深めている。

 

「ねぇ、この子たち何て名前なの? 男の子? 女の子?」

「二人とも女の子ですよ。上のやんちゃなのがウタサンで、下ののんびりしたのがエイスリンです」

 

 えー、という豊音の声に、エイスリンはようやくサプライズの肝がこれだと理解した。一転、気まずそうな顔をしている豊音に、胡桃たちはこちらの様子を伺っている。別に悪意は感じられない。驚いた? という無邪気さが感じられる視線を受けて、エイスリンは京太郎の前に立った。

 

『エイスリンっていうのはね、私のママが大好きな女優さんの名前なの』

 

 自らの名前の由来を説明するエイスリンが使っているのは、しかし、日本語ではなく英語である。それも意識してニュージーランド訛りを強くした、早口のものだ。

 

『ママが、こんな素敵な女性になってねってつけてくれた名前なのよ? それなのによくもげっ歯類に同じ名前をつけてくれたわね! まぁ、この子もかわいいし、貴方も背が高くて少し好みの顔立ちをしてるから許してあげるけど、シロたちの友達だからってあまり調子に乗らないことね!』

 

 言いたいことを全て英語で言いきった後、『ワタシ、エイスリン。ヨロシク!』とカタコトの日本語で締める。その際、にっこりほほ笑むことも忘れない。日本に来てから、少なくとも同級生の中では、エイスリンの英語を理解できた者はいない。宮守全体でも、英語で会話できるのは麻雀部の顧問であるトシの他、英語教師くらいのものである。

 

 当然、京太郎に通じるはずもない、ということでエイスリンは英語を使った。話した中には京太郎に対する文句も入っていたが、英語が理解できないのではそれを口にする意味がない。完全な自己満足であるが、エイスリンはそれでも良かった。色々と思うところはあるが、塞たちの友達であれば自分の友達である。できることなら仲良くしたいし、ちょっとムカついたという事実を後に引きずるのも嫌だった。

 

 この感情はここで水に流す。そのつもりでエイスリンはまくし立てたのだが、京太郎から帰ってきたのは予想通りの困惑と、予想外の言葉だった。

 

『それは申し訳ありません。うちもこいつの名前を決めたのは母なんですよ。俺が決めたのはもう一匹のウタサンの方で……』

 

 エイスリンにも十分に通じる英語が、つらつらと京太郎の口から紡がれるに至り、エイスリンの混乱は頂点に達した。その間も、京太郎はカピバラについて何か話していたが、エイスリンの耳には届いていない。エイスリン・ウィッシュアートとて、年頃の女の子である。同年代の男性に『好みの顔立ちをしてる』なんて口にして平然としていられる程、男性とのお付き合いがあった訳でもない。

 

 しばらく英語で話しかけていたが、真っ赤になったまま反応がないのを見ると、京太郎は助けを求めるように白望たちを見た。昔馴染みの少女たちは、そろってお前に任せるという仕草をした。任せると言われても困る。京太郎の経験上、こういう状態の少女と絡むとロクなことがないのだが、自分がやらないと話が進みそうにない。仕方なく、というのを顔に出さないようにしながら、京太郎はエイスリンに向き直った。

 

『その……何か、すいません』

『…………いいの、気にしないで。私も忘れることにするから、貴方も忘れてくれると嬉しいわ』

 

 とりあえず謝った京太郎に、気を取りなおしたエイスリンは、自分で解決策を提示する。気にしないで、という言葉そのものが、今現在、エイスリンが凄く気にしているという証明でもあった。好みの顔をしてる、という言い回しが相当に恥ずかしかったのだろう。

 

 気持ちは分からないでもない。かわいい、とか美人というのは女性を褒める常套句であるので京太郎も良く使うが、自分の好み、という表現はあまり使った記憶がなかった。単純に気恥ずかしいのである。その辺は程度の差こそあれ、男が女に言うのも女が男に言うのも大して変わらないだろうと思う。経験上、女から男に言う方が抵抗がないように思えなくもないが、それも自分が男であるが故の贔屓目かもしれない。

 

『改めて自己紹介を。俺は須賀京太郎です。皆は京太郎と呼ぶので、貴女も名前で呼んでくれると助かります』

『エイスリン・ウィッシュアートよ。エイちゃん、って胡桃は呼んだりするけど、普通に呼んでね』

『それでは、エイスリンさんと』

『よろしい。それで、貴方はキョウチャロ?』

「京太郎です。きょ、う、た、ろ、う」

「キョ、ウ、チャ、ロー」

 

 一音ずつ区切って言っているのに、正しく発音できていない。この名前と付き合って結構長いのだが、キョウチャローと呼ばれるのは初めての経験である。微妙なおかしさに苦笑を浮かべていると、異国の言葉の発音に悪戦苦闘していたエイスリンは、バカにされていると勘違いした。一瞬で沸点を突破させたエイスリンは、自分のスケッチブックでバシバシと京太郎を叩き始める。

 

『もう! 私をバカにして! 私をからかう貴方なんてかわいい名前で十分だわ! 今日から貴方はキョウチャロー! 略してチャロよ!!』

 

 かわいいなぁこの人、と思いながら苦笑を浮かべた京太郎はスケッチブック攻撃を受け入れている。突然京太郎をどつきだしたエイスリンに、豊音などは目を丸くしているが、他の四人は落ち着いたものである。

 

「ねえ京太郎。何かエイちゃんが凄い興奮してるみたいだけど、何だって?」

「俺のことをチャロと呼ぶそうです」

「チャロ? いいね-、何だかかわいくて」

「俺のことをかわいい名前で呼びたいそうです」

「そうなの? エイちゃんに気に入られたんだね」

 

 自分を見て背伸びをする胡桃に、京太郎は何も言わずに膝を突く。京太郎が何も言わなくても自分の思い通りに動いてくれたことに満足した胡桃は、少し背伸びをして京太郎の頭をよしよしと撫でる。小さい胡桃がお姉さんぶれる数少ない瞬間である。

 

「さて」

 

 それまで教え子たちとその友人の戯れを黙ってみていたトシだったが、一区切りついたところで手を叩いた。

 

「岩手まで旧交を温めにきた訳じゃないんだろう?」

「それも大事な目的の1つではありますが、そうですね。麻雀ですね」

 

 エイスリンたちの実力の程は知れないが、白望たちをして十分に全国を狙えると言わしめる布陣に、京太郎も期待していた。麻雀を始めたばかりらしいエイスリンには若干不安を覚えなくもないものの、それでもなおその評価なのだから、類稀なセンスないしオカルトがあるのだろうと推察できる。実際、ツモ力の強い白望と勝負になるのなら大したものだ。

 

 強い人間と麻雀ができる機会を逃す手はない。ならば麻雀だ。京太郎は四つある椅子の1つに手をかけた。一応長野から岩手までやってきたゲストであるし、この場で一番年下でもある。まさか最初は見てろと言われまいという予想と、言われたら嫌だな、という若干の不安を込めて皆を見やったが、全員、京太郎が参加することに否やはなかった。

 

 残りの席は3つである。その内二つは、エイスリンと豊音で問題ないだろう。京太郎には2人の能力を体感してもらい、二人には京太郎の能力を体感してもらう。ドッキリがあったが、元々これはそういう集まりなのだ。

 

 問題は他の部分である。宮守女子麻雀部の部室に集まったは良いが、今日この部室を使うことのできる時間は少ない。普通の中学生である京太郎は平日休んでまで岩手に足を延ばすことができなかったため、土日の連休を利用しての訪問である。

 

 当然、前ノリもできなかったため、早朝早起きして新幹線やら在来線やらを乗り継ぎ、ようやくたどり着いた岩手県であるが、雪深いこの地方は学生のために施設を開放している時間も、実のところそんなに長くはない。昨今の事情を鑑みれば、顧問が同伴していても、日が沈むくらいには帰れと言われることだろう。

 

 部員五人。補欠もいないような零細麻雀部であるから、学校から目を付けられるような真似はできないのだ。ならば明日に、とすれば良いかもしれないが、やはり中学生である京太郎は月曜には学校があるため、明日中には長野の実家まで戻らなければならない。宮守女子の部室で麻雀を打つ機会は今しかなく、時間的に1、2回が良いところである。

 

「私は見てるよ」

 

 一抜けしたのはトシである。流石に年の功だ。打つ機会を生徒に譲るというのはおかしなことではない。それでじゃあ私も、と二人続けば何も問題はなかったのだが、京太郎の幼馴染であるところの三人は、断固として譲らないとばかりに視線を交わした後に拳を振り上げ――

 

「勝った!!」

 

 壮絶なじゃんけんの末に胡桃が勝利した。いそいそと椅子に座りきこきこと自分用に椅子を調整している胡桃と、恨めしい顔つきをした白望と塞の対比が悩ましい。三人とも久しぶりに会う京太郎と麻雀することが楽しみで楽しくて仕方がないのだ。

 

 京太郎の後ろには既にトシが立っている。健夜と晴絵が先生と呼ぶ人だ。恥ずかしい麻雀は打てないと、気を引き締める。対面に胡桃、上家が豊音、下家にエイスリンという配置である。

 

 からころとサイコロが周り、牌がせり上がってくる。顔を合わせてやる麻雀では久しぶりの、初見の相手との麻雀である。じわり、と運が吸い取られていく。気を失いそうになる喪失感に、しかし京太郎の精神は高揚していった。

 

 




次回麻雀編。
部室でのやりとりのあれこれをやって、お泊り編で終了。宮守編は全三話の予定です。

その次が有珠山編の予定です。

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