セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編06 清澄麻雀部改造計画④

 須賀京太郎の闘牌を見て最初に靖子が感じたのは姿勢が良いということだった。

 

 麻雀という競技の特性故か、上も下もプロもアマも、とかく競技中は背中が丸まることが多く、特にプロの団体は新人指導の際、姿勢良くということを必ず指導される程に業界全体の問題となっている。

 

 ただ染みついた習慣は中々抜けないもので、プロでも特に長考する時などは身体を前に乗り出し猫背になる姿が放送される始末だった。靖子も学生時代は姿勢が悪く、実業団に入ってからトレーナーに矯正された一人であるから、学生選手の姿勢の悪さというのは過去の自分に重なるようで良く目に入ってくるのだが、学生特有の姿勢の悪さが須賀京太郎には全く見られない。

 

 背筋をしゃんと伸ばし、卓全体、対戦者全員を見渡している。そのまま教本に乗せても良いような綺麗な打ち姿だ。顔立ちはハンサムとするには意見の分かれる所であるが、人目を惹く燻ぶった金髪と上背は目に映える。

 

 現在、男子プロの人気は低迷している。これで腕が良ければ、南浦のおっさん辺りが放っておかないだろうなと思いながら打ち筋を眺めてみる。

 

 選択に迷いがない。そして間違いもない。ツモって並べた牌の上に一旦置き、捨てるべき牌を掴んで河に捨てる。手牌もきっちり整えられている。河の捨て牌まで綺麗だ。

 

 惜しむらくは極端に運が悪い所だ。後ろで見ていて、靖子でも同じ判断をするという選択がかなりの割合で裏目を引いている。本人の引きが弱いのだろう。ここだけを見れば剛腕で相手を捻じ伏せていく咏の弟子とは思えないが、靖子には彼女の教育が隅々まで行き届いているのが感じられた。

 

 適当な性格と本人の振舞いからプレイングも適当と思われることの多い咏だが、実際にはそうではない。身長の低さからあまり目立たないが姿勢は良いし、手牌も捨牌も綺麗である。

 

 この手の技術というか振舞いはハイソな生まれの人間に強い傾向があり、上流階級出身の部員が多い部などは部全体がきっちりした打ち回しをしていることもある。麻雀の感性とは別の部分であるため、生まれついてというのは中々いない。選手として強かったとしても、それに相応しい振舞いができないようでは、プロとしてやっていくのは厳しいものだ。

 

 腕だけがあれば良いと考えていた学生の頃が、靖子にも懐かしく思える。完全に思い上がっていた学生時代の自分に会う機会があったら絶対に張り倒している自信があるが、仮に学生時代、同じ部に京太郎がいたら気後れしているようにも思う。

 

 結果が全ての競技選手としてはともかく、麻雀打ちとしてはデキが良すぎる。広い視野に深い理解。客も手を止めて京太郎の打ち回しを見ているに、打ち子として信頼もされている。おそらくだが他人に教えるのも上手いだろう。女子部であれば同年代の女が放っておくはずもないのだが……

 

 そこまで考えて、靖子は旧友の姿を思い浮かべた。

 

 きっとあの合法ロリはこの少年のことが大好きなのだろう。自慢したくてしたくて仕方がないはずだ。靖子も自分に置き換えてみれば気持ちは良く解る。女子プロは婚期を逃すというジンクスが囁かれる昨今、相手を見つけられる確率はそのジンクスが真実味を帯びる程度には低い。

 

 そんな中、女子プロにしては珍しく咏にがっついた所が少しもなかったのは、こういう原因があったからなのだ。高校一年ということは咏から見て八歳年下だ。それだけ年下の顔の悪くない少年に先生師匠と持ち上げられたら、そりゃあ舞い上がりもするだろう。大金を積んででも立場を代わりたいという女子プロはいくらでもいるはずだ。

 

 かくいう靖子もこれだけデキが良いのであれば、男であるということは抜きにしても付き人としてほしい。来歴性格容姿を伝えれば明日からでもチームのスタッフとしてねじ込むことは十分に可能だ。後は本人のやる気次第であるが……麻雀プロで高卒プロというのは珍しくないが、高校中退というのは皆無に近い。今から業界に首を突っ込ませたら、その忙しさによっては中退というのも現実味を帯びてくる。今の時世男性でそれはかわいそうだ。

 

 三尋木咏に弟子がいるという話は最近出てきた話題であるが、名前以下正確な情報が出てこないのはやはり、咏が現時点ではそれほど本気ではないということだろう。男子一生の問題だ。自分の所に来ないまでも、これを逃すのは業界人として大きな損失だ。急いてことを仕損じるくらいなら、待ちを選択するのも勝負事には必要なのだ。

 

「それで……どうでしょうか?」

 

 咏の弟子でありながら、他人にもアドバイスを求めることができる。殊勝な人間だ。咏の性格を考えると弟子が他人に教えを請うているというのは我慢のならない状況だと思う。育ちの良い彼女はきっちりと筋道は通すし義理堅く総合評価では良い奴に落ち着くが、短気な所がちらほら見られるし何より注文されたからあげ全てに勝手にレモンをかけるほど自分勝手だ。

 

 それが経緯はどうあれこれだけ立派な弟子を育てていたのだから、長い付き合いの友人としては協力してやりたい。京太郎の打ち回しを思い返し、何かアドバイスできないものかと考えを巡らせる靖子だったが、

 

「お前、中学の時部活は? 教室には通っていたか?」

「帰宅部でした。教室には通ってませんでした」

「そうか……なら、言うべきことは何もないな。お前が歩いているのは正しい道だ。道を誤らず、そのまま進め。精進を怠らなければ自ずと新しい道も拓けるだろう」

 

 相手のことを何も知らなくても言うことのできる感想は京太郎の望んでいたものではなかったようで、笑顔の奥に落胆の色が見える。そういう反応をされると靖子も心をくすぐられるのだが、男性高校生ということを考えればかなり高い水準で技術はまとまっている。今何より京太郎に必要なのは経験だ。

 

 インターハイで名を挙げるような選手は幼い頃から教室に属し、中学でも当然麻雀部に所属。大抵はインターミドルやら県大会やらで名前が知られるようになり、インターハイで本格的に開花する。無論遅咲の人間もいるが、インカレでようやく花ひらくような才能というのは極めて稀だ。

 

 大体の選手は集団の中で育ち、才能を研磨していく。同様の才能であるのならより多くの時間、相手と打った方が総じて良い結果が出るものだ。先達としては全ての志を持った選手に良い環境を用意してやるべきなのだろうが、色々な事情から恵まれた環境を手に出来ない人間もいる。

 

 清澄の麻雀部等はその最たる例だろう。女子は団体戦ぎりぎりの五人しかいないし、男子に至っては京太郎一人だ。例えばこれが風越ならば部員は100人弱。きっちり100人いるとして、同じ学校の中でも質を問わなければ相手は99人もいるし、採譜などの作業も分担することもできる。清澄ではその作業すら交代でやらざるを得ない訳で、更に言えばそれはたった一人の男子である京太郎に振られることが多いだろうことは女子の身であれば想像に難くない。普通に考えれば女子の中に男子一人というのは、男子の選手が麻雀をやるに当たっておよそ最悪の環境なのだ。

 

 六人しかいない部員。男子は自分一人。加えて中学時代教室に通わず帰宅部なら、牌に触って打つ時間が圧倒的に足りていない。今時分はネットで打つことも可能だが、京太郎がやろうとしているのは競技麻雀。四人の人間が集まり実際に牌を触って行う麻雀だ。やっていることは同じでも実感が伴うというのは感覚が異なるもので、ネット強者がリアルだとイマイチ実力を発揮できないというのは良くある話である。

 

 とにもかくにも京太郎に必要なのは経験だが、不遇な環境の現時点でここまで打てているのだ。より良い環境を探すのならばまだしも、現状を改善というのであれば靖子にはとんと思いつかない。どういう環境にあっても、正しく精進できていた証拠だろう。適当に手を入れると、その習慣まで台無しにしかねない。

 

「正直これほど正道を行く打ち回しをする人間も珍しい。特殊な感性を持っている奴やそれに指導された奴は何かしら牌効率から見て歪みが出るものなんだが、お前は三尋木に教えを請うて何やら特殊な感性を持っているのに、理論と確率を信じてそれに沿った打ち回しをしている。強いて言うならいかなる時でもその打ち回しができるようにブレないことだな。後は体力をつけろ。走り込みとか良いとは聞くな。私は死んでも御免だが」

「走り込みですか……」

 

 体力は全ての資本である。座って頭を使い続けるというのは意外と体力を使うもので、プロの団体でも体力作りは推奨されているが、画面映えの為に半ば強制される姿勢矯正と異なり、こちらは選手の自由意志に任されている部分が大きい。

 

 そして元々スポーツを嗜んでいるのでもない限り、率先して体力作りに取り組むプロは多くない。靖子もその一人であるが、他人、それも男子相手であれば言うのはタダだ。元よりあって困るものでもない。若く時間のある内ならば猶更取り組んでおくべきだ。

 

「体力は全ての資本ということだな。お前の様に対局中に気を張り続けるというのは思いのほか疲れるものだ。というか、全力で打ちまわすとしてどれくらいの間集中力を持続できる?」

「相手にも依りますが、連続してなら半荘にして四回ってとこでしょうか」

「誰が相手だとしても最低でも五回。最終的には10回くらいを目標だな。後は流し運転で打ちまわすことを覚えれば良いと思うが……それは打ち子が良い修行になるだろう。私としては高校の卒業まで、ここでのバイトを続けることを強く勧める」

 

 イエス! とまこ母が小さくガッツポーズを決めていた。ルーフトップのスタッフの中で、京太郎に強く継続したバイトを勧めていたのは彼女である。

 

「まとめるとだ。寄り道するな。よそ見をするな。油断するな。以上だ。後は三尋木に、藤田は意外とまともなことを言っていたとしっかり伝えておくように」

「伝えます」

 

 途中のアドバイスよりも、最後のお願いの方に力が籠っていたように思える。咏の交遊関係について京太郎は実の所あまり把握していない。彼女が高校生の時は同じ部のお姉さんたちにも教えを請うたものだが、それ以降は顔を合わせていないし、まだ繋がりがあるのかも良く解らない。

 

 プロの関係で咏と交流があると確信が持てるのは健夜とはやり。後は解説で良く一緒になる針生アナくらいのものだ。社交力は決して低くはないはずなのだが、あまり友達の多くない咏である。

 

「それで藤田プロ、和の方は?」

「ん……須賀に比べるとイマイチだな」

 

 むっとした表情で和が立ち上がるが、文句は出てこなかった。京太郎と比較しての評価しか口にしていない状態で反論すると、話が彼にも飛び火することに気づいたからだ。和としても、京太郎のことは評価している。彼の師匠の知己とは言え、プロから悪くない評価を貰った友人を巻き込むのは和としても避けたいことだった。

 

 しかしそれはそれとして、自分を指してイマイチとされるのは納得のいかないものである。立ち上がった和の顔を見て、靖子はぱたぱたと手を振った。プロになる前もなってからも、実力者の周囲には実力者が集まるもので、そういう連中はとかく自分に自信を持っているものであり、和のような反応をする者は特に名門校出身に多い。

 

 それだけハングリー精神旺盛ということでもあるが、それも好き好きだ。無論、靖子は気の強い人間は大好きであるし、その鼻っ柱を叩き折るのはもっと好きだ。

 

 そういう点から見ると和のようなタイプはこう、見ているだけで叩き潰してやりたくなるものだが今日は久からの依頼を受けてここにいる。おまけに旧友である咏の弟子もいる。趣味優先というのはプロのすることでもないだろう。

 

 湧きあがった闘争心を無理やり押し込めて、靖子はプロの顔で『問題』を指摘した。

 

「いや、戦闘力という点では間違いなくお前の方が上だ、全中チャンプ。だが須賀が自分の力を存分に発揮できているのに対して、お前はそうじゃない。試合に合わせてコンディションを調整するのは当然のことだが、お前の場合はそれ以前の問題だろう。私の目から見ても、お前の動きは少し固い。自分のイメージ通りに動けていないのが良く解る。こういうのは大抵の場合心的なものが原因だが、お前の性格なら気後れしてるということもあるまい。なら別の要因がある」

 

 つらつらと良く言葉が出てくるものだと京太郎が感心していると、和が神妙な面持ちで椅子に腰を下ろした。先ほどまでは反抗的だった雰囲気も、今は生徒のそれである。原村和という少女は中々の自信家で頑固者だが、麻雀という競技に対してはとても真摯なのだ。

 

「それからお前は、最高に動けている状態の自分というのを、良く知っている訳だ。それに少しでも近づき、その状態で試合を戦うことができれば、まぁ、大抵の奴には負けないだろう」

 

 卓に視線を落として、和は考えを巡らせる。知っていると言われてもぱっと出てこない。そうすれば勝てるというのであれば、是が非でもその状態にならなければならない訳だが、そこまで都合の良いものなど和の脳裏には存在しなかった。

 

 それでも少し考え続けて、やめる。一人で考えるにも限度がある。幸い、部には頼りになる仲間もいるのだ。咲と優希は控え目に言ってもぽんこつだが、その二人とは逆に京太郎と久は信用できる。三人で考えれば何か良い知恵も浮かぶだろう。

 

 納得した様子の和を見て、靖子は小さく溜息を吐いた。頑固者を納得させるのは、プロとアマの立場をもってしても精神的な重労働なのだ。

 

「コンディションの整え方は人それぞれだからな。私の場合はこれなんだが……まぁ、高校生にはオススメできん。まずはそれを見つけることだ。地力は十分にある。だが急げよ。勝負時というのは待ってくれないぞ」

 

 靖子の手にはキセルがある。昨今、禁煙の雀荘も珍しくなく、競技会場なども禁煙であることがほとんどだ。その度に喫煙スペースまで移動しているのはご苦労なことだが、咏からは年配のプロには多いと聞いている。

 

 喫煙スペースはアマの学生たちには見せられない程モクモクしているという。お前は絶対吸うなよーと咏には事あるごとに言われていた。雅な香を嗜む咏であるが、煙草の匂いは好きでないらしい。

 

「あとは打て、打ちまくれ。そして自分のやったこと、できたことを振り返る。何事も基礎、基本だ」

「プロらしい、と言えばらしい物言いじゃな」

「学生の時にこそそういう修行をするべきだろう。プロなんて、あの時もっと勉強しておけば良かったと言ってばかりの人間の集まりだ。そういう大人にならないよう、後悔のないようにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「靖子はどうだった?」

「大変勉強になりました」

「それは良かった。師匠は一人で浮気はしないとか言われたらどうしようかと思ったわ」

「そこまで固くはありませんよ。師匠が一人というのは違いないですが」

 

 それでも十分に固いと思った久だったが、それは口にしないでおいた。柔軟なように見えて芯は曲がらない。悪く言えば頑固な所があるが、そのブレない姿勢は十分信頼に値するものだった。

 

 卓では一年女子三人とまこが対局を続けている。ここ数日は優先されて組まれているカードだ。特に昨日靖子に対局を見られてからの和の力の入りっぷりは凄まじい。靖子の指摘に思う所があったのだろう。

 

 阿知賀ではレジェンド教室に通っていたそうだが、本格的に麻雀に打ち込み始めたのは長野に引っ越してきてからの様子。それで中学三年の頃には全中個人戦で頂点に立ったのだから、こと才覚において和の右に出る人間はそういない。

 

 であるからこそ、プロ選手相手からとは言え明確にダメな所を指摘されるというのは和にとっては心を動かされる出来事であったようだ。何でもありませんという風を装っているが、会話や行動の端々で闘志を燃やしているのが解る。

 

 あれで負けず嫌いな所がある和だ。打ちひしがれたりせず、できることを全力に取り組めるその精神性があれば、大抵の壁は乗り越えることができるだろう。後はコンディションを整える案があればということだったのだが、それについては久に妙案があるらしい。

 

「要するに家と同じ環境で打てれば良いんでしょう? 楽勝じゃない」

「パジャマで打ってるのが普通だったりしたらどうするんですか」

「京太郎には目の保養になるかもねー」

「それは違いないですが……」

 

 大会ルールについて服装の規定は、他のスポーツと同様に存在する。と言っても野球やサッカーのように揃いの服装をしている必要はない。その学校が定める『制服』の範囲内でさえあれば、例えば全員が違う恰好をしていても許されるのだ。

 

 とは言えそれはルールの範囲内ということであって、学校で注意されるような恰好であれば当然、競技の場でも注意される。リラックスの方法がルールの範疇に収まるものであれば良いが、そうでないのなら他の手段を考える必要があるだろう。京太郎は久ほど楽天的に考えることができなかった。

 

「それでも、今と同じ格好ってことはないはずよ。ベストにできなくてもベターにできる方法はあるはずだし、今から上に行く方法があるならそれこそ、突き詰めて行けば頂点にも達すると思うの」

「部長のそういう、一歩でも先に進もうって考え好きですよ」

「京太郎が私のこと大好きなのは知ってたわ」

 

 ふふ、と悪戯っぽく笑う久から、京太郎はすっと目を逸らした。その言葉が聞こえていたのか、山を前に出そうとした咲がそれに失敗し、卓に盛大に牌をぶちまけていた。今年の競技ルールではチョンボである。こりゃあ咲でも席が冷えるなと慈愛を込めて見つめていると、恨みがましそうに振り向いた咲が、べーと舌を突き出して見せた。お前のせいだと言いたいらしい。

 

「かわいいところあるわね咲も」

「俺以外にもああやって自己主張できたら、もう少し友達もできると思うんですけどね……」

 

 やたらと攻撃的な麻雀のスタイルと異なり、麻雀が関わらない所の咲は特に人間関係において酷く消極的である。大親友である所の淡とモモがいるが、淡は向こうからぐいぐい来たからで、モモはそもそも京太郎の紹介である。自分から構築した人間関係というのは中学時代、京太郎が知る範囲では一つもない。

 

 同じ姉妹でも照などは、上っ面の交遊関係を構築維持するのはとても上手い。少なくとも普段の自分と余所行きの自分を使い分けることには抵抗はないようで、ファッションモデルもすればインタビューも受ける。その反面、奥に引っ込んだ時には基本的に自分から他人に関わるようなことはせず、真に友人と言える人間は少ない。同級生で友人として照から名前を聞いたことがあるのは、菫くらいのものだ。

 

 菫は照に、京太郎は両方にもう少し友達いても良いのではと遠まわしに交流を持つように勧めたことがあるが、二人とも『量より質だ』という趣旨の言い訳をしたのを覚えている。こういうところは姉妹だなと苦笑する京太郎である。

 

 だから麻雀部で和や優希と一緒にいるようになったのは、咲にとっても大いにプラスになるはずだ。これを機会にもう少し人に接することを覚えてほしいものだが、交友範囲が小規模なのは相変わらずだ。

 

「それはそうと、県大会のために合宿をしようと思うのよね」

「そりゃあ良いですね」

「何言ってるの? 貴方も参加するのよ」

 

 女子五人に男子一人。団体戦の最低参加人数は5人であるため、当然男子である京太郎は団体戦に参加することはできない。京太郎は個人戦のみのエントリーであるが、女子は五人とも個人団体両方ともにエントリーしている。単純に咲たち五人の方が戦う回数は多いのであって、ならば部としての時間と予算をそちらに多く割くのは当然と言える。

 

 元より京太郎に不満はない。男女比については承知の上で入部したのだし、得難い経験もさせてもらっている。この環境にあって打つ時間も捻出してもらっているのは、一重に久の配慮に依るものだ。たった一人の男子としてはこれ以上は申し訳ないという思いがあった訳だが、久は京太郎の顔を見て深々とため息を吐いた。

 

「貴方も部員でしょう?」

「でも男子ですが」

「男子である前に部員なの。参加。これは決定。解った?」

「解りました」

 

 部長様がそうせよと言うのであれば、京太郎に反論などあるはずもない。参加したいかしたくないかと言われれば参加したいのだ。させてくれるのならば否やはないのだが、返す返すも女子五人に男子一人である。この時世にこの男女比で泊りとか大丈夫なのかと不安に思っていると、

 

「共学の学校で男女別に修学旅行に行ったり、ホテルが別なんてことがあったりする?」

「部屋が別、なくらいですね。階を分けることも多いとは聞きます」

「当然部屋は別よ? それくらいの配慮は必要でしょう」

「ですが……」

 

 つまり自分が参加することで、一部屋余分に予算がかかるということでもある。参加と言われて納得はしたが、それでも不安に思うことはある。

 

 しかし、その態度が久には往生際が悪いように見えた。普段は物分かりの良い京太郎がいつまでも口答えすることに、高校進学以来、大人であろうとしてきた久は珍しく、自分よりも年下の人間に声を荒げる。

 

「もう良いから! 部長の私が決めたの! 京太郎は参加なの! 文句も言い訳もなし! 次にこの件で口答えしたら文化祭の出し物でメイド服着せてやるから、覚悟しておきなさい」

 

 ふー、と熱い息を吐く久に、京太郎は解りましたと素直に頭を下げた。今度こそ本当に解った。年上の女性からの厚意は素直に受け取っておくものだ。普段の自分を思えば随分口答えをしたものだが、それだけに久の配慮は嬉しく思えた。




合宿編をキンクリするか。そのまま県大会に行くか……

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