セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編07 清澄麻雀部改造計画⑤

 

 

 

 

 合宿。部活などでどこかに泊りいつもよりも効率的に時間を使って練習をしたり何だり。寝食を共にして親睦を深めてうんたら。道義的な意味はともかくとして要するにいつもよりも沢山練習して、沢山お話をしましょうという企画である。

 

 文化部であっても運動部であっても趣旨は変わらず。ただ練習をする際に必要になるのが屋内施設か外のグラウンドかの違いがあるくらいだ。そのため運動部と文化部で馴染みのある施設に結構な隔たりがあったりするのだがそれはさておき。

 

 直近の県大会には清澄高校麻雀部の部員全員が参加する。女子五人は団体戦とその全員が個人戦に。男子は京太郎一名しかいないために個人戦のみのエントリーである。

 

 人数差を考えれば誰がどう考えても目下戦力強化するべきは女子の方だ。お泊りイベントだし女子ばっかりの所に男子一人混ざるのもアレだし……と今更小癪にも性別を楯にしてやんわりと『五人で全部の時間を使ってください』と断ろうとした京太郎は貴様一人だけサボるつもりかといういつもなら絶対に言わないだろう久の言葉によって強制的に参加させられることと相成った。

 

 元より女子の中に男子一人という環境に不満はない。咲以外とはまだ一年にも満たない付き合いであるが、女子とのお泊りイベントというのも今更のことだ。ちょっと相手が変わって人数が増えたと思えば良いのだと無理矢理自分を納得させることにした。

 

 年上の女性と付き合う時に大事なのは絶対に譲れないこと以外で口答えをしないことである。

 

「と言っても、俺の尽力なんてたかが知れてると思いますが」

「何言ってるのよ大参謀。対戦校のデータもってきてくれたんでしょう?」

「持ってきましたよ。去年の三年生が引退してから公式戦で記録に残ってる奴は大体」

 

 智紀からもらったおさがりのノートパソコンをこれまた龍門渕家からいただいた型落ちのプロジェクターにつないでデータを引っ張り出す。女子五人があまりメカに強くないためデータ分析は京太郎の仕事となっている。

 

 ノートを操作しながら懐からメガネを取り出す。ノートを貰った時、智紀から一緒にプレゼントされたものだ。普段見ない京太郎のメガネ姿に女子一同から小さな歓声が漏れた。胸の内に生まれた疑問をそのまま京太郎にぶつけることになったのは、現状部内で最もスキンシップに遠慮のない優希だ。

 

「京太郎。お前目が悪かったのか?」

「度は入ってないよ。智紀さんからもらったんだ。何だったかな……ブルーライト? とかいうのをカットするんだってさ。早い話が目に優しいメガネなのだ」

「賢く見えてかっこいいじぇ!」

「そうかー。普段は賢く見えないと言われてるようでちょっとだけぐさっときたが、何ならお前もかけてみるか? 実は予備がもう一個あるんだが」

「貸すじぇ!」

 

 予備のメガネを受け取った優希は大喜びでかけてみる。どうだじぇ? と軽くポーズまで取っている彼女は小柄な体格も相まって何をしても可愛らしい。優希にメガネという組み合わせは提案した京太郎の目から見てもはまっており、いいな! と大上段に褒められた優希は気分を良くして京太郎に飛びついた。

 

 そのままそこが定位置とばかりに京太郎を椅子にしてスクリーンに向き直る。まるで恋人のような振る舞いであるが京太郎にも優希にも気にした様子はない。彼らにとってこれくらいのスキンシップはもはや日常茶飯事なのだ。

 

 京太郎は遠慮なく優希の腰に手を回し、優希は優希で深く腰掛けている。傍から見れば仲良しのカップルだが二人に仲良しという認識はあってもカップルという認識はない。仲良しでさえあれば異性同士でもこれくらいはするというのが二人の認識である。

 

「どこと当たるか分かんないんで俺が見た限り強そうな所を中心にピックアップしました。この前戦ったモンブチは抜くと、やっぱり一番警戒しなきゃいけないのは風越ですね」

 

 知名度的にも実力的にも長野と言えば風越か龍門渕だ。透華たちが部を乗っ取って現在の状況になった龍門渕であるが、それ以前も長野県下では強豪校として知られていた。過去三十年の団体代表枠を見ても六割が風越、三割が龍門渕。それ以外は一割という有様である。

 

「去年はレギュラー五人の内三人が三年だったので、継続して参加してるのは二人と思われます。現三年でキャプテンの福路美穂子さんと、二年の池田華菜さん。部長は福路さんに覚えあるんじゃありませんか?」

「私?」

「……部長が県代表になった時、照さん以外にもう一人全国に行った人ですよ」

 

 あー、と久から声が漏れた。

 

 美穂子の反応とは真逆である。麻雀の腕もさることながら何かかっこいい人だったという、少し押せば同性でもお付き合いできるんじゃないかというくらいの高評価だったのだが久の反応は薄い。多分顔を見せないと思い出してはくれない。

 

「皆さんご存知の通り去年の県代表は我らが龍門渕です。オーダーは去年と一緒らしいので存分に対策を立てやがると良いですわ! と透華さんからありがたいお言葉を預かってます。ついで風越のオーダーですがオーソドックスですね。先鋒が稼いで三人が繋いで大将でトドメ。伝統的に中堅にエースを置く大阪姫松のような例外を抜きにして、大抵の学校はこれになります。先行逃げ切りが精神的にも楽なんでしょうね」

 

 後半に行くに従って細っていくのも困りものだが、最初に一番強い人間を置くというのは理にかなっていると思う。首尾よく稼げればそれで良く、トップに立てたのならばそれを守れば良い。先鋒に要求されるのは圧倒的な得点力であり、残りの四人に何を要求するかはチームの方針に寄る。

 

 例えば淡を加えた今年のチーム虎姫は全員が攻めるという攻撃型だ。失点しないように守りに入るくらいならもっと稼いでトドメを刺すというシンプルなチーム構成である。その分守りが疎かになりがちであるが、そこは照の攻撃力を信頼しているのだろう。全員で攻撃するというのは、各々の得手不得手を考えた結果もあるのだろうが、照の圧倒的な攻撃力ありきの方針なのだ。

 

「で、今年もおそらく福路さんが先鋒。去年も大将だった池田さんが大将でしょう。それ以外の三人ですがあちらは部員全員の総当たり戦で上から五人を機械的にレギュラーに選出するそうで、福路さんと池田さん以外はまだ混戦模様のようですね。去年の新人戦で好成績を収めた現二年の吉留さんや深堀さん辺りが怪しいんじゃないかと思いますが」

「ふーん、で、どうして機械的に選出なんて情報を知ってるのかしら? まさか風越にガールフレンドでもいるの?」

「ロマンス的な意味ではいませんがお友達ということならいますよ。話にも出した福路さんがそうです。料理が趣味とかで先週も一緒にケーキ作りました」

 

 冗談のつもりの発言がまさかの大正解を引いてしまったことで久は決まりが悪そうに沈黙する。お熱の二人から不満のオーラがぐおぐおと渦巻いているのが見えた。女の子の友達を作るのが得意なのは京太郎本人から話を聞いていて察しがついていたのだが、こうさらっと対戦校に女友達がいますという話をされてしまうと、昔話に出てくるようなプレイボーイのクソ野郎のような気がしてならない。

 

 アウトローな雰囲気を出していたら警戒のしようもあるのだろうが、京太郎のように人好きのする笑みを浮かべて近づいてきたら、免疫のない女の子は騙されてしまうのだろう。彼本人に悪意のあるなしに関わらず修羅場というものは発生するもので、先輩としてはいつか彼がそういうトラブルに巻き込まれはしないか楽し──心配なのである。

 

「で、この人が福路さんです」

 

 京太郎がスライドに出したのはカジュアルな部屋着にエプロンと、随分と家庭的な装いの女性だった。肩口で切りそろえた淡い色の髪。手元には泡だて器とボウル。先週ケーキを作ったという一コマなのだろう。真剣な表情でボウルを見下ろす横顔は美しく、その真っ白な項も相まって京太郎が思わずシャッターを切ったというのも解る一枚であるが、おー、と単純に声を漏らすまこと優希に対して咲と和は面白くなさそうな顔をしている。

 

「久さん、覚えてますか?」

「流石に顔を見たらね」

 

 ここまで美人さんで特徴的な風貌をしているなら忘れる方が難しい。自分と一緒にインターミドルの代表に選ばれただけあって強かった印象があるが、久の頭の中に残っていた情報はそれだけだった。会話くらいはしたかもしれないが、それにかけた時間は一緒にケーキを作るくらいの仲である京太郎の方が多いだろう。

 

「話を戻しますが確定レギュラー二人はどちらも名門のレギュラーを続投するだけあってその腕前は全国区です。二年の池田さんは牌に気持ちが乗るタイプとでも言いますか乗ってる時の打点の高さは凄いですね。その分乗ってない時のしんなり具合に残念な所はありますが、それでも一年の時点で風越のランキングで五位以内に入って大将なんですから責任者の期待もうかがえます。おそらく次のキャプテンは彼女でしょう」

 

 プロジェクターに公式戦と風越のサイトで公開されている分の成績が表示される。個々の試合を見ると確かにあまり安定しているとは言えないが、締める所はきっちりと締めトータルの成績ではトップ率は三割を超えている。群雄割拠の風越でこの成績なのだから、十二分に優秀と言えるだろう。

 

 惜しむらくは同級生、しかも同じ県に龍門渕の五人が存在していたことか。風越は今年でエースである美穂子が引退するが、龍門渕は大エースの衣を含めて全員が続投する。全員一年補欠なしだった龍門渕に去年負けたことを考えると、来年全員三年になった龍門渕に美穂子抜きで挑むのは厳しいようにも思う。

 

 怪物どもと同級生になってしまった不運を思うと同情を禁じ得ない京太郎だったが、今は来年よりも今年のことだ。名残惜しさと共に池田のデータを引っ込めると、今度は美穂子のデータを表示させる。

 

 先ほどの写真と恰好は同じだが今度はカメラ目線だ。ボウルと泡だて器を置きカメラを持っているらしい京太郎に何かを言っている。恥ずかしそうな表情から察するに勝手に写真を撮っていたことに抗議しているのだろうが、それがポーズだけというのは写真を見ているだけの久たちにも解った。

 

「照さん、久さんの同級生で中三の時にインターミドル出場。高校一年の時は団体と個人でインターハイ出場。去年は団体で龍門渕に負けましたが、個人ではインターハイに出場してます」

「衣さんたちはどうしたの?」

「あの人たちはインターハイに行くことが目的だから、団体で出場できた時点で個人戦には興味なくしてたんだよ。一応エントリーはしてたけど、団体優勝した時点で取り消してたぜ」

 

 それができる辺り中々自由なシステムだとは思う。強い奴が上にいくべしという建前に乗っ取るのならば衣たちが個人も蹂躙した方が良いのかもしれないが、参加についてはあくまで自由意志だ。麻雀という競技に対しては真摯でも部の活動方針としては果てしなく個人的な龍門渕の振る舞いは、他の学校にとっては願ったりかなったりの状況でもあった。

 

 美穂子のインターハイ出場は実力であるが、衣たち五人全員参加していたらその出場も危ぶまれていただろう。

 

「さて、美穂さんですが人を見る麻雀をします。理牌の癖やら打牌のリズムやらそういう情報から手牌を丸裸にするスタイルですね。分析力が何よりの武器ですが場合によっては遠慮なく差し込みもします。それでいて最終的には美味しい所をかっさらっていくんですから、お嫁さん系の美少女の割りにかなり強かです」

「彼女自慢は良いから何か弱点とかないのかしら」

「ありません。普通にすごく強いです。先行逃げ切りで押し切るのがベストじゃないかと思います。この中だったら辛うじてこのタコスが相性が良いんじゃないかと思いますが……」

 

 瞬間最大風速という点において東場の優希は他の追随を許さない。これが全て東風戦であれば彼女の独壇場だったろうが、今年の団体戦のレギュレーションでは半荘二回ずつを五人で行う。いつも部でやっている通り半分は相対的に苦手な南場である。

 

 東場で稼げてもそれをキープできないのであればリードを維持できない。中学時代の優希のデータは京太郎でもほとんど入手できなかった。分類上は弱小校だったのでしょうがないと言えばしょうがないが、風越も同様であれば一応の対策にはなる。

 

 ただ玄のドラゴンロードと異なり、東場にしか影響のない優希のオカルトは力の入れ所が素人目にも解りやすい。一半荘も観察すれば、美穂子であれば急所を容赦なく突いてくるだろう。加えて先鋒は流れを読むことに長けた純もいるのだ。優希の立ち位置は本人が思っている以上に苦しい。

 

「この私の役割は大きいな!」

「期待してるからな」

「任せるじぇ!」

 

 わはは、と笑う優希に精神的な死角はないように思える。基本安定して麻雀に打ち込む和と異なり、優希と咲は牌に気持ちが乗りやすいタイプである。この辺りのメンタルコントロールは、女子の中で生き残った男子故か、特に優希を調子に乗らせる所は大得意なように思えた。

 

 久も参謀に大をつける程度にはその手腕を信頼している。異性では立ち入りにくい所があるのと同様に、同性では到達しえない領域がある。優希だって和だって咲だって年頃の少女なのだ。男に褒められた方が嬉しい所はどうしたってある。少年が女の子の前でかっこつけたいという欲求程ではないにしても、少女とて男性にもてはやされたいという欲求は少なからずあるのだ。

 

「風越について、対策はどうするのが良いと思う?」

「下手に動かない方が良いと思います。池田さんは気持ちが乗りやすいタイプですが、名門校だけあって下地はしっかりしてます。全員美穂さんほどというのは考え過ぎですが『普通に強い』という認識で良いかと。強いて付け入る隙があるとすれば経験の浅い人ということになりますが、その辺りは実際のオーダーが決まってからですね」

「経験が浅いって言うと私たちみたいな一年生とか?」

「そういうことだな。名門校だけあって一年でも中学で活躍してたって人が多いけど高校に入ってから試合が少ないには違いないしな。ちなみに過去十年の風越のオーダーを調べたが、夏の大会で一年生からレギュラーになったのは、今三年の美穂さんと去年の池田さん。後は今コーチをやってる久保さんだけだ」

「ふうん。ところで美穂さんとか呼ぶんだね。美穂子さんなのに」

「一文字でも縮めると仲良しっぽく思えるそうだ。俺から言い出したんじゃないからな念のため」

 

 京太郎の言い訳にも咲さんはおかんむりだった。二文字の名前では縮めようがない。それは姉も一緒だったし縮めるあだ名だけが良い関係性を象徴する訳ではないものの、目の前で自分の知らない女の人との仲良しアピールをされるのはあまり面白いものではない。これは姉妹会議案件だなと心中でこっそり決意する。

 

「さて本命の龍門渕な訳だけど……」

「普通に強い風越と違って、全員がかなり特徴的な打ち回しをします。オーダー順に説明しましょうか。まず先鋒の純さんです。本人が言うには『流れを肌で感じる』そうなんですよね。誰にどの程度流れが来てるのか、場の状況から誰がアガりそうなのか判断するとか」

「そんなオカルトありえません」

「和っぽく説明するなら、対戦相手の表情やら雰囲気やら場の状況から手の進行具合とか値段を総合的に判断して、感覚で処理をしてるってことだと思うぞ」

「それなら納得しました」

「最悪勘が鋭いくらいの解釈で良いと思う」

 

 頑固な和も京太郎の言うことなら半分くらいは聞く。部長としては悲しくもあるが、話は早い方が良い。部に所属していた経験がない分対戦経験はそれほどでもないが、オカルトに接してきた時間は長いためその能力に対してどういう解釈をすれば良いのか。かみ砕いて説明するのはとても上手い。

 

 教師やらコーチやらがきっと向いているのだろう。女子高の教員にでもなったら、修羅場になって刺されそうな雰囲気である。

 

「それはそうと、龍門渕の人たちはいつもこんなファッション雑誌みたいな恰好なの?」

 

 プロジェクターには、キメにキメた純の姿があった。男性ファッション誌の表紙を飾っていそうな男衣装で表情まで気合が入っている。中学の時にモデルをやった経験があるということだが、男の京太郎の目から見ても様になっていた。単純にかっこいい。

 

 ただ、透華や衣たちにはこういう男くさい装いは受けないそうで、専らそれ以外の交友関係とつるむ時の恰好であるらしい。透華たちが捕まらない時、こういう恰好をしていくと大抵の()()()たちは遊んでくれるらしい。お兄様と呼びたい女子ナンバー1なのも頷ける話だ。

 

「ライバルに相対するんだからこれくらいキメないとですわ! とのことです」

「つまり私たちは紹介の度にファッションショーを見せられるのね」

「なぁに、ただの五人分です。衣姉さんのはオススメですよ。破壊力のあるかわいさですんで」

「京太郎が撮ったの?」

「自信作です!」

 

 何とも子供のような表情をするものだ。かわいいきれいを見慣れていそうな彼が言うのだから、本当にかわいいのだろう。あのお人形さんのような少女の写真を思うさまに撮りまくったというと中々犯罪的な響きだが、どうやら心の底から姉さん姉さんと慕っている彼はその辺の機微に無頓着のように思えた。

 

 普段は敏いのにね、と久は心中で付け加える。機嫌良さそうにノートを操作して次に呼び出したのは、オーダーの通り智紀だった。純と違って写真を撮られ慣れていないのが表情からも良く解る。これも何度もリテイクしたものだと思うと、写真を撮る際、どんなやり取りがあったのかを想像できて楽しい。

 

 ただ固い表情だと言うなかれ。ぎこちない中にも、おしゃれ慣れしていなそうな佇まいの中にも、少しでも誰かさんに良く見られたいという欲求がひしひしと見て取れた。女ならば誰しもが直感するだろう。ああこれは恋する少女の顔だと。

 

 こんな顔をしてる少女が目の前にいてこの少年は何も思わないのだろうか。年齢の割りに敏く気配りもできるのだから彼女の一人や二人いても良さそうなものだが、京太郎本人からそういう女性の気配はまるでしない。綺麗な遊びをしているという風でもない。彼本人が言うように、本当に彼女はいないのだ。

 

 沢山いるのも間違いなくただの女友達である。相手がどう思っていたとしても京太郎はきっと本気でそう思っているのだろう。やはりこの少年はこういう一部の機微に疎い。

 

「智紀さんはデータ麻雀。相手のことをリサーチして傾向を割り出し、個別に対応策を練るタイプです。なので相対的にデータのない相手や初心者とは相性が悪いですね。逆に和みたいな効率重視のタイプには無類の粘り強さを見せます」

「戦ったとしたら私は負けませんよ?」

「頼りにしてるよ」

 

 ひょいとテーブルからクッキーを持ち出す。京太郎が焼いて持って来てくれたもので、今回のミーティングのお茶請けだ。意図を察した和は、僅かに頬を染めながらあー、と口を開ける。無防備な口にクッキーを突っ込んだ京太郎は、次に一の画像を呼び出した。

 

 衣以外の三人が全員160センチ以上と女性としてはまぁまぁ高めであるため、一の小柄さは中々目立つ。身長が低いというのはそれだけで子供っぽく見られがちな要素であるが、一は小柄さからくるかわいらしさを前面に押し出しつつも、子供っぽくは見せないという絶妙なバランス感覚を持っていた。年齢よりも大分年下に見られがちな衣とはちょうど真逆の性質である。

 

「鎖とかぶら下げてたし奇抜なセンスをしてるのかと思ったけど案外普通なのね」

 

 久の率直な感想に京太郎はあいまいな笑みを返すだけだった。

 

 対外的なことを何も考えず、本人の好みを優先した場合、歩を含めたモンブチ六人の中で最も奇抜なファッションセンスをしているのが一である。今回は清澄の面々にメンバー紹介のついでに見せると伝えてあるので普通の格好をしているが、基本的に彼女の好みは布地の少ない男の京太郎をして目のやり場に非常に困る服ばかりだ。

 

 あまりに困ったので布地を増やしてくれというリクエストをした所、君が選んだ服なら着てあげようということで条件が通った。久たちは知らないことだし言うつもりもないことだが、今現在久たちが眺めている一の服はその京太郎が選んだものだった。

 

 一の好みとは真逆で肌の露出は首から上と腕だけだ。下はスカートだが薄手のタイツという徹底っぷりである。京太郎の趣味というよりは如何に肌を露出させないかに拘った結果の到達点だ。次も頼むよと言われているので、選んだ側としては好評なのだと思いたい所だ。

 

 言ったらからかわれそうなので言うつもりはない。流石に口にしなければバレることもないだろう。一なら言いふらすということもないだろうし……と安心している京太郎だったが、じっと一の服を眺めた咲は一目でこれが京太郎のセンスであると看破していた。男が思っている以上に、少女の感性というのは鋭いのである。

 

「一さんはものすごく特殊な打ち回しをします。相手の気を外すのが上手いというか……本人はマジックの技術の応用だって言ってるんですけど、何度説明されても再現できる気がしないんですよね。本人の話では他人の視線が感覚で解るそうで、視線を集めたり逆に意識の裏をかく行為を打ち回しに()()()混ぜたりするんだとのことです」

「ずっとじゃないの?」

「そうすると相手が慣れることがあるそうなんですよね。半荘くらいの時間ならたまにが良いそうですよ。勿論、そういう技術がなくても普通に強いんですが対戦相手としてはとてもやりにくい相手なんじゃないかと思います。全体に目を向けて打つタイプは相性悪くて……」

「京太郎やさっきの福路さんは相性最悪ってことね」

 

 そういうことですね、と京太郎はスライドを切り替える。

 

 映し出されるのはキメにキメた透華だ。舞踏会に行くのではというくらいのゴテゴテした格好をしてきたらどうしようかと思ったものの、当日、カメラを構えた京太郎の前に現れたのはあくまで普通の範疇に収まる範囲でゴージャスなものだった。

 

 写真の傾向としてはモデル経験のある純と同じ、やたら様になったポーズと表情である。純は仕事として写真を撮られていた訳だが、透華は日常として経験が多いとのことで、こういう時に着る服やらキメ顔やらポーズやら、色々と引き出しがあるのだそうだ。

 

「透華さんは和に近いですね。効率重視のデジタル打ち……を目指している人です」

「牌譜を見る限り相当な完成度に見えるけど?」

「何というか、かっこいいと思って本人がやりたいことと、性格的に向いていることと、能力的に向いていることの全てが全くかみ合ってない珍しい人です。大抵の相手にはデジタルだけで戦うんですが、性格的には中々攻撃的で、攻めの気が強いです。ベースにあるのはデジタルなので打撃系という程ではありませんけど、時たま鋭い一撃を見舞ってくるデジタルとでも言えば良いんでしょうか」

「能力的に向いてるっていうのはどういうの?」

「んー……」

 

 詳しく聞いた発動条件を聞くに、県大会では発動しないような気もするが

 

「相手が強ければ強い程、各々の地力で戦うような環境に恵まれるとでも言いますか……俺も一回しか見たことがないので、上手く表現できません。任意に発動できるものでもないので、そこまで警戒する必要はないかと思いますし、オーダーとしては和をぶつけることになると思いますから、そこまで心配するものでもないと思います」

「強めの隠し玉があると言われて心配するなというのは無理だと思うわ……」

「明確な対抗策がないならいつも通りやるしかないので。それに和なら大丈夫ですよ。俺が保証します」

 

 インターミドルを制覇してからこっち、この手の賞賛は慣れていたはずなのだが、面と向かって京太郎から言われるとどうにもこそばゆい。それでいて相手は気にしてない様子なのがムカムカして仕方がない。紳士的なのも結構ですがもう少しくらい挙動不審になっても良いんじゃありませんか? 母親から散々学生時代の父親の話を聞かされていた手前、手慣れた様子の京太郎のことはどうにも不満なのだった。

 

「で、最後が衣姉さんです」

 

 連続して写真がスライドされる。同じ日に撮ったものなので他の四人と同じ場所だが、衣の時だけは他の五人も悪乗りして色々と小道具を持ち出したのだ。衣ハウスから ぬいぐるみを持ってきたり、ポーズを指定してみたり、最初はうんざりした様子だった衣もやっているうちに楽しくなってきたのか、後半に行くにしたがって笑顔が自然になってきている。

 

 最後の一枚は東屋の椅子の上、ぬいぐるみを抱えて笑みを浮かべているものだ。自信作というだけあって写真の素人である久たちを唸らせるだけの破壊力があったが……見た目幼女の写真を自信満々に紹介する男子高校生というのも、落ち着いて考えてみると危ない気もする。

 

「こういう服装は天江さんの趣味なんですか? 随分とこう、少女趣味ではありますけど」

 

 衣の時代がかった口調や年齢を考えればもう少しシックな服を好みそうなものであるが、服飾や内装に関しては年齢ではなく見た目相応だ。多分にお世話係である歩の趣味も入っているので、今さらもっと落ち着いたものをと言われたら彼女が悲しんでしまうだろう。

 

「和とは波長が合うかもな。試合が終わったら交流を持ってみたら良いと思う」

「楽しみにしています」

 

 人見知りの激しい衣だが、和が相手なら文句を言うまい。むしろ透華が突っかかっていくことの方が心配なのだが、和ならば無難にやり過ごしてくれるだろう。モンブチの六人は彼女らだけで交遊関係が完結している。それはそれで結構なことではあるものの、衣とついでに一とともきーは現実の交遊関係が非常に狭い。デキる弟としては、できる限り外とも交流を持ってほしいのだ。

 

「さて。理屈っぽく説明するなら、衣姉さんを相手にすると手の進みが遅くなります。月の満ち欠けで調子が上下するそうで、満月の夜が最高潮。なお最悪なことに長野県大会女子団体決勝の日は満月です」

 

 加えて大将戦は団体戦の最後に位置付けられているため、それまでの八戦に時間がかかればかかる程、衣の調子は上がっていく。対戦相手としてはせめて当日夜が曇天であることを祈るばかりだ。月の満ち欠けに比べれば誤差であるらしいが、月がちゃんと出ている方が調子は良いらしい。屋内なのに? とからかったらかわいく怒られたので間違いない。

 

「良い情報はないの?」

「生まれてからこの方、この手の勝負で追い詰められたこともないようなので、俺の目から見てもかなり慢心気味です。つけいる隙があるとしたらそこしかないと思います」

「強敵ならいっそ対戦を避けるのはどう? 天江さんに回る前にどこかを飛ばすとか」

「決勝まで上がってくる学校がそこまで弱いと楽なんですけどね……八半荘で十万点放出というのはあまり現実的な数字じゃありません」

 

 照ならば二半荘で十万点くらいは稼ぐこともあるが、それは三校トータルの話。特定の学校から十万点をむしり取るのは、本人の技量は勿論のこと運の要素も絡んでくる。数ある撃破方法の一つとしてカウントするならばまだしも、それを基軸としてオーダーを組むのは京太郎の目から見ても攻撃的でバクチが過ぎる。

 

「腰を据えて戦う必要があるでしょう。というか本人が戦う気満々なので相手はしてください」

「気軽に言ってくれるわねこの弟くんは……」

「とりあえずこれで全部ですね。他に何か有益な情報が追加されたら改めてお知らせします」

「さ、後は練習あるのみね。一通り打ち終わったらちょっと観光でもしてごはんを食べて早めに就寝ってことになる訳だけど」

「解ってますよ。俺は別の部屋でも全く文句ありません」

 

 むしろその方が良いくらいだ。それが当然という京太郎の言葉に、久はあっさりと、しかし底意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 

 

 

 

「この人数で二部屋なんて贅沢できる訳ないでしょう。部長権限で全員同室よ。何か文句ある?」

 

 

 

 




何か文句ある? と年上の女の人に聞かれた時の京ちゃんの答え。

・めっそうもありませんごめんなさい。
・いいえ。霞姉さんの言う通りです。

ぺルソナ5をやっていたせいで遅くなりました。女性声優沢山なだけあって、咲にも結構ぺルソナ使いがいますね。

今回は総集編のような内容となりました。次回合宿後編。いちゃこらします。
その次から今度こそ県大会編です。中学の時のインターハイ編のような感じでお送りします。

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