セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編05 清澄麻雀部改造計画③

 

 

 雀荘でのバイトを始めて一週間が過ぎた頃には、京太郎は既に十年働いてますという貫禄を持つに至っていた。業務のほとんどを一人で行えるようになり、レパートリーの一つは新メニューとして採用もされた。従業員にも来店客にも信頼され将来まで嘱望されている始末である。

 

 まこの両親もこのままうちに就職してくれないかしらと思うまでになっていた。娘が後輩を連れてくると聞いた時には頭数が増えるくらいにしか考えていなかったのだが、やってきたのは打ち子の天才といるだけでも集客になるような美少女である。

 

『この店継がない? 今ならまこも付けるけど』

 

 今時娘の将来を親が決めるのもどうかと思ったものの、それだけまこの両親に須賀京太郎という少年は有望株に見えた。これで娘が大反対しているのであれば考えもするが、やり取りを見るに満更でもなさそうである。バイトの同僚が巨乳美少女という懸念はあるものの、まこも見てくれは悪くない。ダメ元くらいの軽い気持ちのまこの両親からの言葉に、京太郎は苦笑を浮かべて返した。

 

『俺にはまこさんはもったいないですよ』

 

 定番のお世辞であるが、嫌みは感じられない。こういう言葉を普段から言いなれているのだろう。実に堂々とした所作にまこの両親の好感度は更に上がった。事あるごとに『捕まえるならああいう男にしろ』と言われ続けることになるのはまこにとっては不幸なことであるが、結婚というのはいつか考えることでもある。

 

 別に強く男性とお付き合いしたいという願望がある訳ではないが、京太郎ならまぁ悪くはないだろうと思っているのは自分だけではないはずだ。とは言えがっつく程でもない。機会があればというくらいの軽い気持ちで日々を過ごすまこの足取りは、何故か京太郎がバイトを始める前よりも少しだけ軽くなっていた。

 

 さて、そんな貫禄を持ち始めた京太郎に与えられたその日の仕事はなぜかカツ丼を作ることだった。

 

 煙草をぷかぷかふかしたおっさんたちのたまり場だった頃の雀荘の食事と言えばカップラーメンとレトルトのカレーが定番だったと聞いているが、女性でも子供でも入れるようになった現代、真面目に経営している雀荘はそんなことでは許されない……ということもない。

 

 そも、食事にばかり力を入れて、環境がおざなりになってしまっては本末転倒だ。ルーフトップでも食事は提供されるがどれも軽食の部類でありがっつりしたものを食べたい場合は、出前を取ることにしている。それなのに京太郎ががっつりカツ丼を作らされているのは、何でも先方からのリクエストであるという。

 

 カツ丼大好きな常連さんが、料理ができるバイトが入ったのならとリクエストしたのだそうな。何とも面倒なことだと思わないでもないが、料理は母親に無理やり仕込まれたバイオリン以外に、京太郎が特技と言える数少ない一つである。作れと言われたら作らざるを得ない。それが女性であるなら猶更だ。

 

 テキパキとカツ丼を作る京太郎を、どんよりとした目で眺める者もいた。同級生にしてバイトの同僚である原村和である。フロアはまこが回している。余った和は京太郎の補佐ということで厨房に回されたのだが、全くと言って良い程することがなかった。

 

 気を使った京太郎は仕事を割り振ろうとしてくれるのだが、明らかに二人でやった方が一人でやるよりも遅くなってしまうのでは、申し訳なさの方が先に立ってしまう。

 

 これが原村家ないし、須賀家の厨房で二人でクッキーでも作っているのであればいくらでも時間をかけても良いのだが、今は仕事中であり、ここは先輩の家業である。持前の責任感から手伝いを固辞した和は、何もしない訳にはいかないと、それ以外の雑事をこなした。

 

 と言っても、軽食はそれほど頼まれるものでもなく、飲み物はドリンクバーが設置されている。唯一ホットコーヒーだけがセルフではないが、これもまたがぶがぶ飲まれるものでもない。少し溜まっていた洗い物は全て終わってしまった。京太郎が使う丼も、既に十回くらいぴっかぴかに磨いている。かわいいメイド服を着てすることが、料理をする男性の後ろで座っているだけなのだ。

 

 メイドとは一体何なのだろう。年頃の女子として、少しだけ惨めな気持ちになる和だった。

 

「ほら、和」

 

 あーん、と差し出されたスプーンを咥える。とろっとろの卵はとても美味しかった。素直に口にするのは悔しかったので、どうだ? という京太郎の問いに小さく頷くだけだった。

 

「そりゃ良かった」

 

 京太郎はにっこりと笑って仕上げに取り掛かる。何というか、無邪気に笑う少年だ。たまに胸に視線を向けたりするが、他のおじさんたちのように無遠慮でもない。年頃の男性にありがちながっついた雰囲気もないし、高校生にしては紳士だなと和の評価も高いのだが、それを話した時の母の言葉は和の考えとは全く異なるものだった。

 

『それは羊の仮面をかぶってるだけだよ。男は皆狼だから。間違いないから。恵くんだって初めての時――』

『コーラで洗えば大丈夫だとかナメたことを言ったお父さんに頭突きを食らわせた話なら百回は聞きましたよ』

『私ってば謙虚だね。もう千回は聞かせたと思った』

『娘としては、あまり両親の性的な話を聞きたくはないものなんですが……』

『女を下げずにそういう話をできるのは、この世で母親だけってことは覚えておいて?』

 

 何というかつかみどころのない母である。これで真面目な顔をして普段は検事をやっているのだから、この国の法曹界は大丈夫なのかと不安にもなる。狼……と思って京太郎を見る。身長は高い。女性として標準的な背丈の和から見ると見上げる程だ。

 

 運動部に所属していたことはないらしいのだが、引き締まった体型をしており、体育の時間でも運動部の同級生に交じって活躍しているくらいだ。麻雀に対する姿勢は真剣そのものであり、二人の先輩からも、四人いる一年生の中で間違いなく一番信頼を寄せられている。

 

 そこそこ真面目な人間であるという自負のある和からすると、その判断は聊か悔しくもあるのだが、おいしい軽食なり甘味なりを出してもらうと、文句を言う気も失せるというものだった。

 

 和が難しい顔で須賀京太郎とは、という難しい問題に直面している内に、京太郎特製のカツ丼は完成していた。お店の丼にそれを盛りつけ、おぼんに乗せたのを確認する。よし、とうなずいた京太郎はそれを写メにとってどこかに送信していた。

 

「誰に送ったんですか?」

「シズと純さん」

 

 純さん、と聞くとピンとこない。しばらく考えてそれが龍門渕のイケメンさんだということに気づいた。彼の知り合いの中で食いしん坊なのがその二人ということなのだろう。清澄麻雀部の中では京太郎一人が健啖だ。食事では中々肩身の狭い思いをさせているのだと思うと、同級生としては聊か心苦しい。

 

「まこ先輩、できましたよ」

「時間ぴったりじゃな」

「この時間に作れってリクエストでしたしね。後は先方が時間通り来てくれるかですが」

「そりゃあ大丈夫じゃろう」

 

 約束の時間は午後五時。今は四時五十分だ。几帳面な人間であればそろそろ来てもおかしくはない時間だが、それは人に寄るというものだ。来てから作るのでも良かったのだが、約束の十分前にできるようにというのはまこの指示である。まこが言うならば、時間に正確な人なのだろう。平日の昼間、この時間に雀荘に来れる人間は普通の勤め人ではないのだろうが……

 

「そういえば、どんな人なんですか? 常連さんって」

「島さんたちから聞いとらんのか? ごひいきとしては有名な人だと思っちょったんじゃが……」

 

 有名な人のようである。そして、ならば本人が来るまで口を割るつもりもないようだ。気にならないではないが先輩の配慮を無下にするのも後輩としてどうなのかと思う。カツ丼もできたことだし、後は常連さんの登場を楽しみにしていよう。

 

「あら」

 

 カウベルの後、現れたのは京太郎も知る有名人だった。切れ長の目が京太郎と、メイド服を着た和を捉える。ついでまこを見たその人は、まこではなくまこのお母さんを呼び寄せた。

 

「……三角関係?」

「だったら良かったんだけど……」

 

 だろうな、と懐から洒落たキセルを取り出したその人は、漂う匂いに思い直しいそいそと懐に戻した。

 

 色の印象は黒。知り合いの女性の中では正しく攻撃的なファッションをしている。短い黒髪と言い、へそ出しと言い、皮のチョーカーと言いブレスレットと言い、自分の装いに強いこだわりを持っているのは理解できるのだが、自分の周囲にはあまりいないタイプの装いに、京太郎は内心、ちょっとだけ引いていた。

 

 しかしそれはおくびにも出さない。女性のすることはまず肯定すること、という人生哲学に則り、笑みを浮かべた京太郎はカツ丼の盆を持ち、一礼する。

 

「須賀京太郎と申します。お会いできて光栄です」

 

 一礼を受けるその人の名前は、藤田靖子。捲りの女王(リバーサル・クイーン)と呼ばれる強者であり、学生時代には咏とも鎬を削った競技プロだ。あまり咏から話を聞いたことはないが、友人であることは察せられる。ならば咏に接するように接しなければ恥をかくのは咏だ。

 

 脳裏に描くのはハギヨシである。自分は執事、相手はお嬢様と念じながら振る舞う京太郎に、靖子は目をぱちくりとさせていた。制服にエプロンという高校生のバイト然とした恰好だが、所作に隙がない。これで正装でもしていれば流行りの執事にでも見えるかもしれない。女子の制服がメイド服なのだからさもありなんだが、靖子にとって目下の目標はカツ丼だ。

 

 美味いカツ丼を作るバイトが入ったとまこが言うから、予定を繰り上げてやってきたのだ。目配せをすると、京太郎は立っていない卓に靖子を案内した。すぐにカツ丼はセッティングされる。

 

 美味そうだ。予想が裏切られることは多々あるが、直感でそう思ったものが大きく外れたことはない。少なくともはずれではないと察した靖子は、猛然とカツ丼の攻略を開始した。カツ丼を一口、また一口と食べる。それを黙ってみている京太郎。もくもくと、しかし凄い勢いでカツ丼を平らげた靖子は、お茶を啜った後、長い長い溜息を吐いた。

 

「……美味い。特別な日に食べるなら出前を取るが、毎日食うならこれだな」

「ありがとうございます」

 

 それは京太郎にとって最高の褒め言葉だ。息を吐く靖子に、いそいそとまこが二杯目のカツ丼を持ってきた。二杯、もしかしたら三杯というのがまこの予想だ。一杯でもボリュームがあるはずだが、箸の速度に衰えはない。料理を作る人間にとって、健啖な人間というのは癒しである。二杯目を平らげた靖子にお茶を入れながら、今思い出したように、弟子としての仕事を始める。

 

「ところで藤田プロ。一つお願いがあるんですが」

「カツ丼の礼だ。大抵の事は聞いてやろう」

「実は俺、麻雀の先生がいましてですね。その先生から業界関係者と顔を合わせた時は絶対に報告するようにと念を押されてまして……」

「中々俗物的な師匠だな」

 

 普通はそう思うのだろう。傍から見れば弟子が有名人に会ったら自分も! と言っているように見える。事情を知っているまこは後ろで笑っていた。常連である以上靖子は知り合いのはずだが、後輩の特殊な事情は伝えていないらしい。所謂サプライズという奴だろうか。あまり話が大きくなるのは弟子としては考え物ではあるものの、それで誰かが損をする訳でもない。大事な先輩が喜んでくれるなら、後輩としては本望だった。

 

「解った。その師匠と話をすれば良いのか?」

「はい。今の時間ならあちらも時間が取れると思うので」

 

 ぱぱ、となれた様子でスマホを操作する。連絡する頻度の高い咏相手であるから、操作も慣れたものだ。今日は大会などの日程は入っていないはずだから、まさに対局中、というのでもなければすぐに出てくれるだろう。コールで待つこと3つ。

 

「どうも。京太郎です。実はバイト先に藤田プロがですね……はい、今替わります」

「電話代わりました。私は佐久フェレッターズの――」

『靖子ちゃんだろ? 知ってるよ。おひさー』

 

 靖子は絶句する。実業団あがりの麻雀プロである靖子は普通のプロよりも顔が広い。そんな環境の中、色々な麻雀打ちを見てきた靖子が感じたことは、所謂業界人と目される連中は自分も含めて突飛な性格な者が多いということだ。

 

 そして電話の向こうにいるのはその中でもとびっきりの変わり者だ。

 

 靖子の脳裏にひらめくものがあった。この女に弟子がいるという噂は少し前から業界を駆け巡っていた。詳しい話は漏れて来ず、どうやら大分年下の男子らしいという情報しか靖子は知らなかったのだが、

 

「そうか。この子が噂の弟子か。男性とは聞いてたが高校一年とはな。一体いつから目をつけてたんだ、三尋木」

『出会いは小学生の時だぜ? あ、一応釘刺しておくけど、靖子ちゃんでもやらねーからな』

「他人の弟子を強奪するほど飢えてないさ。まぁ、こんな美味いカツ丼作れる人間だ。近くに置いておきたい気は少なからずあるが……」

 

 三尋木咏を敵に回してまですることではない、と業界関係者なら結論付けるだろう。ならば麻雀で決着をつけようというのが業界の流儀ではあるが、九大タイトルの一つを持っている咏は日本でも五指に入る実力者だ。彼女をなぎ倒せる人間は業界全体を見ても少なく、自分では力不足というのが靖子の見立てである。

 

「バイトしてる時にカツ丼を食わせてもらう程度なら良いだろ?」

『それくらいなら良いよー。ああ、京太郎に代わってもらえるかい?』

 

 軽い調子で言う咏に、靖子は苦笑を浮かべながらスマホを京太郎に返した。

 

『失礼のないようにな』

 

 平素あまり聞かない咏の真面目な声に、京太郎は思わず姿勢を正した。弟子にとって師匠の言葉は絶対である。本人を前にしても実感のわかなかった靖子であるが、そんな京太郎を見て彼らの言い分が事実であることを理解した。

 

(噂には聞いてたがまさか『あの』三尋木の弟子がこんなとはな……)

 

 変わり者の多い麻雀プロの中でも三尋木咏はかなりの変わり者で知られている。その弟子なのだからイメージは同様に変わり者というのが業界人の共通認識だった。それを悪いとは言わない。むしろ話のタネに変わり者の師弟というのを期待している向きもあった。記者などはその方が面白いと言っているくらいだ。

 

 実物を見てみると、なるほど咏の弟子はこうなるのだろうな、という考えがしっくりとくる少年だった。弟子の方に責任感があったというのも大きい。責任感のある少年が変わり者の師匠を見て育てば、しっかり者になるのも当然と言えた。

 

 だが、咏一人の教育ではここまでにはならないだろう。年齢的に考えて、咏が付きっ切りになることができたのは長くても二年。彼女は高卒プロだ。元々彼には素質があって、咏以外にも師匠に恵まれていたということなのだろう。その集大成が、三尋木咏の弟子としてここにいる。

 

 靖子は弟子の存在を噂でしか知らなかった。当然、咏本人が吹聴している訳ではないことが察せられる。実物を見てみるとあの咏のことだ。ここまでデキの良い弟子であれば、自慢して回りたかったに違いない。

 

(カツ丼も美味いしな)

 

 靖子の最も評価の高い所はそれだった。麻雀プロというのも過酷な職業である。流石に個人で雇っているのは稀だが、一部リーグのチームであれば専属の栄養士やトレーナーを雇っているのは当たり前だ。身体が資本であるのはどの業界でも同じこと。偏食で知られる靖子も、チームの栄養士には事あるごとに小言を言われている。

 

 それでも靖子が健康診断で問題なしという状態になっているのは、せめて試合の時だけでもと彼女らが食事に気を使ってくれているからに他ならない。ならば常から食事に気を使えばとも、特に高校の同級生からは言われるのだが、食生活をコントロールされるというのはそれはそれでストレスが溜まるものなのだ。

 

 カツ丼を好きな時に好きなだけ食べるというのは、藤田靖子が麻雀プロとしてやっていくのに必要不可欠な要素なのである。

 

 それを考えれば、京太郎のこのカツ丼は素晴らしいの一言に尽きる。このカツ丼を作ってもらうためだけに、彼を雇っても良いくらいだ。これで麻雀の話もできるのであれば多少高給であっても十分におつりが来る。

 

 だが靖子が京太郎の雇用を真剣に考えたのは一瞬だった。それだけ三尋木咏の弟子という肩書は重い。師匠であれば弟子の将来を考えるのは当然のこと。実力社会である麻雀業界で食わせようとするのであれば猶更だ。全く関係ない業界に行くのであればいざ知らず、麻雀業界に属する人間が彼を引っ張ろうとすれば大なり小なり咏は間に立つことになるだろう。

 

 それは本人が望む望まないに関わらずのことである。

 

 そしてタイトルホルダーの一人である咏の名前は、麻雀業界で無視できるものではない。現役の麻雀プロの中でも海外人気は突出しており、実家は神奈川の名家だ。友人の一人としては咏がそこまで一人の人間に固執する様というのも想像できないが、喧嘩になる可能性があることを考えると、やはり二の足を踏む人間も多い。

 

 逆に京太郎の立場に立って考えればこれほど心強いつながりもない。ある程度の自由は制限されるだろうが、咏と少しでもつながりを持ちたいと考える人間ならば、彼の指名を拒否する理由はない。こと麻雀業界に限ってならば、彼の将来は半ば約束されたようなものである。

 

 無論、それまで咏が権勢を保っているという条件は不可欠であるが、あの三尋木咏が失墜するという未来も想像しにくい。宮永照を筆頭に最近の女子高生は粒ぞろいである。プロとして今すぐにでも通用する人間は多々見られるが、そのプロの中でも咏の実力はトップクラスだ。粒が真に宝石となるまでにはまだ時間がかかる。

 

 それでも咏やはやりなど、トップクラスの牙城を崩すことができるかは未知数であるが……それも麻雀の面白い所だ。プロの一人としてだけでなく、一人の麻雀を愛する者として業界の行く末は楽しみだ。

 

「ま、未来のことは未来のこととしてだ。今日はプロとして後輩の頼みを聞くためにきた」

「和たちの特訓ってことですよね?」

「お前も含まれてるぞ? 正確には清澄麻雀部の強化だからな」

「俺は個人戦にしか出ないんですが……」

「だからって手を抜いて良い理由にはならん。三尋木の弟子なら猶更だ。無様な麻雀打って師匠の顔に泥を塗りたくはないだろう?」

 

 配慮には感謝しなければならない場面だった。久にとっての悲願は団体戦で全国優勝することだ。つまり女子の団体戦に参加することのできない京太郎はその枠の中には含まれていない。京太郎自身も、咲たち女子が優先ということで納得もしている。咲や優希のフォローというのもそれはそれで勉強になるし、そもそも女子優先されているだけで面子にさえ困窮している部では京太郎も卓に入ることは間々ある。

 

 それでも外から見ればないがしろにされているということもあるのだろうが、男子一人に女子五人というのは厳然たる事実である。部費も麻雀部ということで一括で支給されており、部室も一緒に使っている以上人数の多い方が優先されるのは自然なことだ。

 

 元より、女子の中で育ってきた京太郎にとって女子が優先されるのはいつものことである。全く麻雀に触れられず雑用しかやらせてもらえないのならば考えもするが、卓に入って打つ以外にも久と一緒に他校の分析をすることもしばしばだ。思っていた以上に、部での生活は京太郎にとって充実したものだった。環境に不満はないのだが、久はそれでも自分のために枠を用意してくれた。

 

 それはついでかもしれないが、京太郎にとっては嬉しいことだった。師匠がトッププロであっても、単なる麻雀好きの一人として、プロと打つ機会と言うのは得難いものだ。プロ本人も乗り気であるなら、これに乗らない手はない。遠慮したのも一瞬のこと。靖子の言葉を受けて、京太郎は気持ちを切り替えていた。

 

「それじゃあ、これから麻雀を?」

「ああ、私は入らんけどな」

 

 切り替えた気持ちが、微妙にしぼんでいく。一緒に打つものと思っていた京太郎は、視線で聞き返した。

 

「久のリクエストは徹底的に、ということだったからな。まずはお前たちの実力を後ろから見させてもらおう。そんな訳でおっさんども、場代は私が持つぞ、この二人と打ちたい奴はいるか?」

 

 一斉に手を挙げたおじさんたちの大じゃんけん大会を後目に、京太郎は思っていた以上に部長が本気で一人しかいない男子部員のことを考えてくれていることを知った。


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